有栖川 真莉愛

Last-modified: 2025-07-09 (水) 20:18:12

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※このページに記載されている「限界突破の証」系統以外のすべてのスキルの使用、および対応するスキルシードの獲得はできません。

通常Lady Charm
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Illustrator:BLADE


名前有栖川 真莉愛(ありすがわ まりあ)
年齢13歳
職業聖リコリス学園中等部の学生
身分有栖川財閥の令嬢
  • 2024年9月5日追加
  • LUMINOUS ep.Vマップ1(進行度1/LUMINOUS時点で325マス/累計850マス)課題曲「おしゃまなプリンセス」クリアで入手。
  • トランスフォーム*1することにより「有栖川 真莉愛/Lady Charm」へと名前とグラフィックが変化する。

大財閥、有栖川財閥のお嬢様。
とある執事の少年との出会いから、彼女の心は揺れ動いていく。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1アタックギルティ【LMN】×5
5×1
10×5
20×1


アタックギルティ【LMN】 [A-GUILTY]

  • ゲージブースト【LMN】より高い上昇率を持つ代わりにATTACK以下でダメージを負うスキル。
  • 強制終了以外のデメリットを持つスキル。AJ狙いのギプスとして使うことはあるかもしれない。
  • LUMINOUS初回プレイ時に入手できるスキルシードは、SUN PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • GRADE100を超えると、上昇率増加が鈍化(+0.3%→+0.2%)する模様。
  • スキルシードは150個以上入手できるが、GRADE150で上昇率増加は打ち止めとなると思われる。
    効果
    ゲージ上昇UP (???.??%)
    ATTACK以下で追加ダメージ -300
    GRADE上昇率
    1180.00%
    2180.30%
    3180.60%
    ▼ゲージ7本可能(190%)
    35190.20%
    68200.10%
    101209.90%
    ▲SUN PLUS引継ぎ上限
    102210.10%
    150~219.70%
    推定データ
    n
    (1~100)
    179.70%
    +(n x 0.30%)
    シード+1+0.30%
    シード+5+1.50%
    n
    (101~)
    189.70%
    +(n x 0.20%)
    シード+1+0.20%
    シード+5+1.00%
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE上昇率
2024/5/23時点
LUMINOUS10121213.90% (7本)
~SUN+221219.70% (7本)
所有キャラ

所有キャラ

  • CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
    Verマップエリア
    (マス数)
    累計*2
    (短縮)
    キャラクター
    LUMINOUSep.Ⅰ3
    (105マス)
    165マス
    (-マス)
    御茶ノ水 遥※1
    LUMINOUS+ep.Ⅳ5
    (335マス)
    1025マス
    (-マス)
    明光澤 米子
    ep.Ⅴ4
    (325マス)
    850マス
    (-マス)
    有栖川 真莉愛
    ※1:初期状態ではエリア1以外が全てロックされている。

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
 
1617181920
スキル
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 モーニングルーティン その1 「朝は『ふぁーすとふらっしゅ』と決めてるの!」


 財閥や大企業の子女が集う聖リコリス学園中等部。
 お淑やかなお嬢様たるべく教育を受けるこの学園の朝はいつも華々しく賑やかだ。

 ごきげんよう、ごきげんようと。生徒たちが静々と校舎へ続くプロムナード。
 その手前に建てられた豪奢な正門前には、引っ切り無しに送迎の車両が行き来している。

 その賑わいの中、ひと際目立つ白いリムジンが音も無く正門前正面へと横付けされると、助手席から現れた使用人の少年に手を引かれ、後部座席から小柄な少女が降り立った。

 透き通るような肌にくりっとした大きな瞳。しっかりと結ばれた唇は彼女の意思の強さの表れだ。
 丁寧に毛先までセットされた膝まである二つ結びが、彼女の動きに併せて揺れる。そんなまるで高級品種の子猫のような少女が、意地悪げな顔を浮かべ少年へとつっかかる。

 「開けるのおそい!! 遅刻しちゃうじゃない!」
 「ご安心ください。お嬢様の歩幅から逆算しても予鈴にはまだ十分猶予がございます」

 付き従う執事服の少年は腕時計を確認して淡々と答える。少女の嫌味も子猫のひっかき傷程度にさえならないようで、その張り付いたような無表情を全く崩さない。
 その様子に少女はつまらなさそうに頬を膨らませる。

 「……まぁいいけど。それよりセバスはどこ?」
 「ここに」

 彼は静かに、執事服の衣装に仕立てられたピンク色のネズミのぬいぐるみを手渡した。

 彼女が満足げにそのぬいぐるみを小脇に抱え、悠々と歩きだすと、少年は静かに日傘を差し出し、後に続く。
 有栖川財閥の令嬢、有栖川真莉愛とその従者、葛迫(くずさこ)イズルの朝の登校風景だ。

 『ごきげんよう有栖川さま』『ご…ごきげんよう!』すれ違う生徒達は皆次々に彼女へと「先に」挨拶する。
 それは上級生であっても例外ではなく、国内有数の大財閥令嬢の立場である真莉愛は、学園内ヒエラルキーの上位にあたる存在である。
 「……ごきげんよう」
 「ごきげんよう、せんぱい 本日もお日柄が良く」
 少し眉をひそめつつ真莉愛へ挨拶した上級生へ、彼女はにこやかに微笑み返す。
 男子禁制の学園内において同年代の男性従者を連れ歩く特例が許されているのも、有栖川財閥がこの学園に多額の寄付金を降ろしているためであった。

 午前の一限目は家庭科実習授業だ。実習室の中ではすでに幾人かの生徒が席に付き、準備をはじめていた。
 今日の実習内容は裁縫の基礎を学ぶハンカチ制作。
 生徒達が好きな端切れを持ち寄り、手縫いで制作する簡単な内容である。

 真莉愛が着席するのに合わせて、葛迫が速やかに道具類を整える。
 布類は有栖川グループ傘下の一流アパレル企業が上納した高級生地。裁縫箱には職人達も愛用している一級品の道具が用意されている。
 使用する生地の色は高級感のあるワインレッド。
 実習には勿体ないレベルの一品だが、当の真莉愛は不満げだ。
 「ママが好きな色みたい……もっと明るい色がいい!」

 その言葉を察していたかのように葛迫は、手にしたブリーフケースを開くと、鞄の中から色とりどりの生地の束を引き出した。
 まるで色数自慢のアパレルCMのようなモザイク模様が教室の大テーブルに並べられた。その色数は200色。
 生地はどれもきめ細やかで、見るからに一流の品々。目を見張る彩り豊かな色の波には周囲のクラスメートも否応なしにざわめき立った。数ある布の中、真莉愛が手にしたのは桜色のようなパステルピンクの生地。

 「そうそうこういうの! 最初から出しなさいよ」
 「行き届かず申し訳ございません」
 「ふんっ……次からは気を付けなさいよね!」

 大きな瞳を瞬かせて、鼻歌交じりに頬を摺り寄せる真莉愛の様子を遠目に伺う生徒達の視線は、彼女と机の上に拡がる色鮮やかな生地の束をチラチラと往復していた。

 「他のお色はいかがいたしましょうか?」
 「いーらなーい、捨てちゃえば?」

 一切の興味をなくした真莉愛の様子を確認すると葛迫は教室中に呼びかけた。
 「ご学友の皆様、朝からお騒がせしたお詫びでございます。お好きな布をお持ちくださいませ。」


EPISODE2 お嬢様の優雅なランチタイム 「だって、できたてが食べたいじゃない?」


 「縫い物なんてだいっきらい!!」

 多くの生徒が行きかう賑やかな中庭に涙目の真莉愛の叫びが響き渡る。
 今日の授業は持ち寄った切れ端をハンカチへ仕立てる手縫いの基礎実習。針と糸を用いて、各々好きな刺繍を入れるのだが、手先が不器用な真莉愛は、何度も何度も指に針を刺してしまっていた。
 ワインレッドの生地もそうした怪我で目立たないための葛迫なりの気遣いだったが、彼女にとっては余計なお世話のようだった。

 「テストの点はとれてるんだし、文句ないでしょ!パパにお願いして、あんな授業なくしてやるんだから」

 そんなわがままをぶーたれる、彼女の指先に絆創膏を巻く葛迫の様子は、さながら女帝に跪く王子のようだ。

 「……、はい、終わりましたよ」
 「あっ! ぐでぐでうさぎ!! これだいすき!」

 真莉愛お気に入りの動物マスコットの絆創膏を貼れば機嫌はあっといまに元通り。掌をひらひらと見まわしていると彼女のお腹が「きゅう」と泣いた。

 「聞いた?」

 顔を赤くして睨みつける真莉愛に葛迫は何食わぬ顔で首をかしげた。

 「お昼にいたしましょうか」

 学園の中庭は手入れの生き届いた花々が植えられたブリティッシュガーデンになっており、生徒達の憩いの場となっている。そこかしこには椅子やテーブルも据え置かれ、昼食時には談笑する生徒達が多く見かけられる。その一角の多人数用の大きな丸テーブルが真莉愛の昼休みの定位置だ。
 彼女が椅子に腰かけるのを見計らい葛迫がテーブルクロスを手早く拡げた。

