【餓死】

Last-modified: 2021-01-26 (火) 16:00:34

概要

飢えて死ぬこと。
あらゆる生き物が生きていくうえでは定期的に食物を摂取してエネルギーを補給することが必要不可欠だが、それを十分に行えない場合、栄養失調により衰弱して最悪の場合は死に至る。
 
本編シリーズではイベントシーンに食事の映写がある程度で、一貫して食糧事情等の描写はない。
【おべんとう】【チーズ】など、どう見ても単なる食糧としか思えないようなアイテムでも、それを持っているとかいないとか、使ったとか使わなかったで何が変わるという事もない。
旅先でしばしば白骨死体を見かけることはあるが、調べたところでテンプレの台詞が出るのみで死因に言及されるケースはなく、それがモンスターの手にかかったものなのか、単純に行倒れたものなのかは不明。
まあパーティーの食事事情までシステムに組み込んでしまうとゲームが複雑になってしまうため、単純に省かれているというだけで、実際は随時購入・補給しているものと脳内補完しておこう。
 
直接関係があるのは、【食料】のステータスがあるキャラバンハート、ローグライクゲームのシステムの上に作られている不思議のダンジョンシリーズ、モノづくりゲームのビルダーズシリーズ。
こちらは【満腹度】の概念がステータスとして設定されており、うまく回復させていかないと飢えでダメージを受けたり最悪餓死してしまうことがある。

DQMCH

キャラバンハートには【食料】のシステムがあり、これが0になるとガードモンスターのHPが減り始める。
HPも0になると全滅なので、つまりこれも一種の餓死といえよう。
ただし食料0、HP1の状態で歩いても【死亡】はしない。

不思議のダンジョンシリーズ

満腹度が0%で食べられるアイテムもなくなり、それによってHPを失って行き倒れること。
 
満腹度はなにかしら行動すると減少し、【パン】等を食べると増加する。
満腹度が0の状態でさらに行動をすると今度は1ターンにつき1のHPが減少していき、これによってHPが0になると「餓死」したことになる。
何せシステム上1歩でも歩けば1ターンカウント、HP0で力尽きるのが優先されるので、満腹度0%、HP1の状態で1歩先にパンがあったりするとやりきれなくなる。
 
トルネコ2の【冒険の記録】には「うえて倒れた」と記録され、
トルネコ3の【冒険の履歴】には「お腹が減って倒れた」と記録される。
 
栄養失調による体力の減少は怪我などとはまるで別物なのだが、このゲームではとりあえずどちらもHPが減るという同じ現象に統一されている関係で、怪我を治療するためのものであるはずの【やくそう】【ホイミ】などで飢えによって減ったHPも回復できる。しかし焼け石に水状態なので早急に何かしらを摂取して腹を満たさないと餓死するのは時間の問題である。

DQB

本作にも満腹度の概念があり、満腹度が0になると主人公のHPが減り続け、HPも0になると餓死する。
 
【1章 メルキド編】では最初は表示されておらず飢え死にすることはないが、ストーリーを進めると空腹を感じ始めて表示されるようになり、そこから食料が必要となる。
 
また、同章にて訪れる新メルキドの廃墟にて発見できる資料から飢餓に悩まされ、それによって人々が争い最終的に滅んだことがわかる。
当時のメルキド町長はモンスターからの襲撃から逃れる為にモンスターでさえも破壊不可能な強固なシェルターを建設し、そこに住人を避難させた。しかし魔物からの攻撃に対抗するあまり、建物の大きさに対して扉は小さなものが一つで窓すらなく、外に出ることを禁じて外界と完全に遮断してしまった上、食糧生産手段を持ち合わせていなかった為、食糧補給が不可能という致命的な欠点があった。
このため大量に用意していた食料も物資も次第に底を突いてしまい、餓死者を出す事となった。
そして当時のメルキド町長が飢餓を防ぐ為に用意した食料とは…!?
 
「あそこにだけは行ってはいけない」「あんな場所にいるぐらいなら一人で行き倒れた方がマシ」といった脱走者のメモ、廃墟内の住民の不穏なメモ、終いには町を守る【ゴーレム】が町を守る為に中の人間を滅ぼしたこと。
……状況的に察しはつくだろうが、餓死者の遺体や「口減らし」で始末された人が充てられた可能性が高い。
もちろん食人シーンが出てこない以上推測ではあるのだが、一般人の彼らでは魔物など狩れないし、そもそも出られないので食糧補給も出来ない、文明が滅んで久しく自給自足も出来ない、ましてマトモな理性など保っていない、となれば残った選択肢はそれしかないためそうならない方がおかしい。
実は外に出れば生食できる【モモガキの実】や焼けば食べられる【キノコ】はあるのだが、閉鎖空間で狂った人々のほとんどはそれすら気付くこともなかったようだ。
 
ちなみに我々の世界では江戸時代中期の天明年間(1780年代)に起きた飢饉で「人肉を食べた」という記録がある他、現代においても旅客機や船などの事故の生存者が救出までの間に死者の肉を食べて飢えを凌ぐという事態が実際に起きている。
極限の飢餓状態では人間同士の「共食い」も普通に選択肢足り得てしまうのである。