JiИ

Last-modified: 2025-07-09 (水) 20:18:12

【キャラ一覧( 無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE / NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE )】【マップ一覧( LUMINOUS / VERSE )】

※このページに記載されている「限界突破の証」系統以外のすべてのスキルの使用、および対応するスキルシードの獲得はできません。

通常馬酔木 義仁
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Illustrator:冨士原良


名前JiИ/馬酔木 義仁(じん/あせび よしひと)
年齢22歳
職業王子様系アイドル/ロック・ミュージシャン
  • 2024年6月20日追加
  • LUMINOUS ep.Ⅳマップ1(進行度1/LUMINOUS PLUS時点で75マス)課題曲「バッドトリッパー」クリアで入手。
  • トランスフォーム*1することにより「馬酔木 義仁」へと名前とグラフィックが変化する。

元バンドメンバーのボーカルだったアイドル。
これは理想のアイドルとして素性を偽る事になった彼と、その彼を支える女性マネージャーの物語。

スキル

RANK獲得スキルシード個数
1オールガード【LMN】×5
5×1
10×5
15×1


オールガード【LMN】 [GUARD]

  • 固定ボーナスと回数制限付きのダメージ無効効果を持つ初心者向けスキル。
  • LUMINOUS初回プレイ時に入手できるスキルシードは、SUN PLUS終了時点のオールガード【SUN】のGRADEに応じて変化する(推定最大100個(GRADE101))。
  • GRADE70でボーナス量は頭打ちになり、GRADE71以降はダメージ無効回数が増加するようになる。
    なおGRADE200で無効回数の増加も打ち止めとなる
    • なお、CHUNITH-NETではダメージ無効回数は確認できないため要注意。
    効果
    推定理論値:90700(5本+12700/18k)
    [条件:GRADE70以上]
    ゲーム開始時にボーナス (+?????)
    一定回数ダメージを無効化
    GRADEボーナス無効回数
    1+10000(20回)
    2+10300(20回)
    3+10600(20回)
    ▼ゲージ5本可能(+18000)
    28+18100(20回)
    31+19000(20回)
    41+22000(20回)
    51+25000(20回)
    61+28000(20回)
    70+30700(20回)
    71+30700(21回)
    72+30700(22回)
    73+30700(23回)
    80+30700(30回)
    90+30700(40回)
    100+30700(50回)
    101+30700(51回)
    ▲SUN PLUS引継ぎ上限
    150+30700(100回)
    200~+30700(150回)
    推定データ
    n
    (1~70)
    +9700
    +(n x 300)
    (20回)
    シード+1+300
    シード+5+1500
    n
    (70~200)
    +30700((n-50)回)
    シード+1(+1回)
    シード+5(+5回)
プレイ環境と最大GRADEの関係

プレイ環境と最大GRADEの関係

開始時期所有キャラ数最大GRADE
2024/5/9時点
LUMINOUS11133
~SUN+233
所有キャラ

所有キャラ

ランクテーブル

12345
スキルスキル
678910
スキル
1112131415
 
1617181920
スキル
2122232425
スキル
・・・50・・・・・・100
スキルスキル

STORY

ストーリーを展開

EPISODE1 プリンス・チャーミング「彼と出会ったあの日から、すべては始まった。私の運命はもう、あのときに決まっていたんだ」


 私が幼い頃から想い描いた王子様。
 その王子様が今、ステージで歌って、踊っている。
 素晴らしいライブに立ち会えたことを、私は嬉しく思う。
 ううん、嬉しいというよりも誇らしいかな。
 短い期間に色々なことがあったけど、悔いはない。
 王子様系アイドルJiИくんのデビュー一周年を記念したライブは、盛大に行われた。

 「今日は来てくれてありがとう! こうやってステージに立てたのはみんなのおかげだよ! ライブの最後には、とっておきのサプライズがあるから、最後まで楽しんでね!」

 JiИくんの言葉で、黄色い声援が会場内に響き渡る。たくさんのスポットライトを浴びて輝く王子様のすべてを見逃さないよう、皆が全神経を注ぐ。
 3時間にも及ぶ長丁場を、JiИくんは全力で演じ、駆け抜けた。
 ライブは本当に素晴らしいものだった。
 歌やダンスだけじゃなく、演出にも相当力が入っている。
 本当にデビューして一周年なのかと思えるくらい、非の打ち所がない完成度だ。

 この夢から、いつまでも醒めないでいたい。
 彼がかけてくれる魔法の言葉に、酔いしれていたい。

 最後の曲が終わった。
 ライブの余韻に誰もが浸りながら、皆がJiИくんの言う「サプライズ」を期待して、今か今かとその時を待っている。
 にわかに会場がざわつき始めた。
 照明が暗転したまま、JiИくんが何かをしている。
 彼は小波のように広がっていく歓声をその身に受けながら、おもむろに上着を脱ぎ捨て、胸元をはだけさせた。

 「え……JiИくん……?」

 隣の席に座っていた女の子がそうつぶやいた。
 小さな疑問はざわめきとなり、瞬く間に会場全体に伝わっていく。
 私は、その光景を静かに眺めたまま、あの日のことを思い返した。

 JiИくんと初めて出会った、あの日のことを。


EPISODE2 天性の歌声「こんなところにこれほどの逸材がいるなんて。きっと彼は光り輝くはず!」


 私は芸能事務所『エンタメチューンズ』の社員でチーフマネージャー。
 肩書だけは凄そうに見えるけど、会社自体はそれほど大きな事務所じゃない。
 ただ、その分自分に与えられる裁量は大きいし、担当したタレントが活躍した時の感動を見ると、やりがいを感じるんだ。
 私はこの仕事を結構気に入っている。
 だけど、今私が担当しているタレントはいない。
 ちょうど新人のマネージャーに引き継いだばかりなのだ。

