小説/サイドストーリー/天文部観測日記

Last-modified: 2022-07-28 (木) 22:09:42

天文部観測日記

始動

 明日から体験入部の期間。現在部長は携帯で論文を読んでおり、さてら先輩と幸星君は雑談をしている。そして副部長である私は、新しい天文部の看板を作っていた。私たち天文部はこの期間中、プラネタリウムを常時開放する事以外は平常運転。だが、これで終わらせる訳にはいかない。
「雪那ちゃん、看板作り終わった?」
「はい! ばっちりです!」
「おっ、見せてくれよ」
 看板を持ち上げ、雑談していた二人に見せる。
「とても綺麗に仕上がってると思うよ」
「ま、いいんじゃね?」
 反応からしてそれなりの出来らしい。やったね!
「部長も見ますか?」
 問いかけても論文を読むのに集中しているのか無反応。
「彩、折角だからちょっとは見てあげて」
「はいはい」
 しばらく看板を見た後、まあ悪くないんじゃない、と言って論文を見直す。集中モードに入った部長は完全に自分の世界に入ってしまいほとんど口をきかなくなってしまう。以前は完全無視だったけど、さてら先輩の忠告もあって少しは反応してくれるようにはなった。
「彩は真面目だよな~、毎日部室に来て論文読んでさ~」
 幸星君が腕を首の後ろへ組みながら呟く。
「ま、まあ、私たちが何もしてないってだけなんだけどね……」
 さてら先輩がそう返す。
「何もしてなくはないですよ? 文化祭ではレポート作ったりするんですし」
「それ以外何もしてねーじゃん」
「それはそうだけど……」
 バンッと机を叩く。二人を驚かせてしまったけどこの際どうでもいい。
「けど! 新入部員がいなかったら部活無くなっちゃうんだよ!?」
「そ、それは困るな~ サボれなくなr……」
「だったらもっとアピールしないと! 部長もそう思いますよね?」
 えっ、と携帯のお守りをしてた人がこっちを見る。
「彩が反応した」
「珍しい事もあるんだな」
 部長は携帯の画面を落として私を見た。顔がちょっと怖いけど……まずい事言っちゃった?
「ねぇ、雪那」
「はひぃ! 論文読むの邪魔してすみませんでしたぁ!」
「あら、そんなこと思ってないわ。ただやっぱり雪那は雪那ね~って」
 頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「と言いますと?」
「貴女は天文部に対して熱量を持っているわね」
「はい! 例のレポートとか去年の部長とさてらさんの文化祭のプレゼンとか見て凄いって思って。まぁ入ってから私がずっと頑張ってるってわけじゃないですけど……」
 胸の前で人差し指同士を合わせる。
「俺は居ねえのか」
「幸星は適当だったでしょ」
 先輩と幸星君の裏でやりとりしている。まあ幸星君のも悪くなかったよ。うん。
「分かってるわ。でも私はその熱意を無駄にしたくない……いや、"私たち"は無駄にするわけにはいかない」
 そうでしょ?、と部長はさてら先輩と幸星君に目線を飛ばす。
「あ~~~~ちょっと俺用事思い出したから……」
 逃げ出そうとする幸星君の腕を掴むさてら先輩。眼鏡をクイッと上げて部長の目線を合わせる。
「おい! さてら離せって!」
「一緒に頑張ろっか、彩……それと幸星もね」
「私が抜けてませんか!?」
「ごめんごめん、雪那ちゃんもね!」
「マジダルスギ」
 ふふっ、と部長が微笑む。
「じゃあ皆それぞれ担当を決めましょうか」
 こうして部長指揮の元、天文部新入部員ゲット作戦が開始した。普段は部長だけがそれっぽい事をしてる、底辺部活のように見える天文部。だがしかし、実際は全員がある程度の熱意を持ってこの部活にいる! ……幸星君はどうか知らないけど。今後部員が増えるか否かは私達の手腕にかかっている。プラネタリウムもあるしきっとそれなりには集まるはず! 頑張るぞ!

部長

「こ、こんにちは~……」
 この問の解法は……
「あ、あの、すみません」
 思い出した、三角関数を使えばいいんだった。
「部長さん……? ですよね?」
「ぇえ、あ、そうね」
 横からの声で隣に白髪の生徒が立っているのに気づいた。慌てて机の教材を片付ける。
「えっと……天文部ってここですよね?」
「そうよ」
 今日は休みだけど、と言おうとしたがそれを遮るように目の前の彼女は言った。
「良かった! わたし天文部に入部した神崎惑花です! 今日からお世話になります!」
「昨日体験に来てくれた人ね、よろしく神崎さん」
「えっと、早乙女先輩……部長さん、ですよね?」
「部長でいいわ」
「そんなそんなっ! 恐れ多い……」
「好きに呼んで頂戴」
「じゃぁ、部長さんでっ!」
 適当に部長として彼女とやり取りをする。とりあえず早く日程のことを伝えて帰って貰おう……
「ところで部長さんはさっきまで何を……?」
「…………あぁ、これは最近、金星に生命体が存在する証拠になりうるものを発見したと発表されたから、それについての記事を纏め上げてた所よ」
 とりあえず適当な嘘で誤魔化す。まとめている事自体は嘘ではないけど…………
「そうだったんですね~。金星に生命体……それって宇宙人って事ですか?」
「いいえ。宇宙人というのは地球外生命体の内、知性を持つもので、『地球外生命体』の括りの中に『宇宙人』が存在するって事。だから今回の発見は宇宙人ではないけど、地球外に生き物……微生物なり小動物なりの存在をもしかしたら証明できそうなのよ」
 とりあえず説明をしてみる。私もまだ正確に読み込めたわけではないので把握している所まで解説する。
「ちょっと難しいですね……でもわざわざありがとうございます!」
「関心を持ってくれるのは天文部としてとても嬉しいわ」
 興味津々なあの瞳を見て思わず本音が出る。さながら子供のような好奇心を彼女は持っている。
「ところで今日は活動はしていないんですか?」
「そうね……残念ながら今日は休みなのよ」
「え……?」
 さっきまでの感情は何処へやら、彼女は見てもわかるぐらいしょんぼりし始めた。
「ちょっと言いづらかったんだけどね」
「やってしまったぁ……はうぅ……」
「そんなに気にしなくてもいいんじゃない? 間違えることは誰にだってあるわ」
 明らかに落ち込む彼女が可哀想に思え、少しフォローする。
「そ、そうですね……」
 しかし神崎は俯いたままだった。流石にそこまで気落ちすることは無いでしょ、と思っていたら彼女は顔を上げた。すると今度は首を傾げながら訊いてきた。
「あれ? ではなぜ部長さんはここに?」
 当然の質問だ。私は活動日じゃなくても基本放課後はここにいる。長考していたのはこの事を訊こうと思ったから? それにしては長すぎたけど。
「勉強してたのよ。ほら、さっきみたいに宇宙に関わる事とかね」
「なるほど、とても熱心なんですね」
 勉強している事は事実、でも内容はそうとは限らない。
「だから、言いづらいんだけど今日は……ね?」
 内心今すぐにでも帰って貰いたかったけど、彼女の返答は予想を裏切った。
「あの、えと……居るしかないんです……」
「どうして?」
 若干声量が上がってしまったかもしれない。
「お、お母さんのお迎えが……わたしちょっと体の事で色々あって……」
 事情があるなら仕方ない。私は一呼吸置いて、分かったわと言うと、
「迷惑かけてしまってごめんなさい!」
 とご丁寧に頭を下げて謝ってきた。
「いいのよ、気にしないで」
 私も鬼ではないから邪魔しない事を条件にここに居てもらうことにした。だけど正直手を動かすのは疲れた。
「ねえ、神崎」
「はい、どうされましたか?」
 彼女は持ってた資料をパタンと閉めて振り返った。
「せっかくだし、ちょっと話さない?」
 彼女の緊張をほぐすいい機会だし、私も少し休憩しよう。

 

 

 まずはこの天文部。実は最初からあったわけじゃなくて、2年前に私とさてらと幸星の3人で創ったの。
 はじめは一人でどうにかしようと思ったけど上手くいかなかった。でも諦めたくなかったから頑張ったけど全然駄目だった。
 そんな時に二人が来てくれたおかげで、部活を始める最低条件を満たせたの。さてらが興味持ってくれて、幼馴染の幸星を連れてきたって感じで。ただ体験の時に見てたと思うけど、幸星は昔からやる気は全然ないけど。
 部活を認めてもらった次は実績作り。その年の夏に3人でレポートを作った。ほぼほぼ私が作ったんだけど努力したお陰で、kou長にも高評価貰えたし、部費も増えてプラネタリウム設営まで漕ぎ着けたわ。この時の幸星は役に立ったわ~。お金が絡んだからかな、なんてね。とりあえずこの話が終わったらそのレポート見せてあげるわ。原本のコピーだけど一応。
 それとここの備品というか資料、今神崎の持ってるそれもなんだけど、ほとんどが私の持ってきたものか私が書いたもの。慌てないで、傷つけなかったらどう扱ってもいいから。誰でも読んでいいから遠慮しないで。
 とりあえずはこんな所かな。今年の目標は夏季合宿をしたいわね。それには先生を捕まえてくる必要があるんだけど……って聞いてる? 

 

 

 大体の話を終えた頃、神崎は見るからに興奮していた。さてらと幸星が幼馴染だったとか、プラネタリウムは実は最近できたとか、私は天才なんだとか、夏季合宿楽しみだとか…… 微笑ましいが少し心配になるレベルだったから、深呼吸を促しておいた。ここで倒れられても困るから。興奮が落ち着いてきたぐらいで、神崎はまた質問をしてきた。
「どうして天文部を作ろうと思ったんですか?」
「それはもちろん天文部を作りたかったから」
「こ、答えになってません……」
「そういうものなの」
 正直これと言って目的はなかった。殆ど自分自身の為に作った部活だったけど、こうして学校や生徒、神崎みたいな後輩にも認められるようなものを作れて満足だ。
「天文部に入って良かったな~」
「まだその台詞を言うには早いわよ」
「えへへ……でもなんだか部長さんの話を聞いていると、この部に居てもいいなって思うんです。この部がどれだけ凄くて、先輩方の仲も良さそうで、それに優しそうだし……」
 神崎の話を聞いているとなんだか恥ずかしくなってきた。顔が若干熱いのが分かる。それでも彼女は話を続ける。
「実はわたし、今までこういう部活ってものに入った事がなくてちょっと内心怖かったんですけど、話を聞いてここって温かい場所なのかなって」
 彼女の話を聞いてふと副部長のことを思い出した。一年前の今ぐらい、彼女からもこういう話をされた。
「雪那もほぼ同じような事を言ってたわ」
「そうだったんですね」
 しばらくゆったりした無言の時間。窓からいい風が吹いていた。
「そういえばここだけの話」
 ちょっとばかり面白い話をしようと思い、私から沈黙を破った。
「な、なんですか」
「雪那も、神崎さんと同じように活動外の日に来たのよ」
「え、えぇ……?」
「雪那の話思い出してたら、そういえば貴女もそうねって…………うふっ」
 台詞を言い終わる前に私は笑っていた。
「ぶっ、ぶっ、部長さんっ! その大笑い、わたしと先輩の事馬鹿にしてませんか!?」
「し、してない……してないわ……ふふっはははっ」
 馬鹿にしてないって言ったら嘘になる。いや嘘だ。笑いが止まらない。
「嘘をつかないでください!」
「だって貴方たち二人とも揃って部活体験が終わって直後の休みの日に来たのよ? 面白くないわけっ……あはははっ……はぁー、正直バカねって思った」
 あっ、やばい、思わず言っちゃった。
「ぶ、部長さん今バカってはっきり言いましたね!」
「あーごめんなさい、つい本音が」
 完全にまずったわ……いい加減抑えないと…… まあ、雪那に次ぐ可愛い後輩ができてしまったかもしれない。
「こ、これは先輩にも言わなきゃ……」
 互いの感情の波が収まり一時の静寂。その後すぐ神崎の携帯が鳴った。恐らく彼女の母親が迎えに来たのだろう。
「そ、それではお先に失礼します」
「待って」
 部室を出ていこうとする神崎を呼び止める。
「神崎さんの事、名前で呼んでもいいかしら?」
 彼女は驚いた顔をしたが、笑顔で
「はいっ! いいですよ!」
 と答えてくれた。
「ありがとう、よろしく惑花」
「これからよろしくお願いします! 部長さん!」
 そうして部室は私一人だけになった。外からは階段を降りる音が聞こえる。彼女の期待を裏切らないように頑張らないといけない、だけど。
「私には他にもやらないといけない事がある……」
 そんな独り言を言って、乱雑に重ねられた教材を見た。