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設定/【ナギ節】

Last-modified: 2019-07-23 (火) 11:58:17

FF10 Edit

大召喚士が究極召喚によって『シン』を討ったあとの、『シン』がいない時期の事。
語源は風のない状態を表す「凪(なぎ)」という言葉。英語版ではThe Calmと直訳されている。
読みは「ナギせつ」。決して「ナギぶし」ではない。
通常はナギ節をもたらした大召喚士の名を前に付け、「ブラスカのナギ節」などと呼ぶ。

  • 正確には『シン』がいないのではなく、先代『シン』が倒され次代の『シン』が力を蓄えている期間。究極召喚と『シン』の関係を考えると、『シン』を倒した究極召喚が弱いほどナギ節が長くなる…のだろうか。

『シン』を作り出す元凶であったエボン=ジュが倒れ『シン』が現れないようになり、それを人々は『永遠のナギ節』と呼んだ。


ナギ節に入ると、人は皆お祭り騒ぎになる。
たとえそれが一時の安らぎであるとわかっていても。

  • FF10-2ではユウナのもたらしたナギ節が訪れてから2年が経過しており、また『シン』の再来があるのではと怯えていた人たちも本当に二度と『シン』が現れないと確信できるようになった時期と思われる。あの人々のはっちゃけ振りはそのあたりの価値観の転換が影響しているのだろう。
  • 1000年に渡る『シン』の脅威の中で、FF10開始時点までに訪れたナギ節は5回。
    仮に平均2年だったとしても全体の1%程度という、それ単品で喜ぶにはあまりにも儚く短い期間である。
    やはり人々がナギ節を祝う心の根底には「今度こそ『シン』は復活しないかも知れない」という「希望」があるのだろう。
    実際ブラスカはそう信じて究極召喚を行い、ユウナたちもユウナレスカから「必ず『シン』は復活を遂げる」と断言されるまでは、その「希望」に縋っていた。
  • 初めてスピラを訪れた頃のティーダや、アルベド達のように「それって無駄じゃね?」と考えていた者も少なからずいたようである。
    そしてそれが普通であると思う、スピラの人々がエボン教に毒されて感覚がマヒしているというだけで。
    • 『シン』の発生する原理はエボン教が隠していたんだから、布教に毒されてるとか関係なく知りようも無い人々が
      「今度こそは」と思うのはそれこそ普通の感覚だぞ。
      台風の後片付けが終わっても、すぐに来年の台風に絶望して台風が過ぎたことに安堵すら出来ない人間がいたら過敏すぎる。

期間的には半年から数年と短い。
FF10-2でユウナたちがもたらした永遠のナギ節が2年続いたことで、人々が「もう『シン』は復活しない」と確信しているらしいことから、おそらく最長のナギ節も2年を大きく下回るものだったと推測される。

  • ん?「ブラスカのナギ節」は10年続いているはずだが。
    • アルティマニアによれば、ブラスカのナギ節は約一年。このナギ節中にジスカルとケルクがエボンの老師になったらしい。
    • というか「ブラスカ一行がシンを打倒が10年前」、「約1年前、チャップとか多数の討伐隊員がシンに殺される」この辺の話とか、シンに親を殺されたほんの小さな子供とかが各地にいることを考えれば、ブラスカのナギ節はオープニングの遥か前に終了していると悟れるはず。

余談だが、FF14では本設定をオマージュしたと思われる「星歴」と「霊災」と呼ばれる設定が存在する。
文明が発達する「星暦」と呼ばれる時期と、文明が大災害によって滅ぶ「霊災」と呼ばれる時期があり、第○星暦が始まった後に必ず第○+1霊災が訪れて文明が崩壊する。(例:第2星暦後は第3霊災が起きる。)
文明は5度滅ぼされ、更に旧FF14の時代である第6星暦はバハムートによる第7霊災害によって滅ぼされ、新生FF14の時代である第7星暦へと移る。
文明が何度も滅ぼされるという点では、ナギ節の設定に非常に似ている。

  • FF14自体が過去作品へのオマージュが多いので参考にしてもおかしくはない。

名前の由来は、風が全く吹かない「凪」からだろうか。

  • 時代が流動することを風に例えられるからだろう。戦争の予兆を「キナ臭い風」、潮勢の激変を「嵐」と称するなど。