東京ドーム特有のホームランのこと。換言すれば、「東京ドームでなければただの外野フライに終わっていただろうと思われるようなホームラン」のことである。
元々は「巨人攻撃時に東京ドームの空調を操作して追い風を起こすことで生まれたホームラン」のことを指していた。しかし、このような空調操作が実際に行われた証拠はなく、現在では空調操作疑惑の真偽とは無関係に「東京ドーム特有の極端に浅い左中間・右中間に入るホームラン」のことを「ドームラン」と呼ぶようになりつつある。
【目次】
概要
「ドームラン」の発祥
語源を遡ると、日本ではなくMLBミネソタ・ツインズの当時の本拠地だったメトロドーム(ミネソタ州ミネアポリス)で生まれた言葉である。「メトロドームではツインズの攻撃時のみ、空調を操作して追い風を起こすことでホームランを量産している」との噂が広まったことから「メトロドームの空調で生まれたホームラン」のことを略し、ドームランと呼ぶようになったのが発祥である。
この噂がメトロドームをモデルに設計された東京ドームにも飛び火。「東京ドームでは巨人の攻撃時に空調を操作して追い風を起こすことでホームランを量産している」という噂がアンチ巨人の間でまことしやかに囁かれるようになり*1、「東京ドームの空調で生まれたホームラン」をアメリカと同じくドームランと呼ぶようになった*2。日本における初出は定かではないが、1990年代後半には2ちゃんねる(5ちゃんねる)の前身ともいえるサイト「あめぞう」で既に使われており、日本においても20年以上の歴史を持つ息の長い言葉である*3。
語義の変遷
東京ドームは他球場と比べて左中間・右中間が極端に浅いため、なんでもないフライがここに飛び込んでホームランとなるシーンが良く見られた。そこで、巨人の選手による浅い左中間・右中間へのホームランに対しては必ずと言っていいほど「これはドームラン、つまり空調で生まれたホームランだ」との指摘がアンチ巨人からなされるようになる。
その後、空調操作疑惑はなかばネタのような扱いになってきたものの、「東京ドーム特有の極端に浅い左中間・右中間に入るホームラン」をドームランと呼ぶ文化はそのまま残った。つまり、空調操作ではなく球場の形状が原因だとしても、他球場ならば外野フライに終わっていただろうと思われるような打球がホームランになること自体をドームランと揶揄するようになったのである。巨人攻撃時にだけ行われる空調操作から、相手チームも攻撃時に恩恵が得られる球場の形状へとドームランの原因が変質したことで、ドームランという言葉がアンチ巨人の枠を飛び出す土壌が完成した。
一般への浸透
ドームランという言葉が、アンチ巨人界隈で使われるネットスラングから、一般的に広く使われる野球用語へと移行する転機になったのが、いわゆる桑田の解説である。2013年3月12日、東京ドームで行われた第3回WBC2次ラウンドの日本対オランダ戦にてテレビ解説をしていた桑田真澄がホームランを打った阿部慎之助に対して
「阿部くんは、東京ドームを本拠地としているだけに、もうドームランの打ち方を知ってますね」
と解説*4。この試合は、注目度の高い国際試合だったこともあり、ドームランという言葉が一般メディアに急速に広まることになった。
東京ドームでのホームランの出やすさ
ちなみに、セイバーメトリクスでホームランの出やすさを示すために使われるホームランパークファクター(詳細はからくりドームの頁を参照)という数値を見ると、東京ドームは「数値が1を超えているため、平均よりもホームランが出やすいのは事実だが、明治神宮野球場よりは出にくく、横浜スタジアムと同程度」であることが分かる*5。つまり、ホームランが出やすいのは間違いないが、空調は関係なく球場の狭さゆえであると説明しても違和感のない範囲である。
ドームラン疑惑の背景
実際のところ、東京ドームで空調を操作してホームランを量産しているという確たる証拠は一切ない。それではなぜ東京ドームではこのような噂が広まったのかと言うと、これにはいくつかの理由がある。
- 「東京ドームのモデルとなったメトロドームで空調操作の噂があった」
東京ドームはメトロドームをモデルにして設計された。メトロドームでもドームランの噂*6があったことから、メトロドームと構造上の共通点が多い東京ドームでも同様の疑惑が浮上した。メトロドームでは、実際に空調を操作したと証言した人物も存在するとされ、間接的に東京ドームの疑惑も深めることになった。
