バースの再来

Last-modified: 2021-01-26 (火) 00:46:23

1985年に阪神タイガースを初の日本一に導いたランディ・バースのような助っ人の再来を期待して、在阪マスコミによって阪神に入団した助っ人野手(主に一塁手且つ左打ち)に付けられる通称である。


前史

バースは1983年から1988年まで阪神タイガースに在籍し、特にバックスクリーン3連発に代表される掛布雅之岡田彰布らのクリーンナップの中核としての活躍が知られる。
1985年に打率.350、本塁打54本、134打点で三冠王、翌1986年にはNPB記録となる打率.389をマークした。その他にも、実働6年で.337、本塁打202本など様々な伝説を残し、「日本野球史上最強の助っ人外国人」、「神*1」、「神様・仏様・バース様」と称された。
しかし1988年、バースは息子の難病を機に帰国するが、阪神球団側の不手際が原因で結局退団*2することとなってしまう。
結果的にこの年は、バース退団が起因となる球団社長の投身自殺、掛布の引退まで重なったことからチームは一気に崩壊し1990年代の暗黒時代に突入。バースの活躍は、暗黒期に入る前の最後の輝きとして語られるようになってしまった。

再来と言う名のフラグ

この惨状から、バースのような助っ人の活躍を再び願いデイリースポーツサンケイスポーツあたりの在阪マスコミ等が、阪神に入団する(主に一塁手の)助っ人外国人に期待を寄せる際、殺し文句として枕詞的に「バースの再来」の句が使われるようになり、見てもいないのに左打者と聞くだけで「バースの再来」と騒ぐのは毎度の恒例行事*3であった。

しかし、主に阪神球団の外国人選手に対する眼力が原因ではあるものの、期待を掛けられこの称号を頂戴した助っ人は大抵期待を裏切ると言うジンクスがあり、中には阪神球団に対してシャレにならない損害を出した選手も数々輩出して来た。
また下表の通り、初代「バースの再来」はルパート・ジョーンズだが、彼の退団以降も「バースの再来」が次々と生まれてはさしたる実績も残さず消えていく状況に皮肉を込めてバースの再来の再来(ないしは「グリーンウェルの再来」のようにやらかした選手の再来)と称することもある。ハズレ選手が多発したことから近年では大抵フラグと言う意味で使われている。故に「虎の恋人」・「怒りの撤退」と並んで阪神の秋冬三大季語、また「007*4」、「柵越え」と並びキャンプ時の三大季語扱いされる事が多い。

一方であまりの惨状故に阪神ファンからは恐怖の対象とされており、「もうバースの幻影を追いかけるのはやめよう」と主張するファンすらいる。
マスコミでも2019年はロサリオの惨状に懲りたのかこのワードを使う事は少なく、阪神関係者の発言などで極稀に使われる程度だった。ただ2020年は懲りずにジャスティン・ボーアに対して使用され、遂にはカナダ人の虎党にすら『「バースの再来」って言葉、そろそろNGワードにしない?』とデイリー紙面を通じて釘を刺すに至っている*5
なお、期待通りの成績を残した選手たちは「バースの再来」と呼ぶ例はあまり見られず、その選手の名前自体が記憶されたり風貌と打撃スタイルからその選手の再来(特に後述のオマリーの再来が挙がりやすい)と言う形で呼ばれる事がある。

