小説/サイドストーリー/ひと騒ぎ起きなきゃまともに恋すら出来やしない

Last-modified: 2021-06-11 (金) 01:28:55

著:こいさな

 木曜の午後、2時間続けて「家庭基礎」という授業が入っている。
 この授業ではあくまで中学で家庭科として学んだ内容の延長上にある内容を学ぶため、授業別内職*1の割合はダントツのトップであるらしい。
 しかし、今週の家庭基礎だけはそうもいかないようだ。なんていったって、このクラスにとってはじめての調理実習がある。しかもただの調理実習ではないらしく、クラス全員で100名ぶんを超える大量の食事を美味しく作り、そして何故か学園本部へ届けないといけないらしい。

「はい、10分しかないので手短に。特にやりたい料理はありますか?」
 学級委員を務める想良はこう呼びかける。もうカレーは嫌です、などという声が聞こえる......無理もない。こう頼んだ南沢班は以前カレーを作った際に散々な目に逢ったことがあるからだ。
「アイは甘いのがいいのだ!」
「はい!私甘いの勘弁!」
「はい!俺も甘いの勘弁!」
「はい 俺勘定期」

 なんてひと悶着?あったあと、クラスの器用王Felixの提案でメインはポトフという料理になった(発祥がやや欧州寄りなので、ドイツ出身の彼はうれしそうだった)。メインは1・2班が担当するため、3・4班はそれに合いそうな好きなものを作っていいよ、ということになった。
 ここまでが、いわゆる長い前置きというやつである。

 調理実習が始まる。3班・4班は早速材料を見に地下倉庫へ・・・かなり特殊な保存方法がなされているが、キャベツ・ジャガイモ・玉ねぎ・ソーセージなどいわゆるポトフの材料は揃っており、他にも色々なものがある。
「さあ、枝川さん」
「えっ、あ、はい」
 突然に名前を呼びかけられるのに驚いた枝川は、その場でドギマギし始めた。やりたい料理があるにはあるのだが、見抜かれていたのだろうか?
「何を使うかは自由だと聞いています、どうします?」
「えーと......ポトフの材料は、ジャガイモ、玉ねぎ、キャベツをはじめとした好きな野菜類と、あとはソーセージ......できれば被らないようにしたい」
 想良雪姫。真面目な学級委員、一般的には教師ウケが良いとされるタイプの女子だ。これまで研修など多くを共にしてきたが、一緒の活動が長くなればなるほど、枝川を「なんとなく避ける」態度の取り方が上手く行われるようになってきた。いまも野菜や食材を眺める一方で、顔を向けないようにしている。
 枝川浩行も同様である。想良についてあれこれ考え取り乱すことがあったが、それは段々となくなり、いまではクラスの話を進めるいいまとめ役となっている。研修で取り乱してから、なんとなく二人の間柄に変化があったということである。
「そうね。被らないもの、といっても、結構あるけどどうする?」
 献立についてあれこれ考えていたら、後ろで見ていた笹川がひょっこり顔を出して喋りかけてきた。
「トマトはあるのだ?」
「トマト?またそれはどうして」
 聞き返すと笹川と仲の良い桜庭は、
「コイツがトマト好きだからなんじゃないの?」
 などと適当に返してきた。

 枝川はここで思いつく。トマトを使った料理、意外とポトフにも合いそうで、あわよくばFelix班をも見返せそうな料理を......。すぐに食事の届け先である学園本部にこのような連絡をした━━炭水化物は私たちで用意します、と。

 材料調達を済ませ、調理開始・・・100人分の面白いところは、粉チーズを大さじ50とか余裕で使ってしまうところである。当然のように目分量で調整される調味料は几帳面な想良が担当している。トマトは大きめのものを最低でも50個は使うようで、近江原が菊池の包丁捌き(彼女の中でははじめての挑戦!)を付きっきりで指導しているのと、あとは枝川がテンポよくざく切りにしていく。
「こんな感じ、手で押さえながら、手を切らないように、トマトを、あれ?押すんだっけ、引くんだっけ?」
「野菜切る場合は押すといいよー」
 宇都宮はアシスタントとしてトマトのヘタ取りや鍋の準備など雑用的業務に専念しており、ほかの3人は米を研いでいる。ポトフというのは煮込みスープのようなものでジャガイモを多く使い炭水化物系は合わないと思ってるはず、だからそこを突けたら良いな、などとFelixにどうしても一矢報いたい枝川の方針もあり、お願いだから笹川に色々弄らせないでくれという桜庭の懇願もあり、そういうことになっている。

「なんだか、上手くいかなさそうな気がするのですけど......本当に大丈夫?」
 計画が始まってから想良が弱音を吐くのは本当に珍しいことだった。
「きっと美味しく炊き上がる、心配してる?」
「私今回の味付を完全に任されてるでしょ?だから味が濃くなったり薄くなったりが心配なの」
「心配性なんだな」
 枝川がノータイムで返すと、
「やめて、こんなとこで責任とか、ほんとに、ね?」
 何か困っている様子で対応された上、当人はすぐ調理室の外へ出ていってしまった。

 一通り全て済ませたら、なぜかこの調理室で調理可能な大炊飯鍋×2に、研ぎ終わった米、トマト、粉チーズ、白だし、水、それから何故か南沢が用意していた、舞茸......?を全てわけ入れ、火にかける。入れていいんじゃねと最終的に許可したのは枝川だったが、たったの2株しかなかったため結局のところほぼ誤差であった。
 沸騰まで強火にかけたらすぐ沸騰してしまったので、そこからは弱火でじっくり炊くことにした。100人分というと20kgはあるが、そこは学園の技術力、どうやら20分くらいでふっくら綺麗に炊き上がってしまったらしい。

