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暴走のダルビッシュ

Last-modified: 2019-06-12 (水) 15:09:53

埼玉西武ライオンズ・相内誠*1のこと。






概要 Edit

2012年ドラフトで西武から2位指名を受けた相内だったが12月4日に道路交通法違反(無免許運転と速度超過)の疑いで摘発されたことから、千葉国際高時代の異名「房総のダルビッシュ」に因んで「暴走のダルビッシュ」という蔑称が生まれたのが由来。

 

そのため西武は入団手続きを凍結、12月13日に行われた新人入団会見も欠席。
親会社の西武HDが再上場を目指していること*2もあって「相内の入団は取り消されるのではないか」という意見も多く見られたが、翌年3月10日に相内の入団を発表している。

記事 Edit

西武ドラ2相内が無免許でスピード違反

西武がドラフト2位で指名した千葉国際・相内誠投手(18)が、4日深夜に無免許運転を行いスピード違反で千葉県警に摘発されていたことが7日、わかった。この日同校で会見が開かれ、相内に無期限謹慎の処分を下したと発表した。
首都高速湾岸線から東京アクアラインを運転し、木更津金田料金所1・5キロ手前で千葉県警の覆面パトカーにより、4日深夜0時42分に摘発された。摘発理由はスピード違反。アクアラインの制限速度を29キロオーバーする時速109キロで運転していた。摘発された際、相内は「ああこれでもうダメだ…」と頭を抱えていたという。

 

しかも後の調査で自動車専用道路を仮免状態では教官と一緒の高速教習以外では乗ってはいけないのを知っていながら運転していたことが発覚。当然ながら批判を浴びた。
その後も、球速スレでの「相内161キロwwww」→「摘発不可避」など暴走ネタは細々と続いていた。しかし、相内は2013年オフに登録名を本名から「誠」に変更し、これで難を逃れたかに思われたが…。

再度の不祥事 Edit

しかし、誠は2014年1月22日、未成年にも関わらず飲酒・喫煙をしていたことが発覚。またもメディアを賑わせてしまう。
これに対し球団からは6カ月の対外試合禁止という処分が下された。誠の全く反省が見られない再度のやらかしに、フロント・西武ファンは頭を抱える羽目になった。
また「相内70本wwwww」など、暴走だけでなく喫煙もネタにされるようになってしまった。ちなみに誠は2018年から再び登録名を本名に戻している。

記事 Edit

19歳相内飲酒喫煙 また不祥事

西武は22日、2年目の相内誠投手(19)が未成年ながら飲酒喫煙していた事実があり、6カ月の対外試合禁止の処分を下したことを発表した。所沢市内の球団事務所で飯田則昭専務が会見した。
14日に公式ホームページの意見欄に、相内が都内で飲酒しているとの投書があった。球団が相内に確認したところ飲酒の事実を認め、さらに昨年11月、12月にも都内で飲酒をしていたことを明かしたという。同時に喫煙もしていたと明かしたという。入団時に無免許運転が発覚した経緯もあり、球団は22日付で処分を通告した。試合出場の制限のほか、夜間外出禁止や、ユニホーム着用禁止なども検討する。2月1日からの春季キャンプは、B班(2軍)に帯同する。


余談 Edit

本家であるダルビッシュ有(現カブス)も未成年でありながら喫煙している様子を2回(2004・2005年)、さらに2005年にパチンコ屋に入店*3している様子を週刊誌に掲載された経験者である。
東北高時代にやらかした喫煙1回目は高野連からの厳重注意、喫煙2回目及びパチンコ屋入店の際は日本ハムからキャンプ地沖縄から鎌ケ谷の球団寮への送還・無期限謹慎並びに謹慎中の社会貢献活動への参加という処分を受けた。
その後ダルビッシュは日本ハム・菅野光夫*4寮長の指導により更生、日本を代表するエースへと成長を遂げその後海外に雄飛した。

 

また、掛布雅之(元阪神)は現役時代の1987年3月に飲酒運転で逮捕され、当時のオーナー・久万俊二郎に激しく批難されている*5
「三代目ミスタータイガース」と呼ばれるほど大きな実績を持ちながら、その後の掛布の言動など*6もあって久万との確執が一層深まり、久万が2011年に死去するまで球団の指導者として復帰することはできなかった*7
なお2016年から阪神二軍監督に就任、ようやくユニフォーム姿での復帰を果たしている*8

 

2018年2月には相内の後輩である西武・今井達也未成年喫煙が発覚、今井は4月いっぱいまで対外試合出場禁止処分を受けた。その後一軍に昇格し、プロ初勝利を含む5勝を挙げチームのリーグ優勝に貢献している。なおCS
2019年には相内誠は地元千葉のZOZOマリンで初登場したが試合こそそこそこ作ったものの、一発病だった上に俺達発動で勝敗つかずと結論がでなかったため、追試を要求。
追試となった日ハム戦ではひどい四球祭りと化し敗戦投手に。怒りを買い二軍降格となった。

関連項目 Edit



Tag: 西武 日ハム 報道機関






*1 2014年から2017年までの登録名は誠。
*2 上場審査には経営面以外にも「社会的な信用性」も基準に含まれる。さらに親会社が運輸業であることから、スピード違反は一般企業以上にマイナスな印象を与えるものであり、この事件は西武HDにとって問題であった。なお、西武HDは2014年4月23日に再上場を果たしている。
*3 当時18歳なので入店自体に問題はない。
*4 1974年日本ハムドラフト1位。1985年まで現役、2005年までコーチのち寮長。2007年、54歳で死去。
*5 親会社である阪神電鉄の系列は阪神バスを運営しており飲酒運転は企業イメージにも傷がつく。実際にランディ・バース獲得時にも、実際の発音が「バス」であったため活躍した際に「阪神、バス大爆発」とスポーツ紙などに書かれないよう、登録名をバースとした逸話が残るほど。
*6 日テレ解説者時代の巨人寄りの言動、野村克也監督招聘時における掛布の久万批判などで両者の関係はさらに険悪化した。
*7 2013年に「ゼネラルマネージャー付育成&打撃コーディネーター」という、名目上はコーチであるもののユニフォームを着ない役職に就任。
*8 しかし2017年シーズン限りで二軍監督を退任、同年11月1日からフロント入りしてオーナー付シニア・エグゼクティブ・アドバイザー(SEA)へ就任。