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亜細亜ボール

Last-modified: 2019-08-11 (日) 01:48:57

亜細亜大学出身の一部の投手が操るとされる謎の変化球のこと。「亜大ボール」「亜大ツーシーム」とも。
元々は山﨑康晃(DeNA)がツーシームと自称していた変化球のことだが、現在では「ツーシーム」「シンカー」「スプリット」「フォーク」のいずれとも言い難い正体不明の変化球の総称として使われている。

「亜細亜ボール」の誕生 Edit

2015年、入団1年目の山﨑がこのボールを武器にストッパーとしてブレーク。しかし決め球である「落ちるボール」は解説者も頭をひねる謎の変化球だった。
そんな中で山﨑本人がテレビなどに登場し「大学時代に先輩の東浜巨(現ソフトバンク)から教わった」としてこの球を紹介したが、その実態は「山崎はツーシームと呼んでいるがボールの握り方や軌道はフォークやスプリットに近い」というますます奇妙なものであった。
しかし「山崎がフォーク・スプリットに近い変化であることを認めつつ、東浜に敬意を表してツーシームと呼んでいる」ことが判明し、また「日本の変化球は基本的に自己申告」という風潮があることから、この時点ではあまり大きな話題にはならなかった。

また

  • 九里亜蓮や薮田和樹(いずれも広島)など複数の亜大の後輩も東浜から伝授されていた
  • 山﨑・薮田の3学年後輩の高橋遥人(阪神)も亜大時代に教えてもらった
  • さらに高橋の1学年後輩の中村稔弥(ロッテ)も亜大時代に教えてもらった

という事実が判明し、これらをまとめて「亜細亜ボール」「亜大ツーシーム」などと呼ぶようになった。
しかし更に調査が進むと

  • 東浜は後輩に教えた投げ方をシンカーと呼んでいる
  • 「亜細亜ボール使用者の6人全員が握り、軌道、使用法などに独自アレンジを加えたため、六者六様の違う変化球になっている」

ことが知れ渡り、完全な「謎変化球」として定着した。

当事者たちの見解 Edit

週刊ベースボールの記事より、当事者5人(この球を投げる4投手と当時の亜大監督)の見解を抜き出すと以下のようになる。

  • 東浜巨(2009年入学)「僕は高校1年の秋に覚えてから今まで、一貫してシンカーだと思ってます。亜蓮も康晃も薮田も、実際は教えたという感じでもなくて、握りを見せたぐらい。あとは彼らが独自に進化させていったもの。僕は全部違うボールだと思っています
  • 九里亜蓮(2010年入学)「僕のツーシームは巨さんに一番近いと思いますよ。教えてもらった当時のままの握りですし。薮田と康晃には僕が巨さんに教えてもらったように教えましたが、彼らのボールは落差も大きいし、僕らとは違って握りも深いんだと思いますよ」
  • 山﨑康晃(2011年入学)「東浜さん、シンカーって言ってました?僕が教わった時はツーシームでしたよ、間違いありません。落差が出るようになったのは、抑えをやり始めてからですね。短いイニングで腕を強く振ったところ、鋭く落ちるようになった
  • 薮田和樹(2011年入学)「ツーシームは大学2年生の時に東浜さんに教わったものです。ただ、僕は打ち取るボールでホームランを打たれたことがあって、それ以来、これは危ない球だと思って握りを深くして、落差をつけて空振りを取れるようにしたんです
  • 生田勉(監督)「うちの大学では特殊球と呼んでいます。真っ直ぐと同じように、手首が立った状態で投げられる縦変化のボールです。野茂英雄さんがMLBで成功したのは、真っ直ぐとフォークの手首の使い方が同じだから、ということを聞いてヒントにしました」

経緯の予想 Edit

当事者の証言が全て正しいという前提に立てば、以下のような時系列になると予想されている。

2006年、沖縄尚学高校の東浜がシンカーを覚える

2009年、東浜が亜細亜大学に入学する。

2009年~2010年、亜細亜大学監督の生田が野茂のフォークをヒントにして、東浜のシンカーを手首が立った状態で投げられる縦変化の特殊球に改良させる。

2010年、九里が亜細亜大学に入学する。

2010年~2011年、東浜が九里にシンカーの握りを見せる。九里はツーシームだと思い、教わった通りに投げる。

2011年、山﨑と薮田が亜細亜大学に入学する。

2011年~2012年、東浜が山﨑と薮田にシンカーの握りを見せる。九里が山﨑と薮田に東浜のツーシームの投げ方を教える。山﨑と薮田は東浜にツーシームを教わったと思い、教わった通りに投げる。

2013年~2015年、山﨑が抑えに転向してイニングが短くなったのを機に腕を強く振ってツーシームを投げたところ、落差が大きくなる。薮田がホームランを打たれたことを機にツーシームの握りを深くして、落差を大きくする

なお東浜は「沖縄尚学時代にシンカーを覚えた」と語っているが、沖縄の後輩には落ちるツーシームを決め球にする高校生が多く、亜細亜ボールは沖縄独自の変化球で、東浜が亜細亜大学に持ち込んだという説もある。

亜細亜ボールを習得したピッチャーのうち、東浜、薮田、高橋は主力の先発投手として、山﨑はストッパーとして、九里も先発・中継ぎで登板を重ね、中村*1も出番を増やしつつあるなど全員がチームに欠かせない存在となっており、それにともない亜細亜ボールの活躍機会も多くなっている。

亜細亜ボールを使わない亜大出身投手たち Edit

一方で、亜大出身投手でも亜細亜ボールを身につけていなかったりプロ入り後に他の球種に活路を見い出している投手もいる。一例として山崎・薮田と同学年の大下佑馬*2(ヤクルト)がいる。

関連項目 Edit


Tag: ソフトバンク 広島 横浜 ヤクルト 阪神 ロッテ






*1 2019フレッシュASで根尾昂・小幡竜平・小園海斗から三者三振を奪い優秀選手賞を獲得。
*2 持ち球はカーブとスライダー。