相川の放出が最大の補強

Last-modified: 2020-10-31 (土) 10:29:37

2008年オフ、当時横浜ベイスターズに所属していた相川亮二がFA宣言してヤクルトに移籍した際、横浜ファン(やる大矢スレの住民とされる)が言ったとされる発言。


経緯

当時の横浜は投手陣が壊滅状態で、誰が投げても打たれるといった状況と前任者である谷繁元信*1が出先の中日で活躍していることから「相川のせいで打たれた」などとファンの怒りの矛先が捕手の相川に向くことが多かった。
そんな中で相川がFAでヤクルトへ移籍、2chの横浜ファンの間では「相川がいなくなって投壊から脱出できる」「相川の放出が最大の補強」などの意見も出ていた。

 

しかし翌年のヤクルトは前半戦を2位で折り返すなど健闘、最終的には3位で球団史上初のCS進出を決めた。
一方の横浜はFAで獲得した野口寿浩、ルーキー細山田武史、既存戦力の武山真吾・新沼慎二らを起用したものの、結局は相川と鶴岡一成*2の穴を埋められず、シーズン終了まで捕手を固定できないままシーズンを終えた。
順位は・・・言うまでもないね

 

現在ではこの単語に便乗して、野球以外でも特定の人物に去られてしまったり盛大にやらかしたりした団体や人物に対して自虐や皮肉を込めて「○○の放出が最大の補強(略して「○放最補」)」という言葉が使われやすい。
近年では選手以外にも似たような表現が用いられる事がある。

例)

  • ソフトバンク:「(ホームラン)テラスの撤去が最大の補強」
  • 中日:「加藤(宏幸代表)の更迭が最大の補強」

余談だが、相川はヤクルト移籍後の初の春季キャンプでブルペンを見るやいなや「ヤクルトにはいいピッチャーがたくさんいますね!」と野球少年のように目を輝かせ、ブルペンで球を受けると「構えたところにボールが来る」と感想を漏らしたという。

その後

ヤクルトへ移籍した相川だがヤクルト在籍中にセリーグ制覇は出来ず、2014年オフに相川は2度目のFA宣言で巨人へ移籍
前年度リーグ制覇の球団への移籍とあって、移籍会見の相川は嬉々として優勝への意気込みを語っていた。
しかしシーズンが始まると、ヤクルトは14年ぶりのリーグ制覇。
一方の巨人は2位に終わり、CSファイナルステージではヤクルトに敗北。
7年の時を経て「相川の放出が最大の補強」はヤクルトに当てはまった(?)。

関連項目



Tag: 横浜 ヤクルト 巨人


*1 谷繁が横浜を出た要因として、当時の監督である森祇晶が谷繁に代わり相川を登用して功名心を欲していたため、居たたまれなくなったとされる。
*2 真田裕貴との交換トレードで2008年シーズン途中に巨人に移籍。相川のFA移籍は元々噂されており、後任の1番手とされていたにもかかわらず放出。出先である巨人初年度で優勝を経験したことで、TBS時代の横浜フロントの戦略の無さ、無能さを象徴する出来事として引き合いに出される。