澄姫が遊びに来た その六

Last-modified: 2018-08-19 (日) 15:31:47

 澄姫が遊びに来た日のこと。
 小烏丸ちゃんが柔らかいって澄姫が言い出したものだから、小烏丸ちゃんのほっぺたを両手ではさんでむにむにしていた時。
「そんなことより。今は小烏丸もここで一緒にお喋りをしましょうって話でしょ」
「はっ!!」
「忘れていましたねとこよさん……」
「お、覚えてたよ? ちょっと頭の中からどこかへ行ってただけで」
「それを忘れていたというんです」
「まったく……」
「あ、あはは」
「そ、その話でしたら、私も頭から飛んでいましたので大丈夫ですとこよ様……!」
「こ、小烏丸ちゃん……! そうだよね! 大丈夫だよね!」
 小烏丸ちゃん優しい……!
「それは何も大丈夫ではありませんよ……」
「式姫って主に似てくるものなのかしら……」
「とこよさんの悪い影響が出てるのだとしたら大変ですね」
「悪い影響って何かな文ちゃん?」
「部屋を片付けないとか、昼寝ばかりしてるとかですかね……?」
「それは関係ないんじゃないかな!?」
 小烏丸ちゃん全然そんな風になってないし!
「はいはい。とこよのことはいいから話を戻すわよ」
「そうでした。早く小烏丸さんも一緒にお茶を飲みましょう」
「え、ええー……でも、そうだね」
 なんだか腑に落ちない気もするけど。
「あの、ええと、でもそれは……」
 小烏丸ちゃんたらまだ遠慮してる。
 むう。
 ちょっと頑固で、そんなところもまた小烏丸ちゃん。
「……あのね、小烏丸」
 おおっ、澄姫が説得してくれるみたい?
「は、はい!」
「あなたのご主人様はこんなんだから、確かに色々と礼儀に欠けてるところもあるけれどね」
 なんだか失礼なことを言われている気がする。
 なんだか失礼なことを言われている気はするけど、礼儀作法に疎いのは自分でも分かるから反論できない。
「いえ、そんなことは……」
 小烏丸ちゃん優しい……。
「うう、小烏丸ちゃん……。ごめんね。私が礼儀に欠けているばっかりに、澄姫に何も言い返せなくて……」
「ええ!? そ、そんなことは……!」
「ふふ……、いいんだよ小烏丸ちゃん……」
 あたふたしてる小烏丸ちゃんもかわいいなあ。
「とこよ。ちょっと黙ってて」
「はーい」
 でも、そうだなあ。
 いつもは落ち着いて何事にも丁寧な物腰で、どんな時でも真面目な表情を崩さない……そんな小烏丸ちゃんだったけど。
 最近はずいぶん表情も柔らかくなったよねえ、ふふっ。
 だからかなあ。小烏丸ちゃんがあたふたしてると、より一層可愛らしく見えるというか、いつもよりちょっと幼く見えるというか。
「少なくとも私に限ってはそこまで気を使わなくてもいいわよ。今日は……その、友人……き、気心の知れたっ、友人として遊びにきただけなんだから」
 なんだろう、こう……空狐ちゃんとか、膝丸ちゃんとか、そういう雰囲気……そう! 小さな女の子みたいな守ってあげたくなる雰囲気!
 あっ、ひょっとしてこれってハバキリさんがいつも言っているのと同じ気持ちなのかな?
「ええと、澄姫様……あの……それでは、澄姫様がそこまでおっしゃるのなら」
「うん。そうしてもらえると私も嬉しいわね」
 じゃなくて、それは置いといて。
 いつもキリっとしている小烏丸ちゃんにもそういう部分があるんだなあって、やっぱり小烏丸ちゃんも普通の女の子、いや、普通の式姫なんだよね。うんうん。
 本人は普通なことを気にしてるみたいだけど。そういう普通なのって、かわいいなあ。
「ですが、せっかくとこよ様と旧交を温めにいらっしゃったのに……、その、私などが居てよろしいのでしょうか……」
「うん。いつも通り、普通にしていて欲しいの。それだけ気の置けない間柄ってことでしょ?」
「普通……。分かりました。普通でいいのでしたら、承知いたしました」
「まあ、どこかの誰かさんは気の置けないどころか、人の話に全く気を向けていないみたいだけど」
「そ、それは……あの、とこよ様っ」
「え?」
 ん? あれ。
 みんなが私を見てる。 
「やっと気づきましたかとこよさん……」
「あれ? 澄姫の話は終わったの?」
「ええ、終わったわよ。あなたは全く聞いてなかったみたいですけどね!」
 あ、あれ? 澄姫が怒ってる?
