なんとなく気が向いて、ぶらりと家を出た。
どこへ向かうでもなく歩いて、でも、気づけば足はその場所に向かっていた。
学園裏。
小さなお堂。
封印されし龍の祠。
こんにちは、と祠の中に向けて手を振って。
小さなお堂の小さな縁側にゆっくりと腰を下ろす。よく晴れた空を見上げながら。
青空に、綿雲がゆっくりゆっくりと流れていた。
静かに風が流れて、私の髪を優しく撫でていく。
さて。何となくここに来て、こうして腰を下ろしてしまったけど。
封印されている龍さんに術や技を試したいわけでもない。
それに、今日は式姫の誰も一緒に来ていない。型紙も全て家に置いてきている。
本当にただなんとなく、足が向いただけ。
ここは静かだ。
空に浮かぶ綿雲もまるで動いてないみたいにずっと同じところに浮かんでいる。ゆっくりと、ゆっくりと。
だから、一人で物思いに耽るのには丁度いい。
とはいえ。特に考えたい事がある訳でもない。
悩んでいることもない。
いや、本当には無い訳ではない気もするけど。
悩んでしまうこと、考えてしまうことは色々あるけど。
でも、その殆どは、今悩んでも考えても分からないことばかりだし。
今は、もっとこう……そういうのとは違うものを想っていたい気分なのだ。
だから、さて、どうしようかな?
まあ無理に考え事を考えても仕方が無いか。
何も考えないのなら何も考えないでいいじゃないだろうか。
瞼を閉じる。
青空が瞼の向こうに隠れる。
瞼を閉じたまま。ゆっくりと息を吸って。
ゆっくりと吐いていけば。
胸の内からふっと息は抜けていって。あとはきっと、青空へ吸い込まれていく。
……そういえば、こうやってここで一人になるのもずいぶん久しぶりな気がする。
昔は……昔もあまり頻繁にではなかったけど、時々は一人で来ていたのに。
なんでだろう?
学園の最高学年生になって、見習い陰陽師になってからは全然……あ、だからか。
誰かと一緒に来るようになって、私が一人で来ることが無くなった。ただそれだけのことだ。
「……ふふっ」
改めて考えると、本当に賑やかになったよね。
文ちゃんが家に来て、式姫のみんなも家に来て。
本当に、あの頃からは考えられないくらい毎日が賑やかになった。
賑やかになって、色々な出来事があって。
大門のこと、幽世のこと、色々あって……。
……でも、そうじゃなくて……そうじゃない事だって色々あった。
色々な━━━━普通のこと。
普通に、普通の日々の中での、普通の出来事がたくさん。
……うん。そうだ。
今日はちょっと思い出してみるのもいいかもしれない。
たまには思い出を振り返るのもいいかもしれない。
考え事じゃなくて、物思いに耽るでもなくて。
今日は思い出に耽ってみよう。
さて。どんなことがあったかな。
私の、普通の日々のこと。