小説/22話「定期試験」

Last-modified: 2020-08-09 (日) 17:30:12

22話「定期試験」

著:みゅーなぎ 添削:学園メンバー

14日前

 ついに5月も後半。イベントが多かったせいでこの2ヶ月弱はものすごく時が進むのが遅いようだった…… ただ、そんな楽しいイベントが続く中、学生として避けては通れない試練が待っている。

 

 言わずもがな、定期テストのお時間がやってきたのだ。

 

古宮「ついにテストまで2週間を切ったぞ。勉強始めてないやつはそろそろ始めないとまずいぞー」
音哉「うげっ、もう2週間前かよ……」
古宮「ん? どうした? ……まぁな~、うちのクラスは優秀な人ばかりだから、きーっとみんな勉強は始めてるよな~、なぁ? 音哉クン?」

 

古宮先生はわざとらしく音哉に問いかける。

 

音哉「も、もももももちろんですとも! そ、そもそも本当に優秀な学生は、テスト期間でなくてもきちんと勉強をしているはずですからね……ハッハッハッハ……」
古宮「おぉっ、音哉クン自信たっぷりだなぁ~w それじゃ、高得点を期待して良いのかな?」
音哉「えー、それはちょっと……」
古宮「それはちょっと?」
音哉「ちょっと…… あー、いや、なんでもないです。多分高得点取れると思います」
古宮「言うねぇ~。ハッハッハッハッハッハッハ……w 思いっきり期待してるからなー、頑張れよ!」
音哉「ハイ……ガンバリマス……」

 

 

涼介「それで? 音哉は本当に勉強してるんだ……?」
音哉「してるわけないだろ!!」
涼介「ありゃ……あんな堂々と嘘ついちゃって……後でどうなっても僕は知らないよ?」
音哉「わ……分かってる」
涼介「ま、そんな大口叩いたからには、頑張らなきゃ駄目だと思う。僕も期待しちゃおうかな」
音哉「更なるプレッシャーがのしかかる……」

 

 俺、笛口音哉は今までの授業をノリで誤魔化してきた、典型的な一般学生だ。もちろんテストなんてものは地獄のイベントである。
 ピンチを自覚した音哉は、ひとりでに脳内会議を始めていた。

 

『司令部! このままでは今回のテストで赤点になってしまいますぞ!』
『赤点になってしなったら……どうなるんですか』
『その情報はまだ不確かですが…… これはもはや、テスト勉強シナリオを実行するしかないのでは』
『昨年のデータベースを覚えていないのですか! テスト勉強はあまりに重大なリスクを伴うんです! 心がしんどいんです!』
『いいや。過去に囚われてはならぬ。今は誰がいる?周りに協力して勉強ができる仲間がいるではないか…… 仲間は最高のモチベーションになるはずだ』
『なるほど…… 議長がそう言うなら私らも従いましょう…… 司令部! 直ちにテスト勉強シナリオを実行してください!』
『不覚…だがやむをえまい』

 

音哉「頑張るっきゃないわな」

 

 こうして、音哉たちの最初の猛勉強期間が幕を開けるのであった……

 

 

 放課後、俺は早速一緒に勉強をする仲間を探す。

 

枝川「俺は一応空いてる」
音哉「頼む! 今日勉強を教えてくれ!」
枝川「つっても、俺も特別何かを教えられるわけじゃないけどなぁ」
音哉「俺のほうが駄目だもん。特に化学とかわけわかめだし」
枝川「化学だったら一応できると思う」
音哉「決定的だぁ! 今日絶対に来てくれ!」
枝川「や、やけにグイグイ押してくるな……」
音哉「うーん、もう1人くらい呼びたいんだが」
枝川「俺は別に構わないけど」
音哉「誰か~、今日の勉強一緒にやる人いませんか~!」
枝川(大声で勉強会のメンバー募集する人なんて初めて見た……)
音哉「誰か~!」
枝川「そんな声の掛け方してもきっと来ないと思うけど」
Felix「我でも構わないのであれば」
音哉「おぉっ!」
枝川「えぇっ」
Felix「勉強会をするというのか?」
音哉「あぁ。枝川と一緒にな」
枝川「あ……あぁ。音哉の集客力って本当に凄いんだなぁ……」
音哉「いきなり何を言い出すしw」
Felix「自慢ではないが、全教科、オールマイティだからな。きっと何かの役に立てるであろう」
音哉「そうだよな……Felixって相当頭が良いんだっけな……」

 

まだ本当の実力こそ分かっていないが、普段の授業の様子やチラ見した小テストを見ていても、只者でないことはすぐに分かる。

 

Felix「それに、教えるということは自分にとって最大の学習になるという。我にとっても其方らにとっても得がある、WIN-WINの関係ってわけだ」
音哉「すごく頼もしい…… ぜひ頼む!」
枝川「俺からも頼む」
Felix「了解した。俺も加勢しよう!」
音哉(一人称が我だったり俺だったりして不安定だな……)
枝川「他にも呼ぶか?」
音哉「あまり多すぎてもいけない。集中できる人数はこれくらいだろう」
Felix「そうだな。それで、どこで勉強するんだ?」
音哉「近所の図書館とか」
枝川「近所の図書館って……あそこのか?」
音哉「あぁ」
Felix「あの場所はあまり多人数で勉強するには向いていない。かなり静かな場所だからな」

 

 学園の近くにある図書館はとにかく雑音に厳しい。小さな声での会話はともかく、その会話が弾んでだんだん声量が大きくなろうものならすぐに指導を受けることになる。
 例のゲーセンがある学園都市のほうにも図書館はあるが、この前初めて立ち寄ってみたら真逆だった。とてもうるさい。これではゲームセンターの下位互換ではないか(?)。集中できるはずがない。
 __というわけで、図書館で勉強という選択肢はほぼ消えた。となると、他に考えつくのは……

 

音哉「俺の家とか?」
Felix「おっ」
枝川「いいのか?」
音哉「俺は全然構わないぞ」
Felix「なら、そうさせてもらうか」
枝川「音哉の家に行くのは初めてだな」
音哉「俺も、高校の友達を呼ぶのは初めてだ」

 

 

 というわけで、本日の放課後は音哉家で勉強会と言うことに決定。光の速さで家に戻った俺は、友達を呼ぶ準備をしていた。
 妹は友達と遊んでいるのか、それとも別の場所で勉強しているのか、家にいなかった。母は居間でドラマを観ている。まぁ、普通に自分の部屋に呼べば大丈夫だろう。

 

 ピンポーン。チャイムの音が鳴る。

 

 扉を開ければそこには枝川とFelix。私服のFelixめっちゃかっこいい。

 

枝川「お邪魔しまーす」
Felix「お邪魔します」
枝川「へぇ~、音哉の家はやっぱりこういう感じなのか」
音哉「どういう感じ?」
枝川「なんか、すごく一般的というか、普通というか」
音哉「なんだよその感想……」
Felix「音哉はなんだか一軒家に住んでそうなイメージがあったし、イメージ通りだ」
音哉「反応に困るんだけど」

 

 母は居間から2人を見つけるや否や、黄色い声を出していろいろと話しかけていた。かと思えばあたふたしながら飲み物とお菓子を準備したり……
 そんな母に構わず、とりあえず2人を自分の部屋に案内する。廊下の突き当たりにある階段を登って、さらにその先の廊下を進んで____

 

Felix「部屋も模範解答のような整い方だ」
枝川「こんなしっかりした家があるとは……」
音哉「普段からこんなんじゃないさ。散らかってたものを隣の倉庫部屋にぶち込んで置いただけ。いつもはもっと汚い」
枝川「さて、始めるか」
Felix「まずはなんの教科だ?」
音哉「本当は全部できない、と言いたいところだが……まずは化学、かな。化学が一番不安だ」
Felix「よし。じゃあ化学からだな」

 

 こうして勉強会がスタート。Felixが大まかな講義、そして分からない部分を枝川がピンポイントで解説。時には枝川がFelixに質問をすることもあった。その勉強は想像以上にスムーズに進み、化学基礎の確かな感触は掴めるようになりつつあった……
 途中で母からお菓子の差し入れがあった。ポテチだったりゼリーだったり…… 小学生時代に友達が家に遊びにきた時のようなほんわかした至福のおやつの時間を味わうことが出来た。この時間をもっと大人数で過ごせたらどれだけ楽しいことだろう……!

 

音哉「それじゃ、希ガスはイオンにならないということか!」
Felix「なりにくい……だが、まぁならないも同然だろう」
音哉「すべての謎が解けた気がする……!」
枝川「そんな大げさな……」
音哉「いいや、今まで嫌いだと思ってた化学がこれだけ出来るようになるなんて……」
枝川「確かに、フェリックスの解説は天才すぎる。分かりやすい」

 

 そうこうしているうちに、気がつけば時刻は午後6時を過ぎていた。あっという間ではあったが、世界が変わったかのように頭が良くなった気がする。

 

音哉「2人とも、本当にありがとう。すごく為になった」
枝川「こちらこそ勉強になった」
Felix「また機会があれば呼んでくれ」
音哉「ああ。それじゃあな」

 

 

13日前

 

 次の日。Felixの教え方の話はいつの間にかクラス中に知れ渡っていた。朝のHRが終わった直後というのに、すでに放課後に勉強を教えてほしいという要望が彼に殺到しているらしい。なんだか俺のせいで迷惑をかけているようで申し訳ない気もする…… 本人にとっても得なのであればいいが、あとで謝っておこう。
 そんな引っ張りだこになっているFelixとは今日は勉強できそうにない。すると今日は一人で勉強か…………………

 

森「音哉くん!」
音哉「えぇっ?!」

 

 突然、森から声をかけられた。彼女はいつものように恥ずかしいそぶりを見せながら何かを伝えようとするが……

 

森「そ、その………… あの…………」

 

谷城「一緒に勉強したい、でしょ?」
森「えっちょっと勝手に言わないでよちょっ……」
谷城「そんなに恥ずかしがっちゃって~♪」
森「智夏ちゃん!?」
谷城「そんなに恥ずかしがってると、告白してるみたいになっちゃうぞ♪」
森「えっ、ええっ!?///」

 

 後ろから谷城が出てきたかと思えば、いろいろと口出しされて森が戸惑っている……

 

音哉「ちょっ、谷城よせってば。そんなこと言ったら森がかわいそうだろ」
森「えっ……」
谷城「えー……つまんないの~」
音哉「そうだろう? こんなことされたら嫌だろ、森……?」
森「そ、それは……その……」

 

 言ってみてから気づいたが、今の発言、相当痛い。

 

森「まぁ……でも……」
谷城「とーにーかーく、薫が一緒に勉強したいんだってさ」
音哉「そ、そうなのか。でも、どうしてそんないきなり?」
森「なんていうか……その……」
谷城「?」
森「あれ、なんでだっけ……//」
谷城「あれ?薫?どしたの?」
森「えっ、その……なんというか……」

 

谷城「昨日の噂を聞いて、でしょ?」

 

音哉「どういうことだ?」

 

谷城「今、隊長……。じゃなかった……Felix……が、すごく話題になってるじゃない?」
音哉「ああ」
谷城「でもそれだけじゃないの。あの場の暖かい雰囲気は、音哉君のおかげだったんだって、Felixも枝川君も言ってるんだ」
音哉「は、はぁ……なるほど……」

 

谷城「確かにFelixに教えてもらうのもいいけど、今はあんな人気だしねぇ……全員が教えてもらえるわけないじゃん? ってことで、教えてもらえず余った人員が音哉君のほうに集まってきてるんだってさ」

 

