バースの再来

Last-modified: 2022-05-22 (日) 06:20:11

1985年に阪神タイガースを初の日本一に導いたランディ・バースのような助っ人の再来を期待して、在阪マスコミによって阪神に入団した助っ人野手に付けられる通称である。

元祖と同じく『左打者かつ一塁手』である選手を「バースの再来」と呼ぶことが多いが、少なくとも「(主に長打を期待されている)外国人野手」という最低条件さえ満たしていれば右打者だったり、一塁手以外の守備位置だったりしてもバースのような活躍を願ってこう呼ばれる場合は少なくない。


【目次】


前史

バースは阪急ブレーブスとの競合を制して1982年オフに阪神が獲得。1983年から1988年まで阪神タイガースに在籍し、特にバックスクリーン3連発に代表される掛布雅之岡田彰布らのクリーンナップの中核としての活躍が知られる。
1985年に打率.350、本塁打54本、134打点で三冠王、翌1986年にはNPB記録となる打率.389をマークした。その他にも、実働6年で打率.337、本塁打202本など数々の記録と伝説を残し、「日本野球史上最強の助っ人外国人」「神*1」「神様・仏様・バース様」などと称された。
しかし1988年、バースは息子の難病を機に帰国するが、阪神球団側の不手際が原因で結局退団することとなってしまう。
結果的にこの年は、バース退団が起因となる球団社長の投身自殺、掛布の引退まで重なったことからチームは一気に崩壊し1990年代の暗黒時代に突入。バースの活躍は、暗黒期に入る前の最後の輝きとして語られるようになってしまった。


再来と言う名のフラグ

この惨状から、バースのような助っ人の活躍を再び願いデイリースポーツサンケイスポーツあたりの在阪マスコミ等が、阪神に入団する(主に一塁手の)助っ人外国人に期待を寄せる際、殺し文句として枕詞的に「バースの再来」の句が使われるようになり、見てもいないのに左打者と聞くだけで「バースの再来」と騒ぐのは毎度の恒例行事であった。
しかし、主に阪神球団の外国人選手に対する眼力が原因ではあるものの、期待を掛けられこの称号を頂戴した助っ人は大抵期待を裏切ると言うジンクスがあり、中には阪神球団に対してシャレにならない損害を出した選手も数々輩出して来た。
また下表の通り、初代「バースの再来」はルパート・ジョーンズだが、彼の退団以降も「バースの再来」が次々と生まれてはさしたる実績も残さず消えていく状況に皮肉を込めてバースの再来の再来(ないしは「グリーンウェルの再来」のようにやらかした選手の再来)と称することもある。ハズレ選手が多発したことから近年では大抵フラグと言う意味で使われている。故に「虎の恋人」・「怒りの撤退」と並んで阪神の秋冬三大季語、また「007*2」、「柵越え」と並びキャンプ時の三大季語扱いされる事が多い。

一方であまりの惨状故に阪神ファンからは恐怖の対象とされており、「もうバースの幻影を追いかけるのはやめよう」と主張するファンすらいる。
マスコミでも2019年はロサリオの惨状に懲りたのかこのワードを使う事は少なく、阪神関係者の発言などで極稀に使われる程度だった。ただ2020年は懲りずにジャスティン・ボーアに対して使用され、遂にはカナダ人の虎党にすら『「バースの再来」って言葉、そろそろNGワードにしない?』とデイリー紙面を通じて釘を刺されるに至っている。
なお、期待通りの成績を残した選手たちは「バースの再来」と呼ぶ例はあまり見られず、その選手の名前自体が記憶されたり風貌と打撃スタイルからその選手の再来(特に後述のオマリーの再来が挙がりやすい)と言う形で呼ばれる事がある。

