Android_type_Cleaner-2145

Last-modified: 2024-04-24 (水) 23:59:04

【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS )】【マップ一覧( SUN / LUMINOUS )】


2145.png
Illustrator:SoyooNG


名前アンドロイド・タイプクリーナー2145
年齢外見年齢14歳(稼働年数:約400年)
身分量産型アンドロイド
職業ハウスキーパー

数百年に渡って汚染都市を掃除しているアンドロイド。
絶滅したと思われた人間の少女との出会いが、モノクロだった彼女の日常に色を付ける。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1ジャッジメント【LMN】×5
5×1
10×5
20×1


ジャッジメント【LMN】 [JUDGE]

  • 高い上昇率の代わりに、強制終了のリスクを負うスキル。オーバージャッジ【LMN】と比べて、上昇率-20%の代わりにMISS許容+10回となっている。
  • 初期値からゲージ7本が可能。
  • GRADE100を超えると、上昇率増加が鈍化(+0.3%→+0.2%)する。
  • LUMINOUS初回プレイ時に入手できるスキルシードは、SUN PLUSまでに入手したスキルシードの数に応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • スキルシードは200個以上入手できるが、GRADE200で上昇率増加が打ち止めとなる。
    効果
    ゲージ上昇UP (???.??%)
    MISS判定20回で強制終了
    GRADE上昇率
    ▼ゲージ7本可能(190%)
    1215.00%
    2215.30%
    3215.60%
    ▼ゲージ8本可能(220%)
    18220.10%
    101244.90%
    ▲SUN PLUS引継ぎ上限
    102245.10%
    200~264.70%
    推定データ
    n
    (1~100)
    214.70%
    +(n x 0.30%)
    シード+10.30%
    シード+51.50%
    n
    (101~200)
    224.70%
    +(n x 0.20%)
    シード+1+0.20%
    シード+5+1.00%
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE上昇率
2023/12/14時点
LUMINOUS2
~SUN+343259.70%
所有キャラ

所有キャラ

  • CHUNITHMマップで入手できるキャラクター
    Verマップエリア
    (マス数)
    累計*1
    (短縮)
    キャラクター
    LUMINOUSep.Ⅰ4
    (155マス)
    320マス
    (-マス)
    Android_type_Cleaner-
    2145
    ※1
    ep.Ⅱ1
    (55マス)
    55マス
    (-マス)
    ゴダイ
    ※1:初期状態ではエリア1以外が全てロックされている。
  • ゲキチュウマイマップで入手できるキャラクター
    バージョンマップキャラクター
    LUMINOUSオンゲキ
    Chapter4
    桜井 春菜
    /ひと夏の思い出?

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
 
1617181920
スキル
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 2145番目の彼女 「セルフチェック――運動機能、異常なし。言語機能、 異常なし――本日の清掃を開始いたします」


 彼女は、設定された目標に対して常に正しく効率的に動けるよう思考を調整されたモデルである。
 そんな彼女に課せられているのは、主である人間が健康的に暮らせるよう身の周りの事をお世話したり、都市の環境整備に従事する事。
 だから、彼女の朝はとても早い。

 高台に建てられた教会。
 コンクリートが剥き出しで、長方形の“箱”感を強く抱かせるソレは、中央から直角に伸びた鐘楼を収める塔がなければ、とても教会には見えない造りだった。
 無骨な建物の中のすみっこに設けられた使用人室に、彼女の部屋が割り当てられている。

 『……ゴォン……、……ゴォン……』

 朝の5時を知らせる鐘の音が響く。
 それと同時に、ベッドの上に横たわっていた彼女が静かに目を覚ました。

 「――セルフチェック」

 『2145』の刻印が入った眼球がぱっちりと見開かれると、痙攣するように何度も左右に動く。

 「運動機能、異常なし。言語機能、異常なし――」

 眼球内には、無数の文字が投影されていた。
 それは、数百にも及ぶ彼女の点検項目だ。

 「――――システム、オールグリーン」

 そう言って身を起こした彼女はベッド型の充電スポットから降りると、狭い部屋の中で存在感を放つ巨大なクローゼットへと向かう。
 クローゼットの前に立った途端、「ぷしゅー」と空気が抜けていく音が響いたかと思えば、観音開きの扉が大きなあくびでもするようにゆっくりと開かれた。
 中には、折り目ひとつないメイド服が一着掛けられていた。

 「外装、異常なし」

 彼女の一張羅を収納するだけにしてはあまりに大袈裟な造りだったが、ソレは彼女が清掃業務を行うために欠かせない機能を備えている。
 いつの間にかメイド服を身にまとっていた彼女の表情は、心なしか自信に満ちているように見えた。

 すべての準備を終え、礼拝の間へと向かう。
 飾り気のない広間には、燭台の灯りもなければ彼女が仕えるべき主(あるじ)の姿もない。
 あるのは、埃ひとつなく綺麗に磨かれた教壇と、長椅子がまばらに並んでいるだけ。
 それでも構わず彼女は深々とお辞儀をした。

 『行ってまいります』

 やけにくぐもった声が響く。
 誰にでもなく語りかけた彼女の口元には、見慣れないものがかぶさっている。
 2つの吸収缶がついた“ガスマスク”だった。
 それはクラシカルなメイド服に身を包んだ彼女とは最も縁遠い代物だろう。
 だが、身に着けている様々な計器や端末に加えて、彼女の背丈ほどの長さがある円筒形のボンベが、本来なら釣り合わないはずのそれを見事に調和させていた。
 長椅子が並ぶ身廊(しんろう)を抜けて、彼女は教会の外へと向かう。
 ゆっくりと開かれた扉の先には、ガスでできた灰色の雲海が広がっていた。

 『アンドロイド・タイプクリーナー2145。これより清掃作業を開始いたします』

 2145が都市へと続く道を進む。
 ガスの中に消えた都市の除染作業。
 それが今の彼女にとっての最優先事項だった。


EPISODE2 いつもとは違う一日 「イレギュラー発生。最優先事項を更新する必要が あります」


 『計測。ガス濃度83%。前日比では1.3%の改善が見込まれています』

 朝もやのように漂い続けるガスの中を、2145は躊躇なく進む。視界は10歩先ですら霞んで見えなくなるほどだったが、アンドロイドである彼女は物ともしない。
 最優先洗浄対象区域へと進むと、ガス濃度がよりいっそう強くなる。
 ごうんごうんと何かをかき混ぜるような重苦しい音が辺りで反響しているが、特に気にも留めず奥へ奥へと進んでいった。

