俺達

Last-modified: 2022-08-08 (月) 00:01:26

一軍ビハインド時や二軍以下など、重要でない場面では好投するが、一軍の大事な場面では炎上する、いわゆる1.5軍状態の西武投手陣の総称。由来は「俺達でも抑えられたんじゃないか」という状況から炎上するのが定番であることから。また、『西武ライオンズ』→『レオ』→『オレ』から来ているという説もある。
ムエンゴと並ぶ味方への脅威として認識されている。

【目次】


概要・生い立ち

その歴史は古く、2001年頃からねこせん*1に存在していた。野手版俺達とされる「玉野組」(玉野宏昌)「高山組」(高山久)とともに、一軍でパッとしない二軍の帝王について話題にする2ch(現5ch)プロ野球板の雑談スレが発祥。
当時流行した流石兄弟をモチーフに、「今日も先発投手の勝ちを消してやった(ここに「俺達」の成績)ぜ」「流石だよな俺達」等、AAによる掛け合いに対してスレ民が悲喜こもごもに雑談・書き込みするといった内容であった。

2chにおいては、渡辺久信監督時代における西武の中継ぎ陣のあまりの惨状から野球板?やる大矢の派生で「やる俺達」スレが誕生し有名になった、というのが有力な説。ちなみに野球板における俺達スレの初見は2009年8月で2018年11月にdat落ちするまで50スレまで切れ目なく続いた。一度は2019年3月に復活し51スレ目が建つも52スレ目に入っていた11月にdat落ちからスレはフェードアウトした。だが2020年シーズン開幕後の6月20日に復活。なお野球板でAAが貼れなくなったためスポーツサロン板での復活となった。
また、一行AAは流石兄弟を改変した下記のものを用いる*2

    _、_
 ( ,_ノ` )

各選手に存在する固有のAAとは異なり「俺達」ネタにおいてはこれが共通で表現されるようになった。近年では西武球団そのものの顔文字として使われることもある。


AA(テンプレ)

      _、_
    ( ,_ノ` )   
  (⌒`::::   ⌒ヽ 
   ヽ:::: ~~⌒γ⌒)  
    ヽー―'^ー-'   
     〉 ★13 |

炎上すれば国内海外問いません。グローバルな俺達です。
先発に勝ちが無くなるよう全力で炎上する中継ぎ大歓迎!!
劇場型のクローザー、序盤で試合を壊した先発投手、楽しく語り合いませんか?
やる俺達が全力で相談に乗ります。
安心して観れる試合、緊迫した先の見えない場面に火を灯しましょう!

名誉総帥 沼者

※上記のAA及びテンプレは肩書やユニフォームから見て、2012年に沼者が引退した後のバージョンである。


特徴

一軍戦の大事な場面で炎上するのが条件となっており、具体的には

二軍・一軍の敗戦処理等で無双→僅差で起用されると途端に炎上→二軍落ち→(ループ)

を繰り返す投手が襲名する。

また炎上する際の特徴として

などが挙げられる。

これらの炎上を繰り返し、なんJ民によって「俺達」認定されると「熱烈歓迎」され、「○○者」という「俺達名」をつけられる。大抵の俺達名は名前の一部が由来だが、たまにその選手に関するエピソードなどが由来となる。
また、あまりにも凄まじい炎上をしたり、優勝争いやポストシーズンなど土壇場でやらかすと一発で認定されることがある。

転じて一軍のどうでもいい場面やファームでも炎上すると(「俺達」未満という意味で)「僕達」と呼ばれ、一軍戦力と見なされない扱いとなり俺達名さえも授けられずヘイトだけを貯められる。


歴代総帥

現在の総帥は空位。歴代総帥は3名で、いずれも引退・退団後は当然ながら名誉総帥になっている。

  • 大沼幸二(沼者)
    初代総帥・終身名誉総帥・星達名誉総帥
    2000年ドラフト1位入団。主に中継ぎで活躍し2008年から2年連続50試合登板を記録。2011年1月に横浜へ移籍し星達総帥に就任していたが、2012年シーズン途中に突如引退。
    何故か引退後の消息も全く伝わらず、何かしらのトラブルで引退したとも言われている。
  • 小野寺力(力者)
    二代目総帥・燕達名誉総帥
    2002年ドラフト4位入団。150km/hを超える直球とフォークを武器に中継ぎ・抑えで活躍。2006年は59試合7勝3敗29Sを挙げた。
    初代の移籍に伴い2011年に就任するが、就任直後の5月にヤクルトへトレード移籍。総帥の座が暫く空席となった。2012年引退。
    2013年に球団スタッフとして西武復帰。二軍用具担当・二軍マネージャーを経て2016年二軍投手コーチ兼育成コーチに昇格。2017年よりヤクルト二軍投手コーチに就任。
  • 大石達也(達者)
    三代目総帥
    2010年ドラフト1位入団。二代目の移籍から2年の空白を経て就任。一時期覚醒し中継ぎで活躍するが、右肩痛に悩まされ続けた。2019年10月3日に戦力外通告を受け引退、俺達総帥の座は再び空席となった。
    引退後も西武に残り、2020年は球団本部チーム統括部ファーム・育成グループに所属、2021年から西武二軍投手コーチを務める。


歴史

第一次「俺達」全盛期

かつて西武は投手王国であり、黄金期(広岡達朗監督~森祇晶監督)は錚々たる面々*3が集い、東尾修監督時代も粒揃い*4でチーム防御率も2~3点台が当たり前であった。

だが2003年以降チーム防御率が悪化し4点台が目立つようになる。『森慎二→豊田清』に次ぐ長期間活躍できる勝利の方程式を固めきれず、親会社の経営悪化と方針転換、コーチ陣の削減、2007年裏金問題のペナルティ*5等々重なり投手陣も弱体化。「俺達」誕生の土壌が整いつつあった。

『埼玉西武ライオンズ』に改称した2008年こそ日本一を達成したが、リーグ最下位の救援防御率4.15と悪化した救援投手陣に対し有効な補強ができないまま翌年を迎え、遂に長きに渡り西武を苦しめる恐怖の炎上劇が幕をあけた。

2009年

2009年
2009年は昨年の守護神・グラ者の長期負傷離脱を皮切りに、昨年の主力救援陣が崩壊。初代総帥・沼者が7敗、後の二代目総帥・力者も5敗、星者は62試合登板を果たすも皺寄せが来たのか防御率4点台に悪化、ゴム者も打ち込まれ前年の半分以下となる22試合登板に留まるなど繰り返し大事な場面で激しく燃え散った結果、接戦を尽く落とし12球団ワーストの救援投手シーズン29敗、パ・リーグ記録となるサヨナラ負け14回、リーグ最下位となる救援防御率5.31を叩き出した。
そのせいで先発投手への負担が顕著に現れ、特に最多勝と沢村賞を受賞したエースの涌井秀章は酷使に次ぐ酷使に遭い*6、翌年以降西武での成績が下がり肝心な場面で炎上するようになってしまった。
順位も前年の日本一から一転屈辱の4位に転落した。

