月鈴 那知

　「舞ヶ原開校以来でも五指に入る逸材」とまで評される、天才ヴァイオリニスト。
　学業の傍らでプロとしても活動し、「国内外と忙しく飛び回る、日本現代音楽界の最新珍獣キャラ」として注目されている。
　見た目こそ低身長・萌え袖（身長の伸びしろを期待した大きめの制服）などキャッチー極まる様相だが、口を開けば尊大な言動、天を貫く上から目線に、素行も自由奔放の極み。学校では校舎屋上のペントハウスを不法占拠した「お姉ちゃんゾーン」を住処としている。
　方々から「舞ヶ原開校以来の問題児」と言われる曲者ではあるが、その実力と実績は学校での問題行動を全てチャラにしてお釣りがくる一流のもの。教師をして校内の優秀生徒表彰システム「学園ＭＶＰ」を２年連続で受賞させざるを得ない…と認めさせる程である。

　舞ヶ原高校で年に一度決められ、その年を代表する活躍を残した生徒に贈られる優秀者表彰システム。
　校長や理事長を含む教職員によって決められ、校外校内だけでなく様々な分野での活動を総合的に評価されて審査される、と言われている。
　ちなみに生徒達の行う活動についてどこから教員に情報が提供されているのかは全く不明だが、校外でのバンド活動などといった全く非公式でカジュアルな活動であっても、内容が表彰に値することであれば選考の評価材料となるらしい、と噂されている。

　那知は１年時・２年時と２年連続で学園ＭＶＰを受賞したかなりレアなケースであるが、これはプロとしての音楽活動において多くの実績を残したことに対する功績を評価されたもの。
　那知としてはここまでの活動にいろいろと思うところもあるようで素直に喜んでいない節も見え隠れするが、もしこれが本当に推薦に有利に働いてくれたりするのなら、まあ悪くもないかのう、くらいには考えているようだ。

　忙しいスケジュールの谷間にちょうどよく、ちょう～どよく空いた時間で学園フェスを見に行った那知だが、全体的なアクトのレベルはばらつきこそあれど、偏屈な彼女の目から見ても総じて「低くはない」。
　もともと楽才のある演者が多いため、演奏が聞き苦しいことはそうないようだが、そこは既にプロとしての舞台も経験する那知の目線、板付までの立ち居振る舞いから最後の挨拶まで、気になるポイントは数多。

　特にイロドリミドリのステージでの印象といえば、極端にテンションの高いリズム隊、逆に終始テンパり具合が伝わってくるギター２人、菩薩を思わせるキーボードと、ある意味最後まで目の離せない時間だったよう。
　ＭＣを聞くに今回が結成後初のライブで、その分たくさんリハと準備を重ねてきました！とのことだが、結論としては「動物園」といった感じでまとまった模様。
　イロドリミドリが那知に認められるのは、この分だとまだまだ先になりそうだ。
　なお曲については「まあまあじゃな」とのこと。彼女の性格を鑑みると、結構気に入っていた可能性もある。

　都内の中流家庭に生まれる。
　幼い頃から情緒の安定しない激しい気性の子で、家族以外にはなかなか心を開かなかったが、音楽、特に楽器の演奏にだけは格別の興味を示した。両親が幼い那知に様々な楽器に触れる機会を与ると、その中でとりわけ好んだのが、ヴァイオリンだった。
　愛用のヴァイオリンは当時からのもので、顎あてなど一部のパーツを無くしてしまったまま気にせずに弾いているうち、彼女の独特のスタイルが確立されたようだ。
　その後体系的なレッスンを受け始めると、天賦の才能が一気に開花。評価はコンクールなどのアカデミックな舞台に留まらず、妹の影響で時折ポップス的なパフォーマンスも見せ、大衆から支持を獲得した。

　その後１０代半ばにしてプロの音楽事務所とも契約、さらに多彩な演奏活動を始めるが、その一方で生来の難しい性格は収まらず、高校に入ってからはストレスのせいか、自分の殻に閉じこもるような様子も見られる。
　良き理解者となっていた妹・白奈とは仕事の関係ですれ違いが多く、気晴らしの機会も少ないようだ。

　幼少期に両親から与えられたヴァイオリンにおいては現在に至るまでまさしく天才的な成長を続け、様々な演奏家に師事しながら日々才能を磨いている。
　普段は注意力も散漫で年齢相応の落ち着きもなく、風貌も相まってまるっきりのお子様という様子だが、演奏時の集中力は並の大人を軽く凌駕する。
　演奏の最中は、それがクラシックであるならばさながら過去の偉大な作曲家を「降ろしている」かのように。また自身のインスピレーションによる演奏の、その息を飲む奇想天外さを表して本人が述べた「紅き鳳凰の調べ」なる表現は、全国の中学生を始めとする多くの若き演奏家の憧れを欲しいままにした。
　ちなみにその天才性の裏返しか世に出回る音楽にはとりわけ疎く、非常に狭いストライクゾーンに入った音楽だけを偏執的に聴き込む癖がある。
　最近は自身のヴァイオリンに謎の改造を施し、妹の部屋で耳にした「未知の音」を探して知的好奇心を満たしているらしい。

　何某大ホールにて演奏。
　ここまで大きな舞台に立つのは流石に初めての経験だが、始まってしまえば終わりであった。
　客の入りも盛況であったようでまあ良し。
　楽屋は広く弁当はおかずの豊富な良き逸品、電子レンジもあり温めに不便なし。
　斯様にお得な特典がつくならば、事務所付きも悪くはないか。充実した１日であった。