 そんな私が会社で事務仕事をしている時だった。

 「君、ちょっといいかな?」
 「はい? って、社長!?」

 声を掛けられて振り返ると、そこにいたのは社長だった。

 「なんでしょうか?」
 「君さ、この男をスカウトしてきてくれない」
 「スカウトって……私がですか? 『それは僕の領分だ』とかなんとか言ってませんでしたっけ?」
 「そんな細かい事はいいじゃない。彼、才能あると思うよ。君、いま担当いなかったよね」
 「う……わかりました」

 暗に暇人でしょ? と言われてる気がして、私は社長の頼みを引き受けた。
 それから私は、社長から聞いたライブハウスに向かうことになった。
 社長が彼に目をつけたのは、別の子をスカウトしようとライブハウスを訪れた時、たまたまゲストで呼ばれた彼の歌声を聴いて、ピンときたらしい。

 「名前は……馬酔木義仁(あせびよしひと)くんね」

 そうして、ライブハウスに入っていくと、ちょうど最後の曲に差し掛かるところだった。

 「よっしゃ、最後の曲行くぜ! てめえら、準備はできてるか!」
 「うおおおおおっ!」
 「すごい熱気ね……!」
 「俺たちがこの歌を歌うのは、今日で最後だ。てめえらの中で生き続けるからな、魂に刻んでいけ!」

 どうやらこのバンドは今日で解散するらしい。
 ライブハウス独特の盛り上がり方に圧倒されつつ、私は彼の声に集中する。
 そして、曲は始まった。

 「……これは」

 第一声を聞いて、私は衝撃を受けた。
 曲自体は激しいロックなんだけど、彼の歌声には、身体に染みこむような凛とした響きがある。
 それはいつまでも私の心を捉えて離さない。

 「これが馬酔木義仁の歌……たしかに、社長が欲しがるのも頷けるわ!」

 期待を遥かに上回るその美声に、私はすぐに心を奪われてしまった。
 そんなことを感じているとあっという間に曲が終わってしまう。

 「あっ、もう終わっちゃった……って、違う違う。私の目的は歌を聞きに来たことじゃないんだから」

 私はここに来た理由を思い出して、彼と接触するために動く。
 さすがに控え室に行くわけにも行かず、私は外で彼が出てくるのを待つことにした。

 ――しばらくして。
 彼がバンドメンバーと一緒に出てくるのを見つけ、すぐに声を掛けに行く。
 と思ったのも束の間、私と同じように彼らが出るのを待っていたファンの子たちが我先にと殺到してしまい、私は出遅れてしまった。
 しばらく待つしかないか……彼らを遠巻きから眺めていると、その輪の中から避難するように彼が出てきた。
 チャンスだ! 私はすぐに彼に声をかけた。

 「あの、馬酔木義仁さん!」
 「ったく、しつこいぞ。俺は――」
 「私、こういう者なんですが、少しだけお話を聞いていただけませんか!?」
 「は?」

 私が名刺を渡すと、それを見た彼が目を丸くしてなにか考え始める。
 すると、彼は急に笑顔になって――

 「へえ……スカウトってやつか。いいぜ、話なら聞いてやるよ」
 「えっ、あ、はい……」

 見た目も声も完璧だけど、どこか近寄りがたいオーラを感じた。
 けど、それくらいのことは、この業界にいればよく見聞きする。
 いったん、場所を変えて話をさせてもらおう。

 「――という感じです」
 「ふーん、あまり大きい事務所じゃないな。けど、そういうの嫌いじゃないぜ」

 契約するなら早いほうがいい。彼が乗り気なうちに話を進めた私は、彼を連れて会社へと戻った。
 事務所へと続くエレベーターを待っていると、馬酔木くんが疑問を口にする。

 「それにしても、なんで俺だったわけ?」
 「まずは顔ね、地下で活動するには勿体ないルックスよ。次にトーク力。ライブのMCを見た感じ、苦手じゃないでしょ?」
 「おう」
 「そして、なによりもその声よ! 私、あなたの歌声を聞いた瞬間、こう、ビビッと来たの! この人なら絶対に大きくなるって! あ、これでも私、何人もタレントを見てきたから、見る目はあるつもりよ」
 「わ、わかったって!」

 柄にもなく熱くなってしまった。
 社長に言われてスカウトに行ったけど、今は私自身が彼のマネージャーになりたいと強く願っている。

 社長室の扉をノックすると、「入って入って」と調子の良さそうな声が返ってくる。
 私のあとに続いて社長室に入った馬酔木くんは、社長に向かってほんのすこし頭を傾けた。

 「馬酔木義仁……っす」
 「あ、馬酔木くん? 社長の前なんだし、ここはもうすこし――」
 「あ?」
 「変にかしこまらなくていい」

 社長はそう言うと馬酔木くんの前まで歩いてきて彼と握手した。

 「さっそく契約の話をしよう。君も長々と世間話をするより、そのほうがいいよね?」
 「お、分かってるじゃねーか」

 すぐに意気投合した馬酔木くんは、社長に言われるがままに部屋の中央にあるソファーへと腰かける。
 私は彼の向かい側に座った。社長はすでに用意していた契約書を机から持ってくると、それを馬酔木くんに手渡す。

 「これにサインすればいいんだな? ペンある?」
 「これを使って」
 「おう」

 ペンを受け取った馬酔木くんは、いきなり契約書の最後のページをめくると、署名欄にサインをしてしまった。

 「えっ!? あ、馬酔木くん、契約書はちゃんと読んで! 知らなかったじゃ済まされないわよ!?」
 「わざわざ俺をスカウトしてきたんだ、悪いようにはならないだろ?」

 社長は笑みを浮かべて、「もちろんだ」とうなずく。

 「な?」
 「あとで何か問題が起きても知らないわよ……?」

 会って間もない相手に自分の人生を任せてもいいのか。
 そう言ってあげたかったけど、社長がいる手前、これ以上追求することもできなかった。
 それに、今の彼には何を言ったところで簡単に流されてしまうだろうから……。

