メア・グランディーネ

Last-modified: 2025-11-20 (木) 09:05:02

【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE )】【マップ一覧( LUMINOUS / VERSE )】


メア・グランディーネ.png
Illustrator:めふぃすと


名前メア・グランディーネ
年齢18歳
職業水のシビュラ/魔導衛生兵
所属水の国・クリスロ

精霊を体に宿し、スカージと闘う運命を背負ったシビュラの一人。
シビュラ精霊記のSTORYは全体的にグロ・鬱要素が極めて強いため、閲覧には注意と覚悟が必要です。

巫女<シビュラ>(スカージ編) / 精霊編

高い能力を持ちながら、内気で虐げられる事も多い少女。
彼女の死生観と周囲との歪みが向かう先は果たして…

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1【HARD】
嘆きのしるし(VRS)
×5
10×5


【HARD】嘆きのしるし(VRS)

  • JUSTICE CRITICALを出した時だけ恩恵が得られ、強制終了のリスクを負うスキル。
    • GRADE初期値は嘆きのしるし【LMN】と同じ。
    • 【BRAVE】勇気のしるし(VRS)よりも強制終了のリスクが低い代わりに、同GRADEではボーナス量が10.00少ない。
    • これまでの「嘆きのしるし」における「ATTACK/JUSTICE判定でゲージが上昇しない」デメリットが廃止された。
  • GRADE100を超えると、上昇量増加が鈍化する(+0.10→+0.05)。
  • LUMINOUS PLUSまでに入手した同名のスキルシードからのGRADEの引き継ぎは無い
  • スキルシードは300個以上入手できるが、GRADE300で上昇率増加が打ち止めとなる
    効果
    J-CRITICAL判定でボーナス +??.??
    JUSTICE以下300回で強制終了
    GRADEボーナス
    1+22.50
    6+23.00
    11+23.50
    26+25.00
    76+30.00
    101+32.45
    102+32.50
    152+35.00
    252+40.00
    300~+42.40
    推定データ
    n
    (1~100)
    +22.40
    +(n x 0.10)
    シード+5+0.50
    n
    (101~)
    +27.40
    +(n x 0.05)
    シード+5+0.25
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADEボーナス
2025/8/7時点
VERSE24241+39.45
X-VERSE11111+32.95
GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数

GRADE・ゲージ本数ごとの必要発動回数
ボーナス量がキリ良いGRADEのみ抜粋して表記。
※水色の部分はWORLD'S ENDの特定譜面でのみ到達可能。
※灰色の部分は到達不能。

GRADE5本6本7本8本9本10本11本12本
18001600240032004267533466678000
67831566234831314174521865227827
167501500225030004000500062507500
267201440216028803840480060007200
366931385207727703693461657706924
466671334200026673556444555566667
566431286192925723429428653586429
666211242186324833311413851736207
766001200180024003200400050006000
865811162174223233097387148395807
965631125168822503000375046885625
1125461091163721822910363745465455
1325301059158921182824353044125295
1525151029154320582743342942865143
1725001000150020002667333441675000
192487973146019462595324440554865
212474948142218952527315839484737
232462924138518472462307738474616
252450900135018002400300037504500
272440879131817572342292736594391
292429858128617152286285835724286
300425850127416992265283135384246
所有キャラ

所有キャラ

  • ゲキチュウマイマップで入手できるキャラクター
    バージョンマップキャラクター
    X-VERSEオンゲキ
    Chapter6
    逢坂 茜/Momiji※1

    ※1:該当マップ進行度1の全てのエリアをクリアする必要がある。

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 理想郷への乗車券 「生まれながら課せられた定め……その先に救済が待っているのなら、私は甘んじて受け入れましょう」


 まだ十にもならない頃だったでしょうか。
 私は世界の理を理解しました。
 人間はこの世に生まれ落ちたその瞬間から、いくつもの重い鉄の枷を付けられ生きる囚人なのだと。
 生まれながら罪を背負った我々囚人達は、その短い生を送る間、良き行いをしなければなりません。
 他者に利益をもたらすような善行を積み重ねる度、ひとつ、ふたつ、その手足に付けられた枷は外れていきます。
 やがて全ての枷が外れ、その命が終わりを迎える瞬間。
 初めて人は救済され、幸福が満ちる理想郷へ行くことができるのです。
 それはつまり、枷を外すことの出来なかった者に幸福が訪れることがないことも意味しています。

 生きることの本質を理解した幼い私は、それからというもの、“救済”へ向かうため自らの行動を律し始めます。
 心が傷ついた者がいれば手を伸ばし、身体が傷ついた者がいればそれを癒やし、誰かの役に立つことだけを最優先にして生きるようになりました。
 全ては理想郷へ行くため。
 辛く苦しい現世から救われるため。
 私にはその資格があると信じて。

 ただ、そのような生き方に苦言を呈されることもありました。
 「あなたは初めから解決するつもりがない」「傍観者の立場に甘んじている」と。
 確かにそうなのかもしれません。
 争い事が苦手な私は、知らず知らずのうちに諍いから距離を置いてしまっていたのです。

 この性格は、このアカデミーの魔導歩兵として戦うにはいささか不向きなようでした。
 水の精霊の力を操るシビュラの素質を買われ招集されたものの、前線で戦えぬ私に向けられるのは嘲笑と侮蔑の視線だけ。
 それでも、私はまた戦地へと赴きます。
 水のシビュラとして。
 使命を果たし、善行を積み。
 あの救済へと近付くために。