バースの再来達

「年次」欄は一軍出場期間のみYYYY/MM(/DD)表記。年だけの場合はシーズンフル。

1988~2000年

1988~2000年

名前守備位置打席年次
成績(打率/本塁打/打点)
備考
ルパート・
ジョーンズ
外野
一塁
左打1988
.254/8/26
バースの後釜に据えられた、元祖バースの再来。元々は三拍子揃った好選手だが阪神時代は故障もあり衰えていた。晩年の金本知憲同様、肩の故障で満足にプレーできる状態ではなかった。左翼からの返球は下手投げで、不慣れな一塁を守らされてエラーを連発し、一塁から二塁への送球も、投手への返球も満足に出来なかった。
マーベル・ウイン外野左打1991
.230/13/44
同期入団のオマリーと対照的に日本野球に対処できず「凡打製造機」のあだ名をつけられた。唯一7月の巨人戦2試合で輝きを放つもその内訳は決勝本塁打とボテボテのサヨナラ内野安打。
ロブ・ディアー外野右打1994
.151/8/21
オマリーの紹介でパチョレックの後釜として阪神が契約したパワーヒッターだったが、三振率.396と粗さが目立ち活躍ならず。その一方でメディアには好意的に対応したり、悩んだ末に首脳陣に自らスタメン落ちを直訴するなど、ナイスガイで人格的な一面もあった。日米双方で三振のレジェンドであり、かつてはMLBのシーズン最低打率を保持していた。
クレイグ・
ワーシントン
三塁右打1996
.267/3/12
96年、中途解雇されたグレン・デービスとスコット・クールボーの後釜。まずまずの成績を残すも8月に肉離れで離脱、最終戦には出るもシーズンオフに解雇。
ケビン・マース一塁左打1996
.245/8/42
クレイグと同じ飛行機でセットでやって来た4番候補。クレイグ同様加入直後はそこそこの成績を残すも、打てないコースが多過ぎた為かあっさり攻略されてしまい解雇。
フィル・
ハイアット
三塁
一塁
外野
右打1997
.204/11/30
長打力はあったがディアー同様確実性に欠ける打撃で活躍はならず。後述のシークリストらに押し出される形で二軍落ち後、解雇。
2003年途中にダイエーが故障で全休した小久保裕紀の代役として獲得を検討したが、結局は彼ではなくフリオ・ズレータを獲得した。
マイク・
グリーンウェル
外野左打1997/5/3-5/11
.231/0/5
全身ボロボロのロートル助っ人を大枚をはたいて獲得し、大失敗した例。「NPB史上最悪の助っ人」とまで呼ばれた。当該項目を参照。
リード・
シークリスト
三塁
外野
左打1997
.192/0/4
不調とケガに悩まされたハイアットと、ケガで早々に退団したグリーンウェルの代役で入団。オールスター前までは良かったが後半戦は扇風機と化し、9月に解雇された。
デーブ・ハンセン三塁
一塁
左打1998
.253/11/55
本人サイドが売り込んだ際に、2度同じビデオを見せられた吉田義男が、別の映像と思い込み「成長した」と騙され契約した事で有名。打力はともかくシーズン17失策とお粗末な守備のため解雇。なお翌年のMLB復帰後はドジャースで代打の神様として大活躍、パドレスとマリナーズを転々としながら2005年まで現役を続けた。
デジ・ウィルソン一塁
外野