 「うん、契約成立だね」
 「これで俺もソロデビューか……なあ、早速曲を書いていいか? パっと浮かんだフレーズがあってさ。激しいロックサウンドで――」
 「ノンノン、そうじゃないよ」
 「え?」

 あ然としてる馬酔木くんの代わりに、契約書へと目を通す。

 「ちゃんと書いてあるよね? 君の“方向性”」
 「俺の?」

 そこに書かれていたのは――彼が“アイドル”としてデビューするといった内容だった。

 「お、俺が……アイドル!? ふざけんな!」
 「王子様系って……ちょっと待ってください、社長!こんな話、私も聞いてませんよ!」
 「どうプロデュースするか、これは大事な事だ」

 社長は「そうそう」と前置きしたあと、馬酔木くんに向かってパチパチと拍手する。

 「君の名前は、今日から『JiИ』くんだ!王子様系アイドルJiИ! いい名前だろう?」
 「「は……はぁあああああ!?」」

 社長室に、私と馬酔木くんの叫び声がこだました。


EPISODE3 アイドルとして「馬酔木くんがJiИを演じれるか不安だけど、そこは私の出番。私がしっかりマネジメントしなくちゃ」


 最初はアイドルとしてデビューすることに文句を言っていた馬酔木くんだったけど、自分から進んで契約書にサインしてしまった手前、彼は引くに引けなくなってしまったらしい。
 結局、社長の思惑通り馬酔木くんはJiИという名前でデビューすることが決まった。

 決まってしまったことは仕方ない。
 彼のマネージャーになった私は、彼が王子様系アイドルとして華々しくデビューできるよう、普段の言葉遣いを変える所からトレーニングを始めたんだけど……。

 「JiИくん! 何度言ったらわかるの!?王子様はそういう乱暴な言葉は使わないの!」
 「ああ? 知らねえよ、そんなもん! こっちのほうが喋りやすいんだから仕方ねえだろ!」
 「それを直すためのトレーニングよ。ちゃんと言うとおりにしなさい!」

 普段の馬酔木くんと、アイドルとしてのJiИくん。
 服装から口調まで正反対の自分を演じてもらうということは、想像以上に難しかったのだ。
 彼をデビュー日までに立派なアイドルにする計画は、早くも暗礁に乗り上げようとしていた。
 他のタレントのマネージャーだった頃、私はSNSの使い方を指導したことはあったけど、こういったことは経験がない。
 外部から講師を招いてはどうかと社長に提案してみたものの、本来の馬酔木くんが第三者に露見することを避けたかった社長は、受け入れてくれなかった。

 「まあ、手がかかる方がやりがいもあるしね……」
 「おい、なにぶつくさ言ってんだよ」
 「それ! そういう言葉遣いは使わないの。そういう時はこう言うのよ。“君の声を独り占めしないで”って」
 「……勘弁してくれ」
 「はい、ちゃんと言って! デビューまでもう時間が無いんだからね!」

 デビュー日は絶対に後ろに伸ばせない。
 勝手に社長がデビュー日まで決めてしまったことで、関係各所では大急ぎで準備に追われている。だから、私たちは皆に迷惑が掛からないよう、間に合わせる必要があったのだ。
 訓練を始めてから三日後。
 私の厳しめな指摘に何も言い返さなくなった馬酔木くんが、大きなため息をついた。

 「そう言われても、難しいんだよな。なんかこう、違う自分を演じるってのは……」
 「違う自分ね……でも、馬酔木くんはバラードやラブソングだって歌えるでしょ? それって、曲に合わせて演じてるって言えるんじゃないかしら」
 「なに言ってんだ、それとこれとは別……いや、一理あるな……やってみるか……」

 馬酔木くんがなにかを考えるように黙りこむ。
 すると、まとまったのか口を開いて――

 「君の声を独り占めしないで。僕にも聞かせて?」
 「うっ……!」
 「なんだよ、今の鳴き声は!」
 「な、なんでもない! 今の凄くよかった!その調子でやってこ!」

 興奮気味にそう言った私に、いぶかしげな眼差しを向けていた馬酔木くんが、唐突につぶやいた。

 「なあ、今の台詞、絶対にお前の趣味だろ?」
 「そ、そんなことないから!」

 私は顔をあさっての方向に向けたまま、「とにかく!」と無理やり話をすり替える。

 「馬酔木くんもやればできるじゃない! もしかしてコツをつかめたの?」
 「ああ。『JiИ』っていう歌を、歌ってやろうと思った」

 馬酔木くんは得意げに笑った。
 やっぱり、クリエイターは一度感覚をつかむとしっくりくるのかもしれない。

 「ありがとな、マネージャー。なんとかなりそうだ」
 「タレントとマネージャーは一蓮托生よ。私が全力であなたをサポートするから、頑張りましょ」
 「ああ!」

 馬酔木くんの顔色が、少し良くなった気がする。
 なにはともあれ、感覚を掴んでくれたのなら最初の一歩は踏み出せそうだ。

 「あ、そうだ。ねえ馬酔木くん」
 「ん?」
 「もう大丈夫だとは思うけど、一応参考資料になりそうなものを明日持ってくるから、見ておいてね」
 「なんの資料だよ?」
 「私が持ってる少女漫画で――」
 「おい!やっぱりあの王子様、お前の趣味だろ!?」
 「ち、ちがうから! 私は一般的な王子様像をあなたに知って欲しいだけなの!」

 そう。私は、あくまでも世の乙女たちが求めている理想を知ってもらいたいだけであって、私の理想の王子様を演じて欲しいと思ったわけではない。
 まあ、たまたま理想像がかぶってることがあるかもしれないけど……。
 やっぱりお前の趣味じゃねーか。そう指摘してきた馬酔木くんに、私は正しい言葉遣いをレクチャーするのだった。