バースの再来達

・1988年~2000年

名前年次*6打率本塁打打点備考
ルパート・ジョーンズ1988.254826バースの後釜に据えられた、元祖バースの再来。元々は三拍子揃った好選手だが阪神時代は故障もあり衰えていた。晩年の金本知憲同様、肩の故障で満足にプレーできる状態ではなかった。左翼からの返球は下手投げで、不慣れな一塁を守らされてエラーを連発し、一塁から二塁への送球も、投手への返球も満足に出来なかった。
マーベル・ウイン1991.2301344同期入団のオマリーと対照的に日本野球に対処できず「凡打製造機」のあだ名をつけられた。唯一7月の巨人戦2試合で輝きを放つもその内訳は決勝本塁打とボテボテのサヨナラ内野安打。
ロブ・ディアー1994.151821オマリーの紹介でパチョレックの後釜として阪神が契約したパワーヒッターだったが、三振率.396と粗さが目立ち活躍ならず。日米双方で三振のレジェンド。
クレイグ・ワーシントン1996.26731296年、中途解雇されたグレン・デービスとスコット・クールボーの後釜。まずまずの成績を残すも8月に肉離れで離脱、最終戦には出るもシーズンオフに解雇。
ケビン・マース1996.245842クレイグと同じ飛行機でセットでやって来た*74番候補。クレイグ同様加入直後はそこそこの成績を残すも、打てないコースが多過ぎた為かあっさり攻略されてしまい解雇。
フィル・ハイアット1997.2041130長打力はあったがディアー同様確実性に欠ける打撃で活躍はならず。後述のシークリストらに押し出される形で二軍落ち後、解雇。
マイク・グリーンウェル1997/5/3-11.23105NPB史上最悪のハズレ外人神のお告げで引退宣言は余りに有名で、日本中の野球ファンを敵に回した。当該項目を参照。
リード・シークリスト1997.19204不調とケガに悩まされたハイアットと、貧乏籤グリーンウェルの代役で入団。オールスター前までは良かったが後半戦は扇風機と化し、9月に解雇された。
デーブ・ハンセン1998.2531155本人サイドが売り込んだ際に、2度同じビデオを見せられた吉田義男が、別の映像と思い込み「成長した」と騙され契約した事で有名。打力はともかくシーズン17失策とお粗末な守備のため解雇。なお翌年のMLB復帰後はドジャースで代打の神様として大活躍、パドレスとマリナーズを転々としながら2005年まで現役を続けた。
デジ・ウィルソン1998.16703デジー・ウィルソンとも。
阪神フロントが欲張って第三の外国人選手として契約したまではいいものの、上述のハンセンと中日から拾ったアロンゾ・パウエルを登録させた為結果として一軍出場は同年8月から9月までの短期に終わりオフに解雇。
同時期には日本ハムにも「ウィルソン」*8がいたが、あちらとは比べ物にならない凄惨たる成績だった。
マイク・ブロワーズ1999.2511043当時の野村克也監督と打撃スタイルで揉め、2軍へ落とせないという条項でトラブルになった為解雇。彼の解雇以降、それまで好調だったジョンソンの成績も下降していった。ベースからあまりに離れて立つスタイルのため、外角球に全くと言っていいほど対応できなかった。
マーク・ジョンソン1999.2532066前半は19本塁打と大暴れするも、後半になると対策され沈黙しわずか1本塁打に沈む*9
MLB復帰の為に退団。
ハワード・バトル2000.22711一時期は二軍→一軍でベンチ入りすると勝利する試合が多かった事から、風貌と相まって「勝利の大黒様」と呼ばれたこともあった。しかし、そのジンクスも直ぐに途切れて実力不足が過ぎて短期間でクビになった。
トニー・タラスコ2000.2391957「地下足袋トニー」で親しまれたものの打撃は粗末で、三振があまりに多かった。反面、俊足好守を活かした外野守備は評価が高く、新庄剛志との右中間は鉄壁そのものであった。
ジェイソン・ハートキー2000.272427島田紳助にボロクソに言われ福本豊に名前を忘れられ「心筋梗塞」と言われた選手。
陽気で派手なタラスコと違って地味だったが、堅実な守備と打撃が定評とされた。多少は打率を残したものの、一発長打を期待されがちな助っ人としてはあまりに非力だった。当てるのはうまかったがバースらと比べると物足りなさは否めなかった。堅実なはずの守備でも(76試合で)14失策を記録し、打撃でも12併殺を記録するなど、攻守とも力不足が目立ったが、それでも当時の戦力不足から、シーズン後半から三塁レギュラー3番に定着させざるを得なかった。

