名称 | Kuwanodu Krijvuot |
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司令官 | コマーン5世=ハバロスタ*1(ハバロ級戦艦1番艦「ハバロスタ*2」搭乗) |
人員 | 2,801,744人*3 |
みんつく分艦隊における総人員数 | 868,758 人 *4 |
標語 | MAINYU SEY IWA NODU! |
テーマ音楽 | https://www.youtube.com/watch?v=GnXwhcOClbk |
大北方艦隊(Estrectian Great Northern Fleet, GNF)とは、エストレクトィア海軍の方面自治軍のひとつである。
艦隊編成(旧軍)
初めてみんつく世界に降り立った大祖国民族戦争直後のGNF作戦部隊である。
- 「大北方艦隊(GNF)攻撃分艦隊」
- 空母打撃群「復習の槍先」×70 (全120中)
それぞれ護衛付きのスキップトン級航空母艦による空母打撃群である。合計水上艦艇数262隻。潜水艦12隻を内包。追記:なお、潜水艦隊について言えば、戦闘経験は極めて豊富である。12年連続で就役している艦隊である。
- フォーメーション「ウインドホエック」
「カンジャン」正義艦隊の護衛艦隊である。名称は北エストレクトィアの地方中枢都市から。ハルバロスター級戦艦2隻及びジベスター級戦艦12隻を含み、水上艦艇数56。潜水艦は3隻。
- デイロ「カンジャン」の正義による艦隊
旗艦隊である。デイロ(皇帝)から名前を譲り受けし栄光の艦隊である。ハルバロスター級戦艦5隻を含む。うち、白と金に塗られたものがあり、その超戦艦こそが旗艦である。水上86隻編成、潜水艦は6隻。追伸:司令官は超自然的能力を持つ伝説の武器を有する。
- 第三スコヴォキ本土防衛艦隊
機雷戦艦艇(敷設艦および掃海艇)により構成される。水上艦35隻と潜水艦6隻による艦隊である。
- 「ヤフキールの光」
通商破壊のスペシャリストである。 6の艦艇群に分けられ、それぞれジュレン級航空戦艦1隻に主導される。水上艦艇数は107隻と多いが大半が海防艦である。潜水艦は30隻。 補足:遠洋での通商破壊が主な任務である。コーディネートされた作戦行動を得意とするが、軍艦相手のまともな戦いは経験しておらず、今回のように艦隊を組むことは滅多にない。
- HBV 1-16
後方支援に関わる艦隊。戦闘にはあまり役に立たない。 ただし、使い古しまたは旧式の水上艦は自己防衛/最後の砦として有しており、舐めてかかるといいことはない。水上艦艇数131隻。飛行艇26機を含有。
- 第466対潜駆逐艦隊
対潜陣形をとる。飛行艇、水上機およびその母艦、駆逐艦とおとりの輸送艦によって編成される。 もともとは第七本土防衛艦隊の一部であったが、GNFのように分断されてしまった歴史を持つ。 水上機80機、飛行艇65機と艦艇34隻で構成される。34隻中20隻は輸送艦である。
- その他7艦隊
合計142隻。どこかに前哨基地を設営しに遠征中である。空母打撃群2部隊とその護衛艦隊、および後方支援艦隊3部隊によって内訳される。
アルバート・マールに首を切られた後の2号
歴史
大北方艦隊とは、1479年に海軍から独立して発足した海上軍事組織である。海軍と独立して艦隊の整備を行い、ある程度の軍事行動を行えるように自治権が与えられるという当時からすればたぐいまれなる艦隊であるが、これは数多くの本土から独立した海外領土を持ったエストレクトィアには必要不可欠なことであった。当時、まともな通信機器がない中で周辺国家は大規模な軍拡を行っており、本土と連絡を取り合っていては間に合わない実情があったのである。当初はフリゲート艦24隻のみで構成された小規模艦隊であり、自衛目的の艦隊が目立った軍拡を見ることは16世紀になるまでなかった。
16世紀には海賊が近海を跋扈するようになり、大北方艦隊は本土の連合艦隊を除いたエストレクトィアの艦隊の中で最も激しい戦闘を行う艦隊になってしまったのである。これを受け、本土は北洋艦隊の整備優先度を上げたほか、大北方艦隊のベテラン性は国内外にしれわたるようになり、海賊の荒波が静まったのちもその名が忘れられることはなかった。
18世紀も中頃になってくると、木造帆船の時代は終焉の兆しを見せるようになった。他国がそうしていたように、エストレクトィアも佇む帆を靡く煙へと変え、木はこれまた黒鉄に置き換えた。 ところが、大北方艦隊の場合はそうそううまくいかなかった。甲鉄艦の大半は本土の造船所で建造されており、工業がまだ未熟な大北方艦隊海軍工廠はなかなかそれに倣うことができなかったのである。
時は流れて二十世紀の1911年、帝国領ゲウツェンラントが社会主義革命を起こし、その余波が帝国各地に波及すると、栄光ある大北方艦隊の戦場は緩やかに南下していった。先進的なる大北方艦隊はこの時点で新兵器「潜水艦」を保有し「艦載機」の開発を行っており、爆撃機が脅威でなかった時代にもそれを探求し続けた。
1936年1月28日、南下しつつあった大北方艦隊は二手に別れることとなった。片方は本土防衛のため母港に帰還し、もう片方の艦隊、スキップトン級航空母艦を中心に編成された空母打撃群はシェルロン(先述の赤色革命を支援してエストレクトィアの内部崩壊を画策した敵国)沿岸の通商破壊と工業地帯への妨害工作を目的に遠征を続けた。
快進撃の大北方艦隊であったが、1943年、大北方艦隊の母校をハリケーンが襲いかかり、帰港中の艦の1/3が忽然と姿を消す事件が発生した。鎮守府はサイキデリカによる攻撃を受けたと考えたが、そのような証言はなかった。*5
1951年、世界戦争は正式に終了した。栄えある大北方艦隊は再び一つになり、また本土復興にお金を回すため、大幅に経費を削減された。1960年代にはヌェヴァ・メセータ近海の海賊対策といった懐かしい業務に復帰した他、国際連邦主導の軍事演習*6に参加したりと久しぶりの平和を味わうことができたが、2020年に他の3つの超大国がエストレクトィアに侵攻すると、大北方艦隊は孤立し、慢性的な資源不足に悩まされて半壊してしまう。
最後まで極地や同盟国ノヴァニアの海に隠れ、デイロが再度君臨し、復興の道へと進めるようになるまで生き延びた艦はいまでも現役である。
なお、孤立状態にあった潜水艦隊は無意味な通称破壊を繰り返していたというが、あまり大きな問題にはなっていない。
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Tag: 海軍