~シーズンオフ・ドラフトの動向~

  • 一軍投手コーチ・小野和義が二軍降格。
  • OBの橋本武広が一軍投手コーチに就任。
  • ロッテを退団したシコースキーを獲得。
  • 横浜を戦力外となった工藤公康を獲得、16年ぶりの古巣復帰を実現させた。
  • ドラフト1位で菊池雄星を指名、見事6球団競合を制し入団。6位で洋者こと岡本洋介も入団。

2010年

2010年
2010年は長者・偽者・SUN者の台頭に加え、抑えにシコ者が固定され投打が噛み合い優勝争いを展開。リリーフ敗戦数も20に減った。
しかし首位で優勝M5が点いた最終盤に先発含め投手陣が大炎上し怒涛の5連敗。特に結果次第で優勝が決まる9月18日~20日にかけて行われた2位ソフトバンクとの直接対決3連戦は全て痛恨の逆転負けを喫し同一カード3連敗。結果ソフトバンクに首位を奪回された挙げ句、最後は9月26日の日本ハム戦でシコ者が燃え散りサヨナラ負けを喫し、同日優勝M1で試合中だったソフトバンクの逆転優勝を西武自らの手で決めてしまい結局0ゲーム差の2位で終戦。また3年連続リーグ最下位となる救援防御率5.09を叩き出しCSでも中継ぎ陣が崩壊、ロッテに下克上を許し1stステージ敗退と散々な目に遭った。

~シーズンオフ・ドラフトの動向~

  • 一軍投手コーチ総入れ替え。潮崎哲也が解任されフロント入り、橋本は二軍降格。
  • 二軍投手コーチ・小野が一軍復帰。フロントの石井丈裕が一軍投手コーチに就任。
  • 正捕手・細川亨がソフトバンクにFA移籍。この年以降ソフトバンク戦において拭い難いトラウマが刻まれてしまった。
  • 16年ぶり古巣復帰した工藤が戦力外。その後2012年引退。
  • ドラフト会議で後の三代目総帥・大石達也を6球団競合の末1位で指名。牧田和久を2位、野手で秋山翔吾を3位で指名。

2011年

2011年
2011年は沼者・力者の総帥コンビが相次いで移籍し俺達総帥が空位に。さらに昨年の抑えシコ者の長期故障離脱、長者・SUN者の凋落が重なり救援陣が手薄になる。統一球が導入されたにも関わらず先発陣が軒並み調子が上がらず、救援陣も救援防御率2.81と見た目は改善されたが自責点の付かない失点が多く、シーズン序盤から逆転負けが多発し前半戦を借金15の最下位で折り返す。後半戦は抑え転向の牧者、セットアッパーの偽者とハァー者が奮闘、先発では西口文也が復活を遂げ11勝を挙げる活躍を見せ最終戦で3位に滑り込みCSもFinalステージまで勝ち進むが、この年5勝15敗4分と大きく負け越した上目の前でリーグ優勝まで決められたソフトバンクに全敗し敗退

~シーズンオフ・ドラフトの動向~

  • 一軍投手コーチをまた総入れ替え。小野と石井(丈)が揃って解任されフロント入り。
  • 二軍投手コーチ・石井貴が一軍担当に昇格。だが新任の一軍投手コーチに「デス杉本」「壊し屋」等とすこぶる評判が悪い杉本正が就任し不安を煽った。
  • ハァー者・帆足和幸がFA移籍。
  • 牧者が新人王を獲得し先発再転向。
  • ドラフト会議で十亀剣を1位で指名し入団。

2012年

2012年
2012年は新任コーチの疫病神属性が炸裂したのか、抑えに起用した新外国人ゴン者の度重なる炎上を皮切りに、開幕から4勝12敗とつまづき6月まではビハインドでも大炎上。さらに開幕3連敗を喫し抑えに回った涌井改め桶者が5月に女性問題報道され無期限謹慎・登録抹消と足を引っ張り、6月まではビハインドでも大炎上。完投しなければ勝てないと言われる程に統一球とは思えない投壊を見せつける大誤算。
厳重注意の上謹慎処分が解除された桶者や復活した長者に加え乱者・永者の台頭が重なり7月からは持ち直す。8月には一時首位に躍り出るが9月に炎上しファイターズに追い抜かれ優勝を逃し、2位となるもCS1stステージ敗退。リーグ最下位の救援防御率3.68を叩き出した。

~シーズンオフ・ドラフトの動向~

  • SUN者と星者が戦力外。SUN者はヤクルト、星者は楽天に移籍。
  • FA宣言した中島裕之が大リーグ・アスレチックスに移籍。
  • 外国人では広島を退団したサファ者、復帰のシコ者とNPBで実績のある選手を獲得。
  • ドラフト会議では後に守護神となる増田達至を1位で、同じく後に守護神となる高橋朋己を4位で獲得。

当然先発投手にもしわ寄せが及び、特に西口文也涌井秀章帆足和幸岸孝之牧田和久の5人は白星を消される・完投前提の投球を強いられる・中継ぎ抑えで起用される等チーム事情に振り回され、不調や故障を招くこともあった。


「新生俺達」爆誕以降

涌井・岸・帆足・野上・牧田ら主力投手の移籍、石井一久・西口の引退、一時期は3年連続Bクラスに低迷する等々、優勝から遠ざかる憂き目に遭った西武だが、2013年頃から「俺達」の移籍や世代交代、三代目総帥・達者らの台頭など投手陣は徐々に改善されていた。
しかし四代目総帥候補の名前も出ず消滅も噂されていた2018年、山賊と同時に「新生俺達」が突如爆誕。西武の成績が年々下降していくのであった。

2018年

2018年
2018年は絶好調の山賊打線がシーズン開幕から火を噴き、西武は開幕8連勝と好スタートを切り首位に定着。一度も首位を譲らず10年振りのリーグ優勝を果たしたが、中継ぎ陣の炎上も健在だった。

  • 中継ぎ登場直後に野手が拙守をやらかす
  • 5月は中継ぎが炎上し10勝14敗と負け越す
  • 交流戦8敗のうち中継ぎの炎上による敗戦が4つ
  • 6月は救援防御率7.20を叩き出しビハインドでも大炎上、沼者や力者の方がマシと言われる
  • リーグ最下位のチーム防御率4.24・救援防御率4.38

シーズン途中にマーティン・小川龍也・ヒースを獲得し後半戦の中継ぎ陣はある程度改善するも、全て解決できたわけではなかった。しかし絶好調の野手陣と先発陣が中継ぎの穴をカバーできたためレギュラーシーズン無事優勝を果たした。
しかし有利なハズの本拠地*7でCSファイナル・ソフトバンク戦を迎えると怒涛の投壊。5試合で得点28も63被安打44失点(中継ぎが16失点)打たれまくり、下克上を許しCS敗退。優勝したのに死体蹴りにも遭った挙げ句日本シリーズ出場を逃し無念の終戦という余りにも壮絶な幕切れにセレモニーで辻発彦監督が号泣するなど、第一次「俺達」も真っ青な結果を残したのだった。

シーズンオフ、菊池雄星がMLB挑戦を表明。その後シアトル・マリナーズに移籍し3年連続で主力投手が流出。また鈴木葉留彦球団本部長が退職し渡辺久信が球団本部GMに就任。一軍投手コーチの土肥義弘が退任してフロント入りし、後任として第一次俺達全盛期の投手コーチだった小野和義が現場復帰した。

