小説/サイドストーリー/勝浦と神崎と夏祭り

Last-modified: 2020-11-13 (金) 01:25:41

勝浦と神崎と夏祭り

著:こいさな

1.勝浦と釣り

気付けば夏も暮れかけて、課題の残る者の心は陰り始める頃となっていた。
それは明け方早くから沖へ出て釣りをしている勝浦にも例外ではなかった。"年に一度の大雨"と銘打った台風は昨日の朝まで降り続き、それから今朝までは程よい曇り空であって、つまるところ今日は絶好の釣り日和であったわけだが、それにしても食いつく気配がないのは勝浦の心の余裕のなさに遠因があったのかもしれない。
「…………釣れねえ……。」
時刻は8時を回っていた。焼けるようないつものあの暑さが思い出される。今日は切り上げて課題に回るか、という思いが脳裏をよぎった瞬間、ポーチに入れていたスマホが鳴りだした。名称未設定からの電話だった。
「もしもし」
「もしもし、あの、神崎です」
「神崎さん?」
電話をかけて来たのはクラスメートの神崎だった。もともと彼女はわざわざ電話をかけるような人ではないし、勝浦も電話を貰う機会は少ない。
何があったのか珍しく思い、穏やかな口調で尋ねると、こう返した。
「あの、今日のお祭り……行きませんか、一緒に!」

2.神崎と夏

この地区での夏祭りは夕涼みを兼ねるために出店が遅開きするのが特色とされているのだが、神崎と勝浦の二人は2時半にはもう会場で待ち合わせしていた。
「おはよ、待った?」
「勝浦さん、お祭りですよ!今はまだ何もやってないみたいですけど」
カラッと晴れて暑く、日差しは痛かった。何故か張り切っている割に、私服はいつも学園で見かけるものよりもダラけていて、ギャップが面白かった。
あまりに鋭い暑さに愚痴を言ったり、譜面の進捗を語ったり、どうでも良い雑談で時間を潰したりするのは、こんな祭りに友達同士の間柄で来るような人々の中では日常なのだろうが、勝浦にも神崎にも同じような経験はなかったからか新鮮な楽しさを感じていた。そんな中神崎はこんなことを言い出した。
「夏って、何だと思います?」
テスト問題を突きつけられたような気がして勝浦は一瞬迷った。
「6月から8月は夏だって言われてるよ」
少しでも誤魔化したいときは迷わずそうしてしまう癖がある。だけど今回は負けた気がして嫌だった。
「わたしはね」
と一拍置いてこう続けた。
「海とか森に遊びに行ったり、バスに乗って行ったことがない場所に行ったり、あとは…」
「にわか雨に濡れたり?」
「そう、そういうのが夏って感じするよね~」
そんなことを話しながら日影で時間を潰していたが、特別鈍いわけでもない勝浦は次第に高まる神崎のウズウズにすぐに気付くことになる。

3.勝浦と出店

二人は出店を回ることとなった。正確には、これから出店となるようなテントを見て回った。幸い人も増えすぎておらず、片方がはぐれたりすることを心配する必要はなかった。
勝浦は趣味のことになるとかなり熱い人間であり、釣りとか海の生物にはかなり詳しかったが、そんな勝浦が珍しいものを目にした。
「登里水産……?」
テントに書いてある会社名は貸し出している企業を表しているのだが、その登里という名前にはどこか見覚えがある。やけに巨大な屋台になりそうな大きさで、さらに準備しているのは比較的多数のスタッフであるというところが二人の目を引いた。
そして奥でアイスを楽しんでいる少女が目に入ったとき、勝浦の中で何かが繋がる。そして、
「あれ、登里さん……ですよね?」
と神崎が口にしたのを聞いて、確信に変わった。財閥の両親と規格外の料理スキルを併せ持つ少女、この二つはどうやっても結び付かないと思っていたのだが、なるほど水産会社も経営しているのならば合点がいく。
「登里…フグ捌けるとも聞いてるんだけど、、、料理上手いんだとは思ってたわ、もしかして屋台飯とか作ってくれるのかな?」
「それ、気になるかも......」
「後で頼んでみたいな」
趣味で特に沖釣りを楽しむ勝浦は、釣った魚をほとんどの場合リリースしている。そのためか、登里の場合はそれを消費する手段や権利があり何より魚料理をはじめとした調理の過程も楽しんでいるのだろうか、というようなことを想像していた。
「いつも魚捌いてるような人の料理も結構気になるし、オープンしたらここ並ぼうか」

