概要
キャラクターやモンスターが死ぬこと。ドラクエでは、次のような扱いの異なる死亡がある。
本項では、それぞれについて解説する。
戦闘中にキャラを死なせてしまったときに出る【○○○○は しんでしまった!】というメッセージは、多くのドラクエプレイヤーが繰り返し目にしてきたはずである。
これはとてもインパクトのあるゲーム演出と言えるし、ドラクエらしさの一部にもなっている。
その一方で、戦闘によって死亡したキャラがあっさりと生き返るゲームシステムと、ストーリー上の「死」の重さとの世界観的な整合性が問われることもしばしばある。
主人公を含めた味方キャラやモンスターは何度となく復活できるのに、イベントで死亡するキャラは決して生き返ることができない非対称性に違和感を抱くプレイヤーもいるだろう。
また、「中位レベルのモンスターでも蘇生呪文を唱えられるのだから、魔王を倒したところで復活されてしまうのでは?」というツッコミもお決まりである。
さらに、【仲間モンスター】や【スカウトモンスター】のシステムがある作品では、戦闘において倒すことがモンスターを仲間にできる条件となっているが、呪文や特技の効果で「息の根を止めた」としても平気で起き上がって仲間になるのも大きな謎である。
死亡や蘇生と言ってもあくまでゲーム演出上の表現だと思って、深く考えすぎないほうがいいのかもしれない。
状態異常としての死亡
基本仕様
味方キャラクターのHPが0になり死亡すると、戦闘不能になる。
死亡と言っても状態異常の一種である以上あくまで一時的な状態であり、後述のようにゲームシステムとして回復(蘇生)手段が用意されている。
【パーティ】のメンバー全員が死亡すると、【全滅】(戦闘に敗北)となる。
敵モンスターも戦闘中にHPが0になると、同様に戦闘不能になる。このとき、戦闘画面に表示されていたモンスターの姿が消える演出があるのが恒例である。
出現した敵モンスターをすべてこの状態にすれば、その戦闘に勝利したこととなる。
なお、一部の【ボス級モンスター】の場合は、HPを0にして戦闘を終えてもストーリー上では生存していて、戦闘後に平気でセリフをしゃべっていたりする。
【ステータスウインドウ】での表記は「しに」(死に)。海外版の作品では【十字架】(燭台)のマークが出ることもある。「しに」の文字は、【レベル】が通常表示される部分に上書きされて表示される作品が多い(蘇生すると元に戻る)。
この状態になるとき、【○○○○は しんでしまった!】というメッセージが出る。
ただし、DS・3DS版以降のDQ4~6、7(【アルテピアッツァ】が開発)では、ダメージによる死亡では「○○○○はちからつきた!」と出る。公式ガイドブックでも、最近は「死亡」ではなく「チカラつきている(状態)」と表現されている。
DQ8以降は戦闘中に味方キャラの姿が表示されるようになったが、キャラが死亡するとその場に倒れるモーションが描写される。倒れ方はキャラによってさまざまだが、どの作品でも倒れても武器や盾は手から離さない。戦闘開始時に死亡状態だと【棺桶】入りの姿で戦闘に参加する。
またDQ8・9、ジョーカー以降のモンスターズシリーズ、ビルダーズシリーズでは、モンスターが死亡した際に青い煙のエフェクトと共に消えるようになった。DQ10、3DS版DQ11では煙のエフェクトが無くなり、PS4版DQ11では紫がかった灰色の煙になっている。
一部作品を除き、移動中の死者のグラフィックはキャラ固有の姿ではなく棺桶になる。棺桶を引きずって歩くパーティの姿はかなりシュールである。北米のNES版シリーズでは宗教上の問題からか、またDQ10オフラインでも同様に棺桶の姿にはならず、幽霊のように半透明になる。
また、死者と【道具】の受け渡しをすると、
- 「○○は(死者)の棺から(道具)を取り出した」
- 「○○は(死者)の棺に(道具)を入れた」
