バースの再来

Last-modified: 2020-01-06 (月) 08:41:25

1985年に阪神タイガースを初の日本一に導いたランディ・バースのような助っ人の再来を期待して、在阪マスコミによって阪神に入団した助っ人野手(主に一塁手且つ左打ち)に付けられる通称である。


前史 Edit

バースは1983年から1988年まで阪神タイガースに在籍し、特にバックスクリーン3連発に代表される掛布雅之岡田彰布らのクリーンナップの中核としての活躍が知られる。
1985年に打率.350、本塁打54本、134打点で三冠王、翌1986年にはNPB記録となる打率.389をマークした。その他にも、実働6年で.337、本塁打202本など様々な伝説を残し、「日本野球史上最強の助っ人外国人」、「神*1」、「神様・仏様・バース様」と称された。
しかし1988年、バースは息子の難病を機に帰国するが、阪神球団側の不手際が原因で結局退団*2することとなってしまう。
結果的にこの年は、バース退団が起因となる球団社長の投身自殺、掛布の引退まで重なったことからチームは一気に崩壊し1990年代の暗黒時代に突入。バースの活躍は、暗黒期に入る前の最後の輝きとして語られるようになってしまった。

再来と言う名のフラグ Edit

この惨状から、バースのような助っ人の活躍を再び願いデイリースポーツサンケイスポーツあたりの在阪マスコミ等が、阪神に入団する(主に一塁手の)助っ人外国人に期待を寄せる際に殺し文句として「バースの再来」の句が使われるようになる。

しかし、主に阪神球団の外国人選手に対する眼力が原因ではあるものの、期待を掛けられこの称号を頂戴した助っ人は大抵期待を裏切ると言うジンクスがあり、中には阪神球団に対してシャレにならない損害を出した選手も数々輩出して来た。
また下表の通り、初代「バースの再来」はルパート・ジョーンズだが、彼の退団以降も「バースの再来」が次々と生まれてはさしたる実績も残さず消えていく状況に皮肉を込めてバースの再来の再来(ないしは「グリーンウェルの再来」のようにやらかした選手の再来)と称することもある。ハズレ選手が多発したことから近年では大抵フラグと言う意味で使われている。故に「虎の恋人」・「怒りの撤退」と並んで阪神の秋冬三大季語扱いされる事が多い。
この惨状に懲りたのか近年マスコミでこのワードを使う事は少ないものの、阪神関係者の発言などで極稀に使われる事がある。

なお、期待通りの成績を残した選手たち(後述)のことを「バースの再来」と呼ぶ例はほぼ見られず、その選手の名前自体が記憶されたり風貌と打撃スタイルからその選手の再来と言う形で呼ばれる事がある。

バースの再来達 Edit

・1988年~2000年

...

・2001年以降

...

上で紹介した選手の中にはジョンソン、タラスコ、ハートキー、ナバーロ等一軍でそれなりに試合出場し外国人選手としてはまずまずの成績を残したり光るものを見せた選手もいたものの、「バースの再来」という看板は重くその多くが1年以内にチームを去っている。また、グリーンウェル、メンチ、コンラッド、ロサリオ、ソラーテなどは高い評価を受けていたにも関わらず散々な結果に終わっており、ダメ外人の象徴として名前が挙げられることも少なくない。

本当に活躍した助っ人打者達 Edit

このような魑魅魍魎が巣喰う暗黒外人だらけの阪神助っ人打者事情であるが、無論本当に活躍した者も多数存在する。

...

投手についても様々な人材がいたが、ここでは主に野手を取り上げていると言う都合上もありバースが去った年以降に活躍した投手だけ羅列する。

...

派生 Edit

2016年10月29日の日本シリーズ第6戦の8回表、当時日本ハムファイターズの投手であったアンソニー・バース*13が、広島カープのジェイ・ジャクソンからセンター前ヒットを打った際には、「バース緊急来日」とネット上で話題になり、未だバースの人気・知名度が衰えていないことを示した。

なお、一応海外スポーツでもスケールの違いはあるが類似のものに、NBAのマイケル・ジョーダンの後継者の登場を願う「ネクスト・ジョーダン」、サッカーアルゼンチン代表だったディエゴ・マラドーナの後継者を望む「マラドーナ二世」などが存在する。


関連項目 Edit


Tag: 阪神 報道機関





*1 阪神の新聞などでの一文字略称は阪急(当時。現:オリックス)との被りを避けるため(神)であり、バース(神)といった表記をされていたことが由来と見られる。
*2 この年のバースは不振(22試合の出場で打率こそ.321と高かったが本塁打はわずか2本だった)で、当時の村山実監督との不仲もあり退団は避けられなかったと見られている。
*3 1軍出場期間のみYYYY/MM表記。年だけの場合はシーズンフル
*4 打ってクレイグ、頼んマースと駄洒落に使われていた。
*5 後半戦唯一の本塁打は9月26日の中日戦(ナゴヤドーム)にて9回表に抑え・宣銅烈から放った逆転3ランだが、その裏に味方の福原忍が中日・山崎武司から劇的な逆転サヨナラ3ラン(いわゆるXホームラン)を被弾して敗戦したため帳消し同然となった。
*6 1軍出場期間のみYYYY/MM表記。年だけの場合はシーズンフル
*7 打撃面では併殺の多さに「一打で二度死ぬコンラッド」とネタ(金鳥のゴキブリ獲り器、コンバットのキャッチコピーの捩り)にされたこともある。またユーティリティとの触れ込みだったがどこを守ってもイージーエラーを連発した。
*8 214安打の陰に隠れているが、全試合ではないとはいえ一番打者で打点は91と異次元の成績を残している。
*9 1969年~73年まで阪神に在籍したウィリー・カークランドのこと。爪楊枝がトレードマークだった。
*10 クオリー・チェンフー。登録名は「かくり・たてお」。1992年バルセロナ五輪野球台湾代表で、日本を撃破して台湾を銀メダルに導いた1人。
*11 1998-1999。球団新記録の27セーブを記録するも劇場型だったせいか当時の野村監督に冷遇された。現・阪神中南米担当スカウトで、ラファエル・ドリスを見出す。
*12 通算48試合で打率.295・11打点と好成績を残していることから「ヘタな『バースの再来』よりムーアの方が打てている」と揶揄する声もある。2003年のオールスターゲームのファン投票では一塁手部門で組織的投票も行われ、投票理由がネタが殆どであった中松坂大輔と共に実際に打撃を期待され、3位に入っている。
*13 彼の本名もアンソニー・バス。同姓のランディー・バースにあやかって登録名をバースにした。