2019年

2019年
2019年は開幕前から怪我人が続出した影響で投手陣が駒不足に陥る。8月には162失点、先発防御率6.34を叩き出し、2018年以上に散々たる火の車状態になっていたが、同じく怪我人だらけのソフトバンクとの壮絶な首位争いの末、シーズン最終盤で首位奪回に成功すると142試合目の9月24日対ロッテ戦に勝利し2年連続のリーグ優勝を果たした。

しかし昨年の雪辱を期してCSファイナル・ソフトバンク戦を迎えるも、またも投手陣が打ち込まれ4試合全てで2桁安打を浴び55被安打32失点の大炎上*8。さらに打撃タイトル5冠を占め756得点を叩き出した自慢の強力打線も13得点と沈黙し屈辱のホーム4連敗2年連続でソフトバンクに敗れ日本シリーズ出場を逃し、今度はファンからブーイングを浴びてしまった

全盛期俺達もかくやの惨状に業を煮やしたのか、シーズンオフに西武は下記の通り投手陣にテコ入れを図った。

  • 三代目総帥・達者を含む大量の投手に戦力外通告。
  • ドラフト会議で上位3人に即戦力投手を指名。
  • 先発左腕、中継ぎ右腕の新外国人投手2人を獲得。
  • 中日を退団した松坂大輔が14年ぶりに古巣復帰。
  • 毎年オフの恒例行事だった主力投手の流出回避
    • 野手で最多安打に輝いた秋山翔吾がメジャー移籍したのみ。十亀がFAだったが宣言残留に成功した。
  • 一軍投手コーチの小野を解任して再びフロントへ戻し、ブルペン担当の乙者こと西口文也がベンチ担当へ配置転換。後任として豊田清がブルペン担当に就任。
  • 球団初となる三軍制を導入した。
    • 現在実質実戦的に三軍として導入されているのは、2011年から現在までに続くソフトバンクと(2011年から1年間の後)2016年から本格導入した巨人のみである。なお広島にも3軍の名称が存在するが、こちらは実戦重視ではなく主にリハビリ及び若手の強化育成が目的である。西武がモデルとしたのは広島。

2020年

2020年
2020年は3月に新型コロナウイルス感染拡大が深刻化し開幕が延期。しかし投手陣に昨年苦しんだ故障禍が無く、既存の面々に加え新戦力が台頭し例年以上に戦力が充実する状態で開幕を迎えた。シーズン開幕後も勝利の方程式や脇を固める救援陣が好投を続け、遂に長年の懸案だった中継ぎ陣の安定が実現。

  • 昨年比0.4点良化した救援防御率3.48
  • 12球団最多となる救援陣シーズン26勝
  • 12球団最少となる救援陣シーズン8敗。昨年の18敗に比べ半分以上の削減に成功した。
  • 12球団最少タイとなるサヨナラ負け0*9

等々、中継ぎ陣が劇的に改善。特に9月26日楽天戦・10月24日ソフトバンク戦は、先発が序盤で降板しても中継ぎリレーで勝利する試合を見せるなど、鉄壁の中継ぎ陣を象徴した年となった。

一方で先発陣の炎上が顕著となり12球団ワースト1位の先発投手シーズン50敗、先発防御率4.87と全盛期俺達も真っ青な投壊に加え、去年まで猛威を振るった打線の低迷が足を引っ張り*10シーズン中盤には一時5位に転落、後々のV逸及び逆転CSを逃す原因となった。
8月後半から主力の復調・故障者の復帰・新戦力の台頭があり西武はロッテと激しい2位争いを繰り広げる。一時は絶望的だった逆転CSまであと一歩、勝利がほぼ絶対条件となる11月8日ロッテ戦*11直接対決を迎えるも、投打にミスを連発し大量8失点の大炎上。大事な場面で激しく燃え散る俺達ぶりを最後に露呈し痛恨の敗戦。CS進出も逃し終戦を迎えた。結局チーム打率5位、チーム防御率ワーストではあったが、2位ロッテには15勝9敗と圧倒。ソフトバンクにも10月以降では唯一まともに膝をつかせて10勝13敗と奮闘した。しかし日本ハム戦とオリックス戦の取りこぼし(とオリックスが極端にロッテに弱かった事)が響いてしまった。

シーズンオフ、西武は下記の通りてこ入れを図った。

  • ともみー者こと高橋朋己が引退。なの者含む4投手に戦力外通告。海苔者ことノリンが退団。
  • 許銘傑二軍投手コーチが退団。後任として3代目総帥・達者こと大石達也が就任。
  • 手薄な左投手3選手を補強。ドラフト2位・佐々木健、日本ハムから金銭トレード吉川光夫、新外国人左腕ダーモディを獲得。
  • 抑えの増田が国内FA権を行使した上で宣言残留。メジャー復帰を希望した中継ぎのギャレットと粘り強い残留交渉の末、翻意させ残留。6年ぶりとなる戦力流出の阻止に成功した。

2021年

2021年
2021年は主力選手が残留し開幕前にメットライフドーム改修も完了。万全の状態でスタートしたハズが、日を追うごとに不安材料が露呈していった。

  • 緊急事態宣言再発出によりギャレットを除く外国人が来日できず開幕一軍回避を余儀なくされ、8年ぶりに純国産の開幕ローテとなった。
  • 昨年を支えた主力中継ぎ陣が俺達化。
    • 守護神・増田が5月1日まで3度のセーブ失敗と2敗を喫し二軍落ち。抑えにギャレットを据えるもリリーフ失敗が相次ぎ配転。宮川・森脇・小川は成績を落とした。
    • ただ1人セットアッパー・抑えに君臨し開幕から登板39試合連続無失点という日本記録を打ち立てるなど孤軍奮闘していた平良も、絶好調な自身の代わりが居ない上好調な中継ぎを酷使する癖がある首脳陣の方針も重なり、前半戦リーグ2位の41試合登板に加えオールスター&五輪代表選出と引っ張りだこ状態に陥ったために故障離脱が危惧され、案の定終盤成績を落とした上右足首を痛め10月15日に登録抹消となってしまった。
    • 結局中継ぎ陣の防御率は3点台に留まるも、中継ぎ陣だけで22敗と前年の3倍近い黒星を喫し俺達復権を見せつけてしまった。
  • 前年同様先発陣の不安定さを露呈。
    • シーズン通してQS率がパ・リーグ最低の約37%。髙橋、松本、今井が規定投球回数をクリアした一方で貯金が伸びなかった。シーズン後半から安定した投球で次代の先発の柱になりうる可能性を見いだした渡邉勇太朗を除く他の先発陣は定着できず足を引っ張る結果となった。
  • 序盤から怪我人が多発
    • 中継ぎ陣で龍者と脇者が開幕一軍を回避。榎者が左手の手術、将者がトミー・ジョン手術を受け長期離脱。
  • 4月上旬、本拠地での楽天3連戦を3連敗。
    • 特に6日は球団ワースト記録を更新する1試合14四死球を叩き出し大敗。
  • コロナ禍に巻き込まれる。
    • 対戦相手の選手・スタッフ感染による試合中止の巻き添えを何度も食らう。
    • 交流戦・5月28日カープ戦直前に源田壮亮のコロナ陽性&チーム内濃厚接触者7人*12が発生。控え野手が捕手・岡田と外野手・鈴木だけな上にダーモディ緊急先発で試合に臨み翌日以降のカープ戦が中止、また代替試合を組んだ影響で8連戦が発生するなどとばっちりを食った。
    • 7月26日には米国から再来日したギャレットが感染。また時を同じくして家族が来日できない中単身日本でプレーする助っ人陣のケアに追われた他、メヒアがコロナ禍不安による家族のケアを理由に退団するなど特別な対応に苦慮した年でもあった。