 「おーなかーすいたー!」

 手足をばたつかせる彼女の首元にナプキンをかけ、銀のカトラリーと美しい白磁の食器を並べ、一本刺しの花瓶に桃色の花を添えると、レストランのバルコニー席もかくやの空間が出来上がる。
 グラスに注がれたミネラルウォーターで真莉愛が喉を潤していると、葛迫が銀色のクロッシュを運んできた。

 「お待たせいたしました」

 蓋を持ち上げるとかぐわしい香りとともに鮮やかな黄色と、ブラウンのコントラストが目に飛び込む。
 「本日のお昼は、お嬢様リクエストのデミグラスソースオムライスでございます」

 ホロホロとしたくちどけのデミグラスソース。ふわふわとした卵にスプーンを入れると白い鶏肉と玉ねぎのコントラストが鮮やかなチキンライス。
 昨晩唐突に「明日のお昼はオムライスがいい!」とワガママを言い出したため、有栖川家のシェフを学園の食堂まで呼び出して、朝から仕込ませた一品である。そのため、学園の食堂の日替わりランチにはこのオムライスが特別メニューとして並んでいる。

 だがなぜか彼女の反応はいまいちである。

 「んー、今なんかお肉の気分じゃないっていうかーほら、カロリー高いし?」と何やら言い淀んでいる。
 「お嬢様の摂取カロリーは三食計算しておりますが」
 「きもっ……! もう黙って言う事聞いてりゃいいの!今から別の用意して!」

 葛迫は無言で懐から手帳を取り出すと、ページに目を走らせる。

 「昨晩、侍女達とプリンを召し上がっておられましたね?」
 「うっ」
 「弊社グループのスイーツショップの試供品でしたか」
 「だってぇ、チョコレートプリンだよ? 限定モノだよ? アタシに食べてもらわないと可哀そうじゃん……?」
 「――美味しかったですか?」
 「さいっこうだった!」
 と真莉愛が両手を頬にあて目を潤ませる。

 恐らくは多忙で会えない彼女の両親なりの甘やかしも含めた意見収集が目的だろう。真莉愛のお墨付きともなれば、パティシエ達の評価も上がり、商品展開にも大きな後ろ盾となる。一石二鳥ではあるのだろうが、彼女の管理を任せられる世話係としてはたまらない。

 「だからー、ねー! メニュー変えーてよー!!」
 「仕方ありませんね」

 溜息交じりに葛迫が通信端末で手早く文字を打つ。

 「屋敷に戻りましたら、プールの時間を設けますのでしっかりと、その分消費なさってくださいませ」
 「えーー!!」
 「それと、その後ちゃんと歯を磨かれましたか?」
 「……」
 態度は時に言葉よりも雄弁である。
 「では念のため歯科検診もいたしましょうか。先生も状態をご心配されておられましたのでこの機会に丁度よいかと」
 「おに! あくま! くずざこ!」

 「お味の方、いかがでしたでしょうか?」
 「美味しかった……」

 文句をこぼしつつも、しっかり綺麗に完食する辺り、好きなものはやはり好きなのだ。 
 悶える真莉愛を尻目に葛迫が食器を片付けていると彼女の頬にソースが付いている事に気づいた。
 胸元のポケットに忍ばせたハンカチへと手を伸ばすがどこかで落としたのか、いつの間にか無くなっていた。
 真莉愛に気取られる前に、代わりの布を探そうとしていると、

 「あの……」

 真莉愛と同じ年代の少女がもじもじとした様子で佇んでいた。両手に何か布のようなものを握りしめて葛迫へと呼びかけている。葛迫の頭の中の名簿の記憶によれば、真莉愛のクラスメートの一人のはず。

 「いかがされましたか?」
 お嬢様に御用でしょうか?と続けようとした途端、少女が両手に握った何かを葛迫へ勢いよく差し出した。

 「こちら! さしあげます!」

 葛迫の胸元へ押し付けるように手渡すと、踵を返し、そそくさ走り去っていってしまった。
 葛迫の両手にとても柔らかな感触が広がる。拡げるとそれは、上品な青色の生地に金色の糸で躍動感のある犬の姿が刺繍されたハンカチだった。
 先頃の授業で縫われた物のはずだが、かなりの力作だ。中学生が授業で縫う分には、恐らく最優秀の評価を取れるような、玄人はだしの出来栄えである。
 彼女の家はそこまで裕福ではないため、家事等も彼女が率先して行っている。恐らくこの刺繍の技術も、その際に培われたものだろうと調査済みの彼女のデータから推察した。

 「このような素敵な物を……。ありがたいですね」

 手にしたハンカチで、早速真莉愛の頬を拭うと、彼女の眉がみるみるうちに吊り上がってゆく。下賤の物に借りを作るのが許せないのだろうか。

 「ご安心ください、しっかり洗ってお返しいたしますよ」
 「……いーじゃん! せっかくもらったんでしょ?」
 「お嬢様の許可なくいただくわけにはいきませんから」
 「許してあげる! もらっちゃえばいいじゃない!」
 「ご命令でしたら」

 丁寧にハンカチを畳み、そっと懐へとしまう葛迫の姿にぷいと首をそむけて、真莉愛は足早に歩きだす。

 「お嬢様」
 「何よ!」
 「次の授業は別棟でございます」
 「……知ってる!!それと葛迫、今夜晩御飯ぬき!」

 理不尽な命令を言い放つも、相も変わらず表情を一切崩さない彼にますます頬を膨らませながら、真莉愛は教室へと速足で立ち去っていく。

 その日一日中、真莉愛は不機嫌なままだった。


EPISODE3 お嬢様の優雅な夜の過ごし方 「寝不足はお肌の敵! 今から気を付けときなさい!」


 早寝早起きは素敵なレディの基本。
 決して8時を過ぎたら眠気が襲ってきたわけでもなくプールと歯医者の診察でくたくたになってしまったわけでもない。というのが真莉愛の主張である。
 それが正しいかはおいておいて、明らかにおぼつかない足取りでふらふらと歩く彼女を世話役の侍女達は優しく迎え入れる。

 寝室の扉を開き『お休みなさいませお嬢様』と見送る侍女の一人を真莉愛は呼びつけると同じ目線まで背をかがませて、小さく耳打ちした。

 「……葛迫。晩御飯ちゃんと食べた?」

 侍女がうなずくと満足げに「そう!」と表情をほころばせた。そんな様子の真莉愛へと微笑み返す侍女に「はっ」と表情をこわばらせ
 「た……倒れられちゃ困るからよ!!」
と聞かれてもないのに慌てて部屋へと飛び込むと自分から扉を勢いよく閉じてしまった。
 残された侍女たちがくすりと笑うと、そっと扉が開いて
 「……ほんとだからね!!」と念押しして引っ込んでいく。

 彼女の身体には大きすぎる程のクイーンサイズのベッドには所狭しとぬいぐるみたちが並べられている。
 イヌやネコ、ウサギやクマといった可愛らしい面々から、ライオンやヘビ、カバ、グレーのフードを被ったペンギンといった変わりダネのものまで、まるで動物園さながらにベッドのあちこちにひしめいている。
 今日も一日中一緒に過ごしたセバスチャンをベッドへと放り投げると、そのまま自身も勢いよく飛び込んだ。
 彼女を5人横に並べても優に収まる大きな枕へと顔を突っ伏した後、ぷるぷると震えだした。

 「ん~~~~~~~~も~~~~~~~!!」

 手脚をジタバタと振り回しごろごろと転げまわる。毎日恒例、真莉愛の一人反省会のはじまりである。

 「なーにが『オシオキ』よ!! 格好つけて!」

 ベッド脇に置かれた手帳を開き、猛烈な勢いで筆を走らせ書き散らす。『クズザコのくせに』リストと名付けられたそれは日々の葛迫への苛立ちをメモした秘密の日記帳だ。

 『カロリー管理がきもちわるかった』
 『プールをセッティングされて疲れた』
 『クラスメートに優しくした』
 「もーーーーーーーー!!」

 真莉愛の中で沸き立つ苛立ちは、心の中をネズミがかさかさと駆け回るようで、どうにもむずがゆさが収まらない。湧き出る気持ちを小さな握り拳にして、セバスチャンのお腹にぽふぽふとたたきつける音を部屋に響かせながら、毎夜真莉愛は眠りにつく。

 まどろみの中で真莉愛は思い返す。葛迫は昔からあのような鉄面皮ではなかった。確か昔は、もっと感情を出していたような気がした。今のアイツを見ているとなぜかムカムカする気持ちが収まらない。

