小説/16話「宿泊・第四篇」

Last-modified: 2020-04-26 (日) 17:27:49

16話「宿泊・第四篇」

著:てつだいん/こいさな 添削:学園メンバー

 

自給自足サバイバルレース(5)~逃げた先のふるさと~

私は独りで歩き続けた。曇りのどんよりとした空の下、森を抜けた先にある小さな湿地を。
未だに他の3人は見つかっていない。これだけ探しても見つからないということは、もっと遠くに行ってしまったのかもしれない。そうしたら、一生ゴールできないんじゃないかという恐怖すら感じるようになった。
そう、私、古閑 抄雪は他の班員と離れ離れになってしまっている。

 

無理に歩くよりも、誰かが通りかかるのを待って休んでいたほうがいいのではないかと思うくらい。
その時だ。その時だった。進行方向に誰かの影らしきものが見える。
一瞬期待してしまったけど、4人いるみたいなのでおそらく他の班じゃないかと思う。
それよりも驚いたのは、何故かこっちに向かって走ってきているということ。何者かを追いかけるかのような勢いでこちらへ迫って来る。反射的に危険を感じて身構えてしまう。
近づいてきたのは……私の知らない他クラスの生徒っぽい。面識が無いと、助けを呼ぶのも難しいか。
そう思いながらも相手の走りを見ていると、私は驚きの一言を耳にしてしまう。

 
 

「いた!」「きっとあいつだ!捕まえろ!」

 
 
 

捕まえろ……?!

 

その目線は私の方向を向いていた。それも同級生の仲間としてではなく、悪人を見るような目で。
古閑(何か勘違いされてる……?!)
逃げなきゃダメだ、そう思う前に足はもう反対方向へ走り始めていた。とにかく今は一旦距離を置かなければ……!
走りながら考える。何が起こっているの……?!そして私は何をした?今まで正しいことをしてきたはず。自分が責められる理由など何もない。私は私を信じるのみ。
それでも、足を止める気にはなれなかった。逃げずに説明しようにも、こんな私じゃ……

 

「おい!逃げるな!」

 

どうやら追いかけてくる生徒の中の足の速い男子がいたらしく、みるみる距離を追い詰められていく。このままじゃ追いつかれる……追いつかれる!

 

その時だった。後ろで『ヴッ』というひるみ声とともに土に倒れる音がした。チラッと後ろを見ると、その男子はつまずいて転んでいた。湿地を走っているのだから、転びやすいのは言うまでもなかった。
今なら行けると思い、無我夢中で足を回した。気づけば後ろから追ってくる影は無く、うまく逃げ切れたみたいだった。幸い、私が転ぶことはなかった……あれだけ焦っているのにうまく逃げれたんだ。不幸中の幸いと言えようか……

 

古閑(一体なんだったんだろう……)
気になることはいっぱいある。息切れしそうになった自分を休め、呼吸が整ったところで再び今までのことを考えてみた。

 

追いかけられる時、『捕まえろ』という言葉が聞こえた。でもその標的は本当は私じゃないはずだ…… それは私が今までしてきたことに確信を持っていたから。他の班が私を探しにきてくれたとしても、『捕まえる』という表現はしないはず……
思い切ってその可能性は捨てよう。やはり勘違いされている可能性を疑ったほうがいい。でもそうなると……これ以上何も考えようが……

 

ダメだ……!考えても何も答えが出ない。もやもやするのは仕方ないけど、今はとにかく1班のみんなを探しに行こう……

 

冷静になって辺りを見回して、初めて気づいた。
ここはもう湿地ではなかった。
山は完全に下りきっていて、目の前に広がっていたのは広大な田んぼ。家が少しぽつんぽつんとあるくらいで、この辺りに人は誰も見えなかった。

 

今まで曇っていた空は少しずつ明るくなり、また太陽が顔を出していた。

 

今持っている地図を見ても、確実にコース外だった。いつの間にか進む方向が狂っていたみたいだった。今は自分の班のパソコンは疎か、方位磁針すらも音哉君に預けていたから持っていなかった。自分の位置を知る手立ては無く、どうしようもなかった。
古閑「ギン……私はどうしたらいい……?」

 
 

……本当に私は家に帰れるの……?そういう不安は何度も頭の真ん中を突き抜けていく。自信が持てなくなっていた。そして後悔も……

 
 

あの時、ちゃんと口で喋ることができたら……伝えることができたら……!!

 
 

滲み出る涙を、目をつむって必死にこらえた。
もう歩けない…… 希望の足場ががだんだんと黒色に塗りつぶされ、絶望へと倒されていく。目の前に道は無い気がしてきた。

 

ここで終わりなの……?

 

そんなの……嫌だ……

 

でも、今の私には何もできない……

 

私の……負け……ね……………………

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

???「きっとあなたのことね」

 
 

古閑(?!)
驚いて涙をぬぐい、前を見た。
前にいたのは、農家のおばあちゃんのような人だった。麦わら帽をかぶっている。

 

???「確か、あなたは……古閑さんっ、よねぇ」

 

古閑(ど、どうして私の名前を?!)

 

???「いいのよ。無理に喋らなくて。人前で話すのは苦手なんでしょう……?」

 

さらに驚いた。そんなことまで知っているのは……どうして?!

 

???「とにかくぅ、私の家までおいで。すぐそこだから」

 
 
 

案内されたのは、すぐ近くにある質素な家だった。本物の田舎というようなこの場所に立つこの家は、なんだか温かみを感じた。
畳の部屋に案内され、お茶を出された。
真ん中には四角い木のテーブル、そして壁には掛け軸、生花。少し古いモデルのテレビに、隣に置いてあるラジオ。
少し待っていると、お茶を出された。
???「どうぞ、召し上がれぇ」
お茶を飲む前に気になりすぎて仕方がなかったので、私はメモ書きに急いで文章を書き、腕を伸ばしてスッと机に差し出した。
古閑『あの、あなたは誰なんですか?』
おばあちゃんはそれを見るとゆっくりした優しい声で話した。
???「そうだね。それをまだ言ってなかった。それじゃあ自己紹介を……と言いたいところなんだけども、残念ながら言えないんだよね…… 色々と事情があってさぁ。でもね、あなたの通っている次郎勢学園に関わっているってことだけは話せるねぇ」
私は黙ってメモを書く。
古閑『なぜ私の名前を知っていたのですか?』
???「それも言えないねぇ……君の情報は知っているのに、申し訳ないねぇ……」
怪しい人だとは思ったが、悪い人ではなさそう。
???「あ、それじゃあ呼び名だけは教えておこうかしら……わたしはコウノエって呼ばれてるよ。下の名前そのままだね」
コウノエさん……か……
コウノエさんと言うと、似たような響きをよく聞く気がするけど……
古閑『それ以上は何も言えないのですか……?なぜ?』
コウノエ「これを教えちゃうと、学園の生涯に関わるかもしれないんだぁ……」
何も情報が掴めないまま、もやもやが続く。でも次郎勢学園に関わっているというだけで、何か裏がありそうに思えた。

 

一呼吸置いてお茶をすする。
古閑「ウッ……!」
コウノエ「あ、熱すぎたかな……?ごめんね……」
思わず声が出てしまったことに頬を赤らめる。
コウノエ「仲間とすぐにコミュニケーションが取れないってのはぁ……不便なもんでしょ……?」
こくりと頷いた。
コウノエ「いつかは喋れるようになれるといいよねぇ。別に今すぐじゃなくてもいいんだ。でも、話せたほうが、絶対楽しいと思うよぉ」
これに関しては頷かなかった。自信が無かったから。
コウノエ「まあ、そりゃそうだよねぇ……簡単じゃないんだよねぇ…… えぇっと、それでさ、道に迷っちゃったって聞いたんだけど、合ってるよねぇ?」
これまた驚いた。勢いで頷いてしまったが、顔は硬直してしまった。なぜそんな事まで知っているのか……?!
コウノエ「うちに方位磁針があるから、それをあげるよ。それがあれば、方角の目処は付くでしょう?」
私はまたこくりと頷く。
古閑『ありがとうございます!』
コウノエ「それと、せっかくだからご飯も食べていきなよ。お腹空いてるでしょぉ……?」
古閑『でもそれは事情があって無理なんです……』
それはサバイバルレースのルールに乗っていた。飲み物の持ち込みは可とするが、食べ物をかばんに入れて持って行ったり、参加者以外から食べ物を分けてもらうなどをした場合は失格とする、と。
いくらこんな場所とはいえ、kou長のことだから、何らかの手段で監視されているかもしれない。ルールはきちんと守らないと。
コウノエ「あー~、レースの決まりでダメになってるんだったねぇ~」
古閑『なので私は頂けません……』
コウノエ「安心して。それもなんとかしてあげるから』
コウノエさんの声が少し頼もしそうな声に変わる。
古閑『どういうことですか?』
コウノエ「このルールを決めたのはkou長だよねぇ?こんなに非常事態になっているにも関わらず、食料を貰うのはルール違反だなんて、酷いもんだよねぇ。いいよぉ、こんなルール守る必要ないだぁ。遠慮しないで食べてきな」
古閑『そうすると、同じ班の人に迷惑をかけてしm』
メモを書いている途中に声をかけられた。
コウノエ「他の班に迷惑?大丈夫。あなたたちを失格にするわけじゃないよぉ。まあまあ、大丈夫だから、試しに食事、食べてみ」
この人の言うことはどこまで信頼できるかわからない。でも、私の事情をここまで知っているほど学園に携わっているのだから、逆らっても仕方ないと思った。
古閑(もし失格になったら……ごめんなさい……!それに、皆が食べ物を手に入れてるかどうかも分からないのに……!)
そう心の中で祈って……
目の前に出されたおにぎりを一口食べた。

 
 

その瞬間だった。

 

kou長「今、ルール違反を確認したぞ!!」
それは紛れもない、kou長先生の声だった。
古閑(なぜ……?!なぜkou長まで……?!)
ここで確信した。私は何らかの手段で常に監視されているのだと。違反したらすぐに見つけられるように。もしかすると、他の生徒も監視されているのかもしれない。
古閑(やっぱりダメだったか……ごめんなさい……!!)
kou長「古閑さん、あなたは今、生徒でない者から貰った食料を口にした。そうですね?」
声が聞こえてくるのは、かばんに付けられているバッジからだった。まさか、ここに全ての装置があったのだろうか……?!
kou長「あなたの班はこれで失格となります。どんな成績を上げようと、商品を受け取ることは出来ません」

 

今回もまた……騙されたのか……?

