冬の日。
時折吹く風は冷たくて、空はよく晴れているけどお日様はもうあまり高くない。
青い空がほんのりと淡く夕暮れの気配を漂わせ始めていて、なんだかちょっと寂しい感じだ。
もうすぐ、今日が終わるんだなあ。
……私、空の色ばかり見ちゃってるや。
澄姫に玄関でお別れすることが出来なくて外までついてきちゃったのに……なのに結局、何も話していない。
でも、何を話せばいいんだろう。
何を話したいんだろう。
澄姫も黙ってるし。
いつもの調子で突っかかってくればいいのに。
家の門を出るところまで、そこまで澄姫を見送ったら……今度こそ本当にお別れなのに。
「行きましょうか」
行きましょうか、だなんて。もっと他に何か話そうよ。
「うん。行こっか」
でも、このままずっと立っている訳にもいかないもんね。
門へと向けて、一歩。
そのまま、一歩、一歩、足は動いて。
門へと向かって歩いていく。
もう少しで澄姫とお別れだ。
せっかく遊びに来てくれたんだから。
お別れする前にもっと何か話しておきたい。
でも、何を話そう。
何か話しておきたいこと、何かないかな。
何で急に遊びに来る気になったの? とか?
今日は遊びに来てくれてとっても嬉しかったよ。とか?
ううん。もっと他に……。もっと……何か。
あれこれ頭に浮かんでくるのに、照れくさかったり何か違う気がしたりして、上手く言葉にすることができない。
もっと他に話したいことがある気がして……でも、今話したいことが頭に浮かんで来てくれない。
考えてばかりいるせいで、気づけば歩く速さがゆっくりゆっくりになってしまっている。
でも、隣の澄姫も同じくらいの速さで歩いている。
ゆっくりゆっくり歩いてしまっている私の隣で、澄姫もゆっくりゆっくり歩いている。
ゆっくりゆっくり歩いているのに、何も言わない。
澄姫もお別れするのが寂しいのかな。
私と同じ気持ちになってるのかな。
聞いてみたい。
でも、何て聞こう。
どんな風に聞こう。
なんだか上手く言葉が思い浮かんでこない。
……あーあ。もう到着だ。
結局、何も話せないまま門の前まで来てしまった。
ゆっくりゆっくり歩いてたのになあ。
「……あなたの家の門、なかなか立派よね」
私の隣で、立ち止まった澄姫が門を見上げていた。
私も、小さな頃から見慣れた門を見上げてみる。
立派……なのかな?
分からないけど、でも多分、澄姫が言うならそうなんだろうな。
「澄姫の家の門ほどじゃないけどね」
「土御門家のに比べたら、そりゃあそうだろうけど」
横目で見ると、澄姫が私の方へ顔を向けている。
「お、自慢?」
こんな軽口はすぐに出てくるのになあ。
「違うわよ」
いつものむすっとした表情になった。
素直になれない時に澄姫はこんな顔をする。
「うん。だと思った」
「分かってるなら最初から聞かないでよ」
でも、いつものように突っかかってくる澄姫の声が、なんだかいつもより元気が無い気がする。
「あはは、ごめんごめん」
ああでも、私の声もどこか元気が無いや。
いつもの澄姫との楽しい遣り取りなのに。
楽しいのに……、なんだか寂しくて、片足のつま先で地面をじゃりと擦ってしまう。
「……もう」
呆れたような澄姫の声。
その先にまだ言葉が続くのかと思ったら、澄姫は何も言わなかった。
会話が途切れてしまった。
風が吹いていく。
「……外は寒いね」
「そうね」
「早く暖かくならないかなあ」
「ここまで見送らなくても……玄関までで良かったのに」
まるで責めてるような言い方だ。
拗ねちゃったのかな。
そんなに寒いと思うなら外に出てこなければよかったのにって。
別に文句を言ってるつもりは無かったんだけどな。
でも、澄姫だからね。
そんなことを言ってしまう本当の理由は、お別れが寂しいせいだよね。
「ううん。寒いことなんかより、澄姫といよいよお別れだって思ったら寂しくて、そっちの方が我慢できなかった」
「そ、そう。なら仕方ないわね」
澄姫は素直じゃないからね。
「そんなこと言ってー。澄姫だってお別れするの寂しいんでしょ?」
「……そんなことないわよ」
「本当に……?」
それはそれで寂しいなあ。
「う……、まあ、少しはね」
「少しだけ?」
「……そうね。本当は……帰るのがすごく名残惜しくて。……寂しい」
ああ、良かった。
やっぱり澄姫もお別れするの寂しいんだ。
うん。私には分かってたけどね澄姫。
「……ねえ澄姫。やっぱり、今からでも泊まっていかない?」
「ううん、とこよ……帰らないと。今日は何の用意もして来てないしね。それはまた今度にしときましょう」
あ、今度は泊まるんだ。
「今度は泊まるの? 本当に? 約束だよ?」
「うぇっ? え、ええ。いいわよ! そっちこそ約束だからね?」
本当は……本当に澄姫がまた遊びに来てくれるのか不安だったけど。
今の言い方は……本当にまた遊びに来てくれるつもりはあったってことだよね?
