小説/サイドストーリー/ハピネスバード

Last-modified: 2021-02-25 (木) 23:45:40

ハピネスバード

著:こいさな

はじめに

軸なし架空の短編です。
回を追うごとに暗雲が強くなる系なので、違和感を覚えた時点でブラウザバックを推奨します。

1

Carl friedrich von Felix、ドイツ出身で日本へ留学中。通っている高校は通称”学園”と呼ばれる、いわゆる大きな高校である。この学園のしきたりとして留学生の名前は片仮名でなく英語で管理するというものがあるらしく、フェリックスなどと呼ばれることは何故かない。
Felixの元いた中学校はドイツでも優秀な方の私中で、人数が少なかったのでその分クラスや学校内での繋がりが強かった。まあまあ友達が多かったのだが、彼らは将来へ向けてのバラバラな進路をそろそろ考え始めていた頃だった。
そんなある日、彼は一つの学校説話が噂されているところを耳にした。
「ハピネスバードを見たんだけど」
「ハピネスバードって、あの運が良くなる青い鳥?」
「そう!前に森へ出かけたときに見つけたんだけど、それ以来少し運が良くなったような気がしてさ」
「ホントに?プラセボ効果*1なんじゃない?」
「じゃあさ、今度一緒に森に行ってみようよ」
初めはこんな具合であったが、月日が経つにつれ噂が広まり、学年中が学業成就のためハピネスバードを探しに森へ行くようになってしまった。
理数系かつ現物主義であるFelixは噂を心の中で否定してそれっきりにしていたのだが、まさか日本の高校へ来てまでその単語を聞くとは考えていなかった。

2

高校1年、11月の暮れ頃。
ベルリンの冬より遥かに寒い新潟の冬が近付いて来ていて、更に着込む用意をしないといけないような気がしていた。
この日もいつも通りクイズ研究部(JGQCと呼ばれている)の部活があったのだが、その日は珍しく数ヶ月ほど前に引退した高3のOBが来ていた。
「おうFelix、今日は俺も参加するからよろしくな」
「急にどうしてここに?」
「へへ、まあ見てなって」
2年の部長が数戦の早押しと難問系を提案し、久々に味わう緊張感をそれぞれで楽しむ一日だった。結局その日の先輩は速度も正答率も曖昧なまま終わってしまったが、きっと受験の息抜きで来たのだろうと推測することにした。

寮からそう遠くない場所にアーケードがあり、そこで音楽ゲーム・レースゲームなどを楽しむ高校生もそれなりにいる。JGQCのことがあった次の週末、友達の南沢に誘われて古いゲームを買ったり昼食をとったりと楽しんだついでにアーケードに寄れば、そこには顔見知りの高3がいつもの数倍は多くいた。
あくまで予定を合わせて気紛れでやって来ているのだろうと思った。それにしてもこの雑多な雰囲気によく溶け込んでいる人たちだ・・・

1年の教室は4階にあり、2年のは3階、3年のは2階にある。毎日のように恐ろしいほどの長さの階段を登らないといけないということで、特に1年の生徒から苦情が寄せられていたりもする。そんなわけで、1年が登校する時は必ず他学年のフロアを目にする機会があった。
ゲーセンの翌週、月曜日のこと。3年のフロアを眺めていると、何か引っかかるものがあった。どうも生徒の数が少なく、元気がない。元の半分くらいしか来ていないのではないかと想像した。
受験シーズンだとしてもまだ早い、共通試験ですらもう少しあと。テストのために学校に行かず家で勉強しているかもしれないと思ったが、この学園は受験対策が上手に行われているという話を聞いているので、どうも何かが異常であるように思われた。
FelixはJGQCの部長だった光のことを思い出した。あの先輩はFelixがまだ日本慣れしていない時から多く関わってきたため、挨拶ついでに話を聞いてみようかと思い立ったわけだ。
目的の人がいる3年5組を訪れるとそこに彼女はいた。しかし予想通りだったことはそれだけで、具体的には、光以外には誰もいなかった。

3

目立つ金髪をしている光は、この学園でもとりわけ先導力があり、周囲をまとめ上げる力を持っていた。そのクイズ力もさることながら、音楽ゲームや機械周りに異常に強く、何よりも物事を楽しむことが好きだった。他の女子よりズボラだが、それがまたファンを集めているという具合の人だった。
Felixは声を掛け、光は顔を上げて応えた。目の周りが赤く、泣きはらしたあとであるかのように見えた。手の周りは今まで見た中で一番荒れていて、その手には一枚の羽根を握っていた。
「何かあったんですか」
再度声をかけると、光はこちらを向いて
「本当に何も知らないんだね」
と答えた。そう、まだ昼食休みなのに光一人しかいない教室のことも、滅多に泣かない彼女が泣いていた理由も、何も知らない。
「全部聞きますから、打ち明けて欲しいです」
「そう、嬉しい。じゃあ話すね・・・