 

kou長「どうやらはぐれているようですね。後で他の3人にもお知らせしますが、できるだけ早く、スタート地点かゴール地点まで戻ってきてください」

 

やっぱり……自分の選択が間違いだったというのか……?

 

そんな…………

 

私は今度こそ絶望した。

 
 
 
 
 
 
 
 

kou長「それでは、これで連絡を終わります。さようn
コウノエ「ちょっと待った!!」

 
 

?!?!

 

コウノエ「今の発言を全て、取り消してもらいましょう」

 

コウノエさんの声の調子がいきなり変わった。

 

kou長「何ですかいきなり?!あなたは誰ですか?!部外者でしょう?!」
コウノエ「なぜそう思ったんですか?私はれっきとした学園関係者です」
kou長「嘘です!そんなの嘘です!それじゃあ、試しに貴方の名前を名乗ってみなさい!そうすれば分かることです」
コウノエ「残念ながら、それはできませんねぇ」
kou長「名乗れない?!あなた、何様のつもりですか?!それで学園関係者だと証明できると?!」
コウノエ「私が名乗らなくとも、分かるはずです」
kou長「そんな馬鹿な!こんな声一度も聞いたことがない!」
コウノエ「はて……私のことをまさかお忘れで……?」
kou長「嘘をつくな……!お前は学園関係者ではない……!私はこの学園の校長だ……これ以上逆らうなら……」
コウノエ「静かに!!」

 
 
 

コウノエ「忘れてしまったのかい?」
kou長「なっ……」
コウノエ「最後に会ったのはいつだっただろうか……いつになっても変わらないようだねぇ……」

 

kou長「だ……だから……おまe……」

 
 
 

コウノエ「なぁ?幸一郎」

 
 
 

kou長「はぁっ!?!! ば、ばばbbばっばばbばばっ、ばぁぁa」
プツッ

 
 

通信はここで途絶えた……

 
 

自給自足サバイバルレース(6)~曇る未来とぼやける視界~

枝川「もう、ここまで来たら諦めるしか……」
南沢「流石にもう無理だ」
3班に何が起こっているのかは言うまでもない。パソコンを何者かに奪われてしまったので、譜面の見せ合いができないのだった。
菊池「もうこれ以上探しても無駄な気がするわ」
南沢「教師陣に連絡とかできないのか?」
雪姫「何回も試していますが、全く応答がないんです」
南沢「なんだ……くうぅ……教師陣め……」
枝川「こんな状況でも、どうせなんかの装置使って俺らを監視してるんだろうなぁ」
南沢「ってことは、応答できないんじゃない、意図的に応答しないようにしてるってことなのか?」
枝川「おそらく。それがkou長のやり方なんだ」
南沢「あ、あのク○校長が……ッッ!!」
雪姫「ちょ、ちょっと南沢さん?!」
ここまで怒るのは当然。言ってみれば、生徒達が困り果てているのを放置して、高みの見物をしているわけだ。
南沢「今まではなんとか耐えてたがもう限界だ。警察に通報する」
枝川「ちょ、南沢?!」
雪姫「110番が通じるわけないじゃないですか…… 使えてたらとっくにかけてます」
菊池「そのくらい、わかるでしょ……」
南沢「嘘……だ……」
今までの怒りが一転し、声も出さずに震えて絶望する南沢がそこにいた。
南沢「本当に……帰れるのか……」
枝川「きっとなんとかなるさ、きっと……」
雪姫「とにかく、屋台を探しましょう…… 命の危険が迫っていることを伝えれば、タダで食べ物をくれるかもしれませんし……」
信じて進もう、そう決めた。

 
 

こちらは4班。屋台を探しつつ、次の相手を探しつつ、平和に冒険中。
涼介「おっと、やっと山を下り終わったみたいだ」
近江原「これは……!」
優「あたり一面の……田んぼ……!!」
笹川「絶景……なのだ……!」
涼介「ここに出たということは、もうすぐで半分だな」
笹川「えー?まだ半分なのだ?」
涼介「とは言っても、ここからは平坦な道だから、進む速さもだいぶ違うだろう」
近江原「今までに比べればラクラクだ、きっと」
優「そうだね!!」

 

ふと、前に人影が見えた。
笹川「あ!あれは……他の班な気がするのだ!」
近江原「間違いない!」
涼介「おっと、ここは僕の出番かな」
重要なメダルの獲得チャンスだ。言うならば、自分たちの命がかかっているのだ。是非大量に貰っておきたい。
前に現れたのは、これまた1日目のカラオケ大会で見覚えのある顔だった。

 

劉「ヨォ!」
優「あっ、カラオケ大会で歌ってた中国の!!」
涼介(言い方……?!)
劉「『中国の!!』……あー、ぇそうそう、ワレが歌ってたんよ」
涼介「やぁ。是非お手合わせしたい」
劉「ん!今回は其が相手か」
近江原 (変に日本語訛ってるんだな……)
涼介「早速だけど、これが僕の譜面だ」
涼介はそう言うと、サッとPCを取り出して画面を見せた。
劉「それじゃワレは……」
と、彼も譜面を見せてくれた。
涼介「さて、どのような譜面なのか早速拝見……って、これ冥じゃねえか……!」
近江原「冥?!」
涼介「ここで冥を選ぶのか…… 勝負しにきてるなぁ」
冥。言うまでもなく某鍵盤音ゲーの有名ボス曲。序盤から漂う玄人感ある曲調、そして加速する中盤、そしてなんと言っても、その後の最難関……いわゆる階段地帯を抜ければあとはウイニングラン、と言われているこの曲。
涼介「これは楽しめそうだ」
そう言ってスペースキーをザクッと押す。
開始早々、16分5連などが使われていて詰め詰め気味というのが伺える。
涼介 (僕の実力だと、この難易度は辛そうだ)
しかし、言い換えればボスらしい詰め具合とも言えるかもしれない。
複合は段々と7連まで出始め、逆手などの厄介な配置も見かけられた。

 

涼介「叩けない……」

 

仕方なくガチャガチャしながらやり過ごすと、今度は静けさが襲った。

 

それはまさに、嵐の前の静けさと言えよう。

 

涼介「ここからBPMが早くなるんだな」
最初は1小説に1個の密度だったが、音符はリズムに乗ってだんだんと増えていく。
ダーン……
この曲特有の大きなキックが鳴り始める。
ダーン……
涼介「来るか……?!」

 

ダダッダダダッダ ダンダンダンダン
303033303,
3333,

 

ダンダンダンダンダダダダダダダダ……
11111111,
111111111111111,
その次だった。

 

2小節に渡って、わけのわからないものがレーンを走り去っていった。全てスクロールの違うドンとカッが、おそらく32分間隔で降り注いできた。
12121212121212121212121212121212,……
涼介「なんだこりゃ?!」

 

そこから自慢げに笑っているかのようなウィニングラン配置だ。密度は一番最初と同じくらい。
涼介「こんな挑戦をよくしたものだ……」
こうして譜面は終わった。

 
 
 

一方、涼介の譜面はどうなっていたかと言うと……

 

劉「さて」
選曲画面より見えたその曲は……ッ!
か、か、KAGEKIYOだー!!
しかも!聞いて見たら、音源が違う!
生演奏っぽい音源だ……!
劉「ギェッ、サブタイトルに?!」
サブタイトルに『ギター演奏:桜庭』と書いてある。
劉「まさかの本人演奏音源だぁ?!」
驚きを隠せないが、早くプレイを始めねば。向こうに迷惑をかけちゃいけない。

 

遊び始めると、割と正直な譜面で、本家表譜面のアレンジのようなものになっている。
劉 (なんか妙に不可が出る)
それもそう。なんだって生演奏なのだから、BPMがかなり揺れているのだ。肝心のドラムだが、音哉に頼んで一緒に演奏してもらったらしい。
どちらかというと譜面より生演奏のほうに意識がいってしまう。
劉 (かっこえぇ……)
そして、気づいたら譜面が終わっていた。

 
 

涼介「さて、終わったかな」
劉「今相談するから、ちょい待っててな」
お互いの班で交換する枚数を決めた。

 

涼介「それじゃあまずは僕から。君の譜面は最初から最後まで詰め詰めの譜面だった。ボス曲ということを考えれば多少はアリかもしれないが、それでも密度が最初から最後まで一定すぎる。特に序盤はもう少し落ち着いた配置をしてもよかったんじゃないかと思ったね。そうすれば、後半の難しい部分がもっと目立つ。ということで1枚だよ」
劉「なるほど……」
涼介が劉にメダルを手渡した。
劉「じゃあワレも。ワレ、あんま楽器とかに詳しくはねぇんけど、でも迫力があった。なんつぅか、んー、あー、臨場感ン……?まとにかく感動したぜよ…… だからメダル2枚でござる」
「おい!それ譜面じゃなくて曲の評価だろぅが!」
劉の班のメンバーからのツッコミが入る。
劉「アイエエエエ!?フメン!?フメンナンデ!?」
「あ゛ーーーもうばっかやろ!曲の評価してどうすんねん!」
劉「ワレ、失言せり……すまねぇ」
涼介「あ……これは返したほうがいいのか」
劉「ルールにこう書いてあるけ、『譜面交換で一度メダルを渡したら、後からその取引について交渉し直すことは出来ない』てな」
涼介「そうなのか……まあ自業自得だけども……」
優「やってしまったねー」
笹川「これは…やってしまったのだ!」
近江原「仕方ないとしか言いようが……」
劉「もうええわ、そのまま持って言ってくれ……」
いつもハイテンションな彼がここまで落ち込むとは驚きだ。いつものイメージが崩壊していく……
涼介「それじゃあ、健闘を祈るよ」
同じ班のメンバーにガミガミ言われながら落ち込んでこの場所を去る彼の後ろ姿を見ていたら、なんだかこっちまで同情したくなってきてしまった。