音哉「なるほどなぁ……嬉しいには嬉しいが、所詮第二の頼りどころってわけか……」
谷城「仕方ないって。勉強の出来る人はやっぱり強いもん。でも、私としては音哉君のほうもすごく気になるし」
音哉「あれ、谷城もなのか?」
谷城「うん。今日の音哉君の勉強会、薫と一緒に同行しようと思いまーす!」
音哉「なんてこった……わかった。いいよ」
谷城「やったー!」
森「や、やったー……」

 

 

 他にもメンバーは来るそうだ。確か、高砂と宇都宮だったような。近江原も来る予定だったが、メンバーを伝えた瞬間に何故かいきなりドタキャンした。
 そして、会場はまた音哉の家になってしまった。母が大歓迎ムードなのと、他の皆が音哉の家に行ってみたいと何度もお願いしていたら、いつの間にか決まってしまったのだった。

 

 

 こうして今日も放課後を迎える。俺は勉強会が楽しみすぎて授業中集中できなかった。テスト期間の授業時間を何だと思っているのか……
 HRですらも、気がついたら眠ってしまっていた。涼介に体調が悪いのか心配されたが、必死で否定した。こんなにぼーっとしてしまう理由は自分でも分からないような、分かるような。
 あくびをしながらも鞄を背負って、さっさと家に帰る。

 

 

 ピンポーン。家に帰って間もなくチャイムが鳴る。一番乗りは宇都宮だった。
 そうしたら母がまたキャーキャー黄色い声で叫びながら、いらっしゃい、よく来たね、あなたが宇都宮さんね~キャーキャー、なんて騒ぎながらあたふた飲み物とお菓子を準備する。
 今日も同じく、そんハイテンションな母に構わず、とにかく自分に部屋へ案内した。

 

宇都宮「へぇ~、音哉君の部屋ってこんな感じなんだ!!」
音哉「なんにもないだろ?」
宇都宮「うん!!」
音哉「そんな直球で肯定されても悲しいな……()」
宇都宮「音哉君だったらギターとかめちゃくちゃ飾ってそうなイメージあったから……」
音哉「あー、なるほどね……」

 

邪魔になると思って隣の倉庫に片付けてしまったのだった。せっかくだから、持ってきて見せてあげることにした。意外と興味を持っているみたいだ…… 何でもかんでも質問してくるので、勉強する前に疲れてしまった。

 

 すると、家のチャイムの音……ではなくて、母のキャーキャーという声が聞こえてきた。誰か来たっぽい……

 

音哉「ごめんな、こんな母さんで……」
宇都宮「い、いや、全然平気だよ()」

 

 

 残りの3人はまとめてやってきた。……逆に、全員バラバラに来ていたら、俺は母の悲鳴を4回も聞く羽目になっていただろう。

 

宇都宮「始めよう!!」
高砂「よし!」
森「うん」
谷城「ひとつ、いいかな?」
音哉「ん? どうした?」
谷城「実は今日、少し思ったことがあって。この学園のテスト、どういう風に出題されると思う?」
音哉「どういう風にって…… あっ、まさか」
谷城「こんな学園の先生たちが、ごく普通のごく平凡な問題を出してくると思う?」
高砂「確かに」
谷城「今まで何度振り回されてきたと思ってるの! そのくらい簡単に想像つくでしょうよ!!」

 

何だかよくわからないが開始早々怒鳴られている。

 

宇都宮「でも、何をしたらいいの??」
谷城「フッフッフー。そんなこともあろうかと(?)、こんなものを準備してきたの!」

 

谷城が鞄から取り出したのは、『kou長先生テスト出題傾向予想』と書かれたノートだ。何度も書き直しているのか、表紙は既に使い古したような汚れが付いている。

 

谷城「驚くなよ驚くなよー? 何とこの中には、kou長先生が考えそうな問題の予想パターンがいくつも書かれているの!」
音哉「なんだそりゃ?!」
森「びっくり……」
宇都宮「いつの間にこんなノート作ってたんだ……」
谷城「kou長先生のことをよく知る古宮先生にいろいろ聞いてね。あの人がやりそうなことは大体わかってきたって感じ!」

 

 この学校のひねくれた教育方針は全てkou長の考えによるものだ。だとすれば、テストの傾向も自ずとkou長の方針をベースとして出題されるに違いない。そう読んだ上のkou長の傾向予想、ということらしい。
 ノートを開いてみると、そこには問題文がいくつも書かれていたり、カラーペンを何色も使ったコメントが書かれていたり、……とにかく引くレベルでぎっしりと記述されていた。
 谷城が一生懸命調べたkou長先生の問題傾向……いったいどのような問題なのだろう…… そう思いながら書いてある文章を読んでみる。すると……

 

音哉「傍線部の筆跡からは、どのような感情が読み取れるか、次から選びなさい…………ってあれ、これ割といつもの問題と同じな気がするけど」
谷城「そう! kou長先生はひねった問題じゃなくて、意外と正統派な問題を出してくるということが分かったの!」
音哉「結局普通じゃねぇか!」
高砂「調べた意味……」
優「ちょっと待ってみんな!!」
谷城「そうだよ! 大事なのはそこじゃないの。むしろあの先生が何も特別なことをしてこないんだよ!?」
音哉「……………………確かに。それはそれで逆に驚きだ」

 

 毎日が非日常である今、もはやイレギュラーなイベントが来ることが普通だと思ってしまう。そんな学園が正統派の真面目テストを作るだなんて、むしろそれこそイレギュラーである。

 

森「変なことが起きないことにビックリ、ってことね……」

 

高砂「あのー、こんな状況の中すごく言いづらいのですがー、あの……」

 

優「ん? どうしたの??」
音哉「?」
谷城「何?」

 

高砂「あの、本当に申し訳ないというかー、そういう案件なんですけども……」

 

音哉「いいから言ってみ」
谷城「うんうん」

 

高砂「その………………あの、俺、過去問持ってるんだわぁ」

 
 
 
 
 

…………。

 

…………………。

 

谷城「あるんかーーーーーーーーい!!」

 

谷城がちょっと涙目になりながら叫んだ。

 

高砂「その……マジでごめんなさい」
谷城「私の今までの努力とは……努力とは……(泣)」
優「ちょっ、そんな泣かないで!!」
音哉「これは仕方ないな……」

 

 

 谷城が落ち着いたところで、過去問の内容を見てみる。その内容は谷城の予想通り、普通の授業と似たような問題ばかりで、特に腰を抜かすようなぶっ飛んだ問題は見受けられなかった。
 ……とは言っても、元々の授業が超ハイレベルなので結局難しいことに変わりはないのだが。

 

谷城「過去問……そうだ……過去問というものがあるのをどうして思いつかなかったんだろう……。。。」
音哉「そんな落ち込むなって。谷城の予想は実際に当たってたんだ。お前の観察力、判断力は伊達じゃないってこと、証明されたじゃないか。そういうのも才能の一つだぞ」
谷城「観察力、ねぇ…………」

 

 谷城は音哉の言葉を受け止めつつも、複雑な心境でいた……

 

 

 それはさておき、そろそろ真面目に勉強会を始めなければならない。苦手な教科などを聞いていたら、社会が駄目だという人が複数いたので、今日はそれを徹底的に潰すことになった。

 

 驚いたのが、たった1名を除いて全員が本当に歴史ができないということだ。唯一ずば抜けて歴史が得意という生徒は谷城だった。日本史はもちろんのこと、特に世界史の話になると関連した逸話などをペラペラと語ってくれる。最初は若干反応に困っていたが、そのような雑談(?)を交えた勉強というのは非常に捗るものだ。それが集団で行う勉強会だったらなおさら。

 

谷城「歴史はとにかく暗記なの! 私のおすすめはこの本よ~」

 

 そんな事を言って紹介してくれたのは、歴史の重要事項を暗記できる本だった。教科書よりも非常に分かりやすい……。赤シートを被せれば文字が消えるタイプのやつで、膨大な内容を気持ち悪いほど巧妙にスマートにまとめてくれている。

 

音哉「な、なるほど……これが歴史の攻略法なのか……」
谷城「歴史はきちんと覚えることができればすっごい楽しいんだよ!」
優「そ、そうなの……!?」

 

 宇都宮優が輝いた目で谷城を凝視している。勉強疲れしているはずが、一人だけ妙にテンションが高い。
 よく見たら優のところにあるノート、あんまり内容が書かれていない。その代わりに棒人間やら吹き出しやらが書かれていて、『もっと、熱くなれよ!』とか『どうしてそこでやめるんだそこで!』とか喋らせている。某テニスプレーヤーじゃないか。その後ろにはカラーペンで丁寧に炎まで書かれてるし。なんなんだ。

 

谷城「とにかく、今からでも遅くない!すぐそこの本屋に売ってたやつだから、みんなも買ったほうがいいよ」
森「うん。私も買ってみるよ」
高砂「ありがとう」

 

 

 歴史だけじゃない。地理や公民もちょこっとずつ頑張った。公民については俺がいろいろと教えてあげた。中3の時に嫌というほど塾の先生に復唱させられたからずっと覚えている。

 

音哉「えー、これらは日本国憲法の土台を築く元となった主張なんだ。具体的に言うと、ロックは市民政府二論で基本的人権、ルソーは社会契約論で国民主権、モンテスキューは法の精神で三権分立……」
高砂「あー、中学でやったようなやってないような」
優「うんうん」
谷城「こんなん覚えるなんて無理なんだけど……」
音哉「これは、ちゃんと語呂合わせがある。えー、『市民の基本はロック』『し・る・こ』『ホm…………』ゲ、ゲホン、やっぱこれはやめておこう」
谷城「なんで?」
音哉「お願いだから聞かなかったことにしてくれ」
優「そう言われるとすっごく気になる……」

 

 女子が多数を占めるシビアな人間関係の空間内で安易にこれを繰り出すわけには行かない。危ない危ない。あとで高砂にだけ教えてあげよう。

 

 

 気がつけば今日もそろそろ時間のようだ。実際がどうかはいいとして、社会に関しては何となく手応えを感じた気がする。家でコツコツ勉強をすれば何とかなりそうだった。

 

音哉「それじゃあな!」
優「今日はありがとう!!」
高砂「お邪魔しました~」
森「お、お邪魔しました……」
音哉「どうした森? そんなにおどおどして」
谷城「音哉君は本当に勘が鈍い! あのね、薫は音哉君n……」
森「うわあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
音哉「ど、どうした!?」

 

 とっさに何かを止めようとしたかのように叫び声を上げたが、声を発してからすぐに叫んだこと自体が恥ずかしくなったようで、手で顔を覆った。

 

音哉「勉強辛いのはわかるぜ。だからこそ、みんなで助け合って行こうな!」
森「えっ…………あっ……その……うん」
音哉「じゃあな~」
森「うん……じゃぁ……ね……」

 

 森は動揺しながらも家の外へ出ていった。最後に残った谷城は、それをしっかり見届けたうちに、俺に小さな声で耳打ちした。

 

谷城「音哉君、まさか気付いてないわけじゃないでしょうね?」
音哉「流石に分かってるって。あれだけ態度が不自然だったら俺だって気づく」
谷城「ほらほら~笑 音哉君モテモテじゃん~」
音哉「そういうのよせってば!」
谷城「……まぁとにかく、今後も様子を見つつ、上手いようにやってったらいいんじゃない?」
音哉「うまいように、ねぇ……」
谷城「あっ、それより!」
音哉「な、何だよ」

 

谷城「逆にさ、音哉君は薫のことどう思ってるの?」

 

 まずい。一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。恐れていた事態が起こってしまうとは…… さて、ここはどう答えるか。森と最初に話した入学初日。あの時から確かに俺は森のことは気になっていた。その後も、何度もあいつのことを意識してしまってる気がする。そして今は……

 

音哉「……………。」

 

谷城「どうなの?」

 

音哉「……教えないぞそんなの!」

 

 逃げた! なんと逃げた! 男たるものそこは堂々と答えるべきだろ俺! なんという行動をとっているのか!

