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ジエンゴ

Last-modified: 2018-07-11 (水) 02:49:35

漢字で表記すると「自援護」で、文字通り投手自らのバットで打点を稼ぐこと。ムエンゴ選手に対して、味方が点を取らなければ自分で点を取って勝つしかないと、皮肉の意味をこめて言われる。
しかし、過去には投手でありながら打撃にも優れ自力で得点を取る選手も居たことから、一概には言えない部分もある。


概要 Edit

DHの採用されていないリーグ、すなわちNPBならセ・リーグ、MLBならナ・リーグ、その他に高校野球や大学野球などのアマチュア野球で見られる。
パ・リーグはDH導入のために基本的に不可能*1だが、交流戦*2や日本シリーズのセ・リーグ主催試合で可能。

 

プロ野球の場合基本的に投手は打撃軽視の傾向であるが、得点力の弱いチームなどではたとえ援護が得られなくとも「自分で本塁打を打てば勝てる」と言われることもある。現に、下記の例を考えるとジエンゴは投手にとっての必須スキルかもしれない
近年は大谷翔平の影響からか、打撃にも優れるアマチュア投手(主に高校生)のことを「○○の二刀流」と呼ぶ*3ことも増えている。


主なジエンゴの例 Edit

  • 過去の例
    ...
  • 2016年の巨人・菅野智之は防御率2.01に対し援護率2.88と深刻なムエンゴに襲われるが、自身は打率.222(54-12)・3打点と代打陣や捕手の小林誠司よりも高かった*12ため「ジエンゴしろよ」(打点増やせよ)というツッコミが入った。
  • 横浜DeNAベイスターズの投手は横浜大洋ホエールズ時代から野村弘樹*13三浦大輔吉見祐治須田幸太など、伝統的に打撃が得意な選手が多い。特に野村には「マシンガン打線の9人目*14」の異名があり、三浦は24年連続安打*15・通算122安打という記録を持つ。
    • 2017年に入団したジョー・ウィーランドは公式インタビューで「投げるよりも打つほうが好き」という心情とバットのこだわりを語り*16アレックス・ラミレス監督から「代打で使いたい」と打力を評されるほどの投手であった。
      実戦では特に強烈な広島キラーぶりを発揮(打率.539(13-7)・3本・9打点・OPS1.846)しており、10月1日の対戦では5回10安打7失点の大炎上も逆転3ランを含む3打数3安打4打点というジエンゴで勝ち投手に*17。さらにはCSで報道や地域から認識されるレベルの警戒対広島打者成績にウィーランドの打撃成績を併記、最速153km/hの外国人投手に対して「代打はやめてね」と明記した広告をJR西日本が掲載する)を受けながらもチーム初ヒットを含む全打席出塁したりしている。
      そして2018年には前述した公式インタビューで投手なのにバットがスポンサーから供給される契約が成立したことが判明した。
  • 阪神タイガース・秋山拓巳は高校通算48本塁打*18をマークし、「伊予のゴジラ」と呼ばれていたほどの、投手としては珍しい右投げ左打ちの強打者としても有名であり、先発として定着した2017年にはナゴヤドームの中段に届くホームランを放ち、翌2018年も本塁打を記録している(この試合では逆方向へと放つと、自身8年ぶりとなる完封を記録した。)。
  • 高校野球では能力の突出した投手が4番に入るワンマンチームの例も多く見られ、これをプロ入り後も継続した例が現ロサンゼルスエンゼルス・大谷翔平である。北海道日本ハムファイターズに入団した当初は投手と打者の使い分けで起用されていたが、2016年5月29日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦にて同一試合で投球と打撃の両方を行う「リアル二刀流」を初披露*19。同年7月3日の福岡ソフトバンクホークス戦では1番・投手でスタメン出場すると、中田賢一から投手で初球先頭打者本塁打*20という離れ業を披露、投げても8回無失点で勝利を挙げる。2017年10月4日にはついに4番・投手として先発出場。投げては9回を被安打2、10奪三振に抑え完封勝利、打っても先制の口火を切るヒットを放つなど投打両面で傑出した様子を見せつけた。

絶望的に打撃が悪い投手の例 Edit

  • 黒田博樹(元広島→MLB→広島)は見かけの割に打撃が苦手な投手としても知られMLB時代に、アメリカのメディアから「ジエンゴできないから負ける(要約)」*21と批判されたこともある*22が、ほぼムエンゴに苦しんだのもまた事実。しかしほとんどジエンゴなしかつ他の悪条件*23にもめげず日米200勝を達成したのだから、これはこれで凄いことである*24
  • ドミンゴ・グスマン(元横浜→中日→楽天)は2003年の横浜時代に18打席連続三振*25のギネス記録を作っている。
  • 阪神タイガースは江夏を南海に放出した1976年以降、強打の投手がいない状態になったが暗黒時代は特に酷く*26、阪神で好打の投手と言えば上述のムーアまで待たねばならなかった。
    日本人投手に限ると2009年に能見篤史がブレイクするまでジエンゴ可能な投手は現れなかった。この間江夏放出から実に30年である。

ウィーランド式防御率 Edit

ジエンゴに定評のある投手に対しては、防御率からジエンゴ分を差し引いたウィーランド式防御率という指標が使われることがある。
由来は上述した典型的なジエンゴ投手の一人であるジョー・ウィーランドから。