EPISODE2 持つ者と羨む者 「不思議と私には視えるのです……まるで静かに流れる小川のように、戦における理想の動きが」


 「何をしているッ! グランディーネ!先に運ばれた者から治療しろッ!」

 戦闘支援科が詰めている、簡易的な構造で張られた大型軍幕の中。衛生班班長の檄がメアへと飛ぶ。

 「み、見た目では分かりにくいですが、この方は内臓が激しく損傷していて……」
 「お前に命を選別する資格はない! 規律を守ることだけを考えろ!」
 「は……はい……」

 最前線から離れたこの軍幕には、次々と傷ついた魔導歩兵が運び込まれていた。
 その身体に爪を立てたのは、漆黒の体躯を駆る異形の怪物――スカージの群れ。
 アカデミーと魔導歩兵が存在するただひとつの理由である敵達は、まだ練度の低い少女達へ容赦なく牙を剥く。
 戦闘支援科の中でも、メアの属する衛生班は、そんな彼女達を戦地で治療すべく帯同しているのだ。
 班長が檄を飛ばしたのは、激しく叱責するためだけではない。
 呻き、泣き叫び、激痛を誤魔化すかのように咆哮する声が無数に飛び交うこの場所では、それほどの声量でないと伝達が難しいからだ。
 ここは、第2の戦場と呼んでも過言ではなかった。

 「痛い……痛いよぉ……!! あたしの腕……腕はどこぉぉぉ!!?」
 「落ち着いてください。今手当てしますから……」

 そう言ってメアは負傷した少女へ両手をかざすと、少女は苦悶の表情を浮かべ続けながらも、少しずつ呼吸を整えていく。
 シビュラであるメアが操る、水の精霊の力。
 シビュラによって力の使い方は様々あるが、争いを好まないメアは、それを治療に特化して行使していた。
 肉体の大部分を水で構成される生物への治癒は、水のシビュラが得意とすることでもあった。

 (でも……この子はもう復帰できないでしょう……)

 癒やしながらも、紛れもない事実にメアは落胆する。
 いくら水の精霊の力といえど、“失ったものは治せない”。
 左肘のあたりから食いちぎられたように欠損した少女の腕は、もう元には戻らない。
 アカデミーに、戦えぬ者の居場所はない。
 故郷か。はたまた見知らぬ路傍か。
 怪我が落ち着き次第、少女は去っていくだろう。

 それは、メアとて例外ではない。
 にも関わらず、前線に出ることもなくアカデミーに在籍し続けられているのは、こうして振るう精霊の力が強力だからだ。
 たぐい稀なる才女へ与えられた特権。
 それは、一見すれば羨望されるべきものに思えるが、アカデミーではそうではなかった。
 才能が秀でているにも関わらず、戦いを放棄するメアの行動は、他の者の目には“保身”、はたまた“逃避”のように映ってしまう。
 日々文字通り命を賭けて戦う者達だからこそ、そのようなメアを蔑む者は少なくない。

 「あっ……!?」
 「あーごめんごめん。幽霊みたいに気配がないものだから気付かなかったわー」

 勢いよくぶつかられ、へたり込んだメアを見下ろしながら、衛生班の少女が吐き捨てた。

 「あ、あの……もう少し気をつけて頂けると……」
 「はぁ? 声が小さくて聞こえないんですけどー?こんな修羅場なんだから、ぶつかることくらいあるでしょー?」

 それきり何も言い返せなくなったメアを鼻で笑って、少女は忙しそうに駆けていく。
 誰よりも強い力を持ちながらも、口下手で己の意思を表現することが苦手なメアの態度は、一部の者の加虐心をくすぐるのか、このような子供じみた嫌がらせは珍しいことではなかった。
 メアは小さくため息をつくと立ち上がる。
 気にしないようつとめているのか、慣れているのか、その顔にさして悲愴は見られない。

 「私は私の使命を果たすだけ……この“枷”がある限りは……」

 そう小さく呟いて遠くを眺めたメアの瞳には、いまだスカージと戦い続ける少女達の姿が映っていた。
 剣に槍、隊列を組む弓兵。それぞれが精霊の力を行使しながら死線で跳ねている。
 軍幕のある小高い丘の上から俯瞰で眺めるメアには、目まぐるしく陣形を変えながら戦うそれが小川を流れる水のように見えていた。
 山から静かに下ってくる水は、土や岩によって形成された通り道に沿って流れ続ける。
 風や嵐、雨による氾濫などの異例を除き、それは決められた摂理だ。
 だが、前線で指揮官が何か命令を発する度、水の流れはせき止められたようにたちまち歪になっていき、それに呼応するように傷つき倒れる者の姿が見えるのだった。

 「どうして……本来なら十分に渡り合える力があるのに……」

 実際、指揮官の執る戦術は稚拙なもので、戦局が膠着している大きな要因であった。
 それを知らずとも、メアはこの戦いの流れがぎこちないものだと理解できていたのだ。

 「グランディーネ! 呆けている場合か!救護へ戻れ!!」

 班長の檄が再び飛び、メアは慌てて負傷者の治癒を再開する。
 もたらされた天賦の才は精霊の力だけではない。
 川の流れのように戦局を分析する卓越した洞察力がメアにはある。
 そんなことは、このアカデミーで誰一人――メア本人でさえ気付いてはいない。