 

谷城「えー。つまんないの~」
音哉「あんまり追求するならそっちの好きな人も教えろよ…… 交換条件だ」
谷城「いや、やっぱいいや」

 

 谷城は割とすぐに諦めたらしく、その後挨拶だけして家を出ていった。まったく、人間関係を上手に築くということがどれだけ大変なことか…… 勉強よりも最後の修羅場(?)のほうが精神的に疲れた。今日は早めに寝るとしよう……

 

 

12日前

 次の日。朝来てみたら、Felixの頭の良さがさらに噂になっていた。昨日も一生懸命勉強を教えていたんだろうな。恐るべし秀才である……
 今日は土砂降りということもあって、あまり勉強会を開こうという流れにはならなかった。流石のFelixでさえも今日は1人で家で勉強するという。俺も今日は大人しく自力で頑張ることにしたが、昨日谷城が言っていた歴史の暗記用の本を帰りに買っていこう、と思った。

 

 授業は相変わらず調子が乗らない。外の土砂降りのせいで結局集中できなかった。やはり寝ている生徒もいた。
 授業は割と本番直前までテスト範囲を進めていたりする。中学の時なんか、テスト前日までガッツリテスト範囲の授業をやっていた。だからそこの勉強は授業前に予めしておかないと間に合わない。
 そして、テスト前と言えば提出物オンパレードという地獄もある。各教科で配られている問題集やらプリントやらをやって、テスト当日に提出するのだ。これが地味に辛い。

 

 ……そんな感じで辛い辛いと思いながらぼーっと授業を受けていたら、いつの間に放課後になっていた。

 

 

音哉「さて、今日はさっさと店行って家に帰って頑張らないと……」

 

 学校帰りに近所の書店へ。相変わらず雨は容赦なく降り続けている。紺色の傘を差しながら、雑音だらけの灰色の道路を歩いていく。学校から10分ほどで本屋に到着した。

 

音哉「やっと着いた……」

 

 いつもならすぐのはずの10分も、こういう日はものすごく長く感じるものだ。店の前の傘立てにはいくつもの傘が入っている。他の生徒も何かを買いにここに立ち寄っているのかもしれない。……特に昨日一緒に勉強した高砂や森、優とかは俺と同じ本を買いにここに来ているような気がする。

 

 あー。そうそうこの感じ。土砂降りの屋外から静かな屋内に入った時の安心感。これ、なんと喩えていいか分からないが、個人的にエモい。(?)

 

 高校の参考書売り場に行けば、やはりいつもより人が集っている。思った通りだ………………ってちょっと待てよ!?
 そこにいたのは、高砂と森と優の3人だった!! ……それどころか、あの本を勧めた本人である谷城までいた!

 

音哉「まさかの全員!?」
優「あっ音哉くんだ!!」
森「ふぇっ!?」
谷城「ほーら、結局全員来ちゃったじゃん!」
高砂「まさか本当にこうなるとは……」
音哉「やっぱり、皆もそういう予感はしてたんだな…… っというか、3人は分かるとして、どうして谷城まで来てるんだ?」
谷城「普通に新しい問題集買いに来ただけだよ」
音哉「なるほどそういうことでしたか……」
優「何故に敬語????」

 

 谷城は意外にも勉強グッズ面では意識高い系らしい。

 

高砂「今日はとりあえずこれ買ってすぐ帰るか~」
音哉「ま、ここで話してたら意味ないしな」
優「そうだね~今日はとっとと帰って動画をm……」
谷城「買った本はしっかりやろうね!!(威圧)」
優「は、ははははいッッッッッッ!!」
高砂「何する気だったんだよ……」
優「べ、べべべ別に何でもないよ!!」

 

 

 その日の夜はとにかく集中して勉強をした。谷城のあの態度の恐ろしさというのもあるが、友達と勉強会をするというのはやはりものすごくモチベーションに繋がるものだ。また何度か勉強会をする時が来るだろうから、その時にきちんと他の人を助けられるように、そう思ったら自然と力が入った。
 そんなこんなで気づけば4時間。眠気が限界に達していたので、俺は机に突っ伏してそのまま寝てしまった。

 

11日前

 朝起きたら机の前でビックリだった。それと同時に、自分は昨日こんなにも頑張っていたのかということに驚いた。昨日の自分はもはや自分じゃないみたいだった……何故そんなに……

 

 

 今日は清々しい天気になった。昨日の雨でできた水たまりが道路のあちこちにある。雨上がりのこの匂い、なんとも言えないワクワクがあるんだよなぁ……

 

 学校に来てみると、今日も一部でテストの話題が出ているようだった。その会話に耳を傾けてみると……

 

雪姫「昨日は勉強しましたか?」
照美「いや、全然してなかったわ」
雪姫「そうですか…… と言っても、私もあまりしてないから他人のことは言えない……」
照美「えっ」

 

 で、出たーーwww 家では必死に勉強してるくせに友達には全然やってないアピール奴~wwwwww

 

 ちょっと頭のいい学生の間では必ずと言ってもいいほどある、勉強量の駆け引きである。騙し合いである。むしろここで勉強してると堂々と言ってしまうと、白い目で見られることさえある。だからきちんと勉強しただなんて"戯言"はここでは許されないのだ。そういう世界がエリート層には存在する。
 ……だが、やってないと言っておいて本当に何もやっていない奴もたまに存在するので気を付けておこう。
 ……さらに追記しておくと、やってない奴はテストでボロボロになるのが恒例行事だが、勉強してなくてもテストで点が取れてしまうチート才能野郎もたまに存在するので気を付けておこう()

 

 今日は静かな図書館での勉強会ということになった。メンバーは俺、南沢、涼介の3人。教え合いというよりは、ただ3人机に並んで課題を進めるだけの会になってしまったが。

 

 

10日前

 今日は休日だ。本来なら勉強をしないといけないはずだが…… テスト直前のひとつ前の土日というのは魔の2日間である。まだ大丈夫だろうという余裕からか、大抵の人が怠けてしまうのだ。ゲーセンに行く人も意外といる。実際今の俺も、勉強する気にはなれなかった。

 

「どうしたらいいものか……」

 

 そんな迷いが存在する中、とあるクラスメートからメッセージが送られてきた。

 

「うわお、涼介じゃん。何だろ……」

 

 その内容は…… またまたとんでもない企画へのお誘いだった。

 

「『クラスメートの家に突撃してしっかり勉強してるか突撃取材しようのコーナー』だぁ???」

 

 涼介が珍しくそんな企画を作っていたことに驚き、急いで電話をかけた。

 

音哉「もしもし、涼介?」
涼介「はい」
音哉「今送ってきたの、どういうことやねん」
涼介「企画名通り。いろんな人の家に突撃して、休日でもちゃんと勉強をやってるのかを確認しに行く会さ」

 

音哉「お、おい。いろいろとツッコミどころがあるんだが」
涼介「何についてかな」
音哉「まず、テスト期間に人の家に凸るって常識的にありえんぞ!」
涼介「とか言っちゃってさぁ、音哉だって今日どうせ勉強する気無かったんでしょ? 正直僕も気が進まなかったし、大体みんなも同じってこった」
音哉「そ、そりゃそうかもしれないが……全員が全員そうとは限らないだろ」
涼介「いいや。この週末は絶対に全員がだらけるはずの週末なんだ」
音哉「何故そう言い切れる」
涼介「なんとなく」
音哉「それじゃダメだろ!!」

 

涼介「まぁまぁ、冗談だってば。実は、さっきFelixから電話があってね…… 俺は今日勉強しない気でいる。今日だけは思いっきり休んでこれから集中するって」
音哉「ほ、ほう……?」
涼介「あの超天才のFelixでさえも今日は休むんだ。他の生徒が休まないわけがないはず」

 

音哉「……涼介らしからぬ理論だな。さてはそのセリフ、誰かに言わされてるんだろ」

 

涼介「うわっ、勘が鋭い……まさか見抜かれてしまうとは思ってもいなかった……」
音哉「だってお前はそんな理論で通すような奴じゃないし!」

 

涼介「はぁ……しかもこんなに早くバレてしまうなんてびっくりだ。……本当は話すつもりはなかったけど、仕方ないから話す。これは全部南沢が企画したものだ」

 

音哉「なるほど、そういうことだったのか……流石にFelixが自らこんなイタズラを提案するとは思えないし」
涼介「Felixの情報を教えてくれたのも南沢だ。もちろん本人から電話がかかってきたわけじゃない。南沢のほうからわざわざ電話をかけたんだってさ」
音哉「あいつ、とんでもないことするな……」
涼介「彼はパソコンに詳しいような奴だし、ハッカーやってるんだっけ? こういうイタズラには慣れてるんじゃないかな」
音哉「それとこれとは訳が違う気もするけど」

 

音哉「……それより、どうして南沢が計画したものを涼介に説明させたんだよ?」
涼介「自分が企画してるって知られたくなかったんだとさ。計画は立てといて、後は他の人にやらせる気だったらしい。んでまあ、そのターゲットが僕だったってわけ。……彼だけは家で真面目に勉強してるって設定にしたかったらしい」
音哉「何が真面目だよ!w」

 

 

 ……とにかく、今日の企画はまさかの南沢考案らしい。涼介を雇って計画遂行していると俺が暴いてしまったからには、是非とも南沢も引っ張り出して一緒にやってもらおう。

 

音哉「南沢ってどこ住みだ。逆にこっちが突撃取材してやる」
涼介「確か寮で生活してるんじゃなかったっけ」
音哉「そうか! それなら話は早い」

 

 出かける準備を秒で済ませると、家を飛び出した。涼介と合流したのち、駆け足で学園へ。気がつけば平日の登校時間とほとんど変わってなかった。

 

音哉「なるほど? ここが司令塔というわけだなぁ?」
涼介「静かにしないと聞こえちゃうぞ」

 

 寮の中にスルッと入る。流石に休日ともなると、廊下も人通りはほぼゼロだった。なるほど、都合がいい。南沢のいる部屋はすぐに分かったので、ドアの前まですぐ来れた。

 

涼介「……これ、よく見たら鍵かかってるぞ」
音哉「そりゃそうか…… あいつがセキュリティを疎かにするわけないもんな」
涼介「しかも普通の鍵じゃない。何かを認証させるみたいだぞ」

 

 明らかに普通ではない箱型の装置が取り付けられている。見た目的には指紋認証、のようではあるが……

 

音哉「まさかこの周りに監視カメラでも付けてるんじゃないだろうな……」
涼介「そしたらこっそり入った意味ないな……」

 

 周りを見てみるが、それらしきものは見つからない。これはいけるかもしれない。……とはいえ、指紋認証式の鍵がかけられていたらどうしようもない。外から部屋の様子が分かるわけでもないし、これは非常に困った。

 

音哉「……………………あっ」
涼介「どうした?」
音哉「少しひらめいたんだ。あの、涼介、ちょっと協力して欲しいことがあるんだが」
涼介「何?」

 

 

涼介「これは一体……」
音哉「変装用の服」
涼介「一体何の変装なんだ……」
音哉「分からない。これを作ったやつに聞いてくれ」

 

 すぐ近くの倉庫から借りてきた服。これは……そう。宿泊研修の時にリンとノヴァが使っていた変装服だ。

 

涼介「あぁ、枝川たちが会ったって言ってた時の」
音哉「そうそう。kou長とあいつらがコンタクトを取った時に、どういうわけかkou長が変装セットをいくつか引ったくって持ち帰ったそうで」
涼介「なんでや……需要ないだろうよ……」
音哉「その理由も俺に聞かれても困る。とにかく、そのうち数セットを倉庫に置いとくから好きに使ってくれって言ってたんだ。こういう時くらいしか使い道ないだろ?」
涼介「まぁまたこんな都合の良い時に変装道具なんてあったものだ」

 

 ただ、これがしっかり変装になっているか分からない。正直言ってよほど勘が鈍い人でなければ怪しさは必ず覚えるだろう。……まぁそれでも、バレないように隠し通すのはたった一瞬だからなんとかなるはず。

 

音哉「準備はいいな?」
涼介「ばっちりだ」

 

 そう言って、インターホンを押す。

 

\ピンポーン/

 

…………。
……………………。
南沢「はい」

 

 来た。インターホンで応対している時は、カメラ越しにこちらの姿を伺うことができるはず。ここを隠し通せれば……!

