人詐

Last-modified: 2023-05-28 (日) 23:49:41

身尽(みつく)なる村ありて、わびしき村なるが、大きなる祠あり。その中まだ誰も見ざらぬなり。人、中ににんさありといふ。そは姿おぼめかし、ただおそろしきものとして伝へる。

『訥然抄』楓葉之段


みつくなどいふ村に魑魅ありと聞く。人を詐るとかきてにんさと云ふ。いづれの御時か、雪滌(ゆきでき)のなにがしという者の、都より下りたるありて、にんさなど恐るるに足らず、数ならぬけだもののごときをいかでしさらむとて剛なる男ども五六人引き連れておらん所に向かふ。ののしりつつ住まはるべき祠をうち倒しにかかる。執りせたりて、雪滌おどろくと、男どもおらず。あやしがりて尋まば、男どもみな体引き伸びてそのかいなを裂かれ、足を潰され、面を裂かれてかいなに懸けられ、木のごとくなる様で絶え入る。雪滌わななきわななき逃れて、無残なる大犯人ありと騒ぎけり。人なかなかにんさを畏れぬなり。

『⬛︎⬛︎国風土記』巻之十三


其の村既に廃村なるが、祠一つあって、近傍の村民触るべからずと告ぐ。聞けばにんさとか称する化物ありて、見れば祟りありと伝わる。その化物、一睨みすれば忽ち人は息絶え、その怪力なること空の星を消すことも能ふとす。廃村にして調査における緊要ならずが面白き伝承なり。

『巡察郡村调査』第十二号 洞葺郡


確かにあの祠に入つたのは儂が最期かも知れない。…九つのころ遊んでいる時につい入り込んだ。祭りの時でないなら近づいてはならぬ、入つてはならぬと大人に強く言われていたけども興味もあつた。それで祠の近くまで行つてみた。すると訥然に頭がくらくらし、四方が靄に包まれ始めた。ぞつとするような寒気が身を覆い祠がぎしぎし䡂み、やがて扉に毛深い手がぬっとかかって…そこからは覚えておらん。無我夢中で逃げ帰ったんだらう。矢張あそこには何か触れてはいけないものがいたと今でも思つている。

『地方民俗調査詳報』第三号


…こうして、身尽村の祠に辿り着き、恐る恐る足を踏み入れてみた。何もなかった。本当に、朽ちた祠しかなかったのだ。詳報等の史料にあった魑魅魍魎や獣の痕跡はなかった。そもそも祭祀跡すら一切なかったのだ。いくら遠い昔に廃村になった村の禁足地とは言え、祠なのだから古来の祭祀跡ぐらいは多少残ってもいいものだが、何もない、ただの朽ちかけた少し大きい小屋だったのだ。ここで気づいたのは、祠の所在地が盆地であるということだった。ガスが滞留し幻覚を見せるという幻を見せるという事例は確かに存在するので、ちゃんと調査はしなければいけないが概ねそういうことだと思う。雪滌某が見た惨状も、詳報の老人が見た化け物の手も夢幻だったのだろう。収まりはつくが少し寂しいものだ。

『怪話探究』十巻


官報 号外第⬛︎⬛︎号 行旅死亡人
本籍・住所・氏名・年齢不詳、性別は男の全身骨が現存。ただし縦裂し著しく損傷している。
 この遺体は、洞葺郡身尽村における宅地工事に係る緊急発掘調査において15世紀ごろの地層から発見されたものである。死亡の日時は平安時代から室町時代ごろと推定される。所持金品は特になし。
 ついては、身元不明のため火葬に付し保管しておりますので、心当たりのある方は、美彩市福祉事務所福祉生活課までお申し出ください。

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