EPISODE3 白い壁の部屋で 「強さ……そんなこと考えたこともありませんでした。私が私らしく生きる。ただそれに従っているだけです」


 アカデミー内にある救護室。
 清潔さを感じさせる白を基調とした石壁作りの部屋の中、リラックスした様子で木製椅子に座るメアの向かいに、若い男が座っている。

 「身体や感情に何か変わったことは?」
 「いえ……特には」
 「悪夢を見たりすることも?」
 「はい。ありません」

 男はメアの顔をのぞき込むようにいくつか質問を投げかけると、その返答を手元でメモする。
 彼はアカデミーに常勤する医師であった。

 日々命のやり取りを繰り返すアカデミーの魔導歩兵は、その多くがうら若き少女。
 過酷な戦いで傷を負うのはもちろんだが、別の問題が日に日に表面化していった。
 それは、心の傷。
 怪我はなくとも戦地へ足を踏み入れられなくなる者。
 気が触れてしまい人としての生活が送れなくなる者。
 果ては敵味方の区別がつかなくなるほど狂気に飲まれる者など。
 重圧に心を蝕まれる者は、アカデミーの歴史と共に増加し続けていた。

 少女達は決して使い捨てではない。
 かつて一度滅んだ世界で、アカデミーのような施設が組織されるほど復興したとはいえ、世界のほとんどはいまだ手つかずの状態だ。
 豊かさや人口は、わずかに残る文献の記述とはほど遠い。
 であるからこそ若者――特に精霊の力に適正のある少女達は、存在自体が貴重なのだ。
 そこでアカデミーが対策として雇用したのが、“心の医師”だった。
 医師としての技能は一通り持っているが、男の専門は臨床心理。
 定期的に対話することで異変を未然に防ぎ、また兆候がある者を助けるのが仕事だった。

 「メアくん。君は今も前線には参加しないようだけど、それは変わらない?」
 「はい。私には向いていないですから。たとえ戦っても、みんなに迷惑をかけてしまいます……」
 「ふうん……君はそう言うけどね……」

 医師は手元の資料に目を通しながら、ポリポリと頭をかく。

 「シビュラとしての君の力は極めて優秀だ。身体能力の評価も特に劣っているわけでもない。であるならば……」
 「はい……」
 「ああ、ごめんよ。責めているわけじゃないんだ。これが僕の仕事でね。何か心に病を抱えているなら相談に乗りたいっていうだけさ」
 「心に……」

 メアは頬に手を当て、考えるような素振りを見せるが、すでに答えは決まっていた。
 「病など何もない」だ。
 座学や訓練、そして厳しい実戦。手放しに楽だとは言えない環境ではあるが、それは皆同じ。
 他の者からの嫌がらせはあるが、実のところメアにはほとんど響いていない。
 彼女の心には、信念という名の揺るぎない柱が一本通っていた。
 ただ、ここで質問に対し即答してしまっては、拒絶や放棄と捉えられてしまう可能性がある。
 それを分かっているメアは、含みを感じさせないほどのちょうどいい塩梅で悩んだフリをしてから答えた。

 「……特にありません」
 「そう。ならいいんだ」

 柔和な笑みを浮かべた医師はそう言うと、再び別の資料を探すように乱雑な机の上をかき回す。
 実のところ、彼は知っている。
 メアがアカデミーに入学してからの成績、評価、交友関係まで。報告されたものに関しては全て資料にまとめられていた。
 当然ながら、メアがアカデミーの中でどのような扱いを受けているかまでも。

 (“この線”は本当に違うようだな……表情や仕草に嘘がない……ちょっとやそっとのことじゃ凜として折れない優等生か……見た目より強い子だな……でも、ならばなぜ……)

 本人が何も思っていないのなら、と片付けるのは簡単だ。
 だが、そのまま放置してはおけない理由が医師にはあった。
 嫌がらせが日常化する光景は風紀の乱れに繋がり、またメアの精霊の力を持ち腐れにさせておくのはアカデミーとして非常に惜しい。
 それらをまとめて解決する答えはひとつ、メアが前線で戦うこと。
 医師は慈善でここにいるのではない。アカデミーの利益になるよう動かなくてはならないのだ。

 「ここに来てからたくさんの子たちを診てきたけど、君のように芯の強い子は初めてだな」
 「それは……褒められているのでしょうか……?」
 「ああ、そうだとも! 今だってほら、背筋がぴんと伸びて……僕の姉さんにそっくりだ」
 「ふふ……姉さんって。先生のお姉さんなら、私はいくつなんですか」
 「あっ……それもそうだね。しまった……失礼なこと言っちゃったな」
 「気になさらないでください。実は私も、先生って子供みたいだなって思ったところです」
 「え、ええー? それはちょっと情けないなぁ」

 おどけた困り顔を浮かべると、メアがクスクスと笑う。
 その年相応の少女の顔を眺める医師は、思わず目元を緩ませる。

 (しっかりした優等生だって、そりゃ笑うよな……故郷の街にいる普通の少女達と何も変わらない……でも、だからこそ僕は見逃しちゃいけないんだ)

 メアが笑い終えるまで優しく見守っていた医師は、「最後の質問にしよう」と前置きをしてから尋ねた。

 「その強さはどこから来ているんだい? 例えば……ご両親の教えとか」
 「いえ……私は孤児ですから。施設でも、特にそのようなことは」
 「これは……失礼」
 「いいんです。でも……強さですか……」

 メアは再び頬に手を当て、考え込む。
 今度はフリではない。視線はどこを見るわけでもなく遠く。瞳の色は深く濃くなっていく。
 やがて何か思いついたようにゆっくり顔をあげると、恐る恐るといった具合に口を開いた。

 「救われるため……かもしれません」
 「救われるため?」
 「はい。本当の自分に生まれ変わるために」
 「……つまり、今の君は救われていないと?」
 「そうですね……光を求め、もがき続ける……」