ある日一羽の青い鳥が突然訪れたの。友達がけっこうな鳥好きだったんだけど、こんな大きな鳥は見たことがないって話でさ。しかもそれがベランダに居着いちゃって、そのうちみんなで可愛がるようになっちゃって。この青い鳥はもしかしたら私たちを幸運にしてくれる、神話上の存在なのかもしれないってみんなが思い始めたのが、その何日か後かな。
友達たちはそのあとどうなったと思う?今度はもうこれ以上青い鳥を見ないように、世話をしないようにするんだ~っていう暗黙の了解ができたんだ。あと”また科学部が変なものを作ったんじゃないか”みたいな噂とかもされてたし。
そうこうしてる間に青い鳥は居なくなって、文句の絶えない暗いクラスが出来上がっちゃって。
そんで週末、センセーが自殺未遂をして、今病院で療養してるって。代わりの教師が来るまで学園には来るなって言われてる」

「え、自殺未遂?厳格っぽいあの人が?・・・・・・ごめん。口を挟まずにはいられなかった」

「大丈夫。もうちょっとあるんだけど、良い?

うん、ありがと。それで、なんだかそのセンセーに悔しくなってさ、先生の方で何が起きてたか調べたくなって。つまりハッキングってこと、ハッキングももう3年ずっとやってるからまあ慣れてるんだけど、それで気付いてさ、他の先生たちが生徒の成績を過大評価してたのが気に入らなかったらしくて。
ここ見てくれない?クラス成績の授業関心*2のところ、全員「良」*3になってるでしょ?これがおかしくてその評価出した先生に直接口論に行ってたりしたらしいんだけど、取り合ってくれなかったんだって。
けど成績操作があったのはもちろん本当だから、学級委員とかに相談しに行ったらしいけど、それでは自分の成績が下がるのが嫌だってことで、最終的に”全員が良なのが正しい成績だ”っていう風になっちゃって。もちろん先生は不満だろうし、なんならあたしもちょっと嫌だけど。
けど、あたし、普通では可になってるかもしれない授業関心の項目、もし落としたら志望大学の受験基準に届かなかったんだ。
何だろう、明らかにおかしいのに、素直に悲しめない、だから自分が嫌だ、というか、ね?知らなきゃよかった、とか、知った自分が悪い、とか、さ。色々こみ上げてきちゃって。」
「いえ、そんなことないですよ」
「Felixさ、聞いてもらってごめんね。また借りができちゃったなあ、やっぱり話さなければよかった」

4

その日、事務連絡として3年5組が学級閉鎖となった話を聞いた。ウイルス感染症が流行した影響だと話していたが、それは聞いた光の話と間違いなく矛盾していた。ただFelix自身はこの事態にこれ以上手を加えたくなかった(光自身何もしなくて良かったのだろうかと迷っていたし、何より高校1年の倫理観では命の絡んだ課題に対しての結論は簡単に出せなかった)ため、黙っているほかなかった。
その日の夜が今年の初雪だった。交わされる会話の1割以上が「寒い」になり、身の凍えるような思いをしながら日々学園に通っていた━━これで効きの良い暖房が完備されていなかったら大変なことになっていただろう。
こんな寒さで鳥が飛ぶだなんて、到底考えられない。現に街の鳩やカラスなんかはいつの間にか見なくなってしまっていた。そういえばあの時、光は青い鳥と話していたが、それにしては黒い羽根を握っていたのを思い出した。本当ははじめから青い鳥なんていなかったんじゃないか……?
3年5組のウワサはやはり段々と広まって行ったようで、そのクラスの周囲だけで発生した新手の感染症がクラスの4分の3の生徒を唸らせたとか、前の日曜日に3年がアーケードでその症状をバラまいていたとか、もちろんウイルスは人工的なものだろうとか、しまいには「お前はこっちに近寄るなよ、あの日3年と一緒にゲームをしたんだろ?」などと言われる生徒さえ出てきて、目も当てられない事態になっていた。持ち前の混沌と同時にどこか潔白なイメージを持たせたい学園側からしたらこれはまずかったらしく、その後3年5組を含む高校棟の生徒・教師全員に緊急のウイルス検査と情報モラル学習(?)を行った。学園側のアナウンスによるとウイルスに実際に感染していたのは5組の中で4人だけだったという。
ここまでで、得体の知れない何かに気付いているのは自分だけ。こんなにも怖く孤独なことはなかった。

中学の頃の友達、特にハピネスバードを見たいと近くの森まで行っていたあのクラスメートの面々に電話を掛けた。騒いでいた人たちは誰一人として良い高校生活を送れていないというような暗い話し口であり、特に最初に鳥を見たと噂していたあの女子は知らない間に亡くなっていたらしい。

