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カロカロ

Last-modified: 2019-11-24 (日) 14:18:36

元横浜DeNAベイスターズ・加賀繁のこと。

苗字を分解すると「カロカロ貝」となり、「カロ」が二文字含まれていることが由来。
プロ野球板の「やる俺達」スレでは無援護・炎上時を問わず一貫してこの呼び方である。


解説 Edit

先発投手時代から(一説では社会人時代から)元千葉ロッテマリーンズ・渡辺俊介にも負けず劣らずのムエンゴで知られていた。ルーキーであった2010年には規定投球回に到達して防御率3.66ながら3勝12敗という無援護ぶりから、渡辺にあやかり「加賀繁ちゃんを救う会」まで発足させられた。
翌2011年は牛田成樹の故障やチーム事情で中継ぎと先発を行ったり来たりするようになる。先発向きとの声が大きい中2012年に投手コーチのデニー友利たっての希望で中継ぎ固定となり徐々に成績は低下。後に台頭した投手陣にセットアッパーの地位を奪われ、以後もワンポイントや敗戦処理としての起用がメインだが過去の勢いを取り戻せなかった。
横浜ファンの間ではマシンガン継投の犠牲者*1とされており、尾花監督への非難が加速する一因に。

 

2015年はわずか9試合の登板にとどまり契約も危ぶまれる状態だったが、2016年はビハインドや右打者、特にサイドスローに不慣れとされる外国人打者相手のワンポイントで26試合に登板。ダヤン・ビシエドウラディミール・バレンティンとの勝負になんJを湧かせた。
DeNA初のCS出場に貢献したのは確かなのだが、故障のためか安定感がなく炎上も多々あり、三浦大輔が自身の引退試合で壮絶なKO降板すると、直後にいきなり被弾し水を差すなど信頼感は取り戻せなかった。*2
それでもこの年は、山崎康晃の不調による苦しいブルペンを支え続けた縁の下の力持ちとして評価された。

 

なお、バレンティン相手には2017年5月7日に初安打を打たれるまで20打数0安打と完全にカモにしており*3、「バレンティン専用機」と呼ばれることもある。しかし、同年7月19日にはついにバレンティンに初本塁打を打たれてしまった。
そんな元トモダチ教総裁、二代目星達総帥の加賀も2018年限りで引退。引退を決めた理由の一つがバレンティンを抑えられなくなったことらしい。

実働年数は短いものの暗黒期の功労者だったためか引退試合が組まれ、セレモニーの映像にはバレンティンもメッセージを送った。

引退後はDeNAの球団職員に転身した。


シゲルカガ Edit

偶然にも加賀と同じ名前の競走馬『シゲルカガ*4が競馬界で活躍しており、DeNAファンから人気がある。
球団OBでは佐々木主浩氏がヴィルシーナやシュヴァルグランなどのG1馬を所有し馬主として成功しているが、日本復帰後は2年で13億円にも及ぶ年俸を貰いながら活躍できず、挙げ句解説者としても評判が悪いため、ベイスターズに無関係なはずのシゲルカガにファンからの好感度が劣るという現象が起こっている。


空母加賀繁 Edit

【悲報】加賀ファン大荒れという艦隊これくしょんのスレが立ったが、>>2が「加賀繁」に関する書き込みを行なった事で横浜ファンが多数乱入、スレは井口さんサイド*5も驚く完走を果たしてしまった。
なお、史実の空母加賀は1942年6月5日のミッドウェー海戦でアメリカの艦上爆撃機の攻撃を受け被弾。うち一発が甲板上のタンクローリーに命中して爆発炎上、これが致命傷となり約9時間後に沈没した。

この関係性から、パットン大戦車軍団での加賀は「航空母艦・加賀」として登場する模様。


関連項目 Edit



Tag: 横浜






*1 2011年にシーズン90登板ペースで登板を重ねた事で、6月に故障離脱したため。ただし、加賀の最多登板は中畑清監督時代の2012年に記録した61試合。
*2 余談だが加賀本人の引退登板の後を任された本来の先発の京山将弥は直後の京田陽太に被弾。奇しくも三浦の降板後の加賀と同じ様なことをしてしまった。なおその後は自身最長の8回2/3を投げ勝利投手になっている。
*3 バレンティン自身加賀が苦手なことを自覚していたためか、加賀から初安打を打った際はボールを欲しがるほどはしゃいでいた。またバレンティンはイニング間の守備につく際に加賀の投球フォームをしたりと加賀の存在を意識していた。
*4 JRA馬主の森中蕃(読みは「しげる」、本職は神戸の証券会社の会長。)氏が、冠号「シゲル」と旧令制国名の「加賀国」から命名。出生は加賀のプロ入り後であるため意図的に引っかけて命名した可能性は排除できないが、少なくとも加賀や球団との公式な関係性はない。ちなみに2011年生まれの森中氏の所有馬には、全て「冠名+旧令制国名」で名付けられている。
*5 加賀の担当声優は井口裕香。