- 「○○は(死者1)の棺から(道具)を取り出し(死者2)の棺桶に(取り出した道具)を入れた」
- 「○○は(死者)に(装備品)を装備させてあげた」
と通常とは異なるメッセージが出る。
詳細
全編一人旅であるDQ1では、HPが0になると【ラダトーム】城へ送り返されるため、死亡が一般的な意味での状態異常として扱われるのはDQ2からである。
ただし、リメイク版DQ1では「しに」の文字が表示される。一方、SFC版およびPS2版のDQ5では死者のステータスが赤くなるだけで文字の表示はなく十字架のみ(DS版では「しに」の文字が他の作品と同じく出る)。
この状態になるケースはほぼ戦闘によるものだが、DQ1・2とFC版DQ3・4ではマップのダメージ床(【毒の沼地】や【バリアー】等)の上を歩いたり、【毒】や【呪い】にかかった状態で歩くことで移動中でもHPが0になって死んでしまう。
DQ5以降と一部のリメイクではダメージ床や毒・呪いでのHP減少中にいくら歩いても、HPは1までしか減らなくなったため、マップ上で死ぬケースはかなり少なくなった。
DQ2以降は、HPにはダメージを与えず相手を【即死】させる呪文(【ザキ系】やメガンテ)も登場している(ただしDQ2においては見かけ上のもので、内部的には254ダメージを与えている)。
DQ11では、【イズライール】や【ライオネック】に呪われると行動が回った時に確率で死んでしまうようになった。
原則として、死亡すると状態変化はすべて解除される。
毒などの異常は治癒し、パラメータ変化は死者の標準の数値に戻る(呪い装備を身に着けている場合は、そのデメリット効果はそのまま)。
ただし、SFC版DQ5の状態変化は移動中に死亡した場合は蘇生後もそのまま。これは移動中の死亡について処理が甘いため。
死亡していると、戦闘に勝利しても【経験値】を得られない(DQ10、DQMSLを除く)。
DQ2~8、11では戦闘開始時や最中に生存していても、終了時(敵を全員倒した瞬間)に死亡していると、そのキャラは全く経験値を得られない。
DQ9では、戦闘中の生存していたターン数を全ターン数で割った数値によって、得られる経験値の量が決まる(最初から最後まで死亡していた場合は得られない)。
作品にもよるが、町などにおいては死亡中のキャラはその場にいないものとして扱われることが多い。
イベント進行においてはセリフがカットされたり、本来死亡中のキャラがしゃべるはずのセリフを他のキャラが代弁したり、役割に替えがきかない場合はイベントそのものが進まなくなったりする。
また、パーティメンバーの親族や知人など、特定のキャラが死んでいる状態で話し掛けるとセリフが変わるNPCもいる。
普通は姿が見えないことを不思議そうにする程度のことが多いが、DQ2の【サマルトリアの王女】は兄である王子が死亡した状態で話しかけると「あっ おにいちゃんが しんでる!えーんえーん……。」と言って泣き出したり、
DQ7では【キーファ】離脱後に【マリベル】が死亡した状態で【アミット】夫妻のもとを訪れた場合はその時の状況もあってか、彼女がいないことに激しく取り乱す姿が見られる。
DQ11ではイベントなどでセリフをしゃべるキャラが死亡していた場合はその場でHP1で生き返るようになり、誰かが死んでいる状態でそのキャラの親族や知人に話し掛けてもセリフが変わる場面がほとんど無くなった。
これにより、特定のキャラが死んでいる状態だと明らかに不自然になる台詞も存在してしまっている。
例えば、船入手後の【デルカダール城下町】で【カミュ】と話すと「派手な【シルビア】もいるし目立っちまう」と言うが、シルビアが死んでいる状態でも同じ台詞を言う。
また、【妖魔軍王ブギー】打倒後の【グロッタの町】のカジノのコイン売り場付近にいる男性と話すと、男性の台詞から【マルティナ】がリアクションしているのが分かるが、マルティナが死んでいる状態で話しかけた場合も台詞が変わらない。
