砂山

Last-modified: 2018-03-20 (火) 13:09:18

バラム

バラムの夢

ファラが珍ポと駆け回る。
そこにカクが駆けつけて
ファラファラファラファラ。
カクカクカクカク
キシャアアアアアア。
「ちんポってそんななきごえだったっかー?」
「覚えていない」
「そういうこともあるってもんさぁ!」
すうと黒い幕が上がるように、紅色の瞳が細く虚空を見つめた。
バラムは変な夢を見たと呟くと、身をくねらせるように寝返りをうち、また眠りについた。

丸い珍ポ

ファラが部屋の隅に座っている。 ファラの目の前には皿が置かれていて、皿の上には輪っかになったドーナツのようなミミズのような物体が鎮座している。「うへぇ、何それ、きもちわるっ」「ちんポだぞー」そういえば珍ポはこういうものだったなと、わたしは頭の片隅で少し思い出した。
「お、やってるねぇ!」 部屋に入ってきたカクが威勢のいい声で言う。何をやってるねぇなのかは分からない。たぶんカクもなんとなくで言っている。「おやおやこれまた丸い珍ポじゃないか」「丸い? この珍ポは丸いの?」「いや、そう聞かれると困っちまうや」「まるいちんポだぞー」丸いも何も、珍ポは元からこういうものだったはず。そう思いながらわたしが皿の上に乗ってる小さな珍ポを見つめると、珍ポはこちらに向かってキシャアアアと鳴いた。珍ポがそういう鳴き声だったかは思い出せない。それも目が覚めると忘れてしまった。

玄米

なんかこじんまりとした部屋だった。
壁に長椅子が張り付いていて、わたしはそれに座って窓の外を見ている。
窓の外を見ていると、隣に座るファラが話しかけてきた。
「どうしてごはんはしろいんだろうなー」
「そんなの。ごはんだからに決まってるでしょ」
ちらりと目をやって、不思議そうな顔をしているファラに、わたしは適当に返事をしてあげた。
窓の外では珍ポが野原をくるくる駆け回っている。
「ごはんだからしろい。こたえになってないぞー」
「ああ、うん。そうかもね」
わたしは頭の中で、それはそうだ、と思う。だって適当に答えたんだから。
「ご飯は白いが稲穂は金色、精米加減で玄米に」
ファラの隣に座るカクが意味不明なことを言い出す。わたしは適当に無視した。
「げんまいはくろいろなのかー?」
「さあさあ何色だったかな?」
外はよく晴れて、日差しが暖かくて、そよ風で草が揺れていて、心地よさそう。
「外で寝たいなあ」
わたしが呟くと、ファラとカクが窓の方へと詰め掛けてきた。
「狭いなあ……」
ぎゅうぎゅうと遠慮なく体を詰めてくる。
「あー、ちんぽがいるー!」
「やあ珍ぽだやあやあ珍ぽだ」
「そんなの見れば分かるよ」
わたしが言うと、何がおかしかったのか二人は笑った。
「バラムのいうとおりだなー」
「いやはやこれは一本取られたな!」
何がそんなに楽しいんだか。
二人はわたしに乗りかかるようにして、窓に顔を貼り付けて外を見る。
重い。きゅうくつ。
そんな風に思いながら外に目をやると、相変わらずいい天気だった。
外で寝たいなあ。

天球

天球をたくさんの星が巡っている。
宇宙を見上げていると、隣でファラの体が浮び上がった。
浮かんではしゃいでいる。
「わー! すげー!」
「いや、何かおかしいと思う」
「バラムー、ファラすごいだろー!」
おかしいと思いながら、体が浮かび上がるか試してみる、けどやっぱり浮かばない。
ファラは浮かんではしゃいでいる。
いきなりファラが宙に浮かぶなんておかしい。
周りを見ると、カクと珍ポがいた。
カクと珍ポが車座になって地べたに座っている。
ずんぐりむっくりした器を囲んで、平たいとんがり帽子みたいな杯をそれぞれ自分の前に置いて、座っている。
お酒を飲んでるみたいだ。
「やあやあバラムじゃあないか! バラムも一献いかがかい?」
「わたしはいいや」 お酒っておいしくなさそう。
「そうかあそうかあ」
お酒は飲まないけどとりあえず座る。
「キシャアアアア」
「あっはっは」
カクも珍ポも楽しそうにしている。
二人でお酒を飲みながら、ずっと楽しそうにしている。

オレンジ

「フルフルも食べる?」 「じゃあもらおっかな」 「このオレンジ、甘くておいしいよ」 「そうなんだ。どれどれ~♪」 「じゃあわたしは寝るから、適当に口に放り込んでね」 「ええっ。なんであたしが剥いたのを、バラムの口に放り込まないといけないのかな?」 「眠りながら食べられないかなって思って」 「うーん、普通に無理じゃない?」 「まあ、やってみないと分からないし。じゃあおやすみー……」 「はーい、おやすみー」

オレンジ―続

「バラムってさー。寝ながらオレンジ食べれるんだもんびっくりしたよー」 「……? 何の話?」 「わーお、本人は覚えてないんだ。本当に無意識ってやつだったかー」 「ああ、そういえばこの間。そんなことも頼んだような……」 「バラムおぬしそんな事を頼んだのか……。そしてフルフルは寝てるバラムの口にオレンジを突っ込んだのか……」 「だって本人が入れてーって言ったんだもん。でもまさか本当に寝ながら食べちゃうなんて思わなかったなー」 「全く記憶にないけどね……いや、ひょっとするとフルフルが嘘を言っているという可能性も……?」 「ふむ」 「いや、なんであたしがそんな嘘吐かないといけないの」 「わたしを辱めるために……」 「どうせ辱めるならスートっちを辱めるし」 「それもそっか」 「納得納得大納得じゃな」 「分かったならいいけどー」 「……でも、ということは、わたしは寝ながら食事ができるんだ……」 「気になったのじゃが、どうしておぬしらオレンジを食べてたんじゃ?」 「え……、おいしいからだけど……?」 「そうか」 「あっそうだ。今度寝てるスートっちの口に大量のオレンジを詰めてみようかなー」 「あやつのが寝ているときに、おぬしをそうやすやすと近づけるとは思えんがな」 「そこはほら、私とスートっちの仲だし」 「うーん。でも、せっかく寝ながら食事ができるのに、味が記憶に残らないんじゃ意味無いなー……」 「夢の話は寝ている時にせい」 「えー」 「夢の話って……」 薄く瞼が開く。 意識はゆっくり浮かんでいく。記憶は音も無く溶けていく。 重たそうな瞼で、腕を支えに小さい体をゆらりと起こして、んーと背中を大きく伸ばして、ぽふとベッドに倒れこむ。 枕に頬を埋ずめて。 「夢で何かを食べた事くらいあるよ―― 瞼を下ろして。 バラムはまた、夢の淵にたゆたう。

北風とファラの笑顔

「この間のあれだけどさ」
見つけたファラの背中に、少し歩くのを早めて追いついて、話しかける。
「ん、あれってなんだー」
振り返った顔は、本当に分かっていない表情。
「あれ、オレンジ」
「ああ、あれかー」
「ありがとう」
「どういたしましてだー」
そのままファラの隣に並んで歩く。
風が少し肌寒い。首に巻いたマフラーを抑える。けど、風は相変わらず吹いていた。
「寒い……」
「そうだなー」
笑っている。何が楽しいんだか。
「あー、早く帰って寝たい」
わたしの全てが眠りを欲している。
「はやく帰ってフカフカのベッドで暖かい毛布に包まって柔らかい枕に顔を埋めて寝たいなー」
「あははー、バラムは寝てばっかりだなー」
「当然」

おぬし

まずおぬしはそこで寝ておった。 すーすー気持ちよさそうに寝息を立てていた。 あの珍ポンデリングがやってきたのはその時だったよ。 おぬし、寝ていると思っていたのに突然ぬっと起き上がってな。 そうして、ほらあれを見ろ。あそこに転がっているファラの靴下。 あと、あの積み木もファラので、あれも、あれも。あっちの紙束はおぬしの物かな。そうじゃないならカクの物だろう。 それで、おぬしは扉から外に出て、道なりに駆け出して、いつもの山の麓のブナのところまで走っていったのよ。 息が切れたておっただろう? 走っていったのだからな。 息が切れて、額にふつふつ汗が浮いてだらだらと頬を伝い首筋まで流れておった。 だから、ブナに背中を預けた時、ひんやりとした感触を気持ちいいと思ったはずじゃ。 おぬしは息を整えながら考える。 明日は出発するべきか、それともここに残るべきなのかを。 マイペースながらも芯の強いおぬしだから、呼吸を整えている間に自ずと答えは決まっていたんじゃな。 出発する。そう心に決めて。 おぬしは晴れやかな気分で帰り道を歩きだした。

高台で、

高台で、海が見える。見晴らしのいい広場。 崖のような斜面には、転がり落ちないように木の柵で遮られていて。 カクが、柵の欄干に腕で乗っかるようにして、海を見てる。 「潮の香りがする風だあねえ」 風は吹いていたけど、潮の香りは分からなかった。 欄干に寄りかかりながら何度か風の臭いを嗅いでみる。 「潮の香りなんてしないけど」 「そうかい?」 カクは浮かせていた足を地面に着地させて、それから今度はくるりと欄干にお尻を乗せる。 身軽なものだ。そのまま落ちなきゃいいけど。 海は日差しを反射してきらきらと輝いている。 綺麗だな。と思った。見るたびに思ってるな。と、そんな気がした。 「いい風さねぇ。柔らかい風だ」 柔らかいかは分からないけど、風が前髪を掻き分けて、おでこが全部出されているのは分かる。 それが特別不快ということも無い。 「お、来たね!」 見るとカクは、とっくに海なんて見ていなくて、欄干からお尻を浮かせるところで。 「ファラー!」 カクを目で追い越しながら、わたしも欄干に寄りかかっていた体を起こして振り向く。

としあけ

「としあけてー」 「ファラとカクとが集まってー」 「そこにちんぽがよってくりゃー」 「揃いも揃って歌いだすー!」 「おーっ」 「「「キッシャキッシャキッシャキッシャ(きっしゃきっしゃきっしゃきっしゃ)」」」 すっと黒い幕が上がる。 バラムがちいさな体を起こす。重そうな瞼をちいさな手でこする。ベッドから降りて、てくてく歩き、部屋から出ていった。 しばらくして。 ――――あらバラム。 ――――ん、あけおめ。 ――――まあ寝ぼけちゃって。年が明けるまではまだ時間があるわよ。 ――――!! ――――ふふっ。でもせっかく起きたんだしあなたも、ってちょっとバラム! ……もうっ! しばらくして。 バラムが部屋に戻ってきた。 てくてく歩き、ベッドにダイブし、布団に包まり、ぶつくさと呟く。 「まだ明けてないし」

年、明けて

すうと黒い幕が上がるように、紅色の瞳が細く虚空を見つめる。 バラムがちいさな体をゆっくりと起こし、重そうな瞼をちいさな手でこすりつつ、ベッドから降りて、てくてく歩き、部屋から出ていった。 しばらくして。
――――あ、バラムだあけおめー。 ――――……もう年明けた? ――――もうとっくに明けてるよー。 ――――そう。じゃあ、あけおめ。 ――――あけおめー。……う~ん。 ――――なに? ――――魔神達がおいしい物を色々作ってたんだけどね。まだ残ってるかな~? ――――ふーん。 ――――まあ、まだちょっとは残ってるかもしれないかな。バラムも食べてきたらー? ――――フルフルがわたしの分まで食べたとかじゃないよね。 ――――あっはは! スーットっちのなら食べたかもねー♪ ――――食べたんだ……。 ――――そういえば、バラムの初夢ってどんなのだった? ――――初夢? ――――なんかー、年が明けてから見る夢をそういう風に言うらしいよー? ――――そうなんだ。初夢……。 ――――それで、どんな夢だった? ――――うーん……。……覚えてない。 ――――そっかー。

砂に

砂に棒で跡をつける。がりがりと地面を削り、線をつなげて、交差したり。輪っかになったり。特に意味は無い、ただ線を伸ばしている。そうすると何かの模様に見えてくるだけだ。
長い棒で、立ったまま、足元を小さくがりがりと削って、それから、がりがり回したり、くるくる回ったり、そのまま歩いて、線をどんどん伸ばしていく。
長い棒を引きずって、がりがりと歩いていく。
ファラが目の前をがりがり横切っていく。
目の前を真横に伸びた線の上を、突っ切って、わたしの線が交差する。そこにカクが斜めにがりがり伸ばしてきて。それを見た珍ポもそこにがりがり走ってきて。
よっつのがりがりが一つの所で交差した。
ファラのはしゃぐ声。カクが何か言っていた。珍ポが愉快そうに笑っていたのが記憶に残っている。

ファラしにてはファラもファラって

「ばらむー!」 ファラの呼ぶ声に。 「んっ……?」 立ち止まって半分振り返る。 「いっしょにかえろー」 ファラが駆け足で。隣に並び。「うん」 そのまま歩き出す。 「きょうはなにしてあそぼーか?」 「ベッドの中で、何もせずに目を瞑っとく遊びがいい」 「ばらむはねてばっかだなー」 笑っている。ファラにしてはよく分かったな。ファラも冗談を理解できるんだ。寝たいのは本気だけど。ファラって冗談を理解できるんだ。 「ファラにしてはよく分かったね」 「なにがだー?」 「寝ることだって」 「ばらむはねてばっかだからな」 「ああ……」 確かに。

バラムは

バラムは原っぱにいた。よく晴れた空に大きな雲がいくつか流れていて、遥か遠くに山が見える。山稜が、空との境で霞んでいる。 山は遠く、バラムがどれだけ歩いても少しも近づくことはなかった。 バラムは歩いていた。見渡す限りの原っぱの中。青々とした草の葉を、裸足の裏で踏んでいく。表情は変えず。柔らかな感触を楽しみながら。 バラムは柔らかな原っぱをずっと歩いた。麗らかな陽を。流れる大きな雲を。遠くの山を。柔らかな草の葉を。暖かな、爽やかな、気持ちのよい感覚を体の隅々まで行き届かせて。ずっと歩いた。

薄い

薄い雲がちらほら霞んでミルクを混ぜたみたいな淡い青空を後ろに、すっかり葉っぱの落ちた木の枝が箒のような枝を重ねて風にわさわさと揺れていた。 歩きながら、葉の落ちた枝が風で揺れてる隙間に透かして見える空は、見た目に寒いな、と。その大きな木をちょっと見上げて、そんなことを思っていたら。 「ひゃー! かぜが冷たいなー!」 隣でファラがはしゃいだ。 「冷たいねえ!」 ファラの隣でカクが応じた。 「キシャアアア!」 後ろで珍ポも冷たい冷たいと鳴いていた。 「寒そうな割りに、元気だね」 頬を流れていく風は確かに冷たい。だけど、何故かそれほど寒いと感じなかった。 コートに、マフラーに、手袋も嵌めて、コートのポケットに両手を突っ込んでいたからかもしれない。 ファラもカクも格好は似たようなものだったけど。 「さむくてもファラは元気だぞー!」 「おうともおうとも元気とも!」 「キシャアアア!」 ほんとに元気がよかった。 「まあファラは、いつでも元気だよね」 「ファラは いつでも元気だぞー。って、まあ多分そんな感じのことを言ったんだと思うけど、目が覚めてしまった。言っている元気な顔だけ、不思議としばらく思い出せた。

