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【森田和郎】

Last-modified: 2016-02-29 (月) 07:26:32

概要 Edit

ゲームクリエイター。名前は「かずろう」と読む。
【エニックス】が優秀なゲーム作家を集めるために昭和57年に開催した「第1回ゲームホビープログラムコンテスト」においては、そのゲーム制作スキルにおいて、当時は同じ応募者であったDQスタッフたちよりも高い評価を得た。

  • 最優秀プログラム賞「森田のバトルフィールド」(森田和郎)
  • 優秀プログラム賞「ドアドア」(【中村光一】
  • 入選プログラム賞「ラブマッチテニス」(【堀井雄二】

【ドラゴンクエストへの道】にも描かれたこのコンテストの表彰式では、トロフィを抱えた森田の姿とともに次のように紹介されている。

パソコンゲームファンならその名をよく、知っていることだろう
その後「森田和郎の将棋」等たくさんのゲームを世に出し
『思考ゲームの森田』として独自のゲームを開発している森田和郎その人である。

堀井・中村・そして【千田幸信】の初顔合わせとなる記念すべきこの表彰式では、中村が「実は最優秀賞を狙っていた」と少しガッカリするシーンも印象深い。
 
さらに、【すぎやまこういち】がDQスタッフに加入するきっかけになったのは、すぎやまがパソコン版『森田和郎の将棋』の指し手に疑問を持ち、アンケート葉書をエニックスに送ったことからだった(より正確には、すぎやまは投函せずにそのままにしていたのを、夫人が代わりに投函したためにエニックスに無事届いた)。
DQシリーズに直接関わってはいないものの、上述のように何かとDQスタッフに縁の深い人物である。
 
なおファミコンでも、セタより『森田将棋』が発売されている。
当時のコンピュータ将棋としては群を抜いた強さで知られたこのソフトは、DQ3や初代『ファイナルファンタジー』に先駆け、ファミコン初のバッテリーバックアップを搭載している。
エニックスとも縁が切れたわけではなく、『ダンジョンメーカー』や『ジャストブリード』などを開発した。
鶏料理が苦手だったようで、『ジャストブリード』においてキャラクターの1人・ハンスが「鶏料理が苦手だったおかげで、敵の罠(しびれ薬入りの鶏料理を食べさせられる)を逃れる」というシーンの元になった。
 
森田は2012年7月27日死去。享年57。
なお、コンピュータが将棋で人間のプロに勝つことは夢のまた夢といわれていたが、この翌年「電王戦」というプロ棋士とコンピュータの団体戦において、それが現実の物となるのであった。