小説/サイドストーリー/MS Halloween

Last-modified: 2021-10-05 (火) 02:07:37

MS Halloween

「世界の諸君、御機嫌よう。私の名は襟川刹那、崇高なる漆黒の魔導師。今日、私は本能を呼び覚ます。この地では十の月の終わりの日に本能を解放し、来る悪霊群を殲滅するという風習が存在する。普段は隠さなければならない姿を解放出来る今日という日をどれだけ待ち望んだことか! 私の姉様の本来の姿は純白の氷魔導師だが、やはり姉と言うだけあって本来の姿を漏らしかけたことは一度も無い。私はたまに漏れてしまうので見習いたい所である。しかし今日だけは解放してもいいというのに姉様は一向に解放しようとしない。何故……まさか何者かによって姉様の力が封印されてしまったのか!? もしそうなら私がそばに居て護らなければならないのに私は……私は……姉様を置いて能力の準備をしていたの?……早く戻らなきゃ……じゃないと姉様が悪霊に取り憑かれてっ!」
 突然、背後で扉が開く音がする。正面の鏡越しにおねーちゃんが顔を覗かせているのが見える。
「せ……つな?」
「ね、ね、ねえっ、姉様!?……じゃなくておねーちゃん!?」
「え、えぇっと……大丈夫?」
 こんな姿見られて大丈夫な訳ないでしょ!? いやでも落ち着け私、今は普通を演じるのだ。
「うん、大丈夫だひょ」
「噛んだ? 噛んだよね!? やっぱり大丈夫じゃないよ! 顔も真っ赤だし、服は凄くコスプレチックだし……」
 言われて気づいたけど顔がすごく熱い。でもこれはきっと服をいっぱい着すぎた所為で体温が上がってるだけね。
「気に、しないで? 私は、私は、だいじょうぶだから……」
「いいや、そんなことない! ハロウィンの事、本能を呼び覚ますうんたらかんたらって言ってたから絶対大丈夫じゃない! いつもはそんなこと言わないもん! 病気だよ病気!」
 どうやらさっきの台詞は殆ど聞かれていたらしい。おねーちゃんの言及により私の精神はどんどん削られていく。穴があったら入りたい上にそこで死んじゃいたい。
「ビョウキジャナイヨー、キノセイダヨー」
 棒読みで返答をする。ちょっとぼーっとしてきたしもしかして本当に病気なのかな。いっそこれはこれで風邪で寝込んでる時に見てる夢にして欲しいな。
「ほらっ! 帽子脱いでおでこ貸して! 熱があるかどうか見るから!」
 額におねーちゃんの額が触れる。目の前におねーちゃんの真剣そうな顔。だめ。かわいい。死ぬ。
「凄い熱! 早く冷やさないと!」
 おねーちゃんが私から離れ、冷却剤を取りに走る。あぁ、多分病気で流してくれそうだな。高二の私が厨二病だなんて思ってもみないだろうね。さて、暑いしとっとと服を脱……い……で……。 あれ? 体に力が入らなくない。視界が徐々に狭くなる。自分で体を支えられなくなりその場に倒れ込む。私……ほんとに風邪引いてた?
 
 *
 
 目を覚ますと其処には心配そうにこっちを見てるおねーちゃんの顔が見えた。おねーちゃんは私が目を覚ましたのに気づくや否や抱きついてきた。
「刹那ぁ! 心配したんだよぉ!? 病気で死んじゃったんじゃないかって!」
「勝手に殺さないでよ。私が風邪如きで死ぬわけないじゃない。でも心配してくれてありがとうね、おねーちゃん……」
「ほんと良かったよぉ……」
 どうやら厨二バレは回避できたっぽいけどおねーちゃんに心配かけちゃった。抱擁が解けおねーちゃんが椅子に腰掛けると、言いにくそうな顔をしながら質問をしてきた。
「ねぇ……刹那?」
「どうしたの?」
「刹那って今日、厨二病で倒れちゃったんだよね?」
「うん、そうだよ。ごめんね、心配かけちゃって……ん?」
 『厨二病で倒れちゃったんだよね』……???
「うわあああああああああ!?!?!?」
 布団を蹴飛ばし飛び起きる。
「どどどっ、どうしたの!?!? また顔が真っ赤だよ!? ねねねっ、寝て!!!」
 あぁ、厨二バレした。死んじゃう。精神が一瞬でズタズタになり動けなくなった私をおねーちゃんはベッドへ押し倒し、蹴飛ばした布団を再びかける。
「前から分かってたけどこんなに進行してたんだね、厨二病……。まさか倒れちゃう程の病気だったなんて……」
 あれ、厨二病が健康に関わる病気と勘違いしてる? そんなんじゃないよ。私の頭の中がお花畑なだけだよ。それはそれで大問題だけど。
「えぇっと、厨二病って言うのはね……」
「知ってる……なんか超常的な事を考えたり言ったりしちゃう病気なんでしょ? 悪化したら普通の暮らしが出来なくなっちゃうっていうのも……」
「うーん……間違ってないかな……」
 このままじゃ駄目だというのは分かってるけどやめられないんだよね、かっこいいから。あと今私は普通に暮らせてるから大丈夫だよ、多分。
「何が違うの?」
「生死に関わる問題じゃないって事。まあ社会を生きていく中では治さないと駄目なんだけどね」
 私の言葉を聞いたおねーちゃんははあぁっと安堵の溜息をついた。
「てっきり命に関わる問題かと……」
「なわけないじゃん、おねーちゃん勘違いしすぎ」
「でっ、でもっ! いきなり倒れた時はびっくりしちゃったんだよ!?」
「あぁ、心配かけてごめんね。でも私は大丈夫」
 と言葉を言い終わらないうちにおねーちゃんはこう言った。
「大丈夫じゃない! この熱の原因が厨二病じゃないなら今ある熱は風邪が原因だよ!」
 私ほんとに風邪引いてたんだ……。じゃなきゃいきなり自室で倒れたりしないよね。
「あんなに体温が上がっててよく風邪じゃないって思ったね?」
「あの時は服着込みすぎた所為だと……でもこれで分かった事が一つある。私は馬鹿じゃない」
「へ?」
 私の言ったことが理解できなかったのかおねーちゃんはきょとんとしている。
「馬鹿は風邪引かないって言うでしょ? 私は引いちゃったけどおねーちゃんは引いてないじゃん」
 嘲笑気味に言うとおねーちゃんはすぐさま反論してきた。
「わっ、私が馬鹿だって言いたいの!? でも今回は風邪ひいてる事に気づかなかった刹那が馬鹿だと思うっ!」
 ごもっともです……。今件は私が悪い。
「風邪引いてるのに気がつかないまま無理して倒れちゃってごめんね」
「もう本当に心配で心配だったんだから! でも普通の風邪でよかったよぉ~」
「うん、そうだね。じゃあ私は寝るね」
「しっかり……休んでね?」
 そう言うとおねーちゃんは電気を消して部屋から出て行った。熱の所為もあるかもだけど今日はとても疲れた。布団に包まって今日あった事を考えた。おねーちゃんはとっくに気づいてたんだよね。滅茶苦茶恥ずかしい。でもあまり追求はしてこなかったのは嬉しかった。生死に関わる病気だと思ってた事にはびっくりしちゃったけど。其処がおねーちゃんらしくて可愛い。思い出すだけで体が熱くなってまた布団を蹴飛ばしたくなる。さっさと寝て忘れよう、うんそれがいい。おやすみなさい。