宿泊研修 Side:A
クラス対抗歌唱大会
3組、2組、4組の番が終わり、どうやら私たちのクラスの番らしい。
しかし、直前まで歌唱者が決まらないままだった。
今も会議を続けているクラス。
どうせ関係ないと、私は無関心そうに見ていたが。
多分、おふざけのつもりだったのだろう。
ある一人の男子が、こんなことを言い出した。
「渡辺に歌わせたら、面白そうじゃね?」
こんなただの一意見、切り捨てられてもおかしくないのだが。
賛同の声があちらこちらから聞こえ始める。
どうやら、本当に私がやる流れになってしまったようだ。
……余計なことを考えつきやがって。
私が歌を?こんな大勢の前で?
「面白そう」なんてくだらない理由で?
そんなの、まっぴらだ。
圧をかけるような声で、一言。
「どうして私が歌わなきゃならないわけ?」
一瞬、奴は身じろぎをしたが。
頑張れ、負けるな、押されるな、みたいな。
応援の目を、多数に向けられ。
すぐに受け答えができるほどに回復してしまう。
加えて何度か声をかけたが、状況は何も改善しなかった。
このままじゃ、らちが明かない。
こうなったら、最終手段だ。
「いい加減にしてよ」
この馬鹿げた野郎どもをわからせるために。
奴に向かって、拳を振り上げ──
──殴ろうとした手が、途中で止まる。
「こんな所で喧嘩すんなって……」
受け止めたのは、奴とは別の、一人の男子。
「喧嘩なんかしたら、楽しい雰囲気が台無しだろ?」
何よそれ。ヒーロー気取りのつもり?
あんただって、どうせ同じこと──
「俺が代わりに行く。皆はそれで良いか?」
一触即発とも言えたクラスの空気が、少しずつ静まっていく。
渋々、という雰囲気は少しあったが。
どうやら彼は、奴らを沈めることに成功したらしい。
「……仕方ないわね」
振り上げていた拳を、下げる。
例の奴に"覚えてなさいよ"みたいな目を向けつつ、私は自分の場所に戻った。
彼の歌は、ひどいもんだった。
最初から何を歌うべきかわからない様子ではあったが。
あれを選ぶのはあまりにもセンスなさすぎだし、それであの音痴さ。
国歌でその様子じゃ、中学の頃はさぞ大変だったろうね、とか。
いくらでも貶せそうではあったが。
さっきまでのギスギス度合いが嘘みたいに。
今のクラスは、笑顔に溢れていた。
こんなにも歌が下手なのに、
自分を犠牲にしてまで、私を止めて、
クラスに"楽しい雰囲気"を取り戻した。
彼の思いは気取りなどではない、本物なのだろう。
「……面白い人」
確か名前は…勝浦 博、だったか。
「あんたの名前、覚えとくことにするわ」