 メアは医師の目をまっすぐ見つめ、微笑みながら言った。

 「それが囚人の定めですから」


EPISODE4 結果と犠牲 「掘り続けてさえいれば、いつか山は崩れます。でも、それまでの犠牲は? あの人達に“救済”はないのに」


 各地で行われるスカージの殲滅。
 アカデミーのシビュラ達にとって最優先されるこの任務は、概ね達成されている。
 だがそれは、“殲滅した”という結果に過ぎない。
 シビュラ達の精霊の力、ひいては兵力には各自はっきりとした優劣があり、それは部隊単位でも見てとれるものだ。
 常勝続きの精鋭部隊もいれば、あちこちでつまはじきにされた落ちこぼれの寄せ集めもいる。
 その結果、たとえ任務に成功したとて被害の大きさに明確な差が生まれてしまうのだ。
 例えば十数体のスカージの殲滅のため、その倍の死者を出してしまうことも。
 当然、戦闘支援科に属するメアが、衛生兵として派遣されるのは、そのような戦場だった。

 この日の戦場は苛烈を極めた。
 数体のスカージが目撃されたという情報を元に、とある廃村へ出撃した部隊。
 危なげもなく殲滅したのち、残党狩りのため周囲を調査していた時だった。
 廃村の奥、かつては村の主要資源だったであろう朽ちた炭鉱に踏み入ると、そこにはまるで巣を作っていたかのように数え切れないほどのスカージが待ち構えていた。
 情報を鵜呑みにし、少人数で組んでいたこと。
 狭く、暗く、逃げ場のない炭鉱内での接敵だったこと。
 メアが治癒を施す余地もなく、接敵した部隊は無残にも食い殺された――一人残らず。
 最終的に、戦闘支援科の迅速な伝達により駆け付けた応援部隊によってスカージは殲滅され、戦闘記録にはこう記される。
 『任務成功』と。

 全ての処理が終わり、解散指示が出た後。
 アカデミー内に併設された寮の廊下を、メアは俯き歩きながら考える。
 今日の部隊の練度は低くなかった。
 面識のない兵達ではあったが、作戦前に目に入った所作のひとつひとつから、経験や実力があることが“視えて”いた。
 だというのに、残された結果は凄惨たるものだ。
 いたずらに食い散らかされた肉片を思い出し、メアは顔をしかめる。

 (生まれも、国も、年齢も違う方々でした……きっと大きな志を持ってアカデミーにやってきたはず……それがこんな……道半ばで……きっと悔しかったことでしょう……)

 実力はあったにも関わらず発揮できなかった。
 環境、連携、または過信。理由は様々考えられる。
 だが、今回の任務に関してはひとつだけはっきりしていることがある。
 それは指揮だった。

 (本来ならば周辺調査は任務に含まれていませんでした……なのに強行されたのは、少ない討伐数に満足できなかった指揮官が多くの手柄を欲しがったから……それに、あの弓使いのお二人……きっと名手だったはずなのに、あんな狭い場所じゃ……)

 どんなに優れた肉体も、素質も、それを上手く使役できなければ意味がない。
 アカデミーは個々の能力を突出させるため、素質に合った教育を叩き込む。
 戦闘に特化したもの、支援に特化したものなどだ。
 もちろんメアは戦術学など学んではいないが、その洞察力から気づき始めていた。
 もし自分が指揮を取っていたら、と。

 「ねえ、聞いた? 例の“青騎士”討伐作戦」
 「聞いた聞いた。オルスキュラ家のお嬢様も大したことないよねえ」
 「ちょっとやめなよ。ただでさえ最近……」

 すれ違いざま、少女達の噂話が耳に入る。
 メアも知る有名人が指揮を執っていたというのなら、きっと精鋭揃いだったのだろう。

 (枷を残して死ぬことは……業の中に取り残されるということ……これでは誰も報われない……私は……私の使命を果たすべきなのかも……この身が救われるためにも……)

 メアは己の杖を強く握り込んだ。
 微かに震える手を抑えつけるかのように。


EPISODE5 それは鎖にも似て 「こんなに自分のことを話したのは初めて……。なぜでしょう。少し身体が軽くなったみたい」


 「ずいぶん疲れているように見えるね。何か悩みでも?」
 「あ……いえ……特には……」
 「ははは、あなどってもらっちゃ困るなあ。こう見えても僕は医師でね。表情を見ればある程度は分かってしまうものさ」
 「そう、ですよね……最近、むごい結末の任務が多くて……大怪我をしたり、もう……帰ってこなかったり……だからかもしれません……」
 「なるほど……そういうことか」

 医師の男は何度か深く頷いたかと思うと突然立ち上がり、顔を伏せるメアの前に手を差し出した。
 視界の端にその手が見え、思わず顔をあげたメアに向かって微笑んで言う。

 「今日の面談は外で行うことにしよう。そうだな……中庭がいいか」

 言われるがまま医師に連れられた先は、研究棟の壁にコの字に囲まれた、吹き抜けの小さな中庭だった。
 殺伐とした役目を担うアカデミーであっても癒やしは必要なのだろうか、簡素な花壇が人の手によって整備してある。

 「あ……お花……」
 「うん? メアくんは花が好きなのかい?」
 「特別好きなわけではない……です。ただ、花なんて久しぶりに見たなあと思って……」
 「言われてみれば確かにそうだ。ははは、僕は普段から馴染みがないから、気付きもしなかったよ」
 「そうですよね……変な事口にして、ごめんなさい……」
 「そんなことないさ! 君が何かに興味を持っているのを見るのは初めてだったから、むしろ嬉しいよ」
 「先生……」