 なんでだろう。
 小烏丸ちゃんを説得してたんだよね?
「ええと?」
 これは何が起こってるの小烏丸ちゃん。
「あの、ええと……とりあえず私はこの部屋でご一緒させていただくことになりました」
「えっ本当! よかったあ~| ありがとう澄姫!」
「……何がかしら」
「澄姫が小烏丸ちゃんも一緒におコタするよう説得してくれたんじゃない」
「おコタって何よ。……まあ、そうだけど。別にお礼を言われる筋合いはないわよ。私だって、遊びに来ただけなんだから気を遣わないで欲しかったし」
「そっか」
 澄姫も式姫達のことを、とっても近くの関係に思ってるんだなあ。
「そうよ。それに陰陽師なんだもの。式姫が共にいて当然じゃない」
「……えへへ」
「なによ」
「澄姫がそう言ったのが、なんだか嬉しくて」
「なによそれ」
「ふふっ。それでは私は、自分の分のお茶を用意して参ります」
「小烏丸ちゃん、今笑ったでしょー」
「はい。お二人は本当に仲がよろしいのだなと思って」
「そんなこと言ってー」
 誤魔化したな、もー。……でも、そんな楽しそうな顔をしながら言われたら何も言えないなー。
「まあ、付き合いだけは長いからね」
「そうだね。長く付き合ってあげてるからね澄姫とは」
「付き合ってあげてるってなによ。私がとこよに付き合ってあげてるのよ」
「えー。澄姫のほうが仲良くして欲しそうにしてるから。私が色々と世話を焼いてあげてきたんだよー」
「あれは世話を焼いてたんじゃなくて私をからかってただけでしょう! むしろ私のほうが座学のできないあなたを色々と奮起させてあげようと……!」
「ざ、座学は澄姫に世話されようがされなかろうが全然ダメだったから大丈夫だもん!」
「それは何が大丈夫なのよ! 全然ダメじゃない!」
「実技は澄姫より成績良かったから大丈夫だもん!」
「今は座学の話をしてるの!」
「お二人とも、小烏丸さんはすでにお茶をいれに行きましたよ?」
「はっ」
「はっ」
「まったくもう。仲が良いのだか悪いのだか……」
 いけないいけない。思わず澄姫の勘違いを訂正することに熱が入りそうになってしまった。
 文ちゃんも呆れ顔だ。
 まったくもう、澄姫め……。
「澄姫が変なこと言うから熱が入っちゃったなー」
「とこよがおかしなことを言い出すから、訂正してあげただけよ」
「はいはい」
 パンパンと手を打つ音がしたと思ったら文ちゃんだ。
「お二人とも、それくらいにしておきましょうか。せっかくこうして一緒の炬燵を囲っているのですから」
 あ、文ちゃんからちょっと怒りの気配……?
「そ、そうだね。今日はこれくらいにしとこうか澄姫!」
「そ、そうね。まあ、今日はこれくらいしときましょうか」
「それは何よりです」
 ほっ。
 ……まあ、せっかく澄姫が遊びに来てくれたのに、私もちょっと意地を張りすぎたかな。
 ……うう、何だか気まずい。
「私ちょっと、厠に行ってくるね」
「そ、そう」
「そうですか。いってらっしゃい」
 ……はっ。
 しまった。思わず立ち上がったのはいいけど……。炬燵から出たら寒い!
 つま先を炬燵から出せない……!
 やっぱり行くの止めようかな。
 ススススー……。
「なんでまた炬燵に戻るのよ?」
「寒くて……」
「我慢しないで早く済ませてきてください」
「うう……」
 行きたくない。
 でも、厠に行きたいのは本当だから仕方がない……。
「早く行きなさいよ」
「うん」
「行かないのですか?」
「うん。行くんだけどね。うん」
 ええい。こうなったら早足でいこう。
 ばっ! たたたーっと。
「もうちょっと静かに立ち上がってください……!」
 すいー……。ひぇぇ、襖を開けたら冷たい風が……。
 こうなったら今日こそは文ちゃんに転送を……。
「文ちゃん」
「いやです」
「え? なに?」
「転送の」
「しません」
「転送?」
「文ちゃんが冷たい」
「風が入ってきて寒いので早く閉めてください」
「はーい。まあ分かってたけど」
「分かっているのなら最初から頼まないでください」
 文ちゃんも分かりきった顔で、熱いお茶をすすってる。
「……とこよ。あなたまさかねぇ」
 さてと。澄姫の声は聞こえていないことにして、覚悟を決めるとしますか。
 小烏丸ちゃんがお茶を用意してる間に、ちゃちゃっと戻ってこようっと。
「いってきまーす」
 ……うう、寒い。