小説/サイドストーリー/花

Last-modified: 2021-10-05 (火) 02:13:23

 桜舞う日に隣で咲いた一輪の白い花。始めは周りの世界に慣れずすぐしぼみそうになってしまったが、面倒を見るようになってから少しずつ元気になっていった。それから一週間、数日、毎日と手入れをする頻度が徐々に多くなっていった。この花と向き合っていく内に気づいたが、この花はその時々で咲き具合がコロコロと変わっていく。分かりやすい具合で。花弁がちぎれてしまいそうなぐらい元気な時もあれば、咲き始めの頃のようにしおれそうになったりする。これらはどう世話を焼けばいいかはまだ分かるが、向日葵のように太陽の方向からちっとも動かない時は手の施しようがなかった。
 木々の青みが深まってきた頃、突如その花が別の場所に移ってしまう事になった。もしかしたら環境が良くなかったのかもしれない。それからその花の事が頭から離れなくなってしまい、いつかの日の花のように太陽を眺めてしまう事も多くなった。咲き具合が気になって居ても立っても居られなくなり、気づけば遠い遠い山へ向かっていった。けれどそこで見た花はかつて見た花と何ら変わらず、小さく揺れるその花と今まで通りの時間を過ごせた事にすっかり安堵してしまった。
 山の周りが赤くなると同時に周りも鮮やかな色になろうする時、その花は色を奪われつつあった。変わらないその咲き具合と、変えられぬその色の対照性に、何をどう施せばいいか全く分からなくなった。そんな事を考えている間に変わらなかったはずの咲き具合が、色によって変えられるその花が見るに耐えなかった。それでも始めに面倒を見始めたのは誰かを考えたとき、その花を棄ててしまう選択肢は握りつぶした。
 黒い地面を茶色が覆い、黒い地面を取り戻す。けれどまた茶色が覆う。その裏で逆に黒くくすむその花の事を知らずに。花屋が手を施しても、咲き続ける残り時間は少ないと言われたその花。わずかに揺れる事も無くなってしまったその花を割れ物を扱うように触れる。これがその花に初めて触れた瞬間だった。花も気づいたのか必死に揺らそうとするが、そのしおれてしまった茎と葉ではどうしようもなくなっていた。それでも花は必死に応えようとした。春が見たい、と。
 自然に生きる者として辛い時期を乗り越え、あらゆる者が新たに命を芽吹かせる中、その花は大輪を咲かせ、桃色の風になびかれながら山の外で揺れ動いていた。こんな日が来ると思っていただろうか? あの日隣で咲いた一輪の白い花と共に、これまでの事をこうして再び堪能できた事を予想できただろうか? もちろんかつてのようにめいいっぱい花を揺らす事は無くとも、この景色にたどり着けただけで十分だった。時折強くなる風を庇いながら、ひっそりとその花の香りを感じた事はきっと忘れない。
 ……だが忘れていた事が一つあった。あまりに信じられない事で誰もが忘れようとしていた事に。そう、少し前までその花が枯れかけていた事を。その花が入った花壇はその花同様、美しい花で敷き詰められていた。美しいその花は今も変わらず白いまま。けれど内にある青い模様は決して見えなくなっていた。美しいのに美しくなくなってしまったその花を見ようとしても、ぼやけて何も見えなくなってしまう。今思えば、その花の記録をほとんどしていなかったことに気づく。何も無くなってしまうことが嫌で、もう一度その花に触れる。けれどもうその花が揺れることはなかった。そしてまもなく花壇が閉じられ、その場から離れていく。内で暴れ回る棘がとどまらず、秘めていた全ての事を撒き散らしてしまった。
 あれからどれぐらいの時が経っただろうか。今日も変わらずシオンをそばに生けている。ただ季節が何周もしてしまったから、隣に置く事ができていない。昔とは逆で、帰ってきてからしか見ることができない。けれどシオンを見ればいつでも思い出せる花。この"惑星"で見つけた今まで見た中で最も美しい一輪の"白い花"。
「惑花…………」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・この小説は私立次郎勢学園のANOTHERストーリーです。本編との関わりは一切ありません。