EPISODE4 理想の王子様「JiИとしてのデビュー配信……私たちは全力で準備してきた。絶対にやりきれるはず!」


 ダンスレッスンに王子的な振舞い、歌唱表現など、馬酔木くんをJiИにするためのトレーニングに心血を注いできた私たちは、ついにその時を迎えた。

 「今日まで、長かったわね……」
 「ああ……」

 そして、今日。私たちの努力が実る日――JiИがデビュー日を迎えた。
 私たちは今、社内に設けられた収録スタジオに入って本番が来るのを待っている。

 「気付いてる? この時間は、僕と君だけの時間だってこと」
 「んふっ……!」
 「やべ、変なところでJiИが出ちまった。お前もニヤニヤすんな!」
 「き、急にJiИになられたら、驚くでしょ!?」
 「これからJiИを歌うって思うと、意識しすぎて出ちまうんだ」
 「やっぱり、緊張するよね」

 この瞬間は、何度経験しても慣れない。
 でも、彼は私の何十倍もプレッシャーを感じているはずだ。
 アーティストとしてデビューすることが決まったあの日から、彼は天秤にかけられているのだから。

 「ほら、見て」

 私は配信の待機画面を馬酔木くんに見せる。
 そこには、すでに千を超える視聴者が今か今かとその時を待っていた。

 「うわっ、マジかよ!? こんな無名のアイドルなんかにこの同接って、おかしくないか!?」
 「社長が無茶したらしいわ。でも、大金を投じた広告の成果が、もう出てるでしょ?」
 「そうだな……俺がやってた箱のキャパをとっくに上回ってるよ」
 「そういうことだから、JiИくんが失敗すると、うち倒産しちゃうかも」
 「ハァ? 始まる前に言うヤツがいるかよ!」

 馬酔木くんは、これから自分が立つステージを見つめたまま言った。

 「本当にウケるのか、ああいうキャラ」
 「大丈夫、いけるよ! 私が保証する!」
 「それは、お前好みの王子様だからだろ?」
 「JiИくんのキャラは、広く需要があるから!」
 「ったく……」
 「JiИさん、スタンバイお願いします!」

 スタッフに呼ばれて馬酔木くんがカラコンを入れる。
 これは私たちなりに考えた馬酔木義仁とJiИを切り替えるためのスイッチだ。
 JiИくんがカメラの前へとスタンバイする。
 私が頑張ってと拳を握って見せると、JiИくんは答えるように優雅な手つきで手を振った。
 さあ、いよいよね。
 ついにJiИのデビュー生配信が始まる。

 「みんな、待たせちゃったかな? 僕の名前はJiИ。お姫様たちに幸せを届けたくてデビューしたんだ」

 そう言いながら綺麗なお辞儀をするJiИくん。
 カメラの中の彼に、馬酔木義仁の面影はない。

 「僕のことを見つけてくれてありがとう。こんなにたくさんの人に見てもらえるなんて、本当に嬉しいよ」

 理想の王子様。
 それが今、私たちの目の前にいた。

 「だから、僕の気持ちを歌にのせて伝えます……今できる精一杯を、見届けてください」

 その言葉を合図に曲が流れ始め、JiИくんが歌を披露する。
 馬酔木くんの時と違い、JiИくんは胸が高鳴るようなアップテンポな曲で、まさにアイドルソングの王道をいくような構成だ。

 「聞いてくれてありがとう。たくさんのお姫様たちに届いてるといいな。まだまだ練習中だけど、もっと上手になるから見守ってくれると嬉しいよ。僕は必ずお姫様たちに相応しい、王子様になるからね」

 その言葉で締めくくってJiИくんのデビュー配信は終わった。
 時間にしてみれば30分くらいの短い配信だったけど、無事に終わった安心感でどっと疲れが溢れてくる。

 「ふぅ……ちょっと疲れちゃったな」
 「無事にやりきったね、お疲れ様」

 JiИくんは用意したパイプ椅子に座ろうとして、急に上着を脱ぎ始めた

 「えっ、もう脱ぐの!?」
 「当たり前だろ、バカ。配信は終わったんだから、今くらい好きにさせろ」
 「一応言っておくけど……外では絶対にやっちゃダメだからね?」
 「わぁーってるって。なあ、本当にあんなんでよかったのか? コメントなんて追ってる余裕なかったから、いまいち手応えがない」
 「なに言ってるの! 『JiИ』の良さが出てて、すっごくよかったわよ!」
 「そりゃ、お前はそうかもしれねえけど。実際はどうなんだ」
 「ちょっと待ってなさい……」

 私はスマホを取り出して、SNSをチェックする。
 JiИのワードで検索をかけると……。

 「うそ……」
 「ほらな、どうせ話題にもなってねえだろ。だから言ったじゃねえか、こんなの無理だって――」
 「違う違う! これ見て!」

 スマホの画面を見せる。
 そこには、JiИのデビュー配信に対する反応がたくさんあった。どれも好意的なものばかりだ。

 『JiИくん……スキ……』
 『ずっとしんどい……泣きそう……』
 『すこし緊張してるところも可愛かった……絶対推す』

 「マジかよ……」
 「ほら、私の言った通りじゃない! あの王子様は絶対にウケるって思ってたのよ!」
 「信じらんねえ。ホントかよ、これ……」

 馬酔木くんがスマホをかじりつくように見ている。
 それだけ余裕が無かったんだろうな。

 「とにかく、デビュー配信は大成功! ファンの人のために、JiИくんを磨いていこうね! 大丈夫、私を信じて!」
 「あ、ああ……」

 まだ実感できてないみたいだけど、王子様キャラはちゃんとみんなにウケていた。
 このままの調子でいけばトップアイドルになれる。
 私は、そう確信した。


EPISODE5 ロマンス・ゴシップ「私は全力で彼を支えてきた。だから、それが悪い方向に捉えられるなんて思いもしなかった」


 JiИくんのデビュー配信から3ヶ月。
 社長が社運を賭けた大博打の結果はというと――とんでもない大成功を収めていた。
 会社の電話は鳴り止むことがなく、JiИについての問い合わせや取材の申込みがひっきりなしに来ていた。
 取材10件、CM案件5本、雑誌グラビア14件。テレビの出演まで。
 JiИくんの知名度は今も広がり続けていて、人気は留まることを知らない。
 私たちはあまりの忙しさに嬉しい悲鳴をあげていた。
 けど、当の本人であるJiИくんは、未だにこの状況に戸惑っていた。