ここで一句
　喝采の
　　　聞き飽きなさも　不思議かな
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　海外出征、終盤に突入す。
　知らない土地で演奏するのは嫌いではないが、夏休みとはいえさすがにずっとやってると疲れる。
　なにしろ先週いた外国は文字すら読めずもはやこれまでかと思ったが、今週いる国は読める文字が多く、体調良し。
　なお夕食に店で名物らしきものを出されたが、外国はどこ行っても飯が合わなければ、しんどし。
　普通に考えて早く家に帰りたきかな。

ここで一句
　薄味に
　　　せうゆをねだり　米の国
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　先日より新しくついた師匠に新開発のエレキヴァイオリンを見せたが、あの生真面目なじじい、聞きもせずにつまらんことをするでないと怒鳴りにけり。
　大げんかになり楽器を投げつけるとせっかくの試作品はお釈迦、素体を練習用の中古ヴァイオリンにしておいていとラッキーなり。
　昨今、前にもまして稽古だのレコーディングだので休日も埋まっており、息つく暇もなし。
　好きな演奏をしようにもまとまった時間なく、新しき演目など思いつき伝えても、事務所人まるで面白がらず。鬼ストレスなり。
　世の中の順調につまらなくなりたること、甚だし。

ここで一句
　クソゲーや
　　　ガチでやるのも　三日まで
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　雑誌に載っていた楽器点の通販を頼り、ぎたーあんぷを買う。
　学校の我が城に運ぶよう言いつけたが、玄関で教師と運送屋のもめたる様、いと頓珍漢なり。
　先日の改造は思いの外変な音がしてよかりけりだが、諸々を考えるとばいおりんにぴっくあっぷをつけるのはあまり意味なしとみたり。
　ちっちゃいマイクをつけ、出力をあん直したところ一番思った通りの音がした！ので、しばらくはこれで遊んでみるなり。

ここで一句
　配送先
　　　がっこじゃダメなら　書いておけ
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　学園祭の始まるれば、校舎内あちこちやかましく、ゆっくりお茶も飲めず。せっかくの全おふ日ゆえ、お姉ちゃんちょっとぉこなり。
　夕刻より、恒例の学園ふぇす始まる。
　今年は最後の学ふぇすなれば、わしの眼鏡に適うものおれば僥倖よと思いて戯れに覗いたものの、相変わらずどのバンドも物足りず、とんだ肩透かしなり。
　ひと昔前の学ふぇすはどのバンドもイカしたりと思い返す一方、最近の若武者はどいつもこいつもおままごとの域を出ずとみたり。
　唯一運動量の激しきバンドあれど、ステージをわちゃわちゃと走り回り、動物園なり。
　我が耳を楽しませるバンドのついに見つからざれば、がっかりの極みなり。

ここで一句
　子犬啼き
　　　あんぷは鳴かず　ロックとは
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　昼下がり、白奈の訪問を受ける。見れば先日のふぇすにて動物園を展開したるめんつと一緒なり。
　聞けば、ライブに出て欲しい、と白奈よりオファーありけるを、お姉ちゃんとしてはそんなやつらと一緒にされては困りますとお断りするが、威勢良き黒髪の啖呵を切りて竿を抜くも、９８４７３６２５７８０１３８７５１９１８７６４５２３８４６９０２４８年早し。

　無駄な殺生は好まぬ故、壁に体がめり込む程度で許してやったが、場の雰囲気変な感じになりにけり。
　諸々、いとめんどくさし。
　出直して参れ！

ここで一句
　ひよっこの
　　　あんぷも繋がず　ベース持ち
　　　　　　　　　　　　　　　　　なっち

　先日斬り捨てた昆虫髪の娘、再戦と称してまたのこのことやって来おった。
　忙しいお姉ちゃんにはそんなものに構っている暇などないのだが、此奴が手土産と言うておやつだのなんだのを献上するものだから、無下にするのも忍びなく、しばし部屋に置いておくことに。

　さてこの娘…箱部と申したが、なかなか先輩への気遣いを心得ておるのか将棋盤などを差し入れてきたので、将棋には一家言あるお姉ちゃんが暇つぶしに数局揉んでやった。
　強いだのかなり指せるだのとおだてるから、乗せられぬよう用心したが、件のライブには何故出演せぬか、と思いも寄らず直球で訪ねられた故…せっかくなので、こちらも単刀直入に答えてやった。
　他人の為に自分の音楽を使う輩は好かん。
　世間話も程々が吉と思い、今日はそれで追い出した。

　ここで一句
　　…は、気が乗らないので本日お休み。　なっち

　…今の事務所に入って、かれこれ２年？３年？
　演奏の仕事は数ばっかり多くて、右から左からくる出来事を片っ端からやっつける日々。そもそもわしがやらんでもよさそうな演奏だって多い。
　ライブにしたって、流行り物のちょっとしたネタを用意しても、どいつもこいつも苦笑の連続で結局やらせてもらえんし。
　はーつまらんつまらん。
　仕事はつまらん。
　レッスンはつまらん授業もつまらん、同級生も相変わらずつまらんし、長らく配信なんかもやっとらんし、白奈は…白奈は何もわかっとらん。

　結局わしら、人に言われて弾かされる音楽も、人の為に弾く音楽も、何も面白いことがない。
　思えばあやつ、突然チェロに転向した時も作曲などを始めた時も、人の顔ばかり見ておった気がする。
　あのライブもやはり、人のことばかり考えておって…

　わしにばっかり弾かせるなよ。お主も弾いたらよい…