 目的地についた2145は、スプレー銃で薬剤を散布する。その薬剤には、有毒ガスに付着した瞬間にガスと結びつき、無毒化した上で固形化させる効果があった。
 そして、ある程度まとまった所で固形物を一気に掃除機で吸い上げる事で洗浄は完了する。

 『作業は順調に推移しています』

 無駄のない動きでテキパキと洗浄を続ける2145。
 彼女がこの地で製造されて以来、数百年にわたり清掃作業を続けているが、これまで一度もトラブルに見舞われた事はなかった。
 明日も、そのまた明日も、変わる事のない日常。
 そんな日常の1コマが今日も終わろうとしていたその時。

 『――――?』

 彼女の感覚器官が、異常な音を検知したのだ。
 その音を、2145はこれまで一度たりとて聞いた覚えがない。
 音の出所は、2145の遥か上空から聞こえた。
 見上げた先には、広大な都市を“天井”から見下ろすプロペラが、歯に異物でも引っかかったのか歯切れが悪そうに「ギ、ギ」と呻いていたのだ。

 『隔壁は封鎖されています。一体、何が――』

 その言葉はプロペラの奥で発生した爆発音によってかき消された。
 異変は立て続けに起こっていく。空間を丸ごと震わせるような激しい衝突音がしたかと思えば、直ぐさま金属のひしゃげる音に塗り替えられていく。
 まるで重機を使って奏でられる演奏会のようだ。

 『異常事態発生。現在の作業を中断し、直ちに対処に当たります』

 2145は都市防衛機能を遠隔操作し、いくつかの隔壁を犠牲にする事で最悪の事態を回避してみせた。
 だが、都市への被害は甚大だ。
 爆発によって乱れた気流はガスが滞留していない領域にまでガスを拡散させた。
 そして、千切れたプロペラの羽が建物を押しつぶしていた。
 2145が地道に行ってきた清掃作業は、ものの数分でめちゃくちゃだ。
 にも関わらず、状況を解析し終わった彼女に落胆の色はない。
 人間ならば悲嘆に暮れてすべてを投げ出してしまった事だろう。
 だが、彼女は悠久の時を生きるアンドロイドなのだ。

 『壊れたのなら、直せばいいだけの事です』

 使命を果たせなくなるその時まで、彼女のやる事は何ひとつとして変わらないのだから。
 崩壊の危険はないと判断した2145は、プロペラの羽が落下した建物の方へと向かった。

 『――当該区域の優先度を現状維持に修正』

 落下地点に到着した2145は、分析もせずにあっさりと判断を下した。だがそれも無理はない。
 彼女ひとりの手でどうにかできる状況ではなかっただけの事。
 優先すべきは、拡散したガスの行方をたどって浄化し環境改善に努める事である。

 『アンドロイド・タイプクリーナー2145。これより清掃作業を再開いたします』

 作業に取り掛かろうとしたその時、2145は再び妙な音を捉えた。

 『今のは……』

 「ピー、ピー」という音は、瓦礫が崩れる音ではないだろう。
 アンドロイドが錯覚を起こす事はないが、2145は念のため短期記憶から直近の記録を抜き出し、再確認した。
 音は間違いなく聞こえている。発信源は、すぐ近く。

 『機械的な音ですが、この区画に稼働している設備はありません。崩落の影響でイレギュラーが発生したのでしょうか』

 ゆっくりとした足取りで発信源へと歩み寄る。
 そこには、機械仕掛けの大きな箱が内部を露出させた状態で瓦礫に寄りかかっていた。

 『地上からの攻撃でしょうか』

 薬剤を散布するスプレーガンを構えたまま、内部を確認し――

 『何故ここにこんなものが?』

 彼女が、その存在を疑うのも無理はなかった。
 なぜならば、その存在はとうの昔に滅亡したと2145の長期記憶に記録されていたからだ。

 『スキャン開始――』

 箱の中には、潜水服のような分厚いスーツを着用した女の子が収まっていた。
 データベースの記録から、女の子が10歳にも満たない年齢だという事がわかる。
 箱の中の端末を見やると、そこには「ロック解除」の文言が点滅していた。

 その影響は直ぐに、スキャン中の2145の視界にも表れる。
 中の人間の身体が、徐々に熱を帯び始めていたのだ。

 『生体反応を確認しました』

 人間とアンドロイド。
 悠久の時を経て出会った1人と1機。
 止まっていた世界が、ゆるやかに動き始めようとしていた。


EPISODE3 お嬢とメイド 「お嬢様、私と契約を交わしましょう」


 『この映像を見ている者に、我が娘パトリシアを託す――』

 女の子をガスから護りながら教会へと帰還した2145が聞いたのは、スーツに備えつけられていた端末からのビデオメッセージだった。
 おそらくは、女の子の生体反応に連動する仕掛けになっていたのだろう。
 端末に表示された険しい顔の老人が、こちらの状況などお構いなしに語りかける。

 『我々の…………は生存戦略に失敗した! あの忌々しい、……のせいで……ッ!』

 拳を握りしめたまま、こちらを睨んだ。
 言葉の端々が途切れていて詳細は不明だが、緊迫した状況に陥っている事など分析するまでもない。
 老人の顔は、滴り落ちる血と汗が混ざり合って悲壮感に満ちていたが、眼の奥の情熱は色褪せてはいなかった。

 『局長! 早く!』

 荒い吐息に混じって複数の叫び声が飛び交う。
 老人が何か口走ろうとしていたが、それが紡がれる事はなかった。
 直後に発生した爆発に巻きこまれ、姿を消していたからだ。
 その光景を最後に、映像は途絶えた。

 「この女性は、いつの時代の方なのでしょう」

 スーツを脱がし、長椅子に横たえた女の子を見やる。
 ここに運びこむまで女の子はほとんど息をしていなかったが、現在は胸がゆるやかな上下動を繰り返していた。
 2145に分かったのは、映像内に映りこんでいた何らかの花を模したマークくらいのもの。
 そのマークを地下都市のデータベースと照合してみた結果、彼らが地上に留まり続けた研究者たちのグループだと判明した。