 「JiИくん、これから雑誌の取材とインタビューがあるわ。そのあとは……」
 「ありがとう、マネージャーさん。いつも大変なスケジュール管理をしてくれて。でも、少しは羽を休めたら?」
 「ふえっ?」

 忙しすぎて馬酔木くんに切り替わる時間も惜しいのかここ最近はJiИくんのままでいることが多い。

 「ねえ、マネージャーさん。また相談に乗ってほしいんだけど、いいかな?」
 「ええ、いいわよ」

 JiИくんの言う“相談”とは、私たちの間で継続して行われる言葉遣いのトレーニングだったり、仕事での不満を吐き出してもらう場という意味合いが含まれている。
 長時間も社外の人間に囲まれる状況が続くため、私たちでしか通じない隠語がいくつか出来上がっていったのだ。
 今回、彼が持ちかけた相談は後者の方だった。

 「――こんな気持ち悪いコメント、直接俺に送ってくんなよな! こういう時、なんて返すのが正解なんだ?」

 メディアへの露出が増えたことで、彼のSNSにはセクハラまがいのコメントもつくようになっていた。

 「これは……ラインを越えてはいないと思うけど、個別に対処するとまずいから会社の方で対応するわ」
 「ああ、わかった。ふぅ……正直、マネージャーがいてくれて助かってる。こんなコメントされたら、俺はすぐ突っかかっちまうからさ」
 「その喧嘩っ早いところ、絶対に出さないでよね?」
 「するかよ。てかさ、いい加減俺のこと信じてくれてもいいだろ? 俺は、JiИで一度もヘマしてないんだからな」
 「もちろん、信じてる」

 その言葉に偽りはない。
 ただ、この状況は薄い氷の上を歩いているような感覚があって、つい確認してしまう。
 私と馬酔木くんとJiИくん。
 私は、この不思議な三人四脚を失いたくないのだ。

 「あ、そろそろ時間ね。じゃあJiИくん、もう一度明日のスケジュールを――」
 「マネージャー、今は馬酔木だ、間違えんな!」
 「いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」
 「冗談だよ、冗談」

 そう言ってからかってきた馬酔木くんが、不意に私の方へと近づいてくる。

 「それとも……」
 「えっ?」

 彼はそのまま私の耳元で囁くように言った。

 「もっと僕と一緒に居たいってことかな? 君はワガママなお姫様だね」
 「……っ!?」

 声が出なかった。不意打ちにもほどがる!
 新しい玩具でも見つけたかのように、馬酔木くんはしたり顔で笑う。

 「もしかして、こういう“路線”もアリ?」
 「そ、それは……方向性がちがうから……」

 なんとか声を絞り出してそう答えた。
 私の心臓は、今にも爆発してしまいそうなくらいドキドキしたままだ。

 ……ダメ。

 相手は担当アイドルで、私はマネージャー。
 だから、この感情は絶対によくない。忘れよう。
 なにか、別の感情が芽生えそうな気がして、私はその感情に名前がつけられる前にフタをした。

 ――ブーン、ブーン。

 「きゃあっ、なに!?」

 スマホの突然の振動に思わず声を上げてしまう。
 画面に表示されていたのは、社長の名前だった。

 「社長から電話が来たし、今日はここまでね」
 「そっか、わかった。送ってくか?」
 「そこまで気を遣わなくて大丈夫よ。馬酔木くんも今日は予定ないんだし、しっかり休みなさい。明日からまた忙しいんだからね」
 「わかってるって!」

 そうやって馬酔木くんと別れたあと、私は社長へと折り返し電話を掛ける。
 通話越しの社長は、苛立った様子で「すぐに戻って来るように」と言っていた。
 社長室に来た私は、扉をノックする。ぶっきらぼうな返事に、私は思わず身構えた。

 「失礼します……」
 「フゥ……」
 「あの、社長?」
 「とんでもないことをしてくれたな、君は」

 そう言って社長がデスクに広げたのは、私とJiИくんの写真。
 多分、撮影を終えて次の現場に移動中の写真だろう。

 「これは、来週発売される週刊誌が送ってきた写真と、掲載されるゲラだ」
 「え――」

 そのゲラ――試し刷りには、こう書かれていた。

 『人気爆発中の王子様系アイドルJiИ、深夜のツーショット激写! 過密スケジュールでプライベートでも密着か!?』と。

 「私が……熱愛……?」


EPISODE6 ただ自分のために「彼は苦しんでいたんだ。どうして私は、気づいてあげられなかったの……?」


 あの熱愛記事はSNSで瞬く間に広がり、JiИと事務所にとって大きな問題になっていた。
 社長は、ゲラを送り付けて掲載を取り下げるための金銭を要求してきた出版社とは取り合わず、私のことをJiИのデビュー時から支えているマネージャーだと正式に発表した。
 告知には、2人が世間が思うようなやましい関係ではなく、タレントとマネージャーという適切な距離を保っていると締めくくられていた。

