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オ断リックス

Last-modified: 2019-09-04 (水) 19:29:23

2018年オフに浅村栄斗との交渉を門前払いされた、オリックス・バファローズの蔑称。


2018年のオリックスと浅村 Edit

オリックスは金子千尋が夏場に離脱し、主軸として期待されたクリス・マレーロやT-岡田らの不振もあり4位に終わる*1
オフに打線とセンターライン強化のため浅村の調査を発表するが、他球団も興味を示したことで争奪戦の様相を見せた。

浅村は強打の二塁手として打率.310・32本塁打・127打点*2で二度目の打点王のタイトルを獲得し、西武のリーグ優勝に貢献。しかし前年に提示された複数年契約を拒否していたことから、丸佳浩西勇輝と共にこの年のFA市場の目玉になると予想されていた。

オフシーズンの流れ Edit

FA解禁日の11月5日に浅村はFA権行使を表明。同時にInstagramアカウントを消去、髪の色を黒に戻しヒゲも剃ったことから、この時点で移籍は濃厚と見られていた。そして11月16日にはソフトバンクと極秘交渉、11月18日には楽天と交渉を進め、残ったオリックスとも数日以内に交渉が行われると予想されていた。

 

一方その頃、おりせんでは「浅村はプロ入りするまでずっと大阪在住だったから、地元愛でオリックスを選ぶだろう」と期待され、スレタイにも「福岡仙台よりも大阪だ」と入れられたスレが立てられていたが…

 

19日にデイリースポーツから「FA浅村栄斗、オリックスに断り」というニュースが発表された。

 

代理人から断りの一報が入ったという内容で、あまりに予想外な内容からなんJ民は驚愕と爆笑の渦に包まれた。そして交渉の舞台にすら立てなかったことから「オ断リックス」という蔑称が生まれた。
浅村はその後西武との交渉を経て、ソフトバンクには代理人によるメールで、西武には電話で断りを入れ、20日に楽天への加入を正式発表した。

それぞれの反応 Edit

オリックスの岡本部長は「会ってからだと失礼という(浅村側の)配慮だと思う。意中の球団があるなら仕方がない。会って話をしたかったというのが本音」というコメントを残したが、野球ファンからは「FA先が決まっていても交渉には応じるのが礼儀では」とオリックスに同情する声や、浅村の社会人としての常識を疑う声も出てきたが、入団の意思が皆無な状態で交渉に応じても互いに時間の無駄であると浅村を擁護する声もあった。
それに浅村は球団を選べる立場であり、現実の採用活動の場でも学生を選べる企業の方が立場が強く、足きりのような形で門前払いは普通にあるのだから、常識を基準にしても浅村の行動をとがめる根拠は存在しないのである。
そして、断ることがほぼ確定していながらも交渉を行った内川聖一中田賢一丸佳浩らの評価が上がる一因となった。


余談 Edit

2018年オフのオリックスは小谷野栄一*3佐藤達也が現役引退し、高額年俸のベテランである金子千尋と中島宏之については減額制限を超える提示し*4、推定8億前後もの資金を捻出、浅村補強の資金に充てようとしていた。しかし資金確保の第一目的だった浅村とは交渉すら出来ないという何ともやるせない結果になってしまった。

 

なお、浅村はFA前から金銭の条件が一番良いソフトバンク入りが有力である報道が多かったが、大方の予想に反して楽天への移籍を決断した。金銭の条件ではソフトバンクに劣り、浅村には楽天という球団は縁も所縁も無い上に、ソフトバンクや西武のように成績も安定して上位に座っているチームでもなく、それどころかFA行使したその年は最下位に沈んでいただけに野球ファンからは非常に驚かれることとなった。後に楽天が浅村に提示した金額が年最大9億円(ベース6~7億円+出来高)という破格のものだったという報道*5がなされた。真偽は定かではないが、この一連の事件や楽天より提示が多いと予想されたソフトバンクを蹴った*6という事実が妙に説得力をもたせる要因となっている。
この他にも各球団の交渉から移籍を表明するまでの間が短かったことから実は楽天とは事前に話がついており、条件面で悩む必要が無かったから移籍表明が早かったと予想する声も少なくない。
しかし過去には親しい選手と一緒にプレーするためFA移籍した例もあるため、西武時代のチームメイトであり非常に慕っている渡辺直人がいるから楽天を選んだのではないかとも言われている。

また、浅村が移籍したことに伴って西武は楽天に対して金銭の補償を要求した


関連項目 Edit






*1 ちなみに前年も4位である
*2 打点は西武の球団新記録。
*3 2019年から楽天にコーチとして移籍
*4 後に両者とも条件が折り合わず退団。
*5 東京スポーツによるもので信憑性には懐疑的な意見もあるが西武情報に関しては実績があり、同記事には浅村が楽天・石井一久GMと同じ代理人弁護士を使っていたという情報も掲載されている。
*6 西武時代に1年だけ同僚であった工藤公康監督を嫌っていたとの説がある。
*7 敦賀気比高時代の2000年ドラフトで1位指名されるもののオ断リックスし、東京ガスを経て2003年に巨人に自由枠で入団。
*8 沖縄水産高時代の1998年のドラフトで1位指名されるもののオ断リックスし、九州共立大を経て2002年にダイエー(現ソフトバンク)に自由枠で入団。なおこの入団拒否をきっかけとしてスカウトの三輪田勝利が自殺に追い込まれ(なお追い込んだ最大の元凶はオリックスフロント陣である)、一部のオリックスファンからはいまだ絶許扱いを受けている。なおオリックスは2017年の田嶋大樹で連敗を止めるまで外れ指名すらもクジが当たらなくなってしまった。
*9 PL学園高時代の1995年のドラフトでオリックスの前身の一つである近鉄を拒否し、日本生命を経て1998年に中日を逆指名し入団。