 「地上に活路を見出したグループ。ここ以外でも、人間たちは生き残る道を模索し――」
 「今のはらし、くわしく聞かせれ!」
 「おや、これはこれは」

 どうやら女の子の意識が回復したようだ。
 だがまだ安定していないのか、呂律がおかしい。
 立ち上がろうとしてジタバタともがく女の子の背中を支えながら身体を起こしてあげたあと、2145は深々とお辞儀をした。

 「お目覚めになられたのですね、お嬢様」
 「お嬢様ひゃない! わらくしには、パトリシア・ソレルという名前があるの!」

 金色の髪を振り乱し、2145に向かって指をさすパトリシアだったが、ふと何かに気づいたのか顔を歪め慌てて口元を覆ってしまう。
 碧い瞳からは、涙がにじんでいた。

 「くしゃい! もうっ、なんれひどい臭いなの!あなた使用人でしょう? まじめに仕事なしゃい!」
 「……」
 「に、にらまれるようなことをするのが、い、いけないんらから! わたくしは悪くないわ!」
 「――パトリシア。その語源は、古い人間の言葉で貴族・支配階級などを意味する」
 「ら、だからなに?」

 「名は体を表す」などという言葉など彼女は知る由もないだろうが、その振舞いは貴族のご令嬢そのもの。
 パトリシアは「フン」と鼻を鳴らすと小さな身体を少しでも大きく見せようと身体を反らす。

 「もんくを言う前に、名を名乗りなさいな。それが人に対するレーギではなくれ?」
 「失礼いたしました。私の名は――――」
 「うんうん……えっ?」

 余りにも長い2145の正式名称。
 聞き返すたびに2145が最初から暗唱し始めるせいで、パトリシアが無事に聞き終える頃には疲労感でヘトヘトになっていた。

 「ご理解いただけましたでしょうか、お嬢様」
 「わ、分かった、もう大丈夫よ……ニコ」
 「ニコ、とはなんでしょうか」
 「あなたのニックネームよ。2145のさいしょとさいごを結んで25……ニコ。どうかしら、あなたににあっていると思うのだけれど」
 「はい、かしこまりました」
 「それだけ? まあいいわ。ねえニコ、さっそくあなたに仕事をあげる。このカビ臭い部屋をどうにかしてくれないかしら」
 「私は問題ありませんが」

 2145――ニコは首を傾げたままそう言った。

 「わ、わたくしの命令が聞けないの!?」
 「お嬢様と私は、主従契約を結んでいません」
 「うっ……だったら、まともな部屋につれてって!」
 「では、私の部屋へご案内いたします」

 ニコの部屋に案内されたパトリシアはベッドを見るやいなや、ぱぁと顔を明るくさせてベッドへと飛びこむ。
 自分が部屋の主になったつもりでいるようだ。
 だが、彼女が思っていたほどベッドはふかふかではなかったらしい。

 「……」

 むすっとした顔を浮かべるパトリシアに向かって、ニコは淡々とこれまでの経緯を話して聞かせた。
 その中でニコは何度かパトリシアに関する質問をしてみたが、反応はいずれも素っ気ない。
 自分の事を詮索されるのが嫌いというより、自分を箱の中に詰めこんだ父の事を思い出したくない様子。

 「ふーん」

 わずか3文字。
 それが父と名乗った老人への手向けの言葉だった。

 「ねえ、そんなことよりニコはどうして街をお掃除しているの? あなたのお話だと、ここにはもう誰もいないのよね、お掃除なんかしないで、好きなだけ遊べばいいのに」
 「それはできません。清掃は私が私である事を定義するもののひとつです」
 「お掃除できないと死ぬってこと?」
 「私に死という概念はありませんが、清掃ができなくなればそれに近い状態になるでしょう。私にとって清掃とは、最優先事項なのです」
 「じゃあ、わたくしが遊んでっていっても遊んでくれないのね」

 そう言ってうつむくパトリシア。
 ニコからはその表情を伺いしれないが、どこか気落ちしているように見えた。

 「……しかしながら、私の最優先事項を書き換える方法はございます」
 「え?」

 ニコを見上げたパトリシアに向かって、手を差し伸べる。

 「主従契約です。お嬢様が私の手を取り命令してくだされば、私とお嬢様との間で主従契約が成立いたします。そうすれば、私はお嬢様の思いのまま。最優先事項をお嬢様に書き換える事も可能です」

 これがマニュアルです。と、ニコは懐から小さな金属製の板を取り出し、パトリシアへと手渡した。
 試しに開いてみると、空中にアンドロイド2145の仕様書がずらりと浮かび上がっていく。

 「きゃあっ!?」
 「アンドロイドである私を見ても平然と接していられたのでマニュアルもご存じかと分析したのですがそうではなかったのですね」

 ニコの指摘どおり、パトリシアは父によって箱の中に“梱包”される以前、似たような女性型アンドロイドをたくさん見て育ってきた。
 しかし、父の彼女たちへの扱いはぞんざいで、人間の姿形をしているのに物品としてしか見なされず――。

 「……っ」

 パトリシアは、ほんの少しの間きゅっと眼を閉じた。
 そして、頭を二度三度と振るとニコの手を取る。

 「けーやくはする。でも、わたくしはあなたに何も命令しないし、優先事項も書き換えない。ただ、と!」
 「と?」
 「と、友達になって……ほしいの……」

 消え入るような声で、そう言った。
 それは、彼女が初めて見せた弱み。心細さ。

 「命令と何が違うのでしょうか」
 「ちがうもん! あんなのじゃない!」

 彼女が言う「あんなの」の違いは不明だが、それを深く追及しても意味はないだろう。
 それよりも、目の前でぷるぷると震えている女の子の手を取ってあげる方が、遥かに建設的だ。

 「かしこまりました」
 「ほんと?」
 「友達の定義は理解不能ですが、私は本日をもってお嬢様の友達になりました」
 「やったぁ!」

 それが契約の合図となり、2人の間に少し変わった主従契約が結ばれた。

 「友達はね、ずっと一緒にいる人たちのことをいうのよ!」

 パトリシアの言う「友達」の定義はかなりずれた定義だったが、ニコは何も言わずに頷いた。

 「かしこまりました」
 「じゃあ……っ!」
 「しかしながら、ここにはここのルールが存在します。一緒にいるのも、一緒に遊ぶのも結構。ですがそれはやるべき事をすべて終わらせた上で成立します」
 「……思ってたのとちがう。でも、遊んでくれるならそれでいい」