 しぼみきる直前の風船のように、メアはほっと息を吐く。そこで初めて、これまで自分の気が張っていたことを自覚した。
 年上の異性への憧れや恋といった感情かは分からない。
 ただ、シビュラという存在が初めからこの世界に存在しないかのように、なんてことはない他愛ない話を楽しそうに話してくれるこの男の前では、心が凪いでいくのを感じていた。

 「実はね、以前君が話してくれた言葉……あれはどういう意味だったのかずっと気になっているんだ」
 「言葉?」
 「言っただろう? 強さの原動力は救われるためだ、って。なんだか哲学的だなと思えてね」
 「ああ……」

 それはメアの根幹。メアの人となりを形成するものであり、生きるための指針。
 誰もがありのままの自分をみだりに曝け出したりしないように、これまで誰にも話したことのない大切なもの。
 だが、凄惨な任務続きで弱っていたのだろうか、この男にならと恐る恐る封を解きはじめる。

 「……この世界に生きる者達は、本当はまだ“生まれていない”……私はそう考えているんです」
 「ほう……」
 「幸福に満ちた理想郷――真の世界は別にあって、私達は選別されている段階……理想郷の住民としてふさわしいかどうかを」
 「以前言っていた“囚人”ということ?」
 「はい。囚人の身体に繋がれた重い枷は、“他者への奉仕”によって少しずつ外れます。やがて全ての枷が外れ、仮初めの命が尽きた時……理想郷で生まれ直すことができるんです」
 「それが……君の死生観というわけだ」
 「そう捉えて頂いて構いません」

 そう言うメアの瞳は、曇り一つないどこまでも澄んだものだった。
 誰かに強いられたわけでも、迷いがあるわけでもない。
 放り投げた石ころが放物線を描いて大地へ落ちるように、沈んだ太陽が再び登り光を注ぐように、それが当然の摂理だと認識している。
 その純粋さに男は、危うさと美しさを同時に感じていた。

 「死生観は分かった。では、どう強さに繋がるのか教えてくれるかい」
 「……誰かのために善行を積むことが、私の生きる意味だからです。だから、相手を不快にさせたり傷つけたりするなんて、私がするはずありません。理想郷が遠のいてしまうから」
 「少し分かってきた。だから君は“戦わない”んだね」
 「そう……なのだと思います」

 アカデミーに属するほぼ全ての生徒、特にメアに関する報告は資料として男の元へ届けられている。
 教官の評価から、他のシビュラが軽く漏らした言葉まで。
 シビュラとしての力が強大なのは誰もが認めてはいるが、それが故にその力を活かそうとしないメアを侮蔑するものは少なくない。
 全てはメアの死生観が招いたことであり、ひとつの矛盾のようなものが生じている。
 誰かのためと思った行動に、誰も喜んでなどいない。
 それが奉仕と呼べるのか、あまりにねじれた信念に男はめまいのようなものを覚える。

 「もしも枷が外れる前に命を失ってしまったら?」

 男がそう尋ねようと言いかけた瞬間。
 吹き抜けから差し込む陽に照らされ、これまで以上にあどけない笑顔を見せながら言うメアの言葉にかき消される。

 「お話して、なんだか少しスッキリした気分です。先生、ありがとうございました」


EPISODE6 近付く破滅の未来 「なぜ分かってくれないの……このままでは多くの犠牲と悲しみが……お願い、話を聞いて……」


 医師との面談で初めて己を晒したことは、メアにとって得がたい経験となっていた。
 それは承認から生まれる自信。
 正しいと信じてきた理念を他者が受け止めただけのことだが、彼女はそれを“肯定”と捉えていた。
 これまで一度も味わったことのない感情。
 何事にも代えがたい言い知れぬ多幸感。
 生まれて初めて舐めた飴玉の味のように、人間はもっと、もっと、と欲を抑えられなくなる。
 己の正しさを証明するため、すぐにでも理想郷へ近付きたいという焦りは、逆にこれまで守り通してきた生き方を崩していく。
 歯車が、軋み始める。

 「お言葉ですが……意見してもよろしいでしょうか」

 任務にあたるシビュラの少女達が全員集められた軍幕の中。
 メアの声がやけに通り響いた。
 指揮官に向き合うように100名ほどがずらりと並び、戦術会議を行っている真っ最中。
 一衛生兵が口を挟んだからではない。その発言がメアによるものだったことへの驚きによる静寂だ。

 「……メア・グランディーネ。言ってみろ」
 「ありがとうございます。指揮官の立てた戦術ですと、間違いなくこの任務は失敗に終わります」

 今度はどよめきが広がる。
 こいつは何を言っているのだと睨み付ける者や、気が触れたのではないかと訝しむ者もいる。
 指揮官はすでにこめかみに青筋を立てながらも、平静を装って尋ねた。

 「ほう……何が問題なのだ?」
 「水門をまっすぐ突破するのは危険です。とうに朽ちているとはいえ、本来の水の流れに沿って傾斜があります。こちらは低地です、もしも待ち構えられていたら……」

 アカデミーとメアの出身でもある水の国、ちょうどその間に位置する小国メース。
 この国へ常駐させている特務兵からの定期連絡が途絶えて4日。
 災害や内紛が起きたのでもなければ、スカージの襲撃に遭ったとみて間違いない。
 とはいえ、小国といえどある程度の防衛設備は整えてある。襲撃に耐えている間に、急ぎ援護に駆け付ける必要に迫られている状態であった。
 そこで、正規の街道を使っていては時間が足りないと判断した指揮官は、遙か昔に干上がってしまった人工河川を上りながら突っ切ろうと考えていた。