 「どうして、ああなっちゃうんだろ……」

 疑問に答えはみつからぬまま、瞼の帷は落ちていく。
 ところで真莉愛付きの侍女たちは彼女が寝室へと入った後も、いざという事態に備えて廊下で待機しており、室内の声は大体筒抜けである。しかし、彼女はそのことを一切知らない。

 「今日からお嬢様のお付きとなりますイズルです」
 「く……イ……ル……です」
 侍女長に背を押され、おどおどと前に出た少年はか細い声で挨拶した。

 「え? なんて?」
 「葛迫……イズルです」
 「くずざこ? クズざこっていうの?よっわそー!」

 これが今よりも、なお加減を知らない幼い真莉愛と葛迫の最初の出会いであった。

 「お嬢様、あさごはんのおじかんです」

 ベッドから半身を起こし待ちわびる真莉愛に葛迫はままごと用の作り物のクッキーを山のように盆に乗せ、おぼつかない足取りで歩いていく。

 「はやくするの! は~や~く~!」
 「は……はい……ただいま……あっ」

 お盆のお菓子の不安定なバランスに振り回され、さらに部屋に転がるぬいぐるみに足を滑らせると、積まれたおもちゃのクッキーを盛大にばらまいてしまった。慌てふためく葛迫の様子に、真莉愛はけらけらと笑いこける。

 「申し訳ありません……」
 「あんたしつじのくせに、なーんもできないのね」

 にまにまと笑いながら真莉愛からかうと、葛迫は気まずそうにうつむいてしまった。

 「ねぇくずざこ、あんたともだちってわかる?」

 幼い日の真莉愛は病弱で殆ど外に出られなかった。
 一流の家庭教師に勉強を教わり、遊び相手代わりには使用人達がいるため、不自由はなかったものの同年代の子供と交流する機会はほとんどなかった。

 「わかりません……」

 一方葛迫も、学校に馴染めず不登校を繰り返していた所、有栖川家で侍女を務める祖母に誘われ、この屋敷へと連れられてきた立場だった。

 「なら教えてあげるわ! ともだちってのはね、アタシのためになんでもやってくれる人の事をいうの!」
 「そ、そうなんですか?」
 「そうよ! だって屋敷のみんなはアタシのためになんでもしてくれるもの!」

 子供らしい視点からの全能感。ワガママに甘やかされたお嬢様にとっては、周囲の大人の様子が全て。

 「くずざこも、アタシの立派なともだちになれるようしょうじんすることね!」
 「は……はい!」
 「じゃあもっとれんしゅうよ!」

 若干の疑問を胸に抱きつつ、ゴムでできたアイスのおもちゃを慌てて盆に乗せなおす葛迫の表情は、どこか和らいでいるようにも見えた。


EPISODE4 お嬢様の優雅なお買い物の時間 「優秀な荷物持ちがいるの! うらやましいでしょ?」


 休日のショッピングモールには、多くの人が行き交う。高級店やアウトレットストア、家族連れから学生向けまで、幅広い層の店舗を揃えた大型モールは、週末に賑わいを見せる。
 お小遣いを貰った週の土日は真莉愛にとってのお買い物日和。セバスチャンも真莉愛お気に入りのリュックから顔を出し、彼女の背中をしっかりと守っている。

 「あの大きなわんこに…あとあの白いクマも!!」

 真莉愛行きつけのぬいぐるみショップは、動物が住む森をイメージした緑とブラウン基調の内装が敷かれており、森でくつろぐ動物たちを眺めながらショッピングを楽しめる。

 テーマパークのような世界の中でぬいぐるみ達から気に入ったものに片っ端から指を差すと、葛迫が手早く丁寧に手に取り抱える。多種多様なぬいぐるみを両手両脇にしっかりと抱え込みながらも表情や姿勢一つ崩さない。

 「あの……、私どもがお持ちいたしましょうか?」
 「いえ、お気遣い無く」

 心配そうに声をかけるショップ店員に会釈しつつも、店内を駆け回る真莉愛の後ろにぴったりついていく。

 「あーとはー…この子!」

 真莉愛が示す水色のベビー服を着た小さなペンギンのぬいぐるみを葛迫は器用に手に取った。

 「ママ―、ピエロいるー!」
 「そうだねー、お兄さん凄いねぇ」

 真莉愛の買い物袋を曲芸のように積み上げながら付き従う葛迫の姿は、休日のモールの名物だ。
 高級ブランドの買い物袋に加え、大量のぬいぐるみまで抱えているため、視界を確保するのも一苦労のはずだが、器用に詰まれたぬいぐるみを揺らし腕に通した紙袋でしっかりとバランスをとっている。

 「もー限界なんじゃないの?」
 「ご安心ください。まだ3、4件分は問題ございません」

 声色一つ乱さず、平然と答える葛迫に真莉愛は不満気だ。大量の物量に加えて、均衡のとれない荷物をあえて大きく揺らすことで、絶妙なバランスを保持する技能は、建物の耐震構造から学んだ知識と長年の真莉愛の無茶ぶりによる長年の経験で培われた匠の技である。

 「あんたの心配をしているわけじゃないの! パパとママのお土産を壊したらどうすんの? アンタのクズザコ給料で弁償できるわけ?」

 前髪を細かくいじりながら目をそらし、早口でまくし立てる真莉愛のうわずる声色に葛迫は一瞬思案すると態度を軟化させた。

 「畏まりました。それでは一度荷物を預けてまいります」

 「暫しお待ちくださいませ」と葛迫は颯爽と荷物を揺らし、人込みの奥へと消えていく。

 「アイツが単純で助かったわ」

 かさ張る荷物を大量に持たせれば、さしもの葛迫も手がいっぱいになるだろうと、いつもよりぬいぐるみを多く購入し、手荷物を増やしたのだった。真莉愛は自分の手際を自画自賛しつつ、エスカレーターに飛び乗った。

 「いらっしゃいませ真莉愛お嬢様……おや、本日はお一人ですかな?」

 訪れたのは暖色の建材で整えられた紳士服ブランドの最高級品を取り扱う、真莉愛の父も贔屓にしている老舗の店舗。真莉愛を迎えたのは品の良い、落ち着いた老年の男性店員だった。

 「なぁに? アタシだけだと信用できない? ちゃんと支払うから心配しないでいいわよ」

 自慢げに見せつけるのは『今月』のお小遣いである、白金に輝くカード。使用限度額は一般的サラリーマンの一生を数回繰り返してようやく稼げる金額であるのだが当の真莉愛は知る由もない。

 「はは、めっそうもございません。ご予約のお品ですね、他の者より伝え聞いております。お待ちくださいませ」

 老紳士は姿勢よく一礼を返すと、素早く店の奥へと消えていく。高級店が集うフロアの軒に連なるこの店はオーダーメイドスーツも取り扱っている。
 店内を堂々と飾る多くの高級スーツやモーニングはハリウッド俳優や政財界の著名人等が袖を通した品のレプリカなのだそうだ。

 「こちらとなります」

 彼が恭しく押し出してきた台車の上には美しく磨かれた黒のスーツケースが整然と置かれていた。

 「中身をご確認されますか?」
 「もちろんよ」

 開かれたスーツケースにはフルオーダーの執事服が並んでいた。一目で上質な品とわかる上下がしっかりと折りたたまれ、純白のシャツとともにシルクで縫われた手袋が、革靴とともに数組ずつ丁寧にしまわれている。

 「これで、今以上にこきつかってやるんだから」

 侍女たちにおやつのケーキ半年分を分ける事を条件にこっそりと入手した葛迫のデータを元に仕立てさせた、彼のサイズに合わせたオーダーメイドの執事服だ。

 「――もうすぐですかな、葛迫様のお誕生日は」

 正確には葛迫の誕生日は定かではない。彼の祖母でもある侍女長、服部が何処からか引き取ってきた拾い子の彼は産まれた頃の記憶も記録も無く、彼本人の希望により真莉愛に仕えた日を誕生日と定めた。真莉愛にとってはなんら特別な日ではないと思っていたが、近ごろはその事を思い浮かべるとなぜだか心がほかほかとしてくる。

 「プレゼントの包装は結構よ」
 「かしこまりました、サプライズでございますね」

 老紳士の返事に真莉愛はニヤリと微笑み返す。
 何事もサプライズが大事だというのは、これまでの葛迫の行動から学んだ真莉愛の数少ない人の喜ばせ方だ。
 そのため今回は葛迫にバレる事なくこのプレゼントを隠れて受け取る必要があった。
 後は何食わぬ顔をしてこのスーツケースを持ち帰るだけである。いつもポーカーフェイスの葛迫が感動でむせび泣く姿が、真莉愛にも見えるようだった。