「ア!燃えてる!!」
 突然に発される枝川の大声に調理室中が注目する。炊飯鍋を支えるその手は不気味に輝く炎が揺れ、その異常事態は誰から見ても明らかだった。
「枝川さん!」
 想良は固まっている枝川に駆け寄り、その事態を確認すると
「すぐ鍋置いて!手袋取って!そう!」
 落ち着かせているか、急かしてもいるのか、そうやって指示を出していく。枝川は言われるがままに手袋を外し、水を張りかけのシンクの中へと突っ込む。脱ぎ捨てられた手袋はそこで丁寧に消火され、火事騒ぎは枝川の軽傷で済むこととなった。実はそのすぐ後ろで笛口やFelixが臨戦態勢を整えていたことは、枝川が後になってから知る話である。

「月岡先生、枝川の火傷はどうですか?」
 枝川が保健室へと駆け込んだわずか3分後、想良は心配になり養護教諭の月岡の話を聞きにきていた。
「Ⅰ度熱傷...わかるかしら?」
 月岡の端的な説明によると、枝川はⅠ度熱傷つまり表皮までの火傷を負ったそう。痛みはあれどちゃんと治療すればほとんど問題なく治るらしく、学園にある創傷被覆材を使えばほぼ一発で大丈夫だという。
「そう、よかった」
「雪姫?」
「何?」
「その、ありがとな、色々、さ」
 この一言。枝川の発したこの一言がなければ全部順調に進んでいたのに、これを聞いて意識せざるを得なくなったではないか。二人が想い合う関係であること、学校内では風紀委員同士それをうまく隠せていること、そして一度それを意識してしまうと、ああもう。
「えと......その、ど、どういたしまして......」
 しかも、枝川は止まらなかった。一度感謝してそっちに気持ちが吹っ切れているのか、なんとなく落ち着いている様子まで見える。
「雪姫があの場で居てくれなかったらもっと酷いことになってたかもしれないしな、ほんとに助かったよ」
「いやいやいや、あの、そんな、やめてよそんなの、ね......?」

「えーだかわくーん!ご飯だよ~あれ??」
「うわあっ!」
 そこに割り込んできたのは宇都宮だった。しかもすぐ次の瞬間できれば触れられたくなかったことについてこう切り込んできた。
「あ、またお邪魔しちゃった??ゴメンネ。」
 桜の見える夜のこと。それまでの数日でどうして惚れ込んでしまったのか、それでもどうして今までずっと好きで居続けているのかは知らないが、あの夜は二人っきりですぐ側に居て、いくつか言葉を交わして、そして告白は叶わないまま宇都宮に割り込まれたのだった。
 枝川はその瞬間を想起し、顔を赤らめる。そして想良はそれよりももっと熱くなり、すっかり茹で上がってしまっている。
「そそそそんなの、気になんてしてないし、ね、あの、ご飯!そうそれ、優の持ってきたそれ食べて、ね、も、もう知らないからっ!」
 俗にツンデレセリフと言われる言葉を吐き捨てた直後、想良はどこかへ行ってしまった。そして直後、一部始終を見ていたであろう宇都宮はこう言った。
「えーと・・・枝川、料理完璧だったよ!」

 間もなく、ガラガラとしたワゴンの音が聞こえる。美味しそうなポトフとトマト炊き込みご飯の香りが漂ってくる。そして次には話し声。先ほどまで枝川に困っていた想良の声だった……枝川はこれに聞き耳を立てる。
「……とに、大丈夫なんですか…?」
「ありがとう。これは大事に頂くよ」
 もう片方の声の主は学園の用務員だった。用務員がいるとき探求心に大幅強化が掛かってしまういつもの枝川は、すぐに後をつけ始めた。しかも枝川らしくなく、堂々と、大胆に、ワゴンを引く用務員の横を歩き始めた。
「枝川じゃないか、1-Cってもしかしなくても枝川のクラスだよな?」
「すごく美味しく出来たんだ、食べてもらわなくちゃ困る」
 その後無言で用務員の隣を歩く枝川。なんで付いてくるんだ、みたいなことを言わないのは、料理を作った者への理解の印だろうか。やがて二人はよく見る例の地下ポータルへと到達した・・・なんてことのない、サバゲー部へ繋がるポータル。枝川は何度も出入りしている。しかし用務員はまず
「内緒にしてろよ、枝川?もしバレたら退部あるかも」
 そして次にこう言い残し、料理の載ったワゴンと共にポータルの向こうへ消えていった。
「そんじゃあ先行っとくよ、来たくなかったら来なくていい」

******

1年3組はとても賑やか。それは活気のある人が一人や二人抜けたところで、みんなが静かになるような場所ではないということだ......
「枝川さんがいないので、代わって私が連絡します。明日の数学では確率計算機を使うらしいのでトランプやサイコロのような確率で遊ぶものがあれば持ってきて構わないそうです、それと......」
「お待たせ!ごめんな、はじめててくれて」
「いえ、もう終わりますので気にしないでください。その代わり」
「その代わり?」
「......明日のHRも全部枝川さん持ちね」
「ひどい!」
…...1年3組はとても賑やか。なぜなら...学級委員たちですら騒ぎが好きなんだもの。


*1 別の授業の課題や勉強を行うこと。一般的な学生用語である。太鼓さん時報調べ