 「ならばどうしろと言うのだ?」
 「多少妨げになってでも、河川沿いの森を通りましょう。今は確実にメースへ到着することが第一です」

 それを聞いた指揮官は一度大きく息を吐くと、怒りを抑えるように笑みを作りながら答える。

 「……お前の言い分は分かった。だがそう心配するな。この作戦の先駆けを担うのは私直属の部隊だ。たとえ水門の向こうで待ち構えていても、払いのけてしまえばいいだけのこと」

 小国の危機のため、多くの部隊を集め組まれた諸兵科連合。
 私情もあってか、先頭を歩くのは指揮官直属の部隊だった。
 よほどの自信があるのか胸を張る指揮官だったが、返すメアの言葉にその表情を一変させる。

 「お言葉ですが……恐らくそれは不可能かと……」
 「なん……だとぉ……?」
 「先日、演習を拝見しました……率直に申しますと連携が足りていないかと……先頭が崩れれば、あとは雪崩のように後方も……」
 「お前……衛生兵が何を分かったように……」
 「わ、分かるんです……私には……! どう説明すればいいか……」
 「お前の勘とでも言うつもりか!? よくもそんなもので私を侮辱したなッ!?」

 もうすでに、どよめきとは呼べぬほどの混乱が辺りを包んでいた。
 メアは、ほぼ悪い意味で名が知れている。
 強力な精霊の力を持ちながらも戦いを拒否。それが許されているという待遇。
 これまで我関せずと思われても仕方ないほど主体性を見せなかったメアが、珍しく意見をした。
 それも侮辱と取られてもおかしくないことを。
 この場に、メアが正しいと思う者などただのひとりもいるはずがない。

 「あんたね、何を勝手なこと言ってるわけ!?」
 「作戦前に混乱させてどう責任を取るつもりだ!」
 「戦術なんか知らないでしょ!?」

 堰を切ったように、四方八方から浴びせられる言葉。
 なんとか反論しようとするが、もうメアの声は誰にも届かない。

 「ずっと戦いから逃げて高みの見物してたくせに!」

 この一言で、それきりメアが口を開くことはなかった。
 例え具体的な根拠を持って意見したとしても、それが受け入れられることはなかっただろう。

 「――――やめッ!!」

 喝が響き、水を打ったように混乱はたちまち静まりかえる。
 指揮官は両手で少女達を諫めるような素振りをしながら、今度は不気味なほど穏やかな口調で言い聞かせる。

 「出撃の時間だ、落ち着け。作戦は先ほどまでの通り変更はない。各自隊列に戻り次第出発する。いいな?グランディーネ」
 「はい……」

 他者への奉仕の心はあれど、それが善行とは限らない。
 半ば盲目的に己の死生観を守って生きてきたメアは、誰よりも正しい行いをしていると信じている。
 “救済”を求め、“善人”であろうと衝突を避け、火の粉をかわし、あらゆる諍いから遠くに身を置いてきた。
 だがそれは、もっとも利己的で他者を鑑みない行為。
 今生から逃れようとする者、今生で希望を握りしめる者が、相容れるはずがないことをメアは分かっていない。
 今この場所で彼女は、誰よりも“悪人”だった。

 (どうして分かってくれないの……! このままじゃ……たくさんの人が死んでしまうのに……!!)

 未だそれに気付かぬメアをよそに、メースへの大移動は始まっていった――。


EPISODE7 積み重なる善行 「初めからこうすればよかった。みんなが……そして私が救われる方法は、ひとつしかなかったんだ……」


 メアの予想は、それ以上に最悪の戦況として現実になった。
 水門へ辿り着くかどうかの地点で現れた、漆黒の怪物――スカージ。
 まるでこの世の生物を模したような不完全な造形を有するスカージは、一見すると四肢で駆ける獣のような体躯をしていた。
 だが、決定的に異形のそれだと分かる禍々しさがある。
 逆立った毛皮のように見える胴体に載る頭部は人の構造に近しく、眼窩にはうぞうぞと蠢く複眼が収まっていた。
 よく見れば、大地を蹴る四肢も5つの指を持つ見慣れた物に思える。
 それら腕と脚、上下左右、法則や摂理を無視してバラバラに伸びており、醜悪な動きで大部隊へと襲いかかってくる。
 誇りに思うだけはあったのか、指揮官直属の先頭部隊は10体前後いたそれを一度は斬り伏せたが、地獄はここから始まった。
 斬り伏せ倒れたはずのスカージの肉体から何か黒い液体があふれ出てきたかと思うと、傾斜のついた旧河川をゆっくりと流れ落ちてきた。
 血液のようなものだと思い、気にせず踏みつけた少女が悲鳴をあげる。

 「いッ――――あ、あたしの足がぁぁぁぁッ!!」

 その液体は、知りうる限りのどれよりも強い酸であった。
 硬いブーツの靴底を一瞬で溶かし、触れてしまった素足を煙をあげながら浸蝕し続けている。
 本来、スカージにそのような性質は無い。だが、メースを襲ったこの群れは、他の個体とは異なる性質を会得していたようだ。
 肉の焼ける匂いが辺りを漂い始める中、さらなる絶望がメア達を襲う。
 メア達アカデミーのシビュラが大部隊を編成したように。
 獣のようなスカージ達もまた、“大きな群れ”であった。
 最初の10体ほどはいわば斥候だったのだろうか。
 気付けば水門の向こうには、数え切れないほどの黒い塊がメア達を見下ろしていた。