・2001年以降

名前年次*10打率本塁打打点備考
イバン・クルーズ2001.2341434オープン戦で活躍したが開幕後はいまいち。巨人戦で1試合3本塁打も同じ試合で清原も1試合3本塁打を放ちかつチームが負けてヒーローになれず。2003年中日に入団も活躍できず。
エドワード・ペレス2001.222319こちらはどちらかと言えば「オマリーの再来」と呼ばれていた。
何故か中日の岩瀬仁紀相手には無双していた。
トム・エバンス2001-2002.2422142001年は守備固め要員として活躍したが、翌年はオリックスから移籍してきたジョージ・アリアスにデリック・ホワイトが優先起用され余剰要員となってしまう。シーズン途中トレードで西武に行き15本塁打と活躍するもオフに解雇。
デリック・ホワイト2002.227721最初は活躍したが技術的行き詰まりと手首痛に悩まされ冷温停止に陥り解雇。
その後は楽天の駐米スカウトを務めAJことアンドリュー・ジョーンズケーシー・マギーを連れてきた。
マイク・キンケード2004.23337オマリーがスカウトして来た外国人助っ人で、2000年シドニー五輪野球アメリカ代表の金メダル獲得メンバー。
「キンちゃん」の愛称で親しまれるものの、26試合12死球1未遂という当時の2chの野球chのスレでもネタにされる勢いの死球王であった。
8月にアリアスの代役として復帰するも、復帰翌日にダイビングキャッチを試み再び負傷してそのまま解雇とスペ体質でもあった。ある意味「大当たり」の選手ではあった。
シェーン・スペンサー2005-2006.2371550オマリーが連れて来た外国人。
打率はパッとせず守備走塁でもやらかしたりするがガッツ溢れるムードメーカーとして優勝に貢献。さらなる活躍を期待された翌年、開幕直前に車から降りる際に足を踏み外して右足首を捻挫してしまい全く活躍出来ず解雇。
ルー・フォード2008.225311オマリーが連れて来た(ry。
ノーパワー低打率鈍足守備難と全て兼ね備え、姓から廃車やポンコツ車と揶揄され、メンチやコンラッドが来る前のヘボ外国人の代名詞だった。ある種ベンツの元祖である。
ケビン・メンチ2009.14802オマリーが(ry
本名がケビン・フォード・メンチなので、ルー・フォードの再来とも。当該項目参照。
ブルックス・コンラッド2013.17500「GMの中村勝広がビデオを2分だけ見て決めた選手」とすら噂されている
69打席10安打・打点0の伝説を打ち立てたある意味でバースの再来の再来の化身*11
解雇後、当時海外スカウトのアンディ・シーツ*12に無断で獲得に動いていた*13のが判明し、中村の見る目のなさが改めてクローズアップされたのは言うまでもない。
あまりの醜態に次の助っ人外国人は1打点上げたら当たりとネタにされた*14
マット・ヘイグ2016.231211マートンの後継者となる中距離打者として期待され入団するもオープン戦は不振。開幕直後こそ好調だったがその後は不振に陥り一軍と二軍を往復。守備難もあって1年で退団した。
エリック・キャンベル2017.19115「内外野守れるユーティリティープレイヤー」との触れ込みで入団したものの「ヘイグの再来」を危惧されていた。案の定、実力不足を露呈し怪我もあり開幕直後は代打などでの出場が中心。その後5月25日のDeNA戦で3打点を挙げてスタメンに入ったが、翌日以降25打席連続無安打となり二軍落ちし、そのまま戦力外になった。成績自体はメンチ・コンラッド級だが、推定7000万円と格安だったことやあまりに地味だったため彼らほどネタにされることは多くない…どころか忘れられがち。
ジェイソン・ロジャース2017/7-11.252523キャンベルの代わりとして獲得した選手。歴代阪神助っ人の中ではマシな成績でこちらも格安だったが、金本知憲監督からは評価されず*15ロサリオの獲得により自由契約となった。
ウィリン・ロサリオ2018.242840平成最後の三億円事件。ディアーやクルーズの再来とも。歴代の外国人に比べるとまずまずの成績を残しているが、外角のスライダーに極端に弱く三振を量産。推定年俸3.4億では割りに合わない。詳しくは当該項目参照。
エフレン・ナバーロ2018-2019.264327外国人としてはやや非力ながらバットコントロールと守備力に優れた選手で、2018年はロサリオの登録抹消後、一塁のレギュラーとして活躍した。しかし、2019年は開幕直後こそレギュラーを守ったものの、怪我で出遅れていたジェフリー・マルテの復帰後に二軍落ち。二軍でも打率1割台と振るわなかったことで戦力外となった。ただ、近年の阪神助っ人の不甲斐なさや人格が優れていたこと、そして第2回プレミア12のメキシコ代表として大活躍したことで、バースの再来どころか優良助っ人とするファンもいる。
ヤンハービス・ソラーテ2019.18849グリーンウェルの再来。強打のスイッチヒッターであったが、加入してしばらく経つと左右両打席で三振を量産する体たらくで8月下旬に二軍落ち。しかし、9月に一軍昇格した際、「モチベーションが上がらない」と首脳陣に直訴し広島から帰阪し解雇された。当該項目参照。
ジャスティン・ボーア2020.2431745左投手に極端に弱く、開幕から18打席連続無安打*16を記録するなど早々にバースの再来の再来認定を受けてしまった。その後は一時期3割を記録するなど評判通りの活躍をしていたが、調子の波*17や高年俸がネックとなり1年で自由契約となった。これでも近年の阪神助っ人では活躍している方である。

