寒い冬のある日。
外出していた私は肩を縮こまらせながら家に帰り、冷たい板張りの廊下をつま先立ちで歩く。そんな寒い日のこと。
居間の襖を開くと中では悪路王さんが一人、炬燵でお酒を飲んでいる。
私も急いで炬燵に足を入れる。腕も入れる。
ああ……あったかい……。
「あー暖かい……。それにしても、もうすっかり冬になってしまいましたね」
「そうだな」
うんうん。今日も悪路王さんらしいあっさりした返事だ。落ち着くねえ。
「あー……あったかい……。炬燵はいいなー……」
「うむ」
おおっ?
話しかけた訳でもないのに返事があった……!?
珍しい!
「悪路王さんも炬燵の良さが分かるんですね!」
「ああ。これは暖かくていい」
「ですよねー。足だけじゃなくて腕も入れるともっといい感じに暖まるのでお勧めですよ?」
「それでは酒が飲めぬな」
「あはは。それは確かに」
暖かさよりお酒が優先って、悪路王さんらしいなー。
それにしても……。
悪路王さんが炬燵に腕まで入れてぐでーんとしたらどんな感じなんだろう。
……いや、うーん、ちょっと想像つかないな。
悪路王さんのぐでーんってした顔が想像つかない。
目の前の悪路王さんは今もきりりとした顔で大好きなお酒をぐい、ぐい、と一人呷っている。
この整った顔が、ぐで~ん。って感じになることはあるのだろうか?
ない。
なんてつい真似しちゃうくらいにはなさそうだなー……。
表情が変わったところあんまり見たこと無い気がするし。……いや、ひょっとしたら全くない……?
「何だ」
「え?」
「吾の顔をじろじろと見て。顔に何かついているわけでもあるまい」
「あっ、いえっ。すみません。ちょっと……」
「ちょっとどうした」
これは困ったな、何て言おう。
……いや、別に隠すほどのことでもないかな?
「悪路王さんがぐでーんってなったらどんな顔になるのかな、って思って」
「ふむ。それにはまだまだ酒が足りぬな」
「あっそうじゃなくて。炬燵で、こういう感じに――」
こうやって頭をこたつに乗っけて、体中の力を抜いて。
「ぐでーん……という感じです~」
ああ……ひんやりとした天板の感触が気持ちいい……。
「ないな」
「ですよね~……ああ……あったかい……」
……さっきの言い方、悪路王さんでもお酒をたくさん飲んだら酔っ払うのかな?
そんな風に聞こえたけど……いや、あわよくば私にもっとお酒を持ってこさせられるかもとか考えただけだろうなーきっと。
悪路王さんがぐでんぐでんに酔っ払う姿なんて想像つかないしねー。
……ぐでんぐでんになった悪路王さんかー。
やっぱり呂律が回らなくなったりするのかなー。
われりゃ~。なんて感じで。
ふふっ、ちょっと見てみたいかも~。
「何を笑っている」
「なんでもないです~」
「炬燵に酔ったか?」
「そうかもしれませんね~。えへへ」
「そうか。では新鮮な風を入れるとするか」
へ~?
「って、え? なんで障子を開けるんですか! わわ――寒っ……!!」
冷たい風がひゅーひゅーするぅ……!!
「炬燵に酔ったらこうするものだ」
「もう覚めました! すっきり覚めましたから閉めてください!」
「では閉めるか」
「ううっ。ありがとうございます」
うう……部屋の中が一気に冷えちゃった。
悪路王さんは何でもなさそうな顔でまたお酒を飲み始めたけど、寒くないのかな……。
「どうした」
「なんでもないです……」
「ふむ。にやけた顔が引き締まったな」
「……もしかして。私が悪路王さんの泥酔した姿を想像してたのが分かって……?」
あれ? でも、悪路王さんって心を読んだりなんてできたっけ?
「なるほど。やはりつまらぬことを考えていたようだな」
わあしまった!
「あっ、えっと、あはは……」
「炬燵に酔った顔をしていたから、吾はただその酔いを醒ましてやっただけだ」
「そ、そうですよね~」
うう……。悪路王さんのいじわる。