翔鶴

Last-modified: 2015-09-25 (金) 20:53:39

12.4.6円卓バナー.JPG
total ?
today ?
yesterday ?
NOW.? 人(現在在籍数)

Welcome to *艦隊これくしょん 攻略 Wiki*

No.106
翔鶴型航空母艦1番艦、翔鶴です。一航戦、二航戦の先輩方に、少しでも近づけるように瑞鶴と一緒に頑張ります!翔鶴(しょうかく)翔鶴型 1番艦 正規空母
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久62火力0 / 39
装甲33 / 49雷装0
回避36 / 59対空29 / 69
搭載75対潜0
速力高速索敵44 / 69
射程10 / --
最大消費量
燃料55弾薬55
搭載装備
21零式艦戦21型
21九九式艦爆
21九七式艦攻
12未装備
改造チャート
翔鶴翔鶴改(Lv30) → 翔鶴改二(Lv80+試製甲板カタパルト+改装設計図) 翔鶴改二甲(Lv88)
図鑑説明
翔鶴型航空母艦1番艦の翔鶴です。
海軍軍縮条約失効後に設計建造された、本格的な大型正規空母として就役しました。
妹の瑞鶴と共に第五航空戦隊を編成します。
あの惨劇の後は、先輩方の後を継いで戦線を支えました。

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:野水伊織、イラストレーター:コニシ (クリックするとセリフ一覧が開きます)
セリフCV:野水伊織、イラストレーター:コニシ
入手/ログイン翔鶴型航空母艦1番艦、翔鶴です。
一航戦、二航戦の先輩方に、少しでも近づけるように
瑞鶴と一緒に頑張ります!
母港/詳細閲覧提督…?あの、なんでしょう?
瑞鶴?あまり提督の邪魔をしちゃだめよ?
瑞鶴ったら!スカートはあまり触らないで……って、あらやだ、提督…
母港/詳細閲覧(二周年)二周年……私も、とても嬉しく思います。……瑞鶴、瑞鶴? あら? ……瑞鶴!? いないの!?
母港/詳細閲覧(梅雨)梅雨の季節ですね。MO作戦の頃を思い出します。あのときのスコールは……ね、瑞鶴?
母港/詳細閲覧(初夏)瑞鶴、新しい水着を買ったの? あら、いいわね♪ とても可愛いわ…え、私? 私は去年のでいいわ。え、そう? そうかしら?
ケッコンカッコカリ(反転)提督ありがとうございます。見たこともない素敵な艦載機まで積んでくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。もし・・・もし・・・かなうなら、マリアナの後もずっと提督と一緒に・・・
ケッコン後母港(反転)提督、いつも本当にお疲れ様です。少し休んでくださいね。
編成五航戦、翔鶴、出撃します!
出撃五航戦、翔鶴、出撃します!
いい?瑞鶴、行くわよ!機動部隊、出撃!
遠征選択時瑞鶴…いいの?
アイテム発見はい、これならいけそうです!
開戦全航空隊、発艦始め!
航空戦開始時直掩隊も攻撃隊の援護に回って!
夜戦開始さて...何が出て来るの?潜水艦には気を付けてね?
攻撃行くわよ!全機、突撃!
さて...何が出て来るの?潜水艦には気を付けてね?
小破も、もう!何で私ばっかり!
いっ、痛っ...まだやれるわ!
中破/大破やられました!艦載機発着艦困難です!
勝利MVP提督!私やりました!艦載機の子達も、随伴艦の皆さんも、本当に頑張ってくれました!感謝です!
帰投艦隊が帰投しました!みんな、本当にお疲れ様!
補給艦載機も補充しますね。
改装/改修/改造はい、これならいけそうです!
嬉しい!提督、感謝いたします!
瑞鶴、いいの?
入渠(小破以下)ちょっとお風呂に...すぐ出るから...
入渠(中破以上)私って、怪我しやすいのかしら...ねぇ、瑞鶴?
建造完了提督、新造艦が完成いたしました。
戦績表示提督、報告書をご覧になりますか?
轟沈(反転)私...また逝くのね...矢矧さん、秋月さん後は御願い...
時報提督?日付が変わったようです。
マルヒトマルマル、お知らせします。
マルフタマルマル、お知らせしますね。
提督、現在時刻マルサンマルマルです。
マルヨンマルマル...まっ、まだ起きてます!
現在時刻、マルゴーマルマル、夜明けですね。
マルロクマルマル、艦娘達に総員起床を掛けますね。
マルナナマルマルです。朝御飯何にしましょう?
マルハチマルマル、今日も頑張りましょう。
現在時刻マルキューマルマルです。索敵機出しますか?
時刻はヒトマルマルマルです。瑞鶴大丈夫かしら。
ヒトヒトマルマル、そろそろ御昼の準備ですね。
提督、ヒトフタマルマルです。御昼にしましょう。
時刻はヒトサンマルマルです。
現在時刻ヒトヨンマルマル、提督お疲れですか?
ヒトゴーマルマルです。そろそろ作戦開始ですね。
ヒトロクマルマルです。直掩機出しますね。
ヒトナナマルマルです。夕日が綺麗ですね、提督。
ヒトハチマルマル、日没です。
時刻は、ヒトキュウマルマルです。
フタマルマルマルです。何か騒いでる軽巡がいますね。何かしら?
現在時刻フタヒトマルマルです。
フタフタマルマルです。提督、そろそろお疲れですか?
現在時刻フタサンマルマルです。そろそろお休みになりますか?
放置時提督? あの、そろそろポートモレスビーを…あの…その…