 

音哉「……学園のアシスタントの者です。少しお渡ししたいものがありまして」
南沢「アシスタント?」
音哉「は、はい……。今日は教師の皆さんが忙しいと……いうことなので……w」
涼介「お届け物がありますので、開けていただけますか」
南沢「はーい」

 

 鍵が開く音がした。しめたしめた……!

 

ガチャッ

 

南沢「はい、何でしょ……って音哉じゃないか!!……あれェェ涼介までいるし?!」
音哉「やあやあおはよう。勉強はしっかりとしているかい?」
南沢「今、アシスタントとかいう人がいたはずなんだが……」
音哉「アシスタントって言ったのは俺たちだ。さっきは変装してたから分からなかっただろうが」
涼介「そういうわけ」
南沢「おい桜庭……さては……」
音哉「さては~、じゃない。これは涼介がバラしたんじゃない。むしろ俺が自力で見抜いたんだ」
南沢「この作戦がバレただと!?」
音哉「計画だけ立てといて、実行は他の人にやらせるなんて、なんというずる賢さだ。フフフ……さてさて南沢君、今君は家で何をやっていたのかなぁ~?」
南沢「ま、ま、ままままぁ勉強かな……なぁ……ハハッ、ハハハッ、ハハハハ…………」
音哉「ですってよ。桜庭涼介先生よぉ」
涼介「それでは、本当にあなたが勉強しているか、部屋の中を確認させてもらいましょうか」
南沢「あ゛ぁ?!無理だ無理だ! なんでまたそんなことを」
涼介「勉強してるんだったら、それを堂々と見さればいいだけじゃないか。どうしてそんなに頑なに拒否する?」
南沢「だ、だだだだだって……あぁ……その…………あぁ……あぁぁそ、そうだ! プライバシーの侵害だろう! 本人の意思に反して家の中に入るのはプライバシーの侵害! えっと、じゅ、住居侵入罪だ! 訴えるぞオラァ!」
音哉「なんか必死に抵抗してるみたいですけど」
涼介「あなたは寮のルールをしっかりと分かっているはずです。僕らもちゃんと調べたんですよ」
南沢「何が言いたい?」
音哉「ルール・第4条。個々の部屋は、午前8時から午後6時までは鍵を開けておくこと。学園関係者であれば自由に入れるようにしておくこと」
涼介「まさかこのルールを忘れたとは言わせませんよ」
南沢「そういやそんなルールあったような無かったような……!」
音哉「あるんだよ!!」
南沢「ヒィィィィッ!」
涼介「とにかく、僕らは君の部屋に合法的に入る権利があるということだ。本当に真面目に勉強しているのか、君の部屋を拝見させてもらいます」
音哉「そーだそーだ」

 

 俺らは南沢に構わず部屋の中にドタドタと入ろうとした。奥はカーテンをきっちり閉めた真っ暗な空間に、パソコンの画面だけが眩しく光っているようだ……

 

音哉「お邪魔しまっす」
南沢「あぁ駄目ェェェェェェェェェェェェェェェェェ」
涼介「んんっ、何だこれは」

 
 
 

そこには如何わしい画像の数々…… ではなく、怪しげな文字の羅列と灰色のウィンドウの数々……………。

 

音哉「は?!」
涼介「なんだこれは」
音哉「なんだ違ったのか……期待して損したわ」
涼介「何を期待してたんだ……」
音哉「もっとなんか卑…………いや、なんでもない」

 

南沢「見られてしまった……」
涼介「それで、これは何をしているんだ」
南沢「それは教えられない」
音哉「教えないと適当にいじくるぞ」
南沢「それだけはやめろ!!間違って教師のスマホとか弄っちゃったら大変なことにn………………………」

 
 

あっ……
音哉「今なんて言ったし」
南沢「今のはなんでも……ないっす」
音哉「教師のスマホがどうとか言ってたような……?」
南沢「それはきっと空耳ってやつで……あー……その……」
涼介「そんな怪しげなワードを聞いてしまった以上、ここで引き下がるわけにもいかないな」
南沢「ヒィィィィィィィィィィッ!!」
音哉「さあ、さっさと罪を白状するがよい!!キサマの悪事はこの偽造アシスタントである私、笛口音哉が暴いてやるとしようフハハハハハハハハハッハハハハババハハバハハハハッハハアァ」

 

 数十分に及ぶ尋問の末、南沢は自分のしていたことを白状した。どうやら憎き(?)陽キャのスマホをハッキングしては、悪戯をしているようなのだ。

 

南沢「あんなヘラヘラした陽キャ野郎は俺らの永遠の敵……友達同士でインスタでスタバなうとか気取って写真あげてる奴は特に許すわけにはいかない……全員滅ぼす勢いでいた。何が青春だ。高校生にはまだ早すぎるっての」

 

 いや、高校生は青春真っ只中のはずである。

 

音哉「何かと思えばそんなくだらない事してたのか……これは同じクラスメートとして見逃すわけにはいかない。たっぷりと罰を受けてもらう………………と言いたいところなのだが」
涼介「言いたいところなのだが?」
南沢「?」

 

 南沢が妙に目をキラキラさせながらこちらを見てくる。女子でもないのにそんな可愛い表情ができるのは非常にずるいと思う。

 

音哉「インスタだけ上品に振る舞って調子に乗ってる輩は確かに成敗されるべきだ。そう言う奴の中にはリアル性格が意外とゲスい奴が少なからずいる。そう言う奴は確かにムカつく」
涼介「お、音哉? 何か目的が違ってきてるような」
音哉「それは分かってる」
南沢「えっ、ちょっと待て……と言うことは……と言うことは」
音哉「今回は見逃してやんよ。というかこれからも陽キャへの悪戯は積極的にやってくれ、頼む」
南沢「えぇ……」

 

 笛口音哉、喝を入れるどころか悪に賛同してやがる。お主もワルよのう….

 

音哉「ただし、流石にスマホまるごと使い物にならなくするとか非道なことは辞めるんだぞ。流石に学校で問題になる。バレない程度に画像削除とか、LINEの遠隔操作とかしてやれな」
南沢「は、はぁ……まあ……そうする……わぁ」

 

 南沢は音哉の突然の忠告に唖然としている。

 

音哉「それと、うちのクラスメートのスマホは弄らないほうがいいと思うぞ。そんな憎き陽キャって人もいないと思うけど」
南沢「もちろん分かってる。このクラスの生徒は、いいやつばかりだ」
音哉「あと特に、俺と涼介のスマホをハッキングで弄った暁には……お前に5000兆円を賠償してもらう。刑務所にぶち込まれる楽しみにしてくださいもしてもらう。(?)とにかくそれだけは絶対にNGで」
南沢「お、おう……」

 

 と、なんだかんだ説教する気だったのがむしろただのアドバイスになってしまった。これが善なのか悪なのかは分からないが、まあ面白かったし……よしとしよう。涼介も戸惑いながらも了承してくれた。
 もちろん、他の家に突撃する企画は南沢も一緒に行ってもらうことになった。ハッキングの件はそれとして、こちらはきちんと付き合ってもらう。

 

 

 さて、これから全員分の様子を覗いていくわけだが、俺は今とんでもないことに気がついてしまった! 全員分の様子を真面目に書いていたら、日が暮れてしまうということを!! ……というわけで、とりわけ特殊だった奴の様子を書き綴ることにする……

 

~宇都宮 優~


 ピンポーン。

 

優「うわっ、南沢君に涼介君に音哉君!! どうしたの??」
南沢「いや、特にこれといった用事もないんだけど、今何してるのかなって」
優「べ、べべべ勉強…………かなぁ…………」

 

\キボウノハナー/

 

音哉「……………………あー、今部屋の中から明らかに動画の音が聞こえた気がしたんだけど」
優「き、ききききき気のせいだよ!!」
涼介「えぇ……」

 

\だからよ……止まるんじゃねぇぞ……/

 

音哉「ちょっと部屋の中見せてもらえる?」
優「エエッ(・・;)」
南沢(こんな軽々と女子の部屋に入ろうとするとは……こいつにはデリカシーのかけらも無いのか)
涼介「いややめたほうが……」

 

 なんだかんだで部屋に入ってしまったのだが、優の部屋はものすごくカラフルで可愛い。ピンクを基調とした、めちゃくちゃ女子生活充実してるようなスイートな部屋。床にはもこもこのカーペットが敷いてある。
 それはともかく、優は部屋の奥にあった何かを光の速さで回収したかと思えば、背中の後ろに隠した。

 

優「い、今勉強してたところで……」

 

 机を見てみるが、勉強道具は何も乗っていない。

 

音哉「ほ、本当……なのか……?()」
優「う、うん↑!!!!ウッ」

 

 変に声が裏返っている。
 背中に隠しているつもりなのだろうが、明らかに背中からはみ出して見える。これはノートパソコンだ。

 

\ヌワァァァァァァァッ!/
\ダンチョウ!!/

 

優(ギクッΣ('◉_◉’))

 

 パソコンの画面を閉じればスリープモードになると思っていたのだろうが、閉じてもなお動画の音は鳴り続けている。

 

優「ち、ちちちちち違うもん!!」

 
 
 

 ……なんだかかわいそうなので、気づかないフリをしてあげた。

 

~古閑 抄雪~


 インターホンを押したが返事はない。古閑が居留守をするわけがないし、不在なのかと思いながら帰ろうとすると、その瞬間にやっとドアが開いた。

 

音哉「よぉ」

 

 なんだか若干面倒がっている顔だ。まるで真面目に勉強していたのを邪魔されていたかのように……

 

音哉「わ、悪かったって…… あっそうだ、これあげる。勉強の休憩時間にでも食べてくれ」

 

 もし誰かが真面目に勉強していたら申し訳ないと思って、お詫びのクッキーを持ってきておいたのだ。……もっとも、古閑は最初からしっかり頑張っているような気がしていたのだが。

 

音哉「そういうことなんだ」
南沢「じゃあどうしてわざわざ来たんだよ……」
音哉「どちらかと言えば差し入れの目的で来た、みたいな」
涼介「どっちが迷惑なんだか……」

 

~笹川 アイ~


 ドアを開ける音とともに、妙にテンションの高い笹川が飛び出してきた。

 

笹川「旦那様が来てくれたのだ?!」
音哉「あっ」
涼介「嘘だろ」

 

 笹川はいつものように(?)涼介に向かって飛びつこうとした……が、今回こそはそうはいかない! 涼介は笹川のその顔を見た瞬間から、既に逃げ出していた!

