横浜に入る喜び

Last-modified: 2020-10-19 (月) 21:59:22

横浜を出る喜びの対義語。

概要

横浜ベイスターズは、TBSが親会社であった2002年~2011年の10年間でAクラスに入れたのがわずかに1度、8度の最下位という成績で暗黒時代と呼ばれ*1、そのチーム環境も決して良くないものであり、内川聖一を筆頭にチームをFAやトレードなどで移籍した選手からの発言やその後の活躍から「横浜を出る喜び」などと言われる有様であった。
2011年シーズンオフ、TBSが球団を売却し、新たに親会社となったのがスマホゲームの大ヒットで台頭しIT会社として当時名を馳せていたDeNAである*2
横浜DeNAベイスターズの初代監督として招かれた中畑清による選手たちの意識改革(教育)や、DeNAによる選手への働きかけもあり*3、チーム内の雰囲気・意識も向上し、観客動員数の増加や、後任監督となったアレックス・ラミレスのもとAクラス入りが普通、CS、優勝争いができるまでにチームが成長したことで、暗黒期ももはや過去の物となりつつある。
その奮闘にDeNAへ移籍した選手の成長や復活が大きく絡んだため、「出る喜び」に対抗できる「入る喜び」が語られるようになった。
始めの頃は移籍して復活、成長した選手という話が多かったが、最近では選手の口から文字通り「横浜に入る喜び」を語る選手も出てきている。

そうした選手たちをここに記す。

横浜に移籍した選手たち

文章が長くなる為、クリックによる展開にて選手毎にまとめておく。
 
引退・勇退した監督・選手

中畑清
金メダル確実とされたアテネオリンピックで指揮を執るも銅メダル獲得に甘んじバッシングを受け野球人としての評判はドン底へ落ちる。そのためDeNA初代監督に任命された際のファンからの反応は最悪と言ってよかった。
しかし連続最下位に喘ぎ負け犬根性やだらけ癖がどっぷり染み付いたチームと向き合い、挨拶の徹底や練習量の増加など根本的な改革に着手しDeNAを2013年に6年ぶりの最下位脱出へ導く。巨人一筋だった現役時代のイメージを払拭し、「DeNAのために巨人に嫌われる男になります」との公言通り、チームを2014年に9年ぶりの巨人戦での年間勝ち越しへ導いた。
監督退任後もDeNA在籍時の監督としての功績と陽気なキャラクターからテレビ番組に多数出演できるようになり、ハマスタレジェンドマッチなど横浜関係の仕事を多くこなすようになったり*4と、横浜に入る喜びを体現している。そして解説者として登場する際にDeNAの勝率が高いこともあり*5ポジハメの親玉」「愛すべき横浜のおじいちゃん」と、ファンとは相思相愛の模様*6

藤井秀悟

藤井秀悟
2012年、村田修一の人的補償で巨人から移籍。かつてヤクルトのエースとして名を馳せるも前年わずか1登板と、年齢からの限界説も囁かれていた。
しかし壊滅状態にあえぐ球団誕生直後の投手陣を支え、先発左腕不足にあえいでいたチームで頼れるベテランとして三浦大輔に次ぐ活躍を見せる。
翌2013年には11年ぶりに開幕投手に抜擢されると6回2失点と結果を残し先発ローテーションに定着。さらに4月27日には6年ぶりの完投勝利*7を、7月13日には11年ぶりの完封勝利を記録*8し、チーム悲願の最下位脱出に大きく貢献。打撃や走塁でも必死のプレーを見せ、afoという呼び名が不思議がられる程の奮闘ぶりだった。
残念ながら2014年、故障からの戦力外ののち引退。巨人の打撃投手を務めたのち、2020年から広報兼打撃投手として横浜への復帰が決まった。