上で紹介した選手の中にはジョンソン、タラスコ、ボーア等一軍でそれなりに試合出場し外国人選手としてはまずまずの成績を残した選手や、スペンサー、ロジャース、ロサリオのように時折光るものを見せた選手もいたものの、「バースの再来」という看板は重くその多くが1年以内にチームを去っている。特に高い前評判がありながら散々な結果に終わったグリーンウェル、メンチ、コンラッド、低い前評判通りの悲惨な結果を残したフォード、ヘイグ、キャンベルらはダメ外人の象徴に挙げられやすい。

なお、こんな魑魅魍魎だらけの阪神助っ人事情であるが、平成以降でも後のMLB大打者セシル・フィルダーや、1992年に暗黒期唯一のシーズン2位と後の1995年ヤクルト移籍早々日本一に貢献したトーマス・オマリー*18や相方だったジェームス・パチョレック、平成の3連発メンバーで2003年リーグ優勝に貢献したジョージ・アリアスと言った名助っ人も多数存在する(趣旨から外れるのでここでは割愛する)。


派生

2016年10月29日の日本シリーズ第6戦の8回表、当時北海道日本ハムファイターズの投手であったアンソニー・バース(現トロント・ブルージェイズ)*19が、当時広島東洋カープのジェイ・ジャクソンからセンター前ヒットを打った際には、「バース緊急来日」とネット上で話題になり、未だバースの人気・知名度が衰えていないことを示した。


関連項目


*1 阪神の新聞などでの一文字略称は阪急(当時。現:オリックス)との被りを避けるため(神)であり、バース(神)といった表記をされていたことが由来と見られる。
*2 この年のバースは不振(22試合の出場で打率こそ.321と高かったが本塁打はわずか2本だった)で、当時の村山実監督との不仲もあり退団は避けられなかったと見られている。
*3 週刊ポスト2019年12月20・27日号『阪神新外国人「バースの再来」に「何人目や!」ツッコミの嵐』より。なおこの記事においてデイリーの元編集局長である平井隆司氏によると、「新外国人の写真が手に入ると、みんな同じような角度のバースの写真を必死で探した」とコメントしている。
*4 スポーツや週刊誌が頻繁に使うスコアラーの俗語。「他球団の007が震え上がる」の類の表現でお馴染みのフレーズである。なお元ネタはイアン・フレミング原作のスパイ小説「007シリーズ」の主人公ジェームズ・ボンドのコードネームが由来で、偵察=スパイと掛けている。
*5 なおクレイグ・ブラゼルもボーアに対し「メディアからKiss of death(期待による命取り)を付けられたね」と語っており、やはりプレッシャーは掛かる模様。
*6 1軍出場期間のみYYYY/MM表記。年だけの場合はシーズンフル
*7 打ってクレイグ、頼んマースと駄洒落に使われていた。
*8 ナイジェル・ウィルソン(日本ハム:1997-2001/近鉄:2002)1997年・1998年にパ・リーグの本塁打王を獲得(1998年は打点王も獲得したため二冠王)。
*9 後半戦唯一の本塁打は9月26日の中日戦(ナゴヤドーム)にて9回表に抑え・宣銅烈から放った逆転3ランだが、その裏に味方の福原忍が中日・山崎武司から劇的な逆転サヨナラ3ラン(いわゆるXホームラン)を被弾して敗戦したため帳消し同然となった。
*10 1軍出場期間のみYYYY/MM表記。年だけの場合はシーズンフル
*11 打撃面では併殺の多さに「一打で二度死ぬコンラッド」とネタ(金鳥のゴキブリ獲り器、コンバットのキャッチコピーの捩り)にされたこともある。またユーティリティとの触れ込みだったがどこを守ってもイージーエラーを連発した。
*12 元広島→阪神。2005年阪神のリーグ優勝に貢献。駐米スカウトとしてはマートンやゴメスの獲得に功績があり、ファンからは有能扱いされている。ちなみにマルテ獲得の時はゴメスも関与している。
*13 この時シーツはゴメスと交渉中であったが、中村が編成の上下関係で押し切ったことがゴメス退団後に発覚し更なる批判を浴びた。
*14 次の助っ人外国人はマウロ・ゴメスであり、1打点どころか104打点を挙げ打点王を獲得、阪神では稀な助っ人成功例となっている。
*15 当時新人の大山悠輔を優先起用したい金本の意向に不満があったともされる。
*16 ちなみに本家バースも開幕から15打席連続無安打。
*17 9月以降は成績が急降下した他、対巨人の打率.159(東京Dでの打率は.097)とチーム15年ぶりのリーグ優勝の足を引っ張った。
*18 なおスカウトとしては上記の再来達を多数連れてきた模様。
*19 彼の本名もアンソニー・バス。同姓のランディー・バースにあやかって登録名をバースにした。