 「うわ……うわあああぁぁぁぁぁッッ!!」
 「て、撤退して!! 一度後方で陣形を!!」
 「駄目ッ! すでに何体か回り込まれてる!!」

 食われないよう倒せば、たちまち酸が足場を覆う。
 酸をかわすために陣形から飛び出せば、容赦なく食い殺される。
 瞬く間に戦場は地獄絵図と化していく。

 「これは……現実ですか……?」

 大部隊の編成から少し距離を取り追従していたメア達戦闘支援科は、前方で起きている惨状を目にしながらもいまだ受け止めきれずにいた。
 腹を満たし暇を持て余した狼が獲物の死骸で遊ぶように、隊員達がむごたらしく蹂躙され続けている。

 「し、支援を――」

 一人の衛生兵が我に返り、惨状の最中へ駆けだそうとした瞬間。

 「駄目だッ!!」

 衛生班班長による制止の声が響いた。
 考えるまでもない。戦いにおいて前線のシビュラ達に及ばない者が駆け付けたところで、無様に殺されるのは目に見えている。
 目に見えているはずだった。
 それでも、ここにいる者達は大小あれど才を買われ、アカデミーへとやってきた。
 スカージから人類を、故郷を守るために。
 逃げ切れる可能性は高くはないが、本来であれば絶叫をあげる仲間を捨て、撤退を試みるべきだろう。
 だが、彼女達の信念がそれを許さなかった。
 メアとは違う、否、それぞれが違う信念を持ちながらも、許さなかったのだ。

 「……隊長」
 「そうか……お前達、いいんだな?」
 「やってやりましょうよ」
 「まだ可能性はあります!」

 気付けば衛生兵含む戦闘支援科は一丸となって、混戦極まる前線へと足を運び始めた。
 一人とどまっていたメアは、声を張り上げながら阻止しようとする。

 「待ってください! みんな死んでしまいます!!」
 「メア……」

 衛生班の中でも、特にメアのことを敵視していた少女が振り返ると、メアへと向き合って言う。
 その視線にいつもの侮蔑はなく、どこか諦めを感じる微笑を携えながら。

 「あんたは逃げな。逃げて報告するんだ。こんな邪悪なスカージは今までみたことないけれど……アウレリア様ならきっとなんとかしてくれる」
 「そんな! 自ら死ににいくようなことを!いけません! まだ死ぬには早すぎます!!」
 「あんたが逃げ続けたみたいに、あたしにも逃げられない理由があるんだよ」
 「だからって……!」
 「あーあ……何度思ったことか。あたしにもあんたくらいの力があればなあ、って。じゃ、頼んだよ」

 「それでも」と制止しかけたメアの声は、少女達の咆哮で掻き消された。
 精霊の力で牽制し、盾で押さえつけ、奮闘する姿が僅かに見えた後、すぐに咆哮は恐怖する叫びへと変わっていった。

 「どうして……?」

 なぜ死ななくてはいけないの?
 なぜ自ら死ににいけるの?
 どうして?
 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?

 「だってまだ――枷は外れていないのに」

 メアは仲間の死を悲しんでいた。
 嘆いていた。憂いていた。憐れんでいた。
 だがその感情が沸き上がる理由は、死にゆく仲間達とは根幹から異なる。
 メアは悲しむ。思いやるべき他者を失うことを。
 メアは嘆く。使命を果たせず守れなかった自分を。
 メアは憂う。救済なく消滅する仲間を。
 メアは憐れむ。理想郷に辿り着けぬ愚かな者達を。

 「……だいじょーぶ。だいじょーぶですよぉ……」

 俯いたメアが、誰かと対話しているかのように一人呟き始める。

 「まだ“生きている”のなら、善行は積めまぁす……果てるまで奉仕すれば、きっと理想郷に……はい……わたしがおてつだいしますからぁ……」

 メアが杖を高く掲げた。
 杖を飾る宝玉が、精霊の力に反応して光を放つ。
 その光が、日頃見せる淡い光でなく、まばゆいばかりの強烈な閃光を放ったかとおもうと、春に降るような暖かい雨が、地獄のような戦場にしとしとと降り注いだ。

 「だいじょーぶですからぁー……もうだいじょーぶ……」

 宝玉とは反対に、うわの空のように繰り返し呟くメアの瞳からは光が消えていく。
 瞬時に極限まで精霊の力を引き出そうとしたことで、器であるメアの人間性が崩壊しはじめていた。
 理性や知性といった人が人たる要素を失いつつも、メアは唯一残された“信念”だけを支えにして行動する。

 「ただしいのはわたし……まちがってるのはあなたたたたち……ちゃんとぉぉおしええええ」

 戦場を包んでいた雨があがる。
 顔面を食われ悶え苦しむ者、地に触れた肉体が溶けていくのを泣きながら待つ者、まだ必死に抵抗しながら戦い続ける者。
 そんなシビュラ達の身体が、まるで天から糸で吊られたように一斉に立ち上がった。
 己の意思ではなく強制され、欠損した肉体を鑑みることなく血液や肉片を撒き散らしながら。

 「私のいうとおりに動けば、必ず倒せます。だから皆さん、指示に従ってください」

 一瞬、人間性を取り戻したようにメアが言うと、少女達の身体は操り人形のように動き出した。
 先刻までとは打って変わって、スカージの群れを相手に精密な機械のように寸分違わぬ陣形を維持しながら戦いを繰り広げていく。
 スカージの群れが広がれば背中を合わせ円陣を組み、群れが集まればすかさず扇のように広がり追撃を狙う。
 花弁が咲き閉じるように、それでいて機械的で命を感じさせない不気味なそれらは、酸を浴び、牙を受けながらも、果敢に戦い続ける。
 諦めることも許されず――生きたままで。