4.神崎と最後の手段

側から見れば完全に交際関係のあるようにも思える二人だが、例に違わずお互いに恋愛感情が大きく育つことは少ないペアである。そのためか、特に神崎が周りの同学年の目を気にしているのだ。こと夏祭りに置いては凡例通りと言えようが、二人は秘策を共有していた。
「よっ、音口くんじゃん」
後ろから肩を叩いて話しかけると、音口…もとい笛口は驚いて飛び上がり声の主を確認する。肩を叩かれていない方、森も同様の動作で振り向いた。
「!?!?!?……あのえっと笛口ですけど(早)」
その秘策とはいたって単純で、相手よりも先に気付き、先に話しかけるだけだった。クラスメートのギャル曰く、真後ろから近付けばいて声をかければやられた方は大概テンパるらしい。
「いやー隣の子はどうしたんだ、ふえ…笛口くん?」
「あのえっと決してそういう訳ではなくてですね!!」
神崎も取り残された片方に話しかける。
「森さん、笛口さんと並んで…?」
「…………」
普段は他から見れば内気だったはずの神崎だが、それと比べるとかなり積極的になって喋っている。これは”神崎が勝浦と二人でお祭りに来ている”という事実がさほど大したことのないことだと錯覚させるための最後の手段であるのだが、幸いなことに他からはそう見えていなかったようだ。神崎は何より勝浦に変な意識をさせたくなかった。

5.勝浦と運

公園はだんだんと賑わってきた。ソフトドリンクやわたがしなどの定番屋台のほか、利益重視タイプの祭りではあまり見かけない、パチンコ、型抜き、スーパーボウル掬いなどの屋台にも列ができ始めた。
神崎はそれを見るたびに並んででも試したいとせがんだが、勝浦はやんわりと否定するばかりだった。
「型抜きも良いけど小学生の間に混じると目立ちそうじゃない?」
近くには定番のくじ引きがあった。こればかりは流石に年齢関係なくただの運試しとして楽しめるため、二人で一度ずつ試すことにした。
一等は最新ゲームソフトの引換券であり、空箱と一緒に大きく飾られていた。その他2-99の番号には対応する景品が用意されているのだが、基本的に誰もが1番を狙ってくじを引くのが通例であり、そのためこの幸薄そうな二人には望ましい結果など縁のない事かと思われた。
「これ、せーので開けませんか?」
いきなりの言葉にちゃんとした答えを返せなかったが、それを見た神崎は
「やっぱりなんでもない、わたしは一等が当たると良いなあ~」
と簡単に誤魔化していた。
勝浦自身はそのくじで4番を引き当て、三等の景品として小さな双眼鏡を獲得した。構造上は長持ちしそうな感じで、おもちゃにしてはかなりの重量があった。ただ、これでもプラネタリウムと比べるとほとんど何も見えないと言うので、天文部という部活の強さがなんたるものかを感じられた。
神崎は71番だった。小さなのスーパーボウルと飴玉を手に入れたが、
「500円払ってこんなになっちゃうんだね~」
と言うように大損をしてでも面白がっていた。何にせよ幸運が味方をしてくれるケースは少ないと感じていたが、このとき双眼鏡を神崎にそのまま送ったときの満面の笑顔は忘れられない。