 

優「あっそうそう、最初から思ってたんだけどさー」
涼介「ん?」
優「涼介くんもだけど、なんでみんなもっとメダルを渡さないんだろう…… 10枚あるんでしょ?? 今まで見て来た感じだと、他の班に出会うのって3回くらいしかないんじゃないかな」
涼介「予備だよ、予備」
優「予備……??」
涼介「もしかしたらの話だよ。絶対3回ってわけじゃない。これから4回目、5回目、6回目と出会うことがあるかもしれないだろう?」
優「ま、まあ……」
涼介「せっかく他班と出会ったのに、メダルが無くて見せ合いが出来ません、なんてのは嫌だろう?」
近江原「慎重に使ってるってことだね」
涼介「そう。まあ、もう一つ理由はあるにはあるんだが」
近江原「もうひとつ……それは……?」
涼介「kou長は何をしてくるか分からない。あの校長なら、僕らを命の危険に陥れるなんてこともやりかねないからね。万が一のその時に他の班と出会えたらとても心強くなる」
笹川「手持ちのメダルを丸ごと交換しちゃえばいいのだ!」
涼介「そう。自分のメダルを全て相手に渡し、相手のメダルを全て自分が受け取る。これで食料の体力の確保はできる」
優「いやいやいやちょっと待って?? メダルの交換って、譜面の見せ合いも無しに……??」
涼介「いいや、見せ合いをした上での全部交換だ。見せ合いの時に交換する枚数には上限もなければ、明確な基準もない。もっと言ってしまえば、評価に応じた枚数とは書いてあっても、上手い譜面にたくさんのメダルを渡せ、なんてことはルールのどこにも書いていない」
近江原「確かにそうだ……!」
優「すっごい……!」
笹川「やっぱり旦那様は天才なのだ……」
涼介「だから、これは生き延びるための重要な資源だ。慎重に使っていかないと」
優「なるほどね…… 教えてくれてありがとう!!」
涼介「さて、平地もそろそろ終わりっぽい。また山に入る。皆、気をつけてくれな」
笹川「はいなのだー!」
4班一行は順調にルートを進んでいるのであった。

 

【現在の他班コイン】
1班…1
2班…0
3班…0
4班…4

 

笹川「それはそうと、流石におなかがすいてきたのだ……」
涼介「そうか、気がつけばもうこんな時間か」
腕時計を見ると、正午はとうに過ぎている。
涼介「それに、少しペースが遅めかもしれないな」
優「えっ?!」
近江原「これでも遅いの……?」
涼介「だって、笹川がここまで体力がないとは思ってもいたなかったから……」
優「アイちゃん、何度も休憩してるよね…… もう10回目くらい??」
近江原「それは仕方ないって」
涼介「だからこそ、もう少し急ぎ足で向かった方が確実だ」
笹川「でもお腹がすいたのだ、もう動けないのだ~(ギュルルル……)」
優 (モーレツにお腹鳴ってる……)
涼介「はぁ……困ったもんだ」
思わず深いため息をついて、その場に立ち尽くす。
涼介「こんな場所で、別れて行動なんてのは危険すぎる。なんとしてもこの4人で一緒に動かないといけないんだ」
近江原「それもそうだね」
優「でも、そしたらアイちゃんが……!
んー……どうしよう……」
涼介「何かいいアイデアは無いものか……」
笹川「……あっ!」
優「んー??どうしたの??」
笹川「あれ!あれなのだ!」
笹川が指差す先には、道端に落ちている、使い古された台車があった。

 
 
 
 
 

近江原「本当にこれ……するのか……?」
笹川「安心するのだ!アイは成功を確信しているのだ!」
優「アイちゃん……」
涼介「そりゃあ笹川自身は何もしなくていいんだからなぁ……」
今の状況。台車を指さした時点で何と無く嫌な予感はしていた。

 

笹川「出発なのだー!」
3人「おぉー……」

 

やる気のない返事とともに台車を動かし始めたのは、涼介。そして、その台車に乗っているのは、そう。ふにゅ~んだった。
その通り。言うまでもない。笹川を台車に乗せてコロコロ運んでいく作戦であった。
台車は3人が交代で押していく。
涼介「人間ってこんなに重かったっけか……」
優「アイちゃん、そんなに重いの?」
涼介「疲れているせいかな」
優「もしかして、あれかな……(小声) アイちゃんはky((」
近江原「ごっほん……ヴヴっ」
近江原は遮るように咳払いをした。
涼介「お願いだから彼の前であの話はやめて差し上げろ……!(小声)」
優「ご、ごめっ…………ん」
涼介「仕方ないさ、これしか方法は無いんだ」
涼介「はぁ……やっぱり重い」
近江原「ここ、少し上り坂になってるんだ」
涼介「重く感じるのはそのせいかもしれないな」
笹川「上り坂もラクラクなのだ~!」
近江原「く~!!ムカつく…………」
そんな、なんだかんだ言ってほのぼのしている会話をしているうちに、あることに気づく。
優「ねぇ、この坂結構長いね……」
涼介「そんなこと分かってるさ……一番辛いのは僕なんだ、分かってくれ……」
近江原「代わる?」
涼介「もうすぐ坂の頂上みたいだ。あそこで交代しよう」
やっと頂上が見えてきた。あそこでひとまず休憩……そうしよう……
その考えが甘かった。
涼介「さて、あぁー……疲れた……」
近江原「さてと、これを持てばいいのか……って意外と重い……?!」
頂上を少し超えて下り坂に差し掛かった台車は、止まる暇もなく坂を下っていく。
あまりの重さに体が引っ張られ、つい手を離してしまう。
近江原「あっ……!!」
涼介「あっ」
優「あっ……(察し)」
笹川「ふにゅ~~?!?!」
台車と笹川は下り坂をギュンギュン突っ走り、3人を容赦なく置いていった。
優「アイちゃんが……!!」
涼介「止めなきゃ……!」
近江原「ダメだ、これは間に合わない……」
笹川「ふにゅ~~~!!!><」
勾配は緩いながらもかなり距離のある坂なので、ぐんぐんとスピードを上げて下っていく。それでも笹川の悲痛の叫びははっきりと聞こえてくる。
どうやっても追いつけないことを悟ると、3人は諦めてだんだんと走るのをやめた。

 

笹川「みんなーー?!?!(涙目)」
(ギューーーーーン……)

 

涼介「これ、本気でまずいやつじゃ……(冷汗)」
近江原「あ、あぁ……」
優「き、ききききっと大丈夫!この先はまた上り坂だからきっとそこd」
笹川の進む先になんかあるーー!!!!!!
優「うわああああああああああああ!!」
近江原「駄目だ……終わった……」
近江原は顔を真っ青にして立ちくらんでいた。
笹川が行く先にはトラックのようなものが停まっている。ここにぶつかって、彼女は、彼女は……!!

 

笹川「ふにゅーーーー?!?!」

 

98km/h

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

笹川「ふにゅーーーーー?!?!?」

 

105km/h

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

笹川「ふにゅーーーーーーー!!!!????」

 
 

???「ん?」

 

笹川「ふにゅーーーーーーー!!!!????」
???「えええええええええええええええ?!」
笹川「ふにゅーーーーーーー!!!!????」
???「ちょとまてちょとまてちょとまてオイオイオイオイオイオイ」
笹川「ふにゅーーーーーーーにゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ」
_人人人人人人人_
> ガシャーン <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 
 
 
 
 

笹川「う゛っ…………ぐぐぐぐふっ」
???「うぁっ、イタタタタタ……」

 

坂の上から3人が駆けてくる。
優「アイちゃん?!」
近江原「大丈夫……!?」
涼介「無事なのか……?」
笹川「うぐっ……ぐぐぐぐ……痛いのだ……」
優「アイちゃん無事だった……!?」
笹川「まったく……いきなり手を離すなんてひどいのだ……」
近江原「生きてた……よかった……よかった……!」
近江原の真っ青な顔が元に戻り始めた。
???「いってーーぇ……ぐふっ、全く誰だ、こんないきなり衝突してきたやつ……」
その顔(……というか顔に被っている謎の仮面)には見覚えがあった。
涼介「あ、もしかして」
優「えっ?!」
???「あ、なんだ、学園の生徒か……なら仕方ないな」
優「仕方ないもんなの?!()」
涼介「もしかして、購買の……」
???「そう。亜弄使だよ」
優「亜弄使さん??!」
学校の購買にいるお兄さん、亜弄使 次郎。
アイマスクのような仮面(?)をつけている変わった人で、涼介らは結局アイマスクを取った彼の姿を見たことがない。

 