この年のパ・リーグは大混戦と下剋上の様相を呈し、前半戦終了時点で首位オリックスから5位西武まで6.5ゲーム差にひしめいていたが後半戦になると脱落。10月13日にBクラスが確定し10月30日に所沢移転初年度たる1979年以来42年振り最下位フィニッシュとなった。

シーズンオフ、西武は下記の通りてこ入れを図った。

  • 榎者・龍者・将者・光者らを戦力外。ギャレット・ニール・ダーモディといった外国人投手3名も全員退団。
  • 平成の怪物・松坂大輔が引退。
  • ドラフトでは即戦力と評される大学No.1左腕・隅田知一郎を競合で引き当て1位で獲得。また2位で即戦力左腕佐藤隼輔を獲得。
  • 新外国人投手補強として右腕ボー・タカハシとスミス、左腕エンスを獲得。
  • 投手コーチも大幅に配置転換
    • 二軍と三軍のコーチ区分を無くす
    • 一軍担当の乙者が二軍監督に就任。
    • 三軍担当の初代勇者・青木勇人が一軍担当に昇格。
    • 独立リーグに派遣されていた長者が二軍担当に就任。
    • うちみ者が選手兼任投手コーチに就任。

2022年

2022年
前年最下位からの挑戦を期し手始めに本拠地の名称をベルーナドームに変更。しかし、年明け早々コロナ禍第6波が直撃。開幕前だけで多数の選手・コーチ*13に巻き込まれ、外国人枠の選手も野手のオグレディ以外開幕一軍入りを回避*14したものの、それ以外は順調な仕上がりを見せた。

開幕一軍メンバー

  • 先発陣は2年連続の純国産ローテ。髙橋・松本・渡邉と2年ぶりの與座に加え、ドラフト1位・隅田知一郎とドラフト2位・佐藤隼輔の即戦力ルーキー左腕コンビが開幕ローテ入りを決めた。
  • 中継ぎ陣は守護神・平良が開幕一軍を回避し増者を守護神に指名。安定した投球が戻った飛来者・哲者・亀者に加え、好投が光った佐々木健・水上由伸・大曲錬が開幕一軍入りを果たした。

そして3月25日にシーズンが開幕すると投手陣が安定。さらに開幕から重要な場面をこなす中継ぎ投手が急増し安定した投球を連発。好スタートは切った。

  • 特に開幕3戦目は6点ビハインドから4回以降中継ぎ5人無失点リレーで抑えた結果打線が反撃。見事逆転勝利を収め開幕カード勝ち越し。
  • 平良復帰まで抑えの予定だった増者に安定した投球が蘇り無失点とセーブを連発。
  • 中継ぎに再転向した飛来者に安定した投球が蘇り再びセットアッパーに復帰。なお再び酷使の気配が漂っている
  • 哲者に加え佐々木と水上もセットアッパーを任され好投で切り抜けるようになる。
  • 2カード目の日本ハム3連戦から平良が復帰。故障前と同様圧巻の投球を披露した。なお増田の復活や故障明けも考慮し当面はセットアッパーで起用見込み。
  • 即戦力ルーキー左腕コンビが新人離れの活躍を披露し先発陣がさらに強化。隅田は3月26日のオリックス戦に先発、7回無失点に抑える快投で見事プロ初登板初先発初勝利。佐藤は3月29日の日本ハム戦に先発、こちらも5回無失点に抑え見事プロ初登板初先発初勝利を飾った。

ところが3カード目以降から主砲の山川穂高と正捕手の森友哉が負傷し戦線離脱するとチーム成績が急降下。野手陣が得点力・守備力不足に陥り、先発投手陣も炎上を重ね、中継ぎ陣もビハインド展開で追加点を献上し7連敗を喫した。しかし5月以降は復調しており、特に救援陣が1点台をキープするなど絶好調である。特に5月は12球団唯一救援防御率が1点台を切る0.99という神がかった記録を叩き出した。そして7月にはついに単独首位に立つことに成功。惜しくも前半戦首位ターンは逃したものの後半戦で再び単独首位を奪還。特に7月は抑えの増田達至が離脱をするも残った中継ぎ陣で勝利する試合が増えてるなどまさに鉄壁の中継ぎ陣を象徴している。

なおこの年は他球団が全盛期の俺達も真っ青な炎上劇を見せている。*15


俺達vs.山賊

俺達がネタにされる要因の1つとして「打線が自慢の西武を相手にしていないにも関わらずこの有様」という点もある。
2008年頃から俺達が活発になってきたと同時に中村剛也が覚醒するなど、リーグ屈指の打線が誕生。「打線が点を取った分、俺達が点を吐き出す」という様式美により「最強の矛と最弱の盾」「ノーガード戦法」と形容されるような強力なネタを生み出すこととなっていた。なお上述の通り2018年からの「新生俺達」も山賊と同時発生、「取って吐き出す」のパターンは保たれてしまった模様。
しかし2018年まで、強打の西武所属野手(シーズンに打率3割か20本塁打以上経験者)がパリーグ内に移籍するケースは海外経由の松井稼頭央(元西武→MLB→楽天→西武)と中島宏之(西武→マイナー→オリックス→巨人)以外は無く、西武の強打者が俺達と対戦したらどうなるのかといった疑問が度々上がるようになっていた。
そして2018年オフ、打線の中核であった浅村栄斗楽天に移籍。強打の元西武野手が俺達と対戦する機会が巡ってくる。2019年シーズンが始まると浅村は対西武戦で打ちに打ちまくり最終的には25試合で打率.303・11本塁打・27打点。打率は全体成績より4分高く、本塁打については全体の1/3を稼ぎパリーグ5球団の中で打率・本塁打・打点を最も稼いだのが対西武という案の定な結果になった上、パワプロのアップデートでレオキラーがついた。


