セリフ/【努力はしている!】

Last-modified: 2022-07-08 (金) 07:25:45

FFT

Chapter3終盤の山場にしてFFT最大の山場、
リオファネス城におけるラムザウィーグラフ一騎討ちでラムザが発するセリフ。
ウィーグラフのHPが半分を切ると発生する会話イベントで見られる。

ストーリー序盤から続くラムザとウィーグラフの因縁についに決着が付く場面であり、
FFTで何度も発生する議論戦闘の中でも最高潮に盛り上がるやり取りが繰り広げられる。
その中でのこのセリフは、二人が初めて剣を交えた頃の甘ったれの御曹司から、
人間として一回りも二回りも成長したラムザという人物を物語る象徴的な一言と言えよう。


さらわれた妹アルマを追ってリオファネス城に乗り込んだラムザだったが、
そこにあったのは散乱したリオファネス軍騎士たちの死体と、神殿騎士ウィーグラフの姿だった。

剣士ラムザ
「聖石は悪魔の石…、ゾディアックブレイブは悪魔の騎士団…。
 僕らが信じてきた伝説はすべて嘘だった…!」

神殿騎士ウィーグラフ
「ククク…、所詮、“神の奇跡”などそんなものだ…。
 その時々の執政者たちが自分の都合の良いように歴史を改ざんしているだけ。
 だがな、その行為のどこに問題があるというのだ? 彼らが責められる理由は何もない。
 なぜなら“神の奇跡”を望むのはいつでも民衆だ。
 何もせず、文句ばかり言い、努力はせず、他人の足を引っ張る…それが民衆というもの…。
 そうした民衆が望むものを執政者たちが用意する…。歴史などその繰り返しにすぎん。
 たしかに施政者たちはそうした民衆の弱い心を利用していたかもしれん…。
 だが、民衆もまた、利用されることに満足しているのだ…。
 “神”なんぞ、人間のもっとも弱い心が生み出したただの虚像にすぎん…。
 それに気付いていながら その“ぬるま湯”に甘んじている奴らがいけないのだよ…。」

剣士ラムザ
「人間としてのその弱い心を克服せずに聖石の奇跡に頼る貴様は何なんだ?」

神殿騎士ウィーグラフ
弱い人間だからこそ“神の奇跡”にすがるのさ…。
 おまえこそ、自分が本当に強い人間と自信を持って言い切れるのか?」

剣士ラムザ
努力はしている!

神殿騎士ウィーグラフ
ならば、その努力ももうおしまいだなッ!

既にルカヴィに魂を売って身も心も魔人ベリアスと化しており、
かつてラムザに殺された妹ミルウーダの仇さえ「どうでもいい」と語るウィーグラフだが、
ラムザにだけは「特別にこの私が殺してやる!」と人間だった頃の意地を強く残している。
上記のような会話も、そうした本来のウィーグラフの一部分から出たものだろう。

しかし実際、ラムザはベオルブ家を捨て北天騎士団を敵に回してまで己が信じる道を進んでおり、
確かに誰にすがることもなく自力で道を切り開こうと「努力」している。

  • 自力の努力はともかく、それ以外はちょっと語弊があると思う
    ラファとの問答では民を救うベオルブ家の誇りに殉じていると発言、なおかつ妹のアルマのことを大切な肉親と認識、
    父バルバネスの子であることを活かした振る舞い(オーランとの一幕等)、なおかつ人物歴でも2章で変わった名前が戻っているので、
    どちらかというとベオルブ家本来の誇りと正義を示すというのが自身の闘争意義と同一ではないだろうか
    そして、ストーリー上、または戦力としていろんな人の助けを得たり助力を求めてはいるので、
    縋るとまではいかなくとも、多くの人と交わりながら正義を示そうと「努力」しているのだと思われる

生まれながらに持っていた「力」を捨てて「理想」を選んだラムザと、
かつて持っていた「理想」を捨てて「力」を選んだウィーグラフの生き様が交錯する一幕である。

  • ウィーグラフの民衆評はどことなくTOのランスロット・タルタロスを髣髴とさせる。
    もっとも、こちらは本人も化け物になっているので視点がまた違い、支配の論ではなく信仰の論になっているが。

…と、非常に熱いシーンなのだが、問題はこの一騎討ち(と直後の魔人ベリアス戦)は
ハマりポイントとして有名な難戦であり、詰まってゲームオーバー→ロードを繰り返していると
何度もこの会話を見ることになりウンザリしてしまう(特にウィーグラフの長台詞)
ということであろうか…。

  • ラムザの努力に加え、プレイヤーの努力も試されるポイントである。

ここでベリアスがいう民衆とは『畜群』そのものであり、ラムザはそれに抗う『超人』になろうとしている。
つまり、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」が踏襲されている*1
ここでかの名暴言「家畜に神はいないッ!」がグングン生きてくるとは誰が予想しただろうか。
無知蒙昧な民衆に用意されるのは救いの神などではなく偽りの聖者血塗られた天使触れ得ざる超越者なのだ。


ベリアスと化したウィーグラフが「只人であった頃の自身の弱さ」を認め、ラムザの「強くあろうとする姿勢」を認めているシーンでもある。超越者ゆえに人間を一段低く見るルカヴィが、人間であり続けるラムザを「心からの言葉をぶつけ合う対等の関係」に見た瞬間と思うと感慨深い。


「努力している」という辺りが正直というか自虐的というか。
士官学校ならともかく、戦争のさなかに努力なんて評価されないからなぁ。

  • 私は最も正しい解答だと思います。この場合の強いというのは、所謂人間では到達しえない超人のことだと思いますし、弱さを受け入れて強くなろうとすることを止めればウィーグラフのようになってしまう。ラムザのスタンスとしては、努力をして強くなろうとしている。という答えしかないでしょう。
    • 全てを棄てて逃げ出した過去があるラムザの台詞と考えると、むしろ今の自分に対する相応の自信を感じられる。
  • 現実で結果を出せずにこのセリフを言ったら、結果の出ない努力なんぞ無駄といわれるだろうから注意。
    • 「ちょっとは調べたんだけどねぇ…」
    • とはいえこの時点では、ラムザの戦いはまだ結果が出ていない旅の半ば。
      彼は結末に辿り着くまでがむしゃらに「努力」を続けるだけなのだ。
  • この時代の貴族は、才能だけで生きているような者達が多いので
    平民が努力家ならともかくラムザのような立場の存在は、異端視される傾向が多い。
    • そもそもラムザ自身、当初から自分の才覚の無さを自覚している(兄たちが立派すぎてコンプレックスを感じている)稀有な貴族である。
      それ故の「努力」なのである。

DFFAC

ラムザでバフ系EXスキルを使用した際のボイスの1つがこれ。


のちにシンボルチャットでも追加された。

DFFOO

ずっと戦争が続いていて当たり前になって、その意義を考えすらしなかったというレムから「ラムザは(戦争について)ちゃんと考えているんだね」と言われて、俯きながら自信なさそうに「……努力はしている」と返している。


*1 FFTにはニーチェ大好きマンは関わっていません