 「今回のお仕事もお見事でしたわ! パパにも伝えておきますわね!」

 それでは――とスーツケースを台車から引っ張り上げようとしたがビクともしない。

 「???」

 それどころか横倒しのまま台車へとくっついてしまっているかのように一切持ち上がらない。

 「~~~~~~!!!」

 真莉愛が顔を真っ赤にしてどれだけ押し引きしようが動かず、まるで大きな岩を動かそうとするかのようだ。

 「なんで……動かないのよーーー!!」
 「こちら特注の材料で編まれておりますので……」
 「とくちゅう……?」
 「ちょっと変わった生地で織られておりましてな。通常のスーツより幾分か重く作られておるのです」

 変わった生地とはいえ少女の腕力で持ち上がらないのはさすがに『ちょっと」とは言い難いがそれはともかく――

 「こまったわね……」
 「私共のスタッフがお運びいたしましょう」

 老紳士が助け舟として連れてきたのは映画でしか見た事のないのような、逆三角形の屈強な体格を、ぴっちりとしたスーツに包んだ男性スタッフ。

 「弊店自慢のボディガード達です。彼らにお任せいただ――真莉愛様?」

 しかし彼らが現れた瞬間、真莉愛はピタリと固まったまま動かなくなってしまった。両手で口元を抑え青ざめ震えている。

 「あ……あ……」
 「真莉愛様いかがされましたか?」

 ただならぬ様子にボディガードが一歩踏み出すと、真莉愛は水を浴びせかけられた猫のような俊敏さで物陰へと飛び込んでいった。

 「あっち行って! 若い男は皆ロリコンの誘拐犯!!!! パパがそう言ってたわ!」

 慌てふためく男性スタッフたちに、物陰から顔だけを出し威嚇する。結局彼らが席を外すまで、真莉愛は決して警戒を解く事はなかった。

 「本当にお一人で大丈夫ですか……?」

 真莉愛はボディガードを生理的に信用できない。とはいえ上客、しかも子供に表立って運ばせるのは店の信用問題にも発展しかねない。かといって葛迫を呼び出しては本末転倒である。
 二人が出した結論は従業員専用のバックヤードから真莉愛が一人で運び出すという形であった。
 この時間帯は人通りも殆ど無く目立たない上、多少大きいサイズのスーツケースでも台車を用いれば真莉愛が押すだけでも充分に運べそうという目論見である。

 バックヤードは搬入口と直接繋がっており、車を待たせている駐車場まではほぼ迷いなく進めるはず。辿り着いたら駐車場スタッフに任せてこっそりと積ませれば問題無い。

 「わたくしはどうしても店を空けられず……お手を煩わせて申し訳ございません」
 「気にすることはないわ、今日のスタッフはあなたしかいないんでしょ? 仕方ないじゃない」

 真莉愛にしては素直に引き下がる。

 「あなたの邪魔をして短い時間でもお店を閉じるの『きかいそんしつ』っていうんでしょ? そういうのはよくないってママも言ってたわ」

 民草たちそれぞれの仕事の手を止め余計な手を煩わせてはならぬ。多くの従業員を抱える有栖川家の家訓であり唯一明確な教育方針である。
 裏を返すと彼女にとって葛迫をはじめ、周りの侍女たちにはいくらワガママを言っても良いという彼女なりの理屈の裏付けともなってしまっている。

 「今度までに女の子のスタッフ、増やしときなさい!」
 「善処いたします」

 心配げに見送る老紳士を残し、真莉愛は動き出した。最初の一押しは重かったが動きだした台車は軽やかに彼女の小さな力でもスーツケースを押し運んでいく。

 薄暗いバックヤードは華やかな表側と違い、質素な色合いに満たされていた。質素倹約が形を成した打ちっぱなしのコンクリート。普段目にかからないような雑多に積まれた用途のわからない器具の数々。打ち捨てられたように放置された役目を終えた飾り付けや着ぐるみ達が、得体の知れない不気味さを真莉愛の心に忍ばせていた。
 普段であれば側に控える葛迫がいない緊張感も、不安な気持ちを沸き立たせる。
 聞き親しんだモールの音楽や案内の音声が遠く霞がかりどこか不気味な響きを醸し出している。
 湧き出る不安を打ち消すようにお気に入りのアニメのテーマ曲を小声で口ずさんでいたら、ふと他人の声が混ざりこんできた。

 「誰かいるの…?」

 幾分か進んだ先で大人の男性二人組が道の隅で談笑している。フードコートのロゴが入ったエプロンをつけている様子から、休憩時間の店員のようだ。
 話しかければ若干訝しまれることはあれど、恐らく台車運びを手伝ってくれるはずだが、成年男性が苦手な真莉愛にとってはあまり好ましくない相手である。

 「うう、やだなぁ……」

 目線を移すと、彼らのたむろする場所から幾分か手前に分かれ道が見えた。緩やかな段差の階段が設けられた搬入口への短縮ルートだ。
 本来は台車を通す用途は無いが、今彼女が押している少し小さめの台車であれば、なんとか通せそうな幅の通路だ。階段の先には緩い傾斜とともに搬入口の金属製ドアが伺える。

 一つの段差の縦幅も大きいため、静かに上手く下ろせばいい感じに降ろしていけるかもしれない。

 「そーっと……そーっと……」

 息を呑み、少しずつ少しずつ台車を押しだすと、ゆっくりと前方に車輪が流れていく。スーツケースが重しとなって、台車をぐいぐいと押し出していく感触が真莉愛の腕を引っ張っていく。

 「あれ……?」

 がしゃんと大きな音を立てて台車が一段落ちると、勢いづいてそのまま二段、三段と滑り降りていく。

 「わっ、わっ、わっ」

 真莉愛の細腕では落ちる勢いを止められるはずも無く段差を落ちるごとにスーツケースがはねあがる。
 手を離せば良いはずが、大事なプレゼントを何かにぶつけては一大事と、手を離す事まで考えが至らない。
 手放さないように、つい足を台座に載せてしまうと、もう台車を止める手段はなくなってしまった。
 速度は緩やかに上がっていき、彼女の細腕は台車の持ち手を握るだけで手いっぱいになってしまう。
 あとはなすがまま、真莉愛をのせた台車は段差を音を立てて滑り落ちていく。

 「真莉愛様!!」

 ちょうどその刹那だった。階段の上手側に葛迫が現れたのは。だが、真莉愛に葛迫の呼びかけに振り返る余裕は無い。

 「お手を放して! 受け止めます!」

 しかし真莉愛は声もあげず、首を大きく横にふるばかり。勢いづいた台車の速度に真莉愛は手が竦み、握った手を放せない。
 彼女の様子に逡巡する間もなく、葛迫は階段を跳ね降りていくが、すんでの所で追いつけない。
 台車は速度を上げ続け、段差の先の両開きのドアへと突き当たると、大きな音を立てながら、搬入駐車場へと勢いよく飛びだした。

 室内用の台車はコンクリ―トの地面へと引っかかり、大きくつんのめってスーツケースごと真莉愛を空中へと跳ね上げた。
 通りかかる大型トラックのハイビームが急ブレーキの音に呼応するように、彼女の小さな身体を照らし出す。

 この時の真莉愛の視界の動きはとてもゆっくりとしたものだった。衝撃で開いたスーツケースから飛び出た手袋が、波打ちながら空を舞う。

 (このまま落ちたら汚れちゃう)

 そんな呑気な事を考えつつ、手袋へと手を伸ばすが、自信の動きはやけにゆっくりで思うようにとどかない。視線を後ろに戻すと、弾き飛ばされる真莉愛の視界に入ったのは葛迫の、昔よく見た覚えのある――

 次の刹那、身体を大きく揺らす衝撃が真莉愛の時間感覚を一気に引き戻した。

 飛び込んできた葛迫の伸ばした腕が真莉愛の身体を突き飛ばした刹那、重い衝撃音が真莉愛の耳を貫いた。

 壊れたスーツケースからあらゆる物が乱れ飛ぶ。割れた腕時計に千切れるシャツ。葛迫に贈られるはずだったものが無残にも空を舞う。

 ほんの一瞬だったのかそれとも幾何かの時間が過ぎたのか、身を起こした真莉愛の目に飛び込んだのは力なく倒れこんだ葛迫の姿だった。

 「くず…さこ?」

 どんな時でも彼女の呼びかけに答えるはずの彼は、力なく転げたまま指一本動かさない。

 「葛迫!!」

 葛迫へと駆け寄ろうとする真莉愛を、騒ぎを聞きつけた大人たちが制する。
 「動かしちゃダメ!」「あなた大丈夫!?」彼女へと呼びかける言葉も、真莉愛の耳には耳障りなだけ。

 「なによ!!離しなさい!! 葛迫! くずさこ!」

 人込みに囲まれる葛迫が視界から消えていく。このまま葛迫が遠くに消えてしまいそうで、必死に手足を振り回しもがくが、なだめようと抑える大人たちの腕力にはなすすべもない。