歩くたびに

歩くたびに植物が芽吹いた。踏んだ土から芽が次々と生えてくる。土の中から幼い葉が重そうに頭をもたげる。小さな葉が天に開く。
そうやって、歩くたびに植物が芽吹いてくる。
なんでだろう。考えながら歩いていたら、向こうからファラが歩いてくる。
「ねぇ。ファラ」
「どうしたー」
「歩くたびに、芽が出るんだけど」
「わー! すごいなー!」
「どうしてだろう」
「うーん。どうしてかな……」
「足を出すたびに芽が……」
「じめんの下になにかあるのかも!」
「そうかなぁ」
まあ、試しに掘ってみるか。
「どうだー?」
「うーん、あ、何だろこれ」
種だ。
草の種。木の種。土みたいな色をした黒いつぶつぶの種がいっぱい。
「こんなにたくさん……」
「いっぱいだなー。持ってかえろー」
「あ」
行ってしまった。
持って帰っても、こんなの生えてこないんじゃないかな。
一歩踏み出した時、もう草は芽吹いてこなかった。

「おはよー」

「おはよー」 「ん、おはよ……」 部屋に入ると、テーブルの上に鍋が置かれている。 「バラムも食べるー?」 フルフルが鍋から皿に何かをすくっている。 「フルフルが作ったの?」 「んー? ん~ん~。スートっちが作ったってー」 ……どういう風の吹き回し。 「毒でも入ってるんじゃないの……」 「あはは☆ あたしの為だけに作ってくれた料理ならそれもあるかもだけど~♪」 「危ないなぁ」 「これはみんなにって作ったやつだから。バラムも食べなよー」 「大丈夫なのそれ……フルフルは食べたの?」 「今からだよー」 「他は誰か……」 「ベリアルはばくばく食べてたよ?」 「そうかぁ……」 「はい」 いつの間にか、スープの入ったお皿がテーブルに出されていた。スプーンも揃っていた。 仕方なく席について、お皿の中のスープを見つめて、スプーンを握る。 ほんのり黄色い半透明のスープには細かい油脂が浮いていて、匂いは悪くない。 刻まれた野菜やお肉が沈んでいる。 「大丈夫なのかなぁ」 「うん。おいしい!」 見ればフルフルはおいしそうにスープを食べていた。 スープをスプーンで次々に掬っては、口にぱくぱく運んでいる。 平気みたいだ。そう思ってわたしもスプーンでスープを掬う。 でも、フルフルはアスタロトの作ったものなら毒が入ってても食べそうだな。 そう思って、掬ったスプーンをちょっと見る。 透き通った薄い色のスープにお肉から染み出たものだろう油脂が細かく浮いている。 スープからおいしそうな匂いが漂ってきている。 おいしそうなスープに見える。 アスタロトって、料理できたんだ……。

山に来た。

山に来た。 「山菜取るぞ……」 落ち葉の敷き詰められた、とてもなだらかな斜面。 木がたくさん。 葉っぱの色はちょっと黄色かったり褐色だったり。緑だったりくすんだ緑だったり。 「広葉樹だ」 ガサリ。と斜面の上から音が聞こえた。 熊かな。 そう思って音のしたほうを見ると、熊が居た。 熊だった。 こちらに向かってのしのし歩いてくる。 (面倒くさいなあ……) 逃げよう。 熊に背を向けて山道を走る。 柔らかな地面を走ると、土が軽く抉れて後ろに飛んで行くのが面倒だ。 後ろから追いかけてくる熊の気配は、すぐに遠くなった。 「グレモリだ」 グレモリがいた。 「あ、バラム」 「何してるの」 「熊をとりにね」 「熊を……なんで?」 「材料にしよと思って」 (材料って、なんだろ……) 「どこかに熊がいなかった?」 「それならあっちに……」 「本当!? どっち?」 「こっちだよ」 来た道を引き返すことになった。 軽く走って、さっき熊が居た場所まで来る。熊はもう居なくなっていた。 「さっきここに居たんだけど」 「うーん。どこか行っちゃったみたいね。どっちに行ったのかしら」 「うーん……」 「まだこの辺りにいるかしらね」 「居たのはついさっきだったから、多分」 「それならまだ近くにいそうね」 グレモリが歩き出したのについていく。 とてもなだらかな斜面を下っていく。 (熊が山から下りていくかな) グレモリの背中を見ながらそんなことを思う。 でも、餌を探して山を降りるのかもしれない。 ガサリ。と何か動く音がした。 (熊かな) 立ち止まったグレモリの背中を避けて、音のした方を見ると珍ポがいた。 「なんだ、珍ポか」 「あれは熊かしら」 「どう見ても違うでしょ」 「そうよね」 珍ポに熊を見なかったか聞いてみよう。 「熊を見なかった?」 「キシャアアアア」 「そっか」 じゃあやっぱりこっちに熊は来てないのかな……。 「……何て言ってるの?」 グレモリは分からなさそうだなあ。 「見てないみたい」 「そう」 「そういえば。熊をどうやって狩るの?」 「どうって?」 「だから、狩り方というか」 「熊が居たら、適当にばばっととれないかしら?」 無計画かぁ。 「そんなんじゃ危ないって」 「そう?」 「もっと人数が居たほうがいいよ」 「そうなのね」 「一旦帰って誰か呼んでこよう」 「じゃあそうしようかしら」 とてもなだらかな山道を、グレモリと珍ポと一緒に下っていく。 塔に帰り着いたらすぐに誰かいないかを探す。 入ってすぐの部屋にバエルがいた。 「バエル」 「どうしたんじゃぞろぞろと」 「グレモリが熊をとるんだって」 「そうなのよバエル。熊をとろうと思ったんだけど、バラムに人数が少ないって言われちゃったの」 「ほう。つまりワシにも協力しろという訳か」 「お願いできないかしら」 「まあ、別に構わんが……」 いいんだ。 「もう少し人数が欲しいかのう」 「そうなの? じゃあ他に誰かいないか探さないと」 「ならベリアルが上にいたはずじゃ」 「じゃあ、ベリアルも呼ぼうか」 (ベリアルはこういうの好きそうだなあ) 上に上がる。 部屋に入ると、ベリアルが何かでっかいものの前で腕を組んで首を捻っていた。 部屋の中は、大きな珠や、触手みたいな紐や、うねうねしそうなマットみたいなものが散乱していて。 部屋の真ん中に、でっかい大木のような、柱のような、うねうねしそうで、火を噴きそうなものが鎮座していて。 ベリアルがそれを見ながら腕を組んで、「うーん」と首を捻っている。 (これはあれかな……) 「何してるの、ベリアル……」 「あー。今、新しい姿を作ろうと思ってなー。でも何かしっくりこないんだよなー」 やっぱりあれだった。 「ふむ。それは難題難題大難題じゃのう」 「ふーん。しっくりこないねぇ……じゃあ」 グレモリが部屋の隅へ行く。そこにあった大きな珠を抱えて、部屋の真ん中のベリアルのあれに、ボスンとめり込ませた。 「こんなのはどうかしら?」 「おお、中々いいな」 「ふむ、それならこれを……」 バエルが部屋に散乱した触手みたいな紐を一本を拾う。 「じゃあ、わたしも……」 面白そうだからわたしも何かくっつけよう。 バエルが紐をくっつけて、わたしはうねうねしそうなマットをくっつける。意外と固かった。 (もっと全体的にくっつけた方がよさそうかな) うねうねしそうな固いマットを何枚も重ねてくっつけていき。 グレモリもバエルもベリアルも珍ポも、好きなようにベリアルのあれにその辺にあるものをくっつけていく。 そして完成した。 「よっし! これは強そうだ!」 「まあ、ゴテゴテしてて強そうではあるかな……」 「上出来上出来大上出来じゃな」 「いいわね~。うんうん」 「キシャアアア」 「じゃあ試しにちょっと戦ってみるか」 「え、戦うの……めんどう……」 「まあ出来栄えは確認せねばな」 「ちゃんと最後まで見届けないとね」 (何かみんな乗り気だ……) 「じゃあ、外に行くか!」 ベリアルが完成したベリアルのあれの前で腕をさっと振ると、あれの姿が消えた。 「じゃあ行こうかのう」 「行きましょうか」 「キシャアアアア」 仕方ないのでわたしも行く。 「面倒だなぁ……」 外に出ると、ベリアルのあれがそこにあって、うねうねと動き出していた。 「行くぞ! 戦いだ!」 ベリアルの掛け声で戦闘が始まった。 ベリアルのあれを皆で、燃やしたり、水を掛けたり、わたしも闇をぶつける。 ベリアルのあれが反撃してくる。結構激しい反撃だ。グレモリが皆を回復する。回復もするしたまに殴ってる。 ベリアルのあれは結構強い。なんだか苦戦してる気がする。ちょっとこっちが押されてるような。 「……つよく、ない?」 「強いな!」 「いやいや、これはまずい。誰か応援を呼んだ方がいいかもしれん」 「私は抜けたら危ないから。バラム誰か呼んできてー」 「ええ……、わたし……?」 仕方ない。 (でも、誰かいるかなぁ。) 塔に入る。 誰かといっても、誰がいるのだろうか。 とりあえず下には誰もいないみたいだから上に上がろう。 階段を走って上がる。わたしの足音が、カッカッカッっと長い階段に響いていく。 途中、誰がいた気配を感じてその階に飛び込む。 フルフルがいた。 「フルフル」 「なにー? そんなに急いで珍しいね」 (確かに私がこんなに急ぐのは珍しいかもしれない) 「ちょっと来て」 「え、なになにー? どうしたの?」 「外で……戦ってるんだけど、押されてて」 「戦ってる? 何と」 「ベリアルのあれ」 「?」 「まあ、見れば分かるよ」 「よく分かんないけど、じゃあ見にいこうかな?」 「来て」 フルフルを捕まえた。 階段を走って降りていく。 「急ぐんだねー♪」 長い階段にわたしとフルフルの足音が、カッカッカッと二重に響く。 下についた。外に出る。皆はまだ戦いを続けている。無事なようだ。 「なにこれー」 「フルフル呼んできた」 「こいつは強いぞ!」 「とりあえず加勢をしてくれい」 「フルフルいらっしゃーい」 「キシャアアアア」 フルフルはまだよく分かってない顔で佇んでいる。 「よく分からないけどー……やっちゃうぞ☆」 (何か皆乗り気だな……) フルフルが加わった。 (……今で、なんとか五分五分って感じかな……) ベリアルのあれ本当に強いな。 魔法の叩きつけがいがある。 「ねーねー! もう一人くらい呼んできてよー♪」 (アスタロトのことだな……) 「えー……またわたしが行くの?」 「オヌシしかおらんかのう」 「そうねぇ。私は離れるとまずいし」 「キシャアアア」 「あたしは戦っとく!」 「フルフルが行けばいいじゃん」 「あたしは呼ばれて来ただけだしー」 「面倒だなぁ」 「このまま戦えばいいんじゃないか!」 「負けはしなそうじゃがな。それだといつまで続くかわからんの」 「長く戦えるな!」 (それはそれで面倒だなぁ……) 「仕方ないなぁ。じゃあ、わたしが行く……よ…………

日の射す庭で、

日の射す庭で、木陰で、柔らかな草の上に座り、珍ポを背もたれにして、三人で眠っている。 いつも元気なファラも眠ってしまえば静かなものだ。 隣ですやすやと眠っている。 その隣でカクも眠っている。 静かなものだ。 わたしはまどろみの中で、暖かな木漏れ日を瞼の隙間から眺めていた。 ゆらりと少し体が揺らいだ気がして、頭を後ろにだらりと反らして見上げた。 珍ポが愉快そうに笑っていた。 何が楽しいのだろう。そう思ったけど。それよりも、まどろむことが心地良かったから、また木漏れ日を瞼の隙間から眺めた。静かで、だから、いつ目を閉じたんだろう……。 …………いやまあ……最初から、なんだけど……」

目を開く。

目を開く。
寝ていたみたいだ。視界の右側に壁みたいな赤茶けた地面が、左側には吸い込まれてしまいそうな青い空が見える。縦になった地面にくっついたみたいにベンチや街灯がいくつか生えていて、その向こうには白っぽい色の建物がごちゃごちゃしてる。
右半身に感じる硬いバラ板状の感触。枕にしている右腕が、バラ板の隙間に肉を押し込まれてるみたいになって居心地が悪い。
硬い感触に両手を着いて寝心地の悪さで強張った体を引き剥がし、そのまま背中を伸はず。
「うー、ん……」
周りを見る。誰もいない。広場はがらんとしている。
わたしはベンチで寝ていたらしい。地面はどこを見ても赤茶けた固そうな土が覆っている。空は吸い込まれてしまいそうなほど青くて広い。
「……」
中途半端に体を起こしたまま空を見てたって仕方ない。このベンチで二度寝する気にもなれない。
寝心地の悪いベンチから足を降ろし、赤茶けた地面に立つ。
とりあえず、歩いた。
誰もいない広場を出て、白いっぽい建物に挟まれた路地へ。
あんまり広くもない路地の両側に、向かい合う建物はどれもだいたい白っぽい色をしていた。白っぽい土を固めて作ったのだろうか。四角くて、一階建てだったり二階建てだったり。
白っぽい建物に挟まれて、地面はずっと赤茶けた色の土で。
赤茶けた固い土を、靴の裏でざっと蹴ると、煙を吹いたみたいに土ぼこりが舞った。
「バラム」と、いきなり名前を呼ばれた。
何かのお店みたいな建物の中から、「バラム。ちょっと来い」と誰かが手招きして、こっちの返事も待たずに店の奥へと引っ込んでいった。
ガレージみたいに前面を全て開いた建物だった。
何の店かは分からないけど、雑貨屋なのか置物屋なのか、店の中から物が半分はみ出している。壁はやっぱり白っぽい。
近寄って見ても、何の店か分からなかった。
店の中は、物で溢れ返っていた。
物で溢れかえる店の中に、棚がいくつか並んでいて、棚には商品がごちゃごちゃと押し込まれている。
入り辛くて、外から棚を眺める。
陶器のコップが十個くらい窮屈そうに寄せ集められている。木製の皿が大きさ順に四、五枚重なっている。木製の小さなパペットが投げ捨てられたみたいに体を横たえている。あれは多分ヴィジャボード。なんであそこに一つだけ透明なグラスが置かれているのだろう。作り物の馬の頭、被り物のようだ。ぐにゃぐにゃした文字が表紙に書かれた分厚い本。
何も考えずに色んな物を置けるだけ棚に置いていったらこんな感じになるのかもしれない。
そんな棚と棚との間、床の上にも物は溢れている。
多分、棚に載せるにはちょっと大きかった物達を、床に置いていったんだろう。
よく見ると、床に置かれた物達は通路の真ん中から無理やり押し退けられたみたいになっている。
足の踏み場だけは確保しようとした形跡なのかもしれない。
入り辛いなりに入れるようにはしているのかもしれない。
店に入らないまま、床に置かれている物を眺める。
窮屈そうに置かれた蛙の置物、鉱物の原石っぽい岩、岩に頭突きをしている髭を生やした小人の置物、岩と小人の隙間に刺さった黒いフリルの日傘、「待たせたな」店の奥から声が聞こえた。さっきと同じ声だ。
物で溢れた通路の奥を見た。
誰も現れない。
店の奥から呻きと物音が聞こえてくる。狭くて窮屈な場所を苦労して通ってきているような呻きと物音だった。
……日傘、切り株、切り株、コルク栓に紙で封をされたエメラルド色の大瓶、たっぷりと液体が入っている、「ぬああ!」通路の奥にやっと誰かが姿を現した。
さっき私に手招きをしていた誰かは、かろうじて足の踏み場の残っている通路の奥から、物と物との間を跨いで、刃に布を巻いた大きな剣のようなものを抱えて、それから伸びる柄のような部分をどこにもぶつけないように苦労しながら、ようやく私の前までやって来た。
「ああもう、本っ当に散らかりすぎだっつーの……! ほら。できたぞ。持って帰りな」
そう言われて、渡されるままにそれを受け取った。
両手にずっしりとした重さを感じる。
大きな剣のようなそれは、やっぱり大きな剣のようだった。
「なんだ。お礼くらい言ってもいいんだぞ。でかくて結構苦労したんだからな」
「……ん、ありがと」
「おう。また刃がボロってきたら持って来な」
どうしてだか自然に腕が動いて、刃に巻かれた布を剥いでいく。
「きっちり仕上がってるぜ」
剥いだ布を肩に掛けると地面にまで垂れた。
見慣れた刃は鈍い光を綺麗に反射していて、わたしは店の中に背を向けていた。
柄を握り、吸い込まれるような青空に向かって掲げて見れば、「にしても見事な剣だよな」刃こぼれなんてどこにも見当たらない。
それはどうやら、私の大剣だった。