 会社としては正しい対応をしたと思う。
 でも、いくら正しい情報を発信しても、話題が燃え上がってしまうと中々鎮火しない。
 結局、JiИは活動を制限することになってしまい、私は彼の担当から無期限に外れることとなった。
 私が今も無事に出社できているのは、記事に掲載されていた私の顔がモザイク処理されていたからだ。
 これが一般人の私に対する配慮だとするなら、その配慮を少しでも彼に分けてほしかった……。

 JiИくんに接触しないよう言い渡されている私は、溜まりにたまった事務作業に追われていた。

 「ふぅ、こんなところかな……」

 作業を中断してスマホを手にとると、SNSを開く。私が真っ先にエゴサしたのは、自分への誹謗中傷だ。自分でも見なければいいと思ってはいるけれど、つい気になって見てしまう。

 『あの女マネージャー許せない!』
 『自分だけ説明しないなんておかしくない?』
 『会社はあいつを早くクビにしてほしい』

 誹謗中傷の書きこみはずいぶんとマシになったほうだけど、あの記事が出た時にはもっと酷かった。
 周りは気にするなって言うけどそんなに簡単な話じゃない。
 SNSだけじゃなく、普通に外を歩いていてもその話題が聞こえてくる時もある。今も誰かにカメラを向けられてる気がして背後を気にしてしまう。
 もしも、顔が出ていたらと思うとゾッとした。
 それと同時に、顔を出して活動してるJiИくんはこのネガティブな気持ちに晒され続けているんだと痛感した。

 「――マネージャー、聞いてんのかマネージャー?」
 「……!? あ、馬酔木くん!?」

 私がコメントに気を取られていると、いつの間にか私のデスクの隣に馬酔木くんが立っていた。
 ちょうどお昼休みだったこともあり、周りに人はいない。まさか、それを狙って私に会いに来たの?

 「どうしてここにいるの? それに、私はもうあなたのマネージャーじゃ――」
 「実はこれからスタジオに入るんだけどさ、どうにか人を追っ払うから、全部終わったあとで俺の歌を聞いてくれないか?」
 「えっ!?」
 「頼むよ、この通り!」
 「で、でも今は……」

 結局、私は彼の押しに負けてしまった。

 「絶対に来いよ、来るまで帰らねえから」

 そう言い残して馬酔木くんは出ていった。
 悩んでいるうちに来てほしいと言われた時間になり、私は人目を避けるようにレッスンスタジオに入ると、馬酔木くんがひとりで待っていた。

 「おし、ちゃんと来たな」
 「歌を聞いてほしいって言ってたけど、もしかして『JiИ』の新曲?」
 「違う違う、ちょっとそこに座っててくれ」
 「えっ、うん……」

 私は馬酔木くんに言われるまま、スタジオの真ん中に置かれたパイプ椅子へと座る。
 馬酔木くんは私と向かい合うような形でパイプ椅子に腰かけると、ギターを弾きながら歌を口ずさんだ。

 「わ……」

 バラードだ。
 甘く染みわたるような歌声はJiИくんのものだけど、歌詞には馬酔木くんらしさが溢れていて、2人で奏でているような不思議な感覚があった。

 「――どうだった?」
 「良い、すごく良いよ。聞き入っちゃった……」
 「……そっか、ありがとな」

 彼は照れくさそうに微笑んだ。
 久しぶりに自然体な彼の姿を見られた気がして、私も笑みを返す。
 いつまでも身を預けていたくなるような、心地のいい沈黙が部屋を包みこむ。しばらくそうしていると、馬酔木くんが切り出した。

 「なあ、少しは元気出たか?」
 「え?」
 「元気出たかって言ってんだ」

 馬酔木くんと目が合う。
 真っ直ぐ私のことを見つめてくる馬酔木くんに、私の胸は思わず高鳴った。

 「もしかして……私を元気づけるために……」

 「曲を作ったの?」とまでは言えなかった。
 こんな考え、おこがましいにも程があるからだ。
 でも、普段の彼が見せない一面に触れられたような気がして、私は嬉しかった。

 「ありがとう、馬酔木くん」
 「あ、またしけた顔してるぞ」
 「しけた顔? こ、これは……別に、ちがうから」

 急に恥ずかしくなって目を伏せる。
 馬酔木くんがこちらに近付いてくる気配がした。

 「お前がそんなだと、俺も調子が出ないんだよ。知ってるんだ、SNSでボロカスに言われてること。でも、外野の連中がどうこう言おうが関係ないだろ?だから面倒くさい雑音には耳を貸すな。それでも元気が出ないっていうなら、また歌うから」
 「馬酔木くん……」

 こちらを気遣う温かい言葉。
 私のことを心から心配してくれてたんだと思うと、胸が苦しくなる。
 うまく言葉にならない気持ちを、それでも形にしたくて、私は彼を見上げた。真剣な眼差しを向ける彼と、目が合った。

 「やっぱりさ、俺にはお前しかいないんだ」
 「そ、それって、どういう――」
 「マネージャー、話がある」

 馬酔木くんが私の肩に手をかける。
 私は、キュッと唇を結んで次の言葉を待った。

 「俺……馬酔木義仁として活動しちゃダメかな?」
 「えっ……?」
 「さっきさ、歌ってて思ったんだ。JiИじゃ歌えない歌をやりたい、みんなのための歌じゃなくて、自分のために歌ってみるのも悪くないなって――ん?なんでそんな間抜けな顔してんだ?」
 「……な、なんでもない」

 わ、私ってば、何を“期待”しちゃってたの!?
 彼と私は、タレントとマネージャーであって、週刊誌に取りざたされるような関係じゃないのよ!?

