セゲオ

Last-modified: 2020-04-24 (金) 10:19:53

元読売ジャイアンツの選手・監督・終身名誉監督でもある長嶋茂雄の別称。
セゲヲとも呼ばれる。
同氏が20年近くCMに出演していた「セコム」と名前の「シゲオ」をもじって誕生した。

長嶋茂雄とは

千葉・佐倉高校時代は無名だったが立教大学で大活躍し南海ホークスとの争奪戦*1の末、巨人に入団*2王貞治らとともに巨人の黄金時代である「V9」の中心メンバーとして活躍、現在では信じられないような高傑出度の成績を残し*3、無類の人気を誇った。「(初代)ミスタータイガース」こと藤村富美男に倣って「ミスタージャイアンツ」と呼ばれ*4、さらに当時は東京六大学野球の方が人気だった状況を逆転させ、プロ野球の人気向上に大いに貢献したことから引退後には「ミスタープロ野球」とも呼ばれるようになった。

 

また、監督としても原辰徳岡田彰布西村徳文星野仙一といった「監流アイドル」のパイオニア。迷言や伝説を多数残した一面もあるが、1992年のドラフト会議において松井秀喜*5を4球団の抽選で引き当て、また1994年の「10・8(国民的行事)」や1996年の「メークドラマ」、2000年のミレニアム打線及び福岡ダイエーホークスを率いていた王貞治との「日本シリーズON対決」など、数々の名言*6やドラマを演出し、存在感を発揮した。
2001年に勇退し2004年に脳梗塞で倒れ一線から退いた*7現在でも、彼の思い出に浸り盲目的に崇める信奉者*8が存在するほどの影響力を及ぼしている。

 

その反面、1992年からの第二期監督時代には他球団の戦力を削ぐFA選手の乱獲を進め*9、結果としてスラッガータイプの一塁手*10を持て余す状況を生んだことについては批判され、今尚「巨人=強奪」のイメージは健在であり、アンチの槍玉に挙げられている。

 

なお、先述の通り現役時代から原に劣らぬ迷言を連発しており、現在でいうところの宇宙人選手の先駆けだったとも言える。そのどこかズレたエピソードや多数の伝説*11が語り継がれている。
なんJでもそれらをネタに現在でも度々打線が組まれている模様。

欠点もあるが野球界において偉大な人物である事は、語るまでもない。


関連項目



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*1 当時の南海監督鶴岡一人は長嶋とその同期の杉浦忠獲得を熱望したため、大学の先輩である大沢啓二を通じ長嶋と杉浦に栄養費を支給して懐柔を画策し、当初長嶋も南海入りに乗り気だったという。これに対し巨人は長嶋の母を味方につけ(父は長嶋の大学在学中に死去。母は野菜の行商で家計を支えていた。)、長嶋を説き伏せたといわれる。後に長嶋は受け取った栄養費を全額返済して大沢と鶴岡に謝罪。一方の杉浦は南海に入団した。
*2 ちなみに巨人は長嶋の高校卒業時点で獲得オファーを出しているが、大学に通わせたかった父により本人に知らされることなくオファーを握りつぶされている。
*3 現役17年で首位打者・本塁打王・打点王などの主要打撃タイトルを多数獲得、超打低時代にも関わらず通算OPSも.919。また守備走塁でも高い能力を発揮し、ルーキーイヤーには「一塁ベースを踏み忘れて本塁打を1本損していなければトリプルスリーだった」という成績も残している。
*4 そもそも長嶋自身が藤村を「憧れの選手」と公言し藤村を参考にしたプレーが多い。
*5 松井のメジャー移籍こそ反対に回ったが長嶋の愛弟子として名高く、2013年に国民栄誉賞をダブル受賞している。奇しくも長嶋と松井はプロ入りまでは阪神ファンだったことも共通する。なお松井あこがれの選手は掛布雅之。
*6 横浜大洋の1~3番、屋鋪要、加藤博一、高木豊で盗塁を量産した「スーパーカートリオ」も長嶋の発言とされる。逆に高橋由伸をウルフと名付けたが浸透しなかった例もある。
*7 アテネ五輪の監督として指揮予定だったが、医師と家族に止められ断念している。本人は残念がっていたとのこと。代行監督は子飼いでもある中畑清
*8 代表例は立大の後輩でもある日テレアナ・徳光和夫、テレビプロデューサー・テリー伊藤、お笑い芸人・明石家さんま、タレント・田原俊彦など
*9 育成中心かつ球団史上唯一の最下位を味わった1975年からの第一期監督時代の反動とも言われる。また親交の厚い渡辺恒雄が政権を握ったため、札束攻勢が可能になったことも一因である。
*10 落合博満広澤克実、ドミンゴ・マルティネス、江藤智、清原和博石井浩郎など。
*11 頻繁に他人の名前を間違える、インフルエンザとインフレーションを間違える、「魚へんにブルー」などの英語の多様するなど