6.神崎と喧騒

騒がしい空間とどうしても付き合いきれない神崎にとって、時が経つにつれ動員が増えヒートアップする祭りの雰囲気は愉快ではなかった。
周りへ気を配るような気力を序盤で使い切ってしまった二人は、神崎が興味を示したりんご飴の行列の中で黙っていた。喧騒とやかましい音楽のせいで一回り大きな声で会話しないと伝わらなかったし、そうまでして共有したい何かがある訳ではなかった。
目的の飴はすぐに買えたが、時間が時間なのでそろそろ登里水産の屋台を見に行きたいと思うようになった。空きのベンチで話をしようと座る場所を探したが、当然騒がしければ席も埋まっていて見つからず、結局最初の待ち合わせの場所まで戻ってきてしまった。
——
手を引かれ歩いている途中で神崎は勝浦の思うところに察しをつけようとした。煩くて会話が出来ないのが嫌なのかそれとも友達の類を見つけたのかとあれこれ思案しているうちに、自分が余りにも疲れているから無理矢理にでも帰路につこうとしているのではないかという不安が登ってきた。心の中の不安の通り、やがて見えたのは待ち合わせをしたあの場所だった。
ベンチに座り足を伸ばすと、張り詰めていた今までの疲れが一気に解放され清々しく感じた。暑苦しく騒がしいあの空気を恨めしく思いながら、勝浦が次に投げかける言葉を待っていた。

7.勝浦と神崎と異情事態

「そう言えば、ここ来てから写真って撮った?」こう勧めた勝浦は学園では写真部に所属している。
「まだ一枚も」
神崎の天文部のように熱心に取り組むような部活ではないが、それでも写真の構図などは他より詳しい自信があった。もちろん、勝浦はもっぱら撮る側だった。
「ちょっとりんご飴持って、そうそんな感じ」
もしくは写りが満足な時はこうも言った。
「逆光じゃないから撮るにはぴったりなんだよね」
こんな調子で二人分の携帯に写真を収めた後、勝浦は神崎に登里水産の屋台のことを打ち明けた。
「今から行ってくるから、疲れてるなら待っててくれない?」
「でも……」
でも。それは神崎からすれば折角の機会を失っているのに近い心地だった。ましては勝浦と二人で行動出来ているだけで幸運であるから、自分だけ取り残されるということが怖かった。
そして感情のままにこんな言葉が迸った。
「わたしはまだ歩けるし大丈夫!お祭りは楽しいし、もっと色々な場所を回りたいし、それなのに勝浦さんはわたしの試したいことは聞かないし……もっと楽しみたいよ、わたしにとっては最初で最後の夏祭りなんだよ!……」
立ち上がるや否や例の屋台の方へ駆けて行った。
勝浦がすぐに追いかけることが出来なかったのは、この「最初で最後の」というフレーズの解釈に時間を要したからだ。高校一年の夏祭りで来年もきっと地元で祭りがあるだろうに一体何をもって最後の夏とするのか全く見当もつかなかった。
——
進む足に涙に激情。あの写真はきっとわたしの思い出を残す最後のチャンスだったから......。
自身の心に持つモノだけで、この想いはどう止まるのだろうか...

1.勝浦と祭り

勝浦は神崎のあとを追った。
登里水産の屋台まで歩いて行った時は数分かかる距離だったのに、そこまで行っても姿は見当たらなかった。手当たり次第に探しても影すら見えなかった。
数十メートル走ることも出来なかったあの神崎が祭りの濃い人混みに駆け込んで見えなくなること自体信じられなかったし、人の波に揉まれて白い砂にでもなっているかもしれないとすら考えた。
「最後、最後って一体……?」
何に気付いたわけでもないのに一気に罪悪感で満たされた勝浦は、昼間に神崎がこう話していたことを思い出していた。「病室から海が見えて、毎年お祭りの日だけその遠くに花火が見れるんです。去年はじめてそれが見れて感動しちゃって!」
”お祭りって良いですね”とでも言いたげな顔をしていたのを覚えていた。
きっと神崎だけ舞い上がっていたことがいい気分ではなかったのかもしれない、もしくは自分の何かが神崎の行動を制限していたのかもしれない、などとこれまでの自分に対して主に後悔の想像を巡らせた。仮に今神崎を見つけたとしても、夕暮れまで一緒に楽しめなければ言い訳がつかないような気分になった。
「線香花火でも買っていこうか」すぐ近くに花火を小売している屋台があったと覚えていたので重たい足をそこまで運ぼうとした。
少しでも気を落ち着かせようとポケットに手を伸ばしたとき、ポケットにあるはずの、目当てのものが無いことに気付いた。