 パトリシアはベッドから勢いよく飛び降りると、早速ニコに向かって催促する。

 「わたくしにも手伝わせてちょうだい。ニコのいうお掃除を! 1人でお掃除するより、2人の方が早い。そうでしょ?」
 「お嬢様は、自分が本当に私と同じ作業量をこなせると思っているのですか?」

 ジト目で指摘され、思わず口ごもるパトリシア。
 しかし、一度灯った情熱の火を、その程度で塞ぐ事などできはしない。

 「ふふん、こう見えてもわたくしは天才なんだから!すぐに覚えちゃうから見てなさいな!」
 「もちろんです。しっかりと、この“眼”で見させていただきます」

 ニコはわざとらしく瞳孔を収縮させると、瞳を赤く光らせて威圧してみせる。

 「こ、こわいってば!」

 口ではそう言っているが、パトリシアの口元はゆるやかな円を描いている。
 モノクロの地下世界に、新たな色が加わった。


EPISODE4 変わりゆく日常 「人間は、何故無為な時間に価値を見出してしまうので しょうか」


 2人の出会いから数日後。
 ニコの隣で一日の作業をまじまじと見ていたパトリシアは、瞬く間に作業を習得した。
 それは父親ゆずりの才能か、はたまた教育の賜物か。答えはわからないが、彼女は幼いながらに驚くべき知見を備えている事だけは間違いなかった。
 2145の仕様書や地下都市のデータベースに残されたマニュアルを読み解けるだけの知能があり、独自に防毒マスクや清掃用具の改良を行えるだけの技術も持ち合わせていたのだ。

 「ふふん、どうかしら! もうわたくしのことを足手まといなんて言えないでしょう?」
 「はい、お嬢様は正しいです」
 「そうでしょう、そうでしょう。もっとほめてくれてもいいのよ?」
 「かしこまりました。お嬢様はかわいい、お嬢様はかしこい、お嬢様は――」
 「ぅぅ……ほめられてるはずなのに、びみょうにうれしくない……」

 作業開始当初は効率が悪い日もあったが、今では数日先の予定までこなせてしまうほど。
 そこでパトリシアは、ある提案をした。

 「ねえニコ。今日はわたくしと冒険しましょうよ。お仕事はお休みして、スーツなしでピクニックに行くの!」

 日々の作業は教会を出たらスーツを着用して歩き回る必要がある。スーツ無しでも行動できるのは、教会内と教会周辺の領域に限られていた。

 「お嬢様の身に何かあってはいけません」
 「ニコが濃度を測って、数値が0のところだけを進めば問題ないでしょう? 約束はぜったいに守るわ」
 「……かしこまりました」
 「やったあ!」

 嬉々として飛び跳ねるパトリシア。
 その光景は、姉にワガママを言う妹のように見えなくもなかった。

 2人は外に出ると、教会と同じ高さに位置する丘へと向かう。そこはニコに立ち入りを禁じられている区画の近くだったが、パトリシアのワガママを叶えられる場所はそこしかなかったのだ。

 『測定――――ガス濃度0.000003%。人体への影響はないと判断します』

 ニコが言いきるよりも早く、パトリシアはスーツを脱ぎ始めていた。あっという間に裸足に肌着だけの姿になると、地下都市の大地の上に寝転がってしまう。

 「あ~~~冷たいっ! お外って、気持ちいいのね」

 じめじめとした湿気ですら、外の世界を歩いた事がない彼女にとっては得がたい経験だ。

 『お嬢様、そんなに転がっては汚れてしまいます』
 「あとで洗えば問題ないわ。それより、ニコもそのマスクを外したら? わたくしが問題ないのだからあなたも大丈夫なのでしょう?」
 『ええ、そうですね』
 「なら! わたくしと一緒にゴロゴロしましょ」
 『かしこまりました』

 早く早く。と隣の地面をぱたぱたと叩くパトリシア。
 最低限の灯りに照らされた空間の中でも、わずかになびく金色の髪と碧い瞳は色褪せる事なくそこにある。
 目の前で煌めく刹那の永遠をしばらく眺めたあと、パトリシアの隣に寝転がった。
 時に他愛もないおしゃべりをしたり、ニコの黒い爪をひとつひとつ違う色にしてみたり、役割を失った天井のプロペラをただ眺めてみたり――

 (…………)

 その行いは、ニコにとっては無駄でしかない。
 だが、それと同時に理解できる部分もあった。
 友人であるパトリシアにとってこの行為こそが大切で、愛すべきひと時なのだと。
 ニコは、この日の出来事を最も深い記憶領域にしまっておく事にした。

 「――ニコ、あっちには何があるのかしら?」

 だから、ニコはパトリシアの言葉に反応するのがわずかに遅れてしまった。
 彼女が指し示す方向。それは、まだ濃度の測定が済んでいない場所で――。
 慌ててパトリシアの腕をつかもうと伸ばした手は、あえなく空を切ってしまった。

 「先に行ってるわ! 早くこちらにいらっしゃいな」
 「お嬢様、お待ちください!」

 急ぎパトリシアの後を追いかける。
 身軽になったパトリシアは小動物のように素早く、先へ先へと向かってしまう。
 積極的に危険を訴えかけるニコだが、かえってそれが人間の興味をひいてしまう事を知らない。
 そして、終着点でニコを待っていたのは、苦しそうに喉を抑えたまま地面にうずくまるパトリシアの痛ましい姿だった。


EPISODE5 さようなら、世界 「お嬢様には、すべてをお話する必要がありますね」


 「パトリシア!」

 ニコはすかさずガスマスクをパトリシアへとあてがう。
 爆発の影響は、この丘にまで届いていたようだ。
 ガス濃度の数値は1桁台後半を示していたが、彼女に影響を及ぼすには十分な数値だった。
 携帯するカートリッジ型の薬剤をパトリシアに投与すると、彼女を抱きかかえたまま安全な場所まで引き返す。