俺達構成員リスト

現役選手

現役選手

俺達名選手名備考
増者増田達至2012年ドラフト1位入団。レオの守護神で最速156km/hに達し投球数の約7割を占める直球と縦スライダーが武器。
2015年に最優秀中継ぎ投手を獲得するも、抑え転向後の2018年6月8日・10日巨人戦の炎上と力者・EX者を継いだ背番号14も相まって副総帥候補に浮上。一時元祖以上に「マスコロ」呼ばわりだったが、抑え再転向後から覚醒。
2019年は自身初30セーブを収め連覇に貢献、9月24日ロッテ戦で優勝を決め胴上げ投手になった。2020年は33セーブを挙げセーブ王を獲得。7月25日に国内FA権を取得し他球団への流出が心配されたが、FA行使の上で残留を発表し「生涯ライオンズでやっていきたい」と宣言。
2021年も抑えに君臨するが、4月18日ソフトバンク戦、22日オリックス戦と立て続けにセーブ失敗。特にオリックス戦は味方の野選が絡むなどの不本意な形で3点リードの最終回に4失点と試合ひっくり返され逆転サヨナラ負け。2年ぶりの敗戦投手になった上同一カード3連敗を招く大炎上となった。また5月1日の日本ハム戦で4安打4失点と炎上、敗戦投手となり三度目のセーブ失敗をやらかし4日に二軍落ち。オリンピック中断期間明けの後半戦から一軍に合流、当初は不安定だったが徐々に調子を取り戻した。2022年は平良の出遅れにより代役守護神に指名されるも安定した投球が蘇り、平良復帰後もそのまま守護神に君臨。
達者2号大石同様、上に達が付く名前からこう呼ばれたりする。
平者平井克典2016年ドラフト5位入団。右の変則サイドスローで最速148km/hの直球とスライダー等を武器に、2019年まで西武のセットアッパーに君臨した。2017年にアジアチャンピオンズシップで侍ジャパンに選出されるが台湾戦で大炎上、一部で俺達認定され2代目平者を襲名。
2018年・2019年に関しては一言で言うと「西武どころか現在のNPBの酷使の象徴」
2020年は酷使こそ逃れたが疲労が祟り炎上。11月8日ロッテ戦で致命傷となる送球エラー含む痛恨の3失点を喫し終戦を招く等先発と中継ぎ、一軍と二軍を行ったり来たりのシーズンを送り41試合5勝5敗7H防御率4.18と成績を落とした。
2021年は先発転向し初の開幕ローテを掴み3勝を挙げるも、度重なる炎上をやらかし中継ぎ再転向。
2022年は復調の兆しを見せセットアッパーに復帰。しかし4月1日ロッテ戦の延長10回裏に登板するも源田ファンブルなどに足を掬われ1アウト満塁のピンチを招き、最後は犠牲フライを打たれ痛恨のサヨナラ負けを喫し、自責点0で敗戦投手となった。
飛来者「平井→飛来」から。飛翔癖があることと初代平者・平野将光と区別するために最近ではこう呼ばれることも多い。
剣者
亀者
十亀剣2011年ドラフト1位入団。松田宣浩何故か滅法弱いことで有名。
2018年CSFinal対ソフトバンク戦2試合に登板するが、防御率24.00。10安打を浴び11失点(自責点8)と投手陣ワーストの大炎上をやらかし、松田が十亀の姿を見た途端打ち出し見せ十亀と呼ばれ、最終的には「十亀が4代目総帥で良いだろ」と言われてしまった。
2019年は先発で好投するが中継ぎで炎上する事がしばしばみられ、4月23日のロッテ戦と5月6日の楽天戦で大炎上し大顰蹙を買った。
また悪送球が非常に多いことでも有名で*16送球イップスでは?」と心配されたり「十亀の時はピッチャー返ししとけばいい」と揶揄されたりしている。
余談だが、ピッチング時の写真が白目を剥いていたり力みすぎていたりと壮絶な顔芸を抜かれていることが多い。具体例
2021年は主に中継ぎ登板。5月16日ロッテ戦で監督とコーチ陣の伝達ミスから無駄に目立ち憮然とした表情が公にされてしまった。
武者
隈者
武隈祥太2007年高校生ドラフト4位入団。2014年~2017年は貴重な左の中継ぎとして活躍、2015年から3年連続55試合登板を達成。2018年7月21日の対楽天戦に緊急登板するがヒットと2四球で満塁にし田中和基に逆転満塁本塁打を浴び敗戦。かつての俺達再来を告げる試合でもあったため、Twitter上では4代目総帥候補に度々名が挙がっていた。
2019年は先発専念の予定だったが、チーム事情で結局中継ぎに戻った。開幕が遅れた2020年は日本ハムとの開幕3戦目、8回に登板するも3失点した挙句満塁にし降板、後のタム者にランナーを全て返された。チームも2-12と大敗し翌日即二軍落ち。
2021年シーズンは昨年の主力中継ぎ陣が総崩れになる中復活、40試合以上を投げ防御率は1点台の活躍を見せている。
なお武隈への非難が少ないのは、投手の生え抜き組で最も在籍年数が長く、低迷期を支えた功績と、毎年武隈より派手にやらかす投手がいる事が要因と思われる。
タイ者佐野泰雄2014年ドラフト2位入団。2019年3月3日のオープン戦・広島戦(長崎)で一塁ベースカバーを怠る&悪送球の後へらへら笑う、直後タイムリー&特大被弾とかつての俺達も真っ青な怠慢を働き西武線住民の怒りを買い襲名、試合後即二軍落ちとなった。さらに7月8日ソフトバンク・鷹の祭典では増者同様に回を跨ぎ、同点で迎えた延長12回1死1・3塁から申告敬遠で満塁にしそのまま犠牲フライを打たれサヨナラ負けし敗戦投手となった。しかし6月11日の巨人戦では達者3号こと今井達也の代わりに緊急先発。4回無失点に抑えるなど自己最高の44試合登板2勝2Hを挙げ成長を見せた。
由来はタイ人と日本人のハーフである事から。*17
将者齊藤大将2017年ドラフト1位入団。2019年6月5日の広島戦で、脇者をリリーフ。しかし田中広輔に満塁弾を被弾し襲名。
制球力が良くなく1イニングに1個の割合で四死球を与えており上述の2019年8月13日のオリックス戦で先発するが3回で2死球を与え乱闘・警告試合の伏線を作り、脇者共々即二軍落ちとなった。2020年オフ、背番号を19から57に変更。
2021年シーズンはトミージョン手術を受けた関係でシーズン登板はなく、オフには育成落ちとなった。
タム者田村伊知郎2016年ドラフト6位入団。イチローと呼ばれる事も多い。 2020年6月21日の日本ハム戦で8回2死満塁で中継ぎとして登板し武隈の残したランナーを全て返した挙げ句9回更に2失点と火に油を注いだため襲名。しかしこの年はほぼシーズン通して一軍に帯同、自己最高の31試合0勝0敗防御率3.95の成績を残し成長の足跡を残した。
2021年はオープン戦から不安定さを露呈。2月24日オリックス戦の最終回に登板すると4安打3失点と大炎上。最後はサヨナラ振り逃げが成立し逆転サヨナラ負けを喫した。4月20日のオリックス戦では、アダム・ジョーンズ杉本裕太郎相手に2者連続の押し出し死球を与えるだけでなく、その後犠牲フライ、2本のタイムリーを浴び一気に5失点し晒し投げとなってしまった。その後はそこそこの活躍を見せ、9月24日の試合にプロ初勝利を挙げた。
本者
圭者
本田圭佑2015年ドラフト6位入団。同姓同名のサッカー選手がいるため「ケイスケホンダ」などと呼ばれる事も多い。また登板時には「 ̄|の|び|し|ろ| ̄」スレが立つがこれもサッカー選手の方のネタを引っ張ってきたもの。彼を検索したい場合は「本田圭佑 野球」と「野球」をつけないと100%サッカーの本田圭佑が出てくる上に、球団公式でネタにされていて本田自身も自覚して開き直っている。
2019年は16試合に先発しプロ初勝利を含む6勝を挙げ躍進、コマ不足の投手陣を支えた。マジック9で迎えた9月16日ロッテ戦に先発するが中盤に炎上したため襲名。その後上がった中継ぎ(なの者、國場翼、タイ者)も大炎上。これまで4戦4勝していたロッテ相手に敗戦投手となったが、同日ソフトバンクも日本ハムに敗戦したためマジック消滅と首位陥落は免れた。
同年CSFinal対ソフトバンク第4戦に先発。チームが3連敗を喫し後が無い中、4回途中3失点で敗戦投手となりCS敗退を決めてしまった。
2020年は開幕から先発で孤軍奮闘しているが、今度は打線の援護に恵まれず、投球回と白星を稼げない状態に悩まされていたが、8月16日の楽天戦で漸く打線の援護に恵まれ、初白星を挙げた。
2021年シーズンは出番が少なくなった。
2022年は4月26日に1軍昇格を果たすと以降は中継ぎで成長を見せ、増者の新型コロナウイルス感染によって平良が守護神に回ると、その平良の投げていた7回に食い込み勝利の方程式入りを果たす。また、オールスターに増者の代替選手として初出場し、中継ぎで2登板。いずれも無失点で抑えた。
うちみ者内海哲也2003年ドラフト自由獲得枠で読売ジャイアンツ入団。巨人時代7度の2桁勝利・最多勝2回・最多奪三振1回を獲得、2度のリーグ3連覇と2009・2012年の日本一に貢献した元エース左腕。何故か巨人時代から俺達名が付けられており、そのせいなのかFA移籍した炭谷銀仁朗の人的補償として2018年12月21日付で西武に移籍した。
2019年は故障等によりプロ入り後初めて一軍登板なしに終わる。
2020年は左腕が回復しキャンプに参加。開幕一軍は逃したが二軍で先発し好投を重ねるまでに復調。8月22日一軍昇格しオリックス戦に移籍後初登板即先発。6回3安打4失点(自責3)と粘るもアダム・ジョーンズに痛恨の2発を浴び惜しくも敗戦投手となったが、辻監督から投球を評価され9月2日ロッテ戦に中10日で先発。両足がつりながら5回無失点と投げ抜き2018年8月21日以来743日ぶりの白星を挙げ復活を果たす。
2022年から投手兼任コーチに就任。
哲者宮川哲2019年ドラフト1位入団。本格派右腕で主に最速154km/hの直球とパワーカーブが武器。入団と同時に歴代総帥が着用した背番号15*18を継承するなど早くも俺達入りを期待されてしまう。
2020年は新人ながら開幕一軍を勝ち取り6月20日の日本ハム戦でプロ初登板。一時陰りが見え8月8日の日本ハム戦で敗戦投手となり俺達への第一歩を踏み出すも、新人ながら開幕から一度も抹消されずセットアッパーとして一軍を支え続けシーズンを完走、49試合2勝1敗13Hの大活躍を見せ上位争いに貢献した。
しかし2021年は二年目のジンクスに嵌まったか成績を落とし総帥就任アピールをやらかす。5月1日の日本ハム戦で杉谷拳士にサヨナラ押し出し四球を与え痛恨の逆転負けを喫し*19、2日後のオリックス戦でもやらかし四代目総帥候補に浮上。更に6月6日のヤクルト戦で1点リードの8回に大炎上の末逆転負けを喫した。
ちなみに若手に見えない髪型とちょび髭の風貌からベテラン扱いされることも。

