普通の日々から

Last-modified: 2023-11-24 (金) 19:34:08

「なんだか、久しぶりな気がするね」
 学園裏。
 小さな祠が祀られた、小さな社。
 小さな社の小さな縁側みたいな部分に腰掛けながら、裏龍さんに話しかける。
「って、私がずっと来なかっただけなんだけどね。あはは」
 いつもの通り、返事は無いし。
 聞こえているのかも分からないけど。
 ひょっとしたら、聞いていても。誰かが何か話してるなあ、くらいにしか思っていないかもしれないけれど。
 ……なんて。
「こんなことを考えるのも、久しぶりだなあ」
 林の中の少し開けた静かで場所で。学園の賑わいも遠く。
 時折、風が吹いていく、頬を撫でて。梢が揺れる音がする。
「ここは変わらないなあ」
 本当に、変わらない。
 ……でも、ひょっとしたら。実は変わっていて、私がその変化に気づいていないだけなのかも?
 私は、私の心に映る景色を見ていて……。
 どうだろう。
「改めて見回してみると……変わっていないような、同じような」
 う~ん……分からない。
「変わらないように見えるのは、私が変わってないってことなのかな」
 それとも、変わらない心を……変わらない気持ちを……あの日の……いつかの気持ちを。景色に映して思い出しているのかな。
 思い出したいのかも。
 覚えた気持ちが増えた分、知った心が増えて。
 分かったり、分からなかったりして。
 それで、いつかの心を、思い出してみたくなるのかも。
 いつか見た景色を探して、いつか映した心を見たくて。
 いつの日か。ひょっとしたら、きっと、そんな風に……。
「……裏龍さんはどうかな? 何か変わったことはあった?」
 裏龍さんに話しかけてみたりして。
 まあでも、裏龍さんから返事が無いのは変わらないのであった。
「私はねえ。色々、変わったんだ。でも、あんまり変わってない気もしたりだよ」
 いつもの通り。いつも通り。
 こうして私が一人で話しかける。何も変わらない。
「私って。成長しているのかなあ?」
 知らなかったことを、知って。
 分からなかったことを、……知って。
 でも、知らないことは知らないし。
 だから、知らないことは分からないまま。
 そして知っていても分からないこともある。それに知っているつもりで分からないこともあったり。
「まあでも、少しは成長しているかな……」
 うん。
「あの頃に──ここに来るようになった頃に比べたら、だけどね……!」
 あはは。
「でも、そう考えると。この場所は、この景色は、こんな風に映って見えるのは。私の心だけなのかな」
 私だけ。
 他の誰かにとっては、違って映るのだろう。
「裏龍さんにとっては見飽きた景色だろうしね」
 普通の日々。
 今の私の、普通の日々から。
 誰かが心に映す景色が、日々が。
 色んな色に映っても見える……ううん、私の知っている心だけを、映してみれる。それともただ、私の心を透かして見てるだけなのかな。
「私が見ているのは、私が見ているものだけで……」

  ──ふいに風が、ざああと音をたてていく梢を、見上げると、吹く風と共に葉っぱのぱらぱらと舞うその一葉がこちらに向かっているように見え、手を伸ばす、手の平で「わぷっ」、顔で受け止める、風が吹く、顔に押さえた手の、指先で、つまんだ葉が風でふるふる揺れる、梢が枝を揺する、音を上げて「ふっ……ふふっ」まるで笑っているみたい! 木々が肩を揺らしているみたいに、木漏れ日が体を揺らしているみたいに、指先でつまんだ葉の柄をくるくるさせて、何だか私も一緒に笑い合っているような気がして────

  葉の陰が
    さらさら踊る
   葉の色が
     ゆらゆら光る

 ────なーんて!
 指先でつまんだ葉の柄をぱっと放す。風の吹いていく、地面をくるんくるんと駆けていくように、を目で追いかける。
「──さてと、そろそろ帰るとしようかな」

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