左打1998
.167/0/3
デジー・ウィルソンとも。
阪神フロントが欲張って第三の外国人選手として契約したまではいいものの、上述のハンセンと中日から拾ったアロンゾ・パウエルを登録させた為結果として一軍出場は同年8月から9月までの短期に終わりオフに解雇。
マイク・
ブロワーズ
三塁
一塁
右打1999
.251/10/43
当時の野村克也監督と打撃スタイルで揉め、二軍へ落とせないという条項でトラブルになった為解雇。彼の解雇以降、それまで好調だったジョンソンの成績も下降していった。ベースからあまりに離れて立つスタイルのため、外角球に全くと言っていいほど対応できなかった。
マーク・
ジョンソン
一塁
外野
左打1999
.253/20/66
強烈なアッパースイングを武器に前半は19本塁打と大暴れするも、後半になると対策され沈黙しわずか1本塁打に沈む。
MLB復帰の為に退団。
ハワード・バトル三塁右打2000
.227/1/1
一時期は二軍→一軍でベンチ入りすると勝利する試合が多かった事から、風貌と相まって「勝利の大黒様」と呼ばれたこともあった。しかし、そのジンクスも直ぐに途切れて実力不足が過ぎた。特に三塁守備はお粗末そのものだった上「太りすぎて二軍スタート」という情けないエピソードさえある。
あまりの使えなさにシーズン途中で解雇されたが、その後に金銭トレードやって来たマイカ・フランクリンは移籍直後に故障してそのまま2軍で燻り続ける羽目になり、後述のハートキーを使い続ける羽目になった。
トニー・
タラスコ
外野左打2000
.239/19/57
陽気な性格から「地下足袋トニー」で親しまれたものの打撃は粗末で、三振があまりに多かった。ただし当たれば飛ぶタイプでもあり、シーズン本塁打の19本は、新庄、大豊に次ぐチーム3位の数値である。また俊足好守を活かした外野守備は評価が高く、新庄剛志との右中間は鉄壁そのもので、シリーズ中盤辺りからは6番に定着した。打率こそ低いが本塁打数と守備面での貢献度は高く、ここで挙げられている助っ人の中では上位に位置する選手である。
ジェイソン・
ハートキー
三塁両打2000
.272/4/27
バトルが使い物にならず緊急補強する形で獲得。陽気で派手なタラスコと違って地味だったが、堅実な守備と打撃が定評とされた。多少は打率を残したものの、一発長打を期待されがちな助っ人としてはあまりに非力で、当てるのはうまかったがバースらと比べると物足りなさは否めなかった。堅実なはずの守備でも(76試合で)14失策を記録*3し、打撃でも12併殺を記録するなど、攻守とも力不足が目立ったが、当時の戦力不足と同時期に在籍していた外国人内野手が使い物にならなかったことから、シーズン後半から三塁レギュラー3番に定着させざるを得なかった。
その様は島田紳助に「あれは助っ人じゃなくて野球が出来る外国人をアメリカから連れてきただけ」と貶され福本豊に名前を忘れられ「心筋梗塞」と言われてしまったが、打率以外の面でも特段鈍足という事もなく真摯な姿勢でプレーしていた傍らダメ外人にありがちな言動も全く無かった為、逆を返せば「助っ人ではないが野球は一応出来ていた」こと、即ち「野球の出来る外国人」という点は見事に的を得ていた事が微妙な笑いを誘う。