亜弄使「はぁ……それで、この店に突っ込んできたってわけか」
近江原「本当に申し訳ありません……」
亜弄使「いいんだいいんだ、気にしないでくれ。これくらいは想定内だから」
近江原「想定内だったんですか……」
涼介「こんなのまで想定しているのか……」
亜弄使「僕がクッション用意していなかったらもっと大変なことになってたぜ?」
優「本当に助かりました……ってか、なんでクッションなんて??」
笹川「お腹空いたのだ……」
涼介「元凶の元凶は笹川だろ!どういう態度だよそれ。もっと申し訳ない態度しておくべきなんじゃないか」
笹川「にゅ……」
亜弄使「クッション?あれは、職員が寝るのにに使ってる枕だ」
涼介「あれ枕なんですか?妙にふかふかすぎる」
亜弄使「ひどいと思うだろ?教師陣だけあんな快適な枕使いやがって……。僕らはもっと薄っぺらいやつだ」
近江原「先生たち、とことん贅沢するなぁ……」
優「私たちにはこんなに過酷なレースやらせておいてさ!」
亜弄使「だよなぁ。んで、昼間はお前が預かっておけ、ってkou長が言うのさ。仕方なく屋台に積んで、ここで店やってたら、ちょうどガラガラ……と来たわけ。とっさに枕取り出して、目の前に置きまくった。一部は笹川さん?に向かって投げた」
笹川「投げたのか?!」
亜弄使「こっちは命救う覚悟でやってんだよ!」
近江原「これに関しては文句言うもんじゃないな……」

 

亜弄使「それで、メダルはあるのか?」
涼介「はい。4枚あります」
亜弄使「おぉっ、丁度いいじゃないか。一人一枚で何か食べてけばいいさ」
目の前の屋台で、亜弄使さんは焼きそばを売っていた。お祭りでもよくあるプラスチックのパック容器に入れて輪ゴムで留めてある。
涼介「もしかして、これひとつが1枚で?」
亜弄使「その通り」
涼介「これなら多少お腹も膨れるんじゃないかな」
笹川「食べたいのだ!」
優「賛成ー!!」
近江原「賛成」
涼介「よし。決定だな。それじゃ、これで焼きそば4食ください」
亜弄使「あいよ」
割り箸を添えて、お待ちどうさま。
優「それじゃ!」
4人「いただきまーす!」
笹川「なのだ!」
4班は極めて順調に食料を確保できたみたいだ。

 

【現在の他班コイン】
1班…1
2班…0
3班…0
4班…0

 
 
 

古閑(本当に信頼できる人か……)
謎の学園関係者、コウノエの家を出た古閑は悩んでいた。
古閑(本当に信頼できる人に、何か喋りかけてみたらどう、って言われても……)
信頼できる人って誰だろう、そんなの、私にいるのだろうか。
私は今まで他人と仲良くするということがあまり無かった。まず、自分から他人へと話しかけようとしたという記憶が無い。
信頼できる人なんて考えたことなかったし、いたとしても話しかけ方が分からない。
そんなことを悩みながらも道を歩いていると、道端の小屋の裏の分かりづらい場所に、何やら怪しいテントが見えた。オレンジの蛍光色だ。
古閑(妙に新しい……)
ずっと前から置いてあるという感じではなく、さっき置いたと言わんばかりの新品感が漂う。
でも、特に用事があるわけでもないので、不思議に思いながらも通り過ぎようとした。
その時に聞いてしまったのだ。
「あれ?!古閑がすぐそばにいる」
「えぇっ?」
聞き覚えのある声は間違いなくあの人だった。
古閑(古宮先生と校長先生……)
間もなく、2人の人間が慌ててテントから飛び出してくる。
やはりそうだった。

 

kou長「君が……古閑さん?! どうしてこんなところにいるの?!」
いきなりの質問で戸惑った。メモを書こうと思ったが、
kou長「あの……コウノエさんに……会ったこと……誰にも話さないようにな…!?」
と慌てた口調で言うと、ものすごい勢いでテントを片付けてすたこらさっさと逃げ出してしまった。
古宮「ちょっと!?……校長!?」
古宮先生はすごく驚いた様子で言うと、
古宮「古閑、すまんが今は助けられないんだ。元の道はあっちの方向だ、どうか頑張れよ!じゃあな!」
と慌てた様子で言い捨ててkou長を追いかけていってしまった。
古閑(あの……パソコンが……!)
叫ぼうとしたが、いつも通り、心の中でしか響かなかった。

 

古閑(なんだったんだろ…… 正しい道の方角は分かったけど、コウノエさんについては秘密にしておくとか、どういうこと……?)
拾ったパソコンの事は知っているのだろうか。どちらにせよ、これについては何も助けを受けることができなかった。
まず今はできる行動をしなければ。皆と合流できる可能性はあるかもしれない。彼女は古宮先生の言っていた方向へ、再び歩き出した。

 

自給自足サバイバルレース(7) ~合流、そして対立へ~

 

また追われた。
知らないクラスの人だった。
前回と同じく、また泥棒扱いされているみたいで、事態が全く理解できない。
古閑(まさか、私の持っているパソコンが……!)
彼女はここで気付いた。彼女の持っているパソコンが、盗んだ物だと思われているのかもしれない。
古閑(やはり、拾わずに放っておくべきだったのかしら……)
いいや、そんなことは無いはず。あんな場所に置いておくわけにはいかなかったもの。大丈夫。私はきっと正しいことをしている。
今一度、自信を取り戻した。

 
 
 

Felix「順調だな…」
高砂「これで余裕が2枚できた」
照美「お店さえあれば、食料には困らないわね」
2班は、他のクラスとの譜面交換でさらに2枚のメダルを稼いでいた。
谷城「隊長、さっすがー!」
Felix「俺もここまで良い評価だとは思ってもいなかった」
照美「でも、これじゃ優勝には程遠そうね」
高砂「優勝しなくても、このイベントに参加できてるだけで十分楽しいと思うけど」
Felix「そうだな。楽しめればそれで構わない」
高砂「それにしても、『古閑がパソコンを盗んだ』って話、本当なの……?」
照美「私たち以外はほぼ全員知っていたみたい」
Felix「信じがたいことだが……」
谷城「全然喋らないから、怪しいと思ってたんだよ……」
高砂「でも、まだただの噂だ。本人に聞いてみるのが一番」
Felix「それもそうだな」

 

Felix「おぉっ、そろそろ上り坂が始まる……ついに上り坂だぞ!」
谷城「ついに……?どゆこと?」
高砂「そろそろ終盤だってこと」
Felix「その通り。この山を登りきったところに、ゴールがある。辛いかもしれないが、最後の試練とも言えよう」
谷城「あと少しだよ、頑張ろう!」
高砂「もう少し譜面交換したい気もするけどなぁ」

 
 
 

一方こちらは1班。古閑が居なくなってから、かなり苦戦しているようだ。
音哉「食べ物が無い……」
師音「飢え死にしそう……」
森「もう…………ダメ………………(ばたんきゅー)」
いきなり森が気絶してしまった……!
音哉「森?!大丈夫か?!」
師音「嘘…………」
突然の出来事に、動揺して何もできない。
音哉「…………あ、そうだ、救急車を…………!って、駄目だ、ここじゃ電話は通じない」
ここでは電話は通じない。というか、kou長が意図的に電話を切断している。
師音「どうしたらいいの?!このままだと飢え死にしちゃうかもしれない……!」
どうしようもないと思った音哉は、助けを呼んだ。
音哉「誰か、誰か助けてくださーーーーーーーい!!」

 

しーん……

 

音哉「音沙汰が無い……」
師音「僕ら、こんなところで死んじゃうっていうの……?!」
音哉「もはや、俺たちだけの力では何も……」
師音「嫌だ!こんなところで……死ぬなんて……」
音哉「お願いだ…… 誰か……誰か……!」

 
 

その祈りが通じたのか、遠くで何かの音がした。
音哉「何かの音……?」
涙を流しかけた師音も、静かに耳を澄ましてその音を聞く。
その音は、乗り物が走るような、そう、トラックのような……
音哉「あっ、トラック!!」
その音の正体を見破るように、ぱっと後ろを見た。
そこには、道路を遠くから走ってくる軽トラのような乗り物が見えた……
だんだん大きくなってくる……
師音「き、来た……!」
音哉「す、すみませーーーん!!」
音哉はやっとの思いで立ち上がると、手を大きく降ってその乗り物に合図を送る。
トラックはそれに気づき、音哉の近くで止まった。
トラックから出てきたのは……
音哉「……ん!?」
師音「古宮先生!?」

 

古宮「やあやあ、いろいろ大変みたいだね」

 

運転手は、まさかの古宮先生だったのだ。あまりの驚きに、一瞬空腹を忘れるほどだ。
音哉「ど、……どうして先生が!?」
古宮「あまりにもピンチだったから、kou長の許可無しで来ちゃった」
師音「えぇ…………」
古宮「なんだよそのトーンは?!俺が来ちゃ悪いのか?」
音哉「それより……お腹が空いて……」
いきなり忘れかけていた空腹の記憶が蘇って来た。
古宮「お、おぅぅぅ分かった、メダル1枚分なら渡せる」
そう言うと先生はトラックの中に入り、すぐに出て来た。
古宮「ほら、おにぎりだ。メダル1枚交換でこれしか渡せないんだ、すまんな」
古宮先生はここでもなおルールは遵守している。
音哉と師音はたった一つだけもらったおにぎりを半分に割って食べた。
古宮「中身無しな分、大きめのおにぎりにしてある」
二人とも夢中で頬張った。一口一口しっかりと噛み締めて、味わって、それでも早く。
今まで正気を保てなかったような自分の体が元に戻っていくのが分かった。
師音「美味しい……美味しい!!」
音哉「救われた……おにぎりに救われた…………って、森にも食べさせなくちゃ!!」
あと一口二口だけ、というところでふと我に返り、森の事を思い出した。
師音「そ、そうだった!」
師音も同じく、あとわずかに残ったおにぎりを見て『しまった』という顔をしていた。
音哉「おーい、森……!おにぎりだ、おにぎりだぞ」
気絶していた彼女だったが、おにぎりの香りのせいだろうか、音哉たちの声かけのおかげだろうか、ぱっと目を開けた。
森「お…………に…………ぎり…………」
彼女は未だ意識がはっきりしていない様子だった。声もわずかに聞こえただけではっきりしていなかった。
音哉「食べろ、早く食べるんだ!」
そう言うと音哉は、寝て倒れている森の口におにぎりを持っていき、食べさせた。口を開けようとする元気もないそうなので、どちらかと言うと口におにぎりを突っ込んだというイメージかもしれない。
森は半分意識を失いながらも、音哉が食べさせてくれた米の塊をすりつぶすようにして噛んでいた。
飲み込むや否や、意識がだんだんとはっきりして来て、周りも鮮明に見えるようになったらしい。
森「あ……ありがとう……」
師音「ほら、僕のも」
そう言って師音は自分の残りのおにぎりを森にあげた。
今度は戻って来た意識を使って、しっかりと自力で手を伸ばして受け取った。そして自ら口に運んだ。
森「おいしい……すごく美味しい……」
安堵の声を漏らすよりも、ただただそれだけ呟いていた。
失われかけていた笑顔が彼女の顔に浮かび上がる。ゆっくり体を起こして起き上がると、さっきよりかは元気になったようだ。
森「2人とも、ありがとう……」
師音「無事で何よりだよ、良かった良かった」
音哉「その通りだな」