ゲームにおいて

  • 2013年5月17日の臨時メンテナンスで追加実装。
    同日より開始され艦これ初のイベントとなった「敵泊地に突入せよ!!?」にて、E3突破報酬として先行ゲットが可能だった。
    • その後、2013年6月19日のアップデートで通常建造可能に、7月17日のアップデートで通常海域でのドロップで入手可能になった。
      しかし、激レアであり、4-4や5-1等の難所のボスでしかドロップしないため、それまでに入手したかったら建造に命を託すしかない。
      地獄の5-3を越えた後は、周回の容易な5-4でドロップするため、ドロップ狙いなら5-4がおすすめ。
  • 翔鶴と瑞鶴が必要とされる任務に、「『第五航空戦隊』を編成せよ!」「『第五航空戦隊』出撃せよ!」がある。
    • 前者の達成は、雲龍を用いる任務「『新型正規空母』を配備せよ!」出現のトリガーとなり、さらに「『第六〇一航空隊』出撃せよ!」から零戦52型丙(六〇一空)の「機種転換」任務へと派生する。
      雲龍の入手自体もかなりの難関だが、それ以前に五航戦を揃えられずに難儀する提督も多い模様
  • 15年夏イベで実装された九七式艦攻(村田隊)天山(村田隊)?に機種転換する任務にも翔鶴が必要だった。
    この任務はイベント終了のアップデート時に消滅し、現在は機種転換が不可能となっている。


  • 搭載機数はと共に加賀改(搭載機数98機)に次ぐ搭載機数84機(無改造では75機)であったが、2013年12月24日の「大型艦建造」と共に実装された 大鳳改?(搭載機数86機)に抜かれ、第3位に。
  • 史実では妹の瑞鶴が幸運すぎたため割を食うこともあったが、運の数値は、現在までに実装されている日本の正規空母としては並みである。
  • なお、赤城加賀および蒼龍より回避が10高く、その点では優秀である。タフさも赤城・加賀と比べてさして遜色はない。ただし火力の値が砲撃戦攻撃力に影響するため、攻撃力は赤城より若干劣る。
  • 五航戦の特徴でもある3つの21/24機スロットは開幕爆撃での威力は一航戦どころか27機スロを持つ二航戦にも見劣りするものの、駆逐軽巡といった取り巻きを倒すのには十分。
    上3スロットの搭載数に偏りが無いので、流星を3つ積んでの攻撃特化運用、もしくは烈風を3つ積んでの制空特化運用が主な使い方だろう。
    一方で前者だと後半海域で制空権をとれずボーキが溶ける、後者だと砲撃火力が出ずほぼ置物と化す、半々にすると4スロ目の使い道に困るなど、単艦での運用はややし辛い。
    複数空母(例えば運用)で攻撃担当・制空担当の役割分担をするのが無難だが、どうしても単艦運用したい場合は爆戦が役に立つかもしれない。
  • 資材消費量は二航戦とほぼ同等(1戦あたり弾薬+1。赤城との差は燃料-2、弾薬-1)と性能のわりに燃費が良い。
    特に燃料消費は二航戦と同値のため、耐久あたりの修理費は正規空母内では低水準。
    それでいて回避や耐久力も高いため多少ダメージを受けた状態でも出撃したい周回時において威力を発揮する。
    姉妹ともども前線を長く支え続けた戦歴は伊達ではない。
    • 低燃費正規空母雲龍の登場により燃費面での優位性は薄れてしまったが、
      搭載数と耐久力に大きく勝るため周回用空母としてはこちらが有利な面も多い。
      むしろ、制空値稼ぎが得意な翔鶴型と殴るのが得意な雲龍で住み分けができており組ませると相性が良い。
  • 改造可能レベルが瑞鶴(Lv25)に比して高く設定されている理由は不明。改造後の数値や装備に差はないのだが……。
  • レアリティは瑞鶴より下だが、ドロップ場所の違いから、妹より出ないという提督も少なくない。
  • 余談:割と忘れがちだが、彼女はMVPを取ると自分が随伴艦だろうと他の艦を随伴艦と言う
    • ほかの台詞等も考慮してみて悪意は無いとみえるが、姉さん、それは一歩間違えると……(汗)。

小ネタ

最新鋭の航空母艦

  • 史実では蒼龍飛龍の拡大発展型として昭和12年度の補充計画で建造され、妹の瑞鶴ともども開戦時最新の大型正規空母で、第五航空戦隊を編成した。
    航空機の練度を除けば一航戦や二航戦よりも概ね性能が向上。…艦これでは本体も一航戦の方が強いが。
    • アメリカのエセックス級やイギリスのイラストリアス級と同様、ワシントン海軍軍縮条約終了後に計画・設計建造された*1ため、必要かつ十分な装備を持つ大型空母として完成した。
      なお、この昭和12年度海軍軍備充実計画(通称マル三計画)には大和?の建造も盛り込まれていた。
    • 戦艦における決戦兵器が大和型なら、こちらも大和型と同じくらい期待をかけられた正規空母の決定版であり、加賀の運用実績・蒼龍飛龍の建造実績を存分に活かす、会心の出来となった。
      • だが実のところ、日本海軍は翔鶴型の性能を正規空母の決定版だと満足していたわけではない。
        後述の防御面の問題などもあって、日本海軍の本命は装甲空母の大鳳?とその改型であった。いや、そうなるはずであった、のだが。
        翔鶴型で特筆すべきはむしろ性能面よりも、戦争の始まりに間に合った兵器であることにこそあり、この点は翔鶴から2年半も遅れて竣工した大鳳の無惨な艦歴が証明している。
  • 大和型戦艦を上回る16万馬力という定格出力は日本海軍最大*2
    船体の巨大さ故に蒼龍や飛龍よりは若干遅いが、日本海軍の軍艦としては球状艦首(バルバス・バウ)を採用した中で一番最初に竣工した艦である、一番最初に採用したのはご存知推して参いるお方*3最大速力34ktの高速性を得ており、鈍足で新型機発艦できませんとか言い始めた?シリーズと違って戦争中期以降の大型化した新型機の発艦も問題なくこなしている。*4