中村紀洋
TBS時代晩年の2011年シーズン途中に入団。
入団当初は成績の衰えに加え過去の黒い言動の数々もあり、加えて親会社が特段のヘイトを集めていた*9ため、獲得を疑問視する声は決して少なくなかった。
しかし親会社がDeNAに変わった2012年から中軸として復活、翌2013年には怪我と不振にあえぐ筒香 *10にかわってサードのレギュラーに定着。攻守にわたる大活躍で打線を牽引、チームの連続最下位からの脱出に大きく貢献した。またこの年に節目となる2000本安打*11と400本塁打も達成している。
残念ながら2014年、「チームの方針に従わない言動があった」として懲罰降格、そのまま一度も一軍昇格することなく退団してしまったものの、在籍時の貢献度の高さゆえ横浜ファンから名誉外様認定されるには至っていない。また本人も球団初進出となるクライマックスシリーズの開催時には応援に駆けつけており 、チームへのわだかまりは持っていないようだ。

井手正太郎

井手正太郎
2010年シーズン途中、吉川輝昭とのトレードで福岡ソフトバンクから移籍。
いわゆるダイエー戦士であり、また清水直行ターメル・スレッジ篠原貴行等、この年の大型補強組の一人でもあった。そして10勝投手や20本塁打を放てる助っ人を差し置いて最も長く横浜に在籍したのが、他でもない彼である。
移籍初年度にサヨナラ打を放った他はめぼしい活躍もなく、2012年に解雇寸前まで追い込まれるも、消化試合で一軍昇格すると2本のホームランを放ち、土壇場で翌年の契約を勝ち取った。
翌2013年には遅咲きの覚醒を果たし、一時は不調のナイジャー・モーガンに代わって三番打者を務めるほどの活躍を見せ、チーム悲願の連続最下位からの脱出に貢献した。中畑監督時代にはかなり重宝され、以後も短期間ずつながら、主に代打や主力離脱時の代役として出場。DeNA時代には二度のサヨナラ打を記録している。
2016年引退。

後藤武敏

後藤武敏
2012年に武山真吾とのトレードで西武から移籍。ルーキーイヤーこそ新人ながら開幕戦で4番を任されるほど期待されていたが、前年までは精彩を欠き、いわゆる二軍の帝王扱いに甘んじていた。
しかし移籍後は代打の切り札やトニ・ブランコ等主力が離脱した際の代役一塁手として活躍し、連続最下位からの脱出やCS初出場に貢献。
1998年に松坂大輔(現西武)や小池正晃と共に横浜高校を春夏連覇に導いた経歴もあり、「ゴメス」の愛称*12と共にファンに愛された。
2018年引退。引退試合では上記の小池正晃や松坂大輔も胴上げの輪に加わっていた。

林昌範

林昌範
2012年に日本ハムから戦力外通告を受けながらDeNAでは126試合登板、25ホールドと復活。
巨人時代末期や日ハム時代はチェケ裸とネタにされたが、DeNAファンからはさほどネタにされることもなく純粋な声援を受け活躍した。
2017年、戦力外ののち引退。

長田秀一郎
2013年に西武から移籍。かの俺達の中心メンバーという、沼者を連想させる経緯からファンの期待は非常に低かった。
しかしDeNAでは接戦リードを守りビハインドで燃える逆俺達と化す。
困った時に開き直ってど真ん中ストレートを投げる事が多く、「長田イズム」として他のDeNAの選手が同様のピッチングをした際には現在でも語られる。
2016年、戦力外ののちBCリーグ・新潟に移籍、2017年引退。
現在は西武ライオンズのアカデミーのコーチを務めており、2019年の交流戦の対西武試合開始前のイベントで、元同僚であるナイジャー・モーガンとの1打席勝負を行った。

