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【堀井雄二】

Last-modified: 2018-02-14 (水) 14:25:10




概要 Edit

アーマープロジェクトの代表取締役。
DQシリーズの生みの親で、シナリオライター兼ゲームデザイナー。
1954年1月6日生まれ、兵庫県洲本市(淡路島)出身。早稲田大学卒。
 
大学卒業後はフリーライターとして活動し、『月刊アウト』にて「ゆう坊のでたとこまかせ」(でたまか)を連載。
1981年に上述の「でたまか」の投稿者の会員番号の管理のためにパソコンを購入。
だが、当時はそうした機能は使いにくかったため、パソコンゲームに熱中、自分で作って遊んでいた。
 
その後、【週刊少年ジャンプ】でもライターの仕事を始め、1982年に【エニックス】が開催した「第1回ゲームホビープログラムコンテスト」に自作ゲーム「ラブマッチテニス」を応募し、入賞。
このコンテストを機に、同じく「ドアドア」で入賞した学生プログラマーの【中村光一】、エニックスのゲームプロデューサー【千田幸信】らと知り合う。
なお、このコンテストの最終選考会には、堀井自らがジャンプの企画ページのために取材を行っており、千田から「まさか入選候補が取材に来るなんてねえ、夢にも思わなかったよ」と言われたそうである。その翌年には【ポートピア連続殺人事件】を制作。
 
1985年からはジャンプで「ゆう帝」の名で【ファミコン神拳】のコーナーを担当。「ポートピア」のファミコン版に続いて翌1986年にはドラクエシリーズの記念すべき第一作目【ドラゴンクエスト】の原作を担当。現在も続いている。
 
ちなみに、堀井の愛称である『ゆう坊』は上述の「でたまか」に由来している。
この名前はDQ5の仲間になった【はぐれメタル】の3匹目の名前として使われている。
DQ6のはぐれメタルの3匹目、DQ8の【キングスライム】のスカウトモンスターもこれが元。ただし、『ゆうぼん』と少し変形している。
 
友人達にもパソコンの便利さを殊更に強調して購入を勧めており、その買わされた一人に【さくまあきら】がいる。
さくまも住所録など、データ管理のためにパソコンを購入したのだが、いざ使ってみると手書きの方がはるかに早い。
それで散々便利だと薦めた堀井に「データ管理って、これなら手書きの方がよっぽど早いんじゃない?」と愚痴ったところ、返ってきた返事は、堀井曰く「一言、『そうだよ。』って(笑)」。
堀井の口車に乗せられて無駄に高い買い物をさせられたと知ったさくまは愕然とするが、それからは「絶対(高い買い物の)元を取ってやる。」と、猛然とゲームを買いまくったという。
堀井の方もさすがにアフターケアなしは悪いと思い、ゲームソフトを貸したり、紹介したりしたという。
 
2016年に堀井の出身地である洲本市が「ふるさと納税」の返礼品ラインナップにドラゴンクエストグッズを加えたところ、募集初日に品切れとなってしまった。
2017年12月には洲本市の名誉市民に選定された。

作品制作のスタンス Edit

DQの制作にあたっては基本的に「多くの人に」「じっくり」楽しんでもらうという方針を貫いている。
このためゲームシステムは基本的にあまり複雑にせず、クリアに支障の無い寄り道要素やバラエティーあふれるキャラのセリフをあちこちに散りばめている。
 
また、ネタバレ要素に関しては特に厳重に扱うことで知られている。これは、
「謎を解く楽しみと解いた後の喜びはプレイするユーザーのもの」
「事実を確認するだけの作業的なゲームにしたくない」
という思いによるもの。
このため、雑誌や攻略本に情報を載せる際は「ヒントは書いても結果は書くな」と指導し、完成品を徹底的にチェック。ほぼ全てを書き直すこともあったそうだ。
DQ7の開発終盤の一時期には広報をエニックスに完全任せにしたが、堀井の許す範囲以上に詳細なネタバレが書かれ、これに堀井が激怒したというエピソードもある。
なお、2000年頃からインターネット上に林立するようになった個人運営の攻略サイトについては、「情報を公開するためにいろいろとプレイしてくれているので許せる」としている(『ファミ通』2000年8月31日号内マンガ『おとなのしくみ』より)。

メディアへの出演 Edit

1988年まではゲームの制作をする一方で、前述のファミコン神拳の連載も続けていた。
並行してジャンプ系以外の雑誌では、アスキー社のパソコン雑誌『月刊LOGIN』にて「ゆう坊の虹色ディップスイッチ」というコラムを連載。その中でDQの制作裏話も語られ、派生誌の『ファミコン通信』にも転載された。
さらに「虹色ディップスイッチ」は単行本化もされ、同コーナー終了後の『ファミコン通信』誌上でのDQ関連対話記事(DQ4まで)も同時に収録された。
 