夕焼けのオレンジ色。

夕焼けのオレンジ色。 視界にはまばらな木。 まばらに木の生えた林の中が、オレンジ色の光で照らされている。 木の影が、オレンジ色の光を遮って、黒くまっすぐ伸びている。 右も、左も、まばらな木が、オレンジ色に染まっている。 足元は柔らかな土。落ち葉が散っていて、草はあまり生えていない。 後ろを振り返ると、夕焼けの光が林の奥まで照らしていた。 地面に重なる落ち葉の影が黒くささくれ立って奥まで続いて、そのうちオレンジ色の光は途切れて暗い。 何の音もしない。 夕焼けの光とまばらな木の影だけがある。 オレンジ色の輝きと真っ黒な闇が一所の空間に存在している。 まばらな木。夕焼けの光。暗い林の奥。わたしの影。 意識が、ゆっくりと浮き上がるように、目が覚めた。

ぷかぷかと、

ぷかぷかと、水に浮かんで漂っている。 少しぬるいような、そうでもないような。寒くはなくて、熱くもない。 水はゆらゆらと波を起こして、体が上下に上がったり下がったり。 青い空に、白い月が浮かんでいる。 ざばあと音がして。 顔を上げると、水の中から珍ポが出てきて、水しぶきがザバザバと流れ落ちていく。 また、珍ポが水に潜った。 ざばんと音がして、もう上がってこない。 なんだ、水の中で息ができるのか。 それならと。わたしも水に潜る。 ちゃぷんという音が水の表面から伝わってきた。 水の中、青い世界が広がっている。 大きな岩礁に青い光が帯状に揺らめいている。 長い魚の腹が青い光を白く反射している。 魚がまっすぐに泳いできて、私のすぐそばを通り過ぎていく。 横目に追ったわたしの、黒い髪が、青い世界の中でゆらゆらと浮いていた。

柔らかな

柔らかなソファーの上で横になって、クッションを頭の下に置いて、少し体を丸めるとちょうどいい感じの寝心地になる。 「ずばばー!」 「おっとやるねい!」 家に遊びにきたファラとカクが人形で遊んでる。 「キシャアアア!」 珍ポは一緒になって楽しそうにしてる。 「じゃきーん!」 「ヤッサッホイサッ!」 なんか戦ってる真似みたいだけど、楽しいのかな。楽しそうか。 本人達が楽しそうならそれが何よりだね。 わたしもソファーに寝ながら眺めてるだけでいいのはとてもいい。 ファラとカクと珍ポは遊んで。 わたしは寝る。 うん。 とても……いい感じ……だよね━━━━ 「バラムねてるー」 「おやすみだあね」 「キシャアアア」 眠りながら、そんな風に言ってるのを聞いた。

さああと音がする。

さああと音がする。 地べたに寝転がっていた。 目の前で、白い粒がさああと音を立てて流れ落ちている。 納戸に詰まった藁の袋の一つから、白い粒がとめどなく零れ落ちている。次々に地面に零れ落ちて、さああと音を立てて、白い粒が山を作っていく。 「わー! たいへんだー!」 寝転がったまま顔の向きを変えると納屋の入り口にファラが居る。 「はやく止めないとー」 「うん」 止めないといけない。 地面から体を起き上がらせる。 手の平で、藁袋の白い粒が零れ落ちてくる穴を強く押さえつける。 でも、手の平で押さえているのに、手の平と藁袋の隙間から白い粒はどんどん零れて落ちていく。地面に零れてさああと音を立てて山は大きくなる。 両手で強く押さえつけてみても、白い粒が零れ落ちるのはどうしても止まらない。 焦る気持ちになりながら、それでも手の平を強く押し付けていると、わたしの手の平に別の手の平が重ねられた。 いつの間にかすぐ横にファラがいた。 「止まれー」 わたしの手の平が、ファラの手の平に押えられ、藁袋に押し付けられる。 白い粒が零れるのは少し収まったけど、それでも止まらない。 「ファラ、わたしの手の上からじゃなくて周りを押さえてみて」 「分かったー」 わたしの手の平の端から零れる白い粒を、ファラの手の平が堰き止めるように押さえる。 ぱらぱらと白い粒が落ちる。手の内に、出口を失った白い粒が押し寄せてくるのを感じる。手の内を押し返してくるそれを、負けずぐっと押し込む。 やがて、手の内に押し寄せる力が止まる。白い粒が零れるのは止まった。 「よかった。止まった」 「止まったなー」 どうにかほっとした。 でも、誰かを呼んでこないと、このままじゃまた零れてきてしまう。 手で押さえながらどうしようか考えていたら目が覚めた。

ふわりと空が舞って

ふわりと空が舞って、くるりと地面が回った。 足の先が宙を撫でる。伸ばした手は地面に届かなかった。 落ちていくような、浮き上がるような感覚。 青い景色がどんどん流れていく。 風を切って空が雲が地面が視界をすごい速度で流れていく。 やがて流れる景色の先に山が見えた。 山に生い茂る木々が見える。 木の一本一本に葉が茂り枝が分かれているその中に突っ込んで葉が擦れ枝が折れ幹を掠り地面にぶつかり体がごろごろと転がっていく。 やがて止まった。 立ち上がる。何故か体は何とも無い。 (だいぶ勢いよく地面にぶつかったな……) 思うことはそれだけなんだろうか。吹っ飛んできた方向に向かって、わたしは地を蹴っていた。

一本足の

一本足の小さな机。背もたれのある椅子。 机は壁際にくっついて、隙間なく五、六個並んでいる。 椅子には厚い布地が張られている。少しつるつるしてる。 座る部分は、触れてみると見た目よりも柔らかい。手が沈む。座るとお尻が心地よく沈む。 「ふむ」 背もたれにもたれると、やっぱり背中が少し沈む。柔らかい。 「うんうん」 見た目は分厚くてつるつるで固そうなのに。 これは寝心地が良さそうだ。 「中々いい椅子だね」 「すわりごこちいいー」 「こいつあいいやい」 「椅子をくっつけてベッドにしたいくらいだね。うん、そうしよう」 「バラムはすぐねるー」 「そいつは行儀が悪いってもんだねえ」 カクが何か言ってるけど、まあ、流石にやめておこうかな。 背もたれに寄りかかって頭を預ければ、それだけで十分眠れそうだ。 この椅子持って帰りたい。 「もーねたー」 「寝たねえ」 「まだ寝心地を試してるだけだよ」 「おきてた!」 「こいつあ驚きだね」 「いくつか持って帰りたいなぁ」 持って帰ってベッドにして、そしたらゆっくり寝れる。 「家でいすにねるのか?」 「並べてベッドにしたら、寝心地が良さそうだし」 「良さそうかねえ」 「何個くらい必要になるだろう。三つ……四つくっつければ十分かな? 余裕を持って五つ?」 「もって帰っちゃだめだぞ?」 「流石に持って帰らないって。持って帰りたいけど」 いや、一列にくっつけるより、二列で向かい合わせにしてくっつけていった方が広々と寝れそうな気がする。 とすると十必要だなー。ちょっと多いな。八でいっか。 でも椅子と椅子の繋ぎ目に落っこちそうかな? まあとりあえず一列でくっつけていって、狭いようなら二列にしてみて……。

地面を見ながら歩いている。

地面を見ながら歩いている。 薄暗い地面。日が沈んだ頃なのか、日が昇る前なのか。分からない。 地面を見ながら道なりに歩いている。 視界に映る地面はちょっとしたでこぼこがあったり、小石や、雑草があったり、全て違っている。 でも違うというほどではなくて、やっぱり似たり寄ったりかもしれない。 そして着いて。 ああそうか、いつも通ってる道だったのか。そんな風に気づきながら目が覚めていく。 目が、覚めた。 「……いつも通ってる道ってどこ」 分からない。分かるはずないか。 寝返りをうつ。 目を閉じる。 ……。

風が強い。

風が強い。ほっぺたが冷たい。髪の先が首筋に当たってばらばらしてる。 着込んでるから寒くはない。ただ、冷たい長椅子のせいでお尻がひんやりする。 着重ねた服の向こうから、座ったお尻にひんやりした冷たさが伝わってくる。 でも、どちらかというとほっぺたの方が風で冷たくなっている。 手に持っている飲み物の入った缶が、熱く手を暖めている。 つるつるした缶。 両手で包んだ缶のてっぺんには飲み口の丸っぽい穴。 中には液体が揺れている。 「あったかいなー」 「うん」 見ると、隣でファラも缶を両手で包んでいる。 その隣でカクが缶に口をつけて、「ふぅ、あったまるねえ」。 「あったまるなー」 「飲むのが惜しいね」 「なんでだー?」 「だって、飲んだら暖まれなくなるじゃん」 「おー、たしかに」 「飲めば体の内側からあったまるってもんさ」 「そっかー、じゃあだいじょうぶだな。あんしんしてのめるなーバラム」 「そりゃあお腹はあったかくなるだろうけどさ」 後ろで、珍ポが愉快そうに身を揺らすのを感じて。振り返って、わたしが何て言ったのか。 「――――……」 目覚めながら、頭から抜け落ちた。 何て言ったかな。軽口を言った気はするけど。別に文句とかそういうのじゃなくて。珍ポも楽しそうにしてたし。他の二人も。楽しそうに。 なんだったかな……。 なに笑ってるのとか……そんな感じだったっけ……。まあ……なんでも、いいか…………ねよう……。

目を開く。

目を開く。寝ていたみたいだ。 視界には吸い込まれそうなほどの青い空。 ベンチの背もたれに体を預けて、頭を後ろにのけ反らせながら寝いていたみたいだ。 顔を起こすと、がらんとした広場。赤茶けた地面に、ベンチと外灯がいくつかある。 ふと横を見ると、布を巻いた大剣がベンチに立てかけてある。 わたしの大剣だ。こんな風に置いたまま寝てたら無用心な気もする。 とりあえず立ち上がって、大剣を携え、歩く。 広場を抜けて、白っぽい建物に挟まれた路地。 赤茶けた地面が続く。
誰もいない。 と、思っていたら誰かの声が聞こえてきた。 誰かと誰かの会話をしている声のようなものが、どこかから聞こえてくる。 右側。右側の白っぽい建物の、その向こう側から聞こえてくるみたいだ。 建物の向こう側に通り抜けられないか、あたりを見回す。 通り抜けれそうな所はなかった。隙間すら無い。 声もどこかへ行ってしまった。 ここまで歩いて来る途中、向こう側に通り抜けれそうな場所は無かったし。 仕方ない。 また歩いて、曲がり角でも現れるのを祈ろう。 しばらく歩くとあっさり十字路に出た。 迷わず、さっき声のした側、右側に曲がる。 ほどなくして、また十字路。 声が聞こえたのは、多分ここを右に曲がった路地なのだろう。 頭の中で、歩いてきた道のりと声のした場所の位置関係を考える。 どうなんだろう。あんまりはっきりとは分からない。 まあ、正確な方角は分からないけど、違ってても別にいいし。 道を曲がる。 やっぱり白っぽい建物に挟まれた路地が続いている。 地面もやっぱり赤茶けている。
誰もいない。 道はずっと先で白っぽい建物に突き当たっている。 行き止まりだったとしたら、声のした誰かはあの建物に入ってしまったのだろうか。 とりあえず歩いていくと、突き当たりでL字路になっているのが見えてきた。 行き止まりではなかったみたいだ。 誰かの声が、L字路の先から聞こえてきた。 言葉の内容までは分からなかった。遠くから聞こえただけの声。 でも、曲がった先に誰かがいるのは確かみたいだ。 誰がいるのだろう。 歩いて、白っぽい建物に突き当たって、角を曲がる。 曲がった先は、路地の尽きる場所だった。 白っぽい建物に挟まれた路地が尽きて、その先には赤茶けた地面が遠くまで続いている。 町の外に出てしまうみたいだ。 外は、どうなっているのだろう。 歩いていく。 白っぽい建物に挟まれていた視界が開ける。 町の外は、赤茶けた大地が広がっていた。 広大な赤茶けた大地が、視界に広がっている。 遠くには、山のような塊がぽつりぽつりと小さく見える。 吸い込まれるような青い空が、広がる赤茶けた大地の上に乗っかっていて。それ以外、何も無い。 いや、違った。周囲にぽつりぽつりと誰かがいる。 目の前の景色に目を奪われていたみたいだ。 誰か知り合いはいるだろうか。 見回そうとしたら、強い風が吹いて、土ぼこりが大きく空に舞い上がって、空と赤茶けた地面に覆い被さるように、迫ってくる。 そのまま、大きな土ぼこりに飲み込まれていく。 空が遮られる。 視界が砂煙で閉ざされる。 吹き付けてくる砂に手をかざして目を庇う。固く目を瞑る。 顔に砂が叩きつけられていく。 髪が風で後ろに流さればさばさ暴れている。 目を瞑り、口を閉じ、砂煙が止むのをじっと待つ。 「おーい! バラムー!」 吹き付ける砂に目を細めながら、名前を呼ばれたほうを見る。 砂煙のわずかな切れ間、そこで、亜麻色の長い髪を風に飛ばされるまま遊ばせて、片手に剣を携えて、空いてる片手を大きく振っている。 吹き付ける砂に目を細めながら軽く手を振り返す。 あんなにして、目とか口とか砂が入らないのだろうか。 いや、砂の飛んでくる方に背中を向けてるから大丈夫なのかな? なるほど、そういうこと。 真似をして、砂の吹き付けてくる方に背を向ける。 肩を叩かれた。砂煙の中をファラが駆け寄って来ていたらしい。 ファラは砂も何も気にした風も無く。楽しそうに、肩越しに顔を寄せてくる。 「すごい風だなー!」 耳の中で風がごうごうとうるさくて、顔を近づけていないと大声を出しても話せそうにない。 「すごいひどい砂だね」 顔を寄せて話す。 しゃべった拍子に砂がちょっと口に入った気がする。 あんまり口を開けないように喋ったのに。 噛み合わせた歯と歯の間がじゃりとした。 うえぇ……。 「うえー! 口に砂が入ったー! っぺっぺー!」 「そりゃあ……」 そんな普通に喋ってたら入るだろう。あんまり口を開けないようにしたわたしでさえ砂が入ったんだから。 言っても意味無いだろうし、わたしの口にも砂が入ってくるし、口は途中で閉じさせてもらうけど。 「ぺっぺ……もう剣なおったのかー!」 口の中に砂が入らないよう、手で口元を覆う。 「直ったっていうか、刃こぼれを研ぎ直してもらっただけで……まあ直ったで合ってるか」 口の中に唾を溜めていく。 「じゃあ今日からまたいっしょに行けるなー!」 「うん」 「やったな! ……うー、ぺっぺー!」 少しして、風が止んだ。 「ぺっぺ……おーいカクー!」 段々と晴れていく砂煙の向こうからカクの姿が見えてくる。 砂煙が晴れて、視界の良くなった周囲を見ると、やっぱりここにいるのはわたし達だけじゃなくて、まばらにちらほら誰かが立っている。 「おっと! そこに見えるはバラムじゃないかい!」 カクが駆け寄ってくる。長い棒を携えている。棒が武器なんだ。 周囲の誰か達を見ると、みんながみんな武器を携えていて、何人かずつで固まっていて、あれはパーティーを組んでいるのだ。 「剣が戻ってきたみたいだねえ!」 「うん」 そしてわたしは、ファラ達と組んでいる。 とりあえず口に入った砂を吐きたい。