俺達OB(抜粋)

俺達OB(抜粋)

俺達名選手名備考
ゴム者岡本真或*202008年中日にFA移籍した和田一浩の人的補償で移籍。由来は名字と「オカモト株式会社」の語呂合わせから。2010年は韓国リーグLG、2011年は楽天でプレーするも一軍登板はなく*21同年現役引退。
現在仙台で飲食店を経営。
長者長田秀一郎2002年自由獲得枠で西武入団。セットアッパーで活躍し西武時代2度の50試合登板を果たした。2013年DeNAに移籍
2016年戦力外通告、翌2017年からBCリーグ・新潟アルビレックスBCでプレーし、同年限りで引退。
2019年よりライオンズアカデミーコーチ兼NPBジュニアトーナメント・ライオンズジュニアコーチに就任。2020年12月24日付でライオンズ球団本部チーム統括部ファーム・育成グループ付スタッフに転属し、早速2021年1月25日付でBCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズに派遣され投手コーチに就任し、同年オフには二軍投手コーチに就任する事が発表された。
偽者
篤者
岡本篤志2003年ドラフト6位入団。ゴム者と区別するため「真の反対は偽」という対義から俺達名が取られ、ゴム者移籍後は「篤者」と呼ばれることが多い。2年連続誕生日(5月20日)に炎上したためこの日を俺達記念日にする偉業を成し遂げた。三代目総帥最有力候補だったが2016年引退。
一時期タレントに転身したが現在は日本とミャンマーを行き来する生活を送っている。私財を投じミャンマーで野球普及に尽力する傍ら、エンジニア人材育成会社の代表取締役社長をしている模様
SUN者藤田太陽2009年7月、水田圭介とのトレードにかかり阪神から移籍。2013年ヤクルト移籍、同年現役を引退。
2015年に社会人野球で現役復帰し2020年に再び現役引退。現在ロキグループ会社員兼社会人野球・ロキテクノ富山監督。
星者星野智樹1998年ドラフト3位入団。変則サイド左腕で主に中継ぎ・ワンポイントで起用。2004年から3年連続55試合登板、2008年から2年連続60試合登板を果たした左殺しのスペシャリスト。2013年楽天移籍、同年現役引退。
現在は野球解説者兼ライオンズアカデミーコーチ。2018年よりNPBジュニアトーナメント・ライオンズジュニア監督を務めている。
ハァー者許銘傑1999年オフに入団。先発・中継ぎで活躍し12年在籍した。由来は文化放送ライオンズナイターのジングル音声ではっきりとため息が入っていたことから。2011年から登録名は「ミンチェ」。
2012年に助っ人外国人では初となるFAでオリックスへ移籍、2016年に台湾リーグ・中信兄弟にて引退。2017年に中信兄弟の投手コーチを務め、2018年~2020年は西武二軍投手コーチを務めた。2021年より台湾プロ野球・楽天モンキーズの一軍投手コーチを務める。
永者松永浩典2005年大学・社会人ドラフト希望枠入団。2012年は星者に代わり一軍帯同、56試合登板2勝1敗12Hを挙げ乱者に次ぐ貴重な変則中継ぎ左腕として優勝争いに貢献した。2014年引退、現在は会社員。
麿者野上亮磨2008年ドラフト2位入団。
先発として2013年と2017年に11勝を挙げた。
2017年オフにいろいろあり巨人へFA移籍。しかし西武打線の援護を受けても勝率がやっと5割だった為、巨人ファンでさえ不安視されていた。2018年4月22日には自身の人的補償である勇者との移籍1年目で同日勝利という史上初の快挙を成し遂げるが、以降は敗戦処理でしか使えなかった為、案の定兎達の一員となった。その後は度重なる大怪我との闘いを続けていたが2021年引退。
サファ者デニス・
サファテ
2012年オフに広島から移籍。2013年は58試合登板9勝1敗10S16Hの好成績を挙げるもオフに自由契約が公示され、ソフトバンクへ移籍。
移籍後も稀に投球内容が悪い時に使われることがあるが、2017年にNPB記録のシーズン54セーブを達成した。その後は怪我との闘いとなったが2021年引退。
ゴン者
ゴン者レス
エンリケ・
ゴンザレス
2011年秋季練習中のテストに合格し入団。当初抑えとして起用されるが、2012年3月31日の日本ハム戦で初登板するとセーブ失敗、逆転負けを喫し襲名。5月までに度重なるセーブ失敗と逆転負けで4敗を喫した為二軍落ち。その後先発で2勝を挙げるも5回投げ切る事が限界だった事もあり、戦力外通告を受け退団。
その後はメキシカンリーグを経てIBL(イタリア・ベースボール・リーグ)で現在もプレー。また2009年・2013年にはWBCベネズエラ代表に選出された経験もある。
EX者江草仁貴2011年5月、阪神から移籍。西武時代は力者の背番号を継いでいたこともあり三代目総帥最有力候補だったが、翌年広島へ移籍。2017年引退。
現在は広島市で株式会社キアン代表取締役、大阪電気通信大学硬式野球部投手コーチ、2021年より地元福山市のFMふくやまのラジオパーソナリティも務める。余談だが、熊本に新設された独立リーグ・火の国サラマンダーズの名付け親でもある。2022年から阪神二軍投手コーチに就任。
洋者岡本洋介2009年ドラフト6位入団。先発中継ぎ両方こなす便利屋ポジション。西武時代にゴム者や篤者が在籍していたため洋者と名付けられた。
2018年3月、前述の榎者との交換トレードで阪神へ移籍。シーズン終盤に「猛虎七武海」入りするも炎上。榎者の活躍に反比例したため阪神ファンの間では詐欺トレード扱いされた。2019年オフに戦力外通告を受け引退し阪神のプロスカウトに転身。
岡者阪神時代はこちらもよく使われていた。
シュリ者ブライアン・
シュリッター
登板時には「 ̄|シ|ュ|レ|ッ|ダ|ー| ̄」スレが建つ。
2019年にはオークランド・アスレチックスでメジャー復帰。
御者上記暖簾スレ内での呼び名「御社」の捩り
飴者アレクシス・
キャンデラリオ
由来は「キャンデラリオ」→「キャンディ」→「飴」。
2017年のみ在籍。初登板時に3回7失点の爆発炎上を起こし即2軍行き、そのまま昇格できずに退団。
伍者スティーブン
・ファイフ
「ファイフ」→「ファイブ」→「5」。
飴者が使い物にならず2017年7月に補強。2試合目の登板で初勝利をマークするもその後は爆発とKOの日々だった。
ワグ者ニール・
ワグナー
登板時には「 ̄|ワ|グ|ナ|リ|ア| ̄」スレが建つ。