 「マネージャー?」

 小首をかしげて様子を伺う馬酔木くんに、私は答えた。

 「それは、JiИを止めたいってこと?」
 「いきなり止めるのは無理だって分かってる。けど、このままJiИを続けていたら、俺は自分を見失いそうな気がするんだ」

 切実な声だった。
 JiИを取り巻く環境は、多くの金が動いていて、様々な物事が契約に縛られている。
 JiИが板について気づかなかったけど、私たちの見えない所で、彼は葛藤し続けていたのかもしれない。

 「いきなり変えることはできない。でも、息抜きじゃないけど、少しずつ変えることはできるかもしれない。私も、あなたが苦しむのを見たくないから」
 「マネージャー……」
 「明日、社長に相談してみましょ。こういうのは自分からぶつかっていかないと、わからないから!」
 「……おう、ありがとな!」

 私は彼の元マネージャーでしかない。
 けど、それ以前に彼のファンでもある。
 だから彼が納得できる方向を、一緒に探してあげたいと思ったんだ。

 翌日。
 空いた時間に社長室を訪れ、事情を説明した私たちは、開口一番にこう言われた。

 「却下だ、却下。JiИを疎かにしてる場合じゃないでしょ」

 私たちの希望は、簡単に打ち砕かれてしまった。
 いくら提案しても、社長はずっとこの調子で、話を聞いてくれない。

 「今やJiИは我が社にとって最大のコンテンツ!それを、もっともっとたくさんの人に楽しんでもらう事が、僕たちのすべきことでしょ?」
 「ですが、社長――!」
 「あの炎上も、広くJiИを知らしめる事ができた。ライブチケットの売上は絶好調! メディアでJiИを見ない日はない! これを育てないでどうするの!」
 「そ、それはそうですが……! 彼はアイドルである前にひとりの人間なんです! 彼の気持ちを尊重してあげることも――」
 「そもそも! 君はもうJiИのマネージャーじゃないでしょ!? さっさと自分の仕事に戻りなさい!」

 それを指摘されてしまうと何も言い返せない。

 「社長、俺は……!」
 「いい加減、JiИも自分の立場を理解するんだ。契約書にサインをしたのは、君なんだから。分かったかい?」
 「……」
 「どうなんだい!?」
 「く……っ」
 「はいはい、わかったら出ていくんだ。今日も僕は打ち合わせでね! ああ、忙しい忙しい!」

 これ以上話はできそうにない。私たちはなんの取っ掛かりも得られないまま、社長室をあとにした。

 「悪いな、ワガママに付き合わせちまったみたいで」
 「ううん、気にしてない。それより、何も力になれなくてごめんなさい」
 「社長に掛け合ってくれただけで嬉しかったよ」

 馬酔木くんは沈んだ顔でそう言うと、「そろそろ収録の時間だ」と告げて離れていく。
 私は、遠ざかっていく彼の背中を見送ることしかできなかった。
 今も彼は苦しんでいる。
 タレントだって人間だ。商品なんかじゃない。
 メンタルのケアを怠れば、不満は段々大きくなり、いつか必ず爆発してしまう。
 どうにかしてあげたかったけど、私には彼を支える方法が思いつかなかった。

 あの直談判のあと、私は社長から馬酔木くんに関わる一切のことを禁じられてしまった。
 話すことはもちろん、連絡先も変わってしまい、彼の動向を知れるのは、もっぱらネットニュースやトーク番組だけ。
 私の心は、彼の不安を取り除いてあげられなかった後悔でいっぱいだった。

 ――それから、半年の月日が流れ。

 JiИのデビュー一周年記念ライブ当日。
 私は、観客として会場を訪れていた。
 会場は熱気に包まれ、多いに盛り上がっている。
 これは彼の活躍を願うファンにとって、夢の結実だ。
 元マネージャーとして、喜ぶべきことだろう。

 けど、私は彼が事務所に内緒で送ってきたチケットに添えられたメッセージカードを見て、素直に喜べずにいる。
 カードには、こう書かれていた。

 『このライブを最後に引退する』と。


EPISODE7 バッド・トリップ「やっぱり、その道を選んだんだね。私は、JiИの最後を見届ける。そして……」


 私が幼い頃から想い描いた王子様。
 その王子様が今、ステージで歌って、踊っている。
 素晴らしいライブに立ち会えたことを、私は嬉しく思う。
 ううん、嬉しいというよりも誇らしいかな。
 短い期間に色々なことがあったけど、悔いはない。
 王子様系アイドルJiИくんのデビュー一周年を記念したライブは、盛大に行われた。

 「今日は来てくれてありがとう! こうやってステージに立てたのはみんなのおかげだよ! ライブの最後には、とっておきのサプライズがあるから、最後まで楽しんでね!」

 JiИくんの言葉で、黄色い声援が会場内に響き渡る。たくさんのスポットライトを浴びて輝く王子様のすべてを見逃さないよう、皆が全神経を注ぐ。
 3時間にも及ぶ長丁場を、JiИくんは全力で演じ、駆け抜けた。
 ライブは本当に素晴らしいものだった。
 歌やダンスだけじゃなく、演出にも相当力が入っている。
 このライブを最後に引退するとは思えないほどの完成度だ。

 最後の曲が終わった。
 ライブの余韻に誰もが浸りながら、皆がJiИくんの言う「サプライズ」を期待して、今か今かとその時を待っている。
 にわかに会場がざわつき始めた。
 照明が暗転したまま、JiИくんが何かをしている。
 彼は、小波のように広がっていく歓声をその身に受けながら、おもむろに上着を脱ぎ捨て、胸元をはだけさせた。

 「え……JiИくん……?」

 隣の席に座っていた女の子がそうつぶやいた。
 小さな疑問はざわめきとなり、瞬く間に会場全体に伝わっていく。
 歓声は、すっかり鳴りを潜めていた。
 その様子を愉快そうにひとしきり眺めたあと、彼は、“馬酔木義仁”は言った。

