澄姫が遊びに来た その七

Last-modified: 2018-08-20 (月) 17:53:53

 澄姫が私の家に遊びに来て、炬燵に入りながら蜜柑を食べている日のこと。
 それはそれとして私はちょっと厠に出かけて、冷たい廊下をさささーっと戻ってきた居間の前。
 襖の向こうで文ちゃんと澄姫が炬燵で蜜柑を食べてる時。
 おっ、小烏丸ちゃんの声も聞こえるぞ?
 もう自分の分のお茶を用意してきたんだ。早い。
 何を話してるのかは分からないけど、襖一枚だけ隔てた向こうから声が聞こえる。
 澄姫と、文ちゃんと、小烏丸ちゃん。
 襖の向こうで三人が炬燵に入りながらお喋りしてるのかー。私の家で。
 ふふっ。目を閉じて思い浮かべただけで、何だか楽しくなっちゃうな。
 さて。
 それじゃあ実際にこの目で見てみるとしますか。
 すすーっと。
「ただいまー」
 うん! 澄姫と文ちゃんと小烏丸ちゃんが一緒の炬燵に入ってる!
「おかえりなさいとこよさん」
「おかえりなさいませ。とこよ様」
 んん? 澄姫が何だか難しい顔をしている。
「どうしたの澄姫?」
「……私がおかえりなさい、って言うのは変よね?」
「なんだあ。そんなことで悩んでたんだ」
「そんなことって……仕方ないでしょ、こういうの初めてなんだから」
「変ではないと思いますよ」
「うんうん。変じゃないよ澄姫。そんなに不安そうにしなくても大丈夫だよ。いくらでもおかえりって言っていいんだよ」
「別に不安な顔なんてしてないわよ」
「してたよー」
「してないっ」
 さて、澄姫もいいけど襖を閉めなきゃね。文ちゃんに怒られちゃうからね。
 ススー、ストンと。
 そして振り返ると……文ちゃんと澄姫と小烏丸ちゃんが一緒の炬燵に入っている。
 ふふっ。
「……何をにやにやしているのよ」
「澄姫が私の家にいるこの光景を、しっかり目に焼き付けておこうかなって」
「な、なによそれ」
 あ、照れた。
「それに……澄姫が家に来て思ったんだけどね」
 さーって炬燵炬燵ー。
「なに?」
 あー、あったかい。
「澄姫がいるのは珍しいけど、文ちゃんと小烏丸ちゃんが居るのは当たり前なことになったんだなーって」
「と、とこよさん……!」
「とこよ様……」
「そう。……そうね。文はずっと住み込んでるみたいだしね。それに、小烏丸はあなたが最初に召還した式姫だったかしら」
「うん。小烏丸ちゃんが最初だよ」
 初めての召還だったから、今でもよく覚てる。
「はい。とこよ様が初めて召還した式姫であるという誉れを、私は戴くことができました」
「あはは、大げさだなあ小烏丸ちゃん」
「うう……」
 そして、なんで文ちゃんは袖で目頭を押さえてるんだろう。
 小烏丸ちゃんが視線で文ちゃんを気遣っている。
「文ちゃんも……私が学園の最高学年生になって、陰陽師として認められたその日から住み込んでるんだよねえ」
 文ちゃんと初めて会った時のこともよく覚えてるなあ。
「はい。はい……!」
「大丈夫? 泣きそうだよ文ちゃん?」
「すみません、感極まってしまって……」
「文さん……」
 あれ、小烏丸ちゃんが立ち上がった。
 と思ったら文ちゃんのすぐ横に座って、文ちゃんの肩に両手を優しく触れさせている。
 気遣わしげな表情で、優しく置かれた手。
 小烏丸ちゃん、優しい子だなあ。
「うう、小烏丸さん……」
「文さん……」
 むむむ。二人とも何も言っていないのに、視線を交わしただけで何か通じ合ってるみたい?
「よく分からないけど……小烏丸ちゃんも文ちゃんも大げさだなあ」
「……ふ~ん」
 あ、澄姫ったら。ちょっと妬いてるな?