かと言って、特定キャラの死亡でセリフが変わる場面がまったくないわけではない。例えば【異変後】、シルビアを【ソルティコの町】に連れてくる前に【セザール】に話し掛けると通常は【グレイグ】の無事を喜ぶ内容の台詞を言うが、グレイグが死亡した状態で話し掛けるとよそよそしい台詞に変化する。
死亡することがあるのは基本的に戦闘中のため、4コマ劇場等の関連作品を除けば味方キャラの死に他のメンバーがリアクションすることはあまりない。
例外といえるのは後述のイベントによる死亡や、戦闘中会話のあるPS版DQ7ぐらいで、特に後者は通常の死亡に加え、ザキ系による即死、メガンテ・メガザルによる自己犠牲など、豊富なパターンのセリフが用意されている。
また、ザキ系やメガンテを使用する敵に対しては死を警戒したり、おびえるようなセリフを発することもある。
このほか、【ハーメリア地方】が水没した際に【海底都市】に行くには主人公の力が必要だが、主人公が死んでいるとマリベルが「なんでこんな時に死んでるのよアンタは。」と主人公の棺桶に毒づく。
また、エスタード島が封印された際にメルビンが謎の遺跡の石像を介して主人公と会話しようとするイベントで主人公が死んでいるとマリベルは「ここにはいない」、ガボは「魔物にやられて寝てる」、アイラは「今は話せる状態じゃない」と三者三様の返答をする。
回復手段
死亡したキャラの蘇生手段は多く用意されている。
- 教会で【いきかえらせる】
- 蘇生呪文(【ザオラル】【ザオリク】【メガザル】など)を唱える
- 蘇生特技(【天使のうたごえ】【せいれいのうた】など)を使う
- アイテム(【せかいじゅのは】【ふっかつのつえ】など)を使う
- 例外的に、特殊なイベントなどで戦線復帰する
しかし、いずれも序盤ではハードルが高い。
DQにおいては、蘇生呪文・特技は習得が遅いかMP消費が多い場合がほとんど。
【アイテム】にしても、基本的に店屋で購入ができないうえ、所持数に制限があるケースが多い。
それらがなくても【教会】で蘇生ができるとはいえ、逆にいうと教会まで戻らねば蘇生はできず、要求される寄付金も馬鹿にならない。
【ダンジョン】探索中に誰かが死んだ場合、いったん撤退するか、メンバーが欠けた状態で進むという選択を迫られることになる。
後で生き返るからといって嘗めてかかるのは危険。特に事前情報がない場合は対策不十分であったりダンジョンがまだまだ続いていたりするなどして全滅リスクが高くなるため、引き返すことを推奨する。DQシリーズは現実の死亡ほどではないにせよ、基本的にHP0になることをかなり警戒せねばならないRPGだといえる。
そのため、【痛恨の一撃】を食らわせてくる【ひとくいばこ】、【ザキ】を唱える【しりょうつかい】や【マッドロン】など、即死攻撃を持つ敵や強力な一撃を放ってくる敵は真っ先に狙い倒すべき存在。ただし、メガンテを使うばくだんいわなどは中途半端なダメージを与えることで発動条件を満たしてしまうため、ダメージを計算して発動条件直前のHPになったら一気にダメージを与えて倒すことが求められる。
中盤以降で蘇生呪文・特技を習得すれば死亡への脅威は比較的減る。しかしそれらを使えるキャラクターは限られている場合が多く、依然として死亡が脅威であることには変わりない。
特に、パーティ内の蘇生手段持ちが死亡したりすれば元も子もない。
また、蘇生後は良性の状態変化も全て解除されているため、戦闘中に蘇生させた場合、強力な打撃やブレスで同ターン内に再び死亡してしまうことも珍しくない。特にザオラルなどHP完全回復で復活しない場合はこのリスクも高い。
そうでなくても、一人死亡するだけで死者とその蘇生に当たる者とで一気に手数を奪われ連鎖的に死者が出たり、長期戦になってMPが枯渇したりと弊害があるので、死者を出さないに越したことはない。味方がピンチの時は放っておかず、早めに回復させることが重要。