 
 

森が一命を取り留めたのと同時に、もう一つ気づいたことがあった。
トラックの運転席の横……つまり古宮先生の席の隣に、誰かが座っている気配がするのだ。
音哉「トラックに、他に誰か乗っているんですか?」
古宮先生に問う。
古宮「あぁ、今から話そうと思ってたところだ」
先生はそう言うとトラックのほうに戻り、乗っている人間を連れて戻ってきた。

 

それが、まさかの人間だった。
今まで何時間も何時間も捜し求めていた人間だった。
心配で仕方がなかった人間だった。
音哉「こ……古閑……!」
師音「帰って……きた……!」
森「古閑さん……!!」
彼女は同じ班のメンバーと合流できた喜びで、こちらに駆け寄ってきた。が、近づきすぎたのが分かると少し顔を赤らめて一歩後ろに下がった。
そしていつものメモ帳に何かを書き出すと、ギンにくわえさせて運ばせた。

 

古閑『ずっとみんなに会いたかったです。捜してくれてありがとう』

 

森「こちらこそ……うれしいよ……!」
師音「無事で本当に良かった……!」
音哉「嬉しい……嬉しい……!」
みんなで、涙を流した。やっと会えたんだ、って。仲間を失うって、本当に辛いことなんだろうなって。それを分かってこそ、友達を全力で支えられる。助けられる。そして僕らは今、それをやり遂げられたのかもしれない。
古宮「良かったな……本当に」
音哉「でも、古閑をトラックに乗せるって……ルール違反じゃないんですか?」
古宮「kou長先生から何も言われていない以上、禁止では無いってことだ。俺、禁止されてなかったら何でもやっちゃう先生だから」
音哉「何でもやっちゃう……ってw」

 

みんなで笑いあった。そしてしばらく盛り上がった後、改めて出発を決意した。

 

古宮「じゃあ俺はこれで失礼する。健闘を祈るよ」
師音「はい、ありがとうございました」
音哉「よし。こうして再び班として全員で行動することができます!気合い入れていきましょうー!」
師音・森「お~!」

 
 

事態は明るい方向へと向かっていく、今はそう思っていた。だがそんな簡単な綺麗事はここでは通用しなかったみたいだ。
しばらく歩くと、何やら人影が見える。
音哉「よし来た…… やっと譜面を交換できる!」
森「次は……誰が出すの?」
師音「どうしようか?」
そうやって、譜面を交換する気満々でいた。しかし目の前に見えた影はみるみるこちらに近づいてくる。普通じゃなかった。歩いてではなく、走ってこちらへ向かってくる。
音哉「ん?なんだ?」
???「泥棒ーーー!!」
森「ど、泥棒!?」
場は騒然としている。でも、その中でもとりわけ焦りを感じていたのは彼女……そう、古閑だった。

自給自足サバイバルレース(8) ~和解~

音哉「ど、どうした古閑?そんな顔して」

 

彼女の顔が明らかに青ざめている。一体何があったのだろう。
目の前を見ると、向こう側からやって来るのは自分らのクラスの3班だ。しかし様子がおかしい。ものすごい勢いでこちらへ走ってくるのだ。何がいけないというんだろうか……?

 

しかし、次の一言を聞いた瞬間、音哉たちは背筋をゾクっと冷やされることになる。

 

南沢「俺らのパソコンを返しやがれー!!」

 

心臓が波打たれた。
音哉「ウッ…?!」
1班にもこの話は回って来ていたのだ。そう、パソコンを盗んだ奴がいる、という。
その犯人がまさか自分の班にいただなんてのは……信じがたく受け入れられない衝撃の事実だった。
音哉「古閑……まさか……お前が……!?」
古閑はパニックに陥っている。無理矢理責任を押し付けられているにも関わらず、その事情はとっさに説明することができない。メモを書くなどという暇は無い。
そんな絶望的状況に陥った彼女が取る行動は当然……
逃走だった。
古閑(……ごめんなさい!)

 

ガシッ
その逃げ足は前方へは進まなかった。痺れるように片手を掴まれた感覚をかすかに感じた。そして止まった彼女に、体温が、熱気が、強い思いが伝わる。言葉を交わさずとも伝わる言葉がそこにあった。

 

そして、少し間をおいて、言った。
師音「逃げちゃダメ。何があったのかは分からないけど、逃げたら負けなんだから」
古閑「………………!!」
無言ながらも驚きを隠せない古閑の顔だった。
そして向こう側から駆けてくる3班のメンバーたちを制して
師音「どうしてそんなに急いでいるのさ」
面と向き合って話し始めた。
枝川「じゃあ逆に聞くが、古閑が俺らのパソコンを持っているのはどうしてなんだ?」
師音は一瞬考えてから古閑に落ち着いて答えを求める。
師音「教えてやって。いま一番大事なのは、正直に答えること」
パニックに陥っていた古閑だったが、大きく頷くと、メモ帳に震え字で事情を書き連ね始めた。書いている間は、今までの騒ぎから一転して無音の時間。自分の高鳴る心臓の音の方がはるかに大きい。…………。
ふと古閑の顔を見ると、書きながら顔で涙が光っているのが見えた。
森(相当大変な事があったんだろうなぁ…………)
誰も口出しはせず、被害者のはずの3班でさえも黙って古閑を待っていた。怒りに任せて途中で断ち切ることもできたかもしれないのに。これがクラス内の信頼というもの、なのだろうか…

 

古閑はなんとギンを介さずに、師音にメモを渡した。

 

師音「なるほど……」
その字は震えたような字ながらも、ひとつひとつに必死さが伝わってくる、強い筆圧で。起こったことが最初から最後まできっちりと示してあった。

 

パソコンは道中で拾ったということ。その後、なぜか泥棒と間違えられて追いかけ回されたこと。そして今も同じ状況だったということ。

 

師音たち1班も、この事実は今初めて知った。
古閑はこの文章にもう一枚加えて、
『今まで勇気が無くて言えなかった。ごめんなさい』と書いた。

 

枝川「俺は……古閑の事を信じるよ」

 

雪姫「……もちろんです。私も古閑さんのこと、信じますよ」
南沢「……そういうことなら、俺も信じる」
菊池「私も信じる」

 

再び古閑の目から涙が流れた。
黙って泣いていただけだった…けど、『ありがとう』と言いたがっているのは全員に伝わった。
音哉「みんな……ありがとう」
南沢「今はそれより、早くレースの続きをしなきゃ。詳しい話は、終わってからにしよう」
森「そう……ですね」
こうして古閑はパソコンを3班に返すことができた。

 
 

枝川「それで……せっかくこうやって出会ったんだ。譜面交換をしないか?」
南沢「なんせ、俺ら全然交換してないから、コインも全然無いんだよな……腹が減って仕方がない」
そう。3班は何も食べていないのだ。さっきまで飢えていた音哉達からすれば、その辛さは容易く想像できるものだった。

 

音哉「わかった。やろう」

 

南沢「俺らは、誰から出すか?」
枝川「そうだなぁ……誰か希望者は?」
……。
枝川「まぁ、そんなに堂々と手を挙げるはずないよな……」
菊池「じゃあ……私」
雪姫「えっ!?」
菊池「……なんでそんなに驚くのよ」
雪姫「いいや……珍しいと思ってしまって……」
菊池「ふーん」
というわけで、3班の代表はなんと菊池になった。

 

音哉「せっかく合流出来たんだから、古閑の譜面が見てみたいな」
森「私も……」
師音「ど、どう?」

 

ギン、大活躍。
古閑『それでもいいよ』

 

音哉「よし、決まりだな!」
こうして双方の準備が整った。

 
 

2人は何も喋らないまま静かに近づくと、
菊池「……これ」
古閑「……。」
という様子でお互いの譜面を交換し合った。

 

雪姫「妙に静か……」
枝川「まぁ、どっちもそういう性格だからな。二人らしいじゃん」
雪姫「まぁ、そうですね」

 

交換された古閑のパソコンに表示された、菊池の作った譜面の曲名、それは…

 

『ULTRA B+K』

 

枝川「B.B.K.K.のアレか…」
音哉「なかなか良い選曲なんじゃないかな」

 

譜面の再生を始めた。まずは1111,とオーソドックスな譜面が続く…
ん!?
なんと古閑は流れてくるノーツを一つも叩いていない!!
これまで彼らが見てきたのは、全てプレイをした上での批評だった。これには菊池もかなり驚いている様子。

 

33333033,
33303330,
44444044,
44404440,
分かりやすい大音符も、全スルーしている…

 

そうこうしているうちに曲の中盤の第2ゴーゴーに差し掛かる。かなり特徴的な配置に#SCROLL 0.75がかかって叩きにくそうな配置になっている。

 

1010201001002011,
1020112010102000,
1010201001002011,
1020112030004000,

 

古閑は再生された譜面を見ながら、PCのメモ帳に感想をタイピングしていた。
『低速がいい感じです。』
『少し音取りが足りていないと思います。』

 

一通り感想を書き終えたところで、最後の大音符が超高速で飛んできた。ただそれも勿論スルー。

 

音哉「なるほどね~、すごく、良い譜面なんじゃない?」
南沢「俺も次郎はまだ苦手だし、枝も雪姫も譜面には自信ないって聞いてたからメダル貰えるか心配だったんだよね…」

 

一回見終わって、感想を書き終えたあとのこと。Qボタンとスペースボタンを押して、今度はプレイを始めた。

 

一度目を通しているからこそ、大音符ラッシュの大1ゴーゴーも、複雑な低速の第2ゴーゴーも全て綺麗に捌き、最後の超高速大音符まで見事に叩き切った。可41のフルコンボ!