階段を下りると、

階段を下りると、やけに静かな気がした。 近くの部屋を覗く。 誰もいない。
別の部屋に入る。 誰もいない。
どの部屋を見ても、どこにも誰もいなかった。 みんな上の階に行ってるんだろうか。 階段を上がる。 その階にも誰もいなかった。 階段を上がる。 その階にも誰もいなかった。 階段を上がっても誰もいない。上がっても上がっても誰もいなかった。 塔の最上階まで来て、塔の中にわたし一人しかいないと分かる。 静かなはずだ。だって誰もいないんだから。 窓から身を乗り出して、上の縁に手を掛けて、屋上に上がる。 高い景色。遠くまでいくつもの塔がそびえ立っている。 膝を丸めて座り。 ごろんと寝転がった。 ざらりとした石の感触がひんやりと顔の横側に当たる。

悪夢を見たらどうしよう。

悪夢を見たらどうしよう。 そんな心配をしている所に出撃が掛かる。 「はぁ……心配だな」 「大丈夫よバラム」 「グレモリ」 「この帽子を被れば安心よ」 「……どう見ても角が引っ掛かって被れそうにないんだけど」 「大丈夫。ちゃんと耳の穴は開いてるから」 「耳?」 「さあほら被ってみて」 何を言っても無駄そうだ。仕方ない。無理だろうけど……。 「……本当に被れた」 「塔魔と戦う前に、ちゃんと帽子を被ってることを確認すること。あご紐も確認するように」 「分かった」 「……やっぱり」 「ん?」 「と~……ってもかわいいわ! ちょっと撫でてもいいかしら? いいわよね!」 返事をする前に撫で回してる。 なんか顔が猫になってる感あるけど、新たな塔界へと出撃する。 初めて挑むエリア。 さっそく直近の塔魔を倒すよう指示が伝わってくる。 前進しようとして、グレモリの言葉を思い出す。というか、同じ隊にいるしさっきからもの凄く見られてる。 「面倒だけど、ちゃんと確認してから戦わなきゃだな……」 ちゃんと帽子を被ってる。 「ヨシ!」 ちゃんとあご紐も付けている。 「ヨシ!」 塔魔の位置を確認。 「ヨシ!」 回復の泉までの戦闘数はどう進んでも四回以上。 「ヨシ! いちにちいっしょくヨシ!」 ああこれは駄目なやつだ。 グレモリが後ろから抱きついてきて、顔を撫で回してくる。 「ああもう! かわいすぎよバラム!」 ああ……これもしばらく駄目なやつだ。 ゆっくりと瞼が開いて、それが夢だったことを頭が認識していく。 顔に触れる。 毛でふわふわはしていない。 うん、よし、寝よう……。

高台で、

高台で、海が見える。見晴らしのいい公園。 崖のような斜面のある場所は、転がり落ちないように木の柵で遮られていて。 カクが柵の欄干に腕を突っ張るように体を乗り出させて、海を見てる。 「潮の香りがする風だあねえ」 風は吹いているけど、潮の香りは分からない。 欄干に寄りかかりながら、何度か風の臭いを嗅いでみた。 「潮の香りなんてしないけど」 「そうかい?」 カクが浮かせていた足を地面に着地させて、それからくるりと、今度はお尻から欄干に飛び乗る。 身軽なものだ。そのまま落ちなきゃいいけど。 海が、日差しを反射してきらきらと輝いている。 綺麗だな。と思った。見るたびに思ってるな。と、そんな気がした。 「いい風だねぇ。柔らかい風だ」 柔らかい風かは分からないけど、風が前髪を掻き分けておでこが全部出されていくのは、悪くはない感じではある。 気持ちいい風と言えなくはないかもしれない。 「おまたせー!」 振り返ると、ファラが広場を走ってくる。 「待ちに待ったとも!」 「お待ちかねだったよ」 欄干に寄りかかっていた体を離す。 欄干から飛び降りたカクがその勢いのままファラへと走っていく。カクの背中を先に、歩いてく。 「きょうは何してあそぼっかー!」 ファラがカクとこっちとを向く。 「そうだねえ」 カクがファラの所に着いた、そこに歩いてく。 「昼寝でー」

浅い川に

浅い川に足首を浸して立っていた。 広めの川原には草が雪で埋もれて白い。 景色は真っ白だ。 空も白く厚い雲で覆われている。 浅い川の水が、裸足の足で遮られて後ろに流れていく。 少だけ波うって白い線を伸ばして流れていく。 透明な川の水は冷たくなかった。全く冷たくない。 足を浸けているのか分からなくなりそうなくらい、冷たさを感じない。 透明な水の流れていく感触だけが足にある。 片足を上げて、水が滴り、足を下ろす。ぴちゃりと音がする。 ぴちゃ、ぴちゃと。足を交互に上げて下ろした。 水面を蹴ってみる。 水が足首から足の先へ流れて、跳ね上がる。 飛沫が目の前で弧を描いて飛んでいった。 ふと、川上からファラが近づいてくるのに気づいた。 ファラが歩くたびにぱしゃぱしゃと水が鳴っていた。 「水がつめたくないぞー!」 「うん。変だよね、なんでだろ」 「なんでだろうなー。なんで水がつめたくないんだろうなー」 「こんなに、川の周りには雪が積もってるのにね」 「むむむ」 ファラがその場で足をぱしゃぱしゃさせる。 わたしも足をぱしゃとさせた。 ファラが水面を蹴って大きく水飛沫を上げたり。 わたしがちゃぽちゃぽとその場を回ってみたり。 「あ、カクだー!」 ファラの見ている方を見ると、遠くに一本の木が生えている。 「どこ?」 「あの木の上!」 指差された木は雪を被って白い。でも、カクがいるようには見えない。 「見えないけど……」 「いってみよう!」 「えー、面倒だなあ……」 ぱしゃぱしゃと音が鳴った。 木のそばまで走って。カクはいない。 「いないみたいだけど」 「どこいったのかなー」 ぱしゃんと川の方から音が鳴った。 振り返ると、川からずいぶん離れている。 「いつの間にか、結構離れたところまで来てたんだね」 さっきまでわたし達がいた川の所に珍ポがいる。 「珍ポがいる」 「いるね」 「いってみよう」 目が覚めたらベッドの中に居て。 ぼんやりと、そういえば雪も全然冷たくなかったな。裸足だったのに。そんなことを思った。

暖かな

暖かなそよ風が、時々、顔をなでていく。 目を瞑ったまま柔らかな寝床に沈んで力が抜けていく。 だらんと寝転がり。 柔らかい枕に顔を埋める。 そよ風で髪の毛先がふわりとした。 暖かくて、寝心地がいい。 ━━━━……ゆめ、か」 ……いい夢を見た。 とても気持ちのいい目覚めだ。 まだ残ってる夢の感覚が心地いい……。 気持ちよく……寝れそう…………。

空は抜けるように

空は抜けるように青くて、赤茶けた土の上には風が吹いていた。遠くを砂埃が流れていく。 なだらかな丘陵地帯って感じなのだろうか。 少しでこぼこしていて、土と石ばかりで、緩やかな斜面を回り込んだり、上ったり、下ったり。 見通しがいいような悪いような。 歩いても歩いても赤茶けた土がずっと広がっていて。 目に映るのは全て、そんな感じだ。 「あ、いたー」 周囲の景色に意識を向けていたら、ファラの声がした。 声のした方を見る。 小さな坂の上で、ファラが地面に伏せている。 ファラが坂の上に伏せて、坂の向こう側を覗いている。 カクがすぐに坂を駆け上がっていって、ファラの隣に滑り込むように伏せた。 元気だなあ。 「おお、いるねえ。一と、二と。どうやら二体だけかねえ」 とりあえず歩いて坂を上っていく。 後ろから珍ポも坂を上ってくる。と思ったら、途中で止まった。 「どうしたの?」 「キシャアア」 「ああ、珍ポは体が大きいもんね」 珍ポをおいて、ファラの隣まで歩く。 頭が丘の上から出ないように気をつけながら、地面に伏せて向こう側を覗き込む。 「どれどれ」 「ほら、あそこー」 「ああいるね。二体。二体なら楽そうだね」 あれは塔魔……なのかな。 「数で押せるってもんだね」 「じゃあ、いくかー」 「うん」 「応!」 ばっとファラが飛び出していく。 後に続いてわたしも。そしてカクも。 最後に珍ポ。 赤茶けた土の小さな丘を駆け下りる。 塔魔がこっちに気がついた。 後ろで珍ポが叫ぶ。 「キシャアアアアア!」 ちょっとうるさい……。

「えい!」

「えい!」 一番先に塔魔の元にたどり着いたファラが、片方の塔魔に剣で斬りかかった。 斬りかかられた塔魔は慌てたように後ろに飛び退る。 剣は空を斬り。 もう片方の塔魔がファラに牙を向ける。 「おっとー!」 ファラは空振った剣を当たり前のように下から切り返して、塔魔の攻撃を正面から弾き返した。 その頃にはもう、わたしは右に、カクは左に二体の塔魔を囲い込んでいる。 攻撃を弾かれた塔魔がよろめいているところに。 「発!」 カクが棒を頭上から叩きつけた。 ゴン。と鈍い音を立てて、棒が塔魔の頭っぽいところにめり込む。 めり込んだ棒はそこで動きを止めない。 「ほっ! はっ!」 瞬時に棒を引き戻したカクが、続けざまに棒の先端を塔魔に突き込んでいく。 目にも止まらぬ早業だ。でも、オーバーキルじゃないかな。 頭を陥没させた塔魔はカクの最後の突き込みで思い切り吹き飛ばされて、糸の切れた人形みたいに転がっていった。 わーお……。 残った一体の塔魔の注意は、カクとファラの方へと完全に向いている。 ……いやまあ、うん。後ろが疎かなのは楽でいいけど、ちょっと気の毒だね。 とはいえ、わたしの安らかな眠りの為に眠ってもらうとしよう。 塔魔の背後から、大剣を大きく振り上げて。 思い切り叩きつけた。 ……こっちもオーバーキルだったかもしれない。 ま、いいか。楽勝だね。 「しょうりだー!」 「楽勝だい!」 思ったことがカクとかぶった。 「キシャアアア」 珍ポは今回何もしてないけどね。 「じゃあ帰って寝ようか」 「えー、まだいけるぞー」 「そいつはまだ早くないかい」 「キシャアアア」 どうやらまだ、帰って寝れなかった。

箱詰めにされた

箱詰めにされたエレメントをマーケットに持って行かないといけない。 「面倒だなあ」 「まあそう言うでない」 「こんなにたくさん売れるかな」 「売れるじゃろう」 「繁盛だね」 「そうじゃな」 大きい箱。 一人でも持てなくはないけど。 箱のそばにしゃがみ込んで、片側に手を掛ける。 「そっち持ってよ」 「一人で持てるじゃろう」 「持てるけどさ」 「仕方ないのう」 バエルと一緒に箱を運ぶ。 塔を出て、外を行く。 道らしい道のない、でも、どっちに歩けばいいかはなんとなく分かっていた。 殺風景な景色の中、塔がぽつぽつ聳え立つだけで。 道は平坦。 箱は別に重くない。 バエルと箱を抱えてマーケットへ歩く。 「マーケット。枕とかも売ってるのかな。寝心地のいいやつ」 「探せば売りに出されてるかもしれんのう」 「やったね」 そう言ってから、でもバエルの言うことだからなぁと思い直す。 「でも、バエルの言うことだからなぁ」 「まあ出されているかはその時次第じゃな」 「やっぱり」 「こればかりはどうにもならんのう」 「エレメント売れるかな」 「それは売れるじゃろう」 「繁盛だね」 「繁盛繁盛、大繁盛じゃな」