「大丈夫だよ澄姫」
「……何が?」
「最初の頃はね、文ちゃんが家に居るのも、小烏丸ちゃんが家にいるのも珍しくって、いつもうきうきしたけど。でも、いつの間にかそれが当たり前の……普通のことになったから」
「とこよさん~……!!」
「だから文ちゃん大げさだってば」
「私、うれし……嬉しくて……!」
「……そっか」
 そんな風に思ってもらえるなんて、ちょっと照れちゃうかな。
 えへへ。
「だからね! 澄姫も毎日遊びに来てくれれば、それが普通になるから大丈夫!」
「……そんなの、毎日なんて無理に決まってるでしょ」
 ……もー。澄姫は素直じゃないなー。
「え~~。あ、そうだ。なら澄姫も私の家に住み込んじゃえばいいんだよ!」
「そっちの方が無理に決まってるでしょ!?」
「えー。澄姫もうちの子になっちゃえばいいのにー」
 まあ、無理なのは分かってるけどさ。
「うちの子ってあなたねぇ……。そんな式姫じゃあるまいし」
「そうだよねえ」
「それに、私には土御門家の陰陽師としての責務があるんだから。住み込むのは論外として……あなたの家に遊びに来るのだってそうそうできることじゃないんだからね」
「そっかあ。そうだよね……」
 そうだよね。残念だけど……。
「で、でも。遊びに来れる時も勿論あるけどね。今日みたいに」
「そっか! じゃあ、澄姫が遊びに来る日は特別な日ってことにするね!」
「そ、そう? そんな大げさに考えなくてもいいと思うけど、まあ好きにすればいいんじゃない?」
 あ、嬉しそうだね澄姫。
「そんなこと言って、照れちゃってー」
「ふんっ」
 おお、否定しない。
「ふふっ」
「なによ」
「ううん」
 嬉しいなあ。
 でろーん。
 また言い合いになったら文ちゃんに怒られるし。
 今は炬燵のあったかさと照れてる澄姫を静かに堪能しておこう。
「……そ、そういえば。文と小烏丸はどっちが先にこの家に来たの?」
「え? えーっと……」
 どっちだっけ?
 確か、最高学年になって、最初に八重さんから色々な試練を受けて、それでその時、一緒に行動をしていく方位師として文ちゃんを紹介されて……。
 そういえば、初めての吐血の時に八重さんがすごく普通にしてて、それに驚いたっけな。
 今にして思えば、確かに普通のことだったんだなあ。
「私が召還された時には、すでに文さんもご一緒にいらっしゃいましたよとこよ様」
「あ、そっか。文ちゃんと一緒に小烏丸ちゃんを召還したんだもんね。じゃあ、文ちゃんが先かー」
「いえ……。確かに、私が先にこの家の敷居を跨ぎはしましたが……、小烏丸さんを召還した時刻とほぼ変わりませんので……」
「むむ?」
 それは文ちゃんが先じゃないのかな?
「この家に来たのは同日になるかと。どちらが先ということはなく」
「なるほど、そっか~?」
「ふーん? そうなの?」
 そうなるのかな?
「いえ、先にとこよ様のお屋敷へ来たのは文さんなのですから、文さんが先ですよ」
「あ、やっぱりそうだよね」
「ふーん、なるほど」
 そんな気がしてたんだよねー。
「いえいえ。召還を行っただけで、まだ住み込んでいた訳ではないですから。そういう意味では小烏丸さんが先にこの家に来たと言えると思いますよ」
 ん、んん?
「いえ、そうは言っても文さんだってその日には住み込むことになった訳ですから、やはり先に来たのは文さんですよ」
 え、あれ?
「いえいえいえ。小烏丸さんを召還した時にはまだ、とこよさんの家に住み込む了承を得ていませんでしたので、それを考慮すると小烏丸さんが先ですよ」
「えっと……」
 なんだろうこの譲り合い。
(とこよ止めてよ。じゃないといつまでも続きそうよ)
 わわっ。
 急に耳元で澄姫の声がしたと思ったら澄姫がすぐ傍に。
(止めるって言ってもどうやって)
(知らないわよそんなの。あなたのうちの子なんでしょ?)
 え~。そんな無茶な。
 ……耳に息を吹きかけちゃおう。
(ふ~)
「ひぃぅ……やめてよもうっ」
「あはは」
 さて、二人はまだ譲り合いをしているみたいだけど。
「いえいえ、小烏丸さんの方が」
「いえいえ、文さんの方が」
 確かに止めないといつまでも続きそうだ……。
「ええと……じゃ、じゃあさ! 二人とも同じ日に私のうちの子になったってことだね!」
「小烏丸さんはそうですが、私はとこよさんのうちの子になった訳では……」
「もー! いーの! 小烏丸ちゃんも文ちゃんもうちの子なの!」
「なんですかそれは。……ふふっ、強引ですね。とこよさんらしい」
「しかし文さんが先……」
「いいの小烏丸ちゃん! これにて一件落着!」
「は、はい。……私は文さんがそれでいいのでしたら」
「ええ。今回はそういうことにしておきましょうか」
「承知いたしました。では今回の所はこれにて」
「今回って何回もやってるの!?」
「いえ、それほどでは」
「はい、それほどでは」
「妙に息があってるわねあなた達……」
 ……よし。深くは聞かないでおこう。
「気にしない気にしない気にしない……」
「とこよも存外大変なのね」
「うーん。普段の二人はこんなことないんだけどなあ……」
 ぐでーん。
 でもまあ、二人以外でなら偶にこういう感じのこともあるかな……?
 悪鬼ちゃんと天狗ちゃんとか、太郎坊ちゃんと古椿ちゃんとか、火之迦具土さんと建御雷ちゃんとか。
「ふぅ……」
 ……それにしても。
 炬燵に入った澄姫と文ちゃんと小烏丸ちゃんのいる風景。
 やっぱり、いいなあ。
「えへへ」