 やがて響いてきたサイレンの音に、嗚咽交じりの呼び声は掻き消されていく。


EPISODE5 お嬢様の大切な思い出 「セバスのこと? んー……ヒミツ!」


 「や~~~~~~!だ~~~~~~~~!」

 初夏、セミが鳴き始めた頃合い。彼らに負けじと、幼い真莉愛の駄々をこねる声が響きわたる。

 「夏休みの間だけなんだから、ね?」

 母親の腰に頭をうずめ泣き喚く真莉愛を彼女に甘い母親は叱る事も出来ずなだめることしか出来ない。

 「やだったらやーーだーーーーー!!」

 母親のスカートを高級なハンカチ代わりにぐしょぐしょに濡らし、幼い真莉愛は思うまま泣き喚いている。

 夏休み。葛迫はその期間を利用し執事としての研修合宿へと赴くことになった。もちろん以前より伝えられてはいたのだが、そんなことは真莉愛にとって知った事ではない。
 夏休みは葛迫とあそぶのーー!と彼の手荷物をひったくり、寝室に籠城をはじめてしまった。

 「お嬢様……。いい加減になさいませ」

 侍女長の服部が、抑えた声で真莉愛を叱りつけると真莉愛はびくりと背中をはねあげ母親の背後へと隠れてしまった。

 葛迫の祖母で、真莉愛の教育係でもある彼女は真莉愛がこの世で唯一心から恐れる存在である。

 「奥方様も、しゃんとなさってくださいませ。これでは真莉愛さまのためにもなりません」
 「そ、そうよね! ね、真莉愛ほんの少しの間だから」

 「がっしゅくやぁだぁ……」
 涙ぐみながら見上げる真莉愛の瞳はまるで美しくカットされた宝石のようにきらめいて、母親の決心をいとも簡単に打ち砕いた。

 「服部……? 今回だけでもどうにか……」
 「なりません」

 大きくため息をつくと、服部は人差し指を突き上げる。彼女がお説教を始める際のお決まりのポーズだ。

 「よろしいですか? 今回の研修は服部家に代々受け継がれている執事として乗り越えねばならない必須のカリキュラムにございますからして――」

 「おばあ様」

 葛迫が落ち着いた声色でそっと服部を制する。真莉愛の従者になってから早数年。
 執事としての技能をスポンジのように吸収した彼の成長は目覚ましく、真莉愛とほぼ同い年とは思えない落ち着きも持ち合わせていた。

 少しかがみ、小柄な真莉愛に目線を併せると

 「ぐずさごぉいっじゃや――むごっ」」
 「ちーんなさってください」

 真莉愛の鼻を懐から取り出したハンカチでそっとつまんだ。

 「んーーーーー!」

 言われるままに真莉愛が大きな音を立て鼻をかむと葛迫はそのまま丁寧に拭い手際よくハンカチをしまう。あっけにとられ、ぽかんとした真莉愛に微笑むと

 「お嬢様、この子をお借りいたしますね」

 ベッドサイドに並んだぬいぐるみの中からネズミにも似たピンクの動物をそっと取り上げた。真莉愛にとってもお気に入りのひとつで最近は常に連れ歩いていた一体であった。

 葛迫は懐から裁縫セットと彼の執事服の端切れを取り出して、ぬいぐるみに手を加えだした。型紙無しに布を切り出し、ミシン等が無ければ難しいきめ細かな加工も簡単な裁縫道具で難なくこなし、ほどなくしてぬいぐるみ用の執事服をあつらえてしまった。

 「すごい!! くずさことおそろい!!」
 「夏休みの間、葛迫の代わりにこのセバスチャンがお嬢様にお仕えいたします。わたくしが帰ってまいりましたら、彼の働きをお聞かせいただけますか?」

 葛迫がセバスチャンの手を真莉愛にそっと握らせる。

 「しかたないわね! カクゴなさい!クズザコの代わりにこきつかってあげる!」

 彼からひったくるように受け取ると、先ほどの大騒ぎなどなかったような満面の笑みでセバスチャンをかかげ、くるくると回りだした。

 機嫌を直した真莉愛の姿に、ほっと胸を撫でおろす使用人達の中、葛迫の姿を見つめる服部の目つきはどこか誇らし気に見えた。

 「では行ってまいりますね」
 「……はやくかえってきなさいよね! セバスがゆうしゅう過ぎて、クズザコのこといらなくなっちゃうかもしれないんだから!」

 セバスチャンをぎゅっと抱きかかえる真莉愛がまだ乾ききらない泣き腫らしの目で葛迫を見つめた。

 「それは困りますね。早く帰ってこられるよう努めます」
 「やくそくよ!! ウソついたらクビだから!! はい! ゆびきり!」

 勢いよく指切りをする彼女の腕に振り回されながら浮かべていた葛迫のその表情を。真莉愛は今も――

 全身を激しく打ち付けられながらも、幸いな事に葛迫は命を取り留めた。全身の骨や筋肉にダメージを負ったものの、幸い内蔵の損傷は軽めだったそうだ。

 「鍛え方が違いますので、ご心配なく」と服部は毅然とした態度を見せてはいたものの、流石にこたえたのだろう。真莉愛をこってりと搾った後、残務を人へと引き継ぐと有栖川の屋敷に併設された医療施設に速やかに向かった。
 現状は絶対安静。暫くは面会も禁じられているのだから真莉愛の世話などは持ってのほか。
 当の葛迫は救急隊が呼びかけた一瞬、意識を取り戻した際に真莉愛の無事を確認し、即座にまた気を失ったというのだから、見上げた執事根性である。

 軽い擦り傷で済んだ真莉愛は一人、自室のベッドで身体を横たえている。だが、その痛み以上に身体の中をうごめく感情が胸の奥で行き場を失い、彼女の心を突き破ろうと暴れ苦しめる。

 「くずさこの……ばか」

 つい溢れ出た言葉からこぼれた物をかき集めるようにセバスチャンをぎゅっと抱きしめると、身体中を駆け巡るものが少しだけ和らいだ。時計の秒針の響きが、寝付けない真莉愛を追い立てながら部屋を静かに満たしていく。


EPISODE6 お嬢様のはじめての…… 「も……もう! あれはお互い様でしょ!」


 「真莉愛様」
 「……んみゃ」
 「真莉愛様」
 「ま~だぁ~……たべーるー……」
 「……失礼いたします」
 「みぎゃっ!!」

 まどろむ真莉愛の視界がぐるりと大きく回転し転げ落とされた。

 「だれよ! クビにされたいの!?」
 「おはようございます、お嬢様」

 効きなじんだ声に、真莉愛のまどろんだ意識が冷水を頭からひっかぶったように覚醒した。

 「……げっ」
 「起き抜けに「げっ」とは随分なお言葉ですね」

 この屋敷における傍若無人の代名詞、天下無双の大暴君、そんな真莉愛にとって、ただ一人苦手な人物。灰髪をキッチリと結い上げ、金縁の丸眼鏡を輝かせ、齢70を超えても鉄の芯が通ったように背筋を伸ばす。有栖川家の侍女長、服部だ。

 「そのような言葉遣いではいけませんと口酸っぱく申し上げているはずですが」

 真莉愛の初代教育係でもある彼女に今以上のおてんばだった真莉愛は、かつてお尻をはたかれた数だけ恐怖心をつのらせたものだった。

 「よもや…常日頃そのような汚い言葉をお使いではございませんよね?」
 「そそ……そんなことないわよ」
 「『ございません』」
 「……めんどくさ」
 「今なんと?」
 「なんでもない!」

 服部が叩き起こしたのを皮切りに、部屋へと一斉になだれこんだ侍女たちは、手際よく真莉愛の着替えをさせる。

 用意された椅子に腰かけさせられ、寝ぐせだらけの髪をブラシでとかされている間に、差し出されたミントの香料が足された蒸しタオルで顔を拭く。

 少しずつ意識がはっきりとしてくると、葛迫がこの場にいない現実が、傷口から染み出る血のように心を暗く浸していく。

 「この度の葛迫の失態、大変申し訳ございません」

 先ほどの態度と打って変わった声色で服部が深々と頭を垂れる。

 「御身を危険にさらすなど、有栖川家に仕える身として大変恥ずべき事。未熟な孫に代わりお詫びいたします」
 「葛迫、だいじょうぶ?」
 「まだ意識は戻りませんが、命に別状はございません。幸い、後遺症なども残らないと先生は仰られておりました」
 「のろまなくせに……むちゃするから……」

 タオルに埋めたまま静かにつぶやく。

 「こうした時にも毅然とした態度で普段通りに過ごす事。それが有栖川家の人間として求められるお姿です」

 使用人一人が怪我した程度で学校を休むなど家名の名折れであると言わんばかりの勢いで、あっという間に制服を着せられてしまった真莉愛の表情は、それでもどこか上の空を向いている。

