小説/17話「お○さん」

Last-modified: 2020-04-26 (日) 17:28:01

17話「お○さん」

作:てつだいん 添削:学園メンバー

 

これは宿泊研修で高1生が居ない中、学園本舎周辺であった…ちょっとした小話である。

 

もうすっかり日が暮れた、学校帰りの住宅街のバス停。一人の少年はそこを目指してとぼとぼと歩みを進めていた。
教師から説教を受けていたせいですっかり遅くなってしまった。部活の時間も終わり、周りに他の生徒は見えない。それぞれの家から暖かい光がわずかに道を照らしているだけで、街灯は無い。足元でさえも満足に見られないほど薄暗いのである。

 

目の前にやっと見えてきたバス停。こんな時間だし、どうせ誰もいるわけがない、そう思っていたのだが…… その予想は見事に裏切られた。

 

(誰かいる……!)

 

バス停に近づくにつれて、人影が僅かに確認できるようになった。でも、ほぼ真っ暗でよく見えない。
あまりじろじろ見るのも良くない。それを相手に気づかれたら……その時の空気は言葉で表せないほどの気まずさがあるだろうから、その人間からは思いっきり目を逸らしつつ、自分の足元を眺めてバス停へ近づいた。

 

ふと、勝手に自分の足が止まる。まだ前の人間と3メートルも離れている距離なのに、である。バスに並ぶんだから、もっと前へ行かなきゃだめだろう…!最初は自分でもどうして止まったのかが理解できなかったが、一瞬遅れてその理由がひしひしと伝わってきた。
足元を見ていたはずの自分の目線は、僅かに前の人間の足元を捉えていたのだ。そこに映ったものはおそらく紺色のスカート。確信は無いが、脳が勝手にそう決めつけてしまった。そしてだ。紺色のスカート、そこから連想されるのは他でもない。

 

(同じ学校の女子生徒ということではないか!)

 

こんな遅くに、自分以外にも生徒がいるとは思わなかった。……いやいやいや、決めつけるのはまだ早い。まだそうと決まったわけではない。

 

気になり出すともう頭から離れないものだ。顔をチラッと確認することができれば……
そう思えたのは心の中だけ。体は何故か動かない。顔を見るどころか、相手の方向を向くことすらできない。女子生徒かもしれないと思い始めたその時から、妙な緊張感に襲われていたからだ。

 

そもそも自分は最近そわそわしていた。周りには誰々くんの彼女ができた、誰々ちゃんに彼氏ができた、とか……しまいには、誰々くんの彼氏ができた、誰々ちゃんに彼女ができたなんて噂も飛んでいる。周りが確実に青春を謳歌しているのに自分だけは何もできていない、その焦りがいっそう今の緊張感を掻き立てているのだった。

 

それに加えて僕はこういう時に限って変に臆病になる。これはコミュ障とは違う何かだ。世間では赤面症だかなんだかいうものもあるらしいが、少なくとも自分にそんな自覚は無い。

 

結局3メートルの距離はそのまま縮まることもなかった。確かに今の状況でも向こう側からは変な奴だと思われているかもしれないが、一度止まってしまった後にこれ以上近づくのも恥ずかしい。どちらにせよ気まずいのは確実だ。

 

今こそ横を向けないものの、人影を見た時で背の高さくらいはなんとなく推測している。明らかに自分よりは高い。だからおそらく高1以上の先輩?お姉さん?だと予想。

 

だが……その先はどう考えてもどうしようもなかった。それ以外の情報は何も浮かばない!

 

頼れる情報が無くなると人間とは恐ろしいもので、今度は妄想というはた迷惑な行動を始める。現に、今自分がそうなっている。
それも今回の自分は、容姿がどうとかそういう問題ではなく、自分の理想的な今後の展開を勝手に作り上げてしまうのだから。

 

自分のシナリオはこうだ。
バスを黙って待っている静寂の中、それを隣のお姉さんが澄みきった声で破る。『あの……もしかして、次郎勢学園の生徒?』みたいな感じで。
自分は軽く『そうです』と相槌を打つ。そしたら向こうは『何年生?』と言うに違いない。そしたら『中3生』って。そしたら、例えば……

 

『実はね、私、前から君のこと気になってたんだよね』

 

その一言を妄想した瞬間、そのセリフが自分の好きな声優さんの声で脳内再生されるのだ。

 

(うわぁぁぁぁぁぁぁたまんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

そんな想像に癒されていたら、急に現実の世界に引き戻される。この場所が静寂であるなんていうこともとうに忘れていた。すると心配性な自分はこういう心配をするわけだ……

 

(どうしよう!?今の妄想で心の声が気づかないうちにうっかり漏れてたらどうしよう!?)

 

仮にそうだったとしたら一巻の終わりだ。向こうも生徒ということは、学校の誰かにそれを言うだろう。そうしたら噂は学校中で広まり、卒業まで笑い者にされ……
そこまでを考えた瞬間、急に鳥肌がたった。
大丈夫だ……そんなこと言っていないはず。大丈夫だ、大丈夫だ。

 

しばらく何も考えることができず数分が経つ。周りは相変わらず暖かい微小な光で満たされていた。

 

すると、遠くでバスの音が聞こえてきてしまった。直接見なくても、バスが減速する時のあの「キーッ」という独特の音を聴き分ければ、それはバスだとすぐにわかる。

 

(来てしまったということは……シナリオが……)

 

絶対にあり得るはずないシナリオでも、崩れてしまうと何故か悲しくなる。自分は何を期待していた?

 

(いや待てよ……バスの中で声をかけられるかもしれない)

 

自分は勝手に新たな希望を作り出した。お姉さんが自分の後ろの席に座る。そして後ろからいきなり肩を叩かれるのだ。これはこれで良さそうな展開じゃないのか!? その後はさっきの会話の通りになる。この時間帯だし、バスに乗る人など他にいるはずがない。よし。これならあり得る!
そう意気込んだ自分は謎の自信を抱いていた。

 

バスは自分たちの右側からやって来る。バスの音がすると、待っている人というのは勝手にバスの方向を覗いてしまうものだ。それはもちろん、自分の左にいるお姉さんもそうかもしれない。それで目を合わせたくはなかったので、反射的に自分も右を向いてバスを見るふりをしてしまった。

 

その数十秒間、左にいるお姉さんがこちらを向いているのかは分からない。でももし向いていたら……という不安で、顔を前に戻すことはできずに、結局バスが到着するまでは右側を向き続けた。

 

バスの扉が開く音がした。そこから1秒ほど空けて顔を元に戻す。ここまでくればお姉さんも前を向き直しているだろう。

 

気づくと、バスの中の明るい光が2人を照らす。それで、初めて相手の姿が鮮明に見えた……

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

バスを待っていた人はおばさんだった。