出撃なので

出撃なので眠いけど塔の外に出た。
眠いけど出撃なので仕方がない。
塔の前に変なものがあるけど何だろうこれ。
しゅっとした卵型の物体に魚の尾びれみたいなのを付けてそれがでーんと地面に立ててある。
全体的に銀色でつるりと光を反射してる中に、ひとつだけ丸いガラスがはめ込まれてる。窓?
見た感じ人数分あるみたいだけど。何だろう。
「うーん。何これ……?」
「さあ乗ってください。今日はこれに乗って出撃です」
「そうなんだ」
でもどっから乗るんだろう。
入り口なんて――。
「うわっ」
卵形の胴体が急に音を立ててシューっと開いた。中にはイスがひとつ。
「すごいね」
「すごいですとも。さあ、搭乗席に座ってください」
「うん」
中はちょっと狭そうだけど、まあ一人で入る分には全然余裕だ。
「おお……このイス座り心地いいね」
「もちろんです。長時間座ることになるのですから、そのあたりは抜かりなく仕上げてあります」
「寝ていい? 寝るね」
「それは帰ってきてからにして下さい」
さて寝よう――。
「うわっ」
急に音を立ててプシューっと入り口が閉じた。
「うわわっ」
イスが回転した。と思ったら止まった。
顔の前に丸い窓が来た。
「では出発です」
シュゴゴゴゴと大きな音が鳴り響いてきた。
「なにこれ」
段々と窓の外の景色が下がって……違う、こっちが上がってるんだ。
「飛んでる?」
シュゴゴゴゴという音がうるさくて自分の声すら耳に聞こえない。
振動で窓に貼り付けたおでこが小刻みにガラスにぶつかる。
でもやっぱりこれ飛んでるみたいだ。
段々と、景色の流れが速くなっていくし。
地面が遠くなっていくし。
急に霧の中に入った。雲かな。あっ、晴れた。
やっぱり雲だった。気づいたら雲より高いとこにいる。
地平線って丸いんだなあ。
……これどこまで上がるの?
どんどん上がってく……。
わーお。
宇宙まで来ちゃった。
星がたくさんだね。
一体わたしはどうすればいいんだろうな。
寝ようかな。寝よう。
『アーアー、テステス。聞こえますか? そちらはいかがですか?』
「……とりあえず寝ていい?」
『問題無く平常通りと受け取っておきましょう』
「そうだね。いや、そうでもないかも」
『おや、さすがのあなたでも宇宙という場所には少なからず心を動かされるのですか?』
「まあ、ちょっとびっくりしてるというか……寝たいのは変わらないけど」
『びっくりしても寝たいのは変わらないのですね』
「じゃあおやすみ」
『おやすみではありません! そもそも出撃の最中に寝ようとしないで下さい!』
「そういえば出撃だった。ここで何するの?」
『……まあいいでしょう。今は説明が先決ですからね。ええ』
「寝ていい?」
『ダメに決まっています。あなたには星を集めてもらうのですから』
「星を……集める?」
『はい。星を集めてください。窓から多くの星が見えているはずですが?』
「いやまあ見えるけどさ」
窓におでこを付けて覗き込めば視界中に散らばっている。
「星なんてどうやって集めるの?」
『どうやって、ですか?』
ん?
『それは、普通に集めてもらって構いませんが』
「普通にって……」
『はい。普通に』
なんだろう。
なんだかわたしの方が変な事を言ってるみたいな雰囲気だ。
「……寝ていい?」
『どうしてそうなるのですか! ダメに決まっているでしょう!」
「だって、集め方わかんないしー」
『まったく。あなた以外の魔神はみんなもう集め始めているというのに』
「……どうやって?」
『私が説明するよりも、その目で直接見たほうがきっと理解が早いはずです』
「直接見るって」
この窓から見えるのかな……?
「別に説明を放棄した訳ではありませんよ。ええ」
というか他の魔神はどこに……ってあれか。いたいた。わたしの乗ってるのと同じ銀色卵が飛んでる。
何してるんだろう。
普通に宇宙を飛んでるだけのような。
って、飛んでる?
飛んでる。
どう見ても、自分の意思で動かして飛んでるみたいに見える。
「これ、動かせるの?」
『はい。当然です。当たり前じゃないですか』
「当たり前なんだ」
ふーん。
でも、どやって星を集めてるんだろう?
見た感じただ飛んでるだけのような……。
「ん? あれ?」
飛んでいったあとに星が見えなくなったような……。
テーブルのパン屑を布巾で拭いたみたいというか……。
「……つまり、飛んでればいいの?」
『まあ、飛んでれば星に当たるでしょうから、飛んでればいいと言っても間違いではないかもしれませんが……』
「おっけー」
じゃあ飛んでみよう。ちょっと面白そう……かも。
さて、どうやって動かすんだろう。このイス座り心地いいなあ。
「ねえ、これどうやって動かすの?」
『ダッシュボードにゴーグルが入っているので、まずそれを身に付けてください』
「ダッシュボード?」
『椅子に座って、正面やや右手側の壁にあります』
やや右手側……取っ手みたいな凹みがある。これか。開いた。
「あったよ」
「それを身に付けてください」
「うん」
……!
すごい。宇宙が見える。
「わー……」
目の前に宇宙が広がってる。
『外部カメラの映像が立体的に映し出されているはずです。まあ宇宙なので周囲に何も無く、立体的なのを実感しにくいかもしれませんが』
「よく分かんないけど、目の前にあるみたいに宇宙が見えるよ」
『なら問題ありません。あとは、あなたの思った通りに動くはずです』
「思った通りに……」
前進ー、わお本当に前進した。
『さあ。それでは星を集めて下さい』
「そうだった。星ね、星」
これ動かすだけでもちょっと楽しいかも。
すごいなー。宇宙を飛んでる。
宇宙ってどこまで続いてるんだろう。
きれいだなー。
あ、顔を動かすと視界も動くんだ。
へー。すごい。
宇宙って広いなー。
「あれ……」
なんか今、変な星があったような。
ちょっと戻ってみよう。
ひゅー、と。
「……これは」
星だ。ヒトデ形の星があった。
「なにこれ」
『どうしたんですかバラム』
「えっと、なんか見るからに星って形の星があったというか……」
『はあ。星は星形をしているものだと思いますが……』
「そうだったんだね。知らなかった」
『知れたのならよかったです。ではそれもちゃんと取っておいてくださいね』
「取る?」
『はい』
「どうやって」
『どうやってと言われますと、だから普通に触れて下さればいいと申しましょうか……』
触る……?
体当たりすればいいのかな……。
えーい。
「あ、取れた」
『それは何より。ではしっかりとお願いしますよ』
体当たりすればいいのかー。
じゃあ、とりあえずどんどん飛んでいってみようかな。
目指すは宇宙の彼方だー、なんて。
「星を集めてどうするんだろうなあ」
おー速い速い。けっこう速度出る。どんどん星が取れちゃうね。

……。

……。 ……なんだろう、外から声が聞こえる。 楽しそうな、はしゃぎ声……。 ファラと、カクの声かな。 ……。 ……うーん……なにしてるんだろう。 ちょっと見てみよう……。布団からでるのは面倒だけど……。 窓からは……見えないな……。 うーん。見えない……。 声は聞こえるんだけど 仕方ない……。 外に出るしかないか……。 ……。 ……さて、外に出てみたものの。。 ……声が聞こえてくるのはあっちの方みたいだな。 何してるんだろう。
あ、いたいた。 あれは……、何してるんだろう。 すごく楽しそうなのは伝わってくるけど。 カクがファラをぶん回してるようにしか見えないけど。 「ひゃっほー!」 「そーれそーれー!」 楽しそうなのは伝わってくるけど。 「なにしてるの」 「ひゃほー!」 「ファラをーぐるぐるーまわしてーるんだーい」 見たまんまだった。 「いや、それは見れば分かるけど」 見れば分かる。 ファラとカクが両手を繋いで、カクがファラをぶん回してる。 いや、そんな簡単に魔神一人をぶん回せるものなのだろうか。 重さとか……まあファラは小っさいし軽いだろうけど。 それでもこう、見てて何か違和感というか、不思議パワーが働いてるような感じがするというか。 ……うーん、ファラが水平になってるにしてはそれほどの回転速度がないように見えるから、なのかな……? あれ。どんどん遅くなって……綺麗に着地した。 「あーたのしかったー!」 「楽しいねい!」 よく分かんないけど、新しい遊びってところか。 「じゃあつぎはバラムだー」 「え、いや」 「おっ、やるかい!」 「わたしは別に……」 「たのしいぞー!」 「ほらほらほいほい!」 「いや、ちょっと、別にいいから、わっ」 体が浮――。 「わわっ」 なに今の、体が浮いたというか。 「しっかり掴まってくんなー!」 ぐるぐる回ってる。体がまっすぐ水平になってる。 「まわってるぞーバラムー!」 なんか、ぶん回されてるにしても、やっぱり謎の浮遊感が、あるんだけど。 「何これ、何これ」 「楽しいかい!」 「まあ、何だろう、不思議な感覚っていうか、新感触?」 「しんかんしょく!」 「新感触!」 「新感触。謎の浮遊感あるよね」 「ぶん回してるからねえ!」 「そうかぁ」 そうかなぁ。 「このまま手を離されたら急に落ちるのかな、それともふわふわ落ちるのかな。意外とすごい勢いで飛んでいったりしたり?」 「どうだろう。試すかい?」 「んー、まあ今回はいいかな」 「ではではさあさあそろそろ着地」 「え、着地って――」 わ、おお、っと、と。 「おお……着地できた」 「いい着地だねい!」 「どう着地したんだか自分でも分からなかったんだけど」 「つぎはファラー」 「おうおうやりねいやりねい!」 あ、離れておこう。 ……。 「ひゃほー!」 「そーれそーれい!」 なんだろう。見ててもやっぱり謎の浮遊感がある。

砂浜を歩いていると

砂浜を歩いていると、空から紙飛行機が落ちてきた。
「……」
拾い上げてみる。紙の表面についた白い砂がぱらぱらと落ちた。
折られた紙を広げてみると、そこには「右へ」と書かれていた。
「右……」
右を見ると、海の少し向こうに小島がある。
あそこまで行けばいいのだろうか。
「でも、海がある……」
波打ち際まで歩いて、そこから小島を眺める。
気づくと、海中から何かの影がこっちに来る。
海は波打って、太陽の光を反射してきらきら光っている。
大きな影が海の中から音も無く近づいてくる。
とうとう海面から顔を出した。
ざばぁと水しぶきをたてて、珍ポがすぐ目の前でぴたりと止まる。
そして、私に背中を向けた。
乗れということだろうか。
じっと様子を伺っていると、突然横からファラが駆け抜け、珍ポの背中に飛び乗った。
「いくぞー!」
珍ポが波の上をぷかぷかと小島へ進んでいく。
さっきの紙飛行機はファラのものだったのかもな。
海は波打って、太陽の光を反射してきらきら光っている。
まだ持ったままだった広げた紙を、折り目をなぞって折り直し、紙飛行機を小島に向かって飛ばした。
飛んでいく紙飛行機を最後まで見送らず、また、砂浜を歩いていく。

気怠い体を起こすと麦畑だった

気怠い体を起こすと麦畑だった。 一面の麦畑。黄金色の稲穂が広がってる。 風が吹くと、さああっと音を立てて。麦畑は柔らかそうに波打っていた。 この上で寝たら柔らかくて気持ちよさそう。 でも、どうすれば揺れてる麦の上で寝れるんだろう。 考えていたら、麦畑の上を雲の影が流れて。 わたしの上にも影が流れてく。 空に、白い綿雲の底が見えた。 いくつもの綿雲が空を流れている。 たくさんの雲と雲との間から、少しの青空が覗いている。 いくつもの雲が、繋がったり、離れたりしながら空を流れていく。 真下から見てるから、雲の底は影になって少し灰色がかっていて。 その分、雲と雲の切れ間では、白い雲が太陽の光を反射してもっと真っ白に光ってるみたいだ。 頭上には雲の底。 ふと、何か小さな点が雲の底にあるのに気づく。 それは最初は小さな点にしか見えなかったけど、何かが空から落ちてきているのだとすぐに分かって、段々と輪郭がはっきりとしてきて、それには頭と体と手足がついていて、たぶん尻尾もついている、帽子を被ってた、帽子を抑えているぶかぶかな袖がはっきり見えた時にはもう一瞬で、目の前の地面にカクが激突していた。 ズゴンと大きな音が広い麦畑に響いた。 顔の前にカクの足がある。 足元の地面に、カクの首から下が埋まっている。 なんでカクが空から落ちてくるんだろう。 あとちょっとずれてたらわたしの頭に激突してたな。 なんで体をぴんと真っ直ぐにしたまま地面に突き刺さっているんだろう。 大丈夫なのだろうか。 指でちょんとカクのふくらはぎをつついてみる。 すると、カクの足がきれいな楕円を描くようにゆっくり向こう側へと片足づつ降りていって、ぴんと伸びていた背中も少しずつ向こう側に丸くたわんで、足を伸ばしたままつま先を地面につけた。 頭はすっぽりと地面に埋まったまま。 中々出てこない。 カクは地面を腕で精一杯押しているみたいだけど、頭は引っこ抜けてくれないみたいだ。 膝を曲げて背中を丸めて、しゃがみこむようにして地面に足で踏ん張り始める。でも引っこ抜けないみたいだ。 ……手伝ってあげた方がいいのかなこれ。 ……。 まあ、さすがに頭が地面に埋まったまんまじゃ息ができないだろうしね。 カクの頭を引っこ抜くのを手伝おうとして、どうやって手伝おうか悩む。 引っ張ってあげればいいんだろうけど。 どこを引っ張ろう。 カクのお尻では、尻尾が精一杯に地面を叩いている。 尻尾って、引っ張っても大丈夫なのかな。さすがにやめておいてあげるか。 カクの後ろに立ち、しっぽを手で払い、お腹に両腕を回して胴体を抱える。 「引っ張るよ」 聞こえているのだろうか。 カクの尻尾がお腹に巻きついてくる。 これは多分、聞こえてたのかな? 「せーの」 ぐっと力を入れて引っ張ると、それに合わせてカクも足と腕を踏ん張らせている。頭が地面に埋まってても聞こえるもんなんだな。 中々抜けないので更に力を込めると、地面の土がちょっとした塊のままぼこりと持ち上がって、抜けた。 やった、と思ったらバランスを崩してカクを抱えたまま尻餅をつく。 「ぷはー、まさしく生き返った気分ってもんだい!」 カクが何かを言ってるけど、地面が柔らかくてよかった。 「ありがとうバラム!」 振り返ってカクが言う。その頭には帽子が無い。 「別にいいけど、早くどいて……」 「おっとこいつあすまない」 カクが立ち上がって、巻きついていた尻尾が離れる。器用な尻尾だ。 「改めてバラムありがとう!」 手を伸ばされる、袖がぶかぶかだ。 「どういたしまして」 袖の上から手を掴んで、立ち上がる。 「なんで空から落ちてきたの?」 「いやーカク様としたことが、ちょいと足場を見誤っちまって」 足場……? カクは今さっき頭を抜いた穴の前にしゃがみ込んで、穴に腕を突っ込んだ。 穴の中からカクの帽子が出てきた。土まみれだ。 「さあて、どうやって帰ろうかねい」 帽子の土を払いながら言う。 土を払った帽子を被り、頭上を見上げて、遠くを見るように手を顔の上にかざす。ぶかぶかの袖は頭の上に引っ掛けている。 ……。 「……雲の上に帰るの?」 「その通り!」 「雲の上かぁ」 雲の上。雲に乗れるとしたら、寝心地はふんわりでとてもよさそうだ。 「どうやって帰るの?」 「そうだねえ。ここからだとちょっと遠くまで行かなきゃならないねい」 「ふーん。……わたしも行ってみていいかな」 「んっ? 別にいいよ?」 「じゃあ行こうかな」 「応とも!」 雲の上かあ。 頭上を見上げると、カクの落ちてきた雲はもう流れていて、太陽の光に目を細める。眩しい。 「じゃあ出発するとしようか!」 顔を下ろすとカクは意気揚々って感じの顔で。どこかに向かい麦畑を掻き分けていく。 その背中を追って。

