PPSh-41

Last-modified: 2022-04-09 (土) 18:50:42

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PPSh-41短機関銃 (※)

仕様

種別     短機関銃
口径     7.62mm
銃身長    269mm
ライフリング 4条右転
使用弾薬   7.62×25mmトカレフ弾
装弾数    71発(ドラム形弾倉)/35発(箱形弾倉)
作動方式   シンプル・ブローバック方式、オープン・ボルト撃発
全長     840mm
重量     3500g
発射速度   900~1000発/分
銃口初速   488m/秒
有効射程   150m

概要

 PPSh-41は、ソビエト連邦で開発された短機関銃。1939年の冬戦争にてソ連軍は、ボルトアクションで連射の効かないモシン・ナガン小銃を装備していたが、連射の効くスオミKP/-31短機関銃で武装し、近距離でゲリラ戦を繰り広げるフィンランド軍に苦戦した経験から、ゲオルギー・シュパーギン技師が設計、1941年に開発完了させた。一般的に「ペーペーシャ」と呼称される。
 巨大なドラムマガジンと異様な銃身放熱カバーが特徴的なこの銃は、主に第二次世界大戦の独ソ戦に使用され、豊富な装弾数と驚異的な連射速度から、塹壕戦や室内戦など、近距離においては凄まじい制圧力を発揮した。この銃で武装したソ連兵と対峙したドイツ兵らは、この銃のことを「バラライカ」と通称している。しかし、特徴的なドラムマガジンは生産性が悪い事に加え、内部のゼンマイが弾け飛ぶといった事故が起きたため、1942年からは一般的な箱型のマガジンも生産されるようになった。箱型マガジンでは装弾数が減ってしまったが、機構の単純化による信頼性と生産性の向上を果たしている。
 第二次世界大戦後にソ連軍はAK-47へと更新し、余剰となったPPSh-41は東側諸国へと供与。朝鮮戦争やベトナム戦争において共産主義勢力の主力短機関銃として使用されている。
 
 日本にも一応存在しており、北海道の旭川市にある北鎮記念館や、茨城県の陸上自衛隊土浦駐屯地・武器学校に展示されている(参考画像)。ただし存在すると言っても元が古い外国製軍用銃なので、日本国内での入手難易度は高い。それに弾をばら撒くので弾薬消費量が大きいのも欠点である。
 
 
※出典:ウィキメディア・コモンズ パブリックドメイン (https://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Soviet_PPSH-41_sub-machine_gun.JPEG