小仏 凪

　バンド『イロドリミドリ』のキーボード担当。クールで理知的、だけどちょっとヘンテコな「実質的」サブリーダー。
　普段は無口で無表情。感情の起伏を感じさせない。
　幼い見た目に似合わず、常に冷静に周囲を観察していて、口を開くと辛辣な言葉が飛び出す。
　それは意地悪で言っているのではなく、ただ思ったことや正論を、そのまま相手に伝えてしまう。
　また、自分自身のこともできるだけ客観的に考え、理路整然と筋道を立てて行動しようとする。
　
　その実、感情を出すことや周囲の空気を読むのが苦手で、人と打ち解けられないのが、自分でも悩み。
　独特の美的センスを持つ彼女は、お弁当にそれ入れちゃうの！？というオリジナルお弁当を持ち込んでは回りを驚かせたり、バンドのＨＰやフライヤーのデザインを起こすも、周囲に理解されなかったり、と何かと不遇。

　抜群の技術でバンドを支える屋台骨。
　あまりステージで目立つ存在ではないし、本人も曰く「目立ちたくないです」と裏方志向なのだが、常に客観的な目線を持ち、バンドサウンドの穴や粗い部分を的確に塞ぎ、補強してくれる。
　縁の下の力持ち（音楽的な意味で）。
　
　言葉や表情にはあまり出さないが、バンドにとっての最善とは何か、いつも考え、努力しているはず。
　結成時こそ初めて会うメンバーたちの中で戸惑ったところもあったが、それが伝わったのか、今ではなんとなく全員に可愛がられ、本人も居心地の良さを感じている、ように見える。
　この居心地の良さとは何なのか、を本人はだんだん気にしていて、自身の気持ちの出し方を模索している。
　
　腕は確かだが、当人の主張は不器用きわまりない。
　そして目立たずとも、存在感は確実にある。

　区内の一等地にそびえ立つ超高層マンション、その最上階に凪は住んでいる。
　
　厳格な家庭に育ったひとりっ子。両親は教育にとても力を入れており、小さい頃から嗜んでいたクラシックピアノの腕前は相当のもの。
　かつては音楽だけでなく、絵画やバレエなど多数の習い事に通わされていた。そのため、小さな頃から友人と遊んだりする暇がまったくなかったようだ。
　今はほぼ、音楽関係の学習に専念している。
　また、メンバーの中では唯一ＤＴＭに長けており、編曲を担当。
　
　ひとりで鍵盤またはキーボードと向き合っている時間が、凪にとっては一番リラックスできるらしい。
　楽器や機械とは意思疎通がしやすい、と本人は思っている、かもしれない。

　幼少期に始めたクラシックピアノを通じて、天才的なプレイスキルを発揮する。正しいレッスンを受けてきた結果か、学内でもソルフェージュ能力が群を抜いて高く音感も非常にいい。
　聴音は特に抜群で、地面に落ちた釘の鳴る音や走る車のクラクション、エアコンのうなっている音までなんでも楽譜に書き取ってピアノで再現してしまえるほど。
　天性の才能ももちろん豊かにあるが、その正確さは技術訓練と反復学習の賜物である。
　
　早くからどっぷりと古典理論を学んでいるため、楽典や楽理なども非常に詳しく、成績はトップクラス。
　…なのだが、その独特極まりないセンスから評価にはつながりにくい孤高の天才タイプ。
　
　理論先行形なので、新しいことに挑む時もまずは分析的な目で見ていく。楽曲の構造解析なども比較的得意。
　ただあまりに理論偏重なので「面白さって、何？」といったところがうまく他人と共有しにくい。
　こればかりは、経験を通じて学んでいくしか……

　校内のリハーサルスタジオは、学生なら自由に使えることになっている。申請で予約が可能なので、メンバーも練習する日を決めて使っているが、ちょっとしたロビーなんかがあり、居心地がいいためちょいちょい居座ったりする。
　お小遣いの少ない学生たちには一般のリハスタを借りるよりずっと安く利用でき、しかもたくさん練習のできる貴重な場所だが、お金がかからないのでずーっと喋っていたり、音を出さないで遊んでいるバンドも。
　あんまりひどいと、もちろん怒られる。
　イロドリミドリのこと？
　…だけとも限らない、はず。

　入学式があった。
　校長が出てきて当たり障りのない話、それから教室でホームルームして本日は終了。
　入学者数が多くないためかそこまで騒がしい空気ではなかったが、それでもやはり浮き足立った空気を感じ、落ち着かない。華やかな空気は苦手である。

　そういえば同じクラスにいきなり傾いている女子生徒が一名おり、ホームルームではすごい姿勢で居眠りしていたところを早速注意されていた。
　関わりあいになるとなにかと問題とかややこしい事案に巻き込まれそうな予感がするので、引き続き状況を注視していきたい。
　品行のよき生徒が多かろうと思っていたが、早くもブラックリスト入り候補が現れたことは残念至極である。要注意。

　授業で、８小節の旋律を作って発表する課題。
　級友たちは楽しそうに取り組んでいたようだが、メロディを作るセンスが私にはないらしく、悩ましい。
　伴奏や簡単なピアノ編曲なら苦労することは特段ないし、メロディにしたってできないわけでもないのだが、
友人と見せあいっこしてみると、なんだか私の作品だけ「ふしぎな感じ」「独特なセンス」などと評される。