 「痛い痛い痛いいぃぃぃぃ!!」
 「もうやめてええッッ!!」
 「なんで!? あたしの身体ぁぁぁーー!!」

 己の意思とは無関係に戦いを強いられる肉体。
 スカージを相手に常人以上の動きを求められ、死角からの攻撃を剣で受けようと強制的に関節を逆回転させられる者もいた。

 「ギャアアアアァァァーーーッッ!!」

 まるで演舞のような美しい足運びと、人のものとは思えぬ絶叫の渦。
 戦場が出来の悪い舞台と化す中で、唯一メアだけが指揮棒を振りながら喜びに悶えている。

 これでみんな無駄死にじゃない。
 国のため、人間のため。善行を積むお手伝いができました。
 みんなきっと……いえ、必ず理想郷に行けるはず。
 そして証明されるのです。
 正しかったのは、私なのだと。

 信念や死生観などと理由をつけてはいたものの、初めからメアにとって他者など取るに足らない存在だった。
 全ては己のため。
 その餌としか認識していなかったのだ。
 人間性を失い、自らも気付かず纏っていた仮面が剥がれ落ちた今。
 欲望は剥き出しになって命を冒涜し続ける。
 これほどの他者を救ったのだから。
 これほどの善行を積んだのだから。

 ――“救済”は、私の元に降りてくる。


EPISODE8 夢が醒めたら 「これでやっと行ける……私だけの幸せな場所。ずっと……この時を夢見て生きてきたの……」


 「――残念だが、彼女はもう駄目だね」

 白銀の鎧をまとう女が、さほど残念ではなさそうに言う。

 「僕の見立てが甘かったです。こんなことになるとは……」

 戦いには無縁そうな、痩せた若い男が答えた。
 彼の足元には、意識の戻らないメアが横たわっている。

 「気に病む必要はないよ。ここで起きたことは、我々としても想定外だった。とはいえ、人を意のままに操ったという彼女の精霊の力は……惜しいね」
 「あの……僕に考えがあるんです。これはきっとアカデミーのためになります」
 「では君に一任しよう。彼女を好きに使うといい」
 「ありがとうございます」

 それだけ交わすと、鎧の女と配下の兵を含めた一団は去って行った。
 文字通り何も残らなかったからか、遺体や遺品の回収班が来ることもなく、戦場は静けさだけを残して風化していく。
 メア・グランディーネだったものの姿は、どこかへと運ばれていくのだった。

 ――
 ――――

 メアは夢を見ていた。
 両親を亡くし、身を寄せることになった孤児院の夢を。

 孤児院には、同じような境遇の友人がたくさんいた。
 寝食を共にし、遊び、幼いながらも大人になった未来の自分達を空想しあったりもした。
 質素なものではあったが、小さな花壇に慎ましく咲いた花が大好きだったメアは、友人と一緒にその花の世話をすることを何よりも楽しみにしていた。

 しかし、その友人達もひとり、またひとりと去って行った。
 おもちゃをひとりじめしたポルカ。
 掃除当番をサボったコリー。
 孤児院を抜け出して街へ行こうとしたユーコ。
 別れも告げず去ってしまう寂しさに耐えかねたメアは、ある日院長先生に尋ねるとこう返ってきた。

 「幸せな場所に行ったのよ」

 メアはそれは良いことなんだと自分に言い聞かせた。
 夜になると時折どこかから聞こえてくる子供の絶叫は、聞こえないフリをした。
 「次は私かもしれない」そう思いながら眠るメアの身体が震える理由は、恐怖だったのか期待だったのか今はもう分からない。
 ただ、きっと幸せな場所に行けるのだと信じることしか、メアには残されていなかった。

 やがて夢は終わり、夢と現実の境目が曖昧になっていく。
 メアは安堵する。
 ああこれで、やっと理想郷へ行けるのだと。

 ――――
 ――

 アカデミーの敷地内。その地下深くには一部の者しか知らぬ部屋がある。
 100年以上前、アカデミーの前身組織が残したとされる忘れられた空間には、100年前の物とはとても思えぬ設備が所狭しと並べられていた。
 蒸留したアルコールを燃料としたランプがいくつか並び、どこから吹いているのか微かに風を受けて灯りを揺らす。
 その揺れる灯りが反射する大きなガラスが、部屋の真ん中にそびえ立っていた。
 筒状のガラスの中には水が張ってあり、何かが浮かんでいるのが分かる。
 細く長い肢体、艶やかな肌、深く青みがかった髪。
 肌には細かな気泡が付き、鼓動に合わせて微かに揺れている。
 ガラスに納められていたのは、シビュラの少女メアだった。

 「たとえ壊れかけていても、まだ器としての役目は……」

 若い男がそう呟き、ガラスの側面に取り付けられたノズルへと指を伸ばす。
 それこそ蒸留したアルコールのようにポタポタと垂れる水を一滴掬うと、舐めとるように口に含んだ。

 「もうすぐ完成する……強大な精霊の力を抽出した奇跡の水……これを飲めば、シビュラだけじゃない、どんな人間でも戦えるようになる……ふふふ……皆のためになって嬉しいだろう? メアくん……」

 死を以て発行されるはずの、理想郷行きの乗車券。
 それはまだ、誰の手にも渡っていない。
 メアは生きることも死ぬことも許されないまま、今も長い長い夢を見続けている。
 手足に枷をぶら下げたまま、決してたどり着けぬ救いを目指す夢を。




■ 楽曲
┗ 全曲一覧( 1 / 2 / 3 ) / ジャンル別 / 追加日順 / 定数順 / Lv順
WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧


コメント


*1 エリア1から順に進む場合