通常の防御率は、「自責点÷投球回×9」で計算されるが、ウィーランド式防御率は

ウィーランド式防御率=(自責点-打点)÷投球回×9

で計算される。

なお同様の指標としてウィーランド式クオリティ・スタートというものもあり、こちらは6回を投げて(自責点-打点)が3以下で達成となる。

ウィーランド本人のウィーランド式防御率(2017年)
対中日3.13(46回 自責点18 打点2 防御率3.52)
対阪神1.76(15回1/3 自責点3 打点0 防御率1.76)
対ヤク0.83(32回2/3 自責点4 打点1 防御率1.10)
対巨人2.25(12回 自責点3 打点0 防御率2.25)
対広島2.28(27回 自責点16 打点9 防御率5.33)
総合 2.18(133回 自責点44 打点12 防御率2.98

関連項目 Edit



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*1 大谷翔平のような二刀流選手はDHを解除することでジエンゴ可能である。しかし、DHは一度解除するとその試合では二度と使えなくなる。継投を考慮する必要があるため実例は少ない(大谷はNPBでは8試合でDH解除し、投手として打席に立った)。実戦でDH解除が見られるのは終盤の守備固めや、交流戦・日本シリーズの準備としてが主になる。
*2 2014年のみセ・リーグ主催試合でDH制採用、パ・リーグ主催試合では不採用と例年と逆転している。
*3 大谷以降では盛岡大付高時代に「大谷二世」と呼ばれた松本裕樹(ソフトバンク)が代表的。
*4 投手として1試合3本塁打は史上2人目、3連発は史上唯一。
*5 1973年第3戦。史上唯一の記録
*6 DHでスタメンだった石嶺和彦の代走で飯塚富司が出場、その後飯塚が守備に就いたため。
*7 なお、パ・リーグDH導入後初の投手による本塁打だった。しかも通算1打席のため、史上2人目の打率1.000・長打率4.000打者。もう1人は1950年の塩瀬盛道(東急、投手)。敗戦処理で初登板した試合の初打席で2ランを放ったが、その後炎上して降板。それ以降は出場できずに引退し、こちらは1試合・1打席のみでの達成。
*8 これがプロ初本塁打、それも41歳・23年目の達成でプロ最遅記録(野手では、当時近鉄だった石山一秀が1983年に14年目で打った本塁打が最遅)を更新。
*9 マツダスタジアムでのホームランは推定150m弾で、マツダスタジアムの最長飛距離弾。
*10 パ・リーグ投手の日本シリーズでの安打は同年第1戦の大谷も含め、2004年松坂大輔(当時西武ライオンズ)以来。
*11 高校時代の甲子園大会通算本塁打はKKコンビの片割れの■■に次ぐ歴代2位の6本。投手としては小柄でフィールディングも優れていたため巨人は野手転向を見越して桑田を獲得したとも言われている。実際に入団前後に遊撃手転向の話題が挙がったり、不振だった1993年にも野手転向の話が再度浮上しているが桑田はいずれも固辞している。ちなみに桑田自身が一番自負していることは投球でも打撃でもなく守備だとか(元木大介が2018年春のセンバツ直前の特別番組に出演した時の発言)
*12 巨人の右打者捕手の規定打席到達者は29年ぶりながら、打率.204は最下位だった。
*13 本名は野村弘。
*14 PL学園高校時代はエースながら立浪和義片岡篤史らを押しのけ4番を務め、甲子園では春夏連覇。プロ入り後も1996年には自ら3ランを放って2失点完投勝利、日本一となった1998年には打率.250・2本塁打・8打点など打力が高かった。
*15 NPB4位タイ。投手の記録としてはギネス認定の世界記録。
*16 アマチュア時代は投げない日はショートを守っていたと語っていたため、倉本寿彦の代わりにショートとして出場してくれとファンがネタ混じりで言うこともあった。
*17 ちなみにこの勝利で外国人投手で球団史上初の2桁勝利を達成しており、2年連続CS進出・Aクラス(3位)も決めている。
*18 これは阪神の野手陣の誰よりも多い。
*19 試合前にDHを放棄し6番・投手でスタメン出場。打者では5打数3安打1打点、投手としても7回4安打1失点で勝利投手という活躍だった。
*20 NPB史上初、MLBでも前例なし。
*21 カープ時代からドジャースを経てヤンキース時代までムエンゴ気味であったことも理由の一つ。
*22 とは言え、ヤンキース時代にESPNから『黒田は弁護士を雇ってチームメイトを無援護で訴えるべきだ!!』とまで言われる程ムエンゴに苦しんだこともまた事実である。
*23 実質活躍しだすのが、大卒入団4年目以降とやや遅咲きなこと、日米でムエンゴに悩まされていた(2011年にはドジャースの身売りの影響をモロに喰らってもいる)ことなど。
*24 大卒で200勝投手は5例存在するが、当然日米通算200勝を記録したのは黒田のみである。
*25 三振記録を更新している間、TBS「サンデーモーニング」に「今日のドミンゴ」というコーナーがあった。
*26 当時のエース・湯舟敏郎を始め猪俣隆・仲田幸司・川尻哲郎らはいずれも打撃が非常に苦手な投手であった。特に猪俣は当時ノーコン投手及び打てない投手の代名詞だった。