 

笹川「今度こそ逃がさないのだ~っ!!」

 

 当然、彼女もその後を追って走り出して行ったのだが……
 それで、結局は音哉と南沢だけが家の前に取り残される羽目になってしまった。

 

南沢「な、なぁ…… 俺らは何をしに来たんだっけか?」
音哉「さぁ……」
南沢「話を流すな! なんで俺らだけこんなところに取り残されないといけないんだ……」
音哉「おぉ? ちょっと待てよ? これは笹川の家の中を覗くチャンスではないか?」
南沢「なんてことを……」

 

 もちろん玄関のドアは開けっぱなしだ。家の中が普通に覗ける。甘い匂いもするが、それを上回るようなカオスな雰囲気がどことなくあたるを取り巻いている……

 

音哉「見た感じ、他には誰もいなさそうだけど」
南沢「……見つかっても、俺は知らねぇぞ~」
音哉「俺はここで待ってるみたいな言い方するなよ」
南沢「いつから俺が入ることになってた? 俺はここで待ってるぞ」
音哉「えっ嘘だろ」
南沢「笹川の家の中、興味はなくは無いが、今は調べるような状況じゃないだろう」
音哉「そんなこと言ってたらいつまで経っても家に入れないぞ! あいつとの接点はただでさえ作りにくいんだから、今しかチャンスは無い」
南沢「じゃあ好きに入ればいいじゃないか」
音哉「お、おま……」
南沢「あ゛?」
音哉「分かったよ……俺一人でいい」

 

涼介「勘弁してくれ!!」
笹川「ゼェ……ハァ……ゼェ……も、もう逃さないのだ…………」

 

音哉「げぇっ! もう戻ってきやがった! あいつならもっと外で暴れ続けると思ったのに!」

 

涼介「あぁもう逃げるのが面倒だ……」
笹川「フッフッフ~……アイの勝ち、と言うことだな?」
音哉「涼介、どうして捕まってるんだよ」
涼介「こ、こいつ、足の速さはそこまで速くない癖に……かなりしぶといんだ……振り切ろうとしても無限についてくる」
南沢「どういうことだよそれ……」
涼介「もう面倒だから逃げるのをやめた。……さぁもうこれでいいだろ、笹川? 帰らせてくれ」
笹川「どうしてそんなこと言うのだ? これからアイと旦那様でべんきょーかいをするのだ! そう決まってるのだ~!」
涼介「何だって?」
笹川「べんきょーかい、なのだ☆」
南沢「おい……」
音哉「マジか……」

 

 笹川は涼介の腕を引っ張り出したかと思えば、家の中へ引きずっていった。必死に抵抗する涼介だったが、旦那様に執着する笹川の力……そしてそのしぶとさは伊達じゃない。

 

涼介「おい! なんで2人は助けてくれないんだ!!」
音哉「いや……せっかく誘ってくれたんだから、無理に引き裂くのもアレかなーって」
南沢「末長くお幸せに」
涼介「どうして! どうして! ちょ、僕は帰りたいんだーーーーー」

 

 玄関の奥に引きずられていった涼介の声は次第に聞こえなくなっていった。

 

音哉「……………」
南沢「あれでよかったのか」
音哉「いや、どうなんだろうか……」

 

 よくない。

 

 1クラスとは言え、住んでいる場所はかなりバラバラだったため、全員を訪ね終わる頃にはいつのまにか空が赤く染まり始めていた。
 テスト期間中の面白い気晴らしにはなっただろう。……申し訳ないことをした人も数人いたが……
 その日はもう涼介を見ることはなかった。連絡を取ろうとしたが、既読だけ付いて返信がなかった。奴の相手でよほど忙しくなっているのかもしれない。お気の毒だ………………じゃなくて、今度会ったときにはしっかり謝っておかなければ。

 
 

8日前

 休日はあっという間に過ぎていった。結局、日曜日は何もせず家でゴロゴロしているだけになってしまった。少し反省せねば。

 

古宮「テストまであと1週間を切るぞー、テストの日程表もあとで掲示しとくから見とけよな」

 

 朝のHRを終えたあと、皆はすぐに掲示を見る。

 

谷城「国語が一番最初だって?!」
高砂「あの魔の読解を一番最初にやらせるとか先生の性格どうなってるんだよ」
谷城「あ~でも物理基礎が最終日だ~、ラッキーラッキー」
師音「嫌いな教科はむしろ早めに終わって欲しい……」

 

 国語、社会、化学基礎、コミュニケーション英語、生物基礎、数学A、英語表現、物理基礎、数学I…… 非常に厄介な教科の組み合わせである。

 

音哉「とにかく、最初の方にある国語社会あたりは優先してやらねば、ってことか」
菊池「なんとも言えない順番ね……」
音哉「さて、勉強会は楽しいし、せめて前向きに行くか!!」

 

古宮「それと、提出物はちゃんと出せよー? テスト当日までに数学のワークとか提出するんだろ」

 

音哉「あ゛」
優「え゛っ」

 
 
 
 
 
 
 

 やってもうたーーーーーーーー!! 完全に忘れとったーーーーーーーー!!

 

音哉「そうじゃん提出物があるんだったじゃん! どうしよう何もやってないぞ」
優「やばいよ音哉君私も何も手つけてないんだけど!!」
音哉「お、俺、俺俺おおお俺は答え写すことにするからなんとかなるし!!」
優「わ、私も答え写すことにすr…………こ、答え……」

 

 偉い。答えを写そうか躊躇うところがとても偉い。俺は思い出してすぐに写そうという考えに至ったが……
 だが、一昨日あんなにのんびり動画を観ていた(と思われる)宇都宮優を見ていると、今になって慌てているのがものすごく可愛い……

 

 家に帰って、速攻で答え写しを始める。解説がどうとか知ったことじゃない。とりあえずそれらしい途中式を写して、それらしい間違いを書いておいて……それを赤ペンでチェックして……それらしい解き直しをしておいて……
 あからさますぎる間違え方だ。『間違えちゃいましたー、てへっ!』感が否めないが、そこまで凝っている暇はない。先生だって一人一人の回答を凝視してチェックするわけじゃあるまい。中学の頃から鍛え上げてきた提出物偽装技術は伊達じゃないのだ。キャリア3年。これくらいの雑さは許されるものであると経験が語っている。

 

音哉「……終わった!!」

 

 答え写しは1時間程度で終わってしまった。これはラッキーだ。あとは国語の勉強でもして来週の準備を進めておくとしよう……

 
 

7日前

近江原「ふえぐちおとやくん! どうか助けてくれ」

 

 いかにも片言な喋り方で朝一で話しかけてきた近江原。こんな時に一体なんの用だとーー

 

近江原「数学のドリル代わりにやってくれないか」
音哉「はい?」
近江原「頼む、まじで」
音哉「答え写すなんてそんなに時間かからないはずだぞ。自分でやればいいじゃないか」
近江原「俺は答え写すのが下手なんだよ」
音哉「下手とは……」
近江原「写したのがバレバレだってこと」

 

 彼曰く、丁度いい頻度で偽のミスを作って偽のチェックをつけて偽の直しをして、という過程がうまくいかないらしい。要するにドリルをやった偽装が下手だということだ。

 

近江原「音哉だったら定期的にミスを混ぜながら、違和感なく答えを写すワザを持っていると聞いたんだ。だからお願いだ」
音哉「中学時代の宿題写しがまさかこんなところで役に立ってしまうとは……」

 

 中学時代。俺はとにかく部活がしたかった。それに遊びたかった。学校や塾の宿題というのは苦でしかなかったのだ。そこで、先生に写したことがバレないような答え写しの技術を身につける努力をしたのである。男子小学生なら誰もが一度は憧れたことのある(?)、その高度な技を、音哉はこの3年間で完璧に習得したのだ。

 

音哉「……これは職人の技なんだ。タダで承るわけにはいかない」
近江原「それなら今度近くの店でクレープ奢るから。お願いだ、そこまでしてでもやってもらいたいんだ俺は」
音哉「……わかったよ。それならやる」
近江原「……ありがとう!!」
音哉「俺の貴重な勉強時間を削ってやってるんだから、感謝しろな?!w」

 

 まずい! 調子に乗って課題代行を引き受けてしまった! 自分はただでさえ勉強時間の無さに追われていたはずなのに……
 そして、一度この代行を引き受けてしまったからには、最悪のシナリオが脳裏を横切ることになる。そう、恐らく課題を終わらせていないのは近江原だけでなく……

 

南沢「……頼む」
音哉「はぁ~~~????」
南沢「これだけは本当にやりたくないんだ。あとで1000円奢るからさ~」
音哉「なんなんだか……仕方ないな、お願いされたからには断れないだろ」
南沢「サンキュー! やっぱ音哉はそういうところ優しいよな」
高砂「あの、実は」
音哉「え゛っ」
高砂「…………ということなんだ」
音哉「しょ、しょうがない……やってあげる……

 

 

 結局、今日だけで課題代行の注文がなんと5件。それもクラス内だけでなく、別クラスからの依頼も混じっている。俺の顔が広いせいか、学園内の噂の広まりが早いせいか……
 今日の放課後はまずこの5人分の数学ドリルを終わらせなくてはならない。早く片付けないと自分のテスト勉強に全く手をつけることができない……

 

 

音哉「う~ん、40分30秒!w」

 

 引きつったような笑顔で時間を宣告する笛口音哉。作り笑顔も程々にしないとこれ以上もたない。__とりあえず1人分は終わったようだ。流石に近江原の課題を代行した時よりは時間は早くなっているが、ここまで集中するととても疲れる。
 その後も同じように同じ作業を繰り返し繰り返し、3人目までの分を終えることができた。気がつけば夕飯の時間だ。

 

音哉「駄目だもう限界だわ……今日は自分の勉強ができそうにないな」

 

 そんなことを呟きながら、答えを書いていた数学のノートを閉じようとする。ふと閉じる前に、自分が今まで何度も写してきた問題の数々を見つめる。どうしてこんな問題を解けるようにならねばならないのだ。こんなの、一部の科学者かなんかだけが出来るようになれば____

 
 

音哉「!?」

 
 

 そのノートに書かれている数式の数々を見てあることに気がついた。

 
 

音哉「ま、まさか……」

 
 

 た、縦読み……ッ!!!!