2001年以降

2001年以降

名前守備位置打席年次
成績(打率/本塁打/打点)
備考
イバン・クルーズ一塁
外野
左打2001
.234/14/34
オープン戦で活躍したが開幕後はいまいち。巨人戦で1試合3本塁打も同じ試合で清原も1試合3本塁打を放ち、結果的にチームも負けたためヒーローにはなれず。終盤に肩を痛めそのまま復調せず退団となった。一応当たれば飛ぶだけのパワーは備えており本塁打は時折放ったがやはり打率の低さと三振の多さは否めなかった上に守備面の貢献度もあまり無く、ほとんど前年に在籍したタラスコの下位互換状態だったが、14本塁打は一応チームトップの数字で、当時の監督である野村克也は「怪我が治れば打つだろう」と残留を検討していたが結局退団となった。その後2003年に中日に入団するもこれまたオープン戦で大暴れしただけでシーズンが始まってからは活躍できず阪神時代以下の数字を残し退団。そう言う意味では「怪我が治って打ったがその後が続かなかった」というのがまた悲しいところ。
エドワード・
ペレス
一塁
三塁
外野
右打2001
.222/3/19
こちらはどちらかと言えば「オマリーの再来」と呼ばれていた。
何故か中日の岩瀬仁紀相手には無双していた。
トム・エバンス三塁右打2001-2002
.242/2/14
2001年は守備固め要員として活躍したが、翌年はオリックスから移籍してきたジョージ・アリアスにデリック・ホワイトが優先起用され余剰要員となってしまう。シーズン途中トレードで西武に行き15本塁打と活躍するもオフに解雇。
デリック・
ホワイト
外野
一塁
右打2002
.227/7/21
「チームのためならバケツ運びでもする」とまで言った人格者。最初は活躍したが技術的行き詰まりと手首痛に悩まされ冷温停止に陥り解雇。選手としては見切りをつけられていたが、骨折しながらもベンチ入りし戦意高揚の声出しに務める姿はコーチを感服させるなど、やはり最後まで人柄的には評価されていた。
その後は楽天の駐米スカウトを務めAJことアンドリュー・ジョーンズケーシー・マギーを連れてきた。
マイク・
キンケード
三塁右打2004
.233/3/7
オマリーがスカウトして来た外国人助っ人で、2000年シドニー五輪野球アメリカ代表の金メダル獲得メンバー(正三塁手)。
「キンちゃん」の愛称で親しまれるものの、来日初打席初っ端に上原浩治から死球を喰らい、以降26試合12死球1未遂という当時の2chの野球chのスレでもネタにされる勢いの死球王であった。
8月にアリアスの代役として復帰するも、復帰翌日にダイビングキャッチを試み再び負傷してそのまま解雇とスペ体質でもあった。ある意味「大当たり」の選手ではあった。
シェーン・
スペンサー
外野
一塁
右打2005-2006
.237/15/50
オマリーが連れて来た外国人。
打率はパッとせず守備走塁でもやらかしたりするが、ガッツ溢れるムードメーカーとして優勝に貢献した事が評価され残留。さらなる活躍を期待された翌年、開幕直前に車から降りる際に足を踏み外して右足首を捻挫してしまい長期離脱。交流戦後辺りから調子を戻し満塁弾を放ったり好守を見せたりもしたが、濱中治の活躍もあり出場機会が減少し9月に2軍落ちして以降出番に恵まれずそのまま退団となった。
入団前にピザ屋相手に暴行事件を起こしたことなどから素行を不安視されたが、打線が沈黙している中チームメイトを鼓舞したり、延長10回に入ってからも犠牲バントを試みたり、「スケベ代表」「馬鹿外人」というたすきやシャツを着用して登場するなど、例によって人柄的には嫌われてはいなかった。
ルー・フォード外野右打2008
.225/3/11
オマリーが連れて来た(ry。
ノーパワー低打率鈍足守備難と全て兼ね備え、姓から「廃車」「ポンコツ車」と揶揄され、メンチやコンラッドが来る前のヘボ外国人の代名詞だった。ある種ベンツの元祖である。プレーに於いてもワンバウンドするボール球を立て続けに振って三振に倒れるという珍事をやらかし、当時の岡田監督から「1人野球がわかってない奴がいる」と評される様であった。日本では全く振るわなかったが、2022年現在45歳という年齢ながら選手兼コーチの現役のメジャーリーガーとして活躍(?)中である。
ケビン・メンチ外野右打2009