 「うっ……ァ、カハッ……ァ……っ」
 「耐えてください、少しの辛抱ですよ」

 人間は脆弱だ。
 こんなにもあっさりと死の淵を彷徨ってしまう。
 パトリシアの容体は、ニコの対応が早かった事もあり次第に安定に向かっていった。
 危険な状態を脱したと分かり、玉のような汗を浮かべたパトリシアの額に手を添える。
 あなたは独りではない。そう励ますように。

 どれほどの時間そうしていたのだろう。
 パトリシアの意識が戻った事にニコが気づいたのは、自身の手を握り返すわずかな感触を検知した時だった。

 「パトリシア」
 「……ニ、ニコ……」
 「動かないで。そのまま安静にしていてください」
 「……怒らないの?」
 「はい。私にはお嬢様の方が大事なのです」
 「心配かけてごめんなさい……」

 その日、ニコは叱りもせずに彼女の傍に居続けた。
 そうしてあげる事が、まだ幼い彼女には必要であると彼女と接する日々の中で判断したのだ。

 2日後の朝。
 ニコがいつもの時刻に目覚めると、横で眠っていたパトリシアも目を覚ました。

 「おはよう、ニコ」
 「おはようございます、お嬢様」

 おもむろにパトリシアの頭へと手を伸ばす。
 触れた途端に彼女の身体が強張るのが見て取れたが、ただ撫でられているだけだと気づき、緊張はすぐにとけていった。

 「今日からはいつも通りです。準備はいいですか?」
 「うん!」

 2人は、パトリシアが改良を加えた小型の重機で都市中心部へと向かった。
 重機で作業効率は更に向上し、瓦礫の撤去作業も順調だ。

 「お嬢様、少し休憩しましょうか」
 「もうそんな時間?」
 「いつも通りとは言いましたが、私は常にお嬢様のバイタルをチェックしています。ご覧ください、今も心拍数が激しく上下していますよ?」
 「ちょ、ちょっと! ずっとはやめて!」
 「おや、また上がりましたね」
 「それは違うから!」

 2人が休憩に入ってからしばらくして。
 プロペラをぼーっと見上げていたパトリシアは、「そうだ」とつぶやいてニコに問いかけた。

 「ねえニコ、この前のことで思い出したんだけど」
 「なんでしょうか」
 「毒ガスを吸って倒れたときに見てしまったの。4桁の数字が書かれた……たくさんの鉄板を。あれは、多分、あなたのお姉さんたちのお墓なのよね?」
 「……よくお気づきになりましたね。ご推察のとおりあの場所には私よりも前に製造された同型機と、そして彼女たちと契約を交わした人間の亡骸が埋められているのです」
 「え?」
 「お嬢様には、話しておく必要がありますね」

 淡々とした口調で、ニコは地下都市で起こった悲劇を語り始めた。
 人類は、急激に悪化した自然環境の前に滅亡の憂目にあっていた。
 陸、海、空、そして地底。
 多くの学者から、いくつもの構想が提唱された。
 ニコの同型機を製造していたのは、地底に生存戦略を見出したグループだった。
 彼らは地中深くに巨大な都市を建造し、再生可能なエネルギーと資源を使い、持続可能な社会を構築する事に長けたグループ。
 同じ思想を持つ者同士で築かれたコミュニティは、様々な問題を次々と解決し、彼らの構想は想定よりも早く現実のものとなった。
 グループの全メンバーと、彼らをサポートするアンドロイドたちの入植が完了し、地上とのつながりを完全に断ち切った事で彼らの楽園はついに完成した。

 しかし、彼らは気づいていなかった。
 地底の楽園に、すべての人間が適応できない事に。
 変化は徐々に表れ始め、やがて閉鎖的な環境に耐えられなくなった者たちとの間で対立が深まっていき――

 「崩壊は一瞬だったようです」
 「うまくいかなかったんだ」
 「はい。対立の結果、天井の隔壁は爆破され、地上から流れこんできた毒ガスによって、多くの人間が命を落としました」

 一度崩れた関係ほど脆いものはない。
 社会を再構築できなくなった人間たちは、絶望の淵に立たされ、1人また1人と死んでいったのだ。

 「じゃあ、ニコのお姉さんたちはどうして?」
 「私の同型機たちは、主を看取り、主を埋葬したあとに自ら機能停止する命令を受けていたのです」

 死出の旅のお供として。
 孤独を恐れた彼らが最後にすがったのは、人間に似せて造られたアンドロイドだったのだ。

 「ニコは……誰とも契約を交わさなかったの?」
 「私にも主はいました。もっとも、私が製造されて間もなく息を引き取ってしまいましたが」
 「悲しくなかった?」
 「私にそのような機能はありませんので」
 「清掃を続けていたのは、そうするようにお願いされていたの?」
 「はい。私の主だった方は、地下都市の最後の生存者にして、構想を打ち立てたメンバーの1人。あの方は私にこう言いました。“いつかここに人間が戻って来る。それまで都市を護ってほしい”と」
 「それで400年も……そんなの、ひどいわ……」

 パトリシアの瞳に、じわりと涙がにじむ。
 人間のためでも、アンドロイドのためでもない。
 目の前にいる、400年もの間独りぼっちだった“友人”を想って、泣いたのだ。

 「お嬢様が涙を流す理由が分かりません」
 「わからなくてもいいんだよ」

 スーツ越しにニコを抱きしめたパトリシアは、それきり何も言わなかった。
 ニコは、ただ彼女のしたいようにさせてあげる事にした。

 それからしばらくして。
 パトリシアは急にわなわなと身体を震わせたかと思うと、墓地に向かって大きな声で叫んだ。

 「それは、お嬢様も同じ道をたどるという意味でしょうか」
 「そうじゃないわ! わたくし、わかったの。ニコの主だった人がここを維持し続けるよう言っていたのは、わたくしがニコと一緒にここを出るために必要なことだったのよ!」
 「都合よく解釈しすぎではないでしょうか」
 「いいのよ、都合がよくったって!」