JICC出版局『ファミコン必勝本』では【ドラゴンクエストマスターズクラブ】にて「堀井雄二の DRAGON QUEST III Q&A」というコーナーを担当し、地名・呪文名・【ロト】の名の由来、さらには没アイテム隠しシステムに至るまで、読者からの幅広い質問に回答している。こちらも単行本化されている。
このように、制作スタッフが直々に雑誌の専用コーナーで読者からの質問に回答するという方式は、すでに前作DQ2の発売当時に中村光一が『ファミリーコンピュータmagazine』上で採っていたが、どちらかといえばファンタジー色の濃い中村の回答に対し、堀井はプログラムやシステムに基づいた現実的な回答が多かった。
 
しかし、次第に多忙になったため、ファミコン神拳(カラーページ)は1988年内をもって終了し、以降ジャンプではゲーム紹介コーナー「ファミコン怪盗芸魔団」「ペーパーROMマガジンV-NET」内でコラム「堀井雄二のゲーム大好き!!」を1990年代半ば頃まで連載。
また【月刊Vジャンプ】の初期にはDQ専門マンガコーナー【DQ KIDS!! ドラゴラ村の子供たち】の監修を務め、自身も「ホリー」として出演していた(この「ホリー」はSFC版DQ3の【取扱説明書】にも登場した)。
それらの連載の終了後は、他誌ともども、作品の発表時や発売前、ゲームハードの周年記念企画などに出演するにとどまっている。
 
なお、2010年代に入って以降は、インターネットの【ニコニコ生放送】などの映像配信への出演が多くなってきており、新作の重大発表を自ら行うこともある。

エロ描写 Edit

実はかなりのエロオヤジでもあり、80年代初頭のロリータブームとパソコン(当時の言い方は「マイコン」)ブームの中で登場した黎明期のアダルトゲームをよく遊んでおり、
ライターとして以下の持論を述べるに至っている。(『月刊Log-in』 1986年9月号)

なんらかの目的を達成し、“ごほうび”として、イヤラシイ絵を表示させたなら、それだけで終わらせないで欲しい。むしろ、そこからどうすればいいのかを考えてもらいたいのだ。

全般的にいって、アダルトソフトと呼ばれるものは、最終的な詰めが甘いと思う。もうそろそろ、「わあ~、こりゃイヤラシイ! た、たまらん、ぷるぷる」というような物が出てきてもいいのだが……。早くつくってくれ。

自著のコンピューター入門書『堀井雄二のコンピュータークエスト』でもわざわざ「エッチゲームはまだまだ詰めが甘い。」という項目を設け、

こういう風にすればもっとプレイヤーが興奮できるのではないか?

と持論を述べ、(わしゃ変態か!)と自分にツッコミを入れている。
そうした姿勢は当然、自作のゲームでも遺憾なく発揮され、【オホーツクに消ゆ】のFC版製作の際に登場人物の「めぐみ」の入浴シーンで乳首を入れるかどうかでスタッフと激論した逸話は有名。
 
ドラクエにおいても、ギリギリの容量の中で確信犯的にエッチネタを欠かさず入れている。
代表的なものを列挙すれば次の通り。

ちなみにDQ7までのシナリオは堀井自身が【NPC】の会話まで全部1人で書いていたのでDQ7までのエッチな台詞は堀井が仕込んだもの。
今日ではこうしたエロ要素はドラクエの伝統の一部となり、DQ8以降も「ぱふぱふ」を始めとして全シリーズ作に必ず仕込まれるようになっている。

なんと製作者に直撃質問! 堀井雄二のDQアンケート! Edit

先述の『ドラゴンクエストマスターズクラブ』では、読者を対象にした「DQアンケート」が行われたが、なんと同コーナーの3冊目の単行本『ドラゴンクエストマスターズクラブ SPECIAL』では、堀井もそれに回答している。
同誌の発行当時の1994年8月現在の回答ということで読んでみてほしい。
ちなみに、二重ヤマ括弧内は読者投票での1位。
 

  • 好きな作品…DQ3(ゲーム性で)、DQ5(ドラマ性で)
    《DQ3》
  • 心に残ったイベント…結婚、ゴールドオーブすり替え(以上DQ5)、5章オープニング(DQ4)
    ロマリア王体験(DQ3)、仲間探し(DQ2)
    《結婚》
  • 好きな音楽…おおぞらをとぶ、広野を行く、結婚ワルツ、王宮のトランペット
    《序曲》
  • 二度と行きたくないダンジョン…ガライの墓(ロンダルキアはデバッグで何度も行ったので覚えている)
    《ロンダルキアへの洞窟》
  • 好きなモンスター…ヘルバトラー(絵的に)、くさったしたい(いろんなことをさせてバランス取りが面白い)
    《スライム》
  • 好きなキャラクタ…パパス、ビアンカ、マーニャ、トルネコ
    《ビアンカ・フローラ・アリーナ》
  • 好きなアイテム…賢者の石
    《賢者の石》
  • 嫌いなアイテム…メガンテの腕輪、命の石(どちらも反響がなかったから)
    《イブールの本》