翔鶴型の問題点

  • 対空火力・速力・搭載機数・航続距離と空母としての基本スペックは全て優秀。でも実は船体の横揺れにだけは弱かったらしい。波で船体が20度も傾いたことがある。
    • 傾斜の問題は、船体が細長く重心が高かった事が原因。このため、翔鶴型は速力や操舵の追従性は優秀であったが、反面、予備浮力が小さくなり傾斜しやすいという欠点もあった。
      また傾斜に加え、飛行甲板の長さが全長と比べて短く*5、幅が狭いため艦上機の運用に不都合が発生したこともあり、発着艦が難しく、旋回時の振動や横揺れに悩まされることになった。
      こうした問題点は、一航艦司令部が旗艦を赤城から変更しなかった要因にもなっている。
      開戦前の戦時編成案では、翔鶴と瑞鶴が一航戦となって赤城と加賀が五航戦に転じる予定だったのだが実現しなかった。
      • その後の大鳳?以降の設計では、これらの教訓が活かされている。
  • 防御については、弾薬庫および機関部の強度は蒼龍飛龍より向上した*6ものの、格納庫および飛行甲板には依然として装甲が張られておらず、基本的な防御思想は搭載した艦戦と対空砲火で、被弾する前に敵機を撃退しようというものだった。
    これは翔鶴のような大型空母に重防御を施すことの実現性や実用性が当時は疑問視されていたからであるが、一方で翔鶴型を含めた空母全般の脆弱さ、被弾時の危険性は完成前から日本海軍も問題視しており、翔鶴型の防御力で満足していたわけではなかった。それが後の大鳳?起工に繋がるのだが…。
    • とはいえ条約の制限があった一航戦二航戦達よりもタフな艦であることは確実で、翔鶴はマリアナ沖海戦で撃沈されるまで被弾しまくってはいるが、機関や弾薬庫といった致命的な部位へのダメージを許した事は一度も無かった。
      また、翔鶴はマリアナで魚雷4発を受けるまで、更にマリアナの戦訓を元に強化された瑞鶴はレイテで3度の雷爆撃を受けるまで持ちこたえたりと、驚異的な耐久性を示しており、まさにポスト条約型正規空母の面目躍如たる防御力を備えていた。
    • また格納庫の壁を簡易なものとして被弾時には爆風で吹き飛び、外に逃がすことが出来るように設計されている。しかしそう思い通りに発動はせず珊瑚海海戦の時には飛行甲板にも被害が及んだ。

搭載機について

  • 昭和14年度「戦時艦船飛行機搭載標準」において、翔鶴型(当時は「三次計画・新型」と仮称)の搭載機数は零式艦戦18機、九七式艦攻27機、九九式艦爆27機と設定されていた。
    一航戦や二航戦、あるいは飛鷹型は艦これにおける未改造時点でのスロット配分*7とこの資料の数字が合致するのだが、翔鶴型のスロット配分は改造前も改造後もこの資料の数字と異なっている。
    • 昭和17年4月には、艦攻と艦爆を統合した画期的な一六試艦攻(のちの流星?)について、海軍は一、二、五航戦の空母6隻に配備した場合の搭載機数の試算を行っている。
      翔鶴型の場合、零式艦戦*818機(補用機なし)、一六試艦攻36機(補用機3機)の搭載が見込まれていた。*9
    • ただしこれは机上の計算でしかなく、実際に流星を空母に搭載するとなると大きな問題があった。
      流星はフル装備をすると約6トンの大重量であり、従来の空母が装備していた呉式着艦制動装置(制限重量4トン)では流星の着艦に耐えられないのである。
      そのため新型の三式着艦制動装置(制限重量6トン)への更新が必要となるのだが、呉式は電気制動・三式は油圧制動と機構が異なるため、その換装に手間がかかった。
      またエレベーターについても流星や烈風、彩雲など大型化・大重量化の著しい新型機に対応するための強化更新が必要であり、一、二航戦はもとより翔鶴型ですらこのいずれにも対応しておらず、新型機搭載時には大規模な改装が必要だった。しかし戦局の悪化はそれを許さず、翔鶴型は新型機対応の改装を行うことなく沈没してしまった。
      このため、翔鶴型がたとえレイテ沖海戦以降に生き残っていても、または流星や烈風の開発がマリアナやレイテの戦いに間に合っていたとしても、ただちに搭載することは不可能なのである。
      • ちなみに、着艦制動装置やエレベーターの強化更新を建造時から織り込んだ新世代の空母こそがあの大鳳?である。*10