2018年の西武のリリーフでは珍しく安定していたが、増田の不調により抑えに転向してからは途端に不安定になり襲名。
なお優勝を見届けることなくウェイバー公示された。
カス者ファビオ・
カスティーヨ
先発からクローザーに転換するも、炎上して先発投手の勝ち星を消すことが多いため襲名。しかし味方の再逆転で自身が勝ち投手になることも多い。2019年7月31日にウェーバー公示にかけられ退団。
勇者高木勇人2017年オフ、巨人にFA移籍した麿者の人的補償で入団。早くも2代目勇者を襲名し初代である青木勇人*23と区別するため勇者高木とも。
2018年8月1日ソフトバンク戦の4回だけで6失点と大炎上。2019年4月21日ソフトバンク戦でも1回5失点と再び大炎上し即二軍落ち。
尚、宇宙人四天王に匹敵するかなりの天然でアホの子エピソードに事欠かない。2019年に戦力外通告を受けた後は国内外を転々とし現在メキシカンリーグに所属。
オム者巨人時代のインタビューでの発言で、オムハヤシが好物であることに由来する
マー者カイル・
マーティン
2018年7月にボストン・レッドソックスから移籍。22試合2勝1敗10H1Sを挙げリーグ優勝に貢献。2019年も勝ちパターンの一角を担ったが、夏場に炎上等を繰り返して襲名。
四代目総帥候補筆頭と目されたが、10月30日付で球団から契約解除及びウエーバー申請が発表され退団が決まった。
ともみー者高橋朋己2012年ドラフト4位入団。左スリークォーターから最速152km/hの直球とスライダーが武器で、低迷期の西武を支えた貴重なストッパー。
2013年は左肩故障から回復後に台頭、10月8日ロッテ戦でプロ初勝利を挙げた。2014年シーズン途中から抑えに固定され、2015年まで2年連続60試合登板、2年計51S・27Hを挙げた。2014年に侍ジャパン日本代表に選出、日米野球で2試合登板した。
しかし2016年以降トミージョン手術や左肩関節痛等の故障に苦しみ出番が激減。2018年オフより育成契約となりリハビリの日々を送るも左肩が回復せず、2020年限りでの現役引退を表明。引退後はライオンズアカデミーコーチ兼野球解説者。
俺達名は、登板時に流れる登場曲『Follow me』(e-girls)の歌詞中にある「Follow me」を「ともみー」と替え歌されていたことに由来。
なの者野田昇吾2015年ドラフト3位入団。俺達名は自身のキャッチコピー「のだなのだ」が由来。
武者のことを師匠と仰ぎ、師弟共々の炎上が多いため襲名したものの、2018年は58試合登板1勝19H1Sの活躍を見せ10年ぶりリーグ優勝に貢献した。
その後は成績が伸び悩み、2019年9月3日のオリックス戦で3四球して辻監督に「投げたっけ?」と言われた末、2020年11月13日に戦力外通告を受け引退。その後の音沙汰は定かでなかったものの、2021年7月になりボートレーサー養成所に10月より入所することが決まったと報じられた。
るるきゃんの旦那者2020年元日に声優の佳村はるか*24と入籍を公表したことで付いた。
海苔者ショーン・
ノリン
2019年オフ入団の助っ人左腕。最速149km/hの直球、制球の良さ、投球ごとにフォームを変える変則的なマウンドさばきが武器。
2020年8月29日に一軍昇格、チーム打率1位の楽天戦に初先発初勝利を収め期待されていたが、2020年9月12日ソフトバンク戦で7失点と大炎上し襲名した他、2度の故障でわずか5試合の登板に留まったスペ気味体質が足を引っ張り退団となった。
太者松坂大輔1998年甲子園春夏連覇を成し遂げ同年ドラフト1位入団。言わずと知れた「平成の怪物」だが、なぜか「俺達」発足当初から俺達名を持つ。体型と名前を捩った「太輔」が由来で、メジャー移籍以降からどんどん肥満化が進行中。
2006年オフにメジャー移籍。その後ソフトバンクと中日を経て2019年オフに西武復帰。しかし2020年7月に頸椎を手術。2021年を最後に引退。
榎者榎田大樹2018年3月洋者との交換トレードで阪神から移籍。直後シーズン11勝を挙げる大活躍で一時は阪神ファンから詐欺トレードと言われたが翌年以降は西武に染まってしまった。移籍後は先発起用が多かった。
2021年は5月31日の二軍試合中に左手に打撃直撃を受け全治3ヶ月以上の怪我を負い、オフに戦力外となり2022年1月に引退を表明。同時にライオンズ球団本部ファーム・育成グループバイオメカニクス(一軍グループ兼務)兼企画室アライアンス戦略担当に就任した。
エネゴリ者ENEOSのキャラクターに似ているとされたため。単にゴリ者とも。
エノゴリ者阪神時代に付けられたあだ名が由来。名付け親はEX者か岩田稔とされる。
龍者小川龍也2009年ドラフト2位で中日ドラゴンズ入団。第3回WBCフィリピン代表経験を持つ変則サイド左腕で、2018年7月に中日から金銭トレードで入団。地元千葉での試合となった9月22日ロッテ戦であわや敗戦となるカオス守備を見せたため襲名。また左腕だが左打者に弱く吉田正尚から痛恨の一発を浴びやすい。
西武移籍後貴重な左の中継ぎとしてブルペンを支える。2019年は6月5日の広島戦でリリーフ登板するが、田中広輔に適時打を浴び打者1人で降板。後続の脇者と将者もやらかし1-9で敗戦(上述)したこともあった。しかし、この年はキャリアハイとなる55試合4勝1敗15H防御率2.58(増田に次ぐ2位)を挙げパ・リーグ連覇に貢献。
2020年も38試合2勝1敗防御率2.10とまずまずの成績を残したがオフに左肘の手術を受け、翌2021年はシーズン登板は激減しオフに戦力外。2022年は現役続行しメキシカンリーグに挑戦、過去に荒波翔が在籍したモンテレイに入団した。
光者吉川光夫2006年ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズ入団。2012年にMVPや最優秀防御率などを獲得した日本ハムの元エース左腕だが、その後は低迷し巨人→日本ハムと転々。2020年11月、金銭トレードで西武移籍。引退したともみー者の背番号43を与えられるも、近年の体たらくもあり早速俺達扱いされ襲名。
2021年は中継ぎとして開幕一軍入りを果たすも、自身の誕生日でもある4月6日に行われた楽天戦で2回途中8失点と大炎上を喫し二軍落ち。以降一軍での出番はなく戦力外となり、2022年はBCリーグ・栃木へ選手兼投手コーチとして入団した。