回復魔法をケチって【瀕死】になるまで放置というのは得策ではない。特に終盤は高火力で攻めて来る敵ばかりなので、HP満タンからでも一気にHP削られて御陀仏というのもよくありうる。できれば戦闘終了後に次の戦闘に備えHPを回復しておくことが望ましい。
回復役を【主人公】以外に任せている場合、作戦の指示を常に【いのちだいじに】にしておくのも手。
また【いのちのいし】や【エルフのおまもり】など、即死を少しでも防げる方法を用意し、蘇生手段を持たない味方にも世界樹の葉等の手段を持たせておくのがベター。
近年の作品で見られるクリア後のクエストなどは、複数キャラの死亡が普通にあるような難易度となっている。
このレベルになってくると攻撃役や回復役等の役割分担がはっきりしていることや回復キャラのMPが高くなっていること、そもそも死亡前提で挑むことが多いことなどから大きな問題にはならなくなってくるが、それでも極力避けるべきなのは変わらない。特に良性の状態異常を積み重ねている場合はできる限り生存させるように動くのが良いだろう。
ほぼ全ての作品で「最も重度のバッドステータス」となっているが、DQ3における【混乱】による同士討ちや【バシルーラ】による強制離脱のように、たんに死亡するよりパーティにとって危険なものがある場合もある。
DQ5青年編では、主人公が死亡状態で【町】に入ると、仲間が教会で強制的に主人公を復活させる。
DQ9では、主人公がいないと話が進まないため、イベント発生時など無条件かつノーコストで復活することが多い。
DQ11に至っては、主人公が常に先頭に立つ都合上か、戦闘が終了したときに主人公は確実にHP1で生き返る。
DQMJ3では、戦闘終了時に死亡したモンスターが全員HP1で生き返る。
その他
FCの作品では死者がいると【ウィンドウ】や文字全体の色が赤かオレンジに、SFC以降の作品や一部リメイクでは死者の名前とステータス文字の色のみが赤になる。
ほとんどの作品では状態になった瞬間にメッセージと共に色が変わるが、FC版2では敵の【ザラキ】が命中するか【メガンテ】が発動すると、呪文エフェクトの前に画面が真っ赤になるというまさに背筋が凍るほど恐ろしい仕様。
敵側も白い部分が返り血を浴びて血まみれになったように真っ赤になっている場合がある(ただ、これは意図したものではなくFCの使える色数の都合上によるもの)。
唐突に死を宣告される恐怖は、体験者でないと分からない。体験してみたい人はWii版をプレイするといいだろう。
なおFC版DQ2ではフラグ管理が特殊であり、死亡フラグを立てる代わりに生きている状態に生存フラグを与えている。このフラグと同じ領域ではその他の状態異常や仲間として加入しているかどうかまで管理しているため、サマルやムーンは仲間になるまで内部的には死んでいることになっている(仲間として加入した際に仲間フラグと生存フラグを立てている)。
そのため、サマルやムーンを仲間に加えていても死んでいた場合は【ローラの門】や【ムーンブルク西のほこら】で通せんぼさせてしまう。【もょもと】無双に頼りまくったプレイヤーなら、そんな経験をしたであろう。
さらにややこしいことに、生存/死亡の判断の仕方が場所ごとに異なっている。攻撃や呪文のターゲットとして選べるかや戦闘中に行動できるか、教会の神父が蘇生させる対象が死亡しているかどうかは生存フラグで判断しているのに対し、ラダトームの光あれおじさんや【ロンダルキアのほこら】の神父はHPが1以上の者を生存者とみなし、その条件を満たしたものを回復の対象としている。この二者の違いは【ゾンビスライム】のようなバグがない限り発現することはないとはいえ、こういった処理は全体としてどちらかに統一しておいて必要な際に呼び出すのが普通であり、このあたりにもDQ2の開発のゴタゴタの片鱗が窺える(プログラマー4人がバラバラに作業しており上手く連携できていなかった)。