”艦”違い

  • 胸当てに書いてある「シ」の字は艦の識別用の文字である。
    特に翔鶴型は「搭乗員が間違って着艦した」という逸話があるほど艦形が酷似していたため、この文字の存在は非常に重要な意味を持っていた。
    • 一説によると、両艦を形状で見分けるポイントは「マストのスピーカーの有無」……らしい。
      • 日本海軍の観測員は10km先、水平線にポツンと見える艦影を見極めた程。一航戦の航空隊は敵パイロットの表情すら読み取れたというが。…死線に生きる男達は違う。パねぇ。
    • 珊瑚海海戦では遂に、翔鶴搭載機が米空母に着艦しかけると言う珍事が起きた。"艦違い" もここまで来ると生死にかかわる。死線に生きる男達どうした
      • もっとも、この米空母ヨークタウンは翔鶴と艦形は全く違うものの、艦のサイズはほぼ同じ。しかもこの事件が起きたのは日暮れ時。戦闘を終えて疲れている時に、夕闇の中でこの*112隻を空中から見たら迷うのも納得、かも。
      • この時、米側も上空直掩機の収容作業をしていた。レキシントンでは着艦順を守らずに着艦コースに入る機を見ていた監視員から「翼端に違う灯火をつけている機がある」と報告を受けた艦長が発砲を指示。そのころ、当の着艦体制に入ろうとしていた翔鶴艦爆隊長の高橋赫一少佐は着艦信号灯をつけていない事に不審に思いながら着艦コースに入っていたが発砲と同時に事態を悟り急上昇し、部下たちも慌てて退避する羽目になる。ヨークタウンの方には瑞鶴隊が着艦しようとしていたが、ヨークタウン側も異様に多い上空の機体に不審に思っていたところ監視員が「着艦しようとしているのは直掩の戦闘機ではなく複座の艦爆だ」という連絡を受ける。乗組員は当然ながらおおあわて。副長から「白兵戦」号令が出されたそうな。軍艦同士のラム体当たり戦が絶滅した現代、恐らく正規海軍史上最後の白兵戦号令になるだろう。瑞鶴隊の方も着艦しようとした江間保艦爆隊隊長が異変に気付いて急速離脱。しかし2番機の稲垣一飛曹機が迎撃の砲火につかまり撃墜されてしまうという散々な結果となった。
      • その事件をきっかけに飛行甲板に大きな日の丸を描くようになったが、それがドーントレスの格好の目標物になったという話もある。
      • 因みに高橋隊長が点いていないことに不審に思ったという着艦信号灯とは空母艦尾の左舷にある装置で、着艦コースを操縦士が正確に把握できるよう誘導する装置。手前に赤灯が2つ、2mほど後ろに青灯が4つ並んでいて、赤灯の方が高くなっている。
        着艦する機体が正常なコースに乗っているとライトが左から青・赤・赤・青の順で水平に並んでいるように見え、操縦士はその並びを維持するように機体を制御することで着艦することができるというもの。太平洋戦争時に空母を所持していた米英日仏で日本海軍だけが採用していたものだった。他の海軍の空母では母艦の飛行士官が無線で着艦機に適正コースに乗っているかどうか指示を出す方法を採用していたが、飛行士官にも技量を要するし無線が故障していたらそれもできないなど不便があった。この日本海軍が開発した装置は戦後に空母を持った海軍の殆どに採用され、現在でも使用されているほか、似たような装置が民間の空港に備えられている。

由緒ある艦名とそれにまつわる混乱劇

  • 『翔鶴』は実は幕末から続く由緒ある艦名で、初代翔鶴は徳川幕府から献納、日本海軍艦籍第二号という由緒正しさ。
    (ただ、この初代ははなはだ短命で、帝国海軍編入わずか半年後の明治元年11月、大阪から東京へ回航中伊豆網代沖で沈没してしまった。あれ?やっぱり不幸…?
    航空母艦翔鶴はその艦名を持つ艦としては三代目*12
    同じ幕末から続く艦名を持つ艦だと高雄?千代田?がある。
    • でも米国にとってはさにあらず。本艦の進水時、「翔鶴」の名は米国にも伝わったが、アメリカ人が慣れない漢字の読みを必死で考えた結果「カケヅル」となった。さらにあちこち伝言ゲームをするうちに誰かが綴り間違いをやらかし、最終的に「カデクル」へと変貌した。のちに通信傍受で得られた情報をもとに修正されたはずであるが…かなり不遇である。
      • 命名基準?を超越した、地名でも動物でもない"艦名"」から、「日本はNEW TYPEの戦艦を作ったらしいネー」と言う噂が生じたとも*13。せめて「ツル」の意味さえ知っていれば…。
  • 実は三番艦「龍鶴」(リュウカク)という艦が存在し、密かに珊瑚海海戦に参戦していたが沈没。
    しかし、秘密艦であったことをいいことに国民は疎か軍内部においても隠され続け、戦後も資料が残っておらず当時のジェーン海軍年鑑に僅かな記載があるだけという幻の艦となっている。
    幻の翔鶴級三番艦「龍鶴」の真実
    • 元ネタは米軍が第四航空戦隊に新しい空母が配備されたらしいという情報より発生した誤認。
      実際に配備されたのは祥鳳?であったが、米軍は新造艦と勘違いし必至の情報収集の結果その名前が「龍鶴」だと判明する*14…恐らく第四航空戦隊に龍驤?が配備されていたのでどこかで情報の混乱が起きたのだろう。*15
      結果、名前から「これは翔鶴型に違いない」と考えここに幻の翔鶴級三番艦「龍鶴」が誕生する。
    • 更に珊瑚海海戦にて実際に祥鳳が沈没したことや、(元々存在しないのだから当たり前だが)その後存在が確認されなかったことから、大戦中のジェーン海軍年鑑には「リュウカク」が珊瑚海海戦にて沈没したとされてしまった。
      • カデクル事件と言い、本当に米軍側の誤認に縁のある空母である。
艦名ネタについてもう少し
  • 翔鶴・翔鶴型について米軍が混乱していたが、実はこれ日本海軍の半ば確信犯なのである。「漢字名は東洋の文化だから欧米は混乱する」という考え方だったらしい。
    • このため昭和16年11月に海軍が戦時体制に移行すると、艦尾に書かれていたひらがなの艦名を初めとして、平時には艦の備品や、新造艦の引き出物に入れられていた艦名が一斉に消される。平時体制下で最後に進水・竣工したのは翔鶴型と「大和」で、それ以降の艦には艦名に由来する品がない。
  • 艦これで有名な『ぜかまし浮き輪』は二代目島風には装備されていなかった事になる。但し初代であり、戦前から現役である峯風型駆逐艦の「島風」には当然あった訳で、ぜかまし浮き輪自体が存在しない訳ではないので注意。
  • また、阿賀野?型も進水式に出る引き出物にはすでに艦名が削除されていたが、「矢矧」はうまいこと考え、弓矢の矢と萩の葉が彫り込まれていた。
  • これがうまくはまったのは上記の通りだが、では当の日本海軍の方は米海軍についてどうだったのかというと見事に大混乱に陥った
    • 日本海軍は諜報を軽視していたといわれるが、全くやっていなかったわけではなく米軍の通信を傍受して平文から重要情報を抜き出すなどはやっていた。
      故にミッドウェーのアレ(AFの純水装置が故障)に引っかかってしまうのである。
    • もちろん1回の失敗で放棄すべき性格ものではなく、ミッドウェイ戦後も続けられていたが、マリアナ沖海戦の直前あたりから様子がおかしくなってくる。
      どういうことかというと、「ヨークタウン」や「ホーネット」、「レキシントン」など、日本海軍が沈めたはずの艦が就役しているのだ。
      実はこれらはエセックス級の2代目なのである。「終わりのよろしくない艦名は使わない」「矢継ぎ早の襲名はしない」というのが原則の日本海軍とは逆に、アメリカ軍は被撃沈艦の「リベンジ」という意味合いで積極的に襲名させた。
      このことが日本海軍には理解できなかったのだ。
  • 結論:異文化交流って難しいデースね。