5

「そうか、ありがとな。正直に話してくれて」
担任の古宮。優秀ながらお調子者、でも時々空回りするようないい教師だ。
しかも「正直に」話したとは一言も言っていないが、自分の思うままに言葉を伝えていることが見抜かれてしまったのだ。対立したらきっと怖い存在だろう。
放課後、古宮から話したいことがあるのだという連絡を受け取った。集合するのは飲み屋……こういうところに古宮の不器用さが隠れている。前も一人で飲み屋に行ったら偶然生徒たちと鉢合わせたとか、何かと不器用なエピソードが多い教員だ。
まだ12月に入って間もないのに、店の中はクリスマスムードだった。
「前話してもらったことがある鳥の話なんだけど、もう少し聞きたいことがあるだろうかと思ってさ」
「話してください、そのために来たので」
「正直に話してくれたからには俺も持ってるものを全部渡さなきゃな。情報を書き留めておいても、頭に仕舞っておいてもいい。正直に話すから信じてくれたら嬉しいよ。

実はその鳥、少し前に一度職員室に来てると思う。幸運を司るとかそんな話もあったけど、アイツはまるで何もしないただの鳥だったよ。
太ってたかと言われるとそんなこともない。ただあの時はまだ秋だったから、冬に向かって食料を蓄えてたとかそういうことだと思うんだ。
いや、そんなことはどうでもいいな。
それからしばらくして、藤々木をはじめとした教員が休み始めてさ。まあ藤々木はずっと休みがちだったけど、そのことを俺たちは『冷え込んで来た』せいにしてたんだよ。腹下したのかとか色々考えて。でもまさかあの鳥と関連するとは思わなかったさ。
あの鳥が引き起こしてることが何かは分からなくても、Felixの勘では間違いなく異変の原因ってことだろ?異変解決とかマジで小学校ぶりだよ」

「途中で止めてすみません、光の担任の件はどうなったのでしょうか」

「光の担任っていうと3Eの担任だな。それについては」
と言うと、古宮は2本の指を口の前にクロスして見せた。

「でも。教師陣の気分が重くなってきたってのは、間違いなく教員とか生徒の出勤率・出席率で示されてる。あの人のことがなくてもどんどん教員が来なくなってきてるんだ。ホントのことを言うと最近の3年の現場はもう大パニックって感じ、ただでさえ卒業怪しい人もちらほら残ってるのに、一斉に休みだしちゃって慌てふためいてるんだ」

「俺に出来ることはないんですか、情報を集める以外に」

「そうだな、その鳥は何が苦手だと思う?できれば学園には近付けたくないだろ?」

「ハピネスバードっていうのが本当なら、飢え……ですかね」

「飢えか…まあどんな生物でも空腹は苦手だわな。あ、すいませんチキンナゲット一皿お願いしまーす」

6

古宮に話したのはきっと間違っていない。
きっと自分は抱え込むタイプなんだろうとそう思った。だから、周囲の人に本音を話すことを躊躇してしまう。

クラスでも同じように、抱え込む人がいる。男装をする女子や、人前で口を開けず筆談する人。
そんな人たちが本音で話す機会があるとしたら、やっぱり周りの存在によるものだ。
お調子者で聞き上手なアイツ。いつも元気な盛り上げ役。陽気で優秀な担任。
Felixが所属しているクラス —— 1年3組 のことを思い出す。きっと、誰一人欠けてはいけない最高のクラスなんだろう。

ハピネスバードが居なくたって、このクラスは幸せなはずだ。

「なあ劉、青い鳥って知ってるか?」
「青い鳥?えと……サンズウーならわかるぞ」
「サンズウー?英語だと?」
「Three-leg crow かな」
「ふーん。中国にもそういうの、あるんだな」
「いや急にどうしたんだ?」
「ちょっとその鳥について気になったんだ。世界中どこでもそんな話ってあるんだなと思って」

神話上でしか見たことのない正体不明の存在。そんな未確定な何かを追い、答えのない問題に取り掛かるFelixは、自分が自分でないかのような嫌な心地に陥った。
そして寝不足のまま教室へ向かうその日が、1-3が最高のクラスでなくなる一日となる。

7

その日教室に上がるや否やまず目についたのは多くの人々。16人用の狭い教室にざっと200人が箱詰めになり、一箇所へ集中していた。
この教室にこんなに人がいることがないのにと、そう思いながら人並みをかき分け見えた先にいたのは青い鳥。
羽を大きく大きく膨らませて、そんなに太って飛べるのか?
ベランダにある金属製の細い手すりに止まっているのだが、それが曲がって折れそうなほどに重そうな体をしていた。もはや、怪物。

周りの人たちの表情も一様でなかった。もう3日も何も食べていないかのような、体から生気の抜けたゾンビにも近い人から、クラスメートの女子と交流するような人まで。ともかくあり得ないほどの熱量で騒がしい。
ますます授業は始まりそうにないし、追い払おうとしたら彼らは「ハピネスバードのそばにいないと安心できないんだ」と言い出す始末だった。
異常な信仰心を持つ大人数。他のクラスメートも、それどころか他のクラスやら学園生までその鳥と取り巻く環境に夢中になっている。そっちに行っては、いけないのに—

——大丈夫だよ!だって「幸せの青い鳥」なんだから、きっと私たちのことを幸せにしてくれる!