気怠い体を起こすと

気怠い体を起こすと麦畑だった。
ザザ、ザザと音がして、音のした方を見ると麦をかき分けてファラが姿を見せる。 嬉しそうな顔で、 「バラムみっけー!」 わたしを指差す。 「バラムが一ばんめだぞー」 「一番目……?」 「あ、バラムかくれんぼしてるのにねてたなー?」 かくれんぼ……? 「ああ……うん、寝てた」 「バラムはねてばっかだなー」 ファラが笑う。 「さてー、カクとちんぽはどこにかくれてるかな」 カクと珍ポ……。 ああ、それなら……。 「……カクは雲の上にいて。珍ポは馬車の荷台に乗って道の向こうから来るよ」 「? かくれてるのを見たのか?」 脳裏にいつか見たはずの光景がさあっと巡っていく。 「うん……夢で見たような気がする」 「なんだー夢のはなしかー。バラムねぼけてるなー」 言われてみれば、なんで夢の話をしてるんだろう。 「……そうだね、寝ぼけてたのかも」 ファラが笑う。 わたしも笑った。 「さあさがしにいくぞー」 ファラが手を伸ばす。 「うん」 その手を掴んで立ち上がり、手を繋いだまま麦畑をザザ、ザザと進んで。 目が覚めた。

階段を下りて

階段を下りて広い廊下を歩き食事部屋に入る。 食卓の、いつもの席に座る。 調理場のほうの入り口から入ってきたベリアルが、「お、今日は珍しく早いな」と言って、持っていた大きな丸い鍋を食卓の真ん中に置いた。 「なんか目が覚めてね」 「逆に他のやつらは今日は遅いみたいだな」 「ふーん」 「いつもとあべこべだな。って言っても、バラムは起きてこないことの方が多いか」 「まあ、別に食べなくても問題無いし」 「そうだな」 ベリアルはまた調理場の方へと引っ込んでいった。 食卓には既に食器が並べられている。鍋の横には蓋置きとかお玉とかも丁寧に。 (全部ベリアルが並べたのかな) 少し深めのお皿の底で、ピカピカと反射する光を見つめながらそんなことを考えた。 待っているだけで、何もすることはない。 (このまま寝ようかな) そう思った時に、ベリアルが水差しを持って調理場から出てきた。 私の席にまで来て、私の前に置かれていたコップに透明な水を注ぐ。 大きく傾いた水差しから勢いよく水は出て、でも一滴もこぼさずに、傾けた水差しをさっと元に戻す。 コップには水が、九分目よりもだいぶ多いってところまで注がれていた。 「ちょっと入れすぎちまったな」 「そうだね……」 これ……飲むときにこぼさないようにするの面倒だなぁ。 ベリアルは自分の席に戻り、同じようにコップに水をさっと注ぐ。 「おおっと、またやっちまった」 またやってる。あれは直す気ないね絶対。 ベリアルは水差しを食卓の空いているところに置いく。 そして立ったまま、 「じゃあ食べるか」 私を見る。 「いいの? 待たなくて」 「いつもお前を待ってないじゃないか」 「そういえばそうか」 「それに今日は鍋だから食いたいものは早いもの勝ちだからなふっふっふ」 なるほど。 「やったね」 ベリアルは立ったまま鍋の蓋に手を伸ばす。 私も立って、蓋を開かれる鍋を見つめる。 鍋と蓋との間に隙間ができて、斜めにぱかりと開かれる。 白い蒸気がもわっと一度広がって、その後で鍋の中身が姿を現す。 「おー、おいしそう」 「海鮮鍋だ」 開いた蓋を蓋置きに置いたベリアルが、さっさとお玉を手に取って自分の皿へと具をどんどん盛っていく。 「むー、素早いな……」 「早いもの勝ちだ」 「早く、早く」 「よーし。こんなもんかな! ほら」 ようやくお玉が渡される。 「ん。さて……どれを~食べようかな~」 どれもおいしそうで迷うね。 どれから~いこう~。 「迷う~な~」 「そんなの目についたのを全部取ればいいじゃないか」 なるほど。 「欲張りだね」 「豪勢にいったほうがうまいんだよ」 「そうしようそうしよう」 「なんだ。結局そうするんじゃないか」 目に留まった具を、お玉でどんどんお皿に取っていく。 「おいしそう~」 「ああ、うまいぞ!」 変な夢だった。

朝日で海が

朝日で海がきらきらとしている。 船着場は切り立った石で固められていて、海面まで結構な高さがある。 朝の空気はまだ冷たい。 眼下、足場の下、低い位置にある海中を見ると、海面が揺ら揺らとして透き通ったその向こうに小さな魚がすいすいと泳いでいる。海の底までは暗くて見通せない。 後ろから、駆けてくる足音。 「じゅんびできたぞー」 見えない海の底をから顔を上げ、振り返る。 ファラが手に小さな四角い箱を持って、私のすぐ横に立つ。 四角い箱のてっぺんには丸いボタン。 「じゃあ押すね」 ボタンを人差し指で押すと、ピロシャランって感じの音がした。 背後から、ゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえてくる。 振り返る。 古ぼけた倉庫が一つ、その壁が小刻みに震えている。 ゴゴゴゴゴ。 音は次第に大きくなり、やがて轟音へと変わる。 「でっかいおとがするなー!」 轟音の中、ファラが大声を張り上げる。 すぐ隣のファラの声も、大声で叫んでやっと聞こえるくらいに大きく鳴り響く轟音。 「うるさいね」 わたしは普通にしゃべったので多分ファラには聞こえてないけど、まあどうでもいいことだし聞こえて無くても問題ない。 ドガーン、と爆発音がして、倉庫の屋根がぱかりと割れて跳ね上がって二つに開いた。 ズドドドドと大きな噴出煙を吐き出しながら、大きな珍ポが空へと浮き上がっていく。 空へと一直線に飛んでいき、やがて小さくなって宇宙へと見えなくなった。 轟音が鳴り響いてたのが嘘みたいに静かになって、耳の奥で静寂が耳鳴りのように響ている。 あ。 「そういえばカクは?」 「え? そういえばいないなー」 「ひょっとして、まだ倉庫の中に残ってたんじゃない?」 「えー! それはたいへんだぞー!」 わたしとファラは一瞬見詰め合って、それから倉庫へと急いで駆け出す。 あれだけのことがあったあとなのに、倉庫は崩れずにまだ残っていた。屋根は左右に半分ずつひっくり返っていたけど。 倉庫の戸を開ける。 ガタ、ガタガタガタ。 開かない。 「建付けが……」 「開かないのかー?」 「うん」 「すごいしんどうだったもんなー」 まあ建付けが悪くなってる程度で済んでるのが奇跡だけど。 「まあいいか。蹴破ろう。どうせもう使い物にならないだろうしこの倉庫」 戸を蹴りつける。戸はあっさりと中へと吹っ飛んで転がりガシャンガシャンぐええっと音を立てて止まった。 「カクー!」 ファラが叫びながら倉庫へと入る。 「カクー」 私もファラに続いて入る。 倉庫の中は見事にめちゃくちゃだった。 倉庫を手で持ってシェイクでもしたのかって感じだ。 頭上を見ると、分かっていたけど屋根は無く、朝の爽やかな空が晴れ渡っていた。 「カクー! どこだー!」 足元に転がっているさっき蹴破った戸を見下ろす。 蹴っ飛ばしてそこから戸をどかす。 いた。 「いたよー」 「おー! いたか!」 「ぐええ」 「生きてる?」 「カクー! だいじょうぶかカクー!」 「だ、だいじょうぶ」 カクがのそのそと立ち上がる。顔や服が黒く煤けている。 ケホと咳をすると黒い煙が出た。 「い、いやあ酷い目にあった……。カク様じゃなければ危なかったね……」 「なんとうか、ごめん」 「ごめんなー」 「全くもう! 参っちまうよ!」 「ごめん」 「ごめん」 「もうちんぽの発射はこりごりだい」 「そうだね」 「そうだなー」 そうして三人で一斉に笑った。 「あっはっは!」 おかしな夢だった。

赤い汁の

赤い汁の入った鍋を暖めている。 暖めながら時折お玉でゆっくりかき回している。鍋の中で沈んだ具材がごろごろと小さな音を立てている。 少しして、おいしそうな匂いが漂い始める。 少しの酸味が爽やかで、食欲をそそる香ばしさもあった。 傍らの小皿に掬って、味見をしている。 「うん」 満足そうに小さく頷くと、お玉をと小皿を置き。傍らのコップに手を伸ばす。 コップの中の赤い液体を一息に啜って。 誰かは振り返る。 カウンターの向こうにはいつの間にか客が二人並んでいて、誰かは注文を聞く。 代金を受け取った誰かは涼しい顔をしたまま目にも止まらぬ速さで注文されたスープと飲み物をトレイに載せて客に出した。 料理を受け取った客は流れるようにどこかへ行き、次の客がカウンターに近づき、誰かはまた注文を聞く。 わたしが、前に並んでいた客と同じ料理を注文した。

中に何かが入ってる

中に何かが入ってる箱が目の前に置かれている。 小さなテーブル。四角い箱がちょこんと乗っている。 「こんなもん残しちゃってねぇ……」 「いいものが入ってたりしないかな」 「くだらねぇな」 「まあ、下らないものが入ってるんだろうけどね」 「この中に……何が入ってるか教えてあげようか?」 「知ってるの?」 「そんなの分かりきってるよー」 なんだろう。 考えるのも眠くなるので答えを待った。 「種」 「種? なんで?」 「種を播けば芽が出るでしょ? そして木か草か花か……きっと花ねー。それも特別な意味を込めた花ー。これが私の想いですよーって」 「花の種かぁ。まあ期待してなかったけどね」  箱だったしね。 「花が咲けば思いが届けられる、咲いた花はいつか種を残す、そうして種が残ればまた花を咲かせるのー。あはっ、そうやって花が咲くたびに何度も何度も思いを届けられると思ってるんだろうねー。笑えるよねー」 「ふーん? そんなもんなんだ」 「そんなはずないじゃーん。ただの自己満足だよー」 「自己満足?」 「くだらない自己満足。何も言わずにこんなもん残してる所からして独りよがりな自己満足にすぎねぇな。結果を見届けることすらできず、こんなものだけ残して想いが届いたはずと都合よく思い込むだけで……あはっ、そうだよねー、こうやって残していけば、万に一つくらいの可能性で想いが届くかもしれないもんねー、ということはー、その万に一つの想いが届いた可能性を空想してー、心を満たすことができるもんねー、あはっ、あはははははっ! ちょっと面白すぎるよー! 独りよがりの虚しい自己満足すぎて、笑っちゃう、笑っちゃうあははは!」 「ふーん。まあ相手次第だけど、届くかもしれないしいいんじゃない?」 「えー笑えるんだけど」 「笑える要素は別に無かったと思うけど」 「……ふーん?」 「フルフルの性格が悪いか、笑いのつぼが変か、どっちかだね。いやどっちもかも」 「えー? あたしはおかしいことをおかしいから笑ってるだけだよー?」 「ほら性格悪い」 「ふふっ、ふっ、あははははっ! そんなことないってー!」 「今のなにが笑いのつぼに入ったの……」 「さあねー? ふっ、ふふっ、わたしの笑いのつぼが変なんじゃないのー?」 「やっぱりどっちもだった」 「ふふっ、あははははっ! もー、やめてよバラム!」 フルフルの笑いのつぼが分からない。 まあいいか。そっとしておいてあげよう。 テーブルにちょこんと乗った箱を見る。 「……開けてみようかな」 箱に手を伸ばす。 「あー面白い。勝手に開けていいの?」 「いいんじゃない?」 「あたしは知ーらないっと」 「大丈夫でしょ」 箱を開ける。 箱の中には本当に、何かの種が入っていた。 二人して、一瞬の間。 「……おぉ」「フルフルすごいね、本当に種だった」 「……ふっ、ふふっ! あはははははははっ!」    「本当にくっだらねぇな」 変な夢だった。

周囲からは何の音も聞こえない

周囲からは何の音も聞こえない。
それに真っ暗だった。
座り込んで、どうしようかなと考える。
何しろ真っ暗で何も見えない。
見上げても星の明かりすらない。
顔を落としても月の光さえない。
寝転がってみてもランプの灯りすらない。
目をつぶってみても寝るのを邪魔するものは何もない。
静かでとてもいい。
寝るしかないね。

窓の外に何か見えた

窓の外に何か見えた。 「なんだろう」 見えた気がしたけど、もう見えない。 気になって、窓に寄り、外を見る。 遥か下の地面をファラとカクが歩いていた。 他には特に何も無い。 「何か見えた気がしたんだけどな……」 気のせいだったのかな。 窓から頭を出して、塔の壁面を横も下もそれから上も見てもやっぱり何もない。 気のせいだったのかもしれない。 窓から頭を引っ込める。 部屋に珍ポがいた。 なんだ、さっきのは珍ポだったんだな。 「さっき窓の外を通ったのは珍ポだったの?」 「キシャアアア」 「ふーん?」 さて、寝よう。 柔らかなベッドに、ふかふかの掛け布団。 最高だね。 それに枕も空気をたくさん含んでて……体の重さが吸い込まれるみたいに……寝心地……。 私が眠ったあとで、窓の外から小鳥が入ってきた。 珍ポは驚いて小鳥をまじまじと見ていた。 ああ、窓の外に見えた気がしたのはこの小鳥だったのかな。 そう思ったところでゆっくりと目が覚めた。

くるくると回転しながら

くるくると回転しながら黄色いレモンが宙を飛ぶ。 私の目の前を、右から左にくるくると。 くるくるくるくる。 やけにスローだ。いつまでも宙に浮いている。 私の目の前からなかなか通り過ぎない。 何か変だ。 試しにレモンの下に見えない何かが無いか腕を伸ばして探る。 腕は何にもぶつからない。 レモンの上で腕を振る。 腕は何にもぶつからない。 くるくる回るレモンの周りを腕をぐるぐる回してみても、やっぱり何も無い。 レモンはゆっくりと宙を飛んでくるくると回っている。 掴んでみる。 普通に掴めた。 手の中で回転し続けたりってことも別にない。 止まったレモンはそのままだ。 軽く宙に投げてみても、すとんと手の中に落ちてくる。 投げ方の問題なのかな……? どうやって投げればいいんだろう。 回転させればいいのかな。 両手で挟んで擦るように回転させながら宙に投げてみる。 効果は無く、すとんと手の中に落ちてくる。 どういうレモンなんだろう。 顔の目の前に持ってくると、レモンの匂いがした。 鼻先に、レモンを軽く触れさせる。 いい匂い。