被害担当艦

  • 性能自体は良いはずなのだが、避けまくる妹と違い出撃するたびに被害を受けており、ついたあだ名が「被害担当艦」。小破時の台詞や中破以上での入渠時の台詞にも伺える。
    • 船としての誕生式典である進水式では突然の突風と豪雨に襲われて、来賓がずぶ濡れに。高価な訪問着を台無しにした人もいた。
      しかもいざ進水を実施したところ、滑走中の船体が強風に煽られ固定台と滑走台がこすれて大音響を起こし、関係者を慌てさせたという。生まれた瞬間から運勢は微妙であった。
    • 翔鶴の名誉のために追記しておくと、甲板の被弾貫通による翔鶴の大火災を教訓として空母の防火延焼対策が徹底され、それによって瑞鶴も助かっている。
    • さらに追記すればそのため南太平洋海戦において翔鶴は中破しながらも艦載機を発着艦させていたと海軍さんの間で噂になっていて戦況芳しくない中士気を鼓舞したという。
      だから、ね、運営さん、ね(チラッ。・・・事実は被弾して飛行甲板がめくれあがっていて無理だったけど。*16
  • 珊瑚海海戦に続いて南太平洋海戦においても姉妹そろって出撃していたが翔鶴は大破して瑞鶴は無傷だった。しかしレーダーで敵をいち早く捕捉した翔鶴はもたつく妹をしり目に先に出撃している。そして全機発艦(つまり延焼誘爆しそうな燃料満載の艦載機飛ば)させてダメコン(余興用の女物のカツラにいたるまで徹底的な可燃物破棄)発動させたおかげで大破しても離脱を可能たらしめた。姉としての面目は保っている。ちなみに攻撃後帰還できた艦載機は瑞鶴に着艦したり海上に不時着してトンボ釣りで救助された。
  • 適切なダメージコントロール指揮で翔鶴を二度の危機から救った福地周夫運用長は、「翔鶴を不運艦、瑞鶴を幸運艦」とする風潮に対して、「翔鶴こそが武運に恵まれて幸運だった」と反論している。
    • 余談だが、南太平洋海戦後に翔鶴から陸奥へ転勤した福地氏は、陸奥の爆沈直前に病で退艦して難を逃れ、しかもそれは誤診だったという強運の持ち主でもあった。まさにリアル応急修理要員妖精さんともいえるお方

空母機動部隊の末席

  • 一航戦二航戦は太平洋戦線初期の半年を勝ちまくり、ミッドウェーで全艦が沈んでしまったという印象的な顛末もあり、知名度は非常に高い。が、その後約2年にも及ぶ長い期間、航空戦において日本海軍の中核を担ったのは、他でもない翔鶴型2隻と他の軽空母たちである。
    図鑑で翔鶴が言っている通り、あの惨劇の後は先輩方の後を継いで戦線を支えている。
  • 翔鶴が参加した作戦は、真珠湾攻撃、ラバウル攻略、セイロン沖海戦、珊瑚海海戦、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ろ号作戦、マリアナ沖海戦で、宿敵である米海軍の機動部隊とは互いに大きな犠牲を出しながら何度も交戦した。
  • 真珠湾攻撃では第一航空艦隊(南雲機動部隊)として、米太平洋艦隊の戦艦群を壊滅。
    • 当初はまだ練度が浅く、艦艇攻撃は一、二航戦が担当し、翔鶴らは基地攻撃を主に担当した。
  • 真珠湾攻撃から帰投すると間もなく、瑞鶴ともども、艦爆・艦攻の常用機定数が各27機から各18機に削減されて常用機数が蒼龍・飛龍と同じ計54機となり(艦戦はもともと18機)、投射重量は3分の2になった。
  • セイロン沖では南雲機動部隊として、英空母ハーミーズ、重巡2隻、駆逐艦2隻の撃沈。
  • 珊瑚海海戦では瑞鶴と共同で米空母レキシントン、随伴艦2隻の撃沈。ヨークタウンを中破。
    • この海戦で翔鶴が大破、瑞鶴は無事だったものの、五航戦は翔鶴飛行隊長・高橋赫一少佐が戦死するなど航空隊の損耗が大きかった。
      これが翔鶴と瑞鶴、ひいては日本海軍の運命をも左右する重大な事態を招くことになる。