2.神崎と金星

ただひたすらに足が動いた。屋台から屋台へ、人混みから人混みへと。
自分でも何をしているのか説明が付かなかったし、ただひたすら何かが怖くて逃げていた。
先に敷地の端の柵が見えた。大きな音を立ててその柵にもたれ掛かったとき、神崎の足は動かなくなった…。
勝浦の言葉に不満があったかはともかく、ただひたすらにここまで来てしまうことはどうにも説明できなかった。
(どうして怒っていたんだろう…)
他にどんな行動ができるのかわからなかったが、とりあえず連絡をとることを試みた。
近くの地面に座り込む形で楽な姿勢になり、電話帳から電話をかけると自分のバッグから軽快な音楽が帰って来た。
少し驚いたが、すぐに音と振動を発しているそれを手に取ってみた。
「名称未設定……。」
画面を切り替えると、そこにはうさぎの写真のホーム画面があった。どう考えても勝浦のスマホだ。
どんな経緯で自分のバッグに人のスマホが入ってきたのかわからないが、このとき神崎に自分を突き動かしてきた大きな想いとはまた別の感情が舞い込んできたのは確かだった。勝浦への(言うことを聞かずに歩いてきてしまったことへの)申し訳なさと、そして安堵のような気持ちだった。心はもう一杯一杯で、代わりに頭が空っぽになった。
 
見上げればかなり暗く染まった空があって、金星が出ていることがわかった。
薄闇に寂しく浮かぶ一つの星。神崎自身も、そんな状況だったのかもしれない。

3.勝浦と真意

”悪気はない”という一言が嫌いだった。
どこまでを悪気とするのかその尺度にもよるが、利己的で人を蹴落としておいて、こういう事を言うタイプの人が嫌だった。散々他人を苦しめておいて、悪いことはしていないんだと常日頃から話しているような人とは距離を置いていた。
今の自分はどうだろう。仮に神崎を見つけられたら何と言うだろうか?
神崎が目一杯まで楽しめない行動をしてしまったことに対して、果たして悪気はないと言えるのだろうか。
ではもし神崎を見つけられなかったとしたら?次に神崎と目を合わせるのは学校の初日となるのだろう、そして同じように悪気はなかったと言えるのだろうか?
携帯が見当たらない焦りをなんとか抑えた勝浦は、他の方法を思案した。さっき会った音哉あたりに神崎に連絡を入れてもらえば見つけられるはずだ。だがその音哉も人混みに紛れて見えなくなっている。
そこで例の登里水産へ足を運んだ。先ほどテントの向こうに見た例の令嬢に助けを乞いに行く格好となるが、この際その格好なんてどうでもよかった。目的の人物はすぐに見つかったが、彼女は行列の先で忙しそうに料理をしていた(屋台の中で一番の大繁盛だった)。諦めの感情が芽生えたその時、列に並んでいるある人と偶然目が合った。
愛梨だった、友達と来ているらしい。ここで助けられる多少の覚悟を決めなければいけない......!
「ごめん愛梨、頼みがある!」