　私としてはごく自然に作っているつもりなので今ひとつ納得がいかないが、そういえばレッスンの先生にも、以前そんなことを言われたことがあるのを思い出す。

　やはり先生のいうことが正しかったのだろうか…。
　とかなんとかということを授業中考えていたらどうも
ぼーっとしてしまってたらしく、先生に注意された。
　以後気をつけたい。

　お昼休み、２年生の天王洲先輩という方が私を訪ね、わざわざ上級生の教室からいらっしゃった。
　なんでも以前出た発表会で私の演奏を聞いてくださったらしく、笑顔で両手を握られ、その時にもお話したらしいことなどを延々述べられたのだが、当の私はすっかり忘れてしまっていたので、ひどく申し訳なかった。

　何か随分緊張されていたようで始終しどろもどろであり、半分くらい何を言っていたのか。
　何の用件かもほぼわからず、私自身所用もあったため、事情をお伝えしこの場はお帰り願ったが、柔らかな雰囲気で可愛らしい方ではあった。
　見るからに大人しそうな風体であったし、私が言えることではないが、人付き合いの苦手そうなタイプと見受けられる。
　またいらっしゃるとのことで、なんの話をすればいいか、悩ましい。

　ここ最近、なずな先輩から何度かお誘いを受けていたバンドの件。先輩の熱意に根負けし、参加することにした。
　先輩によれば２年生の先輩と同じクラスの方が主幹となって始められるとのこと。私としてはメンバーの方々とうまくやれるか心配な部分もあるが、他ならぬなずな先輩に見込まれてというところもあり、協力させて頂こうと思う。

　当面の目標として学園祭で行われるライブへの出演を目指すらしく、さすが先輩だけあって遊びではない本格的なものを感じる。私も気を引き締めていかねば、と思う。
　ちなみに先輩はしきりに、ライブで活躍するとどこかから不思議な点数が…とよく耳にする噂について仰っていた。先輩はそういう噂を信じちゃうタイプなのだろうか？
　よくよく考えると、ありそうな気も。

　放課後、バンドのリハに参加。
　前回の顔合わせで集まった時は思わず帰りそうになってしまったが、なずな先輩の顔に泥を塗るわけにいかぬと思い、気をとりなおして参加させていただいた。

　前回打ち合わせの通り、御形先輩が１曲デモを作ってきて下さったため、早速メンバーで試聴。
　ギター一本のみのデモだったが作り慣れているのかよく出来た仕上がりで、メンバーのテンションも一気に上がったように見受けられた。
　作曲の御形先輩、やはり凛々しいルックスに見合って見所のある方であったが、どうも時折おだてられるのにやたら弱いところがあるようなので、足元をすくわれないか心配。やはり私がしっかりしなくては。
　なお歌詞は、全員で出したアイデアを元になずな先輩が作って下さるとのこと。私もいくつか案を出したので、お役に立てれば嬉しく思う。

　先輩たちとのバンド活動、楽しんではいるもののいまいち緊張感を感じられず。遺憾。

　バンドの連絡で、メンバーへ諸連絡。ついでに、なるちゃんと少々長電話。
　私としては先輩方とのバンドについて、もう少しまじめでしっかりしたものをイメージしていた為、その辺りの感触をなるちゃんにも聞いてみた。

　聞くに彼女は彼女でいくつかバンドの経験があるらしく、中学の時に同級生と遊びで組んでいたメンバーと比べれば先輩たちは圧倒的に上手だし、普通にしっかりしてる、とのこと。
　確かに先輩方、カバーなどで合わせても上手だが、なるちゃんもあの性格なので、なんとなく理解はできつつも、いまいち腑に落ちないところあり。

　個人的にはもうちょっと緊張感があった方が…？
　今夜はこれから準備をして、明日のリハではちょっとした提案をしてみるつもりである。

・明坂先輩
　本番に強いのか、驚くほど安定した仕上がり。
　現場のテンションも味方につけ、ここまでのリハを含めても一番良かった印象。恐るべし。
・あーりん先輩
　終始緊張でガチガチだったが、鬼の反復練習の成果か演奏に関する問題はなかった。ＭＣは…要練習。
・なずな先輩
　緊張は出る前がピークだったようで、特に慣れてきたと思われる終盤はキラキラと輝きがみられた。
・なるちゃん
　パフォーマンス重視はわかるけど、本番動きすぎていくらなんでもといった感じ。終演後あーりん先輩は感極まって行動不能だった為、私から厳重注意。

・その他問題点
　なるちゃんがあーりん先輩にちょっかいをかけすぎた結果、ケーブルが絡まって先輩が転倒しそうになる。
　バランスを崩した程度で済んだものの、ステージにおけるメンバーの立ち回りに関しては課題を残した。

　お手紙ありがとうございます。
　ライブ、私も人前での演奏は結構慣れていたつもりでいましたが、ああいう雰囲気の中での演奏は初めてで、とても楽しかったです。
　最初は正直みんなのテンションというか、ノリの軽さにちょっと面食らったところもありましたが…
　でもリハスタで音を合わせていく中で、一人じゃなく全員で演奏を仕上げていくことの楽しさを知ることができたのは、誘って下さったなずな先輩のおかげだと思います。本当に、ありがとうございました。

　なんて、手紙っていいですね。いつもは口では言わないことも書ける気がします。
　あまり友達とこういうやりとりをしたことがないので、最初びっくりしてしまったのですが…
　またみんなでステージができるの、私もとても楽しみにしています。
　だから先輩、今後ともよろしくお願いしますね。
　それではまた、学校で。
　　　　　　　　　　　　　　　　　かしこ