 「学校へは葛迫の代わりの者をお付けいたします。本日もしっかりと、勉学に励んで――」
 「……いや」
 「お嬢様?」
 「……いや! 葛迫じゃないと行かない!!」

 服部が眉尻をひくつかせる。

 「どうせみんなもアタシが手間ばかりかかるワガママ女だって思ってるでしょ? わかってるもん!」

 真莉愛へと気遣いの目線を向ける侍女達を一瞥してもなお、彼女はそれでもなお言葉を止められない。

 「アンタたちの中で葛迫程働けるヤツいないじゃない! だから行かない! アイツが治るまで学校いかない!」

 周りの侍女たちに当たり散らす真莉愛の様子に動じることなく見つめる服部は、彼女が落ち着くのを見計らい、容赦なく告げた、

 「……畏まりました。では、本日は従者無しでご登校くださいませ」
 「侍女長それは……」「いくらなんでも……」

 流石の事にざわつく侍女たち。お付きの者も無しに登校するなど有栖川家の子女として前代未聞。

 「学園内では安全が確保されておりますし、そもそも従者を付けず学園生活を送るご子息やご息女の方が一般的です」
 「だから行かないって言ってるじゃな……!」

 服部が目を強く見開くと、真莉愛が言葉を詰まらせる。

 「出来ますね?」
 「……うっ」
 「出来ますね?」

 有無を言わさぬ服部の迫力に、さすがの真莉愛もたじろぐ。こうした時の服部の言う事には、素直に従っておいた方が良い事を、真莉愛は長年の経験で骨の髄まで理解していた。

 「わかったわよ……」

 一度息を呑み覚悟を決めると、いつものような強気で小生意気なお嬢様の顔つきへと切り替わった。

 「やってやるわよ! 葛迫がいなくたって大丈夫だって証明してあげる!! 有栖川家の子女として恥ずかしくない優雅な一日を見せてあげるんだから!」

 一限目終業のチャイムが鳴り響き、真莉愛はふう、と息をつく。教室に到着してしまえば、何ということはない。持ってきた鞄から筆記用具と教科書、ノートを取り出してあとは授業が始まってしまえばいつもと同じ。鞄から自分の手で教材を並べる事には新鮮ささえあった。そうだ、次の教室はどこだっただろうか。

 「葛迫! 次の教室どこだっ……け……」

 口に出してから気づく。葛迫は今いないのだ。喉元からぐっと湧き出る緊張感を抑えこみ、次の教室へと向かう。廊下には数多くの生徒が行きかっているのだが、心に開いた空白が、いいようのない孤独感で真莉愛を満たしていた。

 『次の授業は実習です』

 科学の教室の黒板に書かれていたのはこの一言だけ。そういえば先週の授業の最後に教師が連絡していたのを思い出した。

 (どこの実習室だったかしら)

 エスカレーター式の学園でもあるため、科学の実習室はいくつもある。どの実習室であるかも併せて伝えてもらっていたはずだったが、その辺りは葛迫に任せていたため、すっかり失念してしまっていた。

 「あ! 今日実習だったっけ」
 「やだ、あそこ遠いじゃん!」

 偶然通りがかった同学年の生徒二人組が非難の声を上げている。

 「失礼ですが、どちらの実習室でしたかしら?」
 「葛迫くんに聞いたら? いつも一緒でしょ?」
 「ちょっと、今葛迫くんは……。ほら早くいこ」

 二人は冷たい目線を真莉愛に返すと、急ぎ足で教室から遠ざかってゆく。

 『お付き合いをおざなりにするからですよ』そんな葛迫の嫌味が聞こえてくるようだった。

 二人の『遠い』という言葉を頼りに実習室にたどり着くも、要の実習用の教材を用意していない事に気づく。
 いつも葛迫が黙って用意してくれていたのだから、用意が無いのも当然だった。

 「有栖川さん? 実験用の道具を忘れたのですか?」
 「……申し訳ありません」
 「いつも完璧な貴女らしくもない……仕方ありません。しっかり見学してレポートを忘れず提出してください」

 実験器具の代わりにペンを握る姿をちらちらと伺う目線が真莉愛にはどこか皆が嘲笑っているかのようにも見えた。一人、実験を見学する目は険しく、下唇をかみしめる。

 長かった午前の授業も終わり、お昼休みになった。いつもだったら葛迫がテーブルを即座に用意し昼食を広げてくれるが、当然その姿は無い。
 殆ど足を運んだことのない食堂へと足を運ぶも、学園中の生徒が集う食堂は出遅れるとすぐに満席で、順番待ちで並んでいる生徒ですでに列をなしていた。

 「おばちゃーん! チョココロネお願いー!!」
 「ちょっとそのたまごサンド私のだから!!!」
 「ああ! アタシのあんぱんどこーーー!!!」

 仕方なく販売所へと向かうも、秩序だった列など無くパンやお弁当を求める生徒達が群れをなしてカウンターへとひしめく無秩序な空間が広がっていた。

 (葛迫…アンタすごかったのね……)

 頼めばいつでも一番人気のメニューを勝ち取ってきた葛迫の偉大さを、真莉愛は今生まれて初めて実感していた。

 「覚悟を……覚悟を決めるのよ真莉愛……!」

 お財布を握りしめて大きく深呼吸。蠢く生徒達の人ごみの中に飛び込んでいく。

 校庭の隅のベンチに、一人腰かける。結局手にできたのは、小さな丸パンが一つだけ。味付け無しのシンプルなそれは別売りのバターやジャムを塗って楽しむものだが、それらは残念ながら売り切れ。袋を破り一口かじる。悪くない柔らかさだけれけども、いつも葛迫が用意してくれるトーストと比べるとやはり固くてぼそぼそとした触感が気になってしまった。

 「…飲みものほしいなぁ」
 「あの、有栖川さん。こちらよろしいですか?」

 感情を押し殺した平坦な声に顔を上げると、そこには以前葛迫にハンカチを手渡したクラスメートの姿があった。彼女の出す張り詰めた空気が否応なしに伝わってくる。

 「……どうぞ」

 彼女は腰かけ何をするでもなく黙ったまま。ただ、ひりついた空気だけをかもしだす彼女の様子に気まずい時間だけが流れていく。

 (いったい何なのよ……もぉ)

 一人分の隙間を開けて腰を下ろした彼女に声をかけるのもはばかられ、彼女の様子を伺いながらパンをちびちびとちぎっては口に運ぶ。

 「……葛迫くん……大怪我したって聞いたわ」

 沈黙を割いたのは彼女の一言だった。

 「有栖川さんを庇ったって聞いたけど」
 「……それ、あなたに関係ある?」
 「あるわよ!」

 彼女の荒げた声で、一瞬周囲がざわついた。まなじりに涙を蓄えた彼女の視線が真莉愛をきつく見据えている。

 (ほんっと、罪づくりなヤツ……)

 真莉愛が話す葛迫の現状一つ一つを噛みしめるように耳を傾け、険しい表情のまま真莉愛の事を見つめていた。

 「……じゃあ、また学校には帰ってきてくれるのね?」
 「もうちょっと暖かくなるころにはね」

 そう聞くとほんの少し表情が和らいだようだった。彼女が奢ってくれた、紙コップの紅茶の薄い味が乾いた喉に優しく染み渡る。

 「なんだったらアンタのとこでやとってあげたら? そこいらの使用人よりは役に立つわよ」
 「どうせ本気じゃないくせに」

 真莉愛のたわごとに我慢ならないとばかりに言葉をかぶせる。

 「そんなことばっか言って、いっつも困らせて……なのに葛迫くんはずっとあなたの隣にいる。なんで?」

 それは……と真莉愛が反論する間もなく、彼女は言葉を重ね続ける。

 「ひとりじゃ何もできないくせに、そんなだから友達さえいない。今日だってずっとひとりぼっちじゃない」
 「そんなのいなくたって……アタシには……」
 「そう?これからもずっとずっと、彼にお世話させるの?大人になってからもずっと?それでいいの?」

 最後は真莉愛を憐れむように、か細くつぶやいた。

 「葛迫くんが……可哀そう」

 彼女が去った後も真莉愛は一人席についたまま。午後の始業を告げる鐘も鳴り、賑わいが途絶えても真莉愛はその場から動けずにいた。
 やがて静かに席を立つとどこへ向かうまでもなく歩き出した。午後の授業が始まった校舎は静けさに包まれ、礼拝堂から流れる讃美歌とオルガンの伴奏だけが彼女と学校の間にフィルターを挟むかの様に鳴り響く。
 薄曇りだった空模様は徐々に厚くなっていき、午後の雨の足音を微かにならし始めていた。