DQM1では、敵として出現する【メタルスライム】に【モシャス】してとくぎコマンドの【にげる】を選択すると、その戦闘中は蘇生不可能な死亡状態になるというバグがある。
ジョーカー3では、敵の【メタル系】が逃げる際に「蘇生不可の死亡状態になる」という処理が行われており、逃げたモンスターに【蘇生不可】のアイコンが付いてしまうという不具合がある(プロ版では修正され、イルルカ以前と同じ仕様に戻った)。
ストーリー上の死亡
ゲームでの扱い
上述のように【プレイヤーキャラクター】がゲームシステムとして何度でも生き返ることができるのに対し、ストーリー上で魔物によって殺害、処刑されたり、魔物に挑み戦死したり、寿命や病気によって死んだりした【NPC】は基本的に生き返らせることはできない。魔物に殺されたキャラクターは【断末魔】の叫びをあげることも多い。また、一部の【モンスター】もイベントで死を迎える場合がある。
この場合、成仏、昇天、命を落とす、亡くなる、息を引き取る、息絶えるなどと表現されることもある。
また、主人公が出会う前に死んでいる故人もいる。
死んだキャラクターはほとんどの場合下記の葬法で葬られているが、悪事を犯したキャラクターなどには例外もいる。
イベントで死亡したキャラクターの復活の例もあることにはあるが、
- リメイク版3の【オルテガ】のように【しんりゅう】に願いを叶えてもらう
- リメイク版4の【ロザリー】のように1000年に一度に咲く【せかいじゅの花】の効力で奇跡を起こす
- 4の【ミネア】の父【オーリン】は助けを求める声に答え蘇る
- DQ7の【ダーマ地方】編クリア後の【ダーマ神殿地下の決闘場】にいる武闘家は「なんど ぜんめつしたことか。」と語っており、何故か全滅と同時に復活を何度も経験している
- DQ10の主人公のように神の手を借りて他人の肉体に魂が入る(元の肉体の持ち主からすると、他人である主人公の魂が入る)、神の器である人物たちが神を降ろして奇跡を起こす
といったように、極めて限定された状況、条件もあれば気軽に蘇っている存在もいる。
またDQ5の【パパス】など死後もストーリーに携わってくる者、【ムーンブルク王】や【エリザ】など【幽霊】となって登場する者もいるが、こちらはあくまでも幽霊であり、生き返っているわけではない。
さらにDQ9の【イザヤール】、DQ11の【ベロニカ】に関してはプレイヤー間のやりとりの中で便宜上「復活する」と表現されることも多いが、歴史を改変することで死亡を回避しているため、生き返ったという言い方は厳密には正しくない。
こうした「蘇生可能なプレイヤーキャラ」と「二度と生き返らないイベントキャラ」の差異に関して、公式ではほぼ言及されておらず、せいぜいリメイク版DQ4で、「教会で蘇生できるのは導かれし者とその仲間のみ」というセリフがある程度である。
一方、DQ5・6では死亡した【仲間モンスター】を預けそのまま別れた時、埋葬されることになるのだが、「魂が空にのぼっていった」と説明される。
つまり教会で蘇生可能なのは、魂が天に昇る前の状態に限られる、ということらしい。
イベントで死亡した場合、おそらく即座に魂が天へ昇ってしまうので、生き返らせることができないのだろう。
死亡しても魂がそんな状態で持ちこたえられるのは、主人公一行に限られるということなのか。
と思いきや死んでかなり時間経過した状態でも自力で復活している【オーリン】などが存在しているため判然としない。
また、DQ11には生と死の狭間にあたる【冥府】と呼ばれる場所があり、死した魂は一度ここに送られ、【命の大樹】で新たな生命として生まれ変わるという、輪廻転生のような概念がある。イベントで生者である【主人公】が「生きたまま」冥府に行く場面があるが、それ以外では「蘇生可能なプレイヤーキャラ」が死亡した際に冥府に送られるような描写はなく、この冥府に送られた魂に対して【ザオリク】などの蘇生呪文を掛けた場合、どうなるのかは不明である。