4.神崎と夜のはじまり

しばらく目を瞑っていたら、今度は神崎のスマホが鳴った。
(渡辺さんからだ……)
渡辺愛梨は喋り始めれば最も静けさから遠いような人だったし、サバイバルレースではほとんどの人を出し抜く作戦を実行した戦術家だったとも聞いた。神崎は欠けた気力と勝浦と渡辺の性格とを交互に考えながら応答しようか悩んでいたが、30秒ほど経ってもなかなか鳴り止まないので出ることになった。
「もしもし」
電話の先からは勝浦の声がした。渡辺の番号から勝浦の声がすることに驚いた神崎は返事をするのにも時間が掛かった。
「もしもし」
「神崎、体は大丈夫?今迎えに行くからどこに居るか教えて欲しい」
わたしは一体どこに居るんだろう?公園の端、空が綺麗に見える場所。周りにほとんど何もなかったのが同じお祭りの会場なのに不思議なくらいだった。
「えっと…とにかくすぐ行くから待ってて、無理だけはしないで欲しい」
同じようなことをそのまま話したら勝浦は困った様子だったが、とにかく今はその言葉を信じることしかできなかった。
そうして一人信じて取り残された神崎は、貰った望遠鏡をぼんやりと眺めたり、それを通して更に暗くなる夜空を見てみたりした。このくらいの西空にならレグルスが出ていそうだったが、それらしいものは見えなかった。
~~
「……さん……神崎さん、大丈夫か!?」
気付けばそこに勝浦の姿があった。かなり長い時間が経ったらしく、さっきまで見えなかった星のいくつかは空に浮かんでいた。
「あ、大丈夫…………。 ありがとう、ここまで来てくれて」
「あり……とにかくあとで全部話そう、今はまず帰れるようになるのが先だ」
「あのさ、勝浦さ……電話の名称、設定しといてね」

5.勝浦と隣

勝浦は受け答えを行いながら、心の中では自分の行いについて振り返っていた。
一緒に祭りに来た女の子をこうまで失望させてしまったこと。
嫌いだったはずの言い訳を自問する残念な自分。
側から見れば加害者の自分を助けてくれた優しい学園生。
そしてここまでの全てを何事もなかったように許してくれた神崎。
自分と比べて周りの世界が出来すぎているように思った。
「その……ありがとう、色々許してくれて」
「ううん、大丈夫」
神崎が疲れているとき、返答の速度が遅くなることを知っていた。それを裏付けるかのように、後に神崎はこう言った。
「ちょっとお腹すいちゃって……屋台、まだやってるかな」
飴玉を取り出し渡したあと、屋台のご飯を買ってくるからとしばらく待つように伝えた。その直後、近くで声が聞こえた。
「あ、どうも。お待たせしました、例の料理です」
その声の主は笛口だった。「笛口。どうして?」
「いや……その、ごめん。大事な時に電話貸して欲しかったって言ってたらしいし。別に良いなら良いんだけど」
笛口の言葉には適当な返事をして、その後持ってきた海鮮料理のお礼を言った。
すると「あ、まあ二人でごゆっくり~!」と言い残しすたこらと去って行ってしまった。その後には勝浦とすぐ隣に神崎、二人分の海鮮と紙皿、そして笛口の放った”二人で”の余韻が残っていた。
「冷めちゃうし、食べない?」
そう言ってすぐに紙皿に手を付けた神崎は、隣の勝浦も笛口の言葉も、先に笛口と森にちょっかいを掛けていたことさえも、気にしていない素振りだった。
その海鮮は特段美味しかった。少し塩辛いのが汗で失ったミネラルにちょうど良いような味付で、思わず二人で味の感想を共有したくらいだ。これが登里水産か、道理でテントも大きいわけだな、などと喋った。

6.神崎と花火

二人が食事を終えた後、勝浦が線香花火を買っていたことについて話すと、神崎の興味は自然とそれに移った。キャンドルの火はすぐに消えてしまうので、風除けを兼ねてそれを囲うようにして座った。そうして向かい合った状態で、先の軽い線香花火に火をつけた。
火を付けて数秒、火花は一気に飛び出して、神崎を明るく照らした。それは勢いを増しながら密集して明るくなった。
「すごい……!!」
勝浦の方に目を向けた瞬間、中心の玉は持ち手を離れ、
瞬く間に
落ちて
消えてしまった。