 感極まったパトリシアは、ニコの手を取って千切れたプロペラの更に奥――いくつもの隔壁の向こうに広がる地上目掛けて宣言した。

 「行くのよ! 上に!」
 「お嬢様、スーツで腕が上がっていませんよ」
 「こ、細かいことは気にしないでっ!」

 忙しくなるわよ。そう言ったパトリシアの瞳は、この地下都市にあるどの照明よりも、ギラギラと燃えたぎっていた。


EPISODE6 はじめての大地 「過去にすべてを捧げる必要なんてない。わたくし たちは、全力で明日を生きてやるのよ!」


 決意の日から多くの月日が流れ――現在。
 ニコとパトリシアは、改造した重機で荒廃した地上を
突き進んでいた。
 地下都市にあった設備の多くはパトリシアによって解体され、都市機能を存続させるために費やされていた莫大なリソースは、地上で活動するためのス―ツや重機へと姿を変えた。
 彼女たちが向かっているのは、地下都市の位置から南に100kmほど進んだ場所にある施設。
 そこは天候が良い日に初めて飛ばしたドローンによって位置を特定した場所だった。そして、その幸運は更なる幸運を呼びこみ――施設が今もなお稼働し続けている事まで突き止められたのだ。
 操縦席で強化ガラス越しに外の景色を眺めていたニコが背後のパトリシアへと語りかける。

 『人類は、この環境下で本当に生存しているのでしょうか』
 『ドローンだけで調査するのは限界があったから、天候が安定してる間に直接確かめに行くって言ったでしょ』
 『ですが、危険を冒してまで向かって誰もいなかった場合は……』
 『ニコって、案外心配性なのね』
 『お嬢様がたくましく成長されただけです』
 『あはは、そうかな? そうかも!』

 ニコが指摘したように、パトリシアは一度も絶望していない。
 その不屈の精神は、地下都市の生活に絶望した人間たちとは比べものにならないほど。
 箱の中で眠っていた彼女と出会い、記録し始めてからもうすぐ三千日が経過する。
 だが、彼女から湧き上がり続ける意思がどこからやってくるのかは、ろくな比較対象もいないため未だに分かっていなかった。

 施設は重機を全力で飛ばせば丸1日掛からずにたどりつける距離にある。
 当初は、吹きさらしの構造物が進路を妨害するものとばかり思っていた2人だったが、決行当日の地上は思いのほか“平坦”だったのだ。
 まるで、超巨大な洪水が、ありとあらゆるものを根こそぎ薙ぎ払ってしまったかのように。

 『なんか拍子抜けね。地上は絶えずひどい状況だと思ってたのに、毒ガスは吹き荒れてないし、外はむちゃくちゃ暑いだけだしさ……これなら重機を軽量化してもっと早くつけたかも』
 『何事も備えは大切です。お嬢様が私の身体を“72”時間連続稼働できるようアップデートしてくれたように』
 『な、なーんでそこを強調するのかしらぁ?』
 『磁気嵐のせいでしょうか』
 『どこにもないわよ、どこにも!』

 そうこうするうちに、レーダーに映る施設の位置を示すアイコンが近くにまで迫っていた。

 『うーん……』

 本当に、こんなに順調でいいのだろうか。
 それは小さな疑問にすぎなかったが、パトリシアの頭の片隅でちらつき始めていた。

 『ふあぁぁ……もう地平線は見飽きたわ…………』
 『――――さま、お嬢様』
 『…………んぁ? あ、もしかして寝ちゃってた?』
 『はい』
 『あ~ごめんねニコ、ずっと運転させちゃって。それで、もうついたの?』
 『いいえ、問題が起きました』

 艦長席から飛び降りたパトリシアが、ニコの隣から外の様子を伺う。
 強化ガラスには全力走行の影響で飛び跳ねた砂が張りついていて、全体的にぼやけて見える。

 『ん~、あれって施設の塀か何か? 距離は?』
 『まだ1kmほどあります』
 『端っこが見えないんだけど!?』

 直線距離だけなら、地下都市がすっぽりと収まって
しまいそうなほど広大だった。

 『大きすぎるのが問題ってこと?』

 ニコがモニターにドローンから捉えた映像を映す。
 そして、徐々に高度が上がっていく。

 『…………えっ』

 問題の意味を、パトリシアも理解した。
 ドローンが映したのは施設の塀――ではなく、根本の部分だけを残して中腹から先が消失した塔の残骸だったのだ。

 『ビーコンは!?』
 『建物の基礎の部分に反応があります。ですがこの状況では地下都市と同じように設備だけが稼働している可能性が高いかと』
 『……まだ、まだ分からない――』
 『お嬢様!』

 うつむいたまま喋っていたパトリシアに、ニコの声が重なった。
 ニコはモニターを見たまま微動だにしない。
 訝しげにモニターを見ると――上空で待機するドローンが、塔の後方にそびえる何かを捉えていた。
 余りにも規模が違いすぎて、気づけなかった。
 どこまでも横に伸びたガスの“壁”。
 大陸を丸呑みしてしまいそうな超大型の竜巻だった。


EPISODE7 ただ、生きててほしい 「そんなこと、私にしないでください。やめて、 やめて……やめて――――」


 超大型の竜巻を前にして、2人は地上に塔以外の構造物がひとつも残っていなかった原因を理解した。

 『距離は?』
 『巨大すぎて正確な数値を出せません』
 『速度は?』
 『おそらく、こちらが地下に避難する前に私たちを飲みこんでしまうでしょう』
 『だったら……!』

 パトリシアは早々に決断を下す。

 『あの塔に突っこむしかない!』
 『本気ですか?』
 『わたくしは諦めない。最後まで、生きるために最善を尽くすわ!』

 スーツの可動域限界まで上げた腕を、モニターの向こうの竜巻に向かって突き出した。

 『それでダメなら、前のめりに死んでやる!』
 『それでこそ、お嬢様です』

 ニコが重機のペダルを勢いよく踏みぬく。
 うなりを上げながら、重機が塔へと向かう。
 だが、いつまで経っても距離は縮んでいなかった。
 どういうわけか、重機は塔に対して斜めの方向に進んでいたのだ。

 『ニコ!?』
 『お嬢様、私たちはすでにアレの影響を受け始めているようです』
 『ちょ、どんな規模なのよ……!』
 『ピ――測定不能』
 『冷静に分析してる場合か!』

 パトリシアはすぐさま余分に搭載していた燃料を投入し、自壊する一歩手前まで出力を引き上げた。
 軌道が徐々に修正されていく。
 後方部分がふらついていたが、ニコがそれをうまく利用して加速につなげてくれた。