 やがてたどり着いた庭園の隅で一人身を潜める。サボった事が知られれば教師にも服部にも大目玉だろう。物陰に座り込み、セバスチャンを抱きしめながら呟く。

 「葛迫に……、会いたい」

 葛迫は今、有栖川鄭の離れで療養していると聞いている。
 ……家に帰ろう。服部は怖いけれどそれよりも今は葛迫の顔を見たい。面会禁止と言われているがそんなものは知らない。目に溜めた涙をぬぐい、立ち上がると足早に校舎裏へと歩きだした。

 正門には常に門番がいて、抜け出すことはまず不可能だが、裏門近くの通用口は用務員が遅い昼食を取るため見張りが不在のタイミングがある。かつて葛迫が学校のデータを集めていた時にこっそりと覗き見ていた。
 スパイ物の映画の主人公になったようなワクワク感が真莉愛のテンションを少しばかり持ち上げる。

 学園の裏手の路地を辿って、いつもは車窓から眺めるばかりの国道へと抜け出した。
 家の住所をスマホのナビアプリに入れると、随分と離れた場所に、学園の数倍の敷地面積を要した有栖川家の邸宅の位置が表示される。

 「……結構遠いけど、きっと大丈夫。大丈夫よね……」

 いつも車で送迎されているため、殆ど自覚できないが子供の足で歩くには随分と遠い距離である。不安な気持ちを誤魔化すように鞄から顔を出すセバスチャンの頭をなでながら、言い聞かせるように歩き出した。

 学園の制服を着た子供が、鞄も無しに歩く姿にちらちらと目を向ける大人たちもいるが、特に気にする様子はない。
 高台にある校舎から見下ろした先に駅の線路がうかがえるため、まずはそこを目指す事にした。

 この学園は都市部から離れた郊外の高台に建てられた大変不便な立地である。そのため一般の生徒は大分離れた駅からの送迎バスが唯一の登校手段であり、その駅までの道沿いには商店もほぼないような田舎道。
 保護者からしたら管理しやすく、寄り道をする心配もない。実に素晴らしい通学路であるが生徒達からの評判は最悪の一言である。
 だが入学初日から自宅からの送迎で過ごし、友人もいない真莉愛にとってはそんな事は知るすべもない。
 タクシーを捕まえるといった意識も無い彼女にとって駅までの道はただ、歩く事のみであった。

 慣れない道を革靴で歩いたためか足は靴擦れを起こし見覚えのない景色も増え始めると、徐々に不安が芽生えはじめた。
 脳裏に浮かぶのは昔見たアニメ映画の子供の姿。無謀にもたった一人で母親の入院する病院へと向かい、結局家族みんなに迷惑をかけてしまったその子の姿がまるで自分自身のように思えていた。
 そんな自分が情けなくてやがて一歩も動けなくなってしまった。

 「アタシ……うちにも一人で帰れないんじゃん……」

 しゃがみ込んだ真莉愛に無慈悲にぽつぽつと雨が降る。そんな彼女に傘をさしかける人は、いまここにはいない。


EPISODE7 お嬢様と答え合わせ 「これ、アイツには内緒だから!」


 「ここまでのようですね。」

 音も無く現れた服部が号令をかけるとともに、何処に身を隠していたのか、周囲の電信柱や物陰から雨後の竹の子のように変装した従者たちがぞろぞろと現れ、真莉愛を担ぎ上げていく。

 「へっ……? はっ……服部!? 皆!??」
 「お嬢様―あーもーー本当にがんばりましたね!!」
 「撮影班。映像は後でしっかり皆に回してよね」
 「はい、編集作業の準備もばっちりです」

 感極まった一部の侍女は何やら涙を流しながら、真莉愛に被せた暖かそうなジャケットごしに泣きつく。

 「ちょっと……撮影?どういうことアンタたち!?」

 何が何やらわからぬまま、もみくちゃにされ車に乗せられて屋敷へとたどり着くやいなや、あっという間にお風呂場へ放り込まれてしまった。
 侍女数人がかりで入念に大浴場でゴシゴシと身体を磨かれ、湯舟で入念に暖められた後、もこもことした暖かいパジャマを着せられ、侍女たちに囲まれていた。

 「つまり……最初からぜんぶ見られてたってこと?」
 「はい! 登校風景からずーーっと拝見してました」
 「無事実習室についた時はほっとした~~」
 「お友達と喧嘩された時はもう心臓がきゅっとして」

 今日一日の真莉愛の様子を肴にしてわいのわいのとはしゃぎまわる侍女たちとは対照的に、真莉愛は餌を詰めこんだハムスターのように頬を膨らませっぱなしである。
 ドライヤーで髪を乾かされ、丁寧にブラッシングとヘアオイルを塗りこまれている様はまるで不機嫌な猫のよう。
 鼻歌交じりで世話する侍女たちはとても上機嫌で、朝方あれだけの事を言われた所で気にも留めていない。長年彼女に仕える侍女たちというのは大変図太いのだ。

 「そうそうお嬢様」
 「なによ……」
 「侍女長がお呼びでしたので、後で行ってあげてくださいね~」
 「!!」

 その一言にに真莉愛の表情が一気にしょぼくれる。これだけの目にあって、さらにお説教とは。
 今日の散々な一日を思い返し、真莉愛は大きくため息を吐いた。

 侍女長部屋の入口に服部は直立不動で待機していた。真莉愛の姿を確認すると、深々と頭を下げ丁寧に招き入れた。恐る恐る真莉愛が入室すると、服部はそっと上座へと導いた。音もなく椅子を引き、真莉愛を丁寧に腰かけさせる。

 一見豪華な調度品も無く、控えめな色調の部屋ではあるが、置かれている家具は服部が直接、海外の古物商から買い付けたアンティークたちだ。備え付けられた暖炉の薪がパチパチとはじける音が静かに部屋に満ちている。

 「お茶を淹れましょう」
 「……うん」

 ティーカップに注がれた暖かいミルクに琥珀色の液体が注がれる。部屋を満たす茶葉の香りが、真莉愛の心をゆっくりと包み込んだ。
 服部お手製のミルクティーに、ティースプーン一杯のはちみつを入れた味付けが、真莉愛は大好きだ。
 何か嫌な事があると、服部はいつもこれを淹れてくれる。口を付けると優しい味が、喉元を通って真莉愛の心を優しく温めた。

 「葛迫がいなくたってなんとかなるって思ってた…」

 服部は黙って真莉愛の言葉に耳を傾ける。

 「でも……アタシなんにもできなかったし、なんにもわかってなかった」
 「学校に入ってからアイツが急に余所余所しくなってなんでだろってずっと思ってた。けどあれは、アイツなりのアタシへの気遣いだったのね」
 「お嬢様が従者とともに人前に出るという事は、主従の明確な線引きを周囲に示さねばなりません。イズルもそれを意識して接していたのでしょう」
 「アイツが昔みたいに色々な表情を見せないかなって色々試してみたけど、あのクールぶった顔を一切崩さなかったんだもん。なによもう。そんなのわかるわけないじゃん……」

 真莉愛は息を吐いて、こらえるように天を仰ぐ。

 「クズでザコなのはアタシの方ね。笑っちゃう」
 「イズルも最初から出来たわけではないのですよ」
 「そうね、よーく覚えてる」

 おままごとをしながら転ぶ葛迫の姿を思い返し、真莉愛の口角が少しだけ上がる。

 「あの子が仕えはじめてばかりの頃、お嬢様がお熱を出された事がありましたね」

 小さい頃の真莉愛は病弱で学校にも行けず、体調を崩す事がしばしばあった。両親は共に忙しく、使用人達が家族の代わりに彼女の面倒を見ていた。
 服部は「これは内緒にしていただきたいのですが」と前置くと真莉愛に尋ねる。

 「あの子がお嬢様にお作りしたお粥を覚えていますか?」
 「覚えてる! あれとっても美味しかった!」

 その言葉に服部は口を押さえて笑う。服部の珍しい表情に真莉愛はあっけにとられてしまう。

 「……ふふ。失礼いたしました。実はあのお粥、お塩を物凄く入れてしまったそうなのですよ」

 曰く、塩を入れた瓶を味付け直前にひっくり返してしまい、思った以上に塩を盛ってしまったのだという。作り直す時間も無い。服部も怖い。真莉愛も怖い。正常な判断力を失った葛迫は、覚悟を決め、そのまま真莉愛に差し出すことを選んだ。

 「お嬢様はそれを大変美味しいと召し上がったのです」

 ただ、ぽかんとする真莉愛に服部は優しく微笑んだ。

 「イズルは、それが大変嬉しかったのだそうですよ」

 熱で朦朧として舌が馬鹿になっていたことは勿論、汗をかいた真莉愛にとって、その塩分が美味しく感じたのだろう。

 「今のイズルになった一番のきっかけはそれです。」
 「……そんなことで?」
 「『そんなこと』ですよ」

 飲み終えたカップを服部は音も無くテーブルに置く。

 「お嬢様にとって本日はお辛い一日だったでしょう。時間割もわからなくて、忘れ物もしてお昼ご飯だって一人じゃ買えなくて」
 「学園の子や葛迫にまでひどいこと言っちゃった」