「……今度は勝浦さんに試してみてほしいな」
「うん、あのさ、ここまで来て二人で勝浦さんも変だし勝浦か博で良いよ」

火を付けて少しすれば火花が弾け、やがてその勢いは音でさえはっきり聞こえる程強くなってきた。しばらく経てば火花は落ちるように散り始め、やがて火花は無くなり中心の玉が燃えるだけの状態になった。
暑かったあの日差しと、自分への後悔は、
火花と共に小さくなって、
やがて消えていった。
~~
「俺がまだ分かってなさそうなことが一つだけあるんだけど、聞いて良い?」
神崎は小さく頷いて、大丈夫だと口にした。
「さっきの”最初で最後”っていうのはどういうことだったんだ?」
「それは、その……」
話し始めるまでに少し時間がかかったのは、その時のことを詳細に思い出すことを神崎が望んでいなかったからだった。
「最初で最後のっていうのはね、むかし受け持ちの看護師さんに言われてたんだ。最後の機会かもしれないからって。でもね」
そしていつもより震えた口調で話は進んだ。
「わたしね、苦手だったの、その言葉。今年初詣に行ったときもそんな感じで、これが最後になるって言われて嫌で、でもさっき勝浦さんにそれを言っちゃったから、その…」
こう聞いて一種の震えを感じていたのは勝浦の方だった。

7.勝浦と神崎と涙の夜空

「だから!...何やってるんだろうって、わたしが最後のこと考えるの嫌だったのに、いつの間にか考えてて、その…」
勝浦はその言葉の出てくるのが終わらないうちに神崎の頭に右手を乗せた。暗闇の中でもその髪は純白で、綺麗な色をしていた。
「大丈夫。これは誰だって持ってる悩みだから。理想の自分より現実の自分が駄目な人だったとしても、周りが受け入れてあげられれば良いんだ」
勝浦は自分の感情のことも思い出しながらこのように語った。それを聞いた神崎の頭の中では何かがぐるぐると回っていて、何ともとれない涙が溢れていた。勝浦はそれ以上何も言わず、ただ自分の膝元にうずくまる神崎の頭を撫でていた。
自分が感じていたあの感情は、理想の自分と現実の自分の明らかな違いから来る、失望に近い感情だった。現実の自分を悔やんでも悔やみきれず、何なら今だって後悔している。
ついさっき流れたあの涙を見て、勝浦が持て余していた現実への嫌悪のような感情は、神崎でさえ同じように持っていたことがわかってしまった。
神崎に余計なことで悩んで欲しくないのは勝浦の願いのうちの一つだった。だからこそ、勝浦がどれだけ自分の現実を見るのが嫌でも、せめて神崎の現実だけは全て受け入れたいと思っていた。

「天文部か……一度入ってみようかな」
勝浦がそう呟いたのは、神崎が泣き疲れて膝の上で寝てしまった後のことだった。夜空に浮かぶ星がいつもの勝浦の目にはありえないほど綺麗に、また新鮮に映っていた。星の見える例の望遠鏡は神崎がしっかりと仕舞っていたのに、それでも綺麗に染まる夜空を眺めた。
それから勝浦はどうにかして神崎を連れて帰ろうと思案した。神崎を優しく起こし、それから周りを綺麗に片付けた。帰り道、手を引かれふらふらと歩く神崎は、まだ少し夢見心地な気分だった。


登場人物紹介
名前マル秘情報
勝浦 博神崎と出会う前までは釣りくらいしか熱中できるものがなかったが、今では色々試すようになった人
神崎の私服を選ぶ機会があってもいいとは思うが、まだらしい
神崎 惑花病院から遠くへ行けなかったために誤解されがちだが外で遊ぶことや夏の日差しには多少慣れてる
RPGでは占い師よりも占星術師の方がいいらしい
笛口 音哉今回は悪いところもなかったのに扱いが酷くて可哀想らしい
森 薫笛口×森ルートしか無いらしい
登里 桃華先代校長の登里という名前がある時点でこの夏祭りが関係者で溢れ返っているのは当然らしい
渡辺 愛梨悠がその場に居ない場合、自分以外の全員に5ダメージらしい
愛梨の友達服のレパートリー数は神崎にも負けない少なさらしい
花火売ってた人もしも放火があったら大変なことになるらしい