1001

Last-modified: 2022-02-09 (水) 06:51:18

かつて中日ドラゴンズで投手として活躍、引退後は中日・阪神タイガース・日本代表・東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を歴任し、2015年からは楽天野球団の副会長を務めた星野仙一(故人・2018年1月4日、70歳で死去)のこと。

概要

仙一→せんいち→1001と読めることに由来し、類義語として1003*1がある。

なんJはもとより世間でも評価が分かれる人物で、特に生前の監督在任中はたびたび強烈な信者*2とアンチ*3レスバトルを繰り広げていた。

巨人入りを袖にされたため*4、星野の対巨人への飽くなき闘志は世間に強い印象を残した。

監督時代の主な功罪

  • 若手登用に長け、立浪和義山本昌広赤星憲広など星野が見出した人材は多い。
  • 選手のタイプに合わせて接し方を変え能力を伸ばす*5など人心掌握に長ける一方で、我慢強いとされる選手*6に対する度を超えた暴行*7が問題となる。
  • 「闘将星野」として誤審に激しく抗議*8し退場も辞さない一方で、乱闘の際には率先して出撃する屈指の武闘派*9*10
  • 人事権を掌握するとともに積極的なトレードを展開し成功させる一方で*11、強権的な手法により周囲と衝突することも多い*12。また、アロンゾ・パウエルに新庄剛志中村紀洋のように一度自身の不興を買った選手に関しては総じて手厳しく、星野が何らかの形で所属している球団への入団や在籍は絶望的であった*13
  • 短期決戦は不得手で2008年の北京五輪で惨敗。言い訳に終始した敗戦の弁のみならず、直後に行われたWBC代表監督続投を根回ししたことで世間から非難を浴びる。
  • 楽天時代、球団を史上初のリーグ優勝および日本一に導くも、前者の試合において審判買収を疑われる。


余談

5ちゃんねるにおいては、レス数が1000に到達したスレッドは書き込めなくなり過去スレ化する。書き込みができなくなったことを知らせるレス番は「1001」である。
また、スレが1000まで到達することは「完走」と呼ばれる。


2020年6月には前出星野がかつて監督を務めた阪神のリリーフ陣に故障・不調者が続出し開幕から最下位を爆走。19日のレギュラーシーズン開幕*14から月末までの10試合すべてで失点、チームの中継ぎ全体で防御率10.01を叩き出すという全盛期俺達をも超越した成績を残している。

関連項目


*1 ニックネームである「仙さん」の連想。ちなみに、先輩からは「仙ちゃん」と呼ばれていた。
*2 代表例としてはタレントで中日の先輩である板東英二、大学の先輩で悪名高きスポーツライターの工藤健策、巨人の元オーナー・渡邉恒雄など。その他在籍したチーム全てでスポンサーには人気絶大でパフォーマンスが上手く親会社には理想的なキャラだったことから、落合政権時でも星野の復帰を待望する声が多かった。
*3 代表例として阪神、楽天の前任であり、2008年の星野バッシングの発起者となった野村克也、中日時代に星野の鉄拳制裁や懲罰制に反発した落合博満2008年北京オリンピックで星野の采配を批判したイチロー、落合信者であり鉄拳制裁に否定的な落語家の立川志らくなど。
*4 星野以外にも、巨人絡みのドラフト指名に翻弄された例として田淵幸一・平松政次清原和博山崎武司新庄剛志らが挙げられる。
*5 特に阪神時代の2003年シーズンにおいて、野球エリートであった今岡誠には甘く接し、反骨心が強かった赤星憲広には厳しく接して両者の能力を伸ばし、1、2番コンビを構築したことが有名。逆に前任の野村は今岡との確執が響いて成績を伸ばせなかった。
*6 代表例として、中日時代の正捕手・中村武志が挙げられる。試合中ボコボコにされ顔が腫れてマスクを被れず途中交代になる、涙を浮かべてマスクを被り打席に入った相手選手から同情・心配される、星野に呼び出された時にマスクを被って監督室に現れるなど話題に事欠かなかった。ただし中日監督在任中は中村を不動のレギュラーとして用い続けた。
*7 中日時代1期目には立浪落合以外の殆どの選手が鉄拳制裁を受けたとも。
*8 例として、中日時代4番レオ・ゴメスの明らかなホームランをフェア(→2塁刺殺)としたジャッジをホームラン判定に覆えさせる(1998年6月18日対巨人戦)など。
*9 中日時代には立浪山本昌曰く「乱闘の際にベンチから飛び出さないと罰金」と言うルールが存在したとされ、乱闘要員をベンチ入りさせることもあった。また自らもジャンパイアにブチギレて審判に蹴りを入れるなど血の気が非常に多かった。
*10 現役時代、前出ドラフトの経緯から巨人戦では特に敵意剥き出しで、巨人に負けると特に機嫌が悪かったという。ただし2005年オフに巨人監督候補に浮上したこともある。
*11 例として、西本聖、前田幸長、関川浩一下柳剛など。
*12 例として、中日時代に放出した鳥越裕介に公共の電波上で誹謗されたり、母校・明治大学のものに酷似したユニフォームを中日の限定ユニとして使用させたり、阪神時代初年度に選手20人も戦力外を出した時には球団のみならずスポンサー、タニマチにも撤回を求められたりしている。
*13 新庄については中日監督時代に阪神からFA宣言した新庄に声をかけたものの、当の本人から「名古屋の街が好きではない」と断られたことが遠因とされる。中村については当該項目を参照。パウエルについては1997年に選手への暴行に抗議されたことが遠因とされる。もっともパウエルが批判したのは暴力に対してのみであり、それ以外については好意的であった。
*14 当初は3月20日の開幕を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け3カ月遅れでの開幕となった。