日ソ中立条約

Last-modified: 2023-10-16 (月) 22:45:25
  1. 1941年に日本とソビエト連邦の間に結ばれた条約。第二次世界大戦末期の1945年8月にソビエト連邦の満洲国への侵攻とともに破棄された。
  2. 2023年7月のパ・リーグにおける北海道本ハムファイターズと福岡フトバンクホークスのこと。

本項では2.について解説する。


2023年7月までの両チーム

ソフトバンク

前年の歴史的なV逸を受けてオフに大補強を敢行したソフトバンクは、開幕からオリックス・ロッテと三つ巴の首位争いを繰り広げ、7月2日には首位を奪還し貯金を15まで伸ばす。
しかしその後大失速*1。7月6日の対日本ハム戦を最後に全く勝てなくなり、オールスター前最後の3カード全てで3タテを食らう惨状で9連敗。後半戦最初のロッテとの3連戦にも3タテを喫したことで連敗は12にまで膨れ上がり*2、15あった貯金が3まで減り、首位のオリックスとは8ゲームの差を付けられるばかりか楽天の猛追*3もあり13ゲーム差あった4位・楽天とのゲーム差も3.5まで縮められる大惨事となってしまった。

12連敗を喫するのは南海時代の1969年*4以来54年ぶりで、引き分けを挟まないものだと史上初の屈辱である。


日本ハム

新球場への本拠地移転初年度となるこの年は開幕こそ最下位に低迷したが、その後はある程度持ち直し6月時点では4位。3位・ロッテとのゲーム差はまだ離れていたが、一時は借金を3まで減らし今後の勢い次第では借金完済、Aクラス入りもあり得る位置につけていた。
しかしこちらも大失速。7月4日の対ソフトバンク戦を最後に勝てなくなり、オールスター前の時点で10連敗*5。後半戦最初の2試合にも敗北したことで、1984年*6以来39年ぶりの12連敗となってしまい、最少で4だった借金が17まで膨れ上がり一気に最下位に逆戻りしてしまった。


日ソ中立条約

同じタイミングで大型連敗に突入*7した両チームだったが、両者が最後に勝利した7月4~6日のカードがソフトバンク対日本ハム(PayPayドーム)であることが発見されると、冒頭の1.にならい両者の惨状は「日ソ中立条約」と呼称されるようになった。
ソフトバンクのみ試合のあった7月24日には、ソフトバンクの1点リードで迎えた9回ウラ2死1塁で守護神ロベルト・オスナが代打・角中勝也から逆転サヨナラ2ランを被弾し*8、連敗数が日本ハムと同じ12連敗に並んだ*9

日本ハム日付ソフトバンク
連敗結果相手相手結果連敗
10-3SB7/4ハム3-10
11-57/55-1
23-47/64-3
-7/7楽天5-61
32-3千葉7/81-82
42-37/91-53
-7/10西武1-24
52-3楽天7/11-
63-47/12西武2-45
72-37/132-46
-7/14-
80-1x西武7/15オリ2-37
90-27/161-28
102-77/170-39
(オールスター休み)
114-5xオリ7/22千葉2-510
125-77/233-4x11
-7/241-2x12
131-3楽天7/25オリ5-0-
-3-2楽天7/26

なおソフトバンクは25日のオリックス戦で有原航平が移籍後初完封勝利を飾り、柳田悠岐らも大活躍。オリックスのエース・山本由伸を攻略した事により首位のオリックスを相手に連敗を12でストップ、史実通りソが裏切る形で中立条約が正式に破棄となった
一方で日本ハムは楽天に敗れ連敗が13になり球団ワーストまであと1敗と迫るも、翌26日の楽天戦で追いつかれた直後に再度リードしそのまま3-2で勝利。こちらも長い連敗トンネルから脱した。


余談

  • ソフトバンクに在籍する近藤健介は2022年オフに日本ハムからFAで移籍したため、「移籍してもしなくても12連敗する未来だった」とネタにされた*10。また、連敗が止まる前日の7月24日の試合では勝利を目前にした安堵から一転、まさかの逆転2ランによるサヨナラ負けの結末に呆然とする近藤の表情がテレビカメラに映し出された(詳細はリンク先参照)。
  • 1.からひっかけて、ソフトバンクの藤本博史監督が当時のソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンとヒゲ面つながりで「顔が似てきた」とも言われるようになった。
    (参考)
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  • 7月23日の敗戦時には新庄剛志監督(ノーコメント)藤本監督「今日はええやろ」と揃って試合後会見を拒否。一部では日ソ共同宣言とも称される。
  • 楽天と西武はこの期間に大型連勝している*11が、共に6試合がソフトバンク戦と日本ハム戦である。


関連項目

Tag: 日ハム ソフトバンク


*1 長いイニングを投げられない先発投手・大不振の外国人野手・主力選手の高齢化などが影響したほか、怪我人や特例抹消が続出する不運にも見舞われた。
*2 11連敗目は延長10回までもつれた末に安田尚憲にサヨナラ打を打たれ、12連敗目は後述の展開に。
*3 ソフトバンクが12連敗を喫している間に8勝2敗と猛追。
*4 23年間にわたる鶴岡一人の長期政権から飯田徳治に監督の代わったこの年の南海は、野村克也ら主力の負傷などが影響し極めて低調で、連敗も球団ワーストの15まで伸びてしまい、最終的に2リーグ制後初の最下位に沈んだ。オフに飯田は監督を辞任し、野村が選手兼任監督となる。
*5 この間に7試合連続で1点差敗戦という最長記録を達成してしまった。
*6 この年の日本ハムも連敗を球団ワーストの14まで伸ばしてしまい、最終的に最下位に沈んだ。ちなみにこの年のシーズン途中に監督が植村義信から大沢啓二に交代したのだが、この14連敗は監督が大沢に替わった後のことである。
*7 2球団が同時に2桁連敗を喫するのは55年ぶり3例目。同一リーグとしては初の出来事。
*8 オスナは先述の大補強にてロッテから移籍、新たな守護神として大活躍していたが、奇しくも強奪されたロッテにより移籍後初のセーブ失敗・初黒星を喫してしまった。
*9 また、この試合は王貞治球団会長が敵地ZOZOマリンスタジアムに駆けつけており、会長の前で大逆転12連敗を見せつける最悪な結果となってしまった。
*10 なお、当時ソフトバンクの他にはオリックス・ロッテ・西武も獲得に名乗りを挙げていた。
*11 楽天が7月5日のオリックス戦~13日の日本ハム戦まで8連勝、西武が7月10日のソフトバンク戦~22日の楽天戦まで7連勝。なお、西武は6月30日~7月9日の間に8連敗して最下位に転落したが、この連勝で持ち直し7月27日時点で5位につけている。
*12 ソフトバンクの連敗は7月7日から始まったため、七夕からの悲劇とも。