DQ10では主人公を【ドワーフ】に選ぶと、【出身村のおはなし】で「【シスター】が蘇生を試みるが失敗する」という場面がある(このシスターは町の中では教会の役目をしており、【いきかえらせる】が使える)。他の種族では「【神父】が死亡したと判断し蘇生自体を試みない」「発見者が心肺停止を確認して死亡したと判断する」ことから、少なくとも脈が無いと蘇生できないようだ。
またVer.3では「死亡した主人公に【勇者姫アンルシア】が何度もザオリクをかけるも蘇生できない」というストーリー上の演出がある。ただしこの場合は魔瘴により魂ごと殺害されているためザオリクが効かないという特殊事例であるため留意が必要である。
一方で【イワノフ博士】という人間に友好的だが興奮するとメガンテをする癖がある【ばくだんいわ】が登場しており、彼はメガンテで砕けるたびに仲間人間のザオリクで蘇生してもらっている。回復呪文も使い手によって回復量が違うようにザオリクも使い手によって肉体が粉々になろうが脈が無かろうが蘇生させることができる可能性が考えられる。
また、同作では世界樹の葉の効果が「魂をあるべき場所に戻す」という設定であり、使用された亡霊が昇天するケースもある。
蘇生呪文も同じ理屈だとしたら、すなわち、「PCはここで死ぬ定めでは無いので、蘇生する“という結果になる”」ということ。
他には「【ぱふぱふ】とここぞのザオラルは期待通りにならない」というセリフもあり、謎かけの題材になる程度にザオラルが普及している(≒蘇生された者が多い)ようだ。
まぁ一言で言ってしまえば「ゲーム上の都合」ということになるのだが、ストーリー上でも死んだキャラがあっさり生き返る死、戦闘上での死亡と悲劇的に彩られるイベント上の死亡とのあまりにもな温度差が時に議論の対象となったり、あるいはネタにされたりする。
偽の国王を侮辱し死刑に処された【サマンオサ】の【ブレナン】や、主人公の目の前で魔族の攻撃によって命を落とす【オルテガ】や【マーサ】、病気によって亡くなったDQ9の【エリザ】を前にして、「ザオリクで生き返らせりゃいいのに」、「ザオラル使え」という身も蓋もないことを言い放つプレイヤーも厳然として存在するのだ。
DQ11の【ベロニカ】が骨の欠片も残らぬ死に方をしてしまったのは、案外この辺が理由なのかもしれない……。
初期の作品では、主人公の目の前で死亡した人物は、一部例外を除けばキャラオブジェクトが消滅する演出が取られることが多い。
この演出は人間キャラに限らず、主人公がイベント戦闘で倒した魔物などは近年の作品でも基本的にオブジェクトが消滅する。
数少ない例外として遺体が残る場合は【へんじがない。ただの しかばね のようだ。】に移行する。DQ4の【エスターク】が有名だが、これは後の時代に復活する伏線ともいえる。
また、前述・後述にあるように葬儀が執り行われた事例もあることから、少なくとも人間の遺体は消滅する演出が取られているが物語上は消えていないと考えるのが自然か。
ゲーム以外の作品での扱い
マンガ・アニメ作品ではストーリーの緊張感を保つ目的からか(どうせ生き返れるからいいや、という気で戦っていては緊張感のカケラも無い)、死亡したキャラが生き返る描写は滅多になく、蘇生呪文も登場しないか簡単には使用できない設定になっていることがほとんどである。
小説版ドラクエ7では、「主人公たちは戦闘を通して身体能力が一般人より大幅に高くなっており、致命傷を受けても仮死状態で生き残れる」と説明されている。
DQ10ベースの蒼天のソウラでは、「蘇生呪文は肉体の傷を魔力で無理矢理ふさいで、魂が肉体に還るチャンスを与えるだけ。大きな傷はふさげない」とまた異なる説明がされている。
DQ10では死亡したPCはその場で倒れこむだけで棺桶に入らない、つまり砕け散ることがないので、脈が無いと蘇生できないことと併せてさほど矛盾はない。