よかったあ。嬉しい。
「やったー! 澄姫がお泊りに来たら何をしようかなー」
「そもそも泊まるとなったら何を用意すればいいのかしら……?」
「ご飯は心配しなくても大丈夫だよ!」
「それは文も言ってたし別に心配してなかったけど……」
「私も腕によりを掛けて料理……」
あ、でも料理するのは私じゃなくて鈴鹿御前さんとか狗賓さんとか三日月さんとか文ちゃんとかの方が上手だしな……。
「料理が何……?」
「私も腕によりを掛けて料理のお手伝いするから!」
「……別に、とこよの手料理なんて期待してなかったけど」
「む、私は澄姫と違って料理できない訳じゃないからね」
「私だって料理できない訳じゃないわよ」
「そうなの?」
「まあ少しくらいならね」
「ふーん」
本当かなあ。
「まあいっか。ご飯は大丈夫として他には……あ、お風呂もあるよ」
「そうね。湯具も準備してこなきゃね」
「それから、えっと、それから」
「はいはい。今無理に考える必要はないでしょ」
「だって、泊まりに来るときに澄姫が困るでしょ?」
「用意して来た方がいいか気になる物があったら、学園で顔を合わせた時にでもまた聞くわよ」
「そっか。そうだね」
「……じゃあ。そろそろ帰るわね」
「うん。そっか……」
「紫乃ねえ?」
澄姫が門の外へと歩いていく。
(……長かったわね。もういいのかしら?)
門を潜って、私を振り返る。
さすがにもう……これ以上は追いかけられない。
いよいよお別れだ。
そう思ったら、寂しい気持ちが胸の奥に溢れ出てくる。
「うん。転送お願い」
でも、澄姫はまた遊びに来てくれる。
それに今度は泊まっていくって約束したし。
だから今は寂しくても我慢我慢だ。
(分かったわ。とこよ、今日は急に押しかけた澄姫をありがとうね)
「え、いえ、そんなの。いつでも急に押しかけて来て欲しいくらいです」
「なあにそれ」
「え、変だったかな? あはは」
「じゃあ、今度こそさよならね」
「うん。さよなら」
「また遊びに来るから」
「うん。絶対だよ! 今度は泊まっていくんだからね!」
「うん」
「……約束だからね」
「うん。約束」
「……」
(それじゃあ帰還させるわよ)
「じゃあね、さよならっ……!」
「うん。さよなら!」
あ。
帰っちゃった……。
転送の術っていつもは文ちゃんから掛けてもらってばっかりだけど。
一瞬でいなくなっちゃうものなんだなあ。
さっきまでそこにいたのに。
澄姫の姿も、声も、最初からいなかったみたいに消えちゃった。
もう、帰っちゃったんだ。
……急に静かになっちゃったな。
なんだか久しぶりな気がする、こういう胸の内の感じ。
こうしてぽつんと立っていると、まるで冬の風の冷たさが、胸の奥にまで染みこんでくるみたいだなあ。
胸の内までスースーする……けど。
澄姫はまた遊びに来てくれるって言ってたし、全然平気だ!
今度は泊まっていくって約束したしその日を楽しみにしなきゃだ。
楽しみだなあ。
明日にでも泊まりに来ないかな?
とこよを驚かせようと思ってすぐ泊まりに来たわよ! って。
……本当に毎日でも遊びに来てくれたらいいのに。
なんて、さすがに無理だよね。
それにしても、私の家に澄姫が遊びに来てくれるだなんて……。
こんな日が来るものなんだなあ。
そう思うと。心の内でスースーする寂しさの中に、ほんのりと暖かなものが灯って。
ちょっとだけ微笑むことができた。うん!
ぎゅっと目を瞑って、ぐにぐにと瞼を擦る。
滲んだものはそれで乾いたはずだ。
そもそも、これが今生の別れって訳でもないんだからこんなに寂しがったりする必要なんて無いんだよね。
うんうん。
すぅー……はぁー……。
……うん。
「さーって。私もあったかい炬燵に帰るとしますか」