 こらえきれなくなった真莉愛のまなじりから大粒の涙が流れ落ちる。
 服部はそっと腰を落としてハンカチで真莉愛の涙をぬぐう。

 「お嬢様は勉学もしっかりと修めておられます。今日の出来事の殆ども。葛迫にお任せいただいていた部分が出来ておられなかっただけの事」
 「葛迫の側にいても恥ずかしくない人に……なれるかしら」
 「それはお嬢様次第です。ですが決意のきっかけは人それぞれ。――それこそあの日のイズルのように」

 真莉愛の瞳に光がともる。

 「もし何かなされたいというのであれば、私共も全力でお支えいたします」
 いつの間にか覗き込んでいた侍女たちが、物陰から真莉愛たちを見守っている。

 「お嬢様はどうされたいですか?」


EPISODE8 モーニングルーティン その2 「だからね、たまにはアタシが淹れてあげてるのよ」


 「このような所までのお出迎え、誠に恐れ入ります」

 梅雨が明け、初夏と呼ぶのにふさわしい、うっすらと汗ばむような陽気が夏の訪れを感じさせる頃、葛迫はようやく登校できる程度には回復した。
 従者用の宿舎から出た葛迫を迎えたのは、自身の鞄を後ろ手に持ち、にんまりと笑う真莉愛の姿だった。

 「杖なんかついちゃって、これじゃノロノロとしか歩けないんじゃない? クズじゃなくてグズ。そうだ、グズザコに改名したら?」
 「お気遣い、誠に感謝いたします。このような状況ではありますが、働きに支障はございません」

 両手に携えた松葉づえを支点にくるくると、円弧を描いて移動する姿は、むしろ歩くよりも素早く見えた。

 「……ちょっと引くわ」
 「恐れ入ります」
 「いや褒めてないから!」

 宿舎から屋敷の正門までの道を二人で歩く。いつもよりも少しだけゆっくりと歩く真莉愛の後ろを葛迫も少し速度を落として歩いていく。

 どこかソワソワとした真莉愛の様子と、気配を隠しきれずに遠目でこちらの様子をうかがう侍女たちの目線が「お嬢様に声をかけろ」という圧力を葛迫へと向けている。

 「お嬢様、その手袋お似合いですね」
 「へっ!? あ……うん! あ……ありがとう」

 目線を合わさずそそくさと前髪をいじる仕草は、彼女が何かしらの隠し事をしている時の癖である事を葛迫は長い付き合いでよく知っている。特に引き留める必要の無いものであるならば、そのままあえて様子見に徹するのが葛迫の方針ではある。
 ――ただ先日はその判断を見誤った事を忘れてはいない。そして周囲のサインは『そのまま押しきれ』の一点張り。そのため今回は遠慮なく踏み込むこととした。

 「ですがこの季節には少々お暑いのでは…… もしや手荒れでしょうか? よければお見せくだ――」
 「あー! もう! 解った! 解ったわよ!」

 真莉愛は背負っていた鞄から紫色の生地で縫われたぬいぐるみを取り出した。真莉愛のお気に入りのワンピースを模した服を着せられており、大きさはセバスチャンと同様のネズミともウサギともとれない不思議な造形ではあるが、それとなくセバスチャンを意識した形である事だけは感じられた。所々の糸はほつれて何度も縫い直した部分もあり、既存製品を加工したセバスチャンと比べると、お世辞にも上手に出来たと思えない造形だが、不格好なりにも懸命さが伝わる代物であった。

 「ぬいぐるみの縫い方を……教えてほしい?」

 あの日の翌日、登校した真莉愛は、早速葛迫へと好意を寄せる同級生の元へと向かい非礼を詫びると深々と彼女に頭を下げた。

 「私、あなたにあれだけの事を言ったのよ? そんな相手に教わりたいって? 本気で言ってる?」

 いぶかしむ彼女に真莉愛は「だからよ」と強い決意を込めて真莉愛は続ける。

 「べつにアタシの事を嫌いなままでも構わない。それに葛迫をダシにしてることにはかわりないわ」
 「よくわかってるじゃない、だったら――」
 「けど! アンタが葛迫に送ったハンカチには本気の気持ちがあった。アイツのために頑張ってくれたアンタにこそアタシは教わりたいの」

 彼女は「ずるいね」という言葉を吐くと、
 「じゃあ、まずはアンタ呼ばわりをやめて、私をちゃんと名前で呼んでよ。そしたら糸の通し方くらいなら教えてあげる」

 「だから、そう、今針とかいっぱい刺さっちゃってて」

 しどろもどろになりながら真莉愛は続ける。

 「アンタへの誕生日プレゼント、ダメにしちゃった……じゃない?
 でもでも服部が、『しばらくお買い物禁止です』なんて言うから変わりを用意できないの! ひどいでしょ!? だから……そう、仕方なく、仕方なくだから! 来年は凄いの買ってやるんだから、おぼえてきなさい!」

 ぬいぐるみを押し付けながら慌てふためく真莉愛の姿を、遠目から侍女たちがうんうんと頷きながら眺めている

 「何よその顔! あ! こら逃げるな待ちなさい!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ね走り去る侍女たちに抗議する彼女の顔は、耳の先まで真っ赤になっている。その様子に葛迫は口を押さえて震えている。

 「何よそんなに笑うところ!? うう……酷い出来なのは解ってるけどさ……でもこう、少しは喜んでくれればなーって……思ってさ」
 「いえ、お嬢様、申し訳ございません」
 「……? どうしたの? 何? まだ足痛む?」
 「大丈夫です、ご心配なく」
 「もう! 無理しないでよ! ほら鞄もってあげるからよこしなさ――え、……重すぎ? 何入ってんのよ? なんでアンタの鞄はどれも重たいのよ!?」

 慌ただしく葛迫の鞄を持とうとするも、一見コンパクトなブリーフケースのはずが真莉愛の細腕ではピクリとも動かない。

 「お嬢様のお世話に必要となりそうなもの全てです」
 「何が入ってるのかわからないけど、さすがにこんなにいらないでしょ!? 怪我人なんだし置いてきなさい!」
 「……仰る通りですね」

 葛迫は静かに頷くと、真莉愛が抱えていた紫のぬいぐるみを大切に抱き上げた。

 「この子一つあれば、他に何もいりませんね」

 リムジンの後部座席右側に真莉愛が座り、前方の助手席に葛迫が座るのがいつもの二人の定位置だ。
 ただ今日に限っては「けが人なんだからこっち座んなさいよ」と、真莉愛に諭され葛迫も隣り合って座っている。
 このリムジンの後部座席は真莉愛の占有スペースで、彼女のお気に入りのファンシーな飾り付けで所せましと彩られている。
 セバスチャンの定位置は真莉愛の隣に備え付けられ、飾り付けられたチャイルドシート。今日は先ほどの真莉愛が作ったぬいぐるみ(ジョセフィーヌというらしい)が無理やり押し込まれている。

 「昔はアンタも、こっちによく座ってたっけ」
 「そうですね、お嬢様のお時間を頂戴しておりました」

 車窓の外を見つめる真莉愛の視界を学園までの道のりが朝の陽光に照らされて流れていく。

 「いつの間にか葛迫がここに座らなくなって、どこかよそよそしくなって、どうしてだろう? なんでだろうってずっと思ってたけど、きっとそれがアタシが大人になるために、必要な事だったんだね」

 葛迫からの答えは無い。窓の外を眺め続ける真莉愛からは隣に座る葛迫の様子はうかがい知る事はできない。
 リムジンはやがて学園正門前にゆっくりと停車する。

 葛迫が杖を手にいつものように、席を立とうとしたところで

 「ありがとね」

 小声でそっとつぶやくと真莉愛は自分からドアを開き勢いよく外へと飛び出した。

 初夏の暖かな陽気が学園の喧噪とともに車内へと一気に流れこむ。

 「自分で開けるの、悪くないじゃない!」
 「お嬢様!?」

 振り返り、葛迫へと手を差し伸べたその表情が一瞬驚きに彩られるも、次の瞬間いつものような小悪魔の笑顔へと切り替わった。

 「ほら、とっとと行くわよ! 今日もめいっぱいこきつかってあげるんだから、覚悟なさい!」




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WORLD'S END
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無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
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コメント

  • ウニにしてはかなり平和なストーリーで面白かった -- 名前はナイ? 2024-09-20 (金) 10:16:46
  • 13歳!?!?エッッッッ -- 2024-09-28 (土) 18:22:50
  • くずさこの曲も欲しい -- 2024-12-09 (月) 09:02:24

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