- 「東京ドームはエアドームであるため、気圧の影響により、内部が無風でも出入り口付近で強い風が吹く」
- 「東京ドームは左中間・右中間の膨らみがない特殊な形状のため、一般的なイメージと比べて非常に狭い」
通常の野球場は扇形を膨らませたような形であり、外野フェンスは丸みを帯びた孤を描いている。しかし、東京ドームは全体として四角形に近い形であり、外野フェンスは両翼と中堅の間をほぼ直線で繋ぐという特殊形状である*9。
つまり、東京ドームはホームから見た場合、両翼や中堅までの距離と比べて、左中間・右中間までの距離が極めて短いという特徴がある。実際に両翼100m・中堅122mという数値は日本最大級であるが、左中間・右中間110mという数値は12球団本拠地の中で最小である。このような特殊な形状は、両翼100m・中堅122mの基準を満たしつつ「狭小な土地にできるだけ小さな球場を作る*10」ための工夫である*11。昔は、野球場のサイズとして両翼と中堅の距離だけを記した資料が多かったため、それを見て「東京ドームは日本最大級の球場なんだ」と誤解するファンが数多くいた*12。しかし、左中間・右中間の数値を見れば、実際は日本プロ野球最小クラスの球場であるため、思った以上にホームランがよく出ることになる。このことが、「大きな球場なのに簡単にホームランが出るのは空調のせいではないか」という考えに繋がった。 - 「昔の東京ドームでは、他球場よりも反発力の高いボールを使っていたので、打球がよく飛んだ」
噂が広まった当時は統一球のような制度がなく、各球場ごとに異なるボールが使用されていた。東京ドームで使用されていたのは、日本で最も反発力が高く、飛距離が出やすいとされていたミズノ社製のボールである。ミズノ社製ボールは、2010年まで常に他社と比べて高反発という傾向にあったが、特に2000年代前半のミズノ社製のボールは、スーパーラビットボールと呼ばれるほどの超高反発球であり、この時期には外野席上の広告看板に直撃するような特異な打球が頻発した*13。このような異常な飛距離が空調によって風を起こしているためだと誤認された。なお、2011年からは統一球が導入され、東京ドームも他球場と同じボールを使用している。
- 「ドーム球場は内部の湿度が低いので、屋外球場よりもわずかに打球が伸びる」
- 「巨人の打者が東京ドームの特性を生かして効率的にホームランを量産していた」
- 「東京ドームを使用している巨人にダーティーな球団イメージがあった」
- 「東京ドームの担当者がホームランが多い理由として虚偽の説明をしていた」
東京ドームの担当者は、打球がよく飛ぶ理由の一つとして、空調の風ではなく東京ドーム内部の気圧が高いためであると長年にわたり説明していた。しかしながら、物理的には気圧が高いほど空気抵抗が大きくなるので打球は飛びにくくなる*18。東京ドームの気圧程度ではほとんど打球への影響はないと思われるが、このような虚偽の説明の裏には何か隠したい真実があるのではないかと疑われてしまった。
- 「選手や解説者などがドームランに言及することがあった」
桑田が解説でドームラン発言をしたことは象徴的出来事であるが、他にも野球chやなんJなどの影響を受けたと思われる選手や解説者がドームランに言及したことが何度もある。そのほとんどは、空調操作とは無関係に東京ドーム特有の極端に浅い左中間・右中間に入るホームランのことを指して発言したものと思われるが、中には空調に言及した選手もいる。これらの発言は、プロが言うのだから空調操作は事実なのだろうという印象を一部で与えることになった。
このように複合的な理由により、空調操作に関する噂に信憑性あるいはネタとしての面白さが備わり、長きに渡ってドームランという言葉が使われてきたのである。
関係者の説明
2013年6月に明らかとなった統一球問題から東京スポーツの取材を受けた株式会社東京ドーム*19の担当者は、以下のように説明している。
なお、本文中の「ボールがよく飛ぶのは気圧の影響」という担当者の説明は物理法則を無視した完全なる誤り*20であるが、なぜか過去にも同様の説明を繰り返している。単に無知な社員が多いだけなのか、あるいは真実を隠すために組織ぐるみで虚偽の説明をしているか、真相は不明である。
東京ドームに「ドームラン」疑惑を直撃
http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/154625/