 
現役の選手

ホセ・ロペス

ホセ・ロペス
2015年に巨人から移籍。
巨人時代はソロホームランが異様に多く得点圏打率が低かった事、そして入れ替わるように同じ一塁手で強打者のトニ・ブランコ*13が退団したため、入団を歓迎しない声も目立った。
しかし中畑監督の「本当はチャンスに強い」という言葉通りの活躍を見せ、巨人時代より打撃成績が向上。守備でも優れた捕球能力によりベイスボールを減少させ*14NPB史上初となる1塁手のシーズン守備率10割の達成、榎本喜八が保持していた一塁手としての連続守備機会無失策を51年ぶりに更新(1632回)
4年連続ゴールデングラブ賞を受賞*15し、2017年にはさらに打点王・最多安打・ベストナインにも輝いた。
また若手ばかりのチームで貴重な年長者としてまとめ役になり*16、CS*17・日本シリーズ出場の立役者の1人となるなど完全に中心選手として定着した。
なおブランコはオリックス移籍後ハーフスイングで負傷離脱するなど全く戦力にならず不良債権に。
ロペス入団とブランコ放出を決断し批判された高田繁GMへの熱い手のひら返しに至った。

平良拳太郎

平良拳太郎
高卒3年目の2016年オフ、山口俊(現ブルージェイズ)の人的補償として巨人から移籍。巨人時代からプロスペクトとして将来を期待されていたがプロテクトされるには至らなかった*18
その山口より先に移籍後初勝利を挙げた。*19
2018年は夏頃から一軍に定着しDeNAと古巣巨人がCS争いを繰り広げる秋の正念場で菅野智之と投げ合い大金星を挙げた。*20
2019年は開幕こそ怪我で出遅れるものの初夏頃からローテ入り。8月2日には1位巨人に3.5ゲーム差と迫る中で再び菅野と先発対戦。6回を2失点で抑えまたも投げ勝った*21秋頃には失速*22したものの右の先発として前年ドラフト1位の上茶谷大河に次ぐ70イニングを投げ、翌2020年には開幕ローテ入りを果たすと一時期防御率0点台、セ・リーグ防御率ランキングトップの快挙を果たした。怪我による離脱こそ多いものの今では横浜の右腕エースと目されており、今後の活躍が更に期待されている。

エドウィン・エスコバー
2017年途中に黒羽根利規とのトレードで日本ハムから移籍。
それまで炎上を繰り返しハズレ助っ人の烙印を押されていたが、移籍後は先発こそは失敗したものの中継ぎとして大活躍。
パ・リーグとのレベル差を指摘する声もあったが、日本シリーズでもソフトバンク相手に活躍し翌年の交流戦では古巣日本ハムからもホールドを挙げるなど杞憂に終わった。
日ハム時代の投球内容から打って変わって、Max160km/hのストレートバレバレだがなぜか空振りが取れるスライダーを武器に、連投に耐えうるパワー左腕として大車輪の活躍をしている為、「日ハムエスコバーとDeNAエスコバーは別人」と称されることも。
2020年からも2年契約で残留。帰国時には「横浜というチームは自分にとって第2の家族。街も大好きだし、家族も気に入っている。来年も横浜で野球がやりたい」と述べた。

武藤祐太

武藤祐太
2017年オフに中日を自由契約になり、横浜が獲得。
中日では主に中継ぎとして活躍し、2013年には58試合にも登板する大車輪ぶりを見せていたが、翌年以降は精彩さを欠いて一軍での登板機会が大幅に減少し、2017年は一軍での登板機会が無くそのまま自由契約を通告された。
横浜への移籍1年目の2018年は主に敗戦処理を担当していたが、変化球の持ち球を増やしたり、150km/h台を投げる中継ぎがゴロゴロいるチームの投手環境に触発されて球速も140km/h台半ばから150km/hまでにアップさせ、移籍2年目となる2019年は火消しの場面やロングリリーフなど様々な重要局面で起用されるようになり、首脳陣の信頼を得るほどの活躍で復活を遂げ、リリーフの一角として欠かせない戦力となっている。
本人は球団公式コラムでチーム内の雰囲気、投手陣の結束力の良さ、仲間の結果に一喜一憂していると語り、「ドラゴンズの時も野球は好きで楽しかったんですけど、いまはそれ以上に、楽しいなって純粋に思えます。」と語っている。

