小説/サイドストーリー/Eleis活動記録/Hunt the Kamikaze Bird! - Operation No. 110138

Last-modified: 2021-05-04 (火) 15:53:40

著:鹿児島の壊れたハーモニカ

注:この作品には現代社会、特に政治とSNSに関する軽い風刺、皮肉が含まれています。あまり気にならない程度だとは思いますが、苦手な方はブラウザバック推奨です。

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―これはいけそうだ。彼はそう思いながら、右の口角を不自然に上げた。

 

SNSは現代社会において非常に大きな影響力を持つようになった。SNSから発生した社会運動が、現実において大規模な動乱を起こした時、Eleis内に形成され始めていた『SNSでの物量作戦は今後避けては通れない』という認識は揺るぎないものとなった。しかしながら、そのために必要な多数のアカウントは依然用意されていない。
その要因はいくつかある。大きな理由の1つとしては、アカウントの作成のためのメールアドレスをいくつも作らなくてはならないというものが挙げられる。1つのメールアドレスにつき、紐づけられる1サービス内のアカウントは1つ。ネット社会の常識だ。さらにスパムの防止のため、大手のSNSは電話番号を用いた本人確認を取り入れている場合がほとんどである―こちらはIPアドレスの偽装を行えば回避しやすい問題ではあるが。
むしろ、アカウントやメールアドレスへの名付けの方が問題だろう。『@○○○○01』『@○○○○02』なんて安直で機械的なアカウント名にすれば怪しまれる事は確実であるが、あいにくにもEleisのメンバーの2/3は面倒くさがりな性格だ。質より量のためのアカウントへの名付けという、地味な作業にやる気を起こすのは難しい。ちなみにこの問題はパスワードの設定にも当てはまる。違いとしては、アカウントに侵入されないための複雑な文字の羅列を作るか、他者に怪しまれないために一般人を装うための"名前"を付けるかといった所だ。後者の方が難しいのは言うまでもないだろう。
そういうわけで、SNSでの多数のアカウントの用意はEleisにおいて重要事項に位置付けられながらも、延々と先送りされている。

 

このSNSにおいて大量のアカウントを所有する計画の"無視"―要するに計画はあり、行う予定だが実際には行われていない状況―が続いて約1ヶ月。欧州某国で指導者の任期が満了。彼はその座を引くことを表明した。空いたその椅子を目指す候補者たちが幾人も現れ、各々の思惑が絡み合った末、最終的には2人の候補者が残ることになった。実際の選挙は約3ヶ月後だが、彼らは既に民衆の支持を得るために行動を始めている。
これはいつもならEleisにとっては取るに足らない一般のニュースでしかないが、今回は状況が違った。というのも今回の選挙、片方の候補者―名前はA氏とさせていただく―がSNSを用いた選挙活動を積極的に進めている。A氏のような強い力を持つ者の投稿には様々な者が返信を行う、支持者なり反発者なり野次馬なり。その中にはたまに、物を言うためだけに作られたアカウント、俗に捨て垢というものが存在する。大抵の場合、そのアカウントの保有者は別で基本使いのアカウントを持っており、自分の名前(別に本名に限った話ではない)を発言とセットで被返信者や閲覧者に見せたくないが故にそのアカウントを作っており、そして言うだけ言ったらそのアカウントを二度と使わない事も多い。
では少しだけ、上の文章を振り返る。Eleisで物量作戦のための多数のアカウントの作成が進んでいないのは、簡潔に言うと『作成が面倒だから』である。しかし今から1週間程前、このタイミングで鷹橋の発想は逆転した。アカウントを作るのが面倒なら、既に作ってあるアカウントを活用すればいい。
しかしその時点では、捨て垢の情報を多数かつ一括して取得できるような場所はなかった。そこにA氏が現れた事は、まさに棚から牡丹餅―土地柄的にはクロワッサンかもしれない―と言うべきであった。幸運なことに、今回の選挙は2人の指導者の対立が前例のないレベルに白熱しており、鷹橋の求めるような捨て垢が多く発見できるかもしれない。さっきの棚からクロワッサンを引きずって例えるなら、クロワッサンにキイチゴのジャムまでついてきたようなものだ。加えて、鷹橋はパスワードの問題も、捨て垢の性質上あまり大きな問題にならないと見ている。二度と使わないような捨て垢は、非常に簡潔なパスワードに設定されており、よく使われるパスワードを当てはめれば簡単に突破できるだろうと踏んだのである。この考えに至らなければ、上述の発想の逆転には至っていなに。
鷹橋はその晩、睡眠時間を90分ほど削り、作戦の案を練った。それをまとめた十数枚の紙束をカバンにしまうと、鷹橋はそのままベッドに向かい、それから3分も経たずに眠りに落ちた。彼が彼のプレイしているソーシャルゲームのログイン作業を行っていない事に気づくのは、その7時間程後である。