野球がうまい

Last-modified: 2022-06-30 (木) 19:19:31

狩野行寿(元DeNA)に対するプロ入り前の評価。
そこから転じて、「野球がうまい野球選手」として狩野自身を指したり、「野球うま男」と呼ばれることもある。


【目次】


概要・経緯

2016年、狩野はDeNAにドラフト7位指名され入団。俊足強肩の遊撃手というセールスポイントで数球団がマークしていたとされるが、全国大会の出場経験もなく「どんな選手なのかピンと来ない」なんJ民も多かった。

そんな中、ドラフト前にロッテ・永野吉成スカウト*1の残していたコメントが発掘された。

【朗報】DeNAのドラフト7位の狩野、野球がうまい [無断転載禁止]©2ch.net
http://raptor.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1476958801/


1 :風吹けば名無し@無断転載禁止 2016/10/20(木) 19:20:01.08 ID:9Zsw4YV2x
狩野 行寿(平成国際大)
 
180cm80kg 右右 遊撃手 川越工業
ベストナイン2度、最多打点、最多盗塁に輝いた強肩ショート。2年春に1試合3発9打点を記録した。
 
スカウトコメント
ロッテ・永野スカウト|16/9/29
野球がうまい
 
http://draftrepo.blog47.fc2.com/blog-entry-3141.html

野球選手としては当たり前の事実だが、野球がうまいと断言できない野球選手を多数輩出していたこともあり「横浜にはピンズド」「最重要事項」「補強成功」などのレスが多数付く事態となった。


プロ入り後

特に打撃面でプロの壁にぶつかり、二軍でも打率が2割前半程度に留まることから昇格機会が訪れず、結局一軍未出場のまま2019年オフに戦力外通告。そのまま現役を引退し、打撃投手(のちに球団広報を兼任)という形で球団に残ることとなった。結局(プロの選手として飯が喰えると言う意味で)野球はうまくなかった模様


派生語:野球のできる外国人

外国人版の同義語として「野球のできる外国人」も存在する。

元々は2000年の阪神タイガースに在籍したジェイソン・ハートキーを指して島田紳助が発した「ハートキーなんてプロ野球選手の助っ人じゃなくて、野球のできる外国人をアメリカから連れてきただけ*2という言葉。実際にハートキーは76試合に出場し4本塁打・27打点・12併殺・14失策*3というお世辞にも助っ人とは言えない成績であった事から、シーズン終了後「助っ人として物足りない」というあまりに的を得た理由で解雇された。
その反面シーズン打率は.272と決して低い数値ではないほか、特段鈍足という事も無かった事、年俸も5000万と外国人としては安めで財政面でのダメージが小さかったこと、素行面に於いても無断帰国をしたり練習をサボったり年俸でゴネたりというダメ外人にありがちな言動も全くなかった事、更に同時期の阪神は選手層が非常に薄かった上にハートキー以外の外国人野手がトニー・タラスコ*4を除いて使い物にならなかった*5事からシーズン中盤以降は三塁のスタメンとして起用され続けた実績もあるため「野球のできる外国人」、裏を返せば「助っ人に相応しいレベルではないが一応野球はできていた」という言葉は事実であった。

転じて、物足りない成績からお世辞にも助っ人とは言い難いが、

  • チームの選手層が薄く、消去法で最もマシと判断されている
  • 一応スタメンないしベンチ入りするだけの(最低限の)実力とそれに支えられた成績がある
  • 人間性では高い評価を受けていたり、チームのムードメーカー的存在である

等、全くの役立たずというわけでもなく一応戦力としては認められる外国人選手を指す言葉として使われる。


関連項目



Tag: 横浜 なんJ


*1 元ロッテオリオンズ/千葉ロッテマリーンズ→横浜ベイスターズ。現プロ野球スカウト総会会長。ロッテが大嶺祐太を強行指名した際には、永野が「育成計画書」を作成し、ソフトバンク入りを希望していた大嶺に入団を決意させている。
*2 この他にも福本豊に名前を忘れられ「心筋梗塞」という妙な名前で呼ばれた珍事がある。
*3 ただしハートキーは元々二塁手であったにも関わらずチーム都合で全試合三塁手として起用されたいたという背後要因もあり「慣れた守備位置ではなかった」という弁護の余地はある。ちなみにこんな守備でも後述のバトルよりかは遥かにマシな動きであった。
*4 同じく2000年に在籍。三振と盗塁死の多さを問題視されていたがシーズン本塁打は19本を記録するなどそれなりの長打力を持っていたこと、前述の通り盗塁は下手でも足自体は早かったこと、肩が強く外野守備が非常に上手く新庄剛志と守った右中間は鉄壁そのものであった事から、不満こそあれどそれなりに活躍していた。
*5 2000年の外国人内野手は当初ハワード・バトルであったが太り過ぎの為開幕二軍という珍事をやらかし解雇、その後金銭トレードで獲得したマイカ・フランクリンは故障でろくに動けず二軍で燻り続けていた。