大和

大和
2017年オフにFAで横浜に移籍。
阪神では内外野ともに高い守備力と高い走力のある選手として特に真弓~和田政権で重宝され2014年CS突破及び2005年以来の日本シリーズ進出の立役者の一人となった。
とは言え打撃力や体力(特に持続力)のなさがネックとなりレギュラー定着には至らなかった。金本知憲政権になると風当たりも厳しくなり金本からは2016年オフのテレビ番組で「一生便利屋で終わってしまいますよ」と名指しで苦言された*23。翌2017年は打力に優る糸原健斗大山悠輔北條史也らが優先起用され地位はさらに下がった。このため新天地を求め2017年シーズンオフにFAを宣言、阪神フロントからの慰留は一応あったもののDeNAに移籍*24。2018年こそ得意の守備でも苦戦したが*25サヨナラヒットを記録するなど課題の打撃でもしばしば活躍を見せている*26。特に阪神戦にはかなりの強さ*27を見せた。
体力面での不安こそあるがDeNAの二遊間を守る選手では頼れるベテラン・数少ないプロの選手であり、DeNAの若手選手達からも慕われている。得点圏に比較的強く打撃面の貢献も非常に大きいため、大和の離脱*28は終戦と考えるファンも多い*29

伊藤光

伊藤光
2018年シーズン途中にオリックスから赤間謙と共に高城俊人白崎浩之との交換トレードで移籍。*30
2014年まではゴールデングラブ賞や日本代表選出など順風満帆だった。しかし、翌年のチームの低迷から首脳陣にリード面で叱責され続け、コーチ陣からベンチで公開説教を受けるまでになり、終いには正捕手の座を失う。その後、正捕手は若月健矢に固定され、サードへのコンバートも経て正捕手争いすらできず*31に燻っていたところ、2018年7月、DeNAへトレードにて移籍することとなる。
CSでの活躍を繰り返してきた嶺井博希打点乞食のはずだった戸柱恭孝が揃って不振に陥っていたため、ぶっつけ本番で正捕手を任され奮闘。
投手陣と意思疎通のとれた2019年には完全に正捕手に定着し打撃でも活躍。故障で1ヶ月以上の離脱がありながら、84試合の出場でキャリアハイとなる8本塁打、OPS.731を記録した。
球団公式コラムで「ベイスターズに来てからミスを恐れなくなった」「真剣にやりながらも試合を楽しむことができている」と述べたり、取材に対しても「ベイスターズに救われたと言っても過言ではないですよね」と答えた*32
2019年シーズン中にFA権を取得。動向が注目されてきたが、移籍後に歓迎してくれたチームとファン、SNSを通じて、また直接ファンから寄せられた残留希望の声に応え、権利行使せず残留。チームから4年4.5億+出来高を提示され契約を更新した。

中井大介
2018年オフに巨人から自由契約を受け、横浜に移籍。
2019年は内野のユーリティプレイヤーとしての色合いが強かった。しかし、2020年になるとチャンスは相変わらず苦手なものの、代打での出塁率が.600超えの右のチャンスメーカー*33と化す*34
また、中心選手であった筒香嘉智(現レイズ)のMLB挑戦による離脱、ホセ・ロペスの加齢もあり、スタメン機会も増加。更に倉本寿彦の復活傾向も重なり、特に二遊間を中心に良い形で内野手が回るように。その結果、前年までは外野が飽和気味だったのに、逆に外野手が枯渇するという逆転現象が発生した*35
中井本人も「ベイスターズに来て驚いたのは、いい意味で自由というか、自主性を重んじる練習が多かったこと。自分で考えて取り組む時間を大切にしているんだなって」と好意的なコメントを残している。