珊瑚海海戦における翔鶴

  • 珊瑚海海戦では戦果も挙げるが、米軍艦載機の集中攻撃を受け炎上。黒煙に包まれた翔鶴を見た瑞鶴見張員が「翔鶴沈没!」と報告したほどの状況だったが、機関は無事だったため、翔鶴は駆逐艦夕暮(未実装)と共に戦場を離脱した。
    • この際翔鶴はスペックを超える速度を出したようで、夕暮は瑞鶴の護衛にあたっていた?に『翔鶴ハ何処ヘ向ヒシヤ、翔鶴ニ着イテ行ク必要ナキヤ』と発信した。
      潮の士官曰く「翔鶴は40ノット以上を発揮していた」。
    • 翔鶴が40ノット出ていたというのは潮の士官(第七駆逐隊司令部付通信士)の事実誤認の可能性が高く、
      その証拠として珊瑚海海戦時の翔鶴乗組員は爆弾命中後退避する翔鶴の速力についての証言は以下のようになっている。
      • 翔鶴運用長、福地周夫大佐(珊瑚海戦時は少佐)は『しかし艦は三十ノットの速力で猛進している』*17
      • 翔鶴軍医官、渡辺直寛中尉は『これは偏に航海長塚本朋一郎中佐による操艦の賜物と評判高い。最大戦速34.5ノットで取舵一杯、面舵一杯にして爆弾・魚雷を避けたと云う。』*18
      • 翔鶴艦爆整備兵、西村敏勝海軍一等兵曹は『たえず変針する三〇ノット以上の全力航行での振動の凄まじさは、爆弾の直撃以上なんですよ』*19
    • 実際の所、翔鶴が30~34ノットの速力で退避していたところ、様々な理由で速力が出ない潮が追い抜かれたと考えるのが妥当なところである。
      (潮が速力を出せない理由に関しては?のページを参照)
    • 翔鶴の最大速力に関しては、前述の福地少佐*20と翔鶴の速力に関して最も詳しいと思われる航海長の塚本朋一郎中佐(二人とも開戦から南太平洋海戦まで翔鶴に乗艦)ともに35ノットと証言している。*21
    • なお珊瑚海海戦の公式の記録(戦史叢書*22・戦闘詳報*23)は『30ノットで退避』となっている。
    • 放置時の台詞にある「ポートモレスビー(モレスビー港)」は、この珊瑚海海戦で本来攻略するはずだった米豪軍の拠点モレスビーのこと。だが祥鳳?の喪失と翔鶴被弾で支援不足となり、上陸断念。
      • ポートモレスビー攻略失敗を翔鶴被弾のせいとする意見もあるが、瑞鶴はこのときスコールの雨雲に隠れており、結果的に晴天の下にいた翔鶴に攻撃が集中することになったためである。
        このとき、米軍は空母の重要性を痛感していたため、空母に狙いを絞るのは当然であろう。
    • 珊瑚海で受けた損傷の修理のため、搭乗員の損耗が激しかった瑞鶴ともどもミッドウェー海戦は不参加となる。
      そして作戦は主力4空母の喪失という最悪の結果に終わり、残された翔鶴と瑞鶴の激闘の日々が始まった。