 

師音「2分強があっという間に感じる…」

 

ついさっきまであんなに手を震えさせていたのに、これほどまでに安定したプレイが出来るなんて。

 

そんなことを思っているうちに古閑の譜面の番になった。その場にいる全員が見守る中、選曲欄に書かれていた曲名は…!

 

『Pallet』

 

こっ…これは…一体なんの曲だ…?

 

少し曲を聴くと、その曲は中速のポップ曲。BPMはおおよそ160くらい?
しかしプレイヤーの菊池は開幕早々複雑なリズムに調子を崩される。

 

1002102012221002,
1020120210211200,
1002102012221002,
1020210120221202,

 

菊池「ん…難しい……」

 

ボーカルパートに入るとこの曲は3/4拍子へと変わる。
そんな瞬間もベース合わせの複雑な付点リズムの連続。譜面に調子を崩されっぱなしで不可を連発している。

 

100100012000,
100102012022,
100100012000,
100102012010,

 

無言でプレイを続けている菊池。でもこれはどうやら譜面の評価どころではなさそう…?

 

静かになるときは一旦空白にして間を空けたり、ベースドラムに合わせたりそういった基礎的なことは凄くしっかり出来ている。
しかし、肝心の菊池はそれを楽しめていない様子。

 

サビに差し掛かり4拍子に戻り、比較的おとなしい配置にHS加速が付いた地帯。かなりのドラム配置になっているため見ている分には凄く楽しいような気がする。

 

そうこうしているうちにアウトロまで曲が進み、はっと気がつけばもう譜面が終わっていた。
なんというか、あっという間だった…

 

南沢「なんというか、あっという間だったな。」
音哉「うーん思ってたことそのまま言ってくれたね」

 

パソコンの前の二人が何やら複雑な操作をしている。よく見ると古閑が自分の班のパソコンに打ち込んだメモを菊池に送っている。
何やら「低速が良い」とか「音取りが甘い」とか、「楽しかったです」みたいなことが書いてある。

 

するとずっと肩に乗っていたギンが2枚のメダルを運んできた。
菊池は一言「ありがとう」と返した。

 

枝川「え、お返しの評価は…?」
菊池「私はノルマ落ちするくらい、その、下手だし、誰か代わりにやってくれないかしら…?」
彼女らしい返答…。
だが、お互いに譜面を交換して、その感想とメダルの枚数を決めるというルール上、他人の感想代理は認められないだろう。ということを、3班班長の雪姫が伝える。

 

菊池「そうね、ちょっと難しかったけど、楽しかったし2枚くらいが良いかしら」

 

ということで、1班と3班はお互いに2枚ずつのコインを交換することになった。
古閑の見せる笑顔。そして何よりギンのドヤ顔。。とにかく、お互いに順調に他班メダルの確保ができた。

【現在の他班コイン】
1班…2
2班…2
3班…2
4班…0

 
 
 

自給自足サバイバルレース(9) ~浮上~

やっとのことで2枚の他班コインを手に入れた3班。
南沢「腹が減ったぜよ……」
枝川「そりゃそうだ、朝飯からずっと何も口にしていないんだから」
雪姫「今の時刻は……もう午後3時を過ぎてそうです」
今までパソコンを奪われた怒りのせいで空腹など意識がなかったが、取り返して見みると急に気になりだしてしまった。
南沢「どうして菊池はそんな平気な顔してるんだよ……」
菊池「これが普通じゃない?」
枝川「こんな状況にも関わらず無表情とは……」
それもそのはず。菊池はそもそも普段からあまり食べていないのだ。1日3食、安定のもやし。それが日常だった。だから今のような状況でも、日常とそこまで変わらない、という状況だった……彼女にとっては。

 

しかし、そんな話をするや否や、目の前に何かが見えて来たのだ……!!

 

南沢「あ……あれはまさか……!ヘブン……天国……救世主……!」

 

前に見えてきたのは、移動販売者のようにも見える軽トラ……
ではなく!
自転車を漕いでくるサングラスの女2人組だった?!

 

枝川「ちょっと待て……なんだあいつら」
雪姫「怪しい……」
南沢「なんだヘブンじゃないのか……がっくり」
するとその自転車は3班の前でブレーキをかけ、降りた2人がこちらへ向かってくるのだ!
ガシャーン……

 

菊池「あの……自転車壊しちゃいましたけどいいんですか」

 

???「うっ……うっ……せっかく…………せっかくリn…」
???「ちょ?!」
サングラス女の一人がもう一人の口を慌てて覆った。

 

枝川(こ、こいつら、もしかして……)
雪姫(見覚えが……)

 

???「ゴ、ゴホン。気を取り直して!私た……あぁ~、あたいらは、このレースのために弁当を売っている業者だー!ハッハッハッハ」
南沢「???????????」
枝川「んー、あー、そうには見えませんが……」
???「ほ~ら~、だから無理があるって言ったじゃんか~ノv…」
???「ちょ!?」
またしてもサングラス女はもう一人の口を塞いだ。
???「ゴ…ゴホン、まぁ、確かに見えないっちゃ見えないかもしれな…し、しれねぇ。でも一応やってるん…だ…」
口調がものすごく不自然なのは、3班の誰もが気づいていた。

 

3人は小声で話し合う。
南沢(怪しすぎるが…)
雪姫(でも、何か食べ物がもらえるならそれでいいじゃないですか…!)
菊池(…………。)
枝川(一応話は聞いてみる)

 

南沢「え、えぇ、それじゃあ弁当を売ってもらえますか」
???「フフフフフッ…この特大焼肉弁当は…コイン3枚と交換なのさ…フフフフフッ」
枝川「えっ?!それじゃあ買えない…!」
???「しかも~…あたいらの持っている弁当はこれだけ!他の弁当は無いッ!)
???「面倒くさくて作ってないのはナイショナイショ~」
???「無駄口たたくのはやめなさいよっ……!//」

 

雪姫「やっぱり…私たちは…ここで飢え死にする運命なのかもしれません…」
枝川「お、お願いだ!なんとかおまけして売ってくれないか…!」
???「うーむ、仕方がないなぁ…… それじゃあ、君たちの持っている個人情報と交換、てのはどうだい?」
南沢「個人情報!?」
雪姫「待ってください、怪しすぎます」
彼らの厳しい目線はさらにサングラス女へと焼き付けられる。
???「えっ…?(汗)いいや、実はな、あたいらは学校の職員と繋がりがあってな…(汗)それで、君たちが普段学校で使ってるパソコン、あるだろう?……そのパソコンのパスワードは使用者である君たちしか知らないと思うんだが、ある事情でぇ……あたいらが必要になっちまったんだ。だから教えてほしいんだ」

 

雪姫「そんな怪しい取引、できるわけがありませ……」

 

南沢「ヘブン…ヘヴン…マイユートピアイズヒア……アァ…………」

 

枝川「南沢?!」
南沢の脳内には既に焼肉弁当のことしか残っていなかった。

 

南沢「ヘブン…ヘヴン…ディスイズワットアイブビーンサーチングフォァ…アイゴナユートピア……ギャーーーーッ」

 

枝川「南沢!?」
雪姫「南沢さん!目を覚ましてください!南沢さん!!」
菊池「もうダメね」

 

南沢「はい」
南沢はパスワードが書かれたメモをまるごと差し出してしまったのだ……!

 

止めるのはもう遅かった。
???「ありがとよー!ハッハハハハハハハハ」
???「さいなら~」
サングラス2人組は正体を明かすことなく、焼肉弁当を置いてスタコラサッサと逃げ出してしまった。
南沢は貰った焼肉弁当の蓋を雑に開けると、その中身を思わず素手で掴んで頬張りだした。
菊池「………………。」
3分の1ほど食べて空腹がある程度落ち着いたのだろうか、ふと我に返った南沢だったが、すると今度は自分のしてしまったことが本当に合っていたのだろうかと呟き出した。
枝川「南沢。少し話があるんだが」

 

南沢「あぁ……」

 

少しの間沈黙が続く。
4人とも、話したいことは同じだったはずだった。だがそのうちの1人は自我を失っていた己の失態にひどくショックを受け、なかなか口に出せない。そして他の3人はというと……!過度の空腹や普段食べられない豪華な焼肉の匂いに誘われて、今まさにそれと自我とが葛藤している最中であった……!!
罪を犯した南沢が絶対的不利な状況であったはずが、いつの間にかその罪を自ら一緒に被ろうとする3人がそこにいたというわけだ……!!