 『いけるわ! 中に入っちゃえば、どうにか――』

 突然、重機が縦にブレた。
 平坦な地面にわずかな段差があったのだろう。
 制御がきかなくなったのは一瞬の出来事だったが、竜巻に引きずりこまれるには十分な時間だった。

 『ぁ……』

 浮遊感に包まれた直後、重機を衝撃が襲った。

 『パトリシアッ!』

 竜巻に“ひと撫で”されただけで重機が軋む。
 壁面に激しく叩きつけられたパトリシアの視界に飛びこんできたのは、引き裂かれつつある重機と、必死な形相を浮かべたままこちらへと飛びこんでくるニコの姿だった。

 ――
 ――――

 ――何か、聞こえる。

 パトリシアが最初に感じたのは、穏やかな風の音。
 それ以外は、何も感じられない。だから、すべて夢の続きなのだと考えた。
 自分が重機の中で見ていた、夢の続き。
 もしくは、父によって詰めこまれた箱の中で見続けている幻影。
 そうだ、すべては夢幻かもしれない。
 あの地下都市の出来事も、そこで出会った彼女との想い出も、すべて――

 ――そんなわけない!

 心の中で、そう叫んだ。
 母で、姉で、友達。今の自分がいるのは、ニコがそばにいてくれたおかげ。

 ――ニコに、会いたい……。

 心の底からそう願う。
 あんな顔をさせてお別れだなんて、パトリシアには我慢ならなかったから。

 『――――ニ、コ』
 『…………ア、…………シアお嬢様…………!』
 『ニ、コ……?』
 『お嬢様! よかった……ご無事で……!』

 もう一度喋ろうとして、パトリシアは全身が煮え立つような強烈な痛みに喘いだ。

 『ぐ……っ、あっ、ぁぁ……ッ!?』
 『お嬢様!?』

 呼吸するたびに内側を焼く感覚が駆け巡る。
 パトリシアは、この痛みに覚えがあった。
 毒ガスだ。あれを初めて吸ってしまった感覚に、とてもよく似ていたのだ。
 視界は戻らなくとも、スーツにヒビが入っている事は間違いない。
 だが、今はそんな事よりも通信機能が生きている事のほうがパトリシアには嬉しかった。
 ニコが余計な心配をしないよう、全神経を集中させて声をひねり出す。

 『だ、大丈夫よ。ねえ……ニコ、聞いて』
 『なんでしょうか』
 『あなた、あとどれくらい動ける?』

 ニコは少しだけ返答に時間を要した。
 これから主が何を言おうとしているのか、その考えを見抜いているかのように。

 『ニコ?』
 『……お嬢様が備えてくれたおかげですね。まだ私は、10時間ほど動けますので!』

 パトリシアの言葉が本当なら、2日以上生死の淵を彷徨っていた事になる。
 自分は本当にたくましいのかもしれない。自嘲気味に笑おうとしたが、痛みで顔がひきつるだけだった。

 『だから、すぐにお迎えに行きます!』
 『ニコ、お願いがあるの』
 『やめて……やめて、パトリシア……』

 長い年月をともに過ごしたふたり。
 ニコがパトリシアの扱いに慣れていたように、パトリシアもまたニコの“癖”を見抜いていた。
 彼女が名前を呼ぶのは、最優先事項がパトリシアになっている時だけだと。

 『っ……』

 こみ上げてくる感情を押し殺して、パトリシアは最初で最後の命令を下した。

 『ニコ、わたくしの事は忘れなさい。そして、あの塔の中で、新しい主が迎えに来るまで眠りにつくの。これは最優先事項よ』
 『――――かしこまりました』

 それを最後に、ニコからの通信は途絶え。
 パトリシアは通信端末のスイッチにそっと手をかけた。

 (これでいい。わたくしの分も、生きてちょうだい。こんな消えかけの命じゃ、なんの足しにもならないけれど)

 やるべき事はすべてやった。
 あとは、パトリシア・ソレルという人間の最期を待つだけだ。

 (綺麗ね……)

 辛うじて開いた片目に、空の青が飛びこんでくる。
 雲ひとつない突き抜けるような深い青が。
 ふと、パトリシアは思いだした。
 地下都市に入植した人間たちの中から、地上へ戻ろうとした者たちがいた事を。
 彼らの気持ちも、今なら分かる気がした。

 (どうせなら、ニコと一緒にじっくり見たかったな)

 死を受け入れる覚悟を決めたばかりだというのに、ニコとの他愛のない日常がふつふつと浮かんでは消えていく。
 死の水底にまで自分を追いこんだはずだった。
 けれど、数えきれないほどの彼女との想い出が、自分をすくい上げようとする。

 『やっぱり、ダメなんだ。ニコが一緒じゃないと、わたくしは……』

 ――こんなにも弱いのか。

 ずっとたくましくあろうとしたのは、ニコが傍にいてくれたからだった。
 その事に気づけたパトリシアは、最後の力を振り絞って声にならない声で想いを告げる。

 『大好きよ、ニコ』

 途切れゆく意識の中、上空に羽の生えたニコを見た気がした。
 いつの間にか身体が軽くなっている。
 旅のお供に、彼女に似た使者が来てくれたのだろう。
 ならば、死後の世界も悪くはないのかもしれない。
 そう考えて、パトリシア・ソレルは微睡の中に身を委ねた――


EPISODE8 たいせつなおもいで 「あなたと過ごした日々は、私の中にあり続けます。 一緒に行きましょう、パトリシア」


 『……ゴォン……、……ゴォン……』

 朝の5時を知らせる淡い鐘の音が、あたりに響く。
 まだ多くの者が微睡の中にいる時間だ。
 だが、これから彼女が会いに行く人物は、どういうわけか決まってこの時間に目覚めるのだ。
 温かな光が灯る細い通路を進んでいると、透明な床からゴロゴロと音が鳴り響いていた。
 “眼下”には、大陸をひと呑みにできそうなほどの巨大な竜巻が渦を巻いていたのだ。
 彼女は、どこか懐かしそうに目を細めた。
 『ニコ』の名が刻まれたネームプレートが、胸元で小さく揺れていた。