関連動画


関連項目


関連リンク(外部)



Tag: 西武 プロ野球板 AA


*1 西武専スレの名称。現在は「西武線」表記も多い
*2 一行AAとあるが二行使っている。また、これも元は「( ´_ゝ`)(フーン)」という単体ネタである。
*3 主に西鉄時代から先発の柱だった東尾修と移籍後復活した高橋直樹の他、松沼博久(兄)・松沼雅之(弟)・渡辺久信工藤公康・郭泰源・渡辺智男・石井丈裕・新谷博・森繁和鹿取義隆潮崎哲也・杉山賢人らが台頭し黄金時代を支えた。
*4 主に西口文也松坂大輔豊田清石井貴・橋本武広・森慎二・デニー友利・土肥義弘らが台頭した。
*5 ドラフト指名権一部剥奪、およびアマチュアチームへの出入り禁止。これにより同年の有望選手への挨拶や指名が困難になった。また、この1件および3年前の不祥事などが元で逆指名→自由獲得枠→希望枠と続いていたドラフト前に予め選手を獲得できる制度は完全に廃止された。
*6 2006年から続く勤続疲労に加え2008年の北京五輪・日本シリーズ・アジアシリーズ・2009年WBCに出場した上、2009年レギュラーシーズンは中継ぎに頼れず毎試合完投を余儀なくされた結果211回2/3を投げ完投11、1試合平均約130球を投げ合計3555球を費やす酷使無双っぷりを体現してしまった。
*7 当年はホームでの対ソフトバンク戦成績が9勝4敗と得意な上にアドバンテージ1勝付き。ビジターでの対ソフトバンク戦成績は4勝8敗と苦手にしていたことから、誰が見ても西武の圧倒的有利な状況だった。
*8 3者凡退できたのはニールとヒースの計5イニングのみ、被打率は.357
*9 2020年は西武の他にも中日が達成。
*10 試合数が減ったとはいえ得点数が前年の756から479、チーム打率が.265から.238と大幅に悪化、打撃タイトル5冠を占めた前年とは一変して2004年以来16年ぶりとなる打撃タイトル獲得者がゼロと完全に山賊が鳴りを潜めた。
*11 この試合で西武勝利なら翌日「ロッテ勝利・西武敗戦」以外の全ての結果でCS進出が決められる有利な条件を得るものの、西武敗戦なら即ロッテCS進出が決まるため、絶対に敗戦は許されない状況だった。
*12 ニール(当日の予告先発。当然先発回避)・佐野・木村・金子・柘植・愛斗・熊代
*13 戸川大輔、山田遥楓、内海哲也投手兼任コーチ、外崎修汰、山川穂高、川越誠司、長谷川信哉、金子侑司、平沼翔太、平良海馬、上本達之ファーム打撃コーチ赤田将吾ファーム外野守備走塁コーチが感染。また他球団も例外ではなく、ヤクルト二軍投手コーチにして二代目総帥・力者も感染した。
*14 政府の水際対策強化措置のため全員一時入国できなかった。ライオンズは昨年最下位の事情もあってか外国人枠の選手を総入れ替えし、今年は5名全員新外国人(新規入国者に該当する)で固めている。3月にようやく入国制限が緩和された。
*15 特に4月までの阪神、6月以降急激に防御率が悪化した巨人、8回を固定できない広島、パ・リーグでは7月頃から炎上の気配が見えてるロッテや楽天。
*16 YouTubeには十亀の悪送球」という動画がある。また捕球技術は高いため「捕球A送球G」とも言われる。なお、パワプロの最新のデータでは捕球E送球Eである。
*17 そのため場合によっては人種差別に繋がりかねないので使用には推奨していない。
*18 2002年~2010年まで初代総帥・大沼幸二、2011年~2019年まで三代目総帥・大石達也が着用。大石とは誕生日(10月10日)も同じ。
*19 9回裏1アウト1・2塁で登板。4-4の同点に追い付かれた増田をリリーフするも、宇佐見真吾ストレートの四球を与え、続く杉谷にもストレートの押し出し四球を与え逆転サヨナラ負け
*20 登録名の変遷は「真也」→「慎也」→「真或」。
*21 青山浩二や中日時代の後輩でもある小山伸一郎*22ら数年前から活躍しているリリーフ陣に割って入ることが出来なかったため。
*22 袖達名誉総帥。袖達名は「袖者」。
*23 当時広島三軍コーチ。2021年から西武一軍コーチ。
*24 なの者のボートレーサー養成所入りが発表されたと同時に、第1子となる男児を出産したことをブログで報告している。