逆に言えば他作品ではメガンテ等で味方キャラが砕け散ることもあり、大きな傷どころかバラバラ死体になってしまったキャラも普通に蘇生できるので、これらの説は全てのゲーム本編への適用はできないだろう。
【ドラゴンクエスト~勇者アベル伝説~】でも「死亡」したキャラクターの蘇生は敵味方とも存在しない。
その代わりに【水竜】を封印した【アベル】がその反動で瀕死状態になるというシーンがある。これが実質的にゲームにおける「死亡」と同じように扱われており、その回の最後のステータス画面では死亡扱いにされていた。
旅路で棺桶に入るというDQ独特の演出があるためか、4コマ劇場ではしばしばいろいろな形でネタにされたりする。
中には、ゲーム作品上のシステムを熟知した作家による凝ったネタもあったり。
他作品との比較
他のゲーム作品では、ストーリー上の死との区別を明確にするために、「HP0」の状態を死亡と呼ばずに「戦闘不能」「瀕死」「気絶」などと言い換えることが多い(もちろん、プレイヤーはそのような作品でもHP0を死と呼ぶことがあるが)。
ファイナルファンタジーシリーズはその典型で、「III」までは「HP0=死亡」という扱いだったが、SFC版「IV」以降は自己犠牲イベントで仲間が命をなげうつ展開が多くなったためか「戦闘不能」という扱いになっている。
DQにおける葬法
葬法とは、死者を葬る方法のことである。埋葬、鳥葬、風葬、洗骨葬、水葬、懸崖葬、樹上葬など、世界にはさまざまな種類の葬法がある。
DQ世界でよく見られる葬法は、埋葬と水葬の二つに大別される。上記の「イベントによる死」とワンセットで見られることが多い。
ここではDQシリーズにおける葬法についてのみの記述に留め、詳細な解説はほかに譲ることにする。
埋葬
死者を地中に埋めて葬ること。火葬にするか土葬にするかは問わない。
DQシリーズにおける葬法としてはこれが主流である。
ヨーロッパでは、死者の復活というキリスト教の教義によって、遺体を傷つける火葬は今なお忌避される傾向にある。中世ヨーロッパ風であることを意識しているDQの世界でも、火葬は基本的に見られず、埋葬といえば土葬である。
DQにおいて火葬をうかがわせるものといったら、DQ8で初登場した【聖者の灰】の他にはないと思われる。現実世界では聖職者はもっとも火葬を忌避する人々なのだが、どうして聖職者が火葬の唯一の例なのだろうか。聖者の灰もDQ世界の中でも「遺灰である」とされているだけで、実際にはビブーティ(サイババが出す神聖灰)的なものなのかもしれない。
シリーズで初めて目撃することになる埋葬現場は、DQ3のサマンオサ初訪問時のブレナンについてのものである。
また、DQ5・6では上述の通り仲間モンスターを「埋葬する」というセリフがある。これは死んだときの状態のまま埋めることになるので、分類としてはやはり土葬ということになろう。
ビルダーズ2では実際に主人公が土葬を行うクエストがある。戦いの中で死んでしまった兵士を弔ってほしいというクエストで
「地面に穴を掘りその中に棺桶を置く」→「兵士の遺体を担ぎその状態で棺桶を調べて納棺する」→「棺桶の上に土などを置いて埋葬する」→「さらにその上に墓を置く」
といった手順で土葬を行う。
水葬
死者を海や河川などに流して葬ること。
DQ5の【工事中の神殿】で、奴隷の死体は【樽】に入れて海に流し捨てるといった話が聞ける。ただし、これはほぼゴミとしての扱いなので、これを「葬法」と言ってしまっていいのかどうなのかは微妙であるが。
DQ7の【ザラシュトロ】がナイラ川に葬られているのが、シリーズで初めて実際に目にすることになるまともな水葬か。
また、DQ8でも棺に入れられた【チェルス】が【海】に浮かべられて葬られている。
DQ10では主人公を【ウェディ】に選ぶと、【船】のような形状の蓋のない棺に入れられて、海に浮かべられて葬られるところで主人公の魂が入る。
備考
DQ5では、一部のキャラクターがHP0の時にこの状態ではなく【気絶】という状態変化になる。
詳細は当該項目へ。