高城俊人

高城俊人
2011年ドラフト2位。
正捕手が固定できないチーム事情もあって1年目から積極的に起用されるが、主に打撃面で伸び悩み鶴岡一成や黒羽根利規、戸柱恭孝の後塵を拝していた。
2018年、正捕手を固定したい横浜と内野手不足にあえぐ一方で控え捕手も確保したいオリックスの思惑が一致し高城+白崎浩之⇔伊藤光+赤間謙の2-2トレードでオリックスへ移籍。
しかし移籍後は二軍でも打率1割台と横浜時代以上に低迷してしまう。19年シーズンは一軍正捕手の若月健矢が打率.176と大不振でありながらまったく声がかからず*36、オフに戦力外。その後は古巣の横浜に再獲得された。
すると8年間で1本塁打だった高城は3週連続アーチを記録。打率も出場試合こそ少ないものの一時期3割近くをマーク、伊藤光の負傷離脱後はもっぱら濱口専用の第三捕手という扱いではあるものの一軍で十分に戦力になっている。
また本人も復帰後の会見で「(外から見て)うらやましかった。みんな楽しそうに野球をやっていた。みんなで束になって戦っているのが見えた」と発言 *37。異例の出戻りでの入る喜びを味わったのだった。

関連項目


*1 埼玉西武の前身で親会社を短期務めた太平洋クラブは4年間で最下位1度、クラウンライターは2年間で最下位1度。日本ハムの前身日拓ホームも1年限りながら最下位を回避している。またかつてNPBにあったルール「勝率4割を切ったらライセンス剥奪」というルールを適応するとTBSは6度チームを潰していることにもなり、親会社としても東京放送はNPB史上ワーストといえる。
*2 DeNA以外の候補では住生活グループ(INAX・TOSTEMの共同持株会社で、現在のLIXILグループ。)と家電量販店のノジマが候補で、住生活Gは本拠地移転(候補は新潟と静岡)を強く主張したことが地元財界の反発を招き、ノジマは資金力不足がネックとなり脱落している。ノジマは現在でも少額ながらユニフォームスポンサーとして契約継続しており、2020年にはパットン冷蔵庫を贈ったことが話題になった。
*3 DeNAはキャンプ前に南場智子オーナー、池田純球団社長、営業スタッフなどが選手ミーティングに出席し、観客動員数や客席稼働率、グッズのロイヤリティといった「ビジネス」の話や、チームが優勝争いするための期間の見込みや、ファンを増やすための活動や重要性を説明していた。初期の頃は一部選手から試合や練習に集中したいと不満も出たが、徐々に協力的になり結果としてこれが現在の選手たちのファンサービスなどにもつながっている。
*4 2019年、2012年最終戦に企画された本拠地CSチケット「~感謝、そして夢~新・熱いぜ!チケット」を持っていたファンのためにわざわざハマスタに駆け付けた。また教え子の梶谷隆幸が結婚するにあたって番組のロケを途中で切り上げ結婚式に向かうなど今でも教え子たちとの交流は多い。
*5 球団公式映画「For Real」で選手が解説付きの映像を視聴している事が明らかになったため、解説者による勝率の変化はあながち偶然とは言えない。苦言が多い佐々木主浩とポジティブな中畑の解説がなにかと比較される。
*6 2016年CSfirstを突破した際に解説を務めていたが試合終了後東京ドームの通路でファンに「キヨシ!」と声を掛けられながらウキウキでハイタッチをしたり上記の本拠地CSチケットの際に駆け付けた時にファンサービスを行うなど監督勇退後もDeNAファンとの交流を大切にしている。
*7 ちなみに藤井は「連続先発試合完投なし」のNPB記録「107」を持っているが、その記録を止めたのがこの試合である。
*8 いずれも相手は阪神。毎年のように阪神にカモにされている横浜だが、この年は藤井の活躍もあって勝ち越している。
*9 チームは成績低迷に加え球団売却騒動の渦中にあり、中村の獲得も単なる番組製作のための話題作りと邪推されていた。
*10 当時は内野手。外野手転向は2014年から。