 

菊池「耐えきれない……」
普段は超少食の菊池も、カレーを食べた時のインパクトのせいで美味しい物に目覚めてしまったのであった。彼女も焼肉弁当に飛びつくと、南沢と同じく頬張り出した。
枝川「あっ……」
雪姫「あぁっ……」
なんということだ!それが引き金となり、残りの2人も同じ焼肉弁当に飛びついて食べ始めたのだ。(雪姫と枝川だけはちゃんと割り箸を使っていた)
なんたる残酷な絵…!空腹の欲望に負けて自らの弱みすらも曝け出す愚かな行為…!
全員が弁当に手を出してしまった以上、重かれ軽かれ、全員が罪を償わなくてはならない。

 
 

~しばらくして~

 
 

雪姫「私からも……ごめんなさい」

 

枝川「よし。これで全員が自分の責任を認めた。これは全員の失敗だ…」
菊池「確かにそうね…」
全員が我に返って冷静に今の状況を考えている。
他人に知られてしまったのなら、すぐに新しいものに変更すれば済むものだ。しかし…パスワードを知られてしまったという肝心のパソコンは学園の校舎内にある。したがって、サングラスの彼女らよりも早く学校に戻らない以上は、どうしようもない。
南沢「ここからどうしたらいいんだろうか…」
枝川「うーん……」
雪姫「そう言えば、南沢さんはパスワードを言ったんじゃなくて、渡したんですよね?」
南沢「あぁ。長いから、口頭で一回言われただけじゃまず覚えられないだろう」
雪姫「ちなみに…何文字ですか…?」
南沢「15」
枝川「なっが!!」
南沢「……セキュリティはしっかり…とね」
菊池「あなたに言われたくないわ」
南沢「う、うるせえ!w」
雪姫「とにかく、分かりました。要するにまだ希望はあるってことです。さっきの人たちを見つけ出してパスワードを奪還すればいいんです」
南沢「でも、そんなこと本当にできるだろうか…」
枝川「難しいかもしれないが、希望があるだけマシだ」
雪姫「それに、このパスワードを奪還しなければ、南沢さんの情報だけじゃなく、学園全体の情報まで盗まれるかもしれないんですから」
南沢「なるほど」
雪姫「そうしたらこの学園は本当に終わりです。なんとしてでも取り返さなくては」
枝川「でも、そこまでの緊急事態ならkou長も動いてくれるのでは…?」
雪姫「そうかもしれませんが、一応私たちでも行動しておきましょう」

 

そう、kou長はすべての生徒の状況を把握する最新型システムを持っている。だから何か異常があればkou長もすぐに気付くはずなのだが……

 
 

古宮「kou長先生、お茶が入りま……し……」(寝てるゥゥゥゥゥ!?)
なんと!kou長が居眠りをしているではないか!!
古宮「ちょ、kou長!?kouちょ………………」
(あ……でも下手に起こしてトラックの件がバレると面倒だしなぁ……寝かしとくか)

 

なんと!!居眠りしていたのである!!

 
 
 

枝川「手がかりも何もないんだぞ……?本当に見つかるのだろうか……」
菊池「みんな」
雪姫「えっ……?」
菊池「これ」
菊池は表情を変えずにあるものを3人に見せた。
南沢「こ、これって……!?」

 
 
 

その頃、また別の場所では……
ノヴァ「今度こそ成功って言っていいんじゃない…!?」
リン「そうかもね」
ノヴァ「やったわ……!これでついに学園のデータを丸ごと盗める……!」
リン(こんなに喜んでるノヴァ、かわいいなぁ……)
ノヴァ「さて!さっさと学園のほうに戻るわよ!」
リン「えー…… ノヴァは帰り道の方向分かるのー?」
ノヴァ「当たり前じゃない~!私たちは生徒じゃないから、携帯だってなんだって持ってたっていいんだから」
リン「お、おぉぉぉ~」
(ごそごそごそごそ……)

 

ノヴァ「あれっ、おかしいわね」
リン「ん?」
ノヴァ「携帯が……あれっ」
リン「まさか…………」
ノヴァ「あれっ、あれぇっ……??」
ノヴァは必死で探すが、どこにも見当たらない。
ノヴァ「う、嘘……」
リン「あぁ~、ノヴァ、またやらかしちゃった感じ?」
ノヴァ「う、そうかもしれない…」
携帯が無い!直視すべき現実はこれだった!
ノヴァ「諦めるのはまだ早いわ。リン、私に電話をかけてみてちょうだい。着信音で場所が分かるかもしれないじゃない」
リン「わかった」
リンはポケットの中から小さい携帯を取り出すと、ノヴァの携帯に向かって電話をかけた。
プルルルルル……

 

プルルルルル……

 

???「もしもし」
リン「あ…もしもし…って、えぇ…!?……も、もしもし」
ノヴァ「えぇっ?!ちょっとリンどうしたの!?」
電話の内容を聞けないノヴァが慌ててリンに尋ねている。

 

???「もしかしてですが、リンさんでしょうか」
リン「そうです、リンです」
ノヴァ「んんん!?」
???「残念ですがこの通り、ノヴァさんの携帯は僕らが持っています」
リン「はい」
???「返してほしくば、……んー、えー、近くに木の小屋がある広場まで来てください」
リン「はーい、りょうかいでーす」
ガチャッ

 

リン「ノヴァ!警察が拾ってくれたみたい!よかったね」
ノヴァ「あっ、そうだったのね……よかったよかっt…

 

って良くないでしょうがーーーーーーーーー!!!!一番やっちゃいけないやつじゃんそれ!!!」
リン「え゛えっ!?」
ノヴァ「いい?私たちは政府から派遣されているとはいえ、正式には認められていない、言わば『政府の闇』の組織なのよ!?警察に見つかったりなんかしたらとんでも……!!!」
ノヴァはパニック状態になって慌てている。
リン「えぇぇ…………」
リンは状況が飲み込めずぼーっとしている。
ノヴァ「ほ、ほほほほ本当に警察だった、のよね」
リン「うーん、まあ自己紹介とか聞いてないから分からないけど」
ノヴァ「え!?」
リン「でも、対応が丁寧だったし、警察かなーって」
ノヴァ「じゃ、じゃじゃじゃじゃあ、まだ警察って決まったわけではない、ってこと?」
リン「まあね」

 

ノヴァは一気に胸をなでおろした。警察だというのはリンの決めつけだったのだ。

 

ノヴァ「それならまだ希望はあるわ。それで、なんて言われたの?」
リンは話された内容をノヴァにも正確に伝えた。
ノヴァ「それじゃ、急いでその場所に行きましょ。相手が警察でないことを祈って」
リン「うん」
どちらにせよ、警察を恐れて集合場所に行かないのが一番危険だ。あの携帯にはスパイとしての彼女らの情報がたくさん入っているからだ。
学園の情報と引き換えに、自分たちの情報を晒しそうになるとは……なんという失態!

 
 
 

リンの携帯を使ったおかげで、集合場所は楽に見つけることができた。
待っていた相手は……警察ではなかった。
ノヴァ「どうやら警察では無いみたいね……だけど……」
しかしそこに待っていたのは、警察と同じくらい厄介な……いや、むしろ警察以上に厄介な輩だった。

 

南沢「やあやあ、リンさん、ノヴァさん」
ノヴァ「あ、あなたたち……!」
無駄であったが、思わず手で口を覆ってしまった。なぜなら、“変装”がバレてしまうから。
雪姫「あぁっ……!やっぱりその声は……!」
枝川「初めから薄々気づいてはいたが、やっぱりサングラスはお前たちだったんだな」
菊池「……変装と言うほどでもない分かりやすさね」
ノヴァ「くっ……くぅっ…………!」
変装は最初からバレていたのだった。
リン「ふふふふふっ、バレてしまったのなら仕方がない…」
ノヴァ「ちょっとアンタ調子に乗らないでよ……!///」
あんなにノリノリでサングラス女を演じていた自分の正体が、実は最初から丸分かりだったと思うと、妙に恥ずかしくなってくる。
リン「……?」
ノヴァ「うぅっ……//」

 

南沢「それで、今ここにはお前たちの携帯があるということだが」
ノヴァ「それよ!!それを、返しなさい!」
南沢「そりゃあタダで渡すわけがないだろう?」
ノヴァ「ま、まさか……!」
南沢「お前が持っているパスワードのメモと交換だ」
ノヴァ「なっ……!!」
南沢たちの狙いはこれだった。ノヴァたちの弱みを握って、パスワードを返してもらう。
リン「お、おぉぉ、おまえたち……なかなか…やるな……」

 

南沢(意地を張って強いキャラを演じようとするリン、可愛いな)
雪姫(私も思います)

 

ノヴァ「このメモはなんとしてでも持って帰る。持って帰るのよ」
リン「そうだそうだー!」
ノヴァ「戦うしかないってことかしら」
枝川「戦う……!?」
雪姫「戦うって……?」

 
 

そう言ってノヴァが背中から取り出したのは……
枝川「それは…………まさか」

 
 

長野の山の中、辺りは殺気が取り囲んでいた。

 

自給自足サバイバルレース(10) ~暴走~

枝川「お、お前たち……いつの間に……」
ノヴァ「その通り。サバゲー部員なら、これが何か分かるはずよね」

 

枝川は全てを察した。
目の前で彼女が持っていたのは、放課後に毎日見かけるあの銃だった。
枝川「部室に侵入し、俺たちの道具を盗んでいたと言うのか!?」
学園のセキュリティ、ガラ空き!!リンノヴァたちはいつの間にサバゲー部から武器を奪っていたのだ!!