.148/0/2
オマリーが(ry
本名がケビン・フォード・メンチなので、ルー・フォードの再来とも。当該項目参照。ただし成績のお粗末ぶりとは裏腹に怠慢なプレーは無かったことに始まり、2軍落ちしても練習には熱心に取り組んでいたり、慈善事業に積極的な姿勢を見せるなど、これまた人格面は評価されていた。
ブルックス・
コンラッド
三塁
二塁
両打2013
.175/0/0
GMの中村勝広が4番候補として「ビデオを2分だけ見て決めた選手」とすら噂されている*4
69打席10安打・打点0の伝説を打ち立てたある意味でバースの再来の再来の化身。打撃面では、一併殺にもかかわらず印象的な併殺により、「一打で二度死ぬコンラッド」とネタ*5にされたこともある。またユーティリティとの触れ込みだったがどこを守ってもイージーエラーを連発した。しかし、元々拙守で知られMLB時代は基本的に代打要員だった。
解雇後、当時海外スカウトのアンディ・シーツに無断で獲得に動いていたのが判明し、中村の見る目のなさが改めてクローズアップされたのは言うまでもない。
あまりの醜態に次の助っ人外国人は1打点上げたら当たりとネタにされた。
マット・ヘイグ一塁
三塁
右打2016
.231/2/11
マートンの後継者となる中距離打者として期待され入団するもオープン戦は不振。開幕直後こそ好調だったがその後は不振に陥り一軍と二軍を往復。守備難もあって1年で退団した。
エリック・
キャンベル
一塁
三塁
右打2017
.191/1/5
エリック・テームズ(元巨人)獲得が不発に終わり獲得した助っ人。「内外野守れるユーティリティープレイヤー」との触れ込みで入団したものの「ヘイグの再来」を危惧されるほど全く期待されていなかった。案の定、実力不足を露呈し怪我もあり開幕直後は代打などでの出場が中心。その後5月25日のDeNA戦で3打点を挙げてスタメンに入ったが、翌日以降25打席連続無安打となり二軍落ちし、当時新人の糸原健斗大山悠輔にも遠く及ばない惨状でありそのまま戦力外になった。成績自体はメンチ・コンラッド級だが、推定7000万円とあまり高くなかったことやあまりに地味だったため彼らほどネタにされることは多くない…どころか忘れられがち。
ジェイソン・
ロジャース
一塁
外野
右打2017/7-11
.252/5/23
キャンベルの代わりとして獲得した選手。歴代阪神助っ人の中ではマシな成績でこちらも割安だったが、金本知憲監督からはパワー不足と見なされ*6ロサリオの獲得により自由契約となった。
ウィリン・
ロサリオ
一塁右打2018
.242/8/40
平成最後の三億円事件。ディアーやクルーズの再来とも。歴代の外国人に比べるとまずまずの成績を残しているが、外角のスライダーに極端に弱く三振を量産。推定年俸3.4億では割に合わず退団。詳しくは当該項目参照。
エフレン・
ナバーロ
一塁
外野
左打2018-2019
.264/3/27
外国人としてはやや非力ながらバットコントロールと守備力に優れた選手で、2018年はロサリオの登録抹消後、一塁のレギュラーとして活躍した。しかし、2019年は開幕直後こそレギュラーを守ったものの、怪我で出遅れていたジェフリー・マルテの復帰後に二軍落ち。二軍でも打率1割台と振るわなかったことで戦力外となった。ただ、近年の阪神助っ人の不甲斐なさや人格が優れていたこと、そして第2回プレミア12のメキシコ代表として大活躍したことで、バースの再来どころか優良助っ人とするファンもいる。
ヤンハービス・
ソラーテ
三塁*7
外野
両打2019
.188/4/9
グリーンウェルの再来。強打のスイッチヒッターであったが、加入してしばらく経つと左右両打席で三振を量産する体たらくで8月下旬に二軍落ち。しかし、9月に一軍昇格した際、「モチベーションが上がらない」と首脳陣に直訴し広島から帰阪し解雇された。当該項目参照。
ジャスティン・
ボーア
一塁左打2020
.243/17/45
左投手に極端に弱く、開幕から18打席連続無安打を記録するなど早々にバースの再来の再来認定を受けてしまった。その後は一時期3割を記録するなど評判通りの活躍をしていたが、調子の波や高年俸がネックとなり1年で自由契約となった。これでも近年の阪神助っ人では活躍している方である。