空母機動部隊の中核として

  • ミッドウェー海戦の敗北後、壊滅した空母機動部隊の再建策として第一航空艦隊から第三艦隊に新編することが決まり、翔鶴・瑞鶴・瑞鳳?で新たな一航戦が編成された。
    そして翔鶴は、赤城の後を継いで第三艦隊・第一航空戦隊旗艦となる。
    • 2015年夏イベント期間限定の任務「空母機動部隊『第三艦隊』を編成せよ!」はこれがモチーフであろう。
      • 赤城と翔鶴は、キャラソン「暁の水平線」を第一航空戦隊旗艦二代という括りのデュエットで歌っていたりする。
  • 第二次ソロモン海戦では翔鶴攻撃隊により米空母エンタープライズに爆弾3発命中。
    • この時、出撃までに整備が間に合わなかった瑞鳳の代艦として参加した龍驤?が撃沈されてしまった。
  • 南太平洋海戦では米空母ホーネットの撃沈。翔鶴攻撃隊により米空母エンタープライズに爆弾2発命中。
    翔鶴も爆弾4発が命中する大損害を受けたが、ミッドウェーの戦訓から冷却ポンプの拡充や火災訓練などの対策が功を奏して致命傷を免れる。
    • この戦いで元赤城飛行隊長でミッドウェー後の翔鶴艦攻隊長である「雷撃の神様」こと村田重治が米空母「ホーネット」を肉薄雷撃後に乗機が被弾炎上、そのまま同艦に突入し自爆している。
      • 15年夏イベで実装された九七式艦攻(村田隊)のイラストの機体は、EI-301、識別帯白1本、尾翼に白3本で翔鶴時代、南太平洋海戦で戦死した時の搭乗機である。
    • ミッドウェー海戦後、翔鶴飛行隊長*24に就任したのは艦爆隊の関衛少佐である。関少佐は急降下爆撃草創期からの権威で、村田少佐の海軍兵学校同期でもあった。
      その関少佐も南太平洋海戦で乗機被弾後に自爆、戦死している。
    • 被害担当艦と言われながらも、その被害に見合うだけの戦果はしっかりあげていた。
  • 南太平洋海戦からしばらくの間は艦載機隊を空母から切り離して陸上基地に転用(い号作戦やろ号作戦など)する一方で空母自身が海戦に参加する機会はマリアナ沖海戦までなかった。
  • 第三艦隊の新編後、南太平洋海戦での被弾損傷時など翔鶴の離脱時に瑞鶴が旗艦を代行することはあったが、1944年4月に新鋭空母大鳳?が艦隊に加わるまでは翔鶴が艦隊旗艦を務め続けた。
    そして1944年6月、運命のマリアナ沖海戦を迎える。
翔鶴の最期(割とショッキングなので閲覧注意)
  • 翔鶴が最後に参加した戦いはマリアナ沖海戦?である。1944年6月19日、艦載機発艦中に米潜水艦カヴァラ(Cavalla:SS-244)の放った3本ないし4本の魚雷が右舷前部から中部に命中、浸水に合わせて気化した航空燃料が発火し大火災が発生、14時1分に艦尾を上にし逆立ち状態で沈んでいった。乗員570名が救助されたが、戦死者は1272名に達した。これはミッドウェー海戦で沈没し、もっとも多くの戦死者を出した加賀のそれを大きく上回る。
    • ここまで多くの戦死者を出した理由はただただ悲惨である。沈没時上記のごとく前から沈んで艦尾が一気に上がり急速に沈みはじめたため、飛行甲板上に出てきていた多くの乗組員、搭乗員が艦首へと甲板を滑り落ちた。そしてその先には、前部昇降エレベーターが潜水艦による雷撃からの火災爆発で吹っ飛んだことにより大穴が空いていたのだ。彼らはその焼けただれた大穴に次々と吸い込まれ、脱出する暇もなく*25沈んでいった。その滑り落ちるズサアアという絶望的な音は周囲の艦艇にも聞こえたという。
  • この海戦で翔鶴大鳳?飛鷹?の空母3隻の喪失、そして艦載機378機の喪失により連合艦隊における機動部隊の運用が事実上困難になり、妹の瑞鶴を含む残された?たち?の悲劇に繋がることになる。
  • 艦隊旗艦を務め続けた翔鶴とその後を引き継いだ大鳳が共に失われたことにより、残された瑞鶴が第三艦隊旗艦となる。しかし空母に載せるべき艦載機隊はもはや壊滅状態であり、レイテ沖海戦で日本機動部隊は事実上の終焉を迎えるのだった。
  • 雲龍型空母葛城?の時報では、瑞鶴を先輩として尊敬する台詞があるが翔鶴については触れられていない。
    これは雲龍型が一番艦の雲龍ですら昭和19年8月竣工で6月に翔鶴が沈没した後のことであり、同年10月竣工の葛城に至っては瑞鶴が最後の出撃をする数日前に呉で生を得ていたことに由来するのであろう。
    この僅か4か月の艦歴の差が、後輩から尊敬される妹と明暗を分けることになってしまった。数日だけ葛城の間近にいられた瑞鶴はその意味でも幸運艦だったのかもしれない。

翔鶴のライバルたち

  • 冒頭にもあるが、翔鶴型航空母艦のライバルは米帝の工業力の申し子とも言うべきエセックス級。得意技はダメコン?*26
    大戦後期になると、アメリカはそんな翔鶴型と同等以上の巨艦を毎月*27のように就役させ*28、更に小型のカサブランカ級護衛空母*29に至っては毎週就役させる*30というゲーム並の生産力を発揮*31。当然ながらそれらを稼動させる乗員、パイロットも大規模に育成され、新鋭艦載機が満載された。
    そして翔鶴とエセックスの次世代にあたる艦であり、日本海軍の切り札である大鳳のさらに1.5倍以上の規模を誇る大型装甲空母ミッドウェイ級*32までも2隻進水させた。
    戦争に勝つのも無理はない。「戦いは数だよ翔鶴姉」質も凄まじい模様
    • 鶴姉妹の戦歴は、そんな恐るべき怪物と化しつつあったアメリカ海軍と張り合い、戦えば戦うほど悪化する一方の戦局に何年も踏みとどまり続けた、苛烈な苦闘の記録でもあった。
    • ちなみに一航戦のライバルに当たるのは巡洋戦艦改造のレキシントン級、二航戦のライバルがヨークタウン級*33といったところ。
      いずれも戦前の同時期に就役し、飛行機の発展とともに一大航空戦力を築いたベテラン勢であり、即ちミッドウェーは文字通りのライバル対決(二航戦vsヨークタウン級)でもあった。
    • 彼女らのうち、一航戦二航戦五航戦は戦没してしまったが、レキシントン級ではサラトガが、ヨークタウン級ではエンタープライズが、エセックス級は全艦がそれぞれ終戦まで生き残り、アメリカ勝利の象徴的武勲艦となった。
      その後サラトガが枢軸国のともども原爆実験の標的になって沈められたのは内緒だ
      • なお戦勝記録で比較した場合、サラトガはさしずめ翔鶴、エンタープライズは瑞鶴に当たる殊勲艦として、ドキュメンタリーやムック等では取り上げられることが多い*34
        特にエンタープライズは、激戦の中で手傷を負う事も少なくなかったが、日本海軍の保有する多くの主要艦艇の撃沈・撃破に貢献*35
        太平洋戦線のMVPであるのみならず、アメリカ海軍史上最高峰の、空前絶後の武勲を上げた名艦として、その名を刻んでいる。
        ご存知の通り「エンタープライズ」は戦後も襲名され、2012年に世界初の原子力空母(CVN-65)である8代目が退役したのは記憶に新しい。そして2025年就役の原子力空母が9代目を襲名することがすでに決定している。また、遠い将来に深宇宙探査船でも襲名されることが予定されている。