 

枝川「そうだよな……そ、その……コンフリ銃」
ノヴァ「コンフリ銃!?」
どちらかというとノヴァのこの驚きの方が大きかった。それどころか3班全員も驚いている。微動だにせず顔を引き締めているのは枝川だけだった。
ノヴァ「な、なんでそんな名前なのよ」
枝川「言うまでもない…………あのkou長が作った自家製の武器だ」
どうりでデザインが変わっていると思った。形こそ一般的なものと大して変わらないが、紫がかっているので怪しいとは思っていたが……
ノヴァ「で、で……それでこの銃は強いの……?」
南沢「なんで俺らに聞くんだよ!盗んでおいて性能も知らんのかい!」
こんな状況にも関わらずツッコミが飛び交っているのはなんなんだろう……
ノヴァ「仕方ないわね。それじゃあ今その性能を確かめてやればいいのよ」
ノヴァはコンフリ銃を構えた。ノヴァの手には銃の重さがずっしりとのしかかっている。手が震えていた。
しかしこの銃の真の性能は、この銃の重さよりも……ずっと重い。人間一人を破壊する……そういうレベルではない。枝川はそれをよく知っていた。だから今すぐ止めなければならない。
枝川「聞け。その銃は絶対に撃つな。もし撃てばお前達もろとも全員が吹っ飛ぶ」
ノヴァ「ふふっ、そんな脅しは無駄よ。表情が物語っているわ」
枝川「冷静になれ! その銃は、お前が想像しているより何十倍も強い! 俺たちの学園の長であるあのkou長が作ったんだからな…… もちろん性能を実際に見たことはないが、…………これ一本あれば地を滅亡させるなんて簡単にできてしまう、と」
ノヴァ「……!?」
スパイとはいえ、心理戦には弱いノヴァだった。

 

リン「本当に、そうなのかい……?」
すると、今まで幼い様子を見せていたリンの顔がギラッと変わった。まるで第二の人格が見えたかのように変わった。どこかぼーっとしているような目が、睨むような目に変わった。
ノヴァ「リン、今は真面目にやっているのよ!冷静に対処し……」
リン「冷静になっていないのはノヴァだよ。ここは一旦下がってて」
出た……出た!! いわゆるリンの『覚醒』だ!!普段はノヴァにいろいろ世話をされる側のリンであるが、このように本当に命の危機が迫った時だけは一転、リンの奥に秘められた本能が目覚めるかのように、顔をガラッと帰るのだ。
南沢「お、おい……どういうことだよ……」
雪姫「怖い……」
今までとの差もあって、いっそう怖く見える。本当に命の危機に晒された時には、リンのほうが断然強かったのだ……
南沢「お、俺……リンのこと……可愛いやつだと思ってたのに……うぅ……」
なぜ敵を可愛がっていたんだ、南沢。どういう感情だそれは。
菊池「これじゃあ埒があかない」
雪姫「敵なんですからどうでもいいでしょう?」
南沢「でも……でも……」
枝川「すまないが、構っている余裕はない」

 

リン「ひとまず、意見を言わせてもらう」
そのひとつひとつの言葉が重い。
声と容姿こそはロリ可愛そのものだったが、それ以外の要素が完全に別人。
リン「枝川さん、だったっけか…?もう少しこの銃について教えてほしい」
枝川「この銃は、kou長がかつて学園を防衛するための最終手段として開発していた禁断の武器、だった。昔は現在よりも園内の治安が悪く、情報もすぐに漏れてしまうような場所だったらしい。それもあっていつでも反抗できるように……いやむしろ、究極の選択として、学園もろとも自爆する勢いでこれを作っていたのかも知れない。……完成後、陸から遠く離れた海上で秘密で実験がなされたようだが、トリガーを引けば目の前ばかりでなく、撃った者を中心とする半径100m以内が爆発に巻き込まれるという結果がわかった。kou長でさえも、まさかここまで威力があるとは…と驚いていたそうだ」
リン「なるほど……それであの場所に封印されていたと」
枝川「そう。kou長は真の緊急事態の時にだけ取り出せるように…と、部室の奥の金庫に5重にもして封印していたんだとか…… だが、お前たちも流石スパイなだけあるな。そのセキュリティもいつの間にか破られてしまっていた。あの金庫は数年前に再開発されたのだが、最新のセキュリティを使っておくべきだった…か」
リン「なるほどねぇ」

 

枝川「というわけだ。だからその銃は極めて危険な武器……。 どうか手を離してほしい」

 

リン「…………。わかった。あなたたちの事を完全に信用するわけではないけど…… この学園のことだし、話が本当でもおかしくない。今回は手を引くことにする」

 

リンの冷静な判断により、場の緊張状態は一気に緩まった。生徒たちは救われたのだ。
リンは後ろで銃を持っているノヴァを見て、その銃を置くように、と指示した。
すると、今まで静かに俯いていたノヴァが……

 

ノヴァ「リン……あなたが勝手に……先導しすぎよ……」
リン「……?」
ノヴァ「リン、目を覚まして……今までの言い訳はきっと私たちを騙すための嘘よ……」

 

リンもそうだったが、ノヴァも明らかに様子が違っていた。

 

枝川「どうしたんだ……?」
リン「ほら、ノヴァ、目を覚まして」
ノヴァ「目を覚ますのは……あなたのほうよ……リン」
南沢「……命の危機に晒された非日常感で、自我がコントロールできなくなっている」
雪姫「どういうことですか……!?」
南沢「あいつは本気で嘘だと思っているわけじゃない。むしろ枝川の発言は信じてる。でもその受け入れがたい事実を突きつけられたせいで、気が狂い始めたってわけ」
枝川「気が狂い始めた……!?」
雪姫「よ、よくわかりませんが……まずいってことですよね」
実際、さっきまでもっと冷静だった雪姫も慌てている。ノヴァはそれを上回って、ついに制御できない領域に達してしまったというわけだ。

 

リン「3班のみんな、聞いて。今は対立している余裕はないみたい。まずはノヴァを止めるのが第一、そう思うの」
枝川「そうみたいだな」
菊池「彼女を……止めましょう」

 

ノヴァ「みんな……何を言っているの……?」
最初に、枝川がノヴァの方向へと近づき始める。
枝川「目を覚ませ!!」
ノヴァ「目を覚ましなさい……」
枝川「駄目だ……向こうも完全にやる気だ」
リン「下手に近づけば、ノヴァが銃を撃ってしまうかもしれない。そしたら終わり」
雪姫「そうですよ。無駄な刺激をするのはやめたほうがいいです、きっと」
南沢「しかしどうしたらいいんだよ……!」
ノヴァ「撃つ……わよ……」
リン「!?」
ついにノヴァは撃つ意思を見せ始めた。
南沢「おい、ノヴァ!さっきの枝川の言葉を、もう一度思い出してみるんだ!」
ノヴァ「あんな嘘、思い出す価値も無い」
雪姫「今すぐ止めなければ、あなたも死ぬんです……!」
ノヴァ「そういう脅しは耳が痛くなるほど聞いたのよ……」
枝川「聞いてくれよ、おい!」
ノヴァ「はぁ……?」
リン「冷静になって、冷静になって、ノヴァ……!」
ノヴァ「これ以上冷静になって何があるというの?」

 

駄目だ!相方のリンですらも暴走した彼女を止めることはできなかった!これ以上に何ができるというのだろうか……もうおしまいだ……

 

リン「他に手段がないとすれば、もう最後は……」
枝川「最後は……?」

 

リン「力ずくで奪うのみ、それしか手段は無い」

 

枝川「力ずく!?いくらなんだって、危険すぎるだろう!!」
リン「それじゃあ、他に何があるというのです?」
今この中で一番冷静な人間を選ぶとしたら、リンに違いない。リンはこのような状況にも関わらず、声のトーンは全く変えず、真面目で落ち着いた様子でいた。だからこそ信用できる。
リン「それに、ずっと放っておいたら、いつかはきっと撃たれてしまうだろうって……そう思う」
菊池「時間も無いってわけね。確かにそれしか無い」
南沢「でも、でも……もう俺らは生きて帰れないって……?」
枝川「成功させればいいんだよ、成功させれば」
南沢「枝川!?」
枝川は既に決意をしていた。この作戦を決行すると心の中に決めていたのだ。
リン「特攻するとすれば、やっぱりサバゲー部としてのスキルを持つ彼が行くべきと思う」
枝川「もうやるしかないだろう」
南沢「危険すぎるだろ……!」
枝川「………………。」

 

わずかな沈黙が流れた。

 

枝川は何かを躊躇するようにその場にとどまっている……

 

しかし、自分に何かを語りかけたかのように頷くと、ノヴァのいる方向へさらに近づいていった。

 

ノヴァ「ぐっ…………!!」
枝川「………………。」
枝川は何も喋らない。
ただただ無言でノヴァの方向へと近づいて行く。
顔は少し色あせたような、それでも優しさをほのめかすような、微笑みが現れかけている。
ノヴァはただただ距離が詰まってくる彼を見て、銃を構える手を震わせている。今まで格好つけで片手で持っていたが、両手でこちら に向けてきた。

 

枝川「…………。」

 

ノヴァ「………………!」

 

枝川「…………許せ」

 

その瞬間だった。彼は思いっきり姿勢を低くして急激にスピードを上げると、ノヴァに向かって突っ込んでいったのだ!!
ノヴァ「…………!?」
枝川との距離が数mになったところで、もういい、終わりだ、と引き金を引こうとした。
しかし、その判断を上回る速さで枝川は走ってきた。それどころかノヴァの目の前で止まらず、彼女に向かって飛びついたのだ!!
ノヴァ「はぅっ……!!」
枝川はノヴァを押し倒す形で共に地面に倒れた。
彼女の手から銃が離れ、それをリンがとっさにキャッチしてくれた。

 
 
 

数秒間だけだが、気を失っていた。

 

押し倒される形になったノヴァは、何が起こったのかが一瞬わからず、ただ仰向けで倒れ込んでいた。目の前には、押し倒してきた枝川本人の顔がある。
枝川が上から覗き込んでいた。
枝川「…………正気を取り戻したか…?」
ノヴァは暫く経って今の状況を理解すると、急に頰を赤らめて立ち上がった。
ノヴァ「…………!?///」

 

そして焦りながら後ずさって、もう一度固まった。

 

リン「ねぇ……ノヴァ……大丈夫……?」
肩を叩いて話しかける。リンの話し方やオーラはいつの間にか普段通りに戻っていた。
ノヴァ「…………えっ?…………えぇっ?//」
南沢「た、助かったのか……」
ノヴァ「えぇ?え、えぇ…………えっ…//」
ノヴァは暫くの間、『え?』以外の言葉を発せなかったという。

 
 

リン「と、とにかく、今日は生徒のみんなに助けてもらっちゃったーけど、私たちはまだ敵だから!!」
そう必死に主張したリンは、ノヴァを引きずりながら撤退していったのだった。