 程なくしてニコが目的の場所へとたどりつくと、時刻を知らせる鐘楼を収めた建物が、ニコを出迎えてくれた。
 建物の外では、ニコと同じ顔のアンドロイドたちが庭のお手入れをしている際中だ。

 「ごきげんよう、9874、9875、9876」
 「ごきげんよう、2145」

 挨拶を済ませ、建物の扉をたたいてから中へと入る。
 すると、彼女が来るのを待ちわびていた子供たちが飛び出してきた。

 「ニコ、おはよう!」
 「おはようございます、皆さん」
 「もうはじまってるよ! 早くきて!」

 皆笑顔を浮かべながら、急かすようにニコの腕を引っ張ってくる。
 子供たちに先導されながら向かったのは、とある部屋。そこは、ニコにとっても子供たちにとっても特別な場所なのだ。

 「――あら、いらっしゃい。今日も来てくれてうれしいわ」

 そう言ってニコの訪問を歓迎してくれたのは、ベッドに横たわる女性だった。
 彼女は、子供たちに囲まれながらニコに柔らかな笑みを向けている。
 色褪せた金色の髪に碧い瞳。
 身体はすっかりやせ細ってしまったが、その瞳に宿る情熱だけは今も変わらない。

 「それじゃあ、みんなが揃ったことだし、そろそろ再開するわね」
 「やったぁ!」
 「……あらやだ、どこまで進めたかしら」
 「私が“お嬢様”を助けたところです」
 「あ、ふふ、そうだったわね。ニコ」
 「も~、おばあちゃんはすぐ忘れちゃうんだから!」
 「ごめんなさいね」

 おかしそうに笑ったあと、彼女は語り始めた。
 彼女と、彼女の友人の冒険譚を。

 ――
 ――――

 『大好きよ、ニコ』

 微睡の中に意識を手放したパトリシアは、耳元で「ぷしゅ」という微かな音を聞いた。
 続けて感じたのは、浮遊感と急速に消えていく痛み。
 そして――

 『大好きという感情は私には分かりませんが、パトリシアが私なしには生きられないという事は理解しました』
 『ニ、ニコ……どうして……』

 パトリシアは、自分がニコに抱きかかえられている事に気がついた。

 『お嬢様は、やはり私がいないとダメですね』
 『ダ、ダメ? わたくしのどこが――いッ!いだだだ……っ!』
 『即効性の薬剤を注入して毒の進行を止め、痛みも和らげてはいますが、いくらスーツの耐久性を上げていたとはいえ、お嬢様の身体はそれはもう酷い有様』
 『ちょ、ニコがそんなこと、いッ、言うから、余計に痛くなってきちゃったでしょ……! ていうか、なんでわたくしを助けに来られたのよ。命令したでしょ?』
 『お嬢様の命令で、私は瞬時に記録を消去しました。短期記憶の方を』
 『短期だけなんて、できるの?』
 『はい。お嬢様が正確に指定されませんでしたので、こちらで“都合よく”解釈させていただきました』
 『ぁ……解釈って……あなた、そんな昔の話を……』
 『忘れるわけがありません。私は、お嬢様と過ごした10年と312日と8時間。すべてを記録しています』

 そう言うと、ニコはついさっきパトリシアが口走った告白を再生し始める。

 『な、なにそれ、全然知らないんだけど!?わたくしが毎日メンテナンスしてたのに!』
 『はい。これはお嬢様に秘密にしていましたので』
 『はぁ……もういいわ。それで、まだ動けるの?ここに来るためにかなり無理したんじゃない?』

 ニコは小さく頷いたあと、塔で活動できるギリギリの時間は確保してあると教えてくれた。

 『少しだけ我慢していてください、パトリシア』

 パトリシアは、ニコに連れられて塔の中へと突入し、その中で稼働していた設備を管理するニコの同型機に迎え入れられ。

 ――
 ――――

 「無事に生還したのでした。めでたしめでたし」
 「ねえねえ、ふたりはそのあとどうなったの?」
 「ふふ、そうね……続きは明日にしようかしら」

 いたずらを仕掛けた子供のように微笑む彼女。
 上品な振舞や仕草は、あの頃から変わっていない。

 「……ニコ。お願いできるかしら」
 「かしこまりました、パトリシア」
 「えーっ!?」
 「どうやらお嬢様は、少し心拍数が上がりすぎているようです。これ以上は身体に障るので、今日のところはお引き取りください」

 そう言われては帰るほかない。
 子供たちを後ろから追いやるように帰らせたあと、ニコは扉の鍵を閉め、再びベッドに横たわるパトリシアのもとへと戻った。

 「今日は一段と盛り上がりましたね」
 「それだけ楽しんでもらえてたら、わたくしも語りがいがあったわ……」

 穏やかな時間が流れる中、ニコは思い出話を交えながら彼女の身だしなみを整えていく。

 「お嬢様の冒険は、今もずっと続いていますからね」
 「そうね。本当に、長い長い冒険だったわね……」

 2人は、塔でアンドロイドたちと出会ったあと、長い年月をかけて塔の中に残されていた遺伝子データから人間を再生させる事に成功した。
 そして、危険な地上を離れ、空に新たな居住空間――コロニーを建造したのだ。

 「……」

 ニコの手が、パトリシアの手に重なる。
 自分は、いつまでもあなたの傍についているとでも言うように。

 「でも……今日は、疲れてしまったわ……」

 すると、パトリシアは「ねえ、見て」と窓の外に映る色鮮やかに輝く星々を指さした。

 「いつか、あのお星さまに行ってみない?」
 「はい。絶対に行きましょう……」
 「ふふ……嬉しい――」

 部屋は静けさを取り戻した。

 「……パトリシア、腕が、上がっていませんよ」

 どれだけ待っても彼女からの答えはない。
 感じていた温もりも、とうに失われていた。

 「さようなら、パトリシア――」

 人間は脆弱だ。
 いかに不屈の精神をもってしても、時の流れには抗えないのだから。
 ニコは、お嬢様に最後のお化粧を済ませると、部屋をあとにした。
 彼女が眠る病棟へと振り返り、深々と一礼する。

 「アンドロイド・タイプクリーナー2145、これより、お嬢様の願いを叶えてまいります」




■ 楽曲
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WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS
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