 「この歌で、お前らにかけられた魔法は解ける。けど、俺はもう、自分を偽ることが苦しくてたまらくなっちまった。これは、そんな俺が最後に送る別れの曲だ」

 彼は一度大きく息を吸うと、すべてを吐き出すように口ずさんだ。

 「聞いてくれ、『バッドトリッパー』――」

 崩れていく。
 すべてが魔法のように崩れていく。
 君たちがシンデレラでいられる時間は、もう終わったんだと言うように。
 誰一人声を発せないまま、彼の歌声と時間だけが静かに時を刻み続ける。
 彼の声は、ここにいる皆を一瞬にして魅了した。
 彼女たちの頬を伝う涙の理由を、私は知らない。
 気づけば、私も会場の皆と同じように泣いていた。

 この日を最後に、王子様は姿を消した。


EPISODE8 オム・ファタル「彼と出会ったあの日から、すべては始まった。私の運命はもう、あのときに決まっていたんだ」


 JiИの電撃引退。
 その衝撃的なニュースは、3か月経った今でも度々各メディアに取り上げられている。
 「真相を追う」とテロップに書かれたお昼のワイドショーでは、ギャラ問題だとか、ハラスメントだとか、かつて騒がれた熱愛報道だとか、様々な角度から彼のことを検証していた。
 イケメンアイドルが隠していた真実の顔は、それだけ数字が取れるんだろう。

 「ほんと、最後まで人を引っかき回すんだから……」
 『彼は普段から素行が悪く、事務所も彼の色恋沙汰に手を焼いていたという話を聞きましたね』
 「……何も知らないくせに」

 的外れな分析をするコメンテーターへと吐き捨てるようにそう言うと、私はスマホの画面を閉じた。

 私は今、日本を出て海外にいる。
 私のもとに送られてきた手紙を頼りに、“彼”を追いかけてきたからだ。
 摩天楼から眺める夜景が有名な街の一角に建つライブハウス。
 私でも知ってるくらい名が知れたロックバンドが演奏していた聖地とも呼べる場所で、今日、彼は歌う。
 冷凍庫の扉みたいな分厚い扉を抜けて中に入ると、そこは熱気に包まれていた。

 「――――!!」
 「YAAAAAA!!」

 ライブフロアでは皆が酒を片手に思い思いに叫んでいる。この雰囲気は、彼の歌を始めて聞いたあのライブハウスによく似ていた。

 「――――!!」

 その時、彼の声がした。

 「まだ始まってなかったんだ……良かった……」

 人混みをかき分けて進んでいくと、最前列付近には人が集まらないらしく、勢い余った私は、最前列へと躍り出てしまう。思いがけず目立ってしまったことで、観客の視線が私へと注がれる。
 その時、バックバンドの人たちをいじりながらMCをしていた彼も、私に気づいた。

 「来てくれたんだな!」

 ステージを降りた彼が、私の前にやってくる。

 「馬酔木くん……!」

 満面の笑みを浮かべた馬酔木くんが手を伸ばす。
 私は、彼の頬に思い切りビンタを喰らわせた。

 「……いっ、てぇぇっぇぇッ!?!?」

 口笛と歓声が鳴り響く中、頬を押さえる馬酔木くんに向かって叫んだ。

 「こんなところに独りで来させようとするなんて、どういうつもり!? 怖かったんだから! 少しは考えなさい!」
 「悪い……でも、来てくれたってことは“そういう”ことでいいんだよな?」
 「いいも何も! あんな捨て台詞を残していなくなられたら、会社にいられるわけないでしょ!?」

 あの引退の日の直後、私は会社を辞めた。いや、正確には辞めさせられた。
 馬酔木くんが歌った『バッドトリッパー』は、私をイメージして作った歌だと彼が宣言したからだ。
 当然のごとくあの熱愛報道が蒸し返され、どこからか情報を入手したのかマスコミが自宅にも押し掛ける事態に。
 JiИに向けられていた誹謗中傷は、一転して私へと向けられた。
 このまま日本にいたら、命を狙われかねない。
 そう思った矢先に、馬酔木くんから私あてに手紙が届いたんだ。

 「ハハ、そっか!」
 「わ、笑いごとじゃないよ! 本当に大変だったんだから!」
 「ごめん」

 面と向かって、もっと彼に言いたいことがあった気がする。でも、たった一言謝られただけで、私はすべてがどうでもよくなってしまった。

 「……もう済んだことだし、いいわよ。それより、ちゃんと責任取ってもらうから、覚悟しなさい」
 「ハハ、さすが俺のマネージャーだ! タレントとマネージャーは、一蓮托生だもんな!」

 馬酔木くんはニヤリと笑って、私をハグする。
 その瞬間、ひときわ大きい歓声が上がった。
 海外式のやり方に戸惑っていると、彼が私の不意を打つように耳元で囁く。

 「やっぱり、お前が隣にいないとな。お姫様」
 「――っ!?」

 私は、とんでもない男とめぐりあってしまった。
 たった一言で、魔法の城壁を崩してしまうような運命の男――オム・ファタルと。
 一度結ばれたこの関係は、きっとこれからも続いていくのだろう。
 私はそんなことを思いながら、彼を抱きしめ返した。




■ 楽曲
┗ 全曲一覧( 1 / 2 / 3 ) / ジャンル別 / 追加日順 / 定数順 / Lv順
WORLD'S END
■ キャラクター
無印 / AIR / STAR / AMAZON / CRYSTAL / PARADISE
NEW / SUN / LUMINOUS / VERSE
マップボーナス・限界突破
■ スキル
スキル比較
■ 称号・マップ
称号 / ネームプレート
マップ一覧


コメント

  • キャラのギャップいいですね -- 2025-06-19 (木) 20:40:15
  • ストーリーがなかなか良い -- 2025-06-21 (土) 19:58:39
  • キャラも曲もストーリーもメロい -- 2025-06-22 (日) 13:34:49

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