大野村

Last-modified: 2021-03-12 (金) 11:59:27

野村謙二郎(元広島監督)と大野豊(元広島投手コーチ)の蔑称。
以前から両者が理解不能な選手起用を頻繁に行っていることから、2人まとめてこの蔑称がついた。*1


迷采配の一例

DH今村

2011年5月20日、対オリックスバファローズの交流戦でスタメンDHに今村猛投手を起用するという珍采配を披露。

 

かつてセ・リーグに予告先発がなかった際、オーダーに偵察メンバーとして登板予定のない投手を入れて、相手の先発投手次第で相性のよさそうな選手と交代する事は珍しくなかった。
だが「指名打者は原則として必ず1打席に立たなければならない」という基本的なルールを知らず、ファンやなんJ民に呆れられてしまった。なお、オリックス・岡田彰布監督に指摘されて初めてこのルールに気づいた模様。
試合にも敗れ、会見での「ルールを知らなかった」という発言からさらなる非難を浴びた。
ちなみに、その今村はきっちり送りバントを決めて交代、見事役目を果たした。

強制投手交代(2010年)

大野は「監督や投手コーチが同一イニングで同一投手に対してフェアゾーンの立ち入りは1回のみ」というルールを理解しておらず、

フェアゾーンに入る→指示を再確認するためベンチに戻る→もう一度フェアゾーンに入る

と、意図していない投手交代を招いてしまった1件がある。その割に野村は「野球の教科書に書いてある」との発言もあってか「教科書より前にルールブックを読め」と批判された。

梅津晒投(2010年)

8月25日の阪神戦(京セラドーム大阪*2)で発生。この試合の広島は先発の今村猛が2回までに3点を奪われるも、4回までに8点を奪うなど打線が奮起。2回で見切りをつけられ降板となった今村に代わり登板した青木高広が3イニングを無失点に抑え、広島が逃げ切り勝ち...するかに思われた。
ところが。青木が6回に捕まり始めたのを見た野村監督は岸本秀樹と大島祟行を相次いで投入するがこの年絶不調の彼らで勢いが止まるはずもなくたちまち2イニングで9点を奪われ、逆転を許してしまう。*3
そして8回、敗色濃厚と見た野村監督はこの年敗戦処理を担っていた梅津智弘を投入するも、ここまで広島のリリーフの中でも防御率が比較的良かった梅津を以てしても、押せ押せの阪神打線を止めることは出来なかった。失点を重ねる梅津。ところが、ここからが大野村采配の真の地獄であった。
なんと野村監督は梅津を降板させず、8回終了まで投げさせたのである。そして梅津は猛虎戦士14人の苛烈な攻撃に苦しみ、10失点を喫し、それでも1イニング投げさせられた。そしてベンチに戻るとその場で由宇への強制送還を言い渡された
この年の梅津の成績は46試合・40回1/3を投げて26失点の防御率5.80だったが、この試合を抜いて防御率を計算し直すと3.66まで良化する。流石の広島ファンもこれには同情し、同年の壊滅的リリーフ軍団の蔑称「UNKO」のUに梅津の名前を入れる事を回避している。

マエケン謎の降板(2011年10月20日)

阪神タイガース・能見篤史と奪三振王争いを繰り広げていた前田健太が、この日は15奪三振を記録しながら7回に代打を出されて降板した。

能見より1つでも多く奪三振を記録したい状況、さらにセ・リーグ記録の16奪三振やプロ野球記録の19奪三振(いずれも9イニング)の更新を期待できるペースにも関わらず「野村がそれに気づかず代打を出したのではないか」と噂され、試合後の監督コメントで「記録の事は知らなかった」と平然と答えた事から、またしても批判の対象となったのである。
なお、前田は無事にその年の奪三振王を獲得した。

関連項目


*1 野村に関しては能無犬という蔑称もある。
*2 阪神の主催試合。阪神本拠地の甲子園球場で高校野球選手権大会が行われていたことによる特例措置。
*3 ちなみに7回裏、平野恵一は岸本と大島からそれぞれ死球を喰らい、衣笠祥雄(広島)、アーロン・ガイエル(ヤクルト)以来NPB史上3人目となる1イニング最多タイの2死球を記録している。