*11 5月1日に日米通算、5月5日にNPB通算
*12 名付けの元となったのは、石川雄洋と松本啓二朗との練習待ち合わせで、遅れてきた松本が「ゴメーンッス」と軽く言ったのを聞き違えた(?)石川が「後藤さんにゴメスは無いだろ!」と言ったエピソード。2015年以降はゴメスを表す「G」を登録名として加えている。
*13 2013年に首位打者・打点王の二冠
*14 ただし中畑が辞任を決意したノーヒットノー四死球サヨナラ負けには関与している。
*15 2016~2019年の一塁手部門
*16 打ち込まれて降板した山﨑康晃の表情を撮ろうとする球団ドキュメンタリーのカメラマンに「カメラを止めろ!ヤスアキの気持ちも考えろ!」と一喝する(そのカメラマンには後日「キツい言い方をして悪かった」と謝罪している)、球審の判定に不服を露わにし、あわや退場寸前になった梶谷隆幸をすんでのところで宥めに入る等、情に厚いエピソードは多い。
*17 2016シーズンのCS進出が決定した広島カープ戦においては、そのまま勝利打点となる先制場外2ランを放っている
*18 当時の巨人ファンからは流出を惜しむ声も聞かれた。また高田繁GMからは13年ドラフト時に「(指名する)直前で持っていかれた。縁がなかった」と残念がられるほど高評価を受けており、三年越しに念願が叶った格好になった。
*19 ただし、2017年の山口は暴力事件を起こし謹慎となるものの、2018年と2019年は故障はありながらもエース級の働きを見せたため金銭面はともかく戦力的には巨人が一方的に損をしたわけでもなかった。
*20 なおチームは巨人と1.5ゲーム差の4位。
*21 菅野は6回4失点で敗戦投手
*22 このうち9月20日には山口との直接対決の結果4回4失点と敗れてしまっている。
*23 若手時代はまだしもアラサーに差し掛かかり、FA権修得も見えている高卒生え抜き野手でそれはマズイという意味でこの苦言も的を射ていたとも言える。
*24 条件面では横浜より阪神や同じく狙っていたオリックスの方が好条件であったとも言われている。
*25 ただしこれに関して横浜OBの佐伯貴弘からは、同年のシーズン前に横浜スタジアムが改修工事を行い、芝を張り替えたことで新しい芝が影響したこと、またその工事の影響及び雨天中止の影響でオープン戦のプレイで慣らすことができなかったことが影響していると擁護があった。
*26 阪神時代は実働9年で3本塁打だったが、DeNA時代は実働2年で2本塁打となっている。
*27 秋山拓巳などには強い反面、ラファエル・ドリスをかなり苦手にしていた。
*28 控え内野手の柴田竜拓も成長を見せているが、こちらも体力面の不安から好調が長続きしないタイプである上に大和ほどには足も速くはない
*29 名前と、大日本帝国海軍が威信をかけて建造された戦艦大和をかけたものと思われる。
*30 なお翌2019年オフに高城はオリックスを戦力外となり、古巣であるDeNAへ復帰
*31 放出前年の2017年は前半こそバットでそれなりに結果を出すも、その後半から翌年2018年の前半まで連続ノーヒットを更新するなど深刻な打撃不振に陥った。
*32 2019年のFA権取得前、三原一晃球団代表にこれを伝えたところ、「(チームが)お前に救われたんだ」と返されたという。
*33 2020年8月15日現在。
*34 左の代打は代打専と割りきって練習をし続けた山下幸輝が台頭している。
*35 ただし、これは新加入のタイラー・オースティンや梶谷隆幸が怪我体質なこと、ネフタリ・ソトや楠本泰史がライトでの守備に不安があること、乙坂智や桑原将志が打撃不振に陥った相対的な結果であるとも言える。
*36 二番手伏見の怪我の際にも中日からトレードで獲得した松井雅人が起用された。
*37 この時の発言が古巣批判ではないかと物議を醸し、一部のオリックスファンからは「最初から白崎⇔伊藤光+赤間の1対2トレードだった」と歴史改変をなされ、いなかった扱いを受けることになる。