外を歩いていると

外を歩いていると、ファラが塔の壁面にボールを投げつけて遊んでいた。 「楽しい?」 「たのしいぞー」 ボールを壁面に投げつけて、跳ね返ってきたボールをキャッチ。 またボールを壁面に投げつけて、跳ね返ってきたボールをキャッチ。 「楽しい?」 「たのしいぞー」 ボールが壁面に当たるたびに、パムゥと音がする。 パムゥ、トン、パシッ。 パムゥ、トン、パシッ。 いい音がする。 「楽しい?」 「たのしいぞー」 「ふーん」 それが楽しいのかどうか分からなくて、塔の壁面に向かってボールを投げ続けるファラを長いこと眺めた。 「バラムもなげるかー?」 「……ううん。見てる」 「そうかー」 パムゥ、トン、パシッ パムゥ、トン、パシッ パムゥ、トン、パシッ━━━━

「あの山のてっぺんまで

「あの山のてっぺんまで行ってみよう」 なんでそう思ったのかは覚えていない。 わたしはそう言って。ファラとカクと珍ポと四人で山のてっぺんを目指してみることになった。 山は、木と草がごちゃごちゃ生えて絡まってたりして、歩くのにはちょっと苦労した。 急斜面も多くて、そういう時は、草と土に掴まって這うようにしてよじ登った。 山のてっぺんに着くころには、みんな服は土だらけ、ファラの髪には葉っぱがくっついてて、それをとってあげた。 「珍ポはずるいよ。急斜面なのにあんなにすいすい登ってっちゃうんだもん」 「すごかったなー」 「キシャアアア」 「いやあ。まったくまったく。このカク様といい勝負をするとは驚きだったねぇ」 「キシャアアア」 「まあ体が大きいもんね」 「そこはカク様のが得意かねぇ。まあちっこい方が得意ってのも微妙に嬉しくないがね」 「木と木の間にひっかかってたもんなー珍ポ」 「あれはちょっと笑っちゃったよ」 「キシャアアア」 てっぺんの木の下に座って、そんな話をしたのは覚えてる。

金属の塊を拾った

金属の塊を拾った。 「……なんだこれ」 黒っぽい、表面がつやつやして、光を鈍く反射している。 手のひらサイズだ。 石のようにも見えるけど、やっぱり金属だ。 石よりも重いし。 表面が滑らか。 うーん。 ひょっとして隕鉄かなぁ。 「まあ、なんでもいっか」 空に向かって思いっきり投げた。 空に返せたかな。 隕鉄は空を一直線に飛んでいった。 みるみるうちに雲を突き抜けて、宇宙まで飛んで。 今は、宇宙空間を漂っている。

土にきらきらと

土にきらきらと輝くものが混ざっている。 「きれいだなー」 「うん」 そうしてきらきら輝くものだけを集めることになった。 「まだこんだけかー」 「こいつぁ細かい作業だねい」 「面倒になってきた……」 きらきらは小さい。本当に小さい。 指でつまむのも苦労するくらいに小さい。 「もっとたくさん集めるぞー!」 「カク様にお任せってもんさ!」 「もうだめお任せたー」 「キシャアアアア」 「珍ポは集められないじゃん」 「キシャアア」

日がな一日

日がな一日、ベッドで寝ていた。 たまに、ごろんとベッドで寝返りをうったりする。 ごろんとすると、ベッドの柔らかさが全身に触れていく。 寝そべると、柔らかいベッドと枕に体の重さがふわふわと吸い込まれていく。 力の抜けていくふわふわの感覚。 全身に味わっていると、いつの間にか眠っている。 わたしはぐっすりと眠っていた。 眠っていたけど、時間は起きてる時みたいにしか過ぎていかなくて。 一日はなかなか過ぎていかなかった。 いつまで寝ても、一日は過ぎなかった。 目が覚めてから、ぼーっと思う。 たまにこういう一日があればいいのにな。 月に何度か。 いっそ、毎日。

月を眺めていたら

月を眺めていたら、いつの間にか夜の空が昼の空になっていた。 さっきまで星の出てる黒い夜空だったのに。 気づいたら雲ひとつない青空。 少し、ぼーっとしていたみたいだ。 気を取り直して茶色い椅子から立ち上がり、青々とした原っぱを歩いていく。 ファラに出会った。 「こんな所でどうしたの?」 「べつにどうもしないぞ?」 「そういえばさっき、ぼーっとしてたらね」 「うん」 「夜だったのが、気づかない内に昼になってたんだ」 「ぼーっとしてたんだなー」 「うん」 「ねてたんじゃないかー?」 「うーん。どうだろう」 「もう昼だもんなー」 「気づかない内に寝てたのかな」 ファラとはそれで別れて、あとは昼の空を見上げて歩いた。 寝ていたのだろうか。 でも、気づいたら夜の黒い空が昼の青い空になっていたしな。 寝ていたのかもしれない。 空には白々とした月が浮かんでいた。

火を熾すために

火を熾すために、種火を黒い木炭に入れる。 ふーふーと息を吹きつけると、黒い木炭が一瞬だけ赤い光でゆらりと色づく。 繰り返し息を吹きつける。そうやって、赤色を揺らめかせ続ける。 そうする内に、息を吹き付けなくても赤色は消えなくなった。 柔らかな赤色だ。 でも、とても熱い。 (むこうはお肉を切り終わったかな) ファラとカクの方を見る。 「……火が熾きたよ」 「おー。ちょっとまってー」 「あと肉を串に通したら終わりってもんさ!」 あとちょっとみたいだ。 「はやく、はやく」 近くに見に行く。 「いそげいそげー」 「てい! てい! てい!」 カクがすごい速さでお肉を鉄串に刺していってる。 ファラは普通だ。 「これで最後だい!」 「おわりだー!」 お肉の刺さった鉄串がたくさん。 「じゃあ、持って行こう」 肉を運び始めると、どこにいたのか珍ポが忍び寄ってきた。 「ずいぶんタイミングがいいなぁ」 「キシャアアア」 ファラとカクが笑った。

水面は少し

水面は少し揺れていた。 風が吹いているのには気づかなかったけど。 曇り空を映して、暗い色をしている。 指で触れてみると、川の流れが少し尾を引くように跡を残して、すぐに元の流れに消えていく。 立ち上がり、水面を見下ろす。 浅い川の底に何かが見付かることもない。 「バラムー」 遠くからわたしを呼ぶ声が聞こえた。 それきり、声は聞こえない。 川は流れ続けている。 音も無く、時おり風で揺れていた。

木が倒れていた

木が倒れていた。 「これじゃあ、塔から出られないね」 塔の入り口に、それも内側に木が倒れて入り口を塞いでいる。 「どかせばいいだけじゃろう」 「でもー? どうやってどかすー?」 「こんな大きい木だと、どかすだけでもちょっと大変そうね。主にスペース的な問題で」 「燃やすか?」 「塔まで燃えちゃうんじゃ……」 「冗談だよ」 「じゃー、切り刻んじゃうとかー?」 「それはそれで骨が折れそうじゃの」 「そうねぇ」 「冗談だってー。木を切り刻んでもあんまり楽しくなさそうだしー」 「まあ、ほかに手段が無ければそうするしかなさそうじゃがな」 「あのさ……」 「なあに?」 「どうしたのー?」 「妙案でも思いついたか?」「別に、今すぐ外に出る必要もないんだしさ。とりあえずほっといていいんじゃない?」 「……あのね、バラムちゃん」 「そんなことだろうと思ってたぞあたしは」 「……そうじゃな。バラムじゃしな」 「そんなことを言っていたら、いつまでも入り口が塞がったままなのよ?」 「それはそうだけどさ」 「うーん。でも確かに、塞がっててどうこうってこともないよねー」 「もぅ。フルフルまで」 「だってー、こんな木を切り刻むくらい簡単だけど、ちょっと時間掛かっちゃいそうだしーあんまり楽しくなさそうだしー」 「そうじゃのう。こんな大木を刃で削っていくのはちょっとばかり時間が掛かりそうじゃな」 「あ、わたしはそういうの向いてないからパスで」「あたしもあんまり気が乗らないな」 「……木だけに?」 「なっ! 今のはそういうつもりで言った訳じゃないからな」 「うん、そうだと思った」 「お前な……。だいたい、バラムは大剣振り回したりしてるんだから、切り刻むのはむしろ得意なんじゃないのか」 「いや、あれは面倒だから適当にぶっ叩いてるだけだし」 「ほらほら、喧嘩しないの!」 「別に喧嘩ってほどのもんじゃないよまだ」 「私もそんなつもりは全然無いんだけどな……」 「はいはい。今は目の前の木をどうするかって事に集中しましょう」 「……ふむ。ちと思いついたかもしれん」 「楽しく切り刻む方法でも思いついたー?」 「楽しいかは分からんが、切り刻んで削っていくよりは楽じゃろうな」 「どんな方法だ?」 「なに、削るんじゃなく。砕いていくのはどうかと思ってな」 「……嫌な予感」 「あら、バラムが活躍できそうじゃない」 「えー」 「ははは、お前の大剣がうってつけじゃないか! よかったな!」 「……だったらわたしよりうってつけなのがいるじゃん」 「スートっちだね! あはっ! 呼んでこよーっと♪」 「叩くのだったら、私もそれなりに自信があるわよ」 「そうじゃな、わしとフルフルは削って、バラムとアスタロトとグレモリが叩き割っていく、という作戦じゃな」 「……なあ。それじゃああたしは何をすればいいんだ?」 「応援かのう?」 「応援……。そんなのするくらいだったらあたしは素手でやる!」 「いやまあ、止めはせんが。火をつけられるよりはましじゃしな」 「うーん、大丈夫かしら……?」 「ねえ。だったらさ。わたしの大剣貸してあげるから、代わらない?」 「おう! 代わろう代わろう!」 「やったね。じゃあわたしは応援ねー」 「バラムおぬし寝るつもりじゃろ」 「うん」 「言い切りおった」 「さて、とりあえずの方針は整ったわね。あとは、アスタロトちゃんとフルフルちゃんを待つだけね」 「よーし。腕が鳴るな」 「がんばれー、くかー……」 「もう寝ておる。……と、騒がしい足音が聞こえてきおったな。そろそろ始めるとするか」 「一番たくさん砕いた奴が勝ちな!」

宇宙には

宇宙には、いまでも隕鉄が漂っている。 塔の入り口を出る。 光を反射して少しきらきらとする土を踏む。 日の沈みかけた空を見上げると、月が見えた。 パチ……パチ……と聞こえる音。少し離れたところで、炎が空高く燃え上がっている。 火の番をしているバエルとベリアルの方へ向かって一歩踏み出し、水の薄く滲んだ地面を踏むと、ぴしゃっと音がした。 ぴしゃ、ぴしゃ、と歩くうち、すぐに地面は乾いて足音はしなくなった。 顔に熱気が吹きつける。 「……なかなか燃え尽きないものなんだね」 「量が量じゃからな」 「灰も残らなくなるくらい燃やし尽くしてもよかったんだけどな」 「止めておけ。そんな熱量を出したら塔の中が蒸焼き蒸焼きの大蒸焼きじゃ」 「分かってるよ」 「もう少し遠くまで運んで燃やせば、そうしてもよかったのかもしれんが……」 「えー、面倒」 「まあ、今回はばかりはわしもバラムと同意見じゃよ」 「塔の入り口からここに集めるだけでも結構な手間だったもんな」 「ほんとだよ」 「うむ……」 「……あ、一番星だ」 「ああ、出ておるな」 「一番星だな」 「……入り口の近くの土はまだ濡れてたけど、この辺まで来るとさすがに乾いてるね」 「熱気が強いからのう」 「よく燃えてはいるけどさ、日が沈みきるまでに燃え尽きるかな」 「うーむ。日が沈む前にはちょっと燃え尽きそうにないかのう」 「夜になっても燃え続けてそう」 「夜通しの番になるかもしれないな」 「それはわたしじゃなくても眠たくなるね」 「今日は満月のようじゃから、こいつを囲みつつ夜空を楽しむというのもいい趣向かもしれんな」 「夜空を楽しむ、ねぇ。別に夜通しだろうが何だろうが、あたしは最後の最後まで燃え尽きるのを見届けるさ」 「そうか」 「わたしはまあ、あったかいし。ここで寝るっていうのもいいかも」 「寝るんじゃないか」 「うん」「意味あるのかそれ?」 「だって、よく燃えてて。暖かいし。見てるとなんだか落ち着く感じが……くかー」 「こらこらバラム、起きろ」 「……はっ」 「まったく、立ったまま火の傍で寝られてはこっちが怖いわい」 「あたしは、こうやって燃え上がる炎を見てると気分が昂ぶってくる気がするけどな」 「そういう感じも少し分かる……」 「ふーん? そうか?」 「うん」 ……。 パチ……パチ……、と聞こえる音。 轟々と大きく燃え上がる炎。熱気を放つ赤色と橙色がうねっては渦を巻いている。 水っ気の無い木は、とても良く燃えていた。 なんとなく空を見上げると、ふいに一すじの光が流れた。 「あ、隕鉄」 「隕鉄?」 「隕鉄?」 「うん。今、あそこらへんの空に隕鉄が落ちた」 「……それを言うなら流れ星なんじゃないか?」 「……ん? ああ、確かにまあ、そうとも言う、かも?」 「そうとしか言わなくないか?」 「隕鉄が落ちたという言い方はあまり聞かんな」 「うーん。そうだよね、変だなぁ……」 「言った本人が変だと思うってどういうことだよ」 「まったく。一体何を言い出したのかと思ったわ」 「なんかそういう風に口から出ちゃって」 二人が呆れながら、笑ってもいる。 ううん……なんで隕鉄なんて言ったんだろう。 空を見上げると、当たり前だけど流れ星はもう見えない。 宇宙を漂って、また一周まわってくるのだろう。 「ところでバラム、そろそろ戻らなくていいのかの?」 ? 「何の話?」 「どうせ掃除から逃げてきたんじゃろ?」 「う……」 「何だ。サボりにきてたのか」 「バラムのことじゃ。それしかあるまい」 「あたしはてっきり、掃除がもう終わったのかと思ってたよ」 「もしそうならこやつは、ああ疲れたー。とかなんとか言いながらちゃっちゃと部屋に戻って寝るじゃろう」 「ああ、それもそうか」 「いや。多分、その場で寝るんじゃないかな」 「ははっ、確かにそうだ」 「もしかして、さっきここで寝ると言っておったがおぬし、土の上に直接寝る気なのか? いや、本人がいいと言うなら無理に止めはせんが……」 「いや、さすがにここで寝るならちゃんと準備してくるよ」 ━━バラムちゃーん! グレモリの声が聞こえた気がする。 「ほら、呼んでおるぞ」 「うう……」 ━━どこいったのー! 「こっちに来てるのはまだばれてないみたいだな」 「ほっ」 「いや、薄々あたりはつけておるじゃろ」 ━━戻ってこないならこっちから行くわよー! 「ほらの」 「わわ、逃げよう」 「いや戻れよ」 「あとが怖いだけじゃぞ」 「うう、逃げ切ってみせるし」 と言っても、塔の外に隠れる場所なんて無い。 とりあえず、この燃えてる炎の反対側に逃げるしかない。 「逃げ切るってどこに逃げる気なんだろうな」 「さてのう。まあ、すぐに捕まるのは目に見えておるがな」 他人事みたいに言って。他人事だけど。 「日が完全に落ちるまで逃げ切れば、闇に紛れてどうにかなるんじゃないか?」 「さて、今日は満月じゃからな。それも難しかろう。大きな火も焚いておるしな」 熱い炎の反対側に周っていくうち、二人の姿も見えなくなった。熱いからちょっと水が欲しい。 燃え上がる焚き木を周りこんだ反対側にはファラとカクと珍ポがいた。 「おー! バラムー見て見てー!」 ファラが指をさす先には隕石がてっぺんに置かれた土の山。 「こんなにあつまったぞー! すごいでしょー!」 きらきらした土の山が出来ていた。 「すごい」 「ふふーん!」 「どんなもんだい!」 「こんなに。一日ずっと集めてたの?」 「ずっとあつめてたぞー!」 「塵も積もれば山となるってねい!」 カクが何か言っているけど、すごいなぁ。 「バラムちゃん! 見つけたわよ~!」 「わわっ……しまった……!」 「運の尽きだねぃ」 カクが何か言っている。 「さあ。掃除に戻るわよ!」 「うう……仕方ない」 「掃除の残りもあともう少しだから、あとちょっとよ、ね?」 「はぁ……、面倒くさいなぁ」 「……フルフルちゃんが『スートっちと一緒ならー、私はそれだけでとーっても嬉しいから関係ないけどー。スートっちでさえこんなに頑張ってるのに、一人だけ労を負わないのは万死に値する』って怒ってたわよ~」 「うそ、そんなに……?」 「まあ後半は嘘というか、ちょっと脚色しちゃったかしらね」 「なんだ、よかったぁ……驚かさないでよ」 「ふふっ、ごめんなさい。でも、次逃げたりしたら、今度こそ本当に怒っちゃうかもしれないわよ?」 「……それはちょっと怖いね。もう逃げるのはやめるよ」 「うんうん。最後までちゃんとみんなで掃除しましょうね」 「そうじ、ファラも手伝おっかー?」 「あら、ファラちゃんも手伝ってくれるの?」 「まかせろー」 「ならカク様も一肌脱ごうかねい!」 「キシャアアア!」 「まあ、あなた達も手伝ってくれるのね」 「これだけいれば、すぐに終わるね」 「ええ、そうね。みんなでやれば、きっとあっという間に終わっちゃうわ!」 「あっという間におわらせちゃうぞー」 「カク様の腕の見せ所だい!」 「キシャアアア!」 「じゃあ、しゅっぱーつ!」 「しゅっぱーつ!」 「おー!」 「キシャアアア」 「みんな元気だね 次第に黒い幕が上がるように、瞼が開いて、部屋の天井をぼんやり見つめる。 それから、目を擦り、体を起こす。 体を起こしてぼーっと、何を見るでもなく眺める。 騒がしい夢だった。 ベッドに背中を投げ出す。 ぽふっと音を鳴らして、枕にぴったり頭を沈める。 気分が良いから、もう一眠りしよう。 ごろんと寝返りをうつ。 もし……今の夢が……もう少し、続いていたなら、多分、みんなで掃除して、それからみんなで焚き火を囲むことになって……わたしは焚き火の熱がちょうどいい感じになる距離に……寝転んで……暖かく……眠って━━━━