上で紹介した選手の中にはジョンソン、タラスコ、ハートキー、ナバーロ、ボーア等、外国人選手としては打率・長打力等に物足りない点こそあれど一軍でそれなりに試合出場しまずまずの成績を残した選手や、クルーズ、スペンサー、ロジャース、ロサリオのように時折光るものを見せた選手もいたものの、「バースの再来」という看板は重くその多くが1年以内にチームを去っている。特に高い前評判がありながら散々な結果に終わったグリーンウェル、メンチ、コンラッド、低い前評判通りの悲惨な結果を残したフォード、ヘイグ、キャンベルらはダメ外人の象徴に挙げられやすい。

なお、こんな魑魅魍魎だらけの阪神助っ人事情であるが、平成以降でも

  • 後のMLB大打者セシル・フィルダーや、1992年に暗黒期唯一のシーズン2位と後の1995年ヤクルト移籍早々日本一に貢献したトーマス・オマリーや相方だったジェームス・パチョレック
  • 平成の3連発メンバーで2003年リーグ優勝に貢献したジョージ・アリアス
  • 3年連続ゴールデングラブ賞を獲得し、後に阪神の敏腕スカウトとなるアンディ・シーツ
  • バース以来の本塁打40本超えと平成のクリーンアップ3連発メンバーであるクレイグ・ブラゼル
  • 1年目に214安打でイチローの持っていた当時のシーズン安打数記録を更新し、その後も安打製造機として6年にわたり活躍したマット・マートン
  • マートンと組み109打点を叩き出し2014年CS突破の原動力となったマウロ・ゴメス
  • 矢野燿大時代に活躍したジェリー・サンズ

投手に関しても

  • 暗黒時代を支えたマット・キーオベン・リベラ
  • ムエンゴに悩まされながらも奮闘したグレッグ・ハンセル
  • 投げては2年連続二桁勝利、打席でも野手顔負けのバッティングを見せ2003年リーグ優勝に貢献したトレイ・ムーア
  • 阪神一筋10年で日本通算98勝と先発投手陣の大黒柱として活躍したランディ・メッセンジャー
  • ジェフ・ウィリアムス、ジェロッド・リガン、スコット・アッチソン、呉昇桓、マルコス・マテオ、ラファエル・ドリス、ピアース・ジョンソン、ロベルト・スアレスら21世紀阪神のリリーバーたち
    などの有力な助っ人も多数存在する(詳細については趣旨から外れるのでここでは割愛する)。


派生

2016年10月29日の日本シリーズ第6戦の8回表、当時日本ハムファイターズの投手であったアンソニー・バース*8が、広島カープのジェイ・ジャクソンからセンター前ヒットを打った際には、「バース緊急来日」とネタにされた。

なお、一応海外スポーツでもスケールの違いはあるが類似のものに、NBAのマイケル・ジョーダンの後継者の登場を願う「ネクスト・ジョーダン」、サッカーアルゼンチン代表だったディエゴ・マラドーナの後継者を望む「マラドーナ二世」などが存在する。


関連項目



Tag: 阪神 日ハム 報道機関 フラグ・ジンクス


*1 阪神の新聞などでの一文字略称は阪急(当時。現:オリックス)との被りを避けるため(神)であり、バース(神)といった表記をされていたことが由来と見られる。
*2 スポーツや週刊誌が頻繁に使うスコアラーの俗語。「他球団の007が震え上がる」の類の表現でお馴染みのフレーズである。なお元ネタはイアン・フレミング原作のスパイ小説「007シリーズ」の主人公ジェームズ・ボンドのコードネームが由来で、偵察=スパイと掛けている。
*3 ただし本来ハートキーは二塁手であるため、慣れた守備位置ではなかったという弁護の余地はある。
*4 ニッカンスポーツ2012年11月27日付「青木の元同僚コンラッド、阪神と契約」より。なおこれに対し中村本人はMBSラジオの番組にゲスト出演した際に「ビデオだけが決め手になった訳ではない」と釈明したが、後述の通り無断で獲得していた。
*5 金鳥のゴキブリ獲り器・コンバットのキャッチコピー「一度で二度効くコンバット」の捩り。
*6 大山を優先起用したかった金本に不満があったとされる。実際、大山の方が本塁打は多かった上に守備力が比較にならなかったのもある。
*7 本職の三塁に加え内野は全ポジション守れるとの触れ込みだったが、阪神では大半が二塁手としての起用だった。
*8 彼の本名もアンソニー・バス。同姓のランディー・バースにあやかって登録名をバースにした。