*1 条約による排水量の制限を受けなかった
*2 ただし大和が本気(過負荷最大出力)を出すと、妹武蔵をも突き放す16万8000馬力を叩き出すので注意。大和は機関の耐久性を重視して定格出力をかなり控え目に設定していたため、「定格」出力では翔鶴型が大和を上回った。
*3 球状艦首というと大和型に採用された前方に大きく突き出した球状のものが印象強く有名であるが、翔鶴型に採用された球状艦首は直角形状となっている水面下艦首下部を左右に膨らませた形状となっていて、大和型のような球状では無い上に前方に突き出していない(大和型の艦首水面下が「d」の字のように突き出しているのに対し、翔鶴型の艦首水面下は「L」の形となっている)。
*4 彗星と天山での実績あり。構造上、流星や烈風、彩雲といった大型重量機の運用は想定されていなかった。
*5 赤城や蒼龍、飛龍は全長より10m程度短かったが、翔鶴型は15m程度短かった。なお加賀はほぼ同サイズである
*6 米空母ヨークタウン級同様、格納庫を“クラッシャブルゾーン”とし、その下に機関部を守るための装甲板が張ってあった
*7 各機種の予備機数の合算が4スロット目の数字となる。ちなみに、艦これの空母で破格の扱いとなっている加賀(改造前)の45機スロはこの資料の「艦攻45機」が由来と思われる。
*8 烈風は昭和16年度に一度発注が見送られて一年遅れた昭和17年度から試作が始まった一七試艦戦のため、この時点では文字通りまだ影も形もない。
*9 ちなみに、加賀は零式艦戦18機(補用4機)、一六試艦攻45機(補用5機)搭載予定とここでも日本空母最大の数字が計上されている。
*10 雲龍型も同様の設計更新は行っていたのだが、飛龍ベースの中型空母の彼女たちは飛行甲板の長さが短いため、カタパルトか補助ロケットがないと大重量機の発艦が難しいという別の問題を抱えていた。
*11 写真は同型艦ホーネットのもの
*12 二代目は八八艦隊計画で整備された改鳳翔型空母だが、赤城・加賀の空母化にともない建造中止となった
*13 カデクルは1941年頃の米軍のマニュアルでは12インチ砲搭載のポケット戦艦と記載されていた。
*14 名前を知る前から新造艦と勘違いしてたか詳しくは不明
*15 第四航空戦隊自体が開戦の三ヶ月前に編成された部隊であり、更に祥鳳配備は開戦中の編成替えだったために情報を得るのが困難だったと考えられる。
*16 出典:噂は小澤一彦「インド洋孤島戦記」より、山本五十六長官も絶句したというめくれた甲板の写真は牧島貞一「炎の海」に写真 ともに光文社
*17 出典元 『出版共同社 空母翔鶴海戦記 元海軍大佐 福地周夫著』P78 P92
*18 出典元 『今日の話題社 海戦・空母翔鶴「翔鶴」軍医官日記 渡辺直寛著』P151
*19 出典元 『双葉社 超精密「3D CG」シリーズ62 珊瑚海海戦』P82
*20 出典元 『光人社 続海軍くろしお物語』P228
*21 出典元『潮書房 丸別冊 ソロモン死闘 ガダルカナルをめぐる海空戦記』P221
*22 出典元『戦史叢書49 南東方面海軍作戦<1> ガ島奪還作戦開始まで』 P317-318
*23 出典元『アジア歴史資料センター 昭和17年5月1日~昭和17年5月17日 南洋部隊MO機動部隊戦闘詳報(3) レファレンスコードC08030728600』P31
*24 第三艦隊の攻撃隊総隊長を兼任したともされる。
*25 先述の加賀は、被弾から沈没まで約9時間。その1/3の時間しか翔鶴にはなかった。
*26 米海軍は既にヨークタウンやエンタープライズで高い能力を見せてはいたが
*27 誰が呼んだか「月刊正規空母」
*28 恐ろしいことに終戦時も完成待ちの艦が続々という状態だった
*29 文字通り艦戦による船団護衛等を主任務にしていた
*30 通称「週刊護衛空母」
*31 さらに「増刊号 インディペンデンス級軽空母」も作っている
*32 なんと改修を重ねつつ1991年の湾岸戦争にすら現役で通用した
*33 艦の規模だけ見るとヨークタウン級は二航戦よりも大型で、翔鶴型に迫るサイズではあるのだが
*34 サラトガは空襲や防空といった任務が主で、空母同士の海戦が主だった翔鶴とは単純に比較するのは難しいことや、エンタープライズは後述のように瑞鶴とは桁違いの武勲を上げているといった差異はあるのだが
*35 その中には一航戦二航戦や瑞鶴、更には大和武蔵も含まれるのである。まさしく絵に描いたようなアメリカンヒーローなのだ