へなへなと、力が抜けてしまった。
……これから不幸になる大勢を前に、ただ一人何も出来ずに終わってしまう。

「あ、光さん……」
「あ、Felix……ごめん、どうしても、不?で」
鳥の姿を求めて光も来ていた。どうしても不安なのか、不運なのか、不幸なのだろうか、もうまともに動かなくなったその足をなお鳥のいる方へ動かす。すっかり荒れきったその手には例の黒い羽根を握っていた。

怪物に憑かれて自我をなくした人形が犇めき合い、クラスメートを犠牲に一人また一人と増殖していくその光景を、Felixはただ見守ることしかできなかった。
脅威的な圧力と、巨大な無力感が、そこにあった。

8

幸福が伝播して、みんなが笑顔の時間。
ぎゅうぎゅうとした騒がしい空間。
クラスメートの楽しそうな声色。
幸せが溢れんばかりのあの笑顔。

そして彼らはそれを’掴んだ’のだと確信していた。

——

Felixは職員室へ向かい、取り巻きの追放を依頼する。職員たちは1時間以上掛かってようやく大勢の取り巻きを追い出すが、半死の状態をしている人、刃物を所持し自傷を続けている人、もしくは言葉の通じない最高学年の生徒が多数いるためにそれの治療に手を焼くこととなる。
かたやクラス内では、折角の幸せを無下にしただとか怒鳴り続ける者も、鳥が逃げて行きそうなために気が気でない者もおり、もはや自治もクソもない状態で教員も不在だった。
よほど怖かったのだろう......。彼らにとっては掴んだはずの幸福を失ったのだから、きっと一時的に狂乱さえするかもしれないのだと、そうやって自分自身を納得させた。

——

それにつけても実際のアイツは幸福そのものだった。人々を夢の世界に閉じ込める、致死量の幸福。
人々を中毒にするのには十分すぎる量の幸せを纏っていたように思う。

それを踏まえてもう一度、彼らに心から訴え掛けよう。そうやって意気込んで明くる日学校へと足を進めるも、それは叶わなかった。
何故か?その朝には既に大多数の生徒と一人の担任が、アイツとともに忽然と姿を消していたから。

そういえば、鳥がいた瞬間のクラスメートの笑顔は、これまでの最高の笑顔の何倍も嬉しそうだった。瞳までも宝石のように輝いていた。
自分でもあの鳥を一目見たとき、心地良さが全身を駆け巡ったような気がしていた。もう一度アイツを、あのクラスメートを見ておくんだったな。
そう物思いに浸ったFelixはすぐに正気に戻る。そしてそんな事を少しでも思案した自分をひたすらに恨めしく思うのだった。

9

これ以上ないほどの濃厚で美味しい幸運を沢山貰えて、ハピネスバードは幸せだった。そう、ハピネスバードは幸福の青い鳥。幸福を平らげ底無しの身体に溜め込む、丸々と太った怪鳥。

次郎勢学園のもとを訪ねて間もなく、どこを飛びまわってもそれ以上の幸運が見つからないことに気付いた。彼の心もまた幸せに飢えていて、幸せを失うことを恐れていることにも、気付いてしまった。
そんな彼が、最後に見つけた最大の幸福。それは、本来の青い鳥の童話の結末と同じように、もしくはそれ以上に、身近にあるものだった。

まずは足の先から、一口食べると幸福感に満たされる。ああ、これが追い求めていたものだったんだ。
手の先も、一口食べると幸福感に満たされる。こんな心地よさがあるだなんて、まだ信じられない。
次第に啄む勢いが止まらなくなっていく。腕も腹も背も、心臓だって全てを喰らい尽くす。一口食べるごとに溜まった幸福感で破裂しそうだった。
彼は最後にその顔の部分をゆっくりと味わい、舌までペロっと食べ尽くした。
その身体に溜まり尽くした幸福は彼自身によって味わい尽くされ、あとには羽根の1本すら残らなかった。

おわり


*1 有効成分のない薬を服用したときでも、思い込みにより症状に改善が見られる
*2 観点別学習状況では「関心・意欲・態度」にあたる観点
*3 成績基準は教師によって異なるが、詳細項目の評価に関しては「良」「可」「不可」の三段階で表されることが多い