 
 

 はっきりと見えた。横書きに書いてあるはずの数学の解答、その各行の最初の文字を縦に読んでいくと何やら文章が浮かんでくる。それを読むと…………

 
 

『このメッセージに気づいた者は、テスト本番の最後の解答欄に334と書くべし。他の者に教えてはならない』

 
 

 なんでや!
 ……ではなく、このような縦書きのメッセージが紛れもなく浮かび上がってくる。なんと巧妙なギミックなのだろう。
 不真面目に答えを写そうとする者は大抵途中式を最低限まで省略したがる。もちろん面倒くさいからだ。ただ、恐らく数学教員らはこのことを見越して対策をしていたのだろう。
 ノートでの回答の仕方には細かい指示がされてあった。大問1つごとに必ず改行をすること。ノートの1行はきちんと最後まで使い切ること。途中で無駄に改行しないこと。……最初は教員がチェックをしやすいようにという目的だとばかり思っていたが、本質はそうではなかった。このルールに従い、答えを写さず真面目に解答を書いた者は確実に縦読みが浮かび上がるようになっている。逆に、答えを写した者はこんなメッセージは浮かび上がってこない。
 まさに、生徒の真面目さを観るためにふるいにかけるような仕組みが組まれていた……

 

 俺ももちろん答えを写すというタブーを行なっているわけだが、偽装技術を磨いていたのもあって、それらしい途中式の書き方もなんとなく身につけていた。だから最初からは気付かなくとも、何度もその解答を書き写しているうちにこのメッセージに気づくことができたのだ。

 

音哉「先生はテストの最後に334を書くか書かないかで、提出物の評価をするつもりなのかもしれない」

 

 代行を引き受けてしまった身として、このメッセージに絶対気づくことのない優や近江原たちに対しては、ものすごく申し訳ない気持ちになってくる。…………いや、そんなことを気にする方が駄目だ。そもそも人に課題を頼むこと自体が駄目なのだ。結局彼らはメッセージに気付けない運命だったのだ……

 

音哉「いや待て、むしろ俺は救われたんだ」

 

 俺も自分の課題は最初から写す気満々だったではないか。そして、その1回だけでは絶対にこれには気付けなかった。他の人の課題も写して何度も見ることによってやって気付けた。本当なら俺も気付けていないはずのメッセージなのだ……

 

音哉「俺だけこれを知っているなんてのは有ってはならない」

 

 このままだと彼らを見捨てることになるような気がして嫌だった。平等にしなくては。
 ……そう決意して、俺は夕食を食べに行った。

 

 

 課された仕事は一通り終え、またテスト勉強に励んだ。翌日からの課題の代行は断った。悪いことは言わないから、自力で頑張った方がいいと忠告した。
 次の日もまた次の日もテスト勉強に励んだ。主に提出課題のせいで、予想以上に切羽詰まった状況が続き、勉強会がこれ以上開かれることはなかった。悲しい。 ……かと言って勉強をサボるわけにもいかないので、真面目に頑張った。やれることはやったつもりだ。

 
 

本番1日目

 不安で眠れなかった!!
 やれることはやったはずだが、それでも不安は不安だ。朝5時に起きてしまった。なんてこった……
 朝はガッツリ復習する気にはなれなかったので、暗記カードを開きながらぼーっとテレビを見ていた。

 

 

…………………。
…………………。

 

古宮「おはよう諸君」

 

南沢「なんですかその微妙な間は」
古宮「いや、なんつーか、みんなが真剣な目で俺を見てくるから、シリアス展開かなと思って間を開けた」
南沢「静かになったところで先生が教卓の前に立てばそりゃあ誰だって注目するでしょうが」
古宮「それもそうだ」
南沢「俺ら今日テストなんですからね?! 煽ってるんですかこの野郎」
古宮「(この野郎って言われた……) そ、それで、今日はこの3教科だな。せいぜい頑張ってくれ。というか頑張ったほうがいい。……というか頑張ってくださいお願いします」
音哉「なんだこの先生は……」
古宮「みんなの成績が下がると……他の教職員がお菓子をゲットすることになってしまう!! それはどうしても避けなければならない!!」

 

 古宮は遠回しに自分の給料を上げたいと伝えたつもりだが、実際は1ミリたりとも伝わっていない。

 

音哉「言われなくても頑張りますから安心してくださいってば」
古宮「音哉……お前はいいやつだ……俺は泣きたいよ……ふふっ…うぅぅぅ」
優(今日の先生、テンションおかしいよね……)
南沢(今日に限った話じゃないが、今日は妙に情緒不安定だ)
古宮「さぁみんな張り切って行こうーーーーーー」

 

 

 テストの前に放送がかかる。
『えー、おはようございます。鴻海の校長ですっっっ……じゃないや間違えた。校長の鴻海です。本日はから4日間、是非頑張ってください。これからテスト中の注意事項をお話しします。
 問題用紙と解答用紙には必ず名前を書いてください。特に解答用紙に名前がない場合は0点となります。念のため先生がチェックをするなんていう甘いことはしません。書き忘れたらガチで成績ゼロにします。自己責任です。
 途中で筆記用具を落とした場合は黙って手を挙げてください。担当の教師が拾いに行きます。(落とした生徒に返すとは言ってない)
 カンニング等の不正行為は絶対にやめましょう。一人一人をちゃんと監視しているのですぐわかります。故意に不正を行った場合は退学処分もあり得ます。覚悟の準備をしておいて下さい。いいですね!
 ……以上です(プツッ)』

 

Felix「これじゃ脅しじゃねえか」
枝川「要するに、いつも通りやってれば大丈夫ってことだろう」

 

 一時間目は国語。全教科通して平均点が一番高い教科になりがちだが—— むしろ次郎勢学園は逆。国語のカリキュラムのひねくれ方は、他のどの教科と比べても見劣りしない酷さだからだ……
 そう、この学園の現代文分野は、『筆跡から心情や主張を読み取る』という無理難題を課すような地獄だ!!

 

音哉「いつまで経ってもこの緊張感には悩まされるぜ……」

 

 

 テスト用紙が配られてから開始の合図がなるまでのあの静かな時間は俺はとても嫌いだ。変にメンタルを削られるし、かといってぼーっとしてると突然鳴る開始のチャイムでめちゃくちゃ動揺する。……分かってくれる人がいて欲しい。
 教室の黒板上にある時計が厳かに秒を刻む……

 
 

キーンコーンカーンコーン
古宮「始め!」

 

 ついに戦いが始まった。まずは小手調べと言わんばかりに漢字の読み書き、ことわざなどの小問が並ぶ。ここがしっかり出来ないと後々がすごく不利だ。幸い、そこまで難しい漢字は出ず、難易度も普通だったのでなんとかなった。

 

 本番はここからだ! ついに論説文の問題に入った! 教科書に書いてあった文章ではなく、初見のものを解かされる(もちろんkou長特製の文章であるが)。

 

『被害者が書き残した血文字の筆跡はこのようになっている。片仮名で書かれているあたりが緊迫性と時間の無さを物語っている。』

 

 どこからどう見ても国語ではない。刑事がやるようなことをやらされている。今思うと本当に理不尽である。そして堂々と血文字の写真をテストに載っけるグロさよ。気持ち悪くなって生徒に影響が出たらどうしてくれる。そもそもこの画像がどうやって用意されたか物凄く気になるのだが、この文章がkou長特製ということは、まさか……

 

音哉(あぁもうそんなこと考えている暇はない! えー、文字の震えがあるということは、この文字を書いたあたりで……)

 

 論説文……もとい心理学の分野はなんとか終わらせた。あとの古文だが、これは何も怖くない。内容は至って普通。きちんと勉強していればほぼ解ける、基礎問題ばかり。

 

 

 結局、5分ほど時間を余らせて解き終わった。しばらく待つと終了のチャイムが鳴るが、休憩に入った瞬間みんなぐったりしていた。——そりゃまあ、俺も疲れたが。

 

近江原「ねぇ、血文字の問題何番にしたよ……?」
高砂「あぁ、最後のあれ? 2にした」
近江原「うぉっ……同じだ同じだ」
枝川「あれは3にした」
高砂「マジ?」

 

……みたいな、答えを確認し合う生徒も沢山いる。俺もぐったりはしていたが、周りの生徒たちといろいろ話していた。

 

 その後のテストも山あり谷ありというところだったが、絶望と生還を繰り返しつつもなんとかこなしていった。特に英語や理科の科目が終わった後にはクラス中に絶望の悲鳴が響き渡る。『やっべー終わったー』だとか、『お前、そこの計算間違ってるぞ』『あっ(絶望)』だとか、『ん? アイはとりあえず好きな数字を埋めといたのだ』だとか、『destinyをディズニーと読み間違えたー』だとか……

 

 

本番3日目

 

 2日目までは概ね順調だった、そうだったんだ。だが、恐れていた事はとうとう3日目に起こってしまった……

 

優「音哉くんが体調不良?!」
近江原「嘘だろこんな時に?!」
涼介「僕は詳しい事情は知らないけど、数学の問題集がどうとかって話は聞いた。音哉に負担をかけすぎたんじゃない?」

 

優「そ、それは……」

 

南沢「あぁ……そうかもしれない……」

 

優「!?」

 

 優も、事の成り行きはだいたい分かっている。体調不良だなんていうのは自分たちがあんな無理を頼み込んだからに違いない。だからこそ、そんな下らない理由を白状するのが嫌で黙ろうとしていた。だが……

 

南沢「だって、あいつはつい最近までめちゃくちゃ元気だったんだ。普段は徹夜で勉強するような奴でもないし……」

 

涼介「……そうか、なるほど…… やはりその件が原因ということだな」
南沢「俺らはバカだ……! たかが課題の面倒臭さだけでクラスメートを本番の日に休ませてしまったんだぞ……! こんなこと……あってたまるかよ……」
近江原「もう過ぎたことを悔やんでも仕方ない。今日のテストが終わったらお見舞いに行こう。今はテストに集中すべきだと思う。彼のおかげで俺たちはしっかり勉強時間を取れたんだから…… その努力を無駄にしたら、それこそ失礼のなるんじゃ……」
南沢「…………分かった。その件はとりあえずあとで話そう。今は目の前の事に集中だ」
優「うん」

 

 まずは今出来ることを。それがせめてもの音哉への敬意だと思ったから。……彼らはそう心に決め、テストに臨んでいった……

 
 

 
 

 プルルルル……

 

 今日のテストが終わって放課後になった直後、お昼過ぎの職員室に電話が鳴る。
「はい、もしもし、私立次郎勢学園です……えぇ、はい、そうですか……分かりました。古宮先生ですね。しばらくお待ちください」

 

「はい、お電話代わりました、古宮です。…………ちょっ、笛口?! どうしたんだよ、いきなり電話してきて……ちゃんと安静にしてるか……? えぇっ? 今から? ……今から受けに行くって?! おい、お前、それは流石に無茶だ……いくら今熱が引いたからと言って、今日はまだ安静にしていなきゃ駄目だって…… えっ? どうしてもテストを長引かせるわけには行かない、と……? …………それに? …………kou長先生のヒーリングs……おいちょっと待て……どうしてそれを知っている」

 

 

 暫く経って、電話は終わった。

 

小波「古宮先生、すごく緊迫した会話になっていましたが、どうされました?」
古宮「いいや……その……なんというか、……笛口音哉は恐ろしい生徒だ」
小波「…………????」
古宮「少しkou長に話さないといけない事情があったもので」
小波「そうですか……」

 

 

古宮「kou長先生、お話よろしいでしょうか」
kou長「はい」
古宮「只今、体調不良で学校を休んでいる、1年3組の笛口音哉という生徒についてなのですが…… なんと、今は完全に解熱して体調も回復したから、今から学校に来て今日の分のテストを受験したいという風に言われまして……」
kou長「いくらなんでもそれは無理があるでしょう。今日は家で安静にしているように伝えましたか?」
古宮「彼はどうしても今日受けたいそうなんです。今日休めば、出来なかった分のテストは一番後ろに回される。皆が4日目の全てテストをやり終えた後に、自分だけが残ってそのテストを受験する。でも、それでは、テスト最終日に行われる打ち上げに参加できないから絶対に嫌だ、という事らしくて」
kou長「なんだ……それだけの事情かい……。 気持ちは分からなくはないが、それでも無理なものは無理だ」
古宮「い、いいや……実は問題は今話したことではなくてですね…… 実は……」
kou長「どうした?」
古宮「kou長先生がいろいろ作っている装置かなんかを使えば、体調なんてすぐに治りそうな気がすると言うのです」
kou長「なるほどな……まぁ間違いではないんだが、生徒に使わせるわけには……」
古宮「なんでも、ヒーリングファンクション770-Aだとかいう装置名を口にして……」
kou長「おい、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいちょっと待て待て待て待て待て………………………どうして生徒がその名前を知っている」
kou長「そんな装置が本当にあるんですか?!」
kou長「そ、そんな大声で話さないでくれッ……… くっ……今まで誰にも教えないようにこっそりと開発してあったはずなんだが、いつの間にか生徒に情報が漏れていたなんてな……」
kou長「私たち教師陣すら知らないのですが……」
kou長「それが普通だ。どうして生徒らに情報が漏れた……まさか、あのEleisとかいうサイバー組織…… そうか、なるほどあいつらのせいか…………くっ…………」