高台で、

高台で、海が見える。見晴らしのいい公園。 崖のような斜面のある場所は、転がり落ちないように木の柵で遮られていて。 カクが腕を支えに柵の欄干に体を乗り出させて、海を見てる。 「潮の香りがする風だあねえ」 風は吹いていたけど、潮の香りは分からない。 「潮の香りなんてしないけど」 欄干に背中を預けてひじで寄りかかりながら、何度か風の臭いを嗅いでみた。 「そうかい?」 カクが、腕で乗っかっていた欄干から地面に着地して、それからくるりと、今度はお尻から欄干に飛び乗る。 身軽なものだ。そのまま落ちなきゃいいけど。 欄干に座ったまま、海を振り返っているのは見るからに危なっかしい。 そんな風に思いながら横目に海を振り返ると、日差しを反射してきらきらと輝いている。 綺麗だな。と思った。見るたびに思ってるな。と、そんな気がした。 「いい風だねぇ。柔らかい風だ」 柔らかい風かは分からないけど、風が前髪をするすると掻き分けておでこを撫でていくのは、悪くはない感じではある。 気持ちいい風と言えなくはないかもしれない。 「お! 来た来た!」 見ると、カクはとっくに海なんて見ていなくて、欄干からお尻を浮かせていて。 いつの間にか、ファラが広場を挟んだ向こう側からこっちへと歩いてきていて、大きく手を振っていて。 軽く手を上げて応えながら、寄りかかっていた欄干から背中を離す。 視界の端で、カクが駆け出す。 「おまたせー!」

カク

ファラの顔に

カクがファラの顔になってから3年の月日が流れた
カクは3年間一度も変面を解かずにファラとして生活しているので
どちらがファラでどちらがカクなのか
もはや式姫はおろか俺にもファラとカクを見分ける事ができなくなっていた
「ファラ」と呼べば二人が同時に振り返り、「カク」と呼んでも誰も反応しない
二人はまるで姉妹のように仲が良かった
両手にファラで俺はハッピーな毎日を過ごしていた
そんなある日事件が起きた
ファラが一人行方不明になったのだ
行方をくらませたのはファラなのかカクなのか
狛犬に聞いても「知らない」と言う
天狗に聞いても「見ていない」と言う
カクに聞いても「わからない」と言う
手分けしてファラを探したが見つからない
やがて日が暮れてその日の捜索は中止になった
その晩、俺はファラを抱いた
ファラが屋敷に来て3年、その日初めてファラを抱いた
ファラの尻尾をぐいぐいと引っ張りながら、何度も腰を打ち付けていた
ファラは全てを受け入れてくれた、ファラは何でもしてくれた
やがて俺は疲れ果て、七輪に並ぶ秋刀魚の様になっていた
そんな俺をファラは優しく抱きしめてくれた
視界が真っ暗で何も見えない
静まり返った部屋でファラの鼓動だけが聞こえてくる
まぶたが重い心地よい眠気を感じる
そうかファラが俺の母になってくれる女性だったのか
ボンッ
俺はカクに抱かれたまま静かに息を引き取った
全てを見ていたかるらは袖からぷえを取り出しそっと口にぷわえた


式姫大全 | 株式会社リッツアピ 「かるら」 の項目より引用

ムクリ
ムクリ おはようハニー、今日もハニーの心地の良い声で目を覚まし、最初に見るのが愛おしいハニーの顔で朝から幸せでいっぱいだよ、ところでカクちゃん、いつもファラちゃんに変面してくれるのはありがたいんだけれど、やっぱりカクちゃんの顔が一番好きなんだ、そのクリクリお目目が可愛いね、ずっと見ていると思わず抱きしめたくなるよ、綺麗なお口だねカクちゃんが笑う度に前歯がチラチラ見えて思わず舐めたくなってしまうよ大好き、赤みを帯びたほっぺがキュートだねまるでりんごみたいで、チュッチュッチュッチュレロレロレロレロカクちゃんごめんちゅ我慢できなかっちゅカクちゃんちゅっ、大きなお耳がはむはむはむはむはむはむはむ、カクちゃんの笑顔はまさに太陽、サンシャイン、いわゆる火属性だねいつも元気をありがとうハニー、ハニーのお陰でもう理性はズタボロ、精神は滅茶苦茶、最高の気分だよ、そろそろカクちゃんの作ってくれた朝食が食べたいな、カクちゃん特製お味噌汁とっても美味しいよ、こうして毎朝ハニーのモーニングコールで目を覚ましハニーのお味噌汁で空腹を満たす、カクちゃんのおしっこ美味しいよごくごく、毎日美味しいお味噌汁をどうもありがとうハニーごくごく、カクちゃんのズボンで出汁を取りたい、下着は付けない派のカクちゃんのズボンから取れる出汁、どんな味がするか今から楽しみだね、ありがとうカクちゃんいいお味です、これから毎日カクちゃんの出汁を飲もう、カクちゃんの髪の毛は綺麗だね、ちょっと匂い嗅ぎながらはすふすしていいかなフンスフンスフンス、カクちゃんは柑橘系の良い匂いがするね、カクちゃんの汗とカクちゃんの体臭が絶妙に交じり合って興奮してほああおっと失礼、この匂い、大好きだ、カクちゃんの匂いいわゆるカクフレグランスに包まれて余生を生きたいよ、はあ、なんだかカクちゃんのデリシャススメルを嗅いでいたら少し興奮眠くなってきたよハニー、ほあ、ありがとうハニー、添い寝してくれる優しいハニー、もうこのままカクちゃんの子宮に還ってカクちゃんから産ま直したい、そんな欲求が芽生えてくる抱擁感、ナイスカク、これがカクちゃんの母性なんだね、なんて強烈な母性、抗えぬ、ああカクちゃんカクちゃん好きカクちゃん大好きカクちゃウッドサッ
ムクリ

ムクリ おはようハニー、今日もハニーの心地の良い声で目を覚まし、最初に見るのが愛おしいハニーの顔で朝から幸せでいっぱいだよ、ところでカクちゃん、いつもファラちゃんに変面してくれるのはありがたいんだけれど、やっぱりカクちゃんの顔が一番好きなんだ、そのクリクリお目目が可愛いね、ずっと見ていると思わず抱きしめたくなるよ、綺麗なお口だねカクちゃんが笑う度に前歯がチラチラ見えて思わず舐めたくなってしまうよ大好き、赤みを帯びたほっぺがキュートだねまるでりんごみたいで、チュッチュッチュッチュレロレロレロレロカクちゃんごめんちゅ我慢できなかっちゅカクちゃんちゅっ、大きなお耳がはむはむはむはむはむはむはむ、カクちゃんの笑顔はまさに太陽、サンシャイン、いわゆる火属性だねいつも元気をありがとうハニー、ハニーのお陰でもう理性はズタボロ、精神は滅茶苦茶、最高の気分だよ、そろそろカクちゃんの作ってくれた朝食が食べたいな、カクちゃん特製お味噌汁とっても美味しいよ、こうして毎朝ハニーのモーニングコールで目を覚ましハニーのお味噌汁で空腹を満たす、カクちゃんのおしっこ美味しいよごくごく、毎日美味しいお味噌汁をどうもありがとうハニーごくごく、カクちゃんのズボンで出汁を取りたい、下着は付けない派のカクちゃんのズボンから取れる出汁、どんな味がするか今から楽しみだね、ありがとうカクちゃんいいお味です、これから毎日カクちゃんの出汁を飲もう、カクちゃんの髪の毛は綺麗だね、ちょっと匂い嗅ぎながらはすふすしていいかなフンスフンスフンス、カクちゃんは柑橘系の良い匂いがするね、カクちゃんの汗とカクちゃんの体臭が絶妙に交じり合って興奮してほああおっと失礼、この匂い、大好きだ、カクちゃんの匂いいわゆるカクフレグランスに包まれて余生を生きたいよ、はあ、なんだかカクちゃんのデリシャススメルを嗅いでいたら少し興奮眠くなってきたよハニー、ほあ、ありがとうハニー、添い寝してくれる優しいハニー、もうこのままカクちゃんの子宮に還ってカクちゃんから産ま直したい、そんな欲求が芽生えてくる抱擁感、ナイスカク、これがカクちゃんの母性なんだね、なんて強烈な母性、抗えぬ、ああカクちゃんカクちゃん好きカクちゃん大好きカクちゃウッドサッ

やあやあ

やあやあご主人!こんな砂場で逢うなんて奇遇だねえ!
へ?カクの事を探してたって?そいつぁいったいぜんたいどういう風の吹き回しで…ひゃあ!
ちょ、ちょいとご主人!いきなりなにすんだい!驚かすのはこのカク様の専売特許で…
あ…いやその…い、嫌じゃないけど…えと…
こういうのってのぁ…ほら、む、むーど?ってやつが大事なんじゃないかい…
あ、でも…ご、ご主人がどうしてもってぇならそのぉ…ええっとぉ…
うわぁちょちょちょいちょいちょいと!ご主人!ままままだここころおの準備が!
ムギュ [heart]

きゅりあ

「そろそろどらきゅりあちゃんの活動時間だ」 アピ助はぶつぶつとつぶやきながら、足早にどらきゅりあちゃんが眠る寝室へと向かった。 昼は遠征、夜はどらきゅりあちゃんとのおさんぽ、朝はどらきゅりあちゃんと就寝。 彼はこちらの時代に来てから、この規則正しいサイクルに従って生活している。 「どらきゅりあちゃん、開けるよ、おはようどらきゅりあちゃん、夜だよ起きてどらきゅりあちゃん」 アピ助が執拗に声を掛け続けるが、どらきゅりあちゃんからの返答は無い。 まだ寝ているのだろうか、それともどこか具合でも悪いのだろうか。 心配になってきたアピ助はどらきゅりあちゃんを布団の上から優しく撫で回す。 「どらきゅりあちゃんどらきゅあちゃんどうしたのどらきゅりあちゃんお腹痛いの?熱があるの?最近寒いから風邪ひいちゃった?大丈夫?ちょっと舐めていい?心配だよどらきゅりあちゃんどらきゅりあちゃんに何があったら生きていけないよどらきゅりあちゃんねえどらきゅりあちゃん大丈夫?黙って持ち出したストッキング返すね?元気などらちゃの顔がみたいよきゅりあちゃんどらきゅりあちゃんねえお願い返事してどらきゅりあちゃん入るよ?布団に入るよ?お邪魔しちゃうよ?あっ♥どらきゅりあちゃんの布団の中♥あったかい♥どらきゅりあちゃんみ~つけた♥どうしたのどらきゅりあちゃん具合でも悪いの?大丈夫?このままおぺにすしていい?するね?」 どらきゅりちゃんは何も言わずにただアピ助に身を任せていた。 どらきゅりちゃんは何も言わず、抵抗もせず、ただただアピ助に身を任せていた。 一体どうしてしまったのだろうか、熱がある様子も無ければ顔色も特に問題が無い。 いつものどらきゅりあちゃんの顔を見ている、そう、いつも通りのどらきゅりあちゃんの顔。 どらきゅりあちゃん?ああなんだそうかそういう事だったのか。 そうだったね、やっと思い出したよ。 ありがとう、カク。 ボンッ その夜、アピ助はカクに膝の上で静かに息を引き取った。 「その顔はとても穏やかで、微笑んでいるようにも見えました」 そう言い終えるとかるらはそっとぷえをぷき始めた。 大丈夫、きっと次はどらきゅりあさんを召喚できますよ。

※この怪文書群は砂場で公開された。