――11日にNPBが「飛ぶボール」を使用していたことを明らかにした。東京ドームで「飛ぶボール」といえば「空調を操作しているのでは」などの疑惑があるが、今もかなりの問い合わせがあるのか
東京ドーム担当者:オープン当初はよく聞かれましたが、ここ数年は問い合わせはほとんどありませんね。ボールがよく飛ぶというご質問には「気圧の影響も少なからずあるのでは」と答えています。
――確かに気圧はドーム外より高い
担当者:気圧差はビルの1階と9階くらい。ただ、飛び方に大きな影響はないと思いますが。
――空調に関してはどうか
担当者:実は空調に関する問い合わせが一番、多いんです。東京ドームでは換気のため36台のファンがあるのですが、巨人戦ですと試合中に稼働しているのは7台だけ。しかもホームから外野に向かって回っているファンはないんです。これは実際に球場に来て体感していただけると分かると思います。バックネット裏の一、三塁側の通路に立つと、グラウンドからの風を感じられるはずです*21。
――巨人の攻撃時だけ風を送っているという疑惑もあるが
担当者:ありえません。ファンの動きは東京ドームの内圧に影響するので、自動管理されていて簡単には変更できないことになっています。
――今回、NPBがウソをついていたことで「東京ドームもウソをついているのでは?」という疑惑を一部で持たれている。
担当者:……。失礼な話です。
選手たちの証言
中田翔(当時日本ハム)の証言
空調のせいか否かはともかくとして、選手の間でも「東京ドームではフライだと思った打球がスタンドインすることがある」ということは認識されているようである。以下はその一例である。
日本ハム中田「ドームラン!」右翼席ギリギリ11号(日刊スポーツ)
https://www.nikkansports.com/baseball/news/1849672.html
<日本ハム4-11西武>◇3日◇東京ドーム
日本ハム中田翔内野手(28)が先制の11号2ランを放った。
3番一塁で先発し、初回の第1打席。1死一塁、岡本の142キロ直球を右翼スタンドギリギリに放り込んだ。
「ドームラン! ドームラン! 打った瞬間、ライトフライだと思ったけどね。でも先制できて良かった。これで高梨が少しでもノビノビと投げてくれたらいいけどね」。先発の高梨へ援護を送った。
大島洋平(中日)の証言
ネタなのか本気なのかは不明だが、現役選手の口から東京ドームの空調についての興味深い発言が飛び出し一部で話題になった。
2016年10月10日、セ・リーグCS 1stステージ第3戦日本テレビ系中継の副音声にて
実況「東京ドームとナゴヤドームでは、やはり野球が変わりますか?」
大島「まあ、変えるっていうか………。風が吹いてるじゃないですか」
一同「……。」
大島「気圧と言うか、ジャイアンツの攻撃の時だけ、風が吹いてるじゃないですか」
亀梨*22「まあ、ファンの後押しもありますしね……。」
なお、亀梨が発言した「ファンの後押し」とはもちろん「応援団の後押し」の意味であろうが、なんJでは「応援団と空調のファン(送風機)をかけた絶妙な返し」と絶賛された。
山川穂高(当時西武)の証言
逆に東京ドームを苦手とする選手もいる。山川穂高が良い例であり、2018年の東京ドームの成績は7試合で打率.154、0本塁打と全く打てていない。そのため、狭いから打てるといった単純なことではない可能性がある。
なぜライオンズの本拠地メットライフドームは本塁打が出やすいのか?(Sportiva)
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/npb/2018/10/12/___split_102/
筆者を含む外部の観戦者は、「両翼92メートル、中堅119メートルの北九州市民球場や、左・右中間の膨らみの少ない東京ドームは、狭いから本塁打になった」と考えがちだ。桑田真澄氏が実況中に口にして話題になった「ドームラン」という表現もある。
だが、打者にとっては、球場が狭いから本塁打になりやすく、広いから打ちづらいわけではないと栗山は言う。球場の大小に関わらず、いいスイングでボールを捉えれば、最高の結果として本塁打になる。逆に打ち損ねたら、たとえ狭くてもスタンドまで運ぶことは難しい。
そんな栗山の話を山川に振ると、大きくうなずいた。
「僕の場合、東京ドームがたぶんそうです。東京ドームが狭いから(スタンドまで)飛ぶとか、空調だとか、看板直撃とか言われやすい場所ですけど、僕は『東京ドームは飛ばない』と思っています。だから飛ばしている人たちを見ると、すごいなと思います。