 

 実は、今日のテストが終わった直後、南沢は音哉と連絡をとっていた。kou長の読み通り、南沢はハッキングを通してkou長の研究品の数々のデータを手に入れていたのだ。音哉がどうしても今日テストを受けたいという話をしたら、南沢はkou長のその装置の話を持ちかけた。この話をkou長にちらつかせれば、絶対になんとかしてくれる、と……

 

古宮「そ、それでkou長、結局今日は駄目……でいいんですよね…。…?」
kou長「いいや。…………学校に来ることを許可しろ。彼の家は確かそこまで遠くなかったはずだな? 学校に来たらまず最初に校長室に来るように伝えてくれ。来たら必ず、寄り道せずにまっすぐ校長室に来るようにと…………………いや待てよ、もういい。むしろ私の方から迎えに行くとしよう」
古宮「な、なぜそんな……」
kou長「彼がさっき言っていたあの装置名は、本来なら私しか知らないはずの情報なのだ。彼に話をいろいろ聞かなくてはならない……」

 
 

 
 

 場面変わって、ここは音哉の家。さっき、kou長が家に迎えに来るという連絡があった。南沢から教えてもらったあの情報はよほど機密情報であり、本来絶対に漏らしてはならない情報のようだ。明らかにkou長からの待遇が変わっている。
 しばらくするとインターホンが鳴り、本当にkou長先生が来た。家の前には高級そうな黒い車が留まっている。流石だ……普段からこんな車を使っているのか…… 黒塗りの高級車

 

 学校に来るな否やkou長室に呼び出されては、ちょっぴり話を聞かされた後に……例のヒーリング装置を使わせてもらった。いくら南沢からの情報だったとはいえ、こんな装置が実在するなんて……
 少しだけ残っていただるさが完全に消え去り、むしろ普段より元気になったかもしれない。……というわけで、テストを受けよう……

 
 

 
 

 1階にある、応接室Bと書かれた部屋に通された。あれこれとしているうちにもう夕方。オレンジ色に輝く外からの夕日が、木製の茶色いタイルを照らしていた。部屋はかなり狭めだが、物はほとんど置いていない。置いてあるのは机だけ。まさに個別のテスト受験にはもってこいの場所…………のはず…………なのだが…………

 

音哉「あのー、ここに座っているお二人というのは……」
kou長「あぁ。彼女らもテストを休んでいて今受験しようというところだったんだ。君と同じ。まぁ、彼女らが休んだのは1日目だけど」

 

 この部屋には机が間を空けて3つ置かれていた。俺の席を除いて他に2人受験者がいるわけだ。だが驚くべきはそこではない…… 俺が部屋に入った時、2人は既にその席に座っていた。その顔を見れば——

 
 
 
 

音哉「なんでお前たちがここにいる」
ノヴァ「ここに居て何が悪いのよ」
リン「わーい!」
音哉「……お前たちは結局ここの生徒なのか?」
リン「そうだよ?」
ノヴァ「勝手に外部者だと決め付けないでもらいたいわね」
音哉「自慢げに言ってるが、この前の動きを見れば誰だってそう思うだろ…… あぁもう頭がこんがらがってきた」
リン「リンはね、一昨日と昨日にね、風邪を引いたって設定になっt……(ムゥ」
ノヴァ「そうなの~そうそう~私たち、一昨日と昨日風邪で休んじゃったの~だからここにいるのよね~」
kou長「今、何て?」
ノヴァ「なんでもありせん~笑 ね~?リン~?(ピキピキ」
リン「いたたたたたた……」

 

 リンの頭がノヴァにがっしり掴まれている。

 

ノヴァ「とにかく、私たちはただそれだけ。変に怪しまないでもらいたいわね」
音哉「はいはい分かりましたっての…… そもそもkou長が隣にいるんだからそんな下手な真似はできないってわけだしねぇ」

 

 憎き2人ではあるが、今はそれよりもテストを真面目に受けたい。

 

kou長「はい、それじゃ今から50分間です。用紙の不備等あれば手をあげてください。それでは、始めっ」

 

 kou長試験監督のもと、夕方の居残りテスト受験が始まった。周りに人が少ないせいか、いつもより集中できる。……と思ったのだが、やはりリンとノヴァが怪しげな動きをしているようなのだ。妙に目線がキョロキョロしている。
 そんな変な動きを見ながらもなんとか50分間のテストを終えた。恐らくそこそこ解けたと思う。俺にとっての『そこそこ解けた』は上出来である。

 

 

kou長「さて、休憩もそろそろ終わりかな」
音哉「はい」
リン「は~い」
ノヴァ「はい」
kou長「次は、お二人は社会で、音哉君は英語表現……っと。あぁそうか。英語表現は60分間だったね」
リン「リンたちは?」
kou長「君たちは社会だから50分間だ」
音哉(ギクッ……ということは、あいつらの方が早く試験が終わるということだ……な?)
kou長「それでは、50分経ったところで合図をかけますので、お二人はそこでやめてください。音哉君は構わずそのまま続けて」
音哉「は、はい……」
kou長「なるほど、リスニングは一番最後なんだな。よし、それじゃ丁度いい。最後の10分で英語表現のリスニング問題を流すとしよう」
音哉「は、はい!?」
kou長「どした?」
音哉「いや、その、それは流石に……」
kou長「みんなだって一番最後にやってるんだ。君だってそうしないと不公平じゃないか」
音哉「そ、それはそうですが……その……」

 

 地味に面倒なことになった! 同時にテストを始め、リンノヴァの2人のテストが終わるのは50分後。ただ俺のテストはあと10分残っており、そこで丁度リスニングが行われる、というわけだ。
 問題は、俺がテストを受けていて、あいつらがテストを受けていないという瞬間ができるという事だ。あいつら何をしだすか分からんからな……自分たちはテストを受けていないのを良いことに、ちょっかいでも出されたらたまったもんじゃない。

 

 

kou長「それじゃあ始め」

 

 テスト序盤は難なく進み、リスニング直前までもなんとか解き切った(半分くらい勘で解いた)。
 それよりも、50分が経過した時のリンノヴァの行動がどうなるか、怖い…… カンニングを疑われない程度に横の席の様子を見れば、すぐ隣のリンはもう諦めたのか、それとももう終わったのか——ペンを置いて背もたれにぐで~っと寄り掛かって寝ている。それに対してノヴァは、あくまで真面目に、かなり必死に解いている。スパイでありながらここまで真面目にやるとは、敵ながら素晴らしい姿勢である。

 

 そして運命の時間。

 

kou長「はい~50分経ったのでそこのお二人は終了です。まぁ、音哉君の試験が終わるまでは静かに待っていてください」

 

 kou長がそう告げると、二人はひとまず大人しくぼーっとしていた。

 

kou長「はい。そして音哉君もこれからリスニングに入るので準備してくださいね」

 

 リスニングが始まる。内容はそこまで変わった内容ではなく、まぁまぁ普通のリスニングだった。
 しかし問題はそこではない。暇になったあちら側2人はやはり大人しく待っていてはくれなかった……

 

音哉(この目線………!!!)

 

 隣の席にいるリンが自分の机に突っ伏したかと思えば、首だけクルッとこちらに向けてきて、ニヤニヤしたり変顔をしてみたり舌を出してみたり………… 遊び放題やってやがる。

 

(なんだよその地味な変顔攻撃は!!)

 

 席の間隔はそこまで遠くないので、普通に受けているとその変顔が目に入る。なんなんだ。地味にうざい。

 

(集中すりゃなんとかなるな)

 

 俺は邪念を振り払って耳に全意識を集中させた。変顔が気にならなければ全く気にならない。残念だったなリン。こんないたずらで俺のテスト成績を落とせるとでも——

 

フ~~~ッ……

 

(あぁ??)

 

 何やってんだよ!! 俺に息吹きかけてどうすんだよ!! そんなん来るなんて聞いてないぞ! 耳に直接風が入ってくるからめっちゃ気が散るんですが!!
 てかkou長そろそろ止めろよ! これ明らかに妨害行為だろ!

 

kou長「……………。(ニヤニヤ)」

 

 裏切られた。
 ぐっ……この……kou長……あとで覚えていやがれ……

 

 肝心なところが聴き取れない。耳に直接息を吹きかけたかと思えば、今度は下敷きでこちらを扇ぎ出した。……いや、これだけはむしろ涼しくて快適なのだが。

 

リン(…………ヘヘヘヘヘヘヘヘー……ニマー)

 

 なんだよその笑顔は……

 

リン(フッフッフー…………ニコッ…ゴロゴロニャー)

 

 お前可愛いなぁおい!

 

リン「オトヤクンノスキナヒトハダレナノカナー」

 

 さりげなく聞くなし!!

 

……………。
kou長「はい、テスト終了です」
音哉「え?」
kou長「あなた、ぼーっとしていてほぼ何も書いてなかったですが……」
音哉「いや……だって……いやそりゃそうですよ! 隣が明らかに妨害行為を……」
kou長「お2人は静かにしていましたよ? ですよねぇ?」
リン「はーい」
音哉「お前が答えてどうすんねん……じゃなくて、こんなんで成績付けるとか不平等すぎます。俺、そろそろ訴えますよ」
kou長「ハッハッハッハッハッハッハwwwwww それは困るなぁ……すまんすまん。ちょっと面白かったもので遊んでみただけなんだわ」
音哉「へ???????」
kou長「今回のリスニングテストは無効にします。確か音哉君、この前英語の特別講習受けてましたね? ALTの先生と会話するやつ」
音哉「あぁ、はい、まぁ」
kou長「あの時の音哉君は実に素晴らしかったし、聞き取りも十分できていた。リスニングの評価材料はあれだけで十分だ」
音哉「そ、そうなんですか……(俺がリスニング受けた意味とは……)」

 

 

 というわけで、無事に(無事ではないが)休んだ分の全テストが終了した。正直いい点数は期待できないが、もうめんどくさくなった。もうそれでいいや。そもそもこんなkou長に振り回されたら平常心でテストが受けられるはずがない。いい点数なんて取れるわけがない。

 

kou長「てなわけで、皆さん今日は帰ってください。お疲れ様でした」
音哉「もうすっかり夜だ……早く帰って明日の勉強しなくちゃ」
ノヴァ(ねぇリン、結局何も分からなかったじゃないの)
リン(いやぁ……今日はちょっと失敗だったかも……)
ノヴァ(そもそも、こんな方法で新しい情報が探れるわけないのよ……)
kou長「ん?? お2人とも、どうかしましたかな?」
「「?!」」

 

 音哉は既に帰ってしまった。kou長とスパイ組2人が、静かな応接室で睨み合う……

 

kou長「全部お見通しですよ。今までのテストを休んでいたのは、意図的にやったんですね? そうすれば、教室以外の試験会場でテストを受けさせてもらえると思った。その場所は、自分たちが普段入ることのできない部屋かもしれない。例えば、ここのような応接室……とかね」

 

「「えっ……」」

 

kou長「そして、君たちはその"入ったことのない部屋"から何か学園に関する機密情報を得ることができれば—— と思ってこの作戦に踏み切ったわけだ」

 

ノヴァ「えぇっ、機密情報を得る? えぇ、一体なんの事でしょう……私にはさっぱり……なーんて、へへへへ……」

 

kou長「……いつまで正体を誤魔化すつもりだね?」

 

ノヴァ「正体? 正体だなんてそんな~……私たちはごく普通の高校生ですってば……」

 

kou長「……………………日本国特定組織・施設安全調査局——通称SOFASRA所属、スパイAクラス」

 

「「うっ…………!」」
ノヴァ「どうしてそれを……」

 

kou長「君たちが思っている以上に、我々のサーチは進んでいるという事だよ。君たちがスパイとしてここに来ていることは、入学後すぐに分かっている」

 

ノヴァ「くっ…………そ、それで? それで私たちをどうするつもりかしら」

 

kou長「いいや? 特に何もしない。退学だなんてそんなのは面白くないしねぇ。——それどころか、今回私はそれを知っているにも関わらず、君たちをお望み通りの"入ったことのない部屋"に連れてきてあげたはずなんだがねぇ~」

 

ノヴァ「だからって、こんな、何も無い部屋を調べても仕方がないじゃない!!」

 

 この応接室B、驚くほど何も物が無いのだ。窓があって、壁にホワイトボードがあって————あとはテスト受験用の小さな机が置いてあるだけ。

 

kou長「う~んおかしいなぁ~確かに入ったことのない部屋のはずなんだが~お気に召さなかったようで…………フフフフフ」

 

ノヴァ「ぐっ………………」
リン「ノヴァ、一旦落ち着いて……ここは冷静に行かなきゃ……」
ノヴァ「で、でも……!」

 

kou長「ということで、話はこれだけだ。さぁ帰った帰った。教師らはテストの採点で忙しいんだから」

 

ノヴァ「まさか…………本当に何も無い……とでも言うの?」
kou長「あぁそうだとも。これからも今まで通り堂々とスパイ活動してくれたまえ。その分我々も全力で阻止させてもらいますがね……w それに、逆に我々が君たちソファスラの情報を手に入れる事もできるかもしれないしね。どちらにせよ楽しみだ」
リン「……………………」
ノヴァ「…………帰りましょう」
リン「うん……」
ノヴァ「覚悟しておきなさい。いつかこの選択をしたことを後悔させてあげるわ……」
kou長「うん楽しみにしておくさ。100年でも1000年でもまってやらあ」
ノヴァ「くーっ、ムカつく!!」
リン「よしよし……ほら……落ち着いて……」

 

 そんなこんなで2人は帰っていった。

 
 
 
 
 

本番4日目

 最後に残すは物理基礎と数学I。言うなれば思いっきり理系の教科であり、そして一番得意苦手の分かれる分野でもある。このような精神的ダメージの大きい教科を最終日に持ってきてくれるとは、なんと親切なんだろう() ——いやもしくは、数学に関しては、本来の目的は例のブツによるものか……

 

『このメッセージに気づいた者は、テスト本番の最後の解答欄に334と書くべし。他の者に教えてはならない』

 

 この言葉は結局どういう意味なのか、その答えが未だに謎に包まれている。本番の最後の回答欄、それは即ち最後のテストである数学Iの最後の問題で間違い無いだろう。事前に答えを開示するテストとは一体……?

 

古宮「はい、始め」

 

 今までのように、絶望と苦しみを味わいつつもテストをこなしていく。物理というものは本当に目が回るものだ…… 応答問題なんか、文字ばっかりしか出てこない。俺は日本人だ! そんなに英語を使われても分からねぇわ!

 

 そして運命の数学Iの時間。開始後すぐに問題量だけは把握しようとページをペラペラめくったが、最後の問題はほぼ見ていない。敢えて見なかった。まずは普通の問題たちを潰してからのほうが落ち着いて向き合えると思ったからだ。

 

(なかなか捻った問題ばかりだな……)

 

 因数分解なんて大っ嫌いだ。問題集の解説を見ても、『そんな発想どっから出てくんねん!』というものばかりである。頭のネジが10本くらい外れてる人でないとあんな発想出来ん。
 それから、中学と違って、一問一問の重みが違う。テスト用紙はこんな薄っぺらいA31枚のくせに、普通に60分とか掛かる。なんかうざい。

 

(さて、もういいや。この問題はこれくらいでいいだろう…… さて、最終問題は……)

 
 

8. 3つの正の数の立方数の和1通りで表せるl^2番目の数をmとし、さらに、各位の数字を立方した和がmになる最小の数をnとする。このとき、nの値を求めよ。
ただし、lはm ≧100を満たすような最小の自然数とする。


 

 訳がわからない。まずどこから手をつけていいのか分からない。……どうりで真面目に解いたら絶対に出来はいはずだ。恐らくこれが……例の最終問題、なのか。
 よく見ればテスト用紙の端に『関心意欲 8点』と書いてある。そ、そうか……この問題に答えられるか…… 言うなればつまり、数学の課題を自力で真面目にやったかどうかを関心意欲の評価に入れるつもりなのだろう……

 

(あんなカラクリを作ったのは、こんなひねくれた方法で関心意欲の成績をつけるためだったのか……流石としか言いようがないな……)

 

 問題集の課題なんてのは、答えを写しても友達に委託しても、提出さえすれば大抵はOKがもらえる。そんなくだらない成績稼ぎを止めるためのkou長の新たな一手だったのかもしれない。

 

(それにしても……問題の意味すらよく分からないのに、答えだけは知ってるってなんか罪だな……)

 

 もう時間がない。俺は準備しておいたそのとっておきの模範解答、三文字を……解答用紙に……堂々と書き込んだ。
 実際に不正をしたわけではないとはいえ、カンニングの罪悪感をぞくっと感じるような妙な感覚に襲われる。無駄に手が震える。

 

(334…………)

 

 書いてしまえば意外と何ともなくなるものだ。そのおかげか、実はこの問題の下にアンケートと小さく書いてあるものがあった。どうやら回答するかどうかは任意らしい。

 

最終問題の解答を書いた感想を15字以内で回答してください。


 

 思わずニヤッとしてしまった。これは間違いない。いろいろあったが、最後のkou長の遊び心なんだろう。『お疲れ様』というメッセージに見えた。
 そして俺は最後にこう記して試験を終えた。

 

『なんでや!阪神関係ないやろ!』

 
 
 
 
 
 
 

打ち上げ

 試験が全部終わった日の午後は、中学の頃から決まって打ち上げである。もちろん今回もそうだ! クラスみんなで集まって、例えばカラオケ行ったり、ボーリング行ったり、ゲーセン行ったり……………………

 

音哉「なんで会場が俺の家なんだよ!!」

 

涼介「知らん。元凶は母さんじゃなかった?」
音哉「いや確かに俺の母親が許可はしたさ。というかむしろウェルカムみたいな感じで言ってたし。でもさぁ、だからってさぁ、クラスメート全員を俺の家に呼ぶとかどうなってんだよ!!」
Felix「南沢がいないから全員じゃないだろ」
音哉「細かいところはいいんだっての! ……いやそれより、南沢はなんで来ないんだ? 何か忙しいのか?」
Felix「奴は少しばかり用事があるらしいな。学校に居残りさせられてる」
音哉「俺のせいかな……」

 

 心当たりはある。例のヒーリングファンクション770-Aの情報を広めたからかもしれない。今頃kou長に問い詰められているかと思うと、俺本当にここにいて良いのかなぁと思うが……

 

Felix「何はともあれ、南沢にはあとで写真でもいっぱい送ってやれば良いだろう」
音哉「いや良くはないけどな」
谷城「それよりそれより! みんな頑張ったんだから、まずは盛り上がろうよ~!」
枝川「そうだぞ音哉。特にお前はめちゃくちゃ頑張ってたじゃんか。自分のことだけじゃなくて他人のことまで。ひとまず休めって」
音哉「……分かった。(すまんな南沢……)」

 

 今回のテストは本当に誰もが頑張った。絶対に数人は全く本気にならないやつが居るものだが、驚いたことにうちのクラスは一人もいない。(成績が伴ったかどうかは別として)
 ……俺もかなり真面目に頑張っちまった。なんというか……みんなで頑張るってのは思った以上に楽しかったから。

 

音哉「えー、皆さんお疲れ様でした。全員が自分なりの力を出し切って、理不尽な問題の数々に立ち向かってきました! 勉強の時でさえクラスの団結力を見せつけることができたなんて、本当に驚きです。みんなありがとう。——そして、今回のテスト、間違いなく僕らの勝利です!」
「「「イェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」」」
音哉「それでは行きましょう。皆さんせーの、乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」

 

 

 俺の部屋は流石に狭すぎるから、リビングでパーティをやっている。俺の母親は相変わらずハイテンションでキャーキャー言いながら台所とテーブルを行ったり来たりしている。こっちが恥ずかしくなってきた……
 テーブルにはたくさんのお菓子が並んでいる。宿泊研修の時に貰ったお菓子1ヶ月分が思いっきり余っていたので、丸ごと持ってきたのだ。……とはいえ、お菓子1ヶ月分×全員分という膨大な量は、そう簡単に減るもんじゃない。どうしたものか……

 

 

優「そう言えば、最後の問題の334って結局どういう意味だったの??」
音哉「そうか。まだ教えてなかったな。実は、この前俺が引き受けてくれた数学のドリルに、こんな仕掛けが隠されていてだな……」
優「えっ?!」

 

 結局俺は、クラスの全ての人に今回のネタバレをした。……本来ならそんなことしてはいけないのだが。例え代行であっても、この縦読みカラクリは発見した本人(≒真面目に課題やった本人)しか知ってはならないはずなのだ。
 ——だが、俺は思わぬ形でこのカラクリを見つけてしまった。もちろん真面目になんてやってない。外道であるにも関わらず偶然発見してしまった。本来なら俺はこれを知ってはならなかったのに……!

 

近江原「それじゃあどうして堂々と回答を?」
音哉「……そこまで真面目にやってられっかての。こんなの知っちゃったからには、書かずにはいられないだろ。ずる賢さってこういう事だよ……へへへへ」
近江原「そんで、自分だけ書くのもあれだろうと思って、俺たちに教えてくれたって事なんだね」
音哉「んま、そういうこった~(てへぺろ」
優「へへへへッ…お主も悪よのう……」
音哉「いえいえ、宇都宮様ほどでは……」
優「アハハハハハッ、音哉君は面白いね~!!」

 

 いや、優はなんだかんだ真面目にやってるタイプだと思う。

 

音哉「このテストってのは、言わば学園との戦いだ。あっちはただただ文科省の教育方針に従って教育をしているのみならず、それに加えて学園独自の教育方針を叩き込もうとしている。それに普段の課題も行事も理不尽だらけ。……こんなのに真面目に取り組んでたら、今頃死んでるかもしれない。だったら、それに俺たちも対抗だ。相手が職員だろうと容赦はしない。俺たち生徒なりのずる賢さで、この戦いを生き延びてやろうじゃないか」
笹川(なんかすごい事言ってるのだ……)

 

 要は、こんな授業とテスト、真面目にやってられっかって話だ!!

 

雪姫「でもそんなことしたら、後でkou長に何か言われるんじゃ……」
谷城「わたし責任取るなんてやだからね?!」
音哉「その辺は安心してくれ。南沢がkou長の弱みを1つ握っているからな。あっちだってそう簡単に手出しはできないだろう」
古閑(コクッ)
音哉「古閑も気づいてたのか」
古閑(音哉君のことだから、そこまで考えてるんだろうと思って)
音哉「な、なんか照れるわ!!」

 

 こうして、次郎勢学園最初の定期テストは幕を閉じた。疲れたことは間違いないが、その反面面白かったこともたくさん。……今後もこうやって戦っていけるんだったら、結構悪くないかもな。