小説/サイドストーリー/日常

Last-modified: 2021-10-05 (火) 02:10:08

日常

  • この小説は私立次郎勢学園のANOTHERストーリーです。本編との関わりは一切ありません。

 耳元から時計のアラームが聞こえてくる。うるさいなぁ、今日も寝られなかった。アラームを止め、時間を確認する。六時半。朝ご飯とお弁当作らなきゃ。キッチンに向かいご飯を作り始める。
「刹那、お弁当のおかず何が良い?」
 隣のリビングに声をかける。返答はなし。何でもいいよの合図。毎日一番難しいのを要求してくる。相変わらずわがまま。二つの弁当を詰め終わった後、今度は朝食の準備をする。炊きたてご飯と流用された弁当のおかずと即席味噌汁、和食派なので食パンはない。そっちの方が簡単だと思うんだけどなぁ。
「あれ、ご飯全然食べてなくない? 食欲無いの?」
 向かいの殆ど減ってない朝食を見る。
「無理、しないでいいんだよ? 駄目だったら私食べちゃうから」
 しかし全く減る様子が無い。
「やっぱり……行きたくないの……?」
 リビングが沈黙に包まれる。
「今日もお休みでいい……?」
 未だに続く沈黙。
「無理したら駄目だもんね。刹那はゆっくりしてていいよ」
 返事は無い。でもそれが返事のようなものだった。
「食べ終わったし私そろそろ行くね? ご飯……ちゃんと食べてよね……お弁当もあるから」
 身支度を済ませ鞄を持ち家を出る。
「行ってきます」
 今日も刹那は隣に居ない。でも大丈夫、家に帰ればまた会える。
 刹那が居ない学園生活は退屈そのもの。授業後の休み時間に話す相手も居ない。昼休みに一緒にお弁当を食べる相手も居ない。とても寂しかった。終礼後、天文部に顔を出しに行く。正直すぐに帰りたいところだけど一応副部長だしね。
「こんにちは」
「雪那さん……こんにちは」
 始めに小波先生と目が合ったので軽く会釈して部室を見渡す。あれ、おかしい。みんな元気がなさげだ。
「ねえ、妹の事は大丈夫なの?」
 部長が質問をしてきた。
「えっ? 刹那は今日も学校お休みなんですけど……」
「……そう」
「やっぱり学校には行きにくいみたいで……。でもっ! 家では普通なので心配しなくて大丈夫ですよ!」
「そういう事じゃなくて……」
 部長は腕を組んで後ろを向いてしまった。そういう事じゃないってどういう事なの?
「あの、雪那ちゃん無理しちゃってるんじゃないかな?」
 今度はさてら先輩がよく分からないことを言う。
「無理なんてしてませんよ! 学校で勉強しないとですし!」
「本当は辛いんじゃないのか? それは俺よりも雪那の方が分かってんだろ?」
 続けて幸星が。本当に意味が分からない。私は学園に来ちゃ駄目なの?
「雪那さん……もう少しの間家で休んだ方が良い。だから今日はもう帰るべきだと」
 ……小波先生まで。
「何なのっ!? みんなして無理してるだとか辛いとか休めとか言ってる意味が全く分からないよっ! しかも妹の刹那がどうだかってっ! さっきも言ったけど刹那は家で休んでるから何も問題はないしっ! もう誰か説明してよっ!!!」
 部室中に私の声が響き渡る。でも他の皆は説明もせずただ黙ってるだけだった。
「もういいです。私帰りますから」
そう言って私は部室を後にした。
 私は走って家に帰った。何なの本当に。言われてることに意味が分からない。とにかく早く家に帰ろう。夢中で走ってるうちに家に着いた。鍵を開けて帰宅の挨拶をする。
「ただいま~」
 私の声が夕日が当たる廊下に響く。けど居るはずの刹那の返事がない。
「た、だ、い、ま~」
 相変わらず静かなままだ。家に入り妹を捜す。
「お~い、せつな~?」
 刹那の自分の部屋ににいるかなと思ったけど居なかった。私の部屋も見る。やっぱり居ない。
「どこ……行っちゃったの……?」
 リビングかなと思い其処に入ると、え? 今日の朝ご飯が一人分、全く手がつけられていない状態で机に合った。 
「せ、つな? ご飯食べてないの?」
 放置された朝食の隣には刹那の分の弁当が並んでいた。どういう事? どうして朝ご飯もお弁当も食べてないの? その場から恐る恐る立ち上がり辺りを見回す。そこで私はあるものを見つけた。棚の上に額に入った写真。恥ずかしそうに笑っている刹那だった。写真を手に取り刹那を見つめる。途端涙が溢れる。あぁ。あぁ、そうか。そうだった。今日もまた私は繰り返したんだ。
 刹那、こないだ死んじゃったんだ。病院で。
「うぅぅ、あぁぁ、せつなぁぁぁっっ……」
 小さな刹那を抱きしめる。私は刹那が居なくなったことがどうしても認められなくて毎日毎日刹那がまるで生きてるかのように振る舞ってたんだ。今日は、今日ばかりは認めないと。刹那が……刹那がっ……!
 違う。これは悪い夢だ。私の大好きな刹那が、妹が、死ぬわけない。ずっと二人だったんだ。刹那は私を置いて行くだなんて酷いことしない。これは夢だ。眠って全部忘れてしまおう。自室に戻り布団に包まる。そうして私は意識を深淵に飛ばす。

「今日で何日目だ、あいつらが来なくなって」
「そんなの……数えてる訳ないじゃない……」
「何で、何で、二人とも……」
 今の天文部にかつての輝きはどこにも無かった。数週間前、襟川雪那さんと襟川刹那さんは学園の帰り道に事故に遭った。現場に学園関係者は居合わせていなかったので詳しいことは分からないが、話を聞いている限りでは、雪那さんは命は助かったものの重度の昏睡状態で未だ目を覚ますかどうかも分からない状態、刹那さんは……助からなかった。現場は……刹那さんが雪那さんの上に被さるように轢かれていたとのことだった。恐らく刹那さんは最期の判断で姉である雪那さんを守ろうとしたのだろう。俺たちは数週間の間彼女たちの存在がどれほど大きかったものかを実感していた。
「なぁ、先生。雪那は目を覚まさないのか?」
「そんなわけないでしょ!? 雪那はこの部の副部長でっ! 次期部長でっ!」
「いやだよお……なんでえ